魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第-98話 『建前とは、まず自分を納得させるためのものである』

「きゃあああああああああ!」

「ちょっと! これはまずいんじゃないの!」

「深雪さん! 深雪さん!」

「な、何でうちの娘が! どうして――」

 みんなが私を向いて叫び声をあける光景を、私は薄れていく意識の中で他人事のように眺めていました。

 体のあちこちから血が流れ、今まさに体のあちこちが燃えているというのに、私は痛みを一切感じていませんでした。人間はあまりに痛みが大きすぎると痛覚を遮断する、と聞いたことがありますが、もしかしたらそれかもしれないと考える余裕すらあります。

 視界に天井が映ったことで、ようやく自分が床に倒れたことに気づきました。視界のすぐ脇にある床には、私の体から流れ出たであろう真っ赤な血が、止めどなく広がっていくのが分かります。

 ミルココちゃんや他の皆さん、桜井さんが血相を変えて私に駆け寄ってくるのが見えました。そんな彼女達の後ろで、呆然とした表情で立ち尽くすお母様の姿も見えました。初めて見る母のそんな姿に、私は何だか可笑しくてクスリと笑ってしまいました。

 多分、私はここで死んでしまうのでしょう。死ぬときはもっと執着とか後悔とかがあるものだと思っていましたが、案外あっさりと受け入れられるものなのですね。

 お母様、あなたより早く死んでしまう親不孝な私を許してください。

 桜井さん、最後まであなたには迷惑を掛けっぱなしでした。ごめんなさい。

 厚志さん、エリちゃん、短い間でしたが、楽しい思い出をありがとうございました。

 ミルココちゃん、モカさん、ダッチちゃん、リカルドさん、マッドさん、自由奔放なあなた達と知り合えて、私は新しい世界を知ることができました。

 

 

 そして、……兄さん。

 

 

 ごめんなさい。こんな私のために、自由を奪ってしまって。

 ごめんなさい。こんな私のために、本当ならば羨望の眼差しで見られるはずのあなたを、つまらない価値観で縛らせる日々を送らせてしまって。

 ごめんなさい。こんな私のために、実の親にさえ疎まれるような扱いを受けさせてしまって。

 でも、もう大丈夫。私が死ねば、あなたはもう私に縛られることもない。あなたは自分の好きなように生きて、あなたが本来受けるはずだった羨望や賞賛を取り戻すことができるのだから。

 だから、もう私のために生きるのは止めて。

 

 

 さようなら、――お兄様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――深雪!」

 

 

 勢いよくドアを開け、それ以上の勢いで部屋に駆け込んできたのは、今まさに思い浮かべていた“あの人”でした。

 鮮明さを失っていく視界で最初それを見たとき、私は(たち)の悪い幻か何かだと思いました。だって普段から冷静沈着で感情を表に出すことのないあの人が、こんなに必死な形相と声色で私に呼び掛けるはずがありません。自分の自由を奪った元凶である私を、引き留めるような真似をするはずがありません。

 それなのにあの人は、そんな私の想いを否定するように私へと縋り寄り、血で濡れるのも気にせずに私の体を抱き寄せると、左手を私に差し出して“何か”を私の体に打ち込みました。

 少しでも楽になれるようにとどめを刺してくれるのか、と思っていたら、その“何か”は死にかけの私の体を覆う情報強化の防壁を易々と突き抜けて、私の体に流れ込んできました。

 心地良い暖かさを感じる中、その“何か”は私の体を形作るかのように隅々にまで広がっていき、そして私の中の足りない部分に流れ込んでいき、それを埋めるようにその足りない部分へと変化していきました。私の中で再び“私”が再構成されていくその様子は、まるで母親の胎内で人の形を成して誕生していく過程を早送りで体験しているような気分でした。

 そしてそれが終わったとき、私は“爆発に巻き込まれる前の私”に完全に戻っていることを悟りました。確かめる必要もありません。私がその理屈を頭で理解するよりも前に、私の中にある心がそれを雄弁に物語っていました。

「――“お兄様”」

 そして、そんな“魔法”と呼ぶに相応しい奇跡を起こしたあの人は、私が目を開けたのを確かめるや、心の底から安堵の表情を浮かべて力強く私を抱きしめました。慌てふためくような真似はしません。上手く説明することはできませんが、お兄様の腕の中が私にとって一番しっくり来る場所のように思えたのです。今初めて抱きしめられたばかりだというのに。

「――き、君! 私の娘も助けてくれっ!」

 と、そのとき、突然の悲痛な叫び声に、私はむりやり現実世界に引き戻されたような気分になりました。あれほど感情的だったお兄様の表情がスッと普段通りの無表情に戻り、私は気分が下降するのを自覚しながらそちらへと目を向けました。

 声をあげたのは先程の男性で、彼の腕には先程私を爆弾で襲った女の子が横たわっていました。私よりも近い場所で爆撃を受けたその子は、当然ながら全身血塗れになり、今も自分の父親を真っ赤に染め上げています。

「頼む! さっきの爆発は、きっと何かの間違いだ! この子がそんなことをするはずがない!」

「お願いします! この子を、助けてあげてください!」

 男性だけでなく、その子の母親である女性もお兄様に土下座する勢いで頼み込んできました。私としては自分を殺しかけた女の子の両親であり、もしかしたら2人が子供に指示を出して私を襲わせた可能性もあるのかもしれません。

「……お兄様」

 しかし私は、お兄様のジャケットの袖を摘んでクイッと引っ張り、ねだるような声でお兄様に呼び掛けていました。たとえ理屈としては分かっていても、年端もいかない女の子が死にかけているという状況が、私の感情的な部分に訴えかけてくるのです。

 私に呼び掛けられたお兄様は、それだけで私の真意を悟ったのか、その無表情を崩すことなく左手に構えたCADを女の子に差し向けました。するとお兄様の体内で今まで見たこともないようなサイオンの活性が起こり、膨大な情報体が女の子の体に打ち込まれました。

 先程自分にされたことを客観的に観察し、私は何が起こったのかを理解することができました。お兄様は自分の演算領域内に女の子の体を構成する全情報を複写して、それを女の子の体に元々あった情報体に上書きしたのでしょう。まるでビデオで巻き戻されるように傷が消えていくその様子は、先程私に対してやったときよりも明らかに手慣れている印象を受けました。

 まさかこれほど高度で複雑な、おそらく世界中の誰もが不可能だと考えている超高等魔法を、たった2度の使用で完成させつつあるというのでしょうか。私はお兄様の才能の底知れ無さに恐怖を抱くと同時に、そんなお兄様の素晴らしさを体感できた陶酔感をも味わっていました。

 やがてお兄様の手によって命を吹き返した女の子が目を覚まし、彼女の家族が涙を流して抱きしめたときになって、ようやく軍の人達が部屋にやって来ました。いつの間にか部屋の外から銃撃の音が聞こえなくなったことを考えるに、基地内での叛逆は鎮圧されたのでしょう。

「…………」

 そんな一連の光景を黙ってじっと見つめる厚志さん達の深刻な表情に、そのときの私は気づくことができませんでした。

 

 

 *         *         *

 

 

「すまない。叛逆者を出してしまったこと、そして基地内に武器が持ち込まれたことに気づけなかったのは、完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことがあれば何でも言ってくれ。国防軍として、最大限の便宜を図らせてもらう」

 風間大尉と真田中尉の案内で別の部屋に移動した私達は、そこで彼らからの謝罪を受けました。厚志さん達も桜井さんも、そしてお母様も何も言わず見守っている状況の中、お兄様が「顔を上げてください」と口を開きました。

「ところで、反乱兵はなぜ我々を人質に? あの家族が狙いだったのでしょうか?」

 そして2人が顔を上げた途端、お兄様がそう尋ねました。先程の台詞は2人を不問に付すというよりも、一刻も早く状況を把握しようという意思が働いたものであることが分かります。

 すると風間大尉はお兄様の質問に、悩ましげに眉を寄せてちらりと私に視線を向けました。言うべきかどうか迷っているといった風間大尉の態度に、私はとても嫌な予感がしました。

「我々も、最初はそう思っていた。あの男性は国内でもトップシェアを誇る軍需企業の重役で、反逆者達も彼を人質に取るつもりであそこにやって来たと踏んでいたんだが……」

 風間大尉はそこで一旦言葉を区切ると、先程と違って体ごと私の方へ向け、そして意を決するような雰囲気で口を開きました。

 

 

「……どうやら彼らは、君を狙っていたらしい」

 

 

「――――!」

「わ、私を、ですか……?」

「ああ。それも、先程の叛逆者だけではない。現在地上で活動しているゲリラ兵のほとんどが、君を人質に取ることを作戦の1つとして指示されていたというのだ。もっとも、彼らにも君の素性は深く教えられてはいないようだったがな」

「……そう、ですか」

 思いも寄らない事実に、私はすぐさまそれを信じることができませんでした。

 しかし考えてみれば、私は四葉家の次期当主候補です。日本とはお世辞にも友好的とは言えない大亜連合が私を狙っていたとしても、不思議ではないのかもしれません。せっかくお兄様から与えられた命を再び失うかもしれない恐怖に、気がついたときには私は自分の体を抱きしめて震えていました。

 するとお兄様が、私の肩に優しく手を置きました。たったそれだけのことで、お兄様の体温が私の体に流れ込んでくるような感覚に、私の心と体は自然と落ち着きを取り戻しました。

「だとすると、あの家族も大亜連合の手先ということですか?」

 そしてお兄様はその姿勢のまま、風間大尉に質問をぶつけました。すると風間大尉は、またもや困ったように眉を寄せました。しかし今回の場合は、先程のような言うべきかどうか迷っているというよりは、どういうことなのか訳が分からないという感じでした。

「……分からない。何せ、当の本人が何も憶えていないと主張しているんだ。それどころか、自分が爆弾を持っていたことすらも知らなかったと言うんだ」

「……何ですって?」

 お兄様が訝しげな声をあげますが、それはこの場にいる全員が同じ気持ちだと思います。

 爆発するあの瞬間の台詞から、あの子は明らかに私を狙っていたことが分かります。だというのに、自爆テロを起こしたことはおろか、人を死に至らしめる武器を所持していたことすら憶えていないというのでしょうか?

「嘘を吐いている可能性は?」

「今回はこのような醜態を晒したが、我々だってプロだ。相手が嘘を吐いているかどうかは判断がつく」

「ということは、魔法で操られていたということですか?」

「それもない。彼らのそのような痕跡は無かった」

 自信を持って言い切った風間大尉に、私はますます分からなくなりました。

 と、そのとき、

「――ちょっと、良いかな?」

 部屋を出るときからずっと黙っていた厚志さん達の内、ミルココちゃんが揃って手を挙げました。風間大尉は少しだけ訝しげな表情になりましたが、すぐに了承を示す頷きを返しました。

「多分、その人達の言ってることは本当だよ。あの人達は本当に避難するつもりでここに来て、そして今回の事件に巻き込まれた」

「ということは、魔法で操られていたということか? だが痕跡は無いぞ?」

「私達も“感知した”のが一瞬だけだから確証は無いけど、多分彼らは――というか、あの子はもうその魔法の支配下ではないと思う。もしかしたら爆撃を受けてほんの一瞬だけでも死んだことで、その支配下から解放されたんじゃないかな?」

「なぜ、そう思うんだね?」

 風間大尉の質問に、ミルココちゃんは口を揃えてこう言いました。

「深雪を襲う一瞬だけ、魔法で操られているかのような反応があった」

「……一瞬だけ、だと? なぜそれが分かるのかも疑問だが、今は置いておこう。つまりあの子は、部屋の中で魔法を掛けられたということか?」

「いや、それも違うね。あの子には元々魔法が掛かっている、もしくは操られるような細工が施されていたけど、あの部屋に入ってきたときには間違いなく彼女自身の意思で動いていた。もし“爆弾を手に入れるとき”と“爆弾を爆発させるとき”だけ操られていたんだとしたら、私達がそれに気づけなかったのも、あの子自身にその記憶が無いことも説明がつく」

「……そんなに都合の良いときだけ発動する魔法があるとは思えないが」

「それこそ、その魔法自体に“意思”が無いと難しいですね」

「まぁ、あの家族が大亜連合と繋がってる可能性もゼロじゃないし、保護観察処分が適当じゃないかな?」

「とはいえ、その可能性も低いけどね。せっかく軍需企業の重役なんて超重要なポストを味方にできたんなら、そのままこっそりスパイ活動させた方が実入り大きそうだし」

 ミルココちゃんの言葉に、風間大尉も真田中尉も同意するような反応を見せました。彼らとしても、あの家族に対してはそれが相応だと思ったのでしょう。“少しでも疑いがあるのなら断罪すべきだ”という過激な思想の持ち主でなくて良かったです。

「それでは、次の話に移りましょう。――現在の状況を、“正確に”教えてください」

 お兄様はなぜか“正確に”の部分を強調するように尋ねました。

 風間大尉は一瞬だけ躊躇った様子でしたが、すぐに口を開いて答えました。

「今回の敵は、確証は無いが大亜連合でほぼ確実だ。そして正式発表では水際で食い止めているということになっているが、実際には名護市北西の海岸に敵の潜水揚陸部隊がすでに上陸を果たしている」

 その言葉に、私は衝撃に息を呑みました。

「慶良間諸島近海も、現在は敵に制海権を握られている。那覇から名護にかけて敵と内通したゲリラが活動し、我々の兵員移動が妨害を受けた。ゲリラ自体はそれほど多くはなく、軍の叛逆者も含めて間もなく片付くとは予想しているが――」

「おそらく、そのゲリラ自体が既に用済みなのでしょう。上陸地点の確保は果たしている以上、使い捨ての駒をいくら失ったところで、人が多すぎると常々公言している彼らには痛手にもならないでしょう」

「……そういうことだ」

 無用な混乱を避けるために情報統制はしていると思いましたが、まさかここまで状況が悪くなっているとは思いませんでした。やはり先日私達を襲った潜水艦は、この侵攻のために下見をしていたのでしょう。

「状況は分かりました。それでは次に、彼らを安全な場所まで避難させてもらえますか? 民間用のシェルターよりも安全な場所に」

「当然だ。奴らの目的には、君の妹さんが含まれているのだからな。防空司令室に保護しよう」

 風間大尉の言葉はとても頼もしいものでしたが、それはつまり、民間人が避難するシェルターよりも軍人が立てこもる司令室の方が守りが堅いということでしょうか? 軍事施設とはそういうものかもしれませんが、どうにも釈然としませんでした。

「では最後に、アーマースーツと歩兵装備一式をお借りできませんか? もっとも、消耗品はお返しできませんが」

「……なぜ、そんなことを?」

「達也くん」

 お兄様の要求に風間大尉は疑問の声をあげ、厚志さんが落ち着いた声で呼び掛けました。

 私も、お兄様の要求が不思議でなりません。なぜわざわざそんなものを欲しがるのでしょうか? そしてなぜ先程の要求で、自分を保護対象に選ばなかったのでしょうか?

 まるで、自分も戦場に赴こうと思っているかのような――

「達也くん、君は自分が何をしようとしているのか、分かっているのかな?」

 厚志さんの再びの呼び掛けに、お兄様はゆっくりと後ろを振り返って厚志さんと対峙しました。

 そのときのお兄様は、激怒と呼ぶのも生温い蒼白の業火が瞳の中で荒れ狂っていました。それを間近で見た私は、思わず呼吸を引き攣らせて1歩後ずさってしまいました。

「ええ、分かっています。自分が今からやろうとしていることは、正規の軍事行動とは何の関係も無い、ただの個人的な報復です」

「そこは別に良いんだ。たとえ本職の軍人でも個人的な感情を抜きに戦闘行為ができる者なんて、それこそシリアルキラーのような奴くらいだ。自分で制御できるのならば、戦闘中にどのような感情を抱えていようと対外的には問題は無い。――私が心配しているのは、君が今から“戦場”に行こうとしていることなんだよ」

「……確かに自分は戦闘の訓練を受けており、“人を殺す経験”もしたことがありますが、戦場に行ったことはありません。厚志さんが自分の兵士としての実力を疑うのも無理はありませんが――」

「やっぱり分かっていないね。私は達也くんの抱える感情も、達也くんの実力も問題には思っていない。私が心配なのは、君には“自分を心配してくれる人”がいることを分かっているのか、ということだよ」

 厚志さんの言葉に、お兄様はまるで予想外のところを突かれたかのように目を丸くしました。何だかその反応にムッとした私は、先程と同じように兄のジャケットの袖をクイッと引っ張ってみせました。

 お兄様の両目が、私へと向けられます。

「……先程お兄様は“報復”と仰いましたが、それはもしかして私のためですか……?」

「……あいつらは深雪に手を掛けた。その報いを受けさせなければ、自分の気が済まない。けっして深雪が気に病むことはない。これはただ、自分がそうしたいからそうするだけなのだから」

 お兄様が私が“深雪”と呼ぶのは、この場にいる風間大尉や真田中尉の目を気にしてのことでしょう。だとしたら、ミストレスの権限でお兄様を止めることもできません。

 一体どうやってお兄様を止めたら――

「良いじゃないの、深雪さん。行かせてやれば」

 唐突に、お母様が私に呼び掛けました。まるで私の心を読んでいるかのようなタイミングに、私はお母様を見るその目つきが鋭くなるのを自覚します。

「普段滅多にわがままを言わないこの子が、ここまで言っているんですよ。それを認めてあげることも、妹としての器量ではないかしら?」

「……お母様、何を仰っているんですか? “戦争”なんですよ? 人を殺すのが当たり前の場所なんですよ? そんな所にお兄様を行かせるなんて――」

「深雪?」

「――――!」

 底冷えのするような声に、私はそれ以上言葉を紡ぐことができませんでした。

 そしてお母様はそんな私の反応に満足したのか、フッと口元に笑みを浮かべました。私はそれを見て正直ホッとしてしまい、そしてホッとしてしまった自分がとても情けなく思えました。

「大丈夫ですよ、深雪さん。達也を“本当の意味で”倒すことのできるものなんて、存在しないんですから」

「……本当の意味で?」

 その言い回しに引っ掛かった私は、わざわざ口に出すことでその真意を探ろうとしましたが、それでも答えは出ませんでした。言い回しが気になったのは厚志さんも同じようで、訝しげな表情をお母様へと向けています。

 そんな厚志さんに、お母様は意味ありげな笑みを浮かべて視線を向けると、

「それに厚志さん、達也を止めないでやってくれませんか? 私と“約束”したんですから」

「……分かりました。しかし万が一のことがあったら、私も動きますからね」

「ええ、もちろん。まぁ、そんな心配は無いでしょうけど」

 私の知らないところで何かあったのか、厚志さんは渋々といった感じながらもお母様の言葉を了承しました。

「申し訳ありません、お嬢様。自分のわがままのせいで」

 お兄様の声が背後から聞こえ、私は再びお兄様へと向き直りました。お兄様の目にはすでに覚悟の色が浮かんでおり、今更私の言葉1つでどうこうできるものではないことが分かります。だとしたら私はさながら、悲しみを胸の内にしまい込んで恋人を戦場に送り出すヒロイン、といったところでしょうか。実の兄妹同士でそれが成立するのかどうかは分かりませんが。

「……誓ってください。必ず、帰ってくると」

「……もちろんだよ、深雪」

 お兄様はそう言って私の目を見つめ、優しく微笑んでくれました。かつて別荘で見せたような演技ではない、心から私のことを想ってくれていることが伝わってくるものでした。たとえ私の願望が生んだ勘違いだと言われたとしても、私がこの考えを取り下げることはありません。

「話は纏まったようですな。我々としても、君を迎え入れることに否は無い。――だが、1つ約束してほしい。君がどのような感情で軍に参加しても構わないが、非戦闘員や投降者の虐殺を認めるわけにはいかない」

「分かっています。もとより、投降の(いとま)は与えませんが」

「それで良い。今回の目的は侵攻軍の撃退、もしくは殲滅だ。敵に降伏を勧告する必要も無い。――司波達也くん、君を我々の戦列に加えよう」

 風間大尉の言葉に、お兄様から感謝の言葉はありませんでした。

 しかし風間大尉はそれを気にする様子も無く、隣にいる真田中尉へ指示を出します。

「アーマースーツと白兵戦装備をお貸ししろ。空挺隊は10分後に出撃とする」

 そう言って踵を返した風間大尉に、真田中尉と、そしてお兄様が続いていきました。

 私にできることは、小さくなっていくお兄様の背中を見つめることだけです。

「さてと、それじゃ“防空司令室”って所に案内してもらおっか」

「ちょうど訊きたいことも沢山あることだしね」

 ミルココちゃんの言葉にハッとなった私は、後ろを振り返りました。

 その場に残った全員の視線を一身に受けながら、それでもお母様はそれを気にする様子も無く微笑みを携えていました。

 

 

 *         *         *

 

 

 装甲扉を5枚通り抜けた先に、その“防空司令室”はありました。外に面した壁の無いそこは学校の教室4つ分ほどの広さで、30人ほどのオペレーターが3列に並んだコンソールに向き合う小ホール、壁から小ホールの大型スクリーンに向かって突き出す8つの中二階個室から成っています。

 私達も前面が鏡張りになった個室の1つに案内されました。

「盗聴器や監視カメラの類はありません。どうやらここは、高級士官や防衛省幹部が視察に来たときのための部屋らしいですね」

 部屋を一通り調べた桜井さんが、お母様にそう報告しました。どうやって調べたのか分かりませんが、桜井さんがそう言うのなら間違いないでしょう。

「うん、魔法的なもので監視してる様子も無し。こっちも大丈夫だよ」

「……ミルクちゃん、一体どうやって調べてるの? あの子が魔法で操られていたって言ったときも疑問だったけど」

 桜井さんのもっともな疑問に、ミルクちゃんはにっこりと笑うだけで何も答えませんでした。ただ普通に笑っているだけなのに、下手に怒った表情よりも怖いと感じるのはなぜでしょうか?

「このガラス……随分と分厚いけど、何かただのガラスじゃねぇ気がするな。何だ?」

「警視庁にも同じ物がありました。司令室で映し出している任意のモニターを映し出すことができるものです」

「おっ! それじゃ、達也のことも分かるね!」

「ええ、そうですね。ちょっと待っててください……」

 リカルドさんの疑問に答え、マッドさんの提案に賛同した桜井さんは、卓上モニターを見ながらコンソールの操作を始めました。

 手持ち無沙汰になった私は、何回も深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせると、意を決してお母様に歩み寄りました。

「お母様。お兄様のことで、訊きたいことが――」

「深雪さん。アレを“お兄様”などと呼ぶのはお止めなさい」

 出鼻を挫くようなお母様の言葉に、私は咄嗟に反応することができませんでした。

 その間にも、お母様の言葉は続きます。

「他人の耳目がある以上は仕方のない面もありますが、今みたいに事情を知っている者しかいない場でアレを兄として扱うべきではないわ」

「……なぜ、ですか?」

「あなたは真夜の跡を継いで四葉の次期当主になるのだから、あのような“出来損ない”を兄として慕っていることを知られたら、あなたにとって大きなマイナスになるわ」

「――なんで、そんな言い方をするんですか! あの人だって私と同じ、実の子供でしょう!」

 語気を強くすることのないお母様の口調が、かえって私の神経を逆撫でさせました。まるで自明の理であるかのような言い方に、私は厚志さん達の目も気にせずに食って掛かります。

「そうね。あなたと同じ私の子だというのに、なんであの子は“あんな風に”生まれてしまったのかしら?」

「お母様――!」

「私も残念だとは思うのだけど、事実なのだから仕方がないわ」

 溜息混じりにそんなことを仰るお母様に、私の苛々は募るばかりです。そして同じ部屋にいる厚志さん達は、そんな私達に割り込むようなこともなく、口を挟むこともなく、ただじっと事の成り行きを見守っているだけでした。

 お兄様がこのような言われようだというのに、なぜ厚志さん達は何も言わないのですか! 実の子供に対してこんな態度、たとえ四葉の人間ではないとしても、いえ、四葉の人間でないからこそ、お母様に対して苦言の1つもあって然るべきでしょうに!

「私はお兄様のおかげで、こうして今も生きていられます! それなのに、そんな奇跡を起こしたお兄様に対して“残念”とは何ですか!」

「ああ、あのこと? そうね、それくらいのことはやってもらわないと……。あの子はどうせ、それしかできないのだから」

 私の必死の反論に、それでもお母様は聞いている私の背筋が凍るほどに冷えきった声で答えました。その声色は、何かをすっかり諦めているかのようです。

 私達がそんな会話を交わしている間に、先程のガラスいっぱいに映像が映し出されました。空から地上を見下ろすその光景に映っていたのは、今まさに地上に降り立ったばかりのお兄様でした。

「そうね……。本人には悪いけど、深雪さんもそろそろ知ってても良い頃でしょう。他の皆さんも知りたがっているようですし。――何から話そうかしら?」

 お兄様が映し出されたスクリーンを見ようともせず、私の方を見ようともせず、どこにも焦点を合わせないような目つきで、お母様は話を始めました。

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