魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第9話 『結局のところ、自分の思い通りにしたいなら力で黙らせるのが手っ取り早い』

 屋内で活動するクラブがデモンストレーションを行う場合は、限りあるスペースを平等に使えるように、一定時間ごとに使用できるクラブを変えるというスタイルを取っている。

 第2小体育館――通称“闘技場”もそれは変わらず、エリカ達がやってきたときはちょうど剣道部の順番だった。お馴染みの防具をつけて向かい合いながら竹刀を振り下ろすその光景は、何百年経っても変わることの無い、まさに“伝統”と呼ぶにふさわしいものだった。

「ふーん、魔法科高校なのに“ただの”剣道があるんだね」

 エリカのその言葉に、疑問符を浮かべたのはエリだった。

「剣道部って、どこの学校にもあるんじゃないの?」

「魔法に携わる人は、ほとんど“剣術”に流れちゃうの。“剣術”は魔法を併用した剣技だからね。――ねぇねぇ、もっと近くで見て良い?」

「エリカの好きにしたら良い」

 3人は入口の二階席から、実際にクラブ活動をしている1階の広いスペースへと下りていった。部活動を行っているのは中央のスペースであり、見学者は邪魔にならないよう壁際でそれを眺めている。

 達也たち3人も、彼らと同じように壁際へ行こうとしたそのとき、

「きゃあっ!」

 女子生徒の悲鳴と共に、剣道の防具をつけた1人の男子生徒が思いっきり吹っ飛んで尻餅をついた。単なる練習にしては穏やかではない雰囲気に、自然と3人の顔つきが真剣なものとなる。

「おいおい、防具の上から面を打っただけだろ? 仮にも剣道部のレギュラーが泡吹いてんじゃねぇよ」

 おそらく彼を吹っ飛ばした張本人であろう短い髪を立てた男子生徒が、にやにやと嫌味な笑みを浮かべてわざと周りに聞こえるようにそう言った。そんな彼の後ろには、おそらく彼の仲間であろう数人の男子生徒が同じような笑みを浮かべている。

「何をしてるの、桐原くん! 剣術部の時間まで、まだ1時間以上はあるわよ! どうして待てないの!」

 そのとき1人の女子生徒が、吹っ飛ばされた男子生徒を庇うように飛び出した。長い黒髪を後ろで縛った凛々しい顔つきの彼女は、防具を身につけていない剣道着の姿だった。

「心外だな、壬生。俺はただ、演舞に協力してやっただけだぜ?」

 闘技場の空気がぴりぴりと張り詰めていき、見学者達は興味半分恐怖半分といった感じでその様子を見守っている。

 そんな中、人垣を掻き分けて最前列でそれを眺めようとする女子生徒がいた。

「ごめん達也くん、エリ。ちょっと面白くなってきた!」

 エリカだった。彼女に引っ張られる達也とエリは迷惑そうな顔をしていたが、風紀委員としてトラブルになりそうな場面を見過ごすわけにもいかないので、彼女にされるがままとなっている。

「こりゃ、なかなかの好カードね」

「2人を知ってるのか、エリカ?」

「面識は無いけどね。――あの女の子は、壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会の全国2位。あっちの男の子が、桐原武明。一昨年の関東剣術大会のチャンピオン」

「へぇ、ということは2人共強いんだね!」

「随分と詳しいな、エリカ」

「そう? ちょっと剣道とかに興味ある人だったら、普通に知ってる人達よ?」

 何でもないように言ってのけるエリカに、達也は森崎との騒動で彼女が伸縮警棒型のCADで森崎のCADを弾き飛ばしたのを思い出した。あれだけの動きができるということは、彼女には武道の心得があるのだろう。

 達也がそんなことを思い巡らしていると、桐原が竹刀を上段に構えた。

「心配するなよ、壬生。魔法は使わないでいてやるからよ」

「剣技だけで、あたしに敵うと思ってるの?」

「言うねぇ、壬生。だが、その強がりがいつまで続くか――な!」

 その瞬間、桐原は紗耶香との距離を一気に詰め、怒濤の攻撃を彼女に浴びせた。しかし紗耶香は見事な竹刀捌きで、力の差があるであろう桐原の攻撃をいなしていた。ばしばしと闘技場に響き渡る竹刀を打ち合う音に、ギャラリーは息を呑んで見守っていた。

「すごーい! 女子の剣道って、あんなにレベルが高かったんだ!」

 エリが感心したように叫ぶのを、エリカは首を横に振って否定した。

「違う。中学時代に見た彼女とは、まるで別人。この2年で、あんなにレベルを上げるなんて」

「ねぇねぇ、達也さん。どっちが勝つと思う?」

「壬生先輩が有利だろう。桐原先輩は防具無しの相手に面を打つのを躊躇っている。初手の上段は、おそらくブラフだろう」

「そうね。技を制限して勝てるほど、2人の実力差は無いみたいだし」

 3人がそう話している間にも、桐原の顔はどんどん険しくなっていく。対する紗耶香は、未だに平然とした表情でしっかりと桐原を見据えている。

 やがて痺れを切らしたのか、桐原が大振りに竹刀を振り上げ、紗耶香へと全速力で迫っていった。しかし彼女は、それでも表情を崩さずに彼を迎え撃つ。

 一際大きな音が響き渡り、2人の動きが同時に止まった。

 紗耶香の竹刀は、完全に桐原の右肩を捉えていた。対する桐原の竹刀も彼女の腕に触れていたが、その角度は浅い。

「あの女の人の勝ちだね」

「ああ。完全に相打ちのタイミングだったが、桐原先輩は途中で剣先を変えた。やはり最初から面を打つ気は無かったようだ。非情になりきれなかったのが敗因だな」

 二科生の多い剣道部が、一科生の多い剣術部に勝った。この事実は、周りでこの試合を見ていた一科生を不機嫌にさせるのには充分だった。

「桐原くん、素直に負けを認めなさい。真剣だったら、その右腕はもう使い物にならないわよ」

「……はは、“真剣なら”だと?」

 それまで俯いて息を荒げていた桐原が、紗耶香の言葉を皮切りに不気味な声で笑い出した。

「俺の体は斬れてないぜぇ? なんだ壬生、真剣勝負がお望みかぁ……」

 だったら、と桐原は小手の形をしたCADに触れると、起動式を展開した。

 その瞬間、魔法特有のサイオンの光が彼の持つ竹刀を覆い、それと同時にガラスを引っ掻いたような甲高い音が辺りに鳴り響いた。あまりの不快感に、ギャラリー達は一斉に耳を塞いで蹲ってしまう。

「だったらお望み通り、真剣で勝負してやるよ!」

 そう叫んで迫ってくる桐原を、紗耶香は先程と同じように竹刀を構えて迎え撃とうとした。しかし直前で何かを察したのか、大きく後ろへ跳んで彼の竹刀を回避した。

 と、思ったのだが、

「――――!」

 着地した瞬間、彼女の着ていた胴衣が胸の辺りで横一文字に切れ、はらりと下に垂れた。あと少し回避するのが遅れていたら、と思い彼女の顔が青くなる。

 ――竹刀なのにあの切れ味、そしてこの音……。振動系・接近戦闘用魔法の“高周波ブレード”か!

 達也が桐原の使う魔法を見極めている間にも、彼は不敵な笑みを浮かべて紗耶香へと迫る。

「どうだ、壬生。これが“真剣”だ。そしてこれが、剣道と剣術の差だ!」

 桐原の言う通り、もはや真剣と変わらないその竹刀を彼は大振りに振り上げ、今まさに紗耶香へ振り下ろそうとしていた。闘技場の緊張感が一気に高まり、エリカが思わず叫び声をあげそうになる。

 しかし次の瞬間、紗耶香を背中に庇うようにして達也が桐原の前に姿を現した。

「な――!」

 桐原が怯んでいる隙に、達也は両手首に装着しているCADを触れ合わせるように手首をクロスさせると、そのまま両方のCADからサイオン波を発生させた。

 すると桐原の竹刀に纏っていた魔法式がばらばらに砕け散り、ただの竹刀へと戻された。さらに周りのギャラリーに激しい吐き気が襲い掛かり、高周波で耳を塞いでいた彼らは今度は口を押さえるはめになった。

 そして揺れが収まったとき、達也は桐原を床に組み伏していた。

「え、何……? 何が起こったの?」

 自分達の知らない間に桐原が捕まっているという光景に、エリカも紗耶香も周りのギャラリーも、ただただ唖然とするしかなかった。

「あの腕章、もしかして風紀委員か!」

「いや、それよりもあいつのエンブレムを見てみろよ! まさか……二科生の風紀委員だと!」

 達也の姿に周りがざわつく中、達也はそれをまったく気にする様子も無く無線のスイッチを入れた。

「こちら第2小体育館。逮捕者1名、負傷しているので念のため担架を。――魔法の不正使用により、桐原先輩には同行を願います」

 その言葉に納得ができないのは、桐原と同じ剣術部の部員だった。

「なんで桐原だけなんだよ! 剣道部の壬生だって同罪だろ!」

「『魔法の不正使用のため』……と、申し上げましたが」

「……何だぁ、その言い方は!」

 剣術部の部員達の神経を逆撫でする結果となった達也に、エリカは「悪気は無いんだろうけどなぁ……」と呆れたように呟いた。

「ふざけんじゃねぇぞ、補欠の分際で!」

 すると周りにいた剣術部の部員達が、一斉に達也へと襲い掛かってきた。その数は10人ほどだろうか。

「危ない、たつ――」

 さすがの達也も10人相手では分が悪いと思い、エリカが駆けつけようとしたそのとき、

 

 

「動くな」

 

 

「――――!」

 10人はいる剣術部の部員全員の目の前に、何の前触れも無く金色の剣が現れた。全長が身の丈くらいはあり、目立つ装飾品は無いが見る者の心を惹きつけるほどに美しいその剣が、彼ら1人1人の首元にその刃をぴたりと向けたまま宙に浮き上がっている。

 あまりに突然の出来事に、達也に飛び掛かろうとしていた彼らは思わず立ち止まった。

「全員両手を上に挙げながら、ゆっくりとその場に座れ。少しでも余計な真似をしたら……分かっているな?」

 そしてそんな彼らに一切の感情の籠もっていない冷たい声で命令する人物の姿に、エリカは驚きのあまり自分の目を疑った。

 それは自分のすぐ隣にいる、エリだった。

「い、一科生のくせに補欠の肩をも――ひぃっ!」

 彼らの内の1人がエリに向かって叫んでいたが、次の瞬間、浮かび上がっているのとはまた別の金色の剣がまるで銃弾のような速さで飛んでいき、彼の足元の床に深々と突き刺さった。

「二度言わせるな。――座れ」

「は、はい……」

 その光景に他の部員も反抗する気が失せたのか、皆静かにその場に腰を下ろした。しかし全員が座った後も、金色の剣は宙に浮かびながら彼らの首元を狙っている。

「エ、エリ……?」

 食堂での森崎との騒動など一部の例外はあったが、エリカが今まで見てきた彼女は基本的に年相応の明るくて素直で可愛らしい印象だった。しかし今自分のすぐ隣にいる彼女は、まるでその気になればすぐにでも彼らを殺してしまいそうだと錯覚するほどに、その目にはまるで感情が宿っていない。

 しかしそれ以上に、エリカは恐怖していた。

 ――今の剣、“いつ”出したの……!

 最初に部員の動きを止めたときはエリに注目していなかったので仕方なかったが、2回目に剣を出したとき、エリカはずっと彼女に釘付けだった。しかもエリカがいるのは彼女のすぐ傍であり、魔法を発動しようとすれば即座に気づける距離である。

 にも拘わらず、エリカは魔法が発動した瞬間が“見えなかった”。唯一分かったのは、彼女が例の部員に向けて何かを投げるように腕を振る仕草をしたことくらい。腕を振っているときですら金色の剣は一瞬たりとも見えなかったし、何より魔法を発動するときのあの光がまるで見えなかった。

 さすが入試の成績が2位だけのことはある、と受け取れなくもない。しかしエリカは彼女の魔法を見て、自分達の使う現代魔法とは違うものだと直感した。とはいえ、自分の“幼馴染み”が使うような古式魔法とも何だか印象が違う。

 ――何て言うんだろう……、エリの魔法って、何だか“異質”な気がする……。

「達也さん、連れてくのってその1人だけで良いかな?」

「ああ、他の生徒は特に魔法は使っていないし、構わないだろう」

 達也と話しているときのエリは、いつも見ている彼女と同じだった。その事実に、エリカは騒動が解決したこと以上にほっとした。

 

 

「ほう。面白いな、あの1年達……」

 闘技場の入口で先程の騒動を眺めていた1人の男子生徒が、眼鏡を指で上げながら不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 *         *         *

 

 

「――以上が、剣道部の新歓演舞中に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 部活連の本部である広い部屋には、現在5人の生徒しかいなかった。

 中央で直立しているのは、先程桐原を捕まえた達也と、周りの生徒を止めたエリ。

 それを正面の席に着いて2人の報告を聞いているのは、生徒会長である真由美と、風紀委員長である摩利。

 そして、部活連会頭である、十文字克人だった。

 分厚い胸板に広い肩幅、制服越しでも分かる隆起した筋肉は、肉体だけでなく彼を構成するすべての要素が桁外れに濃い存在感を放つ、まるで巌のような人物である。――とはいえ、それはあくまでも“他の人間が”彼を見たらの感想である。“高田厚志”という、克人を100人くらい合体させて濃縮還元したような人間と何年も接してきている達也とエリからしたら、彼など“高校生にしたら鍛えてある方”という印象しか抱けなかったとしても何ら不思議は無い。

「2人共、10人を相手によく無事だったわね」

「さすがといったところだな。ところで、2人共当初の経緯は見ていないんだな?」

 摩利の質問に、達也とエリは揃って「はい」と答えた。

「最初に手を出さなかったのは、そのせいかしら?」

「“魔法を使った不正行為”を取り締まるのが、風紀委員の仕事ですので」

「確かに。それで、桐原は?」

「鎖骨が折れていたので、保健委員に引き渡しました。当人が非を認めているので、それ以上の追及は必要無いと判断しました」

「ふむ。――美咲、他の剣術部の部員はどうだ? 桐原を連行するとき、襲い掛かろうとしたそうだが?」

「魔法は使っていませんし、特に被害も無いので大丈夫だと思います」

「そうか、分かった。――聞いての通り、風紀委員は懲罰委員会に持ち込むつもりはないが……、どうだ?」

 摩利はそう言って、隣にいる克人に話を振った。

「……寛大な決定に感謝する。殺傷ランクBの魔法を、あんな所で使ったのだ。本来ならば、停学処分もやむを得ないところだった」

「……分かった。ごくろうだったな、司波、美咲」

「はい」

「はい!」

 摩利の労いに2人は頭を下げ、そして部屋を出ていった。残ったのは、“三巨頭”と呼ばれる第一高校随一の実力者である3人のみである。

「それにしても、達也くんの“魔法を無力化する”魔法か……。いったいどういうからくりなのか、ぜひとも知りたいものだな……」

 感慨深げに呟く摩利に対し、

「そうね、確かにそっち“も”気になるわ」

 真由美の言葉に、克人も僅かに頷くことで同意した。

 

 

 

「あれ、深雪? こんな所で何してるの?」

 ほとんど日も落ちかけてすっかり暗くなった校内で、エリカとレオと美月は1人で佇む深雪の姿を見つけて声を掛けた。

「あら、エリカ達もまだ帰ってないの?」

「おう、せっかくだから達也たちと一緒に帰ろうと思ってな」

「深雪さんは、こんな時間まで何をしていたんですか?」

「美月、わざわざ聞かなくても分かるでしょ? 愛しのお兄様を待ってるに決まってるじゃないの」

「エリカ、いくら何でも何も聞かずに決めつけるのは良くないわ」

「でも、実際にそうでしょ?」

「ちゃんとエリのことも待ってるわよ」

「……達也を待ってることは否定しないんだな」

 相変わらずだといった感じに、3人は笑みを零した。

「そういえば、聞いたか? 闘技場での乱闘騒ぎ!」

 レオが切り出した話題に、美月と深雪が食いついた。

「聞きました! 達也さんとエリちゃんが大活躍だったみたいですね!」

「さすがお兄様! 風紀委員の仕事を始めてすぐに、こんなに立派なご活躍を……!」

「そういえば、エリカはその場にいたんだよな! どんな感じだったんだよ!」

「あー……、そのことで深雪に聞きたかったことがあるんだけど……」

 エリカの言葉に、深雪はきょとんとした表情で首をかしげた。こういう何気ない仕草にも可愛らしさと気品が溢れてくる彼女に、エリカは内心苦笑しながら言葉を続けた。

「達也くんが腕をクロスさせたら、相手の魔法がキャンセルされちゃったんだけど、何か知らない?」

「魔法をキャンセル? ひょっとして、“キャスト・ジャミング”ってやつか!」

「あら、レオでも知ってるのね。すっごーい」

「馬鹿にすんじゃねーよ!」

 レオの言った“キャスト・ジャミング”とは、魔法式がエイドス(事象に備わっている情報体)に働きかけるのを阻害――いわば、魔法を起こすのを邪魔する効果をもたらす“無系統魔法”の1種である。

 そもそも現代における“魔法”は作用の観点から分類されており、加速と加重、収束と発散、移動と振動、吸収と放出の4系統8種類に分けられる。しかしすべての魔法がそれの内のどれかになるわけではなく、例外となる魔法が大きく分けて3つあり、その内の1つが無系統魔法である。

 無系統魔法は事象を改変するのではなく、サイオンそのものを操作する魔法である。そして無意味なサイオン波を大量に散布することで相手の魔法式がエイドスに働きかけるのを阻害するのが“キャスト・ジャミング”なのだが、これを使うには先程述べた4系統8種類すべてを阻害できる特殊なサイオンノイズが必要となる。

「でもそれって、確か特殊な石が無いと無理なんじゃなかったっけ? ええと……、何て名前だったかな……」

「“アンティナイト”ですね」

「そうそれ! ってことは、達也くんはそれを持ってるってこと?」

「まさか! アンティナイトは軍事物質よ? 民間人が持てるような代物じゃないわ」

「でもそれじゃ、キャスト・ジャミングは使えねーんじゃ……」

 レオが不思議がってそう言うと、深雪はちらちらと周りに目を遣りながら、

「……オフレコでお願いします。お兄様が使ったのは、キャスト・ジャミングの理論を応用した“特定魔法のジャミング”なんですの」

「……って、そんな魔法あったか?」

「聞いたこと無いですね……」

「ってことは、一介の高校生である達也くんが、新しい魔法を開発したってこと……?」

 エリカの問いに、深雪は「お兄様は、偶然発見しただけだと仰っていたけれどね」と答えた。しかし言葉とは裏腹にその表情は、まるで自分が褒められているかのように誇らしげだった。実際、自分が褒められているよりも嬉しいのだろう。

「2つのCADを同時に使うと、サイオン波の干渉で魔法が発動しなくなるというのは習ったわよね? その干渉波を利用するの」

 具体的には、次の通りだ。

 一方のCADで妨害したい魔法の起動式、もう一方のCADでそれとは逆方向の起動式を展開する。その際に発生する干渉波を“無系統魔法”として放つと、元々発動するはずだった相反する2種類の魔法と同種類の魔法をある程度妨害できる、というものだ。桐原のときには“振動魔法のジャミング”を使用したことになる。

「聞いてる限りだとすげー魔法に思えるんだが、なんでそれがオフレコなんだ? 特許取ったら儲かりそうじゃねーか」

「お兄様はしばらくこの魔法を公表する気は無いそうよ。理由は2つ。1つは、この魔法がまだ未完成だということ。相手が“使いづらくなる”程度なのに対して、自分は“完全に使えなくなる”だもの。――そしてもう1つは、この仕組みそのものにあるわ」

「そのもの?」

「今や国防も治安も魔法が不可欠。そんな中で、高い魔法力や特別な石を使わずに魔法を無効化する技術が広まったりしたら、社会の基盤が揺らぎかねない」

「確かに、そうですね。最近は魔法を敵視している過激な団体もいると聞きますし」

「だから対抗手段を見つけられない限りは公表する気は無い、とお兄様は仰っていたわ」

「はぁ……、何つーか、達也ってすげーなぁ……。俺なんかそんな技術見つけたら、目先の名声にすぐ飛びつきそうだってのに……」

「達也くんは頭が良いのよ。あんたと違ってね」

「お、おまえも人のこと言えねぇじゃねーか!」

「どうかしら、エリカ? これで質問には答えられたかしら?」

 にっこりと笑ってそう尋ねる深雪に、エリカは少し考え込んだ。

 頭に浮かぶのは、エリが生み出したあの“金色の剣”である。もし深雪にそのことを尋ねたら、先程のようにすらすらと答えてくれるかもしれない。

 しかし深雪に尋ねようと口を開こうとすると、あのときのエリの目を思い出してしまうのだ。さすがにあのような人目の多い場所で何かしようとは思わないだろうが、もし周りに誰もいなかったら彼女は彼らを手に掛けていたのだろうか、とネガティブなことばかり考えてしまう。

 そして、もしあの魔法について尋ねて、あの目を自分に向けられてしまったら――

「おい、どうしたんだよエリカ? 黙っちまって。らしくねぇじゃねーか」

「――――!」

 レオには彼女が今どのような悩みを抱えているかなど知る由も無い。彼のその言葉も、普段とは違うエリカの様子を不思議に感じた以上の意味などあるはずもない。

 しかし彼のその言葉が、エリカにとって何よりも背中を押してくれるものとなった。

 ――そうだよね……、うじうじ悩んでるなんて、あたしらしくない!

「深雪! あたし、もう1つ訊きたいことが――」

「あっ、達也さん! あそこにみんないるよ!」

「本当だ。とっくに帰ってるものとばかり思ってたよ」

 エリカが意を決して深雪に話し掛けようとした次の瞬間、校舎から出てきたエリと達也がこちらへとやって来た。そして深雪は「お兄様! お帰りなさいませ!」と彼のもとへ駆けていってしまったために、エリカはぽかんと口を開けたままその場で固まっているしかなかった。

「……何というか、ご愁傷様」

「うっさい!」

「痛っ! 何も叩くことはねーだろ!」

 とりあえずイライラを静めるためにレオの頭を叩いたエリカは、まるで恋人のように仲睦まじく話している司波兄妹の傍にいるエリをちらりと見た。2人を眺めてにこにこしている彼女は、普段からエリカが知っている彼女と寸分違わず、あの出来事が実は夢だったのではないかとさえ思うほどだった。

 達也たちが合流したことで、6人はほとんど暗くなりかけている道を一緒に歩いて帰ることにした。普段は我先にと話題を振りまき輪の中心にいるエリカだったが、今日は言葉少なくグループの最後尾をついていく形となっている。

 と、そんな彼女に近づく者がいた。

「エリカ」

「あ、達也くん。どうしたの?」

 彼と知り合ってまだ日は浅いが、彼は必要が無ければ自分から人に話し掛けるようなことはしない。エリカは自身の内に燻る想いを悟られないよう、努めて普段通りの笑顔を浮かべてそれに答えた。

「闘技場での、エリの魔法のことなんだが」

 しかし彼女のその努力は、彼のその一言であっさりと崩れ去った。

「……やっぱし、あれかな? あの魔法って、私達の使ってる魔法とは違ったりするのかな?」

「……さすがだな、エリカ。一目でそこまで見抜くとは」

「ははは、達也くんに褒められちゃったよ。――それで? もしかして『命が惜しかったら、あの魔法について詮索するな』とか言われるのかな?」

 わざと明るい声でそう尋ねるエリカだったが、

「いや、別に秘密ということはないが」

 首をかしげてそう答える達也に、エリカは胸に抱えていた不安が抜け落ちていくのを感じた。

「……え、そうなの?」

「ああ。というか、もし隠しておきたかったら、あんな目立つ場所で使ったりしないだろ」

「そ、そっか……。じゃあ、あたしがあの魔法について達也くんに尋ねたら、達也くんは答えてくれるのかな?」

「ふむ……、俺は別にエリカ達だったら教えてしまっても構わないと思うが、あの魔法について話すとなると大分時間が掛かる。それにあの魔法はエリだけの問題ではないからな、今すぐ教えるというわけにはいかない」

「……うん、分かった。その内で良いから、ちゃんと教えなさいよ?」

 エリカはそう言って、にかっと笑った。見ている方も元気になる、いつもの彼女らしい笑顔だった。

「それよりも、俺はエリカに頼みたいことがあるんだ」

「んん? 何?」

「……どうか、エリを怖がらないであげてほしい」

「――――!」

 まるで自分の心が見透かされたかのような心地に、エリカは再び体を強張らせた。

「さっきの闘技場で、エリが随分と豹変しただろ? あれは『武力で相手を黙らせるときには、絶対に相手に弱みを見せるな』という教えを忠実に守っているからだ。そうでなければ、いつ相手に反撃されるか分からないからな」

「そうなんだ……」

「エリカと別れた後、彼女が心配してたぞ? おまえを怖がらせてしまったんじゃないか、って」

「…………」

 達也の言葉にエリカは無言で応え、そしてすぐに駆け出した。彼女が向かう先には、自分より年上の人々に囲まれて笑っているエリがいた。

 そしてエリカは、走ってきた勢いのまま彼女に抱きついた。

「うわっ! エ、エリカさん、どうしたの!」

「何でもなーい! それよりも、やっぱりエリって凄いのねー! さすが学年2位!」

「おいおい、どうしたんだよエリカ。さっきまで黙ってたと思ったら、急にはしゃぎだして。何か変なもんでも食べたか?」

「何言ってんの、あんたと一緒にしないでよね」

「何だと!」

「ふ、2人共、喧嘩はやめようよ……」

「大丈夫よ、美月。2人はああ見えて、じゃれ合ってるだけなんだから」

 わいわいと騒がしいエリカ達5人を一番後ろで眺めながら、達也は穏やかな笑みを浮かべた。

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