魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第79話 『裏の裏は表、とは限らない』

 昼間から様々な人々が行き交い賑わっている都心に、真由美と克人の目指す建物はあった。そこでは主婦と思われる熟年層の女性や、鍛え上げられた筋肉を惜しげも無く晒す男性(と一部女性)が次々と建物の中へ入っていき、そして清々しい表情をしながら建物から出ていくという光景が見られた。

「七草、行かないのか?」

「へっ? そ、そんなことないわよ。行きましょう」

 背中を押される形で1歩足を踏み出した真由美に、克人は「そうか」と特に表情を変えることなく彼女に続いた。そして2人は目の前にあるその建物――“高田ジム”へと入っていった。

 科学の発達によって様々な機械製品が生活を彩るようになり、魔法が軍事の重要な位置を占めるようになって久しいが、だからといって生活の全てが機械や魔法に支配されたわけではない。むしろそういう時代だからこそ、自前の身体能力のみで行われるスポーツや武術が脚光を浴び、体を動かすことに生き甲斐を見出す人々が後を絶たない。

 厚志が主宰する“高田ジム”も、そうした人々の需要を満たすための場所だ。プロのボディービルダーである厚志の指導によるエアロビ教室や筋力トレーニングは、ダイエット目的の主婦から本気で体作りを目指す若者まで幅広い要望に応え、その効果の高さから新規顧客・常連共に多い。

 女性も多く通うそんなジムだからか、内装は白を基調とした清潔で開放的な空間であり、ジム特有の汗臭さはあまり感じない。しかしBGMとして掛かっている音楽は聞くだけで自然と体が動き出すような激しいものであるし、耳を澄ませば「ワンツー、ワンツー!」という掛け声や、腹の底から絞り出すような悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。

 真由美はこのような場所に初めて来たらしく、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見渡していた。そして克人も彼女ほどではないにしろ、普段からほとんど変わらないその表情には興味の色が浮かんでいる。

 実は真由美だけでなく、克人もこのような場所に来るのは初めてであった。高校生離れした肉体を持つ彼であるが、体を鍛える手段は“トレーニング”というよりも“訓練”であり、ジムにあるような器具は外に行かなくても大体家に揃っている。

「あらっ? あれって、厚志さんが獲ったものかしら?」

 ふいに何かを見つけた真由美が、興味の趣くままにフラフラと歩いていった。受付に足が向いていた克人だったが、特に彼女を咎める様子も無く方向を転換して彼女についていく。

 エントランスの端に設置されているガラス棚に所狭しと飾られているのは、金色に光り輝くトロフィーだった。壁には立派な額縁に納まる賞状がこれまた数多くあり、その全てに“高田厚志”と達筆な字で書かれている。それ以外の名前が書かれたトロフィーや賞状もその隣に飾られているのだが、その全てを合わせても厚志のそれには届いていない。

「凄いわね、これ……。全部ボディービルの大会じゃない……。国内の大会は当たり前のように1位だし、海外の大会のトロフィーとかも沢山あるのね……」

「厚志さんはボディービルの世界ではかなりの有名人だからな」

「ふーん……。ところで、ここに書かれてる“ナチュラル・ボディービル”って何かしら?」

「ボディービルでは筋肉を肥大化させるために薬物を使用する例が後を絶たず、プロの大会でも薬物の使用を黙認しているものが多い。そのような者達との差別化を図るために、薬物を一切使用しない者達のことをそう呼ぶんだ。ナチュラル・ボディービルの大会では、薬物検査だけでなく嘘発見器による面接も行われるらしい」

「へぇ、そうなんだ。ってことは、厚志さんの筋肉は薬物なんて使っていない、自然由来100パーセントってことね。それであの筋肉なんだから、凄いわね……。――っていうか十文字くん、随分と詳しくない?」

「厚志さんが新たなプリティ☆ベルに選ばれたとき、色々と調べていく過程でボディービルのことも知るようになった。それに男たる者、あのような筋肉に多少なりとも憧れを抱くものだ」

 力強くそう答える克人に、真由美は『それ以上鍛えられたら、いよいよ近づくのが躊躇われるんだけど……』と思ったが、けっして口に出すことはしなかった。

 と、2人がそのような会話を交わしていると、

「やあ、真由美ちゃん、克人くん」

「――――! お、お邪魔してます……!」

 突然背後から至近距離で声が聞こえたことに驚いた真由美が後ろを振り返り、こんがりと焼けた肌に真っ白な歯が眩しい濃い顔を至近距離で目の当たりにして再び驚いた。彼女は心臓を押さえ込むように胸に手を遣りながら、大きく何回も深呼吸をしてようやく挨拶をした。

 そして彼女の隣にいる克人も、この距離に近づかれるまでまったく気配を感じなかったことに驚きながら頭を下げる。

「『魔法科高校の制服を着た学生2人が入口に来てる』って、スタッフから連絡があってね」

「申し訳ありません。ついトロフィーに夢中になっちゃって……」

「いやいや、構わないよ。人に見せるために飾ってるんだからね。――それじゃ、ついてきて」

 そう言って踵を返す厚志に、真由美と克人は彼の背中をついてジムの奥へと進んでいった。その途中、筋骨隆々の男性達がもの凄い形相でトレーニング器具と格闘しているスペースの脇を通ったとき、真由美が圧倒されたように目を丸くしてそれを眺めていた。

 そうして3人がやって来たのは、本や書類が並ぶ棚に囲まれ、応接セットが中央に鎮座する部屋だった。その奥には厚志専用の事務スペースへと続くドアがあり、先程3人が入ってきたドア以外に外へ出る手段は無い。さらにこの部屋自体がジムの一番奥にあるため、厚志がスタッフに部屋に入らないよう言付けるだけで、この部屋の周囲に人が寄りつかなくなる。

 まさに、内緒話をするのに打って付けだ。

「さてと、2人共、平日の昼間から来てくれてありがとう」

「いえ、私達はもう自由登校ですので。――それで、ご用件とは何でしょうか?」

「うん。“吸血鬼”に関して、ちょっと情報交換とお願いをしたいと思ってね」

 厚志の口から飛び出したその単語に、真由美と克人の表情に緊張が走った。

「まずは吸血鬼の正体について。吸血鬼の正体は、古式魔法師の間で“パラサイト”と呼ばれている妖魔で、そいつが魔法師に取り憑くことで“吸血鬼”となっている」

「パラサイト……?」

 大多数の現代魔法師の例に漏れず、真由美は“パラサイト”という単語を初めて聞いたようだ。彼女の隣に座る克人も、眉間に皺を寄せて疑問を目で訴えている。

「まぁ、パラサイト自体については今回はそれほど重要じゃないから、今は説明を省かせてもらうよ。とりあえず、人に取り憑く幽霊みたいなものだと思ってくれて構わない。そんなパラサイトが何かしらの理由でこの世界に現れて、魔法師に取り憑くことで“吸血鬼”となるんだけど、そのときに取り憑かれたのがUSNA軍の魔法師だったんだ」

「USNA軍の魔法師がっ!」

 衝撃の事実に真由美が思わず叫んだが、その表情には『信じられない』という想いと共に『そういうことか』という納得の想いも含まれていた。自分達とは違う勢力が吸血鬼捜索に加わっていたことは気づいていたし、直接顔を合わせていなくとも、その立ち回りの妙は組織としてのレベルの高さを感じ取れるものだった。

「多分パラサイトに取り憑かれると、精神的にも乗っ取られるんだろうね。パラサイトにどんな思惑があるのかは分からないけど、パラサイトに取り憑かれた“吸血鬼”は軍を脱走し、日本へとやって来たんだ」

「ですが“吸血鬼”になったとはいえ、仮にも国防に関わる兵士がそんな簡単に脱出できるものなんでしょうか? USNAの軍紀が緩んでいる、とは考えづらいですし……」

「そうだね。むしろ軍紀が保たれている中を脱走してきた、と考えた方が自然だと思うよ。パラサイトに取り憑かれた魔法師は、元々の技能に加えてサイキックの能力にも目覚めるらしいから」

「成程。戦闘訓練を受けたうえに異能を身につけた魔法師ともなれば、一筋縄ではいかない相手でしょうね」

 当たり前のように厚志の口から語られる吸血鬼の新事実を、2人は真偽を疑うことも情報の出所を不思議に感じることもなかった。自分達を出し抜いて着実に真相に近づいていることに対して、2人は何も感じないわけではないが、充分に有り得ることとして受け入れられている。

 2人にとって、“プリティ☆ベル”とはそういう存在なのである。

「それにしても、今回の吸血鬼の発生頻度から考えると、吸血鬼は単独犯ではなく複数の可能性も充分に考えられます。それほどの脱走兵が今もどこかに潜伏しているとなると、探し出して捕まえるだけでもかなりの労力を要しますね……」

 真由美が大きな溜息を吐いて、愚痴っぽくそう言った。克人も彼女ほど露骨ではないが、同じようにうんざりした雰囲気を醸し出している。

「いや、もしかしたら何人かは、もう脱走兵じゃなくなってるかもしれないよ」

「えっ?」

 しかし厚志のその発言で、2人は揃って疑問の表情を浮かべた。

「パラサイトにはもう1つ大きな特徴があってね。宿主が死亡すると、そこから抜け出して別の人間に寄生するみたいなんだ。だから闇雲に宿主を殺し回っても、根本的な解決にはならないみたいなんだよね」

「そうなんですか? それじゃ、生け捕りにして死なないように見張らなきゃいけないってことじゃないですか……」

「厚志さん、パラサイトを“封印”することはできないんですか?」

「その辺りについては、こっちでも色々と方法を考えているところなんだよ」

 厚志の答えはつまり、今はまだ対抗策を思いついていない、ということを意味している。それを聞いた2人は、明らかに残念そうに首を横に振る。

 その反応を苦笑いで眺めていた厚志が、心持ち前のめりになって口を開いた。

「さて、ここからが“お願い”なんだけど」

 すると真由美も克人も、先程まで以上に真剣な表情で耳を傾ける。

「私達は今、都内に潜伏している吸血鬼12体の居場所を完全に把握してるんだけど――」

「ちょっ、ちょっと待ってください! えっ? 把握してるって、えっ?」

 あまりにも衝撃的な事実があまりにも呆気なく話されたからか、真由美は思わず厚志の言葉を遮って狼狽してしまった。

 しかし彼女とは対照的に、克人は落ち着き払っていた。

「七草、落ち着け。厚志さんの所には“双策敵手”(ツイン・レーダー)がいる。吸血鬼の中に潜むパラサイトを探知できたとしても不思議はない」

「探知できるようになったのは、つい最近なんだけどね。――まぁ、そんな理由で倒そうと思えばいつでも倒せるんだけど、無闇に殺しちゃってまた逃げられたら困るでしょ? だから対処法を思いつくまでは、君達も吸血鬼には手を出さないでほしいんだ」

「分かりました。家の者には、私の方から伝えておきます」

 今回結成された十師族の捜索チームは七草が中心となっていることから、真由美が代表して厚志の申し出を承諾した。七草の直系である彼女が、裏の世界では名の通っているプリティ☆ベルの言葉を伝えれば、それだけで大きな意味を持つ。

 なので十師族の捜索チーム()()()()()、これで問題無いだろう。

「すまないね。色々とわがままを聞いてもらって」

「いえ、我々としてもこの事件をできるだけ早く終結させたいので、協力できることは何でもしますよ」

「ありがとう。おそらく近日中には対処法を決められると思うから、そのときには協力してもらえるかな? こういうのは、短時間に一気に叩くのが定石だからね」

「分かりました。そのときは、よろしくお願いします」

 話が終わった途端、厚志達3人は同時にその場から立ち上がった。厚志が懇意にしている高校生の先輩が、ひょんなことから興味を持って厚志を訪ねてきた。そのような理由付けをすることもできなくはないが、あまり長時間居座ると不審に思われる状況かもしれない。

「それでは厚志さん、何かあったらまた呼んでください」

「お邪魔しました」

「いやいや、こちらこそ呼びつけちゃってごめんね」

 腰を折って頭を下げる2人に、厚志は却って恐縮するように手を横に振った。やがて2人が部屋を出ていくのを見送ると、厚志はどこかホッとしたように胸を撫で下ろす仕草をした。そんな彼の視線は、部屋の奥のドア1枚で繋がっている厚志専用の事務スペースへと向けられている。

 そして厚志はそのドアへと近づくと、ドアノブを捻ってそれを開けた。

 すると、

「お話は終わったようですね、厚志さん」

 その部屋から出てきたのは、ふんだんにリボンやフリルをあしらったクラシックドレスを身に纏う、艶のある黒い巻き髪が特徴的な少女だった。達也よりも年下に見えるその少女の格好や立ち振る舞いは、そのままどこかのパーティーに出席しても違和感の無い、実に洗練されたものだった。

「そこから話は聞いていたね? ――亜夜子ちゃん」

「ええ、もちろん。今のが厚志さんの願いでしたら、()()も喜んでそれを受け入れます」

 厚志の問い掛けに、その少女――黒羽亜夜子はにっこりと上品な笑みを浮かべてそう答えた。

 そしてその上品な笑みを崩すことのないまま、彼女は顎に指を置いて考えるポーズを取り、形の良い眉をほんの少しだけハの字にする。

「しかし現状問題なのは、スターズの方々ですね。おそらく彼女達はパラサイトの特性など考えることなく、脱走者を処分して回るでしょう。一気に吸血鬼を叩きたい厚志さんとしては、彼女達の存在は邪魔に思えるのではないですか?」

「ふむ……」

 亜夜子の言葉に、厚志は腕を組んで考え込んだ。確かに現在の状況から考えれば、あまりスターズにうろちょろされたくないのは事実だ。

「心配には及びませんよ、厚志さん。ちゃんと彼女達には、()便()()()()()この事件から手を引いてもらうつもりですので。それに厚志さん達が自ら出向くよりも、我々“四葉”が出向いた方が色々と都合が宜しいのではないでしょうか?」

「……確かにそうだね。それじゃ、頼めるかな?」

「お安いご用です。“四葉”にとってプリティ☆ベルを陰ながらサポートすることは、初代プリティ☆ベル・桃地美雪さんからの習わしですから」

 亜夜子はそう言ってにっこりと笑みを深くすると、丁寧な所作でお辞儀をした。未だ中学生である彼女だが、様々な誓約があって下手に外出もままならない四葉家当主・四葉真夜の代理人として動いている彼女の言葉は、そのまま“四葉”としての言葉となる。

 そしてそれがどのような結果をもたらすか、厚志はこの3年以上に渡る付き合いで充分に理解していた。『今は(とりあえず)日本政府に従っているが、もし地下に潜り込みテロリストと化したら第四次世界大戦が勃発する』とまで言われている“四葉”の力は、プリティ☆ベルとはまた別のベクトルで様々な人間から畏怖されている。

「さて、それでは私もそろそろお(いとま)させていただきますわ。本当は厚志さんともう少しお喋りしたいところなのですが、生憎と予定が詰まっておりまして」

「中学生なのに大変だね」

「いえいえ、私もあのお2人と同じように、既に自由登校の身ですので。――それでは厚志さん、近い内にまたお会いしましょう」

「うん、そうだね。今度は家の用事とは関係無く来てくれると嬉しいかな」

「ふふっ、善処致しますわ」

 にこやかな、しかし真意を悟らせない笑顔を浮かべて亜夜子はそう言うと、優雅に一礼して部屋を後にした。

 そうして誰もいなくなった部屋で、厚志はぽつりと呟いた。

「……やっぱり、こういう場は慣れないねぇ。少し前までは、私も単なる一般人だったんだから」

 厚志のその言葉に、どこからともなく「えっ?」と聞こえた気がした。

 

 

 *         *         *

 

 

 アメリカの西海岸。日本だったら“宵の口”と表現されるであろう時間。

 雫は現在、ホームステイ先で開かれているホームパーティーに参加していた。日本の大企業の娘が留学する際のホストに選ばれるだけあって、そのホームステイ先もかなりの上流階級であり、一口にホームパーティーと言ってもそこら辺のホテルよりよっぽど豪華なものだった。

 そんなパーティー会場にて、雫は床すれすれまであるスカート丈に、肩・二の腕・背中が剥き出しになったドレスを着て、肘まで覆う長手袋を身につけるという、パーティードレスとしてはかなりクラシックな装いをしていた。ふと周りを見渡すと、コルセットで体を締め上げないと着られないようなドレスも中には見受けられる。USNAが部分的に伝統回帰していることは聞いていたが、まさかここまでとは雫も思っていなかった。

「ティア!」

 と、そのとき、大袈裟に手を振ってこちらに駆け寄ってくる少年の姿を見つけ、雫は内心苦笑しながら小さく手を振り返した。

 彼の名は、レイモンド・S・クラーク。雫の留学先の男子生徒で真っ先に彼女に話し掛けた人物であり、それ以来何かと彼女の傍に寄ってくる白人(西海岸では今時珍しい生粋のアングロサクソンだ)である。彼が今着ているのはこれまたクラシックなタキシードだったが、彼の貴公子然としたルックスに大変良く似合っていた。

 ちなみに、雫のニックネームである“ティア”を考案したのも彼である。雫が自己紹介したときに名前の意味を訊かれた際、彼女は“ティアドロップ”(涙のしずく)の“drop”だと説明したのだが、どういう訳か彼は“ティア”の方を採用してしまった。同じクラスの女子生徒曰く「真珠(tear)のイメージにぴったりだからじゃない?」だそうなので、とりあえずそのままにしている。

「素敵なドレスだね、ティア。いつもよりもっとチャーミングだ」

「そう? レイも似合ってるよ」

「ありがとう! ティアにそう言ってもらえるなんて光栄だよ!」

 本当に嬉しそうにそう言うレイモンドの姿に、雫は自分の弟を連想した。人種的には年齢以上に大人びて見えるのが相場なのだが、彼の場合は豊かな感情表現によって年齢よりも幼く見える。

「レイは1人なの?」

「ティア以外の女性をエスコートする気は無いよ」

「ううん、女の子の方じゃなくて」

「えっ? あ、そ、そうだね……。1人……と言えば1人かな?」

 随分歯切れの悪い答えだと雫は首をかしげたが、レイモンドの後ろの方で男子生徒数人が、彼を見て忙しなく手を動かしながらニヤニヤしているのを見つけて、そういうことか、と雫は他人事のように悟った。

 そしてレイモンドもそれを察したのか、ばつが悪そうな表情で視線をさ迷わせてから、別の話題を見つけたとばかりに表情をパッと明るくして雫に話し掛けた。

「……そ、そうだ、ティア! この前に頼まれてた件なんだけど――」

 その瞬間、雫の目つきがほんの少し鋭くなった。

「レイ、場所を変えよう」

 力強いその言葉にレイモンドは口を引き結んで黙って頷き、2人はパーティー会場の一部である庭へと出ていった。

 それを見ていた男子生徒数人が、何やら勘違いした様子で茶化すように口笛を吹いていた。

 

 

 

 さすがに冬だけあって、太陽も沈んだこの時間ではコートを羽織っていても肌寒い。なので会場の一部とはいえ庭に出ている参加者は1人もおらず、だからこそ雫は“内緒話”の場にここを選んだのである。

 雫はハンドバッグの中にしまっていたCADを操作して、2人の周辺に暖気のフィールドを作り出した。寒空の下でも凍えることのないように、と同時に、自分達の会話が周りに聞かれることを防ぐ効果もある。

「ありがとう、ティア。――魔法っていうのは、こんなに便利なんだね」

「この程度なら、珍しくないはず」

「この国に住む人達にとっての魔法っていうのは、こんなに()()()()ものじゃないんだよ。日常的に魔法を応用する場面なんて、この国じゃほとんど目にしない。魔法は力や知識や地位を誇示するためのものなんだ」

「つまり、出し惜しみしているってこと?」

「ははは、そうだね……。ステイツの魔法研究は軍事利用を除いて、基礎研究ばかりが重視されているんだ。民生利用とか日常生活への応用とかは、下等なことと見なされているんだよ。大金が稼げると分かればその限りじゃないんだけど……。そんなだから――」

「それで? “例の件”で、何か分かったことがあるの?」

 逸れかけている話題をむりやり打ち切った雫に、レイモンドは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 雫が口にした“例の件”というのは、日本とここの両方を騒がせている“吸血鬼事件”のことだ。こちらでは情報規制が日本より厳重なため、未だに都市伝説の域を越えていないが、先日達也から国際電話を通じて情報を集めるように(もちろん彼女の身に危険が及ばない範囲で)頼まれてから、彼女なりに調査することにしたのである。

 とりあえず地元でどのような報道がなされているか確かめようと雫が携帯端末を操作していたとき、いつものようにレイモンドが彼女の傍へやって来た。そして雫が吸血鬼事件について調べていることを知ると、やけに自信たっぷりな感じに「だったら僕に任せてよ」と言ってきたのである。なぜ彼が自分に協力するのか分からなかった雫だが、既に彼の為人(ひととなり)をある程度知っていた彼女は、とりあえず頼んでみることにした。

 すると次の日には、吸血鬼が確かに実在することを突き止めてしまった。驚きで目を丸くする雫だったが、レイモンドは何てことないかのように「それで、僕は次に何を調べれば良い?」と尋ねてきた。そんな感じに、雫が依頼した情報をレイモンドが調べて報告する、といったことを何回か繰り返していた。

「確かティアの依頼は『吸血鬼が発生したと思われる時期に、何か変わったことは無いか?』だったよね?」

「そう。それで、何かあった?」

 雫の問い掛けに、レイモンドは力強く頷いた。

「高度に情報封鎖されているけど、11月にダラスで“余剰次元理論に基づく極小(マイクロ)ブラックホール生成・蒸発実験”が行われたらしい」

「余剰次元理論?」

「ごめん、詳しいことは僕にも分からないんだ。後で()()()()()()()()()()()()に訊いてみて」

「うん、分かった。それで?」

 雫は頭の中に達也を思い浮かべながら、レイモンドに続きを促した。

「実験の詳細については不明だけど、その実験の直後から吸血鬼の目撃情報が挙がってる」

「つまりレイはその実験と一連の吸血鬼事件の間に、因果関係があると思ってる?」

 雫の質問に、レイモンドは再び力強く頷いた。

 彼がどこから情報を仕入れて、何を根拠として判断しているのか、雫には分からない。自分には伝えていない情報を握っている可能性も、充分に考えられるだろう。彼が自分に協力してくれる理由も、彼個人によるものなのか、あるいは彼が所属している組織の意向によるものか、そもそも彼が組織に所属しているのかも雫は知らない。

 しかし確実に言えるのは、彼の情報は信用できる、ということだ。

「ありがとう、レイ」

「他ならぬティアの頼みだからね。僕で役に立てることがあれば、いつでも相談してよ」

 雫からの礼に心からの笑顔を浮かべながら、レイモンドは実に嬉しそうにそう言った。そんな彼の“露骨なアプローチ”に対し、雫は特に普段と表情を変えることなく受け止めた。おそらく彼女の中では、彼の態度について『留学生が物珍しいのだろう』くらいにしか思っていないだろう。

 そんな彼女の鈍感さは、はたして先天的なものなのか、それとも最近の友人関係で伝染したものなのか、それは誰にも分からない。

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