魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第-96話 『レアアイテムを大事に取っておくあまり、結局使わないままエンディングを迎えてしまう』

「敵巡洋艦の正確な位置は分かりますか?」

 それは突如現れた敵巡洋艦の艦砲射程圏内まであと20分だという報告を受け、風間が自分の部下や達也に退避を指示したときのことだった。

 やけに力の籠もった達也の質問に、風間は質問の真意を訊くことなく「真田!」と腹心に呼び掛ける。

「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」

「その前に訊きたいことが。先日見せていただいた、射程伸張術式組込型の武装デバイスはありますか?」

 続けて放たれた質問に、真田は困惑を隠しきれずに風間へと視線を向けた。風間は黙って頷き、真田は再び達也へと視線を戻す。

「ヘリに積んでいますから、5分もあれば――」

「至急持ってきてください」

 真田が言葉を終えるのを待つことも惜しいかのように、達也は急いていることが分かる口調でそう言った。そして達也はちらりと周りに目を遣ると、ヘルメットから有線通信用のラインを引っ張り出して風間に差し出した。

 周りに聞かれたくない話をするのだと即座に悟った風間は、こちらもヘルメットを被り直すと自分のラインを引っ張り出して端子を噛み合わせた。

『敵艦を破壊する手段があります』

「――――!」

 そして次の瞬間、機械越しに聞こえてきた達也の声が伝えてきたのは、歴戦の兵士である風間でさえも動揺せずにはいられないものだった。

『しかし、部隊の皆さんには見られたくありません。真田中尉のデバイスだけ置いて、ここから移動してもらえませんか?』

『……良いだろう。ただし、私と真田はここで立ち会わせてもらう』

 達也は一瞬だけ迷ったが、自分のような存在に全てを任せて退散するなんて真似ができるはずがないことに思い至り、すぐさまそれを了承した。風間は先程達也を投げ飛ばした柳という士官に指揮権を委譲し、撤退する部隊の指揮を命じた。

 そして部隊が大慌てで撤退を始める中、達也は手元に武装デバイスが届くのを待っていた。

 現代の艦砲射撃は、フレミングランチャーから爆弾を連続射出するのがトレンドだ。火薬砲よりも連射性が圧倒的に優れているものの、射程距離はそれよりも些か劣る。しかし対地攻撃力は前世紀の10倍以上とも言われ、単艦でも街を火の海にできるその威力は並の魔法師ではどうしようもない。

 武装デバイスが、達也の元に届けられた。彼はさっそく大型狙撃銃のマガジンから弾丸を取り出すと、掌で包み込むようにそれを握りしめ、再びマガジンにそれを装填した。タイムリミットが迫っている中で傍目には無意味に見えるこの行為に、風間も真田も訝しげに眉を寄せている。

 敵艦が射程圏内に達也たちを捉えるまで、残り10分。敵艦はほぼ真西の方角30キロに位置している。

「特尉、届くのか?」

「試してみるしかないでしょう」

 達也はそう答えて、武装デバイスを仰角45度に構えた。

 そしてその体勢のまま、銃口の先からパイプ状に魔法式が展開された。デバイスに登録された術式は通り抜ける物体を加速させるものだったが、達也はこの魔法式にアレンジを加え、物体の慣性質量を引き上げる魔法を構築した。

 即興でそれを仕上げる達也に舌を巻く真田を尻目に、豪快な射撃音と共に発射された超音速の銃弾は、空気を切り裂いて大海原の上空を飛び、やがて重力に引っ張られるように水面へと落ちていった。

 その瞬間、すでに弾丸を目視することなどできないはずの達也が落胆するように首を振った。

「駄目ですね、20キロしか届きませんでした。そこまで敵艦が近づくのを待ちましょう」

「しかしそれでは、こちらも敵の射程圏内に入ってしまうぞ!」

「分かっています。お2人は基地に戻ってください、ここは自分だけでも充分です」

「駄目だ! 君も一緒に戻るんだ!」

「ですがこのまま敵艦を放っておくと、基地が危険に晒されます」

 自分の家族も、と達也は言外に告げた。

「ならばせめて、ここから移動しよう。最後に敵と交戦したここでは、間違いなく向こうが攻撃ポイントに指定してくるぞ」

「駄目です。今から射撃ポイントを変えることはできません」

「……その魔法は、我々で代行することはできないのか?」

「無理です」

 きっぱりと言い切った達也に、それまで思い詰めていたような表情だった風間と真田は、却って清々しい表情へと変化を遂げた。

「――ならば、我々もここに残ろう」

 その答えに、今度は達也が驚きで表情を変えた。

「……自分が失敗すれば、お2人も巻き添えになりますが」

「必ず成功する作戦など無いし、まったく危険の無い戦場も存在しない。“勝敗”が兵家の常ならば、“生死”が兵士の常だ」

 葉隠の有名な一節に通ずるその言葉は、達也を納得させるのに充分な説得力を持っていた。この人は古式に通じる家と親密なのかもしれない、と作戦には何の関係も無いことを思いながら、達也は敵艦が接近してくるのを待った。

 しばらくして、突如沖合いに水柱が立った。おそらく敵が、艦砲の試し撃ちをしたのだろう。そうなると次に敵艦砲が火を吹いたとき、それが撃ち出した爆弾はまっすぐこちらへと向かって来るに違いない。

 しかし達也も風間も真田も、誰1人として動揺の色は見られなかった。

 達也のバイザーには敵の正確な位置だけでなく、風向風速といった射撃に影響を与える一切の事象が数字の羅列で表示されている。

 達也は魔法式を展開し、続けざまに4回引き金を引いた。撃ち出された4つの銃弾は、微妙に異なる軌道を描きながら海上を飛んで敵艦隊へと向かっていく。

 普通ならば目で追うことなど敵わないそれを、達也は頭の中で追っていた。正確に言うと、意識領域と無意識領域を使って情報次元にある銃弾の情報を追っていた。

 先程達也が狙撃前に銃弾を握りしめていたとき、銃弾は彼の手によって一度分解され、すぐさま再構成された。それによって付随された構造情報は、それを生み出した達也にとってはどれだけ離れようとも見失うことのない道しるべとなっている。それを追うことで、達也はまるでレーダーのように銃弾の状況を把握し、リアルタイムでその行方を推測していくのである。

 とはいえ、達也は何もその銃弾で敵艦を撃ち抜こうなどとは考えていない。最初から照準など無いに等しいものであり、どれほど風が味方をしたところで敵艦の傍に落ちるのが関の山である。そして達也にとっては、それこそが狙いだった。

 なので達也は銃弾の行方を逐一把握する必要があり、よってそれ以外のことに意識を向ける余裕は無い。

 風間はその実力こそ軍の中でも折り紙付きだが、対物干渉力は他の魔法師よりもむしろ低い。

 そして真田は元来魔工師であるため、対物干渉力が高くてもスピードが追いつかない。

 よって、

「――まずい! 来るぞ!」

 敵艦砲から撃ち出された爆弾の雨に、現在の3人が対処することはほぼ不可能だった。このままでは達也が敵艦を撃破する前に、自分達が砲撃によって蹂躙されてしまうだろう。

 もはやここまでか、と風間は覚悟を決め――

 

 

「ぬうううううううううううううううううううううんっ!」

 

 

「――――、はっ?」

「な、何だ! 敵襲か!」

「っ……!」

 突然現れた“彼”に、風間は口をあんぐりと開けて呆然として、真田はらしくもなく大慌てで武器を構えようとして、達也は動揺のあまり敵艦の撃破に集中していた意識が一瞬途切れかけた。

 まるでミサイルのように空中をぶっ飛んで現れたその男は、一種の芸術品と思える肉体を持っていた。2メートルという尋常でなく大柄な体躯に、人間はここまで鍛えられるのかと男ならば思わず惚れ惚れとするような筋肉、さらにそれを魅せるために黒々と日に焼けた肌、それとは相反した真っ白な歯、そして綺麗に揃えられた角刈りの頭。

 そんな筋骨隆々の大男――高田厚志が着ているのは、ピンク色の可愛らしい服だった。女の子が好みそうな可愛らしい装飾品がきらきらと光り、短いスカートがひらひらと風に靡いている。大きなベルがよく目立つステッキを持つその姿は、言うなれば女児アニメでよく見る“魔法少女”そのものだった。

 そんな女児アニメでよく見る“魔法少女”そのものの格好を、2メートルもの長身で見事なまでに鍛えられた体を持つ男の中の男である厚志が着ているのである。服が体に合っていないのか、少女が好きそうな可愛らしい服は筋肉に押し上げられて今にも破けそうだし、スカートは短すぎてもはや常時パンチラ状態といっても過言ではなかった。

 その格好は、命の遣り取りをする戦場にはどこまでも似つかわしくないふざけたものだった。いや、たとえここがハロウィンのコスプレパーティーだったとしても、彼の格好はどこまでも浮いていたに違いない。

 最初は突然姿を現したことに驚いていた風間達は、厚志の格好をパッと見て顔を青ざめ、そして何かに気づいたようにその服装をまじまじと見つめると途端に目を丸くした。

「あなたは、まさか――」

「助太刀するよ、達也くん!」

 風間の声を遮るように厚志はそう叫ぶと、上半身を90度捻り、片方の手でもう片方の手首を握りながら全身に力を込めて筋肉を盛り上がらせた。胸の厚みや腕・脚の太さを強調する“サイド・チェスト”と呼ばれるボディービルのポージングである。

 そしてその瞬間、厚志を中心とした半径10メートルの範囲に、複雑な魔法陣が刻まれた半透明のシールドが現れ、敵艦から飛ばされた爆弾がそのシールドに直撃して炸裂した。空気を震わせて焼き尽くすほどの風圧と熱が一気に襲い掛かるが、シールドに内側には衝撃も熱もまるで届かず、爆弾が幾重にも炸裂しているというのにシールドはびくともしていない。

「何と……、まさかここまでとは……」

「これだけの爆撃を受けて、揺れの1つも感じないなんて……」

 信じられない光景(それを生み出す厚志の服装も含めて)に呆然と佇む風間と真田を尻目に、達也は水平線へ向かって飛んでいく銃弾の行方を追うことに集中していた。その表情は先程と変わらず冷静なものであり、敵艦の攻撃が自分に及ぶことなどまるで考えていないかのように落ち着いていた。

「…………」

 そして厚志はサイド・チェストのポージングを続けながら、達也のことをじっと見つめていた。

 あのときに交わした、真夜との会話を思い起こしながら。

 

 

 *         *         *

 

 

 それは厚志達が沖縄に来てから2日目のこと。

「この旅行の間に、おそらく何かが起こるでしょう」

 厚志とミルココを向かいのソファーに座らせ、全員分の紅茶を持ってきた桜井を下がらせた深夜が、開口一番こう言った。

 あまりにも迷い無く言い切る深夜に、厚志達は互いに顔を見合わせ、代表してミルクが彼女に問い掛ける。

「それは何? 予言?」

「いいえ、単なる“予感”よ」

「深夜の予感なんて、ほとんど予言みたいなもんじゃん」

 ココアはそう言って笑ってみせるが、その目つきは真剣味を帯びていた。

 精神干渉の魔法を得意とする者は、同時に直感的洞察力に優れている傾向がある。それは単なる“勘が良い”を超えて『アカシックレコードとも密接にリンクしている』という仮説もあるほどであり、特に精神干渉魔法の使い手として世界最高峰との呼び声高い深夜ともなれば、様々な人間の精神を媒介とすることで直近の未来を推察することができる。それはもはや極めて的中率の高い“予言”と同等であり、だからこそ彼女の発言は公の場ではより重い意味を持つ。

 それこそ、魔界に住む“南の魔王”と同じくらいに。

「その“何か”はおそらく、私達にも降り掛かるほどの大事です。そしてそれによって、達也は自身の力を解放せざるを得ない事態になるでしょう。――厚志さん、あなたが介入しない限り」

「つまり深夜さんは、達也くんがその事態にならないように手助けをしてほしい、と言いたいのですか?」

「……いいえ、その逆です。もしも“何か”が起こったとき、達也のやることを邪魔しないで見守っていてください」

 深夜の申し出に、厚志達は当然ながら訝しむような表情を見せる。

「しかしそれでは、達也くんたちの身に危険が及ぶのでは?」

「ええ、そうでしょうね。それどころか、私達の中の誰かが生命の危機に晒されることになるでしょう」

「だったら――」

「ですが、何も心配はいりません。達也を“本当の意味で倒す”ことのできる者などいませんし、達也ならば他の誰かが死にそうになっても、いえ、たとえ死んだとしても助けることができます」

 何を根拠に、と反論されそうな物言いだが、同時にそれは彼女が確固たる自信をもって発言していることがよく分かるものでもあった。現に厚志達は彼女の発言を信じるに値するものとして扱い、そのうえで感じた疑問を彼女にぶつける。

「だとしても、深夜さんはその気になればその“何か”を避けることだってできるはずです。なのにそれをせず、こうやって我々に話してまで成り行きに任せようとする目的は何ですか?」

「目的? そんな大それたものではありませんよ。あなた方に、達也の“秘密”を知ってほしいからです。――何せ、これからエリちゃんの“家族”になろうとする男ですもの。色々と知ったうえで結論を導いた方が後々争うこともありませんしね」

「“家族”ねぇ……」

 ミルクの言い含むような呟きに、深夜はわざとらしく口を手で押さえてみせた。

「あら、ごめんなさい。まだ決定事項じゃなかったわね。あくまで今回の旅行を経てエリちゃんが達也を気に入ったら、という約束だったわね。気を急いてしまったわ」

 ごめんなさい、と申し訳なさそうに笑う深夜は、まるであどけない少女のように見えた。厚志よりも年上のはずなのだが、今の彼女は見た目小学生のミルココの姉でも通るだろう。

 しかしここには、そんな振る舞いで誤魔化されるような者はいない。

「深夜、あんた何を企んでるの?」

「企んでるなんて、人聞きの悪いことを言わないでほしいわ。そうね、強いて言うならば、今代のプリティ☆ベルであるエリちゃんとの繋がりが欲しい、といったところかしら?」

「あっはっはっ、随分とつまらない嘘を吐くね。いつかリィン・ロッドが石になったとき、エリちゃんはもうプリティ☆ベルに変身できなくなることくらい分かってるでしょ? 結婚できる年齢になる頃には普通の女の子に戻ってるエリちゃんに、自分の息子を宛がってまで狙う価値があるとは思えないけど?」

 世界を滅ぼせるほどに強大な力を持つプリティ☆ベルが、その力とは裏腹に世界の主要各国から過度な干渉を受けずにいられるのは、その能力が“期間限定である”という点が大きい。確かに能力が体に馴染めば変身せずともごく一部の能力を行使することはできるが、それ自体は現役の頃のものとは程遠い。なので下手に手を出して取り返しのつかないことになるよりは、まるで嵐が過ぎるのを待つように静観を貫くという反応を選ぶ方が都合が良いのである。

「んで、深夜。本当は何を企んでるの?」

「……ふふ、教えられないわね」

「私達に危害が及ぶかもしれないのに、それを黙って見過ごすなんてできると思う?」

「あなた達なら、多少の危害は片手間で潰せるでしょう?」

「このやろー、多少の危害があることを認めやがったな」

「嘘を吐いても仕方のない相手に、本当のことを言ったまでよ。それに多少の危害についても大丈夫。少なくとも、私はあなた達をどうこうしようなんて考えてないわ」

「つまり、あんた以外の奴らがどうこうする可能性があるってことじゃんか」

「他の人間の行動までは責任持てないもの」

 それは腹の探り合いというよりは、仲の良い友人がじゃれ合ってるようなものに見えた。台詞こそ物騒に聞こえるが、ミルココも深夜も口元に楽しそうな笑みを浮かべての応酬だった。

「分かりました、深夜さん。とりあえずこの旅行の間については、達也くんの行動を邪魔するようなことはしないと誓いましょう」

 なので厚志も、深夜から真意を聞かされていない状態で彼女の申し出を受け入れることにした。

「ありがとうございます、厚志さん」

「ですがそれは、あくまで我々が達也くんたちに危険が及ばないと判断するまでのことです。もしも我々の許容を超える事態が発生した場合、深夜さんの都合に拘わらず止めに入ることも有り得ると思ってください」

「ええ、もちろん。まぁ、そうならないとは思いますけど」

 紅茶のお代わりはどうですか、とカップを小さく掲げてにっこりと笑う深夜に、厚志とミルココは再び互いに顔を見合わせて肩を竦めた。

 

 

 *         *         *

 

 

「――いきます」

 厚志にシールドで守られながら弾道を追うことに集中していた達也が、突如口を開いてそう言った。達也には発射した4つの銃弾の内1つが敵艦隊のすぐ上空を通り過ぎるのが分かっていたが、何をするのか分からない風間達には突然のことであると同時に一抹の不安を抱えるものでもある。

 3人分の視線に見守られながら、達也は右手を前に突き出して、何かを解放するかのように掌を力強く開いた。

 

 

 次の瞬間、水平線の向こうに眩いばかりの閃光が生じた。

 そして数秒遅れて、壮絶な爆発音が聞こえてきた。

 

 

「なっ――!」

「…………」

 風間と真田はその光景に思わず声をあげ、厚志は深刻な表情でそれを見つめた。

 敵艦隊の上空を飛んでいた銃弾を基点として起こった爆発は、船体の金属を一瞬で蒸発させ、音速を超えて膨張する空気に乗って重金属の蒸気をばらまいた。熱線と衝撃波と金属蒸気の噴流に、近くにいた戦艦はそこに乗っていた人々も含めて1つ残らず蒸発し、少し離れた場所にいた戦艦はそこに乗っていた人々も含めて爆発して焼失した。海面は高熱に煽られて水蒸気爆発を起こし、竜巻や津波を発生させた。

「…………」

 そしてこの大惨事を引き起こした張本人である達也は、何の感情も抱いていないかのような無表情でそれを見つめていた。強いて言うなれば、集中して行っていた“作業”を完了させたことによる開放感、といったところか。

 先程まで途絶えることなく続いていた砲撃が一瞬の内に止み、その代わりに地響きにも似た不気味な音が伝わってくる。

「まずい! 津波が来るぞ!」

「大丈夫です! そのまま動かずに!」

 風間の声と共に厚志が、艦隊が爆発した後も絶えず続けていたサイド・チェストのポーズを取ったままそう叫んだ。つまりそれは未だに彼らの周りにはシールドが貼られているということであり、もはやトンという単位では追いつかないほどの物量が一気に襲い掛かってきた後も、完全に周りが水没してしまった後も、そのシールドが破られる気配は微塵も見られなかった。

「……なんて常識外れな力なんだ」

 水族館でガラス越しに水槽を眺めているような景色へと早変わりした周りの状況に、風間は驚きで頭も口も回っていなかった。傍目には厚志の貼ったシールドの防御力のことを指しているようにも見えたが、彼の言葉の矛先は間違いなく達也にも向けられていた。

 そんな達也は風間の言葉に頓着する様子も無く、ポーズを取って魔法の行使を続ける厚志のことをじっと見つめていた。

「…………」

 そして厚志も、お返しとばかりに達也のことをじっと見つめていた。

 

 

 これこそが、初めて実戦で“マテリアル・バースト”が用いられた瞬間である。

 

 

 *         *         *

 

 

「いやぁ、楽しかったね! 沖縄旅行!」

「途中で“ちょっとしたトラブル”もあったけど、まぁ、旅を盛り上げるアクセントだと思えば!」

「なぁ、あいつらのお土産どうする?」

「ちんすこう辺りで充分じゃね? あいつらもあかねさん達と一緒に旅行してるんだろ?」

「ああ、そういえばそうだったわね? どこだったかしら?」

「確か佐渡島とか言ってなかったっけ? 『海の幸を食い尽くしてやる!』って張り切ってたわ」

 あの戦争から、6日が経ちました。まだ1週間も経っていないというのに、那覇空港はすっかり元の喧騒を取り戻していました。大戦期の混乱と比べたら、この前の戦争など大したことではないのでしょうか?

 私にとっては、価値観が大きく変化したターニングポイントだというのに。

 厚志さんが桜井さんを押し退けてお兄様の援護に向かっていった後は、スクリーンを操作してくれる人がいなくなってしまったので、そこから先は私もニュースで流れているような映像しか見ていません。

 水平線に突如現れた太陽よりも眩しい光。

 その光に呑み込まれて消えた敵の船。

 津波に押し寄せられて地形の変わったビーチ。

 そして、勝利の凱歌。

 そこまでは、世間と私とで共有しているあの戦争の顛末です。

 あの光を生み出したのが、他ならぬお兄様であること。そしてお兄様が、質量をエネルギーに“分解”して莫大なエネルギーで全てを焼き尽くす“マテリアル・バースト”を操る戦略級魔法師であること。お兄様こそが、敵を退けた英雄であること。

 この事実は、世間にはけっして公表されることはないでしょう。お兄様の素晴らしさが誰の目にも触れられないことは心苦しいですが、お兄様自身がそれを望んでいないので仕方がありません。それに少なくとも、ここには“真実”を知る方々がいます。

 私はちらりと、厚志さんの方へと視線を向けました。現在空港のお土産屋さんを物色している厚志さんは、ミルココちゃん達に混じって和気藹々と楽しそうにお喋りしています。その様子は周りの観光客とも違和感が無く、あの戦争の勝利に大きく貢献したとはとても想像できません。

 魔法少女・プリティ☆ベル。

 厚志さんとエリちゃんがそのような存在に変身できることも、厚志さんを取り巻く皆さんの存在も、そしてそれらに関わる“天界”や“魔界”といった異世界の存在も、あの戦争の後に聞かされました。にわかには信じがたいことですし、正直まだ話半分ほどでしかありませんが、そうでなければ厚志さんの力……というか、あの格好に説明がつきません。とりあえず、厚志さんが必要に迫られてあの格好をしていると分かっただけでも安心です。もし自分から望んであの格好をしている変態だとしたら、私は人間不信に陥っていたかもしれません。

 しかしそれ以上に信じられないのが、四葉家が歴代プリティ☆ベルを影ながらサポートしている、というお母様の言葉でした。私の知る限り、四葉家は十師族の中でも協力関係を敷くことはなく、その強大な力を武器に我が道をひた走る孤高の存在だと思っていました。いったいどのような経緯でそうなったのか実に興味がありましたが、お母様があまり話したがらなかったために訊くことはできませんでした。

「深雪、そろそろ中に入るぞ」

「はい、お兄様」

 搭乗の時間になり声を掛けてきたお兄様に、私はそう答えてソファーから立ち上がりました。隣に座るお母様は、私が“お兄様”と呼ぶことに対して表情を変えることはありませんでした。もしかしたら心中では苦々しく思っているのかもしれませんが、お兄様のことに関してはもうお母様に遠慮することは止めました。

 厚志さん達は自分達で荷物を持っていますが、私達の分の荷物は行きのときと同じくお兄様が1人で運んでいます。しかし私は、それに対しても気にならなくなりました。

 なぜなら、お兄様がそうしたいと仰るから。

 お兄様のご意志が、私にとっては何よりも絶対なのだから。

「お待たせ! お土産選んできたよ!」

「そうですか。では、行きましょうか」

 お土産を選び終わった厚志さん達が戻ってきて、お母様のその言葉で私達は飛行機へと向かいました。その後ろでは、私達から1歩離れてお兄様と桜井さんが私達の荷物を運んでいます。

 今はまだ届けることのできない言葉ですが、私は決心しました。

 

 

 ――お兄様、深雪はどこへでも、どこまでも、お兄様についていきます。

 

 

 *         *         *

 

 

 まさかこの僅か3日後にその覚悟を試されることになろうとは、このときの私は思いもしませんでした。

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