魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第78話 『“目的”を明確に定めれば、自分が取るべき行動が自ずと見えてくる』

「ただいまより、デーモス・セカンドの死体の搬送任務を開始する」

『了解』

 新たな吸血鬼を追ったリーナの背中を見送ったハンターQとRの2人は、心臓を見事に撃ち抜かれて絶命しているサリバンを見遣りながら、無線機にそう呼び掛けた。

 ターゲットの死体を回収することは、ターゲットの始末と並んで重要な任務に位置づけられている。日本の警察に自分達の存在を知られる危険性を減らすのと同時に、彼らがなぜ脱走するに至ったのかを調査するのにも欠かせない。今はまだ大脳皮質に特異な点がある以上の情報は掴めていないが、ターゲットの体を調べていく内に真相に辿り着くかもしれない。

 そんなわけで、QとRはサリバンの死体へと近づこうと――

「――――!」

 それは2人にとってしたら、「そんな気がしたから」としか言えない行動だった。ターゲットの死体を目の前にして、特に周囲に人の目があるとは思えない状況下で、2人揃って飛び退いて死体から距離を取るなど、普通からしたら考えられない。

 しかし結果的には、彼女達の行動は正しかった。

「あら、避けられた」

 その直後、まるでプールから顔を出すように地面から姿を現したのは、小学校低学年ほどにしか見えないほどに幼い黒髪の少女だった。QとRに向けて不敵な笑みを浮かべるその少女の背中にはコウモリのような特徴的な翼が生えており、存在を主張するように大きく広げられている。

 そしてそんな彼女に、QとRの表情が強張った。

「貴様、もしや“隠密斥候”(シークレット・スカウター)か……!」

「あっ、やっぱり知ってる感じ? じゃあ邪魔しないでね。まぁ、あんた達普通の人間が、亜空間を移動するアタシを追い掛けられるのか分かんないけど」

 黒髪の少女――ダッチはそう言ってサリバンの死体にしがみつくと、そのままプールに飛び込むように地面へと潜り込んでいった。ダッチだけでなくサリバンの死体も一緒に地面へと潜り込み、その瞬間に彼女の気配を感じ取れなくなってしまった。捜索・追跡に関する能力を人工的に強化されたQとRが、である。

「……報告、“隠密斥候”(シークレット・スカウター)の妨害により、デーモス・セカンドの死体を奪われた」

『了解。2人はアンジー・シリウスの補助に回れ』

 任務を失敗したというのに、無線の相手から叱咤されることは無かった。

 しかしそれでも、2人の表情が晴れることは無かった。

 

 

 

 一方その頃、仮面の魔法師アンジー・シリウス(つまりリーナ)は、かつてないほどの苦境に立たされていた。しかし彼女をそこまで追い詰めているのは、先程彼女が追い掛けていった吸血鬼ではない。

「あはははっ! さすが戦略級魔法師! つよーい!」

 少女のような甲高い声でやかましく叫ぶそいつは、翼を広げればそれなりに大きな、顔と上半身の胴体がまるで人間のような構造になっている鳥だった。若い女性のような可愛らしい顔つきをしているが、現在の表情は悪巧みを企む悪役のように歪んでいる。

「あははっ! あははははっ!」

 明らかに既存の動物では有り得ない形態をしたそいつは、高らかに笑いながらシリウスの目の前でほんの少し体を傾けた。すると次の瞬間、その動きによってほんの僅かにできたスペースに滑り込むようにして、見事な装飾の施された脇差しほどの金色の剣が、まるで矢のように空を切り裂いてまっすぐシリウスに襲い掛かってきた。

「――――!」

 シリウスは脳を介さない反射の速度で魔法式を展開し、物体軌道干渉魔法で金色の剣の軌道を逸らした。金色の剣はもの凄いスピードでシリウスの顔を掠め、数メートル離れた地面に深々と突き刺さった。

 しかしシリウスはそこで動きを止めず、そのまま半回転しながら同じ魔法を展開した。彼女の背中を狙っていた別の剣が軌道を逸らすが、あまりの速さに魔法が追いつかず、鋭い刃がリーナの右腕の肘から先を吹き飛ばした。

 通常ならば激痛により悲鳴をあげるほどの重傷だが、シリウスは悲鳴どころか声を出すことすらせずに、数メートル離れた場所まで退避した。それは兵士として痛みに耐える訓練を積んでいたから――と思いきや、再び姿を現した彼女の右腕には、先程切断されたはずの肘から先が何事も無く存在していた。

「んんー? どういうことだー? ちゃんと切断したはずなのになぁ」

 けらけらと笑いながら首をかしげる半人半鳥の怪物に、シリウスは敵意の籠もった目でギロリと睨みつけた。大きく深呼吸をする彼女のこめかみから、冷や汗が一筋流れ落ちる。

 ――HarpuiaにAnswerer……、間違いなく“3代目”ね……。

 プリティ☆ベルの名はUSNAにも轟いており、今代だけでなく歴代のプリティ☆ベルに関する情報は高級士官の間では常識となっている。特にシリウスの場合は今回の任務において、その辺りの情報についても改めて洗い直していた。だからこそ、目の前にいる異形から術者の正体を特定することができた。

 しかしだからといって、シリウスの戦況が好転するわけではない。いや、むしろ術者の正体に思い至ったからこそ、シリウスはより一層表情を引き締めた。もしも本当に術者の正体が“3代目プリティ☆ベル・大田景”だとしたら、おそらく今までシリウスが相手にしてきた中でもトップレベルで厄介だ。

 なぜなら大田景は、エリが現れるまで“歴代プリティ☆ベル最強”と呼ばれていたからだ。単純な威力で言えば2代目や4代目の方が上になるが、能力の運用方法といった“指揮官”としての能力が凄まじい。

 何せ彼女の場合、プリティ☆ベルとしてのデビュー戦から異常だった。当時9歳だった彼女は、離れた場所に出現した上級魔族1人と中級魔族2人に対して、ハルピュイア2体とアンサラー1本だけで完封して殺害してみせた。しかもその間、彼女自身は自室で悠々と宿題をしていたという。

 この逸話を聞いたとき、大抵の者は詰め将棋でもするかのように効率的な戦い方をする彼女の才覚に注目する。しかし普通の生活をしていた少女が、召喚獣を介してとはいえ人間と同じ姿をした魔族を躊躇無く殺してみせた、という事実がそもそも恐ろしいのである。つまりそれは、彼女が兵士として必要な“能力”や“覚悟”を生まれながらにして備えていたということである。

 そんな相手だからこそ、戦略級魔法師であるシリウスですら一切の油断が無かった。それどころか、未だに自分が無傷であることを不思議に感じているくらいだった。

 しかしその疑問も、すぐに氷解する。

 シリウスの視線は、数メートル離れた所で立ち回っている、全身をコートで覆い隠した覆面の怪人へと向けられた。こちらもアンサラーの猛攻をギリギリのところで回避しているものの、ボロボロになったコートの隙間から生々しい傷口が幾つも見え隠れしていた。

 ――大方私は、吸血鬼を仕留めるまで足止めされてるってところか……。

 おそらくだが、大田景は自分を殺す気は無いようだ。日本に潜伏して活動している自分ではあるが、あくまでも“中立”の立場を貫く彼女達にとって、自分は今のところ積極的に排除しようとする存在ではないらしい。しかし吸血鬼に関してはそうでもないらしく、こうして討伐に乗り出したという感じだろう。

 しかしシリウスとしても、彼女の思惑通りにさせるわけにはいかない。いかないのだが、的確に視界を隠すハルピュイアと、それによって作り出された死角から猛スピードで飛んでくるアンサラーのコンビネーションに、責め手を欠いている状態だった。ハルピュイアを排除したところですぐに追加が飛んでくるうえに、術者には一切ダメージが無いという状況もかなり辛い。

 そうこうしている内に、吸血鬼の方で新たな動きがあった。けっして軽傷とは言えない傷を負った吸血鬼が、アンサラーの突撃を避けてハルピュイアへと肉迫した。

 初めて見せる吸血鬼の反撃に、ハルピュイアは「あら?」と呟いてきょとんとした表情を浮かべていた。すぐさま翼をはためかせて後退しようとするも、吸血鬼の右腕がそれよりも早く伸ばされていく。

 そして吸血鬼の右手が、ハルピュイアの胴体を掴んだ。

 すると、次の瞬間、

 バチィンッ――!

「――――!」

 ハルピュイアを掴んだその手が一瞬だけ青白く発光し、何かが弾けるような音が響いた。すると吸血鬼は全身をビクンッ! と仰け反らせ、その手を離して大きく後ろにたたらを踏んだ。

 ――今のは、もしかして電撃?

 吸血鬼に対してよりも明らかに穏やかなアンサラーの攻撃を避けたり逸らしたりしながら、シリウスは驚愕に目を見開いた。ハルピュイアが電撃を使うなんて情報は、大田景が現役のときにも無かったものだ。

 シリウスが考えを巡らしていると、吸血鬼が袖口から取り出したナイフをハルピュイアに投げつけた。先程の電撃は吸血鬼に多少のダメージを与えたものの、意識を刈り取るまでには至らなかったらしい。そもそも相手に接触したときに初めて魔法を展開したことを考えると、電撃の魔法自体は飛距離も威力もそれほど高くはないのかもしれない。

 咄嗟にそのナイフを避けるハルピュイアだったが、吸血鬼はそのまま距離を保ちながらお返しとばかりに電撃を彼女(?)に仕掛けてきた。空中を飛び回ることで何とか避けているが、なかなか吸血鬼に近づくことができない。それに吸血鬼はアンサラーの突撃にも油断無く警戒を続けており、先程まで優勢だったハルピュイアに明らかな焦りの表情が生まれる。

 と、そのとき、今まで様子を伺うように上空を旋回していた別のハルピュイアが、彼女を助けるかのように降りてきた。新たな敵の登場に、覆面で顔を隠しているはずの吸血鬼に警戒の色が浮かぶのが分かる。

 そして次の瞬間、シリウスの目に信じられない光景が映った。

 向かい合わせになった2体のハルピュイアのちょうど中心で、バチバチと火花を散らしながら光を放つ球が現れた。

 そして次の瞬間、それは雷となって吸血鬼に襲い掛かった。音速の600倍を誇るスピードで吸血鬼に襲い掛かった雷は、爆発かと勘違いするほどの轟音を立てて吸血鬼の意識を一瞬で刈り取った。いや、もしかしたらそのまま命ごと刈り取っているかもしれない。残念ながら、直接確かめる余裕は今のリーナには無かった。

 シリウスはハルピュイアとアンサラーの両方に注意を向けながら、パニックになりかけた頭の中を必死に抑えつけていた。

 ――何なの、今の電撃は! さっきのと全然威力が違うじゃない!

 もしや最初の電撃は力をセーブしていたのか、とシリウスは考えたが、そんなことをする理由が無い。おそらく先程やって来た仲間と何かしらの協力をすることで、あそこまでの威力を実現できたのだろう。

 いったいどんなトリックがあるのか、とシリウスが頭の片隅で考え始めたところで、2人分の足音が駆け足でここに近づいてくるのが聞こえた。

「あれっ! もう戦ってる! しかも吸血鬼倒れてるし!」

「あの動物、明らかに僕達の世界には存在しない……。成程ね――」

 それはシリウスもよく知っている、千葉エリカと吉田幹比古だった。彼女と彼は辺りを飛び回る半人半鳥の怪物、空中をフワフワと漂う金色の剣、地面に倒れ伏す覆面の怪人、そして赤髪金瞳の魔法師を目まぐるしく見遣り、それぞれで現在の状況を瞬時に把握した。

 エリカの走るスピードが、ギアを変えたようにグンと上がった。あまりの速さに幹比古が置いてけぼりを食らう中、彼女は肩から提げていた細長いケースから剥き出しの刀を取り出した。刃の代わりに術式刻印が刀身の前面に刻まれたこの武装デバイスは、街中では悪目立ちする“大蛇丸”(オロチマル)の代用品として、刻印魔法の権威である五十里家の人間である五十里啓が作ったものである。

 そして次の瞬間、エリカは赤髪金瞳の魔法師――つまりシリウスへと斬りかかった。自己加速術式こそ使っていないものの、長年鍛え上げられた彼女の技術と身体能力をもってすれば、一部の人間――俗に言う“達人”でなければ目に留めることすら不可能なスピードを誇る。そんな彼女の攻撃に対し、シリウスはナイフで応戦する。

 エリカの刀とシリウスのナイフがぶつかった瞬間、2人の目の前で閃光が迸った。

 そして次の瞬間には、シリウスは3メートルほど離れた場所へと移動していた。

 その光景に、エリカは目を見開いた。先程の光は物理的なものではなく、魔法を発動したことによるサイオンの輝きだ。なので魔法によって攻撃を外されたことはすぐ理解できたが、問題はエリカが刀を振り下ろす直前まで魔法の兆候が一切無かったことだ。

 しかしその驚きも一瞬のこと、エリカはすぐさま第2撃へと移るべく刀を振り上げた。

 そんな彼女の両目に、今度は物理的な光が襲い掛かる。ほんの一瞬、まるでそこだけ昼間になったかのような強烈な光に、エリカは咄嗟に腕を掲げて目を守った。

 光が消え、エリカが腕を下ろしたとき、既にシリウスはいなくなっていた。呆然とその場に立ち尽くすエリカの周囲でハルピュイアがバサバサと飛び回り、フワフワと宙に浮かぶアンサラーがポッと光って幻のように消えた。

「今の奴、かなりの手練れだね……。いったい何者なんだ……?」

 そしてようやくエリカに追いついた幹比古が、シリウスのいた場所を見つめながら呟いた。けっして彼が遅いわけではなく、むしろ同年代と比べてもかなり足が速い部類なのだが、それだけエリカとシリウスの戦闘が早く終わったのである。

「……エリカ、どうしたの?」

 と、幹比古はエリカが返事もせずに突っ立っているだけなのを気に掛かり、恐る恐るといった感じに声を掛けた。

 するとエリカは前を見つめたまま、拳を震わせて絞り出すような声で、

「……ねぇ、ミキ。今回アタシって、いる意味あったのかな? 吸血鬼の捜索は全部景さんに奪われて、アタシ達が駆けつけた頃には吸血鬼は倒れてて、傍にいた怪しい奴ともまともに戦闘せずに逃げられたんだけど……」

「…………」

 残念ながら、今の幹比古には彼女に何と声を掛ければ良いのか分からなかった。

 いや、何と言えば良いのかは既に分かっている。しかしそれは、彼女にとってあまりに残酷な宣告だった。

「エリカ、そろそろ人が集まってくる頃だ。誰かに見られる前にここを離れよう」

「…………」

 特に走るでもなく、とぼとぼ、という擬音語が似合う悲壮感を漂わせながらその場を後にするエリカに、幹比古は非常に気まずい表情を浮かべながら彼女の背中をついていった。

 その際地面に転がっている覆面の魔法師をちらりと見遣ったが、すぐさまエリカへと視線を戻して彼女の後を追った。

 

 

 

 テレビ中継車に偽装した移動基地へと戻ってきたアンジー・シリウス(の格好をしたままのリーナ)は、シートに腰を落ち着けるよりも早く撤収を命じた。髪を振り乱し、閃光弾の痕跡でブーツを汚した彼女に、その場に待機していた隊員達は何か声を掛けたがっているような空気を醸し出しているが、それを振り払って車を出発させた。

 車を走らせながらも、隊員達は周囲の警戒を怠らない。その目は前後左右のみならず、上空にも向けられていた。むしろ今回の場合、隊員達は頻りに上空へと目を配り、怪しい陰が自分達を追跡していないか確かめていた。

 その結果、怪しい陰は見当たらなかった。そしてそれは、リーナの予想通りだった。もしも“彼女”が本気で自分達を狙っているとしたら、今頃自分達は五体満足ではいられない。

 と、リーナがそんなことを考えていたそのとき、2人の隊員が彼女に近づいてきた。天井の高い車中において腰を屈めたその2人は、眉間に皺を寄せて申し訳なさそうにしていた。

 その2人とは、QとRだった。

「申し訳ございませんでした、少佐。サリバンの死体を回収できなかったばかりか、少佐の救援にも駆けつけることができずに……」

「構いません。吸血鬼を横取りされて死体を回収できなかったのは、私も同じことです。しかも相手が“隠密斥候”(シークレット・スカウター)ともなれば、回収できなかったことも致し方ありません」

 リーナの言葉に2人は頭を下げ、その場を離れていった。

 車中の隊員がそれぞれの仕事に集中している中、リーナは1人考えに没頭する。

 その内容はもちろん、先程のハルピュイアが繰り出した電撃についてである。

 ――あのときのHarpuiaの電撃は、現代魔法で行ったものと酷似していた……。サイオンらしき発光が確認できたから、多分それで間違いない……。でもHarpuiaが現代魔法を使うなんて、今までの資料には無かったもののはず……。

 大田景は魔法科高校に進学し、そこで現代魔法について勉強していた。もしかしたら召喚主が現代魔法を使えるようになると、使役されているハルピュイアも現代魔法を使えるようになるのだろうか。あるいは、景がハルピュイアに教え込んだのだろうか。

 仮にそうだったとして、それでもリーナの疑問は晴れなかった。

 ――Harpuia1体のとき、電撃の威力はそれほどでもなかった。なのになんで2体になった途端、あそこまで魔法の威力が上がったのかしら……?

 まさか2体で同じ魔法を“重ね掛け”して、威力を底上げしたとでもいうのだろうか。しかし普通に考えたら、そんなことは有り得ない。普通に2人が魔法を使ったとしても、それぞれのサイオン波が相克を起こして、威力の底上げどころかまともに発動しなくなるのだから。

 しかしサイオン波がぶつかり合って波を消し去ってしまう現象を考えれば、それぞれの波がちょうど良いタイミングで重なり合って波が増幅されるという現象も、理論上としては充分に考えられる。現実でそれが起こらないのは、魔法によるサイオン波は一定のリズムで振動する単純なものではなく、複雑に周波数が変化する独特なものだからこそである。

 だが、もしそのサイオン波のリズムを完璧に理解し、魔法が増幅される箇所を完璧に把握しているとしたら。

 ――大田景は、通常では考えられないほどの遠距離から、通常よりも威力の高い魔法を、通常よりも少ないサイオンの消費で発動することができる……ってこと? まったく、どこまで理不尽な存在なのよ、“プリティ☆ベル”っていうのは……!

 傍目には誰にも分からないよう内心に怒りを閉じ込めるリーナを乗せ、テレビ中継車に偽装した移動基地は誰にも追跡されることなく夜の闇へと消えていった。

 

 

 *         *         *

 

 

「お疲れ様です、景さん」

 ファミレスの一席に座り、空になったパフェの容器をテーブルの上に3つ並べた景の前に現れたのは、ライダースーツを身に纏った達也だった。

「あら、達也くんなのね。てっきり達也くんがエリカちゃん達を迎えに行くのかと思ってたけど」

「そちらは厚志さんが行っています。俺はバイクなので1人しか乗せられませんし、今あそこには七草先輩の関係者がうろうろしていて、俺が行くのは少々都合が悪いので」

「そっかそっか。それじゃ、行きましょうか」

 景はそう言って、その場から立ち上がった。テーブルのパネルを操作して会計の画面を表示し、デビットカードをパネルにタッチして支払いを済ませる。

 達也はその様子を何となく眺めながら、ざっと店内を見渡した。既に夜も遅くなっている時間だけあって客の数もまばらであり、自分達を除いて数人ほどしか姿が見えない。

「景さん」

 そんな客を見遣りながら、達也は景に尋ねた。

 

 

「ここにいる“天使達”は、放っておいても良いのですか?」

 

 

「――――」

 その瞬間、店中の空気がほんの少しだけ張り詰めたものとなった。それは何も知らない一般人には感知できないほど些細なものだったが、生憎ここには“何も知らない一般人”はいなかった。

「別に相手は()()()()ここに居合わせただけだもの。人間界でこれほどの天使が一堂に会してファミレスにいるなんて不自然だけど、別に私に対して何かしたわけじゃないしね」

「分かりました」

 達也が納得したように頷くと、2人はそのまま店の外へと出ていった。達也は店の前に停めてある1台のバイクに歩み寄り、サドルを開けて中からフルフェイスのヘルメットを取り出した。景がそれを被る間に、達也はハンドルに引っ掛けてあったヘルメットを被る。

 そして景が自分の後ろに跨って腕を回してきたことを確認し、達也はバイクのエンジンを掛けてその場を出発した。街のネオンが2人の両脇を高速で過ぎ去っていき、歓楽街を抜けると途端に辺りが暗くなる。

 疎らな街灯とバイクのライト以外に照明が無くなった頃、達也のポケットにしまっていた携帯端末に着信が入った。達也はフルフェイスヘルメットの耳元に手を遣り、そこに仕込まれているボタンを押して携帯端末を通話状態にする。

「もしもし」

『やっほー、達也』

 ヘルメットの口元に仕込んでいるマイクに呼び掛けると、ヘルメットの耳元に仕込んでいるイヤホンから電話口の声が聞こえてきた。

 その声の主は、ミルクだった。

「首尾は?」

『うん。吸血鬼が死んだ瞬間、吸血鬼の体から何か出ていくのが分かったよ。幽霊とか魂とか、何かそんな感じの』

「つまり実体があるようなものではない、ということか。やはり幹比古の睨んでいた通り、吸血鬼の正体は魔法師に取り憑いた“パラサイト”で間違いないみたいだな」

『それでさ、そのパラサイトについて面白いことが分かったんだよねぇ』

 電話越しからも意味深な含み笑いが伝わってくるミルクの声に、達也はヘルメットの内側で怪訝な表情を浮かべた。

「勿体ぶらずに教えてくれ」

『さっき死んだ2体の吸血鬼のどちらからもパラサイトが出てきたんだけど、私達の能力で感知してみたらどっちも()()()()だったんだよ』

「……つまり2人に取り憑いていたパラサイトは、同じ個体だったってことか?」

『そういうこと。多分元々1つの個体だったものが、クローンみたいに増殖してそれぞれ活動してるってことじゃないかな? ――ちなみに今のところ、そいつと同じパラサイトが取り憑いてるっぽい吸血鬼12体、全員東京に潜伏してるみたいだね』

 ミルクの自信たっぷりなその言葉に、達也の目の色が変わった。

「その口振りからすると、もしかして……」

『うん。さっき剥き出しの状態で感知したのを憶えてるから、私達の能力で追えるようになったよ。人間に憑依してるせいか反応が鈍いけど、意識を集中すれば大丈夫』

 つまりそれは、吸血鬼の位置がミルココを通して自分達に筒抜けになっていることを意味している。もはや街中を歩き回って探す必要も無いし、いつ襲われるか不安になることも無い。

『というわけで、いつでも向こうに突撃仕掛けることもできるからね』

「あぁ、確かにそれは心強い。だがこちらから仕掛けるのは、もう少し後にしよう。宿主の魔法師が死んでしまうと逃げてしまうようだし、もう少し対処法を検証しておきたい」

『まぁ、そうだろうね。()()()()それで良いと思うよ。――問題は、パラサイトを狙ってる奴らの方だよねぇ』

 ミルクの溜息混じりの言葉に、達也も同じように溜息を吐きたくなった。

 今回吸血鬼を狙っているのは、リーナを始めとしたスターズや、七草や十文字といった十師族だけではない。先程ファミレスで天使が目撃されたことから天界が目をつけているのは確実であるし、景が倒したのとは別の吸血鬼をダッチが持って行ってしまったことから北魔王軍も注目しているに違いない。そうなると、残り3つの魔王軍の動向も気になるところだ。

『多分だけど今回の騒動は、吸血鬼を捕らえることそのものよりも、吸血鬼を捕らえた後の方が厄介かもしれないね。もしかしたら吸血鬼を捕らえた途端に、全勢力が入り乱れての大乱闘が始まるなんてことも充分に考えられるし』

「それに俺個人としては、なぜ今回パラサイトが人間界に現れたかも気になる。USNAが事の発端だから、そこから調べれば何か手掛かりがあるかもしれないし、それに……」

 そこで言葉を区切って黙り込んだ達也に、ミルクが『どうしたの?』と電話の向こうから話し掛けてくる。

「……いや、まだ単なる“予感”の段階だ。もう少し情報を集めてから話そうと思う」

『ふーん。まぁ、今後の対応については、家に戻ってからまたじっくりと話し合おう』

 それじゃ運転気をつけてね、という言葉を最後に、ミルクからの電話が切れた。

「何か思ってたよりも大事になりそうね」

「ええ、まったくですよ」

 どうしてこうも事件が舞い込むんだ、と達也は今度こそ大きく溜息を吐いた。

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