魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第72話 『詰めが甘い、脇が甘い、そして見通しが甘い』

 とある実習室。

「ミユキ、行くわよ」

「いつでもどうぞ、リーナ。エリ、カウントよろしくね」

「はいはーい」

 3メートルの距離を開けて向かい合う、深雪とリーナ。そして2人の横に立つエリ。

 深雪とリーナの間には、直径30センチほどの金属球が細いポールの上に乗っている。実習室には同じ器具がずらりと並んでいるのだが、クラスメイトの全員が手を止めて彼女達の様子を見守っていた。サファイアよりも蒼く輝く瞳に陽光に煌めく黄金の髪と、黒真珠よりも黒く澄んだ瞳と夜空よりも深い漆黒の髪というコントラストが織り成す魅惑の光景ではあるが、何も彼らはそれに見惚れているだけではなかった。

 今回の実習の内容は、同時にCADを操作して中間地点に置かれた金属球を先に支配した方の勝ちという、魔法実習の中でもシンプルかつゲーム性の高いものだ。シンプルだからこそ、互いの単純な実力差が如実に表れる。

「いくよー。スリー、ツー、ワン――」

 エリが“ワン”と口にすると同時に、深雪とリーナが据置型のCADのパネルに手をかざした。

「ゴー!」

 最後の掛け声だけ深雪とリーナも声を揃え、その瞬間に深雪はパネルに指でそっと触れ、リーナは掌をパネルに叩きつけた。対照的な起動動作をする2人だったが、2人由来による眩いサイオンの光がほぼ同時に対象の金属球の座標に重なり合って爆ぜた。外部からの魔法的干渉を抑制する技能が未熟な生徒が、一斉にこめかみを押さえたり首を振ったりする。

 しかしそれも一瞬のことで、サイオンの光が消えた次の瞬間、金属球はコロコロとリーナの方へと転がった。

「あーっ、また負けた!」

「ふふっ、これで私が2つ勝ち越しね」

 途端に悔しそうな表情を見せるリーナに、深雪はどこかホッとした笑みでそう声を掛けた。

 周りの生徒が、一斉に感嘆の声を漏らした。それはアメリカからの留学生に勝利した深雪に対するものであると同時に、そんな彼女に真正面からぶつかって“たった2つの負け越し”で食らいつく留学生に対するものでもあった。

 そもそも、深雪は先月から始まったこの実習で“エリを除いて”1回も負けたことが無かった。圧倒的な強さでクラスメイトを寄せ付けず、エリ以外とでは互いに実習の意味が無いと教官が認めざるを得ないほどである。それを聞きつけた新旧生徒会役員(プラス風紀委員長)が深雪に勝負を挑み、そして見事に返り討ちに遭ったという事実まで存在する。

 そんな深雪を相手に、留学生が互角の勝負を演じているのである。

「……エリ、今のはどんな感じだった?」

 未だに勝利の余韻に浸っているのか口元に笑みを浮かべた深雪が、審判の役割を担っているエリへ尋ねた。彼女の正面では、未だに悔しそうな表情のリーナがエリの言葉を待っている。

「術式の発動は、リーナさんの方が早かったね。でも干渉力で深雪さんが上回っていて、リーナさんの魔法が完成する前に制御を奪い取ったって感じかな。単純に力量で勝ったっていうよりも、作戦勝ちってところだね」

「成程ね。つまりミユキに勝つためには、より速いスピードで置き去りにするか、干渉されないほどのパワーで押し切るべきってことね」

「あら、そう簡単にいくかしら?」

「余裕があるのも今の内だけよ、ミユキ! エリ、カウントお願い!」

「はいはーい」

 その後、時間内に行われた勝負は4回でスコアは2対2。

 今日の実習は、深雪が2つのリードを保ったまま逃げ切った。

 

 

 

 昼休みの時間となり、深雪達はリーナを連れて学食へと向かった。

「あぁもう、悔しいわ! これでもステイツのハイスクールレベルでは負け知らずだったのに!」

「でも、リーナも凄いよ。選ばれて留学してくるくらいだから相当な実力者だとは思ってたけど、まさか深雪と互角に競うほどだとは思わなかったもの」

 悔しさを微塵も隠さず声を荒げるリーナに、ほのかが慌てた様子でフォローを入れた。フォローになっているかどうかは微妙だが。

「でもそういうホノカだって、精密制御に限っては私よりも上じゃない。さすが魔法技術大国・日本よね」

 ふてくされたようにそっぽを向くリーナに、深雪は苦笑いを浮かべて話し掛ける。

「リーナ、実習はあくまで実習で、試合じゃないわ。あんまり勝ち負けなんて考えない方が良いと思うけど」

「競い合うことは大切よ。たとえ実習でもせっかくゲーム性の高いカリキュラムなんだから、勝ち負けにこだわった方が上達すると思うわ。――ねぇ、エリもそう思うでしょ?」

 窘める深雪に真っ向から反論したリーナは、味方を作ろうとエリへ話を振った。

「競争するのは大事だと思うけど、終わった後まで引きずる必要は無いよ。ラグビーでも試合が終わったら“ノーサイド”でしょ?」

「うーん、確かにエリの言う通りね」

「あら、リーナ。私のときは反論するのに、エリのときは随分と素直じゃないかしら」

「だって、エリの言葉って的確なんだもの。凄いわね、エリは。本当ならまだジュニア……えっと、中学生なんでしょ? それなのに私達の試合を観て的確な分析ができるなんて。結局エリには審判ばかりやらせちゃったけど、今度はエリとも勝負したいわ」

「エリちゃんは強敵だよ? 何てったって、あの実習で深雪とまともに勝負できるのはエリちゃんだけだもの。深雪に勝ち越したことだってあるし」

 ほのかの言葉に、リーナの目が途端に輝いた。目にも止まらぬスピードでエリに詰め寄り、彼女の両肩を掴んで顔を近づける。

「そうなの、エリ! どうやったらミユキに勝てるの!」

「とにかく金属球を相手の方に転がしたら勝ちなんだから、コンマ1秒でも早く転がすことだけに集中するの」

「でも私はさっきの実習でも、ミユキよりも早く発動したのに負けたわよ?」

「エリの場合は、本当に“スピード”だけを追求してるのよ。あの実習のときには、パワーも精密さも全部捨ててるの」

 リーナの疑問に答えたのは、エリではなく深雪だった。その顔が不満そうなものになっているのは、エリに負けたことを思い出しているからだろうか。

「私よりも早く魔法を発動させて、私が魔法で金属球を支配しようとする直前に球が自分の方へ転がる。私がエリに負けるときは、いつもそのやり方だわ。逆に私が勝つときは、自分が普段よりも一瞬だけ魔法の発動が早かったり、逆にエリが一瞬だけ発動に手間取ったりしたときね。だからエリと実習をした後って、もの凄く精神的に疲れるのよ」

「でも私が深雪さんに勝てるのは、深雪さんが授業で使うCADを持て余してるせいだから、普段のを使ったら絶対に敵わないと思うよ。それに最近は深雪さんもどんどん慣れてきたから、私が負ける回数も多くなってきたし。多分あと何回かやったら、私も深雪さんに勝てなくなると思うよ」

「……あなた達、どういう次元で戦ってるのよ……」

「私これでも学年3位なのに、上位2人との間にもの凄い差があるんだよね……」

 深雪とエリの会話に、リーナとほのかが色々な感情を通り越して呆れ果てたような表情になっていた。

 と、そんなこんなしている内に、学食へと辿り着いた。昼時だけあって大勢の生徒で溢れかえっているこの場所では、普段から深雪が姿を表すとざわめきが起こるのだが、今日に限ってはそのざわめきがより一層大きい気がした。しかし深雪にとってはどちらも同じ雑音でしかなく、リーナもそういったことにこだわる気質ではないので、空いている席を探してきょろきょろと視線をさ迷わせる。

「あっ、達也さんたちだ」

 すると、一足早く顔見知りの集団を見つけたエリが、嬉しそうにそちらへと駆けていった。残された3人は一瞬だけ互いに顔を合わせると、すぐさま彼女の背中を追い掛けていく。

「みんな、一緒にお昼たーべよっ!」

「ウェルカムよ、エリちゃん」

 エリカが真っ先に彼女の申し出を受けるが、残りのメンバー(達也・美月・レオ・幹比古)がそれに反対する様子は無い。というよりも、皆が率先して周りから椅子を持ってきたり人が入れるスペースを作ったりしているので、むしろ大歓迎といったところだろう。

「もう、エリったら。まずはお皿を取って来なきゃ駄目でしょう」

「お皿……あぁ、食べる物って意味ね。せっかく日本に来たんだから、何か日本料理を食べたいわ。何かお勧めは無いかしら?」

「あっ、今日はカレーフェアだって! リーナさん、ここのグリーンカレーはすっごく辛くてお勧めだよ!」

「いやいや、エリちゃん。日本料理が食べたいって言ってるのに、なんでタイ料理をお勧めするの……」

「せめて日本風カレーにしましょうよ……」

 ここ1年ずっと一緒に過ごしてきたと錯覚するほどに打ち解けている留学生の姿に、この瞬間初めて顔を合わせる二科の面々は驚いていた。

 料理を取りに行って席に戻るまでの間、そして席に着いてからずっと、深雪とリーナは関心を隠しきれていない視線が周りから降り注いでくるのを感じていた。しかしそれに頓着する様子を見せることなく、深雪は二科の面々に視線を配りながら口を開く。

「それじゃみんな、紹介するわね。アメリカから来た、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんよ。もう聞いてるとは思うけど、今日からA組のクラスメイトになった留学生よ」

「リーナって呼んでくださいね」

 深雪の紹介に合わせて、リーナが華やかな笑みと共に一礼した。

「E組の司波達也です。深雪と区別がつかないでしょうから“達也”で良いですよ」

「ありがとう。それと敬語は無しにしてくれると嬉しいのですけど」

「分かった。そうさせてもらうよ、リーナ」

「よろしくね、タツヤ」

 リーナがテーブル越しに手を伸ばしてきたので、達也はその手を押し戴くように下からそっと握った。まるで貴婦人に接吻でもするかのような所作が意外だったらしく、リーナの目に明らかに動揺が走った。

「もしかして、タツヤってミユキのお兄さん?」

「ああ」

 ポーカーフェイスはあまり得意ではないのか、と思いながら達也は頷いた。先程深雪が自分のことを“お兄様”と呼んでいたことについては指摘しなかった。

「あたしは千葉エリカ。“エリカ”で良いよ、リーナ」

「柴田美月です。“美月”と呼んでください」

「俺は西城レオンハルト。“レオ”で良いぜ。がさつ者なもんで、こういう口の利き方だけど気にしないでくれ」

「吉田幹比古です。僕のことも“幹比古”で良いよ」

「エリカ、ミヅキ、レオ、ミキ・ヒコね。よろしく」

 幹比古の名前だけ辿々しく聞こえたのは、やはり外国人にとって彼の名前は発音しにくいからだろう。

「言いにくいでしょ? “ミキヒコ”じゃなくて“ミキ”で良いんじゃない?」

「ちょっと待って、エリカ――」

「外国の人だったら“ミッキー”の方が馴染みがあるかも!」

「ちょっとエリちゃん! 何言ってるの!」

 エリカの提案はまだ予測できたものの、エリの提案は完全に予想外だったようで、幹比古は慌てて反論しようとするが、

「あら、良いわね。じゃあ“ミッキー”で良いかしら?」

「……えぇ、それで良いですよ」

 リーナがホッとしたような笑みと共にそう言ってきたとなれば、幹比古としても了承せざるを得なかった。

「良かったじゃないの、ミッキー」

「ワールドワイドな渾名だぜ、ミッキー」

「……エリカ、レオ、後で憶えてろよ」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて話し掛ける2人に、幹比古はこめかみにピクピクと青筋を立てた。普段は些細なことで言い争うくせに、こういうときだけピッタリと息を合わせるのだから(たち)が悪い。

 と、そのとき、

「そうだ。渾名ついでにちょっと訊きたいんだが」

 ふいに思い出したような口調で、達也がリーナの方を向いてそう言った。

「何かしら、タツヤ?」

「アンジェリーナの愛称は普通“アンジー”だと思うのだが、俺の記憶違いだったかな?」

 その質問は、特におかしなものではなかった。幹比古の渾名を聞いてふと思い出したので聞いてみた、程度のものだと思うだろう。現にこの場に同席していた面々のほとんどはそう思った。

 しかしほんの一瞬だけ、リーナの目に狼狽が過ぎった。

「いえ、記憶違いじゃないわよ。でも“リーナ”って略すのも珍しいわけじゃないの。小学校の同じクラスにアンジェラって子がいて、その子が“アンジー”って呼ばれてたから」

「あぁ、だからリーナさんは“リーナ”って呼ばれるようになったんだね」

 ご飯をパクパク食べながらそう言ったエリに、リーナは妹を見るような目つきで彼女を見つめながら頷いた。

「あっ、そうだ! 私からも、名前絡みでもう1つ質問!」

 すると今度は、そのエリが手を挙げてリーナにそう言ってきた。

「何?」

「リーナさんのミドルネームって“クドウ”だよね? それってもしかして、日本の“九島”と関係あるの?」

「ああ、そういえば聞いたことあるぜ。確か“老師”の弟さんが渡米されて、そのまま向こうで結婚したんだったよな?」

「ローシ?」

「あぁ、日本では九島閣下のことを“老師”と呼ぶこともあるんだ」

 レオの言葉に首をかしげるリーナに、達也が横から説明を入れた。

 “閣下”も“老師”も九島烈を指す敬称だ。しかし“老師”はもっぱら日本の魔法師の間で使われるものであり、公的に通用するのは退役将官であることに由来する“閣下”の方である。

「昔のことなのに、よく知ってるわね。私の母方の祖父が、九島将軍(SHOGUN)の弟なの」

「へぇ、向こうでは九島閣下のことを“将軍”って呼ぶのね」

「随分長い間、日本の魔法師を指導する立場にいらっしゃったからな。アメリカではそのイメージが強いんだろう」

 達也の説明に、エリカ達は「へー」と声を漏らした。

「そういう縁もあって、私のところに留学の話が来たみたい」

「あれっ? ってことは、リーナさんから留学を希望したわけじゃないんだ?」

 リーナの言葉の後にすかさず差し込まれたエリの質問に、

「えっ? ええ、そうよ。先生の方から話が来て、受けることにしたの」

 若干の緊張と動揺と共にリーナが答えたのを、達也は見逃さなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 魔法科高校は全国に9つしかないため、必然的に遠方からの生徒が多くなる。しかしそれに反して、第一高校には寮というものが無かった。家事を取り仕切ってくれるHAR(ホーム・オートメーション・ロボット)が一般家庭にも普及し、日頃の買い物もオンライン注文・個別配送で済ませられるとなれば、1人暮らしでも不自由しないというのがその理由だ。国からの支援によって学費が免除されているために生活費の心配が少ない、というのも大きな理由の1つだろう。

 なので自宅から通えない生徒は部屋を借りることになるので、留学生であるリーナが部屋を借りていても不思議は無い。しかし彼女の場合、単身者・学生用のワンルームではなく、少人数家族用のファミリータイプを借りている。

「お帰りなさい、リーナ」

「シルヴィ、先に帰ってたんですね」

「もう夜ですよ?」

 帰ってきたリーナを出迎えたシルヴィア准尉の言葉に、彼女は苦笑いで答えてダイニングへと移動した。そこにはほとんど日本人と見分けがつかない外見の若い女性がおり、彼女はテーブルの前に立って緊張した面持ちで頭を下げた。

「来ていたんですね、ミア」

「はい、お邪魔しています、少佐」

「座ってください、ミア。――シルヴィ、お茶を淹れてください」

 普段なら階級差を無視して「自分で淹れなさい」と言うシルヴィアだが、ミアの緊張を解す目的で今回は素直に従った。

 ミアというのは彼女の愛称であると同時に、今回の“潜入捜査”における彼女の偽名でもある。

 彼女の本名は、ミカエラ・ホンゴウ。本職は放出系魔法を研究するUSNAの国防総省所属の魔法研究者であり、11月にダラスで行われた実験にも参加していた才媛だ。芳しくなかったダラスの実験に代わる“対消滅ではない質量のエネルギー変換”の糸口を求めて、今回の任務に志願した。

 彼女自身も魔法師であり、今月から共同研究の名目で来日した偽学生とは別口で、先月の初めからマクシミリアン・デバイス日本支社のセールス・エンジニア“本郷未亜”として魔法大学に潜り込んでいる。今月に正面から堂々と乗り込んできたメンバー(リーナもこの1人)に隠れて、裏で本来の諜報活動に従事する“本隊”の1人でもある。ちなみに住居は、この部屋の隣である。

「シルヴィ、何か分かりましたか?」

「公的なデータベースを洗い直していますが、新しい情報はありませんね」

「すぐに結果が出るものでもありませんしね。――ミアの方は?」

「こちらもまだ……、すみません」

 シルヴィの淹れたミルクティーのおかげでリラックスしかけていたミカエラだったが、再び緊張で体を縮こまらせながら頭を下げた。

「リーナはどうです? ターゲットと少しは親しくなりましたか?」

「親しくはなった、と思いますけど……」

 そう言って表情を曇らせるリーナに、シルヴィアとミカエラが互いに顔を見合わせた。

「肝心なことはまだ何も分かりませんし、それよりも先にこちらの正体がバレてしまいそうです」

「……何かあったんですか?」

「タツヤに『アンジェリーナの愛称は“アンジー”じゃないのか』と訊かれました。ドキドキしましたよ」

「偶然ではないのですか?」

「分かりません、さっぱりです。やっぱり私には向いてないのでしょうか……」

 大きく溜息を吐いて落ち込むリーナに、シルヴィアが彼女のカップにミルクティーのお代わりを注いであげた。

「ターゲットについてもそうですが、プリティ☆ベルの動向も気になるところですね。美咲エリはどのような子なんでしょうか?」

「年相応に可愛らしい、言動は至って普通の女の子です。しかしプリティ☆ベルの力によるものなのか、現代魔法を見事に使いこなしているようですね。実際に見させてもらいましたが、あれはかなりのものです」

「プリティ☆ベルに変身できるようになったことで、現代魔法の素質が開花したのでしょうか? 実際に3代目の大田景の場合は、最初こそ補欠(alternate)――二科生でしたが、翌年には学年首位に上り詰め、最終的には第一高校の生徒会長を務めるまでになっています」

「そうかもしれません。――でもそれ以上に私が驚いたのは、もう1人のターゲットであるミユキです。高校の実習という形ではありますが、まさか私が遅れを取るようなことがあるとは思いませんでした」

「リーナが遅れを取る相手、ですか……。まさか高校生にそんな逸材がいるなんて……。そのような人物なのだとしたら、戦略級の破壊魔法を使えたとしても不思議ではないかもしれませんね」

 まだまだ潜入捜査は始まったばかり。たった1日で何もかも分かるなんてことは有り得ない。だからこそリーナは自分の正体がバレないように、細心の注意を払って捜査をする必要がある。

「大丈夫です。私がシリウスだなんて本気で考えているはずがありませんし、仮に疑っていたとしても尻尾を掴ませたりはしませんよ」

 

 

 

「かなり高い確率で、リーナは“アンジー・シリウス”と思われる」

 厚志家での夕食を終えた達也の一言に、居間にいたエリを除く全員が大なり小なり驚きの反応を見せた。

「叔母上の“忠告”と合わせて考えると、リーナがスターズの一員であることはほぼ決定的だ。おそらく彼女が単独で潜入しているわけではないだろうが、戦略級魔法師の疑いがある者と接触するとなれば必然的に戦闘力のある者が矢面に立つ必要がある。特に俺達はプリティ☆ベルと近い関係にある。そんな人間と接触するとなれば、おのずとスターズの中でも上の人間に絞られるだろう」

「だからって、わざわざボスが乗り込んでくるか? シリウスってのは、スターズにとっちゃ切り札みたいなもんだろ?」

「それだけプリティ☆ベルを危険視している、という見方もできます」

 リカルドのもっともな疑問に、達也は頷きながら答える。

「わざとシリウスだと思わせておいて、こちらの動揺を誘うという可能性は?」

 モカの質問に反応したのは、ミルココの2人だった。

「それは無いね。渾名のことを訊かれたときのあの子の反応は、限りなく素に近いものだった」

「もし私達のことを見越して完璧に演技していたとしたら話は別だけど、あの子の場合それは無いね。あれは諜報の訓練すらまともに受けてないわ」

「“アンジー・シリウス”は代々前線で戦うタイプの魔法師だったからな。裏でこそこそ動くような任務には向いていないんだろう」

 ミルココの辛辣な評価に、達也は苦笑いを浮かべながらそう言った。

 そんな中、ミルココの台詞に深雪が反応した。

「やはり昼間の質問は、リーナに鎌を掛けたものだったんですね」

「鎌を掛けるという意味でなら、エリの質問もそうなるな。あれで少なくとも、彼女が今回選ばれたのが上層部の意向であることは分かった」

 達也がエリを見遣りながらそう言うと、エリは「えへへー」と満面の笑みを浮かべた。

 そしてそんな2人の様子に、深雪が僅かに表情を曇らせた。

「それにしても、軍はなんで諜報に向いていないその子を選んだんだろうね? 達也の話だと、何が何でも自分の正体を隠そうって感じじゃないんでしょ? むしろ気づかせようとしている節すらある」

「潜入捜査というよりは、私達が気づいたときの反応を見ようとしてるんじゃないの?」

「プリティ☆ベルに対する“信用”やリーナの戦闘力を前提とした、随分と危険な作戦にも思えるが……」

 達也たちは思い思いにポーズを取って、唸り声をあげて考え込んでしまった。しかし彼らが悩むのも無理はない。USNA軍が想定していた以上にリーナの精神的なガードが緩かった、なんてさすがの彼らも想像できなかったに違いない。

 と、そのとき、エリが何か思いついたようにポンと手を叩いた。

「スパイはあくまで“ついで”で、本命の任務は別にあるとか?」

「それにしては、シリウスは大物過ぎて隠れ蓑には適さないが……。いや、しかしそう考えると、叔母上がスターズの潜入を許していることにも納得がいく、か」

「四葉からしても、達也くんの正体がバレることは避けたいものだしね。裏で何か問題が起こっていて、それを解決するためにスターズを黙認している可能性は充分にあるね。あわよくば、達也くんにそれを解決してほしいと思っているとか」

「あいつ、正面切って達也に四葉の任務を言い渡すのが無理だからって、回りくどい方法で押しつけるときあるからなぁ」

 仮にも四葉家当主に対してミルクがそんな言い方をできるのは、歴代プリティ☆ベルを通して30年以上に渡って交流を続けていることによるものだろう。現に彼女の台詞は真夜を責めているものではあるものの、その表情にはまるで悪友に向けるような笑みが浮かんでいた。

「時間が空いたときにでも真夜さんに聞いてみるよ。今日はもう遅いから、とっくに眠っているだろうし。――それじゃみんなも、今日はそろそろ休むとしよう」

「はーい」

「お休みなさい」

「お邪魔しました」

 厚志の言葉を皮切りに皆が一斉に立ち上がり、達也と深雪は隣にある自宅に帰るべく玄関へと向かった。

 

 

 *         *         *

 

 

 いつの時代も、夜になると“後ろ暗い者達”が闇に紛れて駆け回っている。

 しかし一般市民の生活がそれに脅かされることなく(少なくとも破壊されることなく)済んでいるのは、その“後ろ暗い者達”と戦う者が同じように闇に紛れて駆け回っているからだ。

 しかしその戦う者の1人であるはずのこの男は、目の前の惨劇に対して憤る様子も見せずに相棒の男へと延々愚痴を零していた。

「まったく、次から次へとどうしてこう厄介事が――」

「…………」

「厄年は今年で終わったと思ったんだがねぇ、やっぱりお祓いに行った方が――」

「…………」

「そもそもこの事件は何だ? これならまだ密入国とか侵略の方がまだ分かりやすい――」

「それを調べるのが我々の仕事でしょうが! “税金泥棒”なんて揶揄されたくなければ、つべこべ文句を言わずに働いてください!」

 その男の部下である稲垣がとうとうキレてしまっても、その男・千葉寿和は「本当は警察が暇な方が――」などと未練がましく呟いていた。

 いい加減説教してやろうか、と思った稲垣だったが、耳に引っ掛けていたレシーバーから応答を求める声が聞こえてきたので、ひとまずそちらを優先することにした。

「はい、こちら稲垣。――分かりました、現場に向かいます」

 その報告を聞いた途端、稲垣の表情と声は緊張を押し殺したものとなった。そして彼の隣では、何となく報告の内容を察しているはずの寿和が、未だにだらけた表情でそれを眺めている。

「警部、“5人目”です。死因は過去のガイシャと同じく衰弱死。外傷が無いことも同じです」

「そして血が無くなってることも同じ、だろ? ったく、1ヶ月で5人の変死体か。マスコミを抑えるのもいい加減限界だぞ」

 とにかく億劫そうに溜息を吐く寿和だったが、その目だけは獲物を狙う狩人のように鋭い光が宿っていた。

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