レオの病室を後にした一行だが、エリカは兄に話があるからと言って皆と別れた。その言葉を額面通りに受け取ったのは1人もいなかったが、わざわざ指摘するものでもないため触れなかった。
病院を出て最寄り駅へと続く道すがら、
「そうだ、幹比古くん」
厚志がふいに声を掛け、美月とお喋りに興じていた幹比古がそちらへと振り向いた。ちなみに厚志の両隣にはほのかとモカの姿があり、腕こそ組んでいないものの距離的には変わらない立ち位置をキープし、無言でバチバチと睨み合っていた。モテるっていうのも考え物だな、と幹比古が思ったかどうかは定かではない。
「何ですか、厚志さん?」
「妖魔とか悪霊とかパラサイトっていうのは、頻繁に出現するのかな?」
「……いえ、滅多に出現するものではありません。少なくとも僕達古式魔法師が把握している内では、本物の魔性による仕業は少なくて、魔性による仕業を装った人間の術者であることがほとんどです。有名どころを挙げるとするならば、大江山の
「人間界に住み着いていた魔族も昔からいたみたいですけど、そういうのって人間社会に紛れ込むか、細心の注意を払ってひっそり暮らすかのどちらかですから、わざわざ人外であることをアピールすることはほとんど無いでしょうね」
幹比古の説明に、ミルクが横から補足を加えた。
「本物の魔性に出会う可能性は、どのくらいのものなんだい?」
「そうですね……。1つの流派で10世代に1世代、といったところでしょうか……。それだってたまたま人間界に迷い込んだのを偶然見つける場合がほとんどで、本物の魔性が人間に害を成して術者がそれを退治するなんて緊急事態が発生するのは、世界的に見ても100年に1回有るかどうかってレベルですよ。日本で本物の魔性を退治した記録は、900年前の
「でも今回の事件の犯人は、本物の魔性なんだよね?」
横から割り込んできたエリの質問に、幹比古は力強く頷いて答えた。
「歴史が現代に近づくにつれて、間違いなく魔性の観測例は減少している。偶然という可能性もゼロではないけど、何の原因も無く起こったとは考えられない」
「つまり今回の事件は人為的な原因で魔性がこの世界に引き摺り込まれたか、何者かによって手引きされた可能性が高いというわけか」
腕を組んだ達也の問い掛けに、幹比古は再度力強く頷いて答えた。
しかしその遣り取りを聞いて首をかしげたのは、エリだった。
「ん? でもそれじゃ、なんで幹比古さんの精霊はこの世界にいるの?」
「えっ?」
エリの質問に、幹比古を始めとした魔法科高校の面々が疑問の表情を浮かべた。それは深雪や達也も同様である。
「エリ、精霊は自然現象に伴ってイデアに記述された情報体が、実体から遊離して生まれた孤立情報体だ。元になった現象の情報を記録しているから、魔法式で方向性を定義することにより、その情報から現象を再現することができる。幹比古が使っている精霊魔法は、そうやって行使されているものだ」
「でも幹比古さんの精霊魔法を見ていると、まるで精霊が幹比古さんの命令を聞いて動いてるみたいじゃない?
エリが口にしたその言葉に、ほのかと深雪は小さい子供の空想話を聞いているようなほんわかした表情を浮かべた。
しかし達也と幹比古は、むしろ真剣な表情になって考え込んだ。
「確かに知性や意思の有無を考慮しないで考えれば、精霊も立派な“生き物”として見なすことは可能だ……」
例えば細菌は知性も意思も無いが、人の体に入り込んで肉体の機能に干渉して健康を害する。ウイルスに至っては不完全な増殖機能しか持たないが、学術的には厳密な“生物”に該当しなくとも、人の肉体を蝕む“生き物”と見なせることに異論は無いはずだ。
ならば幹比古が行使する精霊も、たとえ現象から切り離された孤立情報体に過ぎなくとも“この世のものならざるモノ”――正確には“肉体を持つ生き物ならざるモノ”と定義できるのかもしれない。そもそも精霊に意思が存在しないと証明した者は1人もいない。
「だとしたら、人の幽体に寄生して人間を変質させるパラサイトは、何を由来とする情報体なんだろうか……」
「……ごめん、達也。さすがにそこまでは僕にも――」
「だったら“専門家”に訊いてみる?」
残念そうに顔をしかめる幹比古にそう問い掛けたココアに、幹比古は誰のことを言っているのか分からず首をかしげた。
そして近くで聞いていた美月とほのかが、何か思い出したのかハッとしていた。
「さすがエリちゃん、発想が柔軟だね」
「……ということは、精霊魔法というのは“この世のものならざるモノ”を使役する魔法ということですか?」
「その様子だと、さすがの達也くんも思い至らなかったというところかな? いかに知恵者といえども、記号化と先入観の罠を避けるのは難しいということか」
達也たちがやって来たのは、司波家や厚志家から10キロほど離れた場所にある
そして彼らが病院を出てからの一連の会話を聞かせたことによる八雲の感想に、皆はエリの言葉を取っ掛かりに組み立てた仮説が正しいことを知った。
「ならば師匠は、パラサイトが何を由来とした情報体かご存知でしょうか?」
「パラサイト……イギリス風の表現だね。残念ながらそれは僕も知らない。そういった理屈付けに関しては、現代魔法の方が一枚も二枚も上手だからね。――ただ、人の精神に干渉するものだから、精神現象に由来するものだとは思うけど」
「精神に由来する情報生命体、ということですか」
八雲と達也の会話を、特に魔法科高校の面々は熱心に聞き入っていた。流派は違えど同じ古式魔法師である幹比古に至っては、学校の授業でも見たことないほどの熱の入りようだった。
「僕は、人型の妖魔も動物型の妖怪も、情報生命体である妖霊がこの世の生物を変質させたものじゃないかと考えている。物理現象に由来する精霊がこの世界と背中合わせの影絵の世界を漂っているように、精神現象に由来する妖霊は精神世界と背中合わせの写し絵の世界からやって来るんじゃないかと思うんだ」
「そうなると遭遇例が少ないのは存在しないからではなく、俺達がまだ精神を観察する術を充分に持たないからだ、とも考えられますね」
「ロンドンに集まった連中からしたら異端に聞こえるのかもしれないけど、それが僕の偽らざる自説だよ」
八雲の話に、特に幹比古が力強く頷いていた。彼は精霊魔法を伝承する吉田家という由緒正しき家系の人間だが、いや、だからこそ、過去の定説ばかりに固執して停滞することを良しとしない。
と、そのとき、
「ねぇねぇ、八雲さん。そういう妖怪とかを相手にするときの魔法って、今も残ってるの?」
エリの子供らしい好奇心で繰り出された質問に、大っぴらにではないものの達也と幹比古が関心を示した。達也のすぐ隣にいた深雪はすぐそれが分かり、まるで子供を見守る母親のような笑みを漏らして彼へと目を向ける。
「うん、あるよ。そうだね、せっかくこうして来てくれたんだから、実戦形式で見せてあげるよ。――達也くん、ちょっと組み手をしようか」
八雲の提案に達也は頷き、両者互いに数メートルの間合いを空けて対峙した。幹比古・美月・ほのかの3人は、初めて見る2人の組み手に興味津々のようで、寺の縁側に座りながらも前のめりになって見つめていた。
そしてコレといった合図も無しに、組み手は突然始まった。
互いの拳が間髪入れずに突き出され、目まぐるしく体と攻守が入れ替わる。単なる打撃の応酬ではなく、上下左右から襲い掛かる拳や手刀や
そのハイレベルな組み手に、格闘の知識が特別あるわけではない美月とほのかは呆気に取られ、荒行によって常人より遥かに高い身体能力を有している幹比古は、なまじ知識と経験があるだけにその光景に舌を巻いていた。
高度な駆け引きを展開している内に、両者の間合いが再び数メートルにまで広がった。体術は互角、体力は上、駆け引きは自分の方が遙かに下の達也にとって、駆け引きを弄する暇も与えずに攻め続けることが八雲に勝利する手立てだ。
達也は一気に間合いを詰めて拳を繰り出そうとして、八雲の存在に揺らぎを感じた。達也は即座に情報体を分解する対抗魔法を発動、それによって八雲の幻術が解除されて彼の姿が霧のように消えた。
右か、左か。さすがの八雲も、背後に回り込む時間は無かったはず。
達也の判断通り、八雲は彼の背後にはいなかった。しかし達也の推測とは違って、八雲は彼の真正面、先程達也が狙いを定めた場所から僅か30センチほど後方で打撃動作に入っていた。
達也は一旦止めかけていた拳を突き出した。このまま八雲が打撃を繰り出せば、相打ちに持ち込めると踏んでのことだった。
しかし八雲の体は、彼自身の拳について行かなかった。
「お兄様!」
とうとう堪えきれなくなった深雪が叫びながら駆け寄っていったところで、八雲はようやくその手を離した。達也は咄嗟に慣性を中和したことで骨折は避けられたものの、衝撃を完全に殺すことは叶わずに何度も苦しそうに咳き込んだ。
「達也さんが負けるところを、初めて見たかも……」
ほのかがぽつりと呟いた言葉に、八雲は可笑しそうに笑みを漏らした。
「いやいや、これでも結構焦ったんだよ? 『実戦で見せてやる』って豪語してた術を、まさか初見で破られるとは思わなかったからね。いやはや、何とも恥ずかしい……」
「成程、あれが“この世のものならざるモノ”に対する幻術ですか……」
呼吸を回復させた達也が立ち上がりながら、先程の組み手で八雲が見せた幻術を思い起こしていた。その隣では、深雪が彼の顔を見遣りながらホッと胸を撫で下ろしていた。
「今のは“纏衣の逃げ水”というんだ。仕組みは残念ながら教えられないけど、古式魔法では昔から“この世のものならざるモノ”に対抗するための術が開発され、そしてそれは現代にも伝えられている。――それの意味するところは、君達にも分かるだろう?」
「……“この世のものならざるモノ”は、現代でも確かに存在する」
「その通り。まぁ、それが
八雲がそう言って視線を向けたのは、幹比古達と同じように縁側に座って観戦していたミルココ達だった。そして彼女達もそれを受けて「それが分かれば苦労しないんだけどねぇ……」と愚痴を零すようにうんざりとした表情で大きな溜息を吐いた。
何ともいえない微妙な空気が流れ出したそのとき、幹比古の携帯端末からメールの着信を知らせる音楽が鳴った。幹比古はポケットからそれを取り出して、画面で差出人の名前を確認する。
「げっ」
本人には間違いなく失礼であることは重々承知で、幹比古は顔をしかめて嫌そうな声を出した。
それは先程病院で別れた『千葉エリカ』と表示されていた。
「…………」
そしてそんな幹比古を、達也が横から盗み見ていた。
* * *
その日の夜。学生が出歩くことを鑑みると“遅い時間”と表現して差し支えない時刻。
幹比古の姿は、都内の繁華街にある駅の近くにあるファミレスにあった。店員に人数を尋ねられた幹比古が待ち合わせだと告げると、店員は「あちらの席になります」と入口に近い窓際の席を掌で指した。
4人掛けのボックス席には、1人の少女と、1人の女性が片方のソファーに並んで座っていた。通路側に座る女性は幹比古の姿を認めると笑顔でひらひらと手を振り、窓際に座る少女はなぜかムスッと不機嫌そうに頬を膨らませて窓の外を眺めている。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「遅いわよ、ミキ。女の子を待たせるなんて――」
「大丈夫よ、私達も今来たところだから」
少女・エリカが幹比古を責める台詞を吐こうとして、女性・景がそれを遮って否定した。エリカはちらりと景を一瞥したが、すぐに窓の外へと視線を戻した。
幹比古はそんなエリカの様子に首をかしげながら、景の正面へと座った。
「状況は?」
「まだ音沙汰無し。いつになるか分からないし、せっかくだから何か注文したら?」
景はそう言って、テーブルに備えつけられているタッチパネルを指差した。幹比古は小さく頭を下げながら、画面を指で何度かスライドさせていく。そんな幹比古の姿を横目で見ながら、エリカはより一層唇を尖らせた。
「……さっきから気になってたんだけど、エリカはなんでそんなに不機嫌なんだい?」
「別にぃ? 不機嫌になんてなってないけどぉ?」
「彼女は今回の作戦に少し不満があるのよ」
明らかに“不機嫌ですアピール”をしながら否定を口にするエリカに、景は微笑ましそうに笑みを漏らした。
今回こうしてエリカ達が夜遅くに街へ繰り出したのは、世間を騒がせている“吸血鬼”を捕らえるためである。とはいえ、彼女達は野次馬根性で事件に関わろうとしているのではない。
今回の事件で動いている勢力は、
1つ目は、警視庁を主力とし、警察省の特捜チーム(日本版FBI)に、同じく警察省の配下である公安が加わった警察当局。寿和や稲垣は、このチームに属している。
2つ目は、七草家が音頭を取って十文字家が続く形で組織された、十師族の捜査チーム。彼らは内閣府の情報管理局のバックアップを受けて警察とも部分的に協力している半官半民の勢力だが、力関係は通常と異なり“民”の方が上である。
そして3つ目は、古式魔法の名門である吉田家の協力を得て千葉家で組織された、私的な報復部隊。これがエリカ達の所属する勢力に当たる。
元々はエリカが、自分1人で“吸血鬼”を捜索するはずだった。たった数日間だけとはいえ、彼は大江山流護身術道場で共に汗を流した“同門”である。そんな彼が襲われたとあっては、武人としての義理に厚い彼女が放っておけるはずもなかった。
しかし彼女の決意を知った寿和が、裏で手を回してきた。警察の科学捜査が芳しくないことを千葉家の総帥(つまり寿和やエリカの父親)に伝えると、彼は吉田家が持つ占術の技能を利用することに決めたのである。彼は魔法以外のオカルトを全部一緒くたにして考えている節があり、もしかしたら“オカルトにはオカルトを”と考えたのかもしれない。
とにかく、そのような理由で千葉家から吉田家に協力要請があり、吉田家は次期当主の兄をも凌ぐ実力を持ちエリカとの親交も深い幹比古を彼女の補佐に任命した。これが、幹比古が現在ここにいる理由だ。
それならばなぜ2人は吸血鬼を捜索すべく街中を歩き回ることもせず、こうしてファミレスにいるのか。
その理由は、この場にいるもう1人の人物・景にあった。
幹比古と共に吸血鬼捜査に乗り出すことが決まったとき、エリカは捜査に協力するよう景に要請した。景は二つ返事でそれを了承したため、こうして3人で吸血鬼捜索をすることになった。
喜び勇んで街へと繰り出そうとしたエリカだったが、ここで景から「待った」が掛かった。
「闇雲に歩き回っても効率が悪いでしょ?」
景がそう言って電話を掛けたのは、警察当局の勢力に所属して捜査をしている、道場の門下生だった。そもそも警察に所属する魔法師の割合はまだまだ大きいとは言えず、大半は魔法的才能の無い普通の人間である。それは今回の捜査チームでも同じであり、だからこそ魔法師相手でも互角以上に戦える道場の門下生が多く駆り出されていた。景は彼らに電話して、捜査の情報を逐一報告するように頼んだ。
彼らからの了解を得た景は、今度は真由美へと電話を掛けた。警察と同じように街頭の監視システムを利用でき、そして警察とは別のルートで捜査をする彼女達の情報も欲しいと思った景は、彼女を通じて情報を流してもらうように頼んだ。こちらは先程と違って幾分か乗り気で無かったが、大田景という(一部の有力者のみに通じる)ネームバリューが認められて了解を得た。
こうして
「労働の時間よ、あなた達」
「あいあいさー!」
景がプリティ☆ベルの力を使って召喚したのは、少し大きめの鳥っぽいフォルムの、しかし顔と上半身の胴体がまるで人間の若い女性のような造りとなっている生物だった。
まさしく“この世のものならざるモノ”である
こうして空からの目、地上を走り回る人間の目、そして街中のカメラの目、という現時点で考えられる最大限の情報システムを構築した景は、悠々とファミレスでパフェを食べながら目撃情報を待っている、というわけである。実に合理的で効率的な作戦だが、発見から捕獲まで全て自分達だけで成し遂げたかったエリカにとっては、フラストレーションの溜まる作戦に違いない。
ちなみにここまで聞くと「あれ? 幹比古いらなくない?」と思われるかもしれないが、彼の役目は既に果たされている。彼女達が待ち合わせとしてこのファミレスを選んだのは、幹比古の古式魔法によって吸血鬼が出現しそうな場所を占い、そこから程近く長時間待機できる場所を探した結果である。
「色々とありがとうございます、景さん。正直、一晩中歩き回るのを覚悟していました」
「気にすることないわよ。そんなの、私だって嫌だもの」
頭を下げる幹比古に、ひらひらと手を振る景。
そしてそれを聞きながら、鋭い目を窓の外へ向けるエリカ。
事情を知らない者が見たら関係性を邪推したくなる光景が、そこにはあった。
ケープ付きのロングコートに、目深に被った帽子。顔の前面を隠すのは、灰色の生地に黒のコウモリを描いた覆面。元スターズ
しかしそれでも、追跡者を振り切るには至らない。
なぜなら追跡者は
もちろんサリバンはただ逃げているだけではなく、幾度もサイオンのノイズをリーナに浴びせていた。その度に彼女自身の感覚はサリバンを見失うのだが、即座に彼女の耳に装着されたコードレスイヤホンから仲間の声が聞こえる。
『総隊長、次の角を右です』
テレビ中継車に偽装した移動基地のサイオンレーダーが、サリバンの居所をがっちりと捕捉していた。一度サイオン波のパターンを特定されればレーダーの探査圏外まで逃れなければならず、掌サイズにまで小型化された中継アンテナをリーナが持っている以上それも叶わない。
「クレア、レイチェル、サリバンの正面に回りなさい」
リーナが通信機で呼び掛けたのは、ハンター
猛スピードで走りながら、リーナがダガーを前方へ投げた。武装一体型のCADであるそれは、投げることで移動系魔法が発動して、術者の意図したルートを飛んで標的に突き刺さるようになっている。今回もダガーは空中で何度か軌道を変えながら、同じく猛スピードで逃げるサリバンの背中へと襲い掛かった。
サリバンがそれに気づいたのは、まさしく今にも背中に刺さろうかというときだった。吸血鬼の身体能力をもってしても間に合わないタイミングだが、サイキックの能力を
しかし結果的に、そのダガーはサリバンの右腕に深々と突き刺さった。事象干渉力のレベルが桁違いであり、軌道を変えることが不可能だと悟ったサリバンが咄嗟に右腕で庇ったためである。
そうして一瞬動きを止めたサリバンの背中を、Rのコンバットナイフが抉った。普通の人間ならば間違いなく致命傷たり得る深手だが、サリバンはむりやり腕を横殴りに振り回し、ナイフを握ったままのRをはね飛ばした。
しかしここで追いついたリーナが、足を止めて拳銃を抜いた。
そしてQもRもリーナも気づかなかったタイミングで、街路樹の陰から突如電撃が放たれた。
だが、その電撃がリーナを脅かすことはなかった。彼女が咄嗟に展開した領域干渉によって、魔法が無効化されたためである。拳銃はなおもリーナの手にあり、その銃口はなおもサリバンの心臓を捉えている。
リーナが、引き金を引いた。
情報を強化された銃弾が、何物にも邪魔されることなくサリバンの心臓を破壊した。
そして間髪入れず、リーナは再び走り出した。
目標は、先程自分に対して電撃を浴びせ掛けた吸血鬼である。
そんな彼女達の追いかけっこを、周りのビルよりも高い位置を飛んでいる半人半鳥の幻獣が見つめていた。
「見つけたわ。随分派手な追いかけっこをしてるわね」
「よし来たぁ! 行くわよ、ミキ!」
「僕の名前は幹比古だ!」
景が口を開いた途端、がたりと大きな音をたててエリカが立ち上がり、幹比古は立ち上がりながらお馴染みとなった台詞を彼女へぶつけた。しかしエリカも幹比古もそれに構っている余裕は無く、他の客が注目する中入口へと駆けていく。
しかし、ふいにエリカが後ろを振り返った。
景は席から1歩も動かずに、未だにパフェに舌鼓を打っていた。
「ちょっと、景さん! 何してんの!」
「あぁ、ごめん。私はパス。やっぱ外寒いし、ここで暖まってるわ」
景の言葉にエリカは怒るような呆れるような迷うような表情を一瞬だけ浮かべると、即座に「支払いは景さんに任せますからね!」と言い残して幹比古と共に外へと飛び出した。
「いやぁ、若いって良いわぁ……」
夜の道を駆け抜けていく2人を窓から見送りながら、景は随分と年寄り臭いことを呟いた。
そして景は窓から視線を逸らすと、テーブルに備えつけられているタッチパネルを操作して、先程とは違うパフェを注文した。