リーナが第一高校に来てから、今日で1週間。彼女はこの1週間によって、全校生徒で彼女を知らない者はいないという存在にまでなった。
これまで第一高校でトップの美少女といえば、上級生も含めて満場一致で深雪のことを指していた。しかしリーナが編入したことで“女王”が“双璧”となった。深雪と共に行動する機会が多かったことも、その評価が広まっていった要因だろう。
とはいえ、彼女は深雪達とばかり交流しているわけではない。魔法科高校ではかなり珍しい留学生、それも絶世の美少女となればあちこちからお誘いの声が掛かり、リーナも幅広く交流する留学生の流儀に従ってそれを了承していた。なのでこの1週間で達也たちと食事をしたのは初日だけであり、学食で顔を合わせるのも今回が2回目である。
「大人気ね、リーナ」
「ありがとう。皆さん良くしてくれて嬉しいわ」
エリカの裏表の無い純粋な褒め言葉に、リーナは照れたり謙遜することなくあっけらかんと答えた。民族性によるものとも考えられるし、あまり周囲の評価にこだわらない彼女の個性によるものとも考えられる。
「ところでリーナって、放課後は何をしてるの?」
「色々と見学させてもらってるわ。部活動を見させてもらったり、実際に参加させてもらったり」
「もちろん、私が同行してるわ。無用なトラブルは避けたいもの」
リーナの答えに、深雪が横から説明を入れた。彼女の言う“無用なトラブル”とは、おそらく新入生勧誘期間のときのようなものを指しているのだろう。
「とはいっても、どうせ部活に入れたとして大会には出られないんだろう?」
「もっと別の種類の下心がありそうなのよ」
レオの疑問に答えた深雪の言葉に、その場にいた全員が首をかしげる。
「軽体操部の見学をしていたときに、部活の人間ではない人達がうろちょろしていたから問い詰めたら、軽体操部のコスチュームを着たリーナの写真を撮って売り捌こうと思ってたらしいわ」
軽体操部とは重力や慣性を低下させて演技する魔法系競技であり、早い話がトランポリン無しでトランポリンの演技をするようなものだ。九校戦の競技の1つである“ミラージ・バット”は軽体操の発展形の1つだ。
心底軽蔑するような表情で溜息と共に吐き捨てる深雪だったが、絶世の美少女だとこのような仕草ですら絵になってしまう。全員が彼女の言動に気分を悪くすることなく、むしろ彼女に同調するように顔をしかめた。
「……写真部なんて、この学校にあったか?」
「美術部の写真チームですよ」
「でもリーナさんだったら、確かに絵になりそうだよね」
「売り捌くのはどうかと思うけどな」
「いやいや、そもそも写真を撮ること自体が駄目でしょうが」
エリカがそう言って、レオの頭を軽く叩いた。普段ならば即座に言い返すレオだが、今回は自分にも非があると自覚しているのか何も言わない。
「でも部活間でのリーナ争奪戦が気になってきたのよね……。今はまだ水面下での争いでしかないけれど、このまま放っておけば実害が出ることにもなりかねないわ」
「だったらいっそのこと、リーナを生徒会の臨時役員にするという手もあるのでは?」
「そうね……。あなたはどう思う?」
深雪がリーナ本人に話を振ると、彼女は少し考える素振りを見せ、エリと達也へ目を遣った。
「……そういえば、エリとタツヤって風紀委員のメンバーなのよね?」
その質問に、2人が同時に頷いた。
「部活や生徒会も気になるけど、生徒による自治活動ってのも面白そうだわ。今日の放課後、見学させてもらっても良いかしら?」
その提案に、達也は少しだけ迷いを見せた。確かに今日は2人共当番の日だが、どうにも厄介事の匂いがして仕方がなかった。
「うん、良いよ! 今日の放課後、一緒に本部に行こうか! 花音さんだったら、多分オーケーしてくれると思うし!」
しかしエリが二つ返事で了承してしまったため、達也は誰にも聞かれないように溜息を吐いた。
風紀委員のメンバーは、普段からCADの携帯が許可されている。しかし達也が学校内でこれを使う場面というのは、実は意外とそんなに無い。CADは元々四系統魔法の補助として開発された道具であり、特に無系統魔法でサイオンを飛ばすような単純な魔法ならばCADが無くてもさほど不自由は無い。
それでも達也が風紀委員での活動で必ずCADを身につけているのは、生徒に対する示威的効果を期待してのものだ。実際のところ牽制効果は馬鹿にできないものであり、4月の頃ならいざ知らず、達也の知名度が上がっていくにつれて(特に九校戦以降)達也の取り締まりに反発するような生徒はみるみる減っていった。
「タツヤ、CADを2つもつけてるの?」
「色々と理由があってな」
本部に寄ってCADを装着するときに、達也とリーナがこのような短い会話を交わした。すっかり見慣れたものとなったことだが、何も知らない者からしたらやはり奇異に見えるだろう。
リーナは多少気になった様子だったが特に追及することなく、達也・エリにリーナを加えた3人は学内の見回りを開始した。部活動をしているグラウンドや実習室や実験室などを、時折説明を入れながら回っていく。もしこれが達也とリーナの2人きりだったら達也も多少の気まずさを感じていたかもしれないが、間にエリが入ることでコミュニケーションは円滑に行われた。エリのこういうところは、達也が素直に賞賛している部分である。
話題の留学生を連れ歩いていることで、道行く生徒達からの視線はなかなかに痛かった。しかし皆が留学生を前にみっともない姿を見せられないと考えていたのか、実力行使に及ぶような者はいなかった。もしそんな奴がいれば、風紀委員による取り締まりを実演で見せられたというのに。
ところで、達也はリーナと2人きりになるという気まずさは避けられたものの、別の理由による気まずさは見回りの間中ずっと感じていた。
色々と説明を聞いたりしているリーナだったが、達也に探りを入れている気配を隠し切れていないのである。本人は誤魔化しているつもりかもしれないが、チラチラと窺い知るような視線を達也はひしひしと感じていた。
そして実験室が並ぶ特殊棟の端、裏庭に降りる階段の踊り場で、ふいにリーナが足を止めた。
「どうしたの、リーナさん? 休憩する?」
「いいえ、大丈夫よ」
エリの提案を、リーナは微笑みを浮かべて断った。そして何かを逡巡するような仕草を見せたが、やがて達也へと視線を向ける。
「ねぇ、達也って……二科生、なのよね?」
「そうだけど?」
正面切って言われたのは随分と久し振りだな、と達也は何だか懐かしむ心地になっていた。
「エリ達と制服が違うからなんでだろうと思ったから、ミユキに訊いてみたの。そしたらミユキ、もの凄く不機嫌そうな顔で教えてくれたわ。――二科生って、その、一科生の人と比べて、実力で劣るって意味なのよね? でもホノカの話だと、タツヤは一高でもトップクラスの実力者だって聞いたわ」
「…………」
達也が無言で話の続きを促すと、リーナは意を決したように再び口を開いた。
「タツヤは、なんで劣等生のフリをしてるの? 劣等生のフリをしているのに、どうして簡単に実力を見せちゃうの? タツヤのやってることは凄くチグハグで、なんでそういうことをするのか分からないわ」
成程そういうことか、と達也はリーナの言いたいことを知って微笑を浮かべた。
「フリなんてしてないよ、本当に俺は劣等生なんだ」
達也の言葉が信じられないのか、リーナはエリへと視線を向けた。
「本当だよ。実技試験で評価されるのは、国際基準と同じく“速度”と“規模”と“強度”の3つ。でも実戦の評価はそれだけじゃ決まらないでしょ? 試験の基準に照らすと点数は低いけど喧嘩はめっぽう強い、ってのが達也さんなの」
エリの言葉は紛れもない事実であり、リーナも一応は納得したようだった。
その代わり、別の質問が達也にぶつけられる。
「……タツヤは、もっと別の場所に行きたいって思ったことは無いの?」
「別の場所?」
「そう、自分の実力が正当に評価される場所。私の国でも国際基準が主流だけど、そうじゃない所だっていっぱいあるわ。ステイツは自由の国で、多様性の国でもあるもの。たった1つの物差しに合わないからってだけで補欠扱いされるくらいなら、もっと自分の実力を評価してくれる所に行きたいとは思わないの?」
達也はその質問を聞きながら、エリへと視線を向けた。彼女もリーナの質問に達也がどう答えるか、じっと見守っている様子だった。元々エリが魔法科高校への進学を希望して、司波兄妹がそれに応えたことで現在の形となったため、ひょっとしたら達也が実際のところどう考えているのか気になるのだろう。
「俺はこの学校に“自分の意思”で入学したんだ。現状に不満なんて無いよ」
それは紛れもなく、達也の本心だった。元々魔法科高校に入学するに当たって評価方針は理解していたので、それが自分に合わないという理由で不満を抱くことは無い。むしろ彼は4月の入学式当日に深雪に言った通り、よく自分の実力で合格できたものだ、と思っていたほどだ。
「それに俺がこの学校に入学した理由には、ここでしか閲覧できない書物を読むことも含まれている。二科生とはいえ、教師による指導を受けられないこと以外は一科生と何ら変わりない。だから俺はこれでも充分だ」
「……そう、分かったわ」
未だに納得し切っていないという表情ではあったが、リーナがこれ以上この話題を振ることは無かった。
特にトラブルが起こることもなく、3人での校内見回りは幕を閉じた。後は本部に戻って活動報告を提出すれば、本日の活動は終了となる。
風紀委員本部の窓からチラリと窓を覗くと、太陽が沈みかけた空が紅と黒のコントラストになっていた。
「何事も無く終わったわね。いつもこんな感じなの?」
「ううん、いつもはもうちょっと何か起こるよ。リーナさんが一緒にいたから、みんなが良い子のフリをしたのかな?」
「あら、そうなの。せっかくだから、2人が戦ってるところを見てみたかったわ」
「やめてくれ……」
リーナとエリの会話に、近くで事務的な作業をやっていた達也が頭痛を押さえるように苦い顔でこめかみに手を遣った。
今日の活動報告を委員長の花音に提出し、3人は本部の入口とは別にあるドアへと向かった。その先には階段があり、ちょうど真上にある生徒会長室へと繋がっている。そこで生徒会の仕事をしている深雪と合流して家に帰るのが、彼らのいつもの日課である。
「待たせたな、深雪」
「いいえ、お兄様。深雪も、ちょうど今終わらせたところですわ」
ドアを開けて顔を出した途端、頬を紅く染めながら深雪が早足で達也の元へ駆け寄ってきた。その姿だけを見るととても兄に対するものとは思えず、事情を知らない者が見れば誰もが恋人に対するものだと勘違いするに違いない。
「ねぇエリ、この兄妹っていつもこんな感じなの?」
「うん、そうだよ。私達はもうすっかり慣れたけど」
「あらあら、そうなの。何というか、凄いわね」
2人の後ろでエリとリーナが何やらコソコソ話していたが、達也は意図的にそれを無視した。ちなみに深雪は達也に会えたことが嬉しいのか、そもそも彼女達の会話が聞こえていないようだ。
最初の頃は委員会の仕事があるときでも待っていてくれた友人達も、今では先に帰っていることも珍しくなくなった。けっして友人関係が希薄になったわけではなく、待たせてしまうことを申し訳なく思ったエリ達が彼らに申し出たのである。なので今日も友人達は既に帰宅しており、司波兄妹とエリの3人で家まで帰ることになっていた。
しかし現在校門へ向けて歩く彼らの中には、未だにリーナの姿があった。本当は委員会の仕事を終えた段階で解散するはずだったのだが、会話が弾んでいたこともあって何となく流れで一緒に歩いているのである。
「ねぇ、リーナさんはいつも学校が終わったら何してるの?」
「学校が終わったら? 普通にまっすぐ帰るわよ」
「そういえばリーナって独り暮らしなの? いつも食事とかってどうしてるのかしら?」
深雪の質問に、リーナはほんの一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべた。実際はシルヴィアという部下と同居しているため、食事も彼女が手配してくれる。しかしそれを正直に話すわけにはいかない。
「えっと、私は独り暮らしだから、いつもHARに食事を作ってもらってるわよ」
その答えに、深雪は意外そうな表情を浮かべた。
「あら、そうなの? てっきりお手伝いさんか何かが、一緒に来てくれてるのかと思ってたわ」
「えっ?」
「うん。リーナさんと入れ違いで留学した雫さんは、家のお手伝いさんを一緒に連れて行ったみたいだよ。その人が家事とか全部やってくれてるんだって」
「えっ?」
深雪とエリの言葉に戸惑いを隠せない様子のリーナに、横で聞いていた達也は笑いを堪えるので精一杯だった。エリはともかく、深雪はどこまで分かっていて彼女を追い詰めているのだろうか。
と、そのとき、エリがこんな提案をしてきた。
「そうだ! せっかくだから、今日は私達の家でご飯を食べようよ!」
「えっ!」
その瞬間、リーナのこの日一番の大声が発せられた。
「ま、待ってエリちゃん。でもそれだと、おウチの人に迷惑でしょ? ほら、別にHARでも美味しい料理はできるんだから、心配しなくても良いのよ?」
「でもやっぱり機械で作るのと人の手で作るんじゃ、美味しさが全然違うと思うよ? 別に迷惑だなんて思ってないから、遠慮しないでウチにおいでよ」
「いや、でもそんなこと言ったって、今から連絡して向かったんじゃ間に合わないんじゃないかしら? 今日のところは諦めて、また後日ということで――」
「ああ、それは大丈夫だよ。だって――
――もう連絡してるから」
エリがそう言って指差す先に目を遣ったリーナが、思わず顔を引き攣らせた。同じように目を向けた達也と深雪が、苦笑いを浮かべて同情的な視線をリーナに向けた。
校門の前、ちょうど紅くなった空に浮かび上がるシルエットは、遠くから見ても大柄な人間であることが一目で分かった。徐々に近づくにつれて明らかになっていくその姿は、極限まで鍛え上げられた芸術品のような筋肉に、それを魅せるために黒々と日に焼けた肌、それとは相反した真っ白な歯、そして綺麗に揃えられた角刈りの頭という、おそらく一度見れば二度と忘れないであろう強烈な印象を与えるヴィジュアルをしていた。
そしてそれは、今まで彼のことを資料でしか知らないリーナにとっても同じだった。
「やぁ、お帰りみんな。――そこにいる子が、留学生のリーナちゃんだね?」
「はい、厚志さん。彼女がUSNAから来たアンジェリーナ・クドウ・シールズさんです。――リーナ、こちらが俺達もよくお世話になっている高田厚志さんだ」
「……はじめまして、きがるにりーなとおよびください」
未だに動揺が隠しきれないのか、かなり辿々しい口調で挨拶をしながら手を差し伸べるリーナに、厚志は「ご丁寧にありがとう」とその手を握った。ちょっとでも力を込めれば骨など簡単に砕け散ってしまいそうな力強さに、リーナは乾いた笑い声をあげた。
「話はエリちゃんから聞いてるよ。私の家は大所帯だからね、今更1人増えたところでどうってことないさ。だから遠慮無く来てくれて良いからね?」
「……はい、ご親切にありがとうございます」
「良かったね、リーナさん! モカさんの料理は凄く美味しいから、きっとリーナさんも満足すると思うよ!」
「……そう、すっごく楽しみね」
エリが腕に抱きつくのを受け止めながら厚志の背中に続くリーナの後ろ姿に、司波兄妹は特に言葉を交わしたわけでもないのに、なぜか2人揃って『処刑台に連れられていく死刑囚のようだ』という共通の感想を抱いていた。
「……お兄様、エリの教育をどこで間違えたのでしょうか」
「……どこだろうな」
兄妹の疑問に答える者は、どこにもいなかった。
* * *
日付が変わる頃、都心の路上には車の姿は無く、代わりに若者の騒ぎ声で溢れていた。
自動運転・個別輸送のキャビネットは24時間運行しており、地下に張り巡らされた
そんな馬鹿騒ぎの街の真ん中で、トレーナーにジャンパーという真冬とは思えない軽装で歩くレオの姿があった。その足取りは“どこか目的地を定めて進む”というよりも“宛ても無くフラフラとさ迷う”といった不確かなものだった。
レオは現在、彼が持つ悪癖である“放浪”を行っていた。彼は時々、深夜が近づくにつれて、思いつくままにフラフラと歩きたくなる衝動に駆られることがある。今日みたいに都心を歩くこともあれば、郊外にまで足を運ぶときもあるし、時には山奥にまで入り込むこともある。
レオはこれを、自身の遺伝子に刻まれた本能だと思っていた。
彼の祖父は、世界で最初に遺伝子操作による魔法師調整技術を実用化したドイツの最初期に開発された
ブルク・フォルゲは肉体の耐久性向上に重きを置かれた調整体だ。“魔法を使える超人兵士”を目指し、人間より遥かに頑丈な大型哺乳類を参考にした遺伝子改造を施された。その無理な遺伝子操作によって第1世代の多くが幼少期に死亡し、成長後も大半が発狂して死んだ。
レオはその明るい性格からは想像もつかないが、いつか自分も同じように狂ってしまうのではないか、という恐怖を抱えていた。そこで小さな衝動をこまめに解放することにより、大きな衝動に心が押し潰されて壊れるのを先延ばしにしようと思い、こうして深夜に放浪するようになった。自由に生きて天寿を全うした祖父の姿が、彼をそうさせたのだろう。
そのような事情により、今日彼が渋谷にやって来たのはまったくの偶然だった。
「あれっ? エリカの兄貴の警部さん?」
擦れ違った相手がたまたま顔見知りだったために、何となく声を掛けた。レオにとっては、その程度の認識でしかなかった。
しかし次の瞬間、主に若者が
「君、ちょっと一緒に来てくれ」
「えっと、稲垣さんだっけ? 何すか急に」
「いいから」
今にも舌打ちしそうな表情でレオの手首を掴んできた稲垣に、レオは何が何だか分からないまま引っ張られるようについていった。レオの力なら簡単に振り解くこともできたが、彼の切迫した雰囲気がそれを躊躇わせた。そしてレオが元々声を掛けた人物・千葉寿和は、そんなレオの後ろにぴったりと貼りついて移動する。
レオが連れ込まれたのは、路地奥にある小さな酒場。看板には“BAR”と書かれているが、横文字にする必要性を感じない居酒屋だった。カウンターの奥でグラスを磨いていた主人に軽く声を掛け、突き当たりの階段を昇っていく。
辿り着いたのは、小さな丸テーブルに4脚の椅子を置いただけでいっぱいになるほどに狭い部屋だった。ご丁寧に入口には宇宙船にあるようなハッチまで備えつけられ、3人が部屋に入ったところで稲垣が両手を使ってハンドルを回し、機密性の高い扉をしっかりとロックした。
「西城くん、だったね。ちゃんと気配は消していたつもりだったんだけど、よく分かったね」
「……ひょっとして、捜査の邪魔しちまいました?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ。気配を消していたのは、無意味なトラブルを避けるためさ。深夜のここは、何かと警察が目の敵にされるからね」
「あぁ、確かにそんな感じっすね」
納得したように深く頷くレオの態度は、若者よりも警察の方にシンパシーを抱いていることを示していた。それを見た稲垣は、この部屋に来てからずっと鋭くしていた目つきを幾分か和らげた。
「それにしても、こんな時間にこんな場所をうろつくなんて、魔法師とはいえ随分と危ないんじゃないかい? エリカと一緒に“大江山流護身術道場”に出入りしていたとは思えないなぁ」
「……エリカから聞いたんですか?」
「いやいや、“弟”の方からさ」
「あぁ、成程。――今日はたまたま、ここに来たい気分だったってだけっすよ。いつも来てるわけじゃないですよ」
「ふーん。最後にここに来たのはいつ頃だい?」
「えーっと……、大晦日も確かここだったかな?」
「2週間ほど前か……。じゃあ、都内の繁華街で奇妙な事件が起こってるのは知ってるかな?」
寿和が口にした話題は現時点で報道規制が掛かっているものだったが、稲垣は止めようとはしなかった。どうせ数時間後には“スクープ”として知れ渡ることになるのだから。
「奇妙な事件? それこそ、毎日起こってるんじゃないですか? ――っていうか、警部さんって横浜の担当じゃなかったっけ?」
「俺達は警察省所属なんだ。日本全国をあちこち異動してるよ。というわけで、今は都内の連続変死事件を捜査中だ」
軽く口にした言葉であったが、レオはそれを聞き逃さなかった。
「……“変死”? 猟奇殺人ってことっすか? しかも連続で?」
その瞬間、寿和の目がギラリと光った。
「……西城くん、やっぱり君はかしこいね。さっき『“大江山流護身術道場”に通ってたとは思えない』と言ったのは訂正しよう」
寿和が稲垣に目配せすると、彼が携帯端末を取り出して画像ファイルを呼び出した。スライド形式に切り替わっていく画像の数々に、さすがのレオも息を呑んだ。
「最新の犠牲者は3日前、場所は道玄坂上の公園だ。死亡推定時刻は、午前1時から2時の間」
「こんな都会の真ん中でか?」
「昼間だったらそうだろうけど、夜は何が起こってもおかしくないよ。この街ではね。――そこで訊きたいんだけど、妙な奴に心当たりは無いかい? 噂に聞いたってだけでも良いんだけど」
「夜中にここを
「それが分かれば苦労しないんだが……」
寿和は考え込むように視線を逸らし、そしてすぐにレオへと戻した。
「さっき見せた変死体だが……、死因は7人全員が衰弱死で、かすり傷以上の外傷は無し」
「外傷が無いってことは、毒か?」
「ところが薬物反応は陰性、おまけに傷は無いくせに体内の血液が1割ほど失われている」
「……成程、確かに“変死”だ。猟奇殺人というより、怪奇現象だな」
「随分とオカルトじみてるけど、残念ながら全てリアルの出来事だ。――さて、こういうオカルトじみた真似をしでかしそうな奴らに心当たりは無いかな? 特に最近余所から流れてきた連中で、妙な噂が立っているような連中とか」
「オカルトじみた真似、ねぇ……」
レオは腕を組んで唸り声をあげながら、考え込む素振りを見せた。
いや、この表現は適切ではないかもしれない。
なぜなら彼の頭には、既に“心当たり”があるからだ。
――“天使”だの“魔族”だのって奴らなら、ひょっとして吸血鬼辺りもいるんじゃねぇか?
「悪いけど
「いやいや、そこまですることはないよ。ここからは警察の仕事だし、下手なことして目をつけられないとも限らない」
「でも警部さんが夜の渋谷で聞き込みって、かなり難しいんじゃねぇの?」
「…………」
レオの指摘は、寿和達にも重々分かっていることだった。でなければ、知り合いというだけで捜査情報をペラペラ喋ったりはしない。
「大丈夫っすよ、俺だって危険なことに首を突っ込むつもりも無いし。ほんの少ししか出入りしてないとはいえ、俺だって“大江山流護身術道場”の門下生っすから」
「……確かに、そうだったな」
「警部!」
さすがにこれ以上はまずいと思った稲垣が声をあげるが、寿和はそれを無視して懐から名刺を取り出した。
「何かあったら、ここにメールしてくれ。キーの手入力は最初だけで、2回目からは自動的に更新されるから」
「厳重っすね。んじゃ、何か分かったら知らせるんで」
レオはそう言って立ち上がると、稲垣が両手を使って閉めた機密ロックのハンドルを片手で軽々と回して部屋を出ていった。