魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第76話 『何でもかんでも“若気の至り”で済むと思ったら大間違いである』

 レオの入院をメールで知り合いに一斉送信したエリカは、そのまま彼が入院している中野の警察病院へと向かった。学校を休むこと自体はそのメールに書かれているし、学校にも連絡を入れているため問題は無い。

 しかし、エリカの目的はレオの見舞いではなかった。いや、一応顔を合わせたのでその目的も無いわけではないのだが、彼女の主たる目的は違っていた。

「…………」

 エリカは現在、レオが入院している個室の前に置かれた長椅子に腰掛けていた。その表情はとても険しく、まるで部屋に怪しい人物が入ってこないか看視しているようだった。

 事実、彼女は看視していた。

 レオは“吸血鬼”と思われる存在に襲われた。そして生き残った。ならばその仲間が報復のために、あるいは自分達の正体に辿り着く恐れのある者を排除するために、レオを襲撃する可能性があった。それを迎撃するために、エリカはこうして朝から看視を続けているのである。

「…………」

 看視を始めて数時間が経った頃、レオの個室に2人の人間が訪ねてきた。エリカがその姿を見掛けたとき、ほんの僅かに目を見開き、直後に鋭く細められた。

 彼の病室にやって来たのは、七草真由美と十文字克人。成程、元生徒会長と元部活連会頭が見舞いに来たとなれば、自校の生徒が襲われて心配だったからという名目は立つ。彼らはもう自由登校なので、授業時間中にここへ来るのも問題無い。

 しかしレオは、生徒会にも部活連にも関わっていない。そんな生徒を、既に役職を退いている2人が揃って見舞いに来るのは少々不自然だ。まだ現役の生徒会長や部活連会頭が見舞いに来る方が自然だ。

 克人は入口脇に座るエリカをちらりと見遣り、すぐに関心が失せたようにドアへと向き直った。真由美も愛想笑いの見本のような笑顔で会釈をして、すぐにドアへと向き直った。そのままドアをノックして入っていく2人を、エリカは止めなかった。

 2人が部屋に入ったところで、エリカは立ち上がってその場を去った。

 彼女が向かうのは、先程の個室から程近い場所にある事務室。ノックもせずに入ってきた彼女を、部屋の中にいた2人は気まずそうな表情で出迎えた。

 その人物とは、エリカの兄・千葉寿和と、彼の腹心・稲垣。寿和の頬が少し赤く腫れているのを見て、エリカはもっと殴ってやれば良かったと思った。この“馬鹿兄貴”が何の抵抗も無く殴られる機会なんてそうそう無い、積もり積もった恨みを少しでも晴らす機会を無駄にするべきでは――

「えっと、お嬢さん? 何か物騒なことを考えていませんか?」

 エリカの思考を遮って話し掛けてきた稲垣だが、エリカが冷たい刀のような鋭い目を彼に向けると、彼は即座に口を引き結んで視線を泳がせていた。

 明るい性格とコケティッシュな美少女ぶり、そして父や兄2人ですら使えない秘剣“山津波(やまつなみ)”を実戦で使いこなす実力によって、エリカは門下生の間でアイドル的人気を掴み取っている。そんな彼女に睨まれれば門下生の1人である稲垣は色々立場が悪くなるし、実質免許皆伝の腕前を持つ彼女に稽古の相手にでも指名されれば遊び感覚で小突き回されるに違いない。

「兄貴。あいつの所に、七草の直系と十文字の直系が来てるんだけど」

 何の用事か知ってるんでしょ、とエリカは無言の圧力を込めて寿和を睨みつけた。隣にいる稲垣はすっかり萎縮してしまっているが、寿和はそこまで妹に畏れ入るつもりは無い。

「西城くんと一緒に救出された女性が、七草家の家人(けにん)だったらしい」

「それだけ?」

「それ以上は詮索するな、と上からのお達しでね」

「霞ヶ関ならともかく、桜田門はこっちのフィールドでしょ」

「残念、俺達は霞ヶ関の人間なもんでね」

「ほんっと、使えない」

 舌打ち混じりで吐き捨てるエリカだったが、それ以上八つ当たりじみた真似はしなかった。

「盗聴器は?」

「部屋に入ってきた途端に壊された。“妖精姫”のマルチスコープが、ここまで高性能だとはね」

「部屋の外に仕掛けてたのは?」

「そっちは十文字家の音波遮断で無効化されました」

 寿和と稲垣の答えに、エリカはもはや何も言わなかった。

「じゃあ推測で良いわ。心当たり、あるんでしょ?」

「……本当に推測でしかないぞ? どうやら七草は、被害者を隠匿しているようだな」

「隠匿? 死体を隠してるってこと?」

 いくら十師族が超法規的な権利を有しているとはいえ、大量殺人の捜査を邪魔するような真似をすることに、エリカは疑問を禁じ得なかった。

 しかしエリカも頭が回る方だ。すぐに裏の意図に思い至った。

「……今回の事件に、魔法師が絡んでるってこと?」

「多分ね。加害者か被害者かは分からないが」

「被害者? 加害者だったら秘密裏に処理しようとするのも分かるけど、被害者が魔法師だからってなんで隠す必要があるのよ?」

「そこなんだよな。今回の事件、どうも一筋縄ではいかない気がするんだよなぁ」

 エリカの質問に、寿和がニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。

 と、そのとき、

「――ん?」

 寿和の隣で会話の成り行きを見守っていた稲垣が、耳を押さえて疑問の声をあげた。

「どうした?」

「いえ、どうやら西城くんの病室に来客があったようで」

「来客?」

 稲垣の答えに、エリカと寿和が揃って首をかしげた。

 

 

 

「――成程。訊きたいことは以上よ。ごめんね、体調が辛いときに」

「いえ、別に良いっすよ。2人が最初に来たときは結構ビビりましたけど。――ところで、なんで2人が一緒にこの事件を捜査してるんですか?」

「悪いが西城、それについては答えられない」

「そっすか。まぁ、そうですよね」

 病室のベッドで上半身を起こすレオの傍には、真由美と克人が並んで椅子に座っていた。真由美に見舞いに来てもらえたとなれば健全な男子は大なり小なり喜ぶものだが、克人が横にいるだけでその喜びも相殺されてしまうに違いない。もっとも、レオの場合はそんな感情とは無縁だったが。

「それじゃ、私達はそろそろお(いとま)するわね。いつまでも居座るのも悪いし」

「そうだな。邪魔したな、西城」

 そう言って2人が立ち上がろうとしたそのとき、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。部屋に入ったときに克人が施した音波遮断は指向性を持つ魔法であり、外からの音は聞こえるようになっている。

 しかし中から外の音は聞こえないようになっている。レオは外に呼び掛けようとして、それに気づいたのか動きを止めた。それを見た真由美が、代わりにドアへと歩み寄ってそれを開けた。

 ドアの前にいたのは、1人の成人女性だった。髪型は肩に掛かるほどのショートヘア、半袖のワイシャツにネクタイを緩く締め、タイトスカートから覗く脚は黒のストッキングに包まれている。眼鏡の奥にある両目は半目ともジト目とも言われる半開きで、全身の力を抜いたような気怠さが感じられる。

 その女性は、レオにとって非常に見覚えのある人物だった。

「あれっ、景さん。なんでここに?」

「ミルクから連絡を受けてね。せっかくだから来たわよ。――あら、お客さん?」

 その女性――大田景に、レオは驚いたように声をあげた。景は先客である真由美と克人をちらりと見遣るが、特に遠慮する様子も見せずに中へと入ってドアを閉める。

 一方ドアを開けたことで景の姿を間近に見た真由美は、驚いたように目を丸くしていた。景の言葉にも即座に反応できず、景が不思議そうに首をかしげることでようやく我に返った。

「えっと、西城くんと同じ学校に通っている七草真由美といいます」

「十文字克人です」

 真由美がどこか不思議そうな表情を浮かべながら自己紹介をして、相変わらずの無表情で克人がそれに続いた。そして2人の自己紹介を聞いた景は、ニヤリと笑みを浮かべて、

「“七草”に“十文字”……。あぁ、成程ね。だからあんな反応だったわけか。じゃあ自己紹介する必要も無いかもしれないけど、顔を合わせるのは初めてだし一応やっとくわ。――私は大田景。一時期この子を教えてた時期があってね、だから“共通の友人がいる”以上の知り合いってわけ」

「……えっと、一時期教えてたっていうのは、大田さんが受け持ってたクラスの生徒だったってことですか?」

「そっちじゃなくて、道場の方」

 景の簡潔な答えに、真由美が納得したように頷いた。

「えっ? お2人、景さんのことを知ってるんですか?」

 そんな遣り取りを眺めていたレオが、当然ながら湧き上がってきた疑問をぶつけてきた。

「顔を合わせるのは初めてよ。――ほら、私が昔“プリティ☆ベル”だったから、十師族の彼女達は私のことを知ってるってわけ」

「えっ、あの! その情報は――」

「七草。どうやら西城は、既に事情を知っているようだ」

 景の口から飛び出した“プリティ☆ベル”の単語に、真由美は慌てたように声をあげ、克人は無表情のまま真由美を落ち着かせた。

「ところでレオ、ミルクから色々聞いたわよ。というか、エリカちゃんのメールをそのまま転送されたから、正しくはエリカちゃんからなんだけど」

「そっすか。すみません、景さん。色々心配を掛けてしまって」

「心配……。まぁ、それもあるけど……」

 景はそう言って、レオのベッドに近づいていく。上半身を起こした格好で見上げるレオに、何をするのか分からずに様子を見守る真由美と克人。

 そんな彼らの見守る中、景はレオに向けてにっこりと笑みを浮かべて、

 ばきっ!

「――――! ちょっ、大田さん!」

 突然の暴挙に、真由美が思わず声をあげた。克人も声こそあげていないものの、目を見開いて驚きを顕わにしている。

 そして残るレオは、それどころではなかった。

 それもそのはず、彼はいきなり景の裏拳で顔の中心を殴られたのだから。

「ちょ、ちょっと景さん! 何すかいきなり!」

「あら、鼻の骨を折る勢いで殴ったつもりなのに、鼻血すら出てないなんて。さすがね」

「あ、あの、大田さん! 彼は“吸血鬼”に襲われたばかりで――」

「レオ。大江山流護身術の教えを言ってみなさい」

 真由美の言葉を遮って発せられた景の言葉に、レオは鼻の辺りを押さえながら、

「……『そもそも危険に巻き込まれないこと。巻き込まれたら逃げるか人を呼ぶこと。それでも駄目なら、ぶっ殺せ』」

「その通り。次に同じようなことをしたら、それでは済まないわよ。――邪魔したわね、2人共。それじゃ」

 未だに唖然とした表情を浮かべる真由美と、緊張するように口を引き結ぶ克人にヒラヒラと手を振って、景は病室を後にした。

「……ええと、西城くん。大丈夫かしら」

「はい、大丈夫です……。それにこれは、俺の自業自得でもありますから……」

 確かに護身術を学んだ人間にしては、レオの行動はその教えとはまるで矛盾していた。危険に近寄らないことを第一にする護身術において、わざわざ警察の真似事をして事件に首を突っ込んでいくなんて、それこそ“自殺”と何ら変わりない。

「だからって、いきなり病人の顔に裏拳を叩き込むなんて……。噂には聞いてたけど、なかなか強烈な人みたいね……」

「その噂っていうのは、プリティ☆ベルに関することですか?」

「それもあるけど、私達にとっては“魔法科高校の生徒”という意味でも“大田景”って名前は馴染みがあるのよ」

「どういう意味っすか?」

 どうやら痛みは既に引いたようで、レオはきょとんとした表情で首をかしげた。

 その回復の早さに内心驚きながら、それを表に出すことなく真由美は口を開いた。

「彼女が第一高校のOGだっていうのは、聞いているかしら?」

「はい、それくらいなら。どんな生徒だったのかまでは聞いてませんけど」

「今から10年くらい前に彼女が入学したとき、彼女は二科生だったわ。その成績は二科生の中でも平凡なもので、特に目立つような生徒ではなかった。でもテストを重ねるごとにみるみる成績が上がっていって、ついに年度末テストでは一科生をも抑えてトップに立ったのよ」

「さすがに学校としても、成績トップの生徒を見過ごすことはできなくてな。当時認められていなかった二科と一科との間での転籍制度を急遽制定し、彼女がその第1号となった。生徒達からは少なからず反発もあったが、その反発すらも彼女は実力でねじ伏せていった」

「そして2年生になってからも、彼女はトップの座に君臨し続けた。そしてとうとう、一度も生徒会の役員を務めることなく、二科生として入学した生徒では初となる生徒会長に選ばれたのよ」

「一高創設以来となる大変革だったから、生徒自治に関わる者は皆知っていることだ。――そして彼女をさらに伝説たらしめてるのは、それほどの偉業を達成しておきながら、卒業後はまったく魔法に関係無い進路へと進んだことだ。学校は必死に説得したようだが、本人が頑なにそれを拒否してな。結局は普通の大学に進んだんだ」

 真由美と克人の説明に、レオの口元がみるみる引き攣っていった。

「確かに景さん、小学校の先生をしてるって聞いたことあります……。だから現代魔法はパッとしなかったのかなって思ってましたけど……」

 達也の知り合いはつくづく規格外な奴らばかりだな、とレオは内心思っていた。

 ちなみに真由美と克人も、まったく同じことを思っていた。

 

 

 

「……まさか来客の正体が、景さんだったなんてね」

「あら、エリカちゃん。お久し振り。――そっちのあなた達は、もっとお久し振りかしら」

 景が病室を後にして少し歩いた頃、正面から彼女を出迎えたのはエリカと寿和と稲垣の3人だった。3人の表情は、エリカが驚愕と疑念を織り交ぜたもの、寿和は困惑と気まずさを織り交ぜたもの、そして稲垣は純粋な警戒の目だった。

 先程のエリカとの会話でも分かる通り、稲垣は千葉家の門下生である。警察に所属する魔法師として、剣術を指南している千葉家から教えを請うている。

 そんな人間にとって、警察の一般警官に護身術を指南している大江山流護身術道場の関係者は、言ってみれば“ライバル関係”なのである。特にその一般警官が魔法師相手に目覚ましい実績を挙げるようになってからは、その傾向が顕著になっている。

「一時的にも門下生だったレオのお見舞い、ってことで良いの?」

「まぁ、それもあるわ。――さてと」

 景は気を取り直すようにそう言うと、他の2人よりも前を歩いていたエリカの脇を通り過ぎ、彼女の兄・寿和に向かって歩いていった。訝しげな表情で振り返るエリカに、ほんの少し緊張した面持ちで彼女を迎える寿和。そしてそんな彼の隣で、ずっと警戒心を顕わにする稲垣。

 やがて景は、手を伸ばせば届くほどの距離で足を止めた。

「えっと、景さん。妹がお世話になったようで、挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」

「いいえ、そんなことないわ。私だって妹さんと知り合えて良かったし」

「そうですか。最近、修次(なおつぐ)とはどのような感じで?」

「ちょうど妹さんの稽古をつけているときに、会いに来てくれたわよ。そのときに、組み手もさせてもらったわ」

「そうですか。相手として不足はありませんでしたか?」

「あら。私はいつだって、あの子相手ではギリギリよ」

「成程。つまり負けたわけではないと」

 寿和の断定的な問い掛けに、景はにっこりと笑うだけで何も言わなかった。

 その代わり、

 ごっ!

「んぐっ――!」

「ちょっ、警部!」

 一切の予備動作無しで、寿和の股間を蹴り上げた。寿和は苦悶の表情を浮かべて膝をつき、間近で警戒していたはずの稲垣は驚愕の表情で彼に駆け寄り、そしてエリカは景の動きと兄の無様な姿に唖然としていた。

 下腹部を押さえて呻き声をあげる寿和を、景は冷たい目で見下ろしていた。

「さてと、用事も済んだし私は帰るわ。――あっ、そうそう」

 何事も無かったかのようにそう言ってのけた景は、ふいに何かを思い出したような所作でエリカへと近づいていく。先程の行動もあって警戒するエリカだったが、景はそんな彼女の耳元に顔を寄せた。

「“夜遊び”したくなったら、私が付き添いしてあげるわ。その気になったら、連絡ちょうだい」

「……分かりました」

 エリカが返事すると景は顔を離し、そして悠々とした足取りでその場を離れていった。

 その後ろ姿を、エリカはじっと見つめていた。

 足元から、寿和の苦悶の声がしばらく聞こえていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 達也たちが中野の警察病院に向かったのは、学校の授業が全て終わってからだった。キャビネットで病院の最寄り駅まで向かい、そこで厚志と合流した後に病院へと足を踏み入れる。受付でレオが入院している病室を聞いて、エレベーターへと向かう。

 エリカと鉢合わせしたのは、ちょうどエレベーターに乗り込もうとしたときだった。

「あっ、みんな来たんだ」

「やぁ、エリカちゃん。ずっと病院にいたのかい?」

「そうじゃないですよ、厚志さん。一旦家に戻って、1時間くらい前にまた戻ってきたんです。そろそろみんなが来る頃かな、って思って」

 ぞろぞろとエレベータに乗っている間にエリカが言ったそれは、嘘を吐いていると疑われるようなものではなかった。あまりに自然すぎて却って嘘臭い、というのに気づいていないのは、おそらくエリカ本人だけだろう。

 エリカに先導される形で、全員がレオの病室へと向かう。そうして辿り着いた部屋のドアをエリカがノックすると、返ってきたのは女性の声だった。皆が一瞬戸惑うように顔を見合わせるが、エリカは気にせずにドアを開けて中へと入っていく。

「おう、わざわざ悪いな」

 退屈そうにベッドに横たわっていたレオ(鼻の辺りが幾分か腫れているように見える)の傍らで、灰色の髪(アッシュブロンド)の若い女性が椅子に座っていた。レオよりも4、5歳ほど年上で、もう少し彫りを深くして性別を反転させればレオそっくりになる、と思えるほどに血の繋がりを感じさせる。

「こちらは西城花耶(カヤ)さん。レオのお姉さんよ」

 はたして皆の想像通り、彼女はレオの姉だった。花耶は立ち上がって、達也たちに丁寧な所作で頭を下げた。洗練された、とまではいかないが、学生とは一線を画す折り目正しいものだった。

「水を替えてきますね」

 花耶は花瓶を持ってそう言うと、病室を出ていった。おそらく、自分達を気遣ったのだろう。

「優しそうなお姉さんですね」

 花耶が部屋を去った後に美月が口にしたその言葉は、本心から出たものだった。しかしそれに対してレオが見せた表情は、少々苦いものだった。おそらくレオも年若い魔法師によくある複雑な家庭環境なのだろう、と皆はそれ以上踏み込まないことにした。

「酷い目に遭ったな、レオ。顔も随分と怪我してるじゃないか」

「いや、この怪我に関しては別件なんだけどな。“吸血鬼”と戦ったときには無傷だったんだぜ?」

「そうなのか? じゃあ、なんで気絶したんだ?」

 もっともな達也の質問に、レオも「よく分かんねぇんだよなぁ……」と呟いた。

「殴り合ってる最中に、相手が俺の腕を掴んできたんだよ。そしたら急に、体中の力が全部抜けた気がしたんだよ。まぁ、こっちが一撃食らわせて気絶させたから、そのまま殺されずに済んだんだけどな」

「毒を喰らった、ってわけじゃないんだよな?」

「ああ。体中調べてもらったけど、刺し傷も切り傷も無かったし、血液検査もシロだったぜ」

「相手の姿は見たのか?」

「見たっちゃ見たけどな。帽子とかコートとか覆面のせいで、どんな奴かは全然分からなかったよ。――ただ殴り合った感じ、女だった気がするんだよな」

 レオの言葉に目を丸くしたのは、幹比古だった。

「女性の腕力で、レオと対等に殴り合ったっていうのかい?」

「珍しいことじゃないでしょ。薬を使えば、小学生だって大人を絞め殺せるんだから」

 エリカの言葉に、皆が納得した表情をしていた。レオ自身も大江山流護身術道場で年下の女の子に散々いたぶられた経験があったので、他の面々と比べても特に力強く頷いていた。

「でも実際には、薬の類は使われていないんですよね?」

 美月の素朴な疑問に、レオはミルココ達へと視線を向けた。

「……なぁ、ミルココ達にちょっと訊きたいことがあるんだけどよ――」

「私達みたいな“天使”や“魔族”が今回の犯人じゃないか、ってことでしょ?」

 レオの言葉に先回りして発言したココアに、レオが真剣な表情で頷いた。

「結論から言うと、肯定も否定もできないって感じね。私達って人間界の魔法以上に属人的なところがあってね、昨日までは有り得なかった能力を持った奴が今日生まれてもおかしくないのよ。だからまったく傷をつけずに体の中の血液だけ取り出すなんて奴がいたとしても不思議じゃない」

「一応私達の方でも、向こうにそれらしい奴がいないか調べてみたのよ。でも結果は空振り、まるで手掛かり無しだわ」

 ミルココの溜息混じりの答えに、レオは「そっか……」とどこか悔しそうな表情で呟いた。

 と、そのとき、

「ごめん、ちょっと良いかな?」

 幹比古が手を挙げてそう言うと、部屋中の全員が彼へと注目した。

「どうしたの、ミッキー?」

「僕の名前は――って、それは本当に止めてくれるかな! ……っと、そんな場合じゃないね。レオ、君の“幽体”を調べさせてもらっても良いかな?」

「ユータイ? 何じゃそりゃ」

「幽体というのは僕達古式魔法師の間で使われている言葉で、精神と肉体を繋ぐ霊質で作られた、肉体と同じ形をした情報体のことだよ」

「それを調べると、何が分かるんだ?」

 興味があるのか、若干目を輝かせた達也が尋ねてきた。

「レオが脱力して意識を失ったのは、ひょっとしたら幽体を吸い取られたからかもしれない。幽体は精気、つまり生命力の塊で、古来より人の血肉を食らう“魔物”はそれを通じて精気を糧としていると考えられているんだ」

「もし俺のユータイが減っていたら、その“魔物”って奴が“吸血鬼”の正体ってことか。良いぜ幹比古、存分に調べてくれ」

 レオの許しを得たところで、幹比古は様々な道具を取り出して測定を開始した。紙に墨で書かれた由緒正しい札から、達也でさえ初めて見るような伝統呪法具を駆使して幽体の測定を終えた幹比古は、結果を知った瞬間にその表情を驚愕の色に染めた。

「……レオ、君は本当に人間かい?」

「おいおい、随分なご挨拶だな」

 冗談に聞こえないほどにしみじみと呟かれたせいで、さすがのレオも笑い飛ばすことができなかった。とはいえ、幹比古自身も冗談で言ったつもりは微塵も無いのだろうが。

「レオの失った幽体の量からしたら、普通の人間は起きているどころか意識も保てないほどなんだ。そんな状態で体を起こして話ができるなんて、よっぽど()()()()()()()()んだろうね」

「……おうよ。俺の体は特別製だぜ?」

 悪意の無い言葉だとは分かっているが、性能アップのための改造を施された遺伝子を持つレオにとって、先程の言葉はどのように聞こえたのだろうか。それでもレオは八つ当たりすることなく、冗談めかしてそれを受け流した。

「んで、俺のユータイが減ってるってことは、やっぱ“吸血鬼”はただの人間じゃないってことか」

「……いや、もしかしたら()()()ただの人間だったのかもしれない」

 幹比古の言葉を聞いた全員が、眉を寄せて首をかしげた。

 代表して尋ねたのは、達也だった。

「幹比古、さっきから随分と含んだ言い方だな。犯人に心当たりがあるのか?」

「……多分、レオが遭遇した“吸血鬼”の正体は、“パラサイト”だと思う」

 躊躇いがちに口を開いた幹比古だったが、その口調はどこか自信を覗かせるものだった。

寄生虫(パラサイト)? そのままの意味じゃないよね?」

PARANORMAL PARASITE(超常的な寄生物)、略してパラサイトと、僕ら古式魔法師の間では呼ばれている」

 魔法の存在と威力が明らかになって国際的な連携が図られたのは、何も現代魔法だけの話ではない。古式魔法も従来の殻に籠もって停滞することは許されず、国際化の流れは避けられないものだった。古式魔法の伝道者達による国際会議がイギリスを中心に何度も開催され、用語や概念の共通化並びに精緻化が図られていった。国際的な連携に関しては、むしろ現代魔法よりも活発だったらしい。

 パラサイトも、そうして定義されたものの1つである。妖魔、悪霊、ジン、デーモン――。それぞれの国でそう呼ばれていたモノ達の内、人に寄生して人間以外の存在に作り替える魔性のことをそう呼ぶ。

「国際化が図られたとはいえ、基本的に古式魔法は秘密主義だからね。みんなが知らないのも無理はないよ」

「“瘴気(しょうき)収集システム”が作られてからは天使や魔族が人間界に行くことも少なくなったけど、それ以前は割と頻繁に出入りしていたからねぇ。そんな奴らの話が人間界に残ってても不思議ではないだろうね」

 しみじみといった感じにそう言ったミルクに、リカルド達“異形”の面々が頷いた。

 そんな空気の中、ほのかが素朴な疑問を口にした。

「でもさ、何か変じゃない? 相手に触れるだけで精気を吸い取れるんなら、なんでわざわざ血を吸い取ったりしたんだろう? そんな必要無いよね?」

「そんなの簡単だよ。血を吸い取ったのは、精気を奪うのが目的じゃないからだよ」

「あるいは、そいつら自身にとっても“血液を奪う”ことは予期してなかったんじゃないかな?」

 エリが何てことないかのように答え、厚志がそれに付け足したことで、皆が腑に落ちたような表情を見せた。

「問題は、そいつらがどんな目的で“血液を奪う”って行為に及んでるか、ってことだけど……」

 ココアがそう言って幹比古に目を向けるのに倣って、皆が彼へと視線を向ける。

 皆の注目を浴びて若干緊張した面持ちの幹比古は、眉間に皺を寄せた難しい顔で、

「……そこまでは、僕にも分からない。そもそも“本物の魔性”に出会うこと自体が稀だから、魔性に対する研究はほとんど進んでいない。経験則に伴う定説で推論を導き出すしかないのが現状だ」

 実に残念そうに首を横に振って、幹比古はそう言った。

 肝心の問題については結局未解決のまま、達也たちは病室を後にした。

 入口の盗聴器を壊したことを代わりに謝っておいて、とエリカに言い残して。

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