魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第80話 『誰にもばれてはいけない秘密を抱えるというのも、結構大変なものである』

 台所ではモカと深雪がエプロン姿で並んで立ち、夕食の仕上げを行っている。そしてその後ろでは残りの面々が、テーブルを片づけたり食器の用意をしている。

 これは夕食時になると厚志家で見られるいつもの光景であり、たとえ戦略級魔法師やそれすらも超える存在、あるいは国際A級ライセンス並の実力者揃いであっても、人間の根源的な営みにそれほど違いは生じないという“当たり前のこと”を再認識させる光景でもある。

 やがて大きな皿に山盛りとなった料理が、次々とテーブルに運ばれていく。とにかく食べる量の多い者が集まったこの家では、このようにおかずは1品ごとに1つの皿で纏められ、さらには“1人幾つ”などという取り決めも存在しない。食事のときですら“弱肉強食”を標榜する、実にサバイバルな食卓である。

 やがて全員分の白いご飯が用意され、全員がテーブルを囲んで席についた。特に男性陣に至っては、これから戦いにでも赴くような緊張感のある顔つきをしている。

 と、そんなとき、

「やっほーい! 久し振りのモカのご飯だよー!」

 水面から顔を出すような自然な仕草で床から姿を現したのは、ダッチだった。数日前までは当たり前の、しかしここ数日間ではまるで見なかった光景である。

 しかし普段の厚志達ならば、たとえこのようなタイミングで彼女が現れたとしても、当然のように彼女を夕食のメンバーに加えていただろう。

「……あの、お嬢」

 しかし今回は、事情が違った。

 アンジェリーナ・シールズことリーナを始めとしたスターズが倒した吸血鬼を横取りし、亜空間を介して姿を眩ませる。北魔王軍の幹部であるダッチがそのような行動に出たとなれば、色々な想像をするのも仕方ないだろう。何せ、彼女の直属の部下であるモカですら、厚志達と同じ表情で彼女を見つめているのだから。

 そして幼女の姿をしていても軍の幹部であるダッチが、彼らのそんな視線に気づかないはずがなかった。

「……もう、アタシだって仕事でやってるんだからねぇ」

「ははは、ごめんねダッチちゃん。――つまり、ドゥール・ヴァリオンの指示で吸血鬼の死体を回収したってことかな?」

 ドゥール・ヴァリオンとは魔界を総べる4大魔王の1人で、北軍を率いて北の大地を支配する魔王である。多かれ少なかれ人間である他の魔王と違い、七眼十二翼の暗黒龍が人間の姿をとった完全な人外である彼は、かつて10年以上前に世界征服を目論んで乗り出した際に、4代目プリティ☆ベルの田中沙希(旧姓間島)と矛を交えて敗れている。

「うん、そう。でも失敗しちゃった。いくら調べても普通の死体なんだもん」

「そりゃそうよ。パラサイトはとっくに抜け出してて、今や本当に普通の死体なんだもん」

「あー、やっぱりそうかぁ。そんな気はしてたんだよなぁ。――という訳で、魔王様から伝言ね。『吸血鬼の正体である“核”込みの宿主を1体都合してもらえるのなら、今回の吸血鬼討伐に協力する』だって」

 ダッチがそう言うと、司波兄妹を含めた全員が厚志へと視線を向ける。

 厚志はその視線に応えて、顎を手に当てて考える素振りを見せると、

「何の目的で欲しがってるのかは分からないけど、今の状況で対立するのは得策じゃないから仕方ないか。その代わり『宿主を渡すのは事件が解決したとこちらが判断してからだ』って伝えておいてくれるかな?」

「りょうかーい。んじゃ、早くご飯食べようよー! もうお腹空いたー!」

 年相応の騒がしさで夕飯をねだるダッチに、厚志達は微笑ましいような苦笑いのような表情を浮かべて、モカは台所へ向かってピンクの茶碗にご飯をよそい始めた。ちなみに『ダッチが急にやって来て食事の量は大丈夫か』という疑問があるだろうが、モカはここ数日間1人分余計に作っていたので問題無い。

 やがて全員分のご飯が用意され、全員が所定の位置に腰を下ろした。

 そしてエリがコホンとわざとらしく咳払いをして「それでは皆さん、手を合わせて」と言うと、厚志やミルココだけでなくリカルドやマッド、そして達也や深雪までもが胸の高さで手を合わせた。達也のクラスメイトがこの光景を見れば、彼の珍しい姿に目を丸くするに違いない。

「それでは皆さん、いただきます!」

「いただきます」

 エリの挨拶を皮切りにして、この日も厚志家の賑やかな食事が始まった。

 

 

 

 厚志家での夕食を終え、他愛ないお喋りやテレビゲームに興じた後、達也と深雪はゆっくり進んでも30秒ほどの時間しか掛からない距離を歩いて自宅へと戻った。

 いくら世界的な寒冷化が緩和されたとしても、日が沈んだ後の無人の家は肌を刺すような寒さに包まれる。普通ならば暖房を点けて空気が暖かくなるまで我慢するところだが、この家の場合は、深雪が真っ先にCADを使って部屋の空気を即座に適温まで暖めてしまう。1秒でも早く達也に快適な空間を提供したいという深雪の想いに、そして意外と緻密な操作の必要な魔法をいとも容易く実行してしまう彼女の実力に、達也は苦笑いを抑えることができなかった。

「お兄様、コーヒーをお淹れします。少々お待ちください」

「ああ、ありがとう」

 すっかり暖かくなった部屋で、深雪はキッチンへ向かい、達也はテレビの前に置かれたソファーに座る。

 プルルルル――。

 電話のベルが鳴ったのは、その直後だった。

 キッチンから早足で駆け寄ろうとする深雪を片手で制し、達也がリモコンを取った。リモコンの画面に『北山雫』と表示されているのを確認し、テレビにリモコンを向けてボタンを押す。

 雫からの電話をテレビ電話(ビジフォン)に切り替えたことで、居間のテレビの大画面に雫の姿が映る。

 その瞬間、達也はその行動に出たことを後悔した。

「ちょ、ちょっと雫! 何て格好をしてるの!」

 挨拶よりも先に深雪が叫んでいたが、達也がそれを窘めることは無かった。

 テレビ画面に現れた雫は、ファッション性重視のネグリジェ姿だった。シルクのように薄く光沢のある生地なので、雫のほっそりとした肢体を隠すのにあまり役立っていない。しかもどうやら上半身の下着を身につけていないようで、ふんだんに縫い付けられたレースと細やかなドレープで大事な部分を一応隠しているが、少しでも着崩れたら簡単に顕わになってしまいそうだ。

 さらに今の雫は、視点が定まっていないようにボーッとした顔つきだった。頬だけでなく体全体が仄かに桜色になっており、普段は幼くすら見える雫に大人っぽい色気も加わって非常にまずい状況となっている。主に深雪の精神的な意味で。

『えっと……、2人共、こんばんは』

「挨拶は良いから! せめてガウンを羽織って!」

 深雪の必死な呼び掛けに、雫は首をかしげながらもモソモソとガウンを着始めた。深雪は雫の行動に深く溜息を吐いて、ソファーに座る達也を盗み見るようにちらちらと見遣った。そして達也が(表面上は)何の反応も示していないのを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。

 やがてガウンを羽織った雫が、改めて画面に向き直った。

『えっと……、夜遅くにごめんなさい』

 眠気とは違う倦怠感に、所々怪しい呂律(ろれつ)

「こちらは特に遅くないから問題無いが……。もしかして、呑んでるのか?」

『何を?』

「……まぁ良い。それより、どうしたんだ?」

『えっと……、吸血鬼事件について色々知ったから、できるだけ早く知らせようと思って』

「もう分かったのか。凄いな」

『もっと褒めて』

「…………」

 平坦な口調でねだられ、達也は急激な脱力感を覚えた。どうやら雫は酔うと幼児退行を起こすようだ、と必要無い知識を得たことで、達也は彼女に酒を呑ませた顔も知らぬ相手に心の中で悪態を吐いた。

「いや、本当に凄いな雫は。それで、何が分かったんだ?」

『えっと……、吸血鬼が生まれた原因についてなんだけど』

 想像以上にセンセーショナルな話題に、達也も深雪が揃って身を乗り出した。

『えっと……、確か、余剰……、何だっけ? 余剰何とかの黒い穴の実験がどうのこうの……』

「余剰? 黒い穴? どういう意味よ、雫?」

 まったく要領を得ない単語の羅列に、深雪の頭上には疑問符が飛び交った。

 深雪の頭上に、だけだった。

「雫。その“黒い穴”っていうのは、もしかしてブラックホールのことか?」

『あっ、そうそう。ブラックホールの生成が何たらかんたら――』

「まさか“余剰”っていうのは、余剰次元理論のことか?」

『あ、うん。そんな感じだったと思う』

「そうか……、“アレ”をやったのか……」

 雫の少ないヒントから何やら推測したらしい達也は、いつもと変わらぬ冷静な声と表情ながらも大きな衝撃を受けていることが深雪にはすぐに分かった。

「お兄様、それはどのような実験なのでしょうか?」

「おそらく雫が聞いたのは“余剰次元理論に基づくマイクロブラックホールの生成・消滅実験”のことだろう。理論自体は何年も前から存在していたから、興味本位で調べたことがある」

『それって、どんな実験?』

 実際に尋ねてきた雫だけでなく深雪も知りたそうにしているので、達也は簡単に説明することにした。

 実験の内容は、ごく小さなブラックホールを人工的に作り出し、そこからエネルギーを取り出そうというものだ。ブラックホールとは膨大な質量が高密度に集中することで発生するものであり、それが蒸発して消失する過程でその質量が熱エネルギーに変換されることが予想されている。

 今回の実験の場合、ブラックホールを生成する際に“余剰次元理論”が用いられている。余剰次元理論とは『この世界は高次元の世界に閉じ込められた三次元空間の薄い膜のようなもので、物理的な力において重力のみが次元の壁を越えられる』というもので、この理論に基づくと、重力はその力の大部分が別次元に漏れているので、この次元では本来よりもずっと小さな力しか観測できないことになる。

 しかし素粒子スケールの極小距離では、重力が別次元に漏れ出す前にこの次元の物体同士で作用することになるので、普通のスケールで観測するよりも遥かに強く引き合うことになる。これを利用すれば、本来の想定よりも遥かに小さなエネルギーでブラックホールの生成が可能になる、というのがこの実験の土台となる理屈である。

『……その理屈が、吸血鬼とどう関係するの?』

「吸血鬼の正体が魔法師に取り憑いたパラサイトだというのは、雫に調査を頼んだときに話したよな? 結論から言うと、今回のパラサイトはその別次元から漏れ出した“魔法的エネルギー”によって生まれたんだ」

 達也の言葉に、深雪と雫は揃って首をかしげた。

「“魔法的エネルギー”とは、いったい何なのですか?」

 深雪が尋ねるのに合わせて、画面の向こうの雫が力強く頷いている。おそらく『説明しろ』ということだろう。

「そうだな……。それを説明するために、そもそも魔法がどのようなメカニズムで発動しているかについて考える必要がある。――2人共、“エネルギー保存の法則”については知っているな?」

 達也の問い掛けに、2人は揃って頷いた。

「それを踏まえて、移動系魔法か加速系魔法でボールを撃ち出した場合を考えてみよう。魔法が発動する様子を観察しても、ボールを撃ち出すだけの物理的エネルギーが供給されることは確認できない。にも関わらず、実際には魔法が発動している。そのことを考えると、一見“エネルギー保存の法則”が成立していないように思える」

「“現代魔法の第一パラドックス”と呼ばれている命題ですね」

『でもその命題(めーだい)は、それ自体が不完全(ふきゃんぜん)って結論(けちゅろん)だったはず』

 かなり呂律が怪しくなっている雫だが、頭の回転はまだ鈍っていないようだ。

「その通り。ここで重要なのは、“エネルギー保存の法則”は『()()()()()()()()エネルギーの総和は一定である』という法則だということだ。つまりエネルギーの総量に変化があったように見えるのなら、観測の仕方がそもそも間違っているか、その系が閉じていないと考えるべきだ」

「……ええと、つまり余剰次元理論が成立すると仮定した場合、この世界は“閉じた系”ではないことになるから――」

そうか(しょうか)! 魔法に必要な(ひつようにゃ)エネルギーは、異次元から供給されて(きょーきゅーしゃれて)いる!』

 深雪の台詞を奪って力強く叫んだ雫に、達也が口元に笑みを浮かべて頷いた。その光景を眺めながら、深雪がこっそりと悔しそうにしている。

「そのような説を唱える魔法研究者は最近増えているし、俺もそう思う。おそらく魔法式の中に、異次元の壁を壊さずにエネルギーを引っ張ってくるプロセスが組み込まれているんだろう。物理的なエネルギーが供給されている形跡が観測されないのは、そのエネルギーが非物理的な性質を持つ魔法的なもので、魔法式がそれを事後的に物理的なものに変換しているんだと俺は思っている」

「つまりそのエネルギーが、先程お兄様の仰った“魔法的エネルギー”というものなのですね」

 納得がいった、という様子で深雪が頻りに頷いた。

 しかし雫は、まだ疑問が解けきっていないようだ。

『でも達也(たちゅや)さん、そのエネルギーとパラサイトがどう関係する(かんけーしゅる)の?』

「先程の方法で取り出した魔法的エネルギーは、魔法式によって制御されている。だからこの次元に表れても何の問題も起きない。だが、もし()()()()()()()()()魔法的エネルギーがこの次元に漏れ出たとしたら……?」

「その魔法的エネルギーが、パラサイトの正体ということですか?」

「あくまで俺の推測でしかないし、仮にそうだとしても、どのような過程でパラサイトになるのかは分からないけどな」

『もしかして、その魔法的(まほーてき)エネルギーが漏れ出る原因(げーいん)が、さっき言ってた余剰何とか?』

 雫の問い掛けに、達也は力強く頷いた。

「余剰次元理論においては重力だけが物理的な力で次元の壁を越えられる、と言ったことは憶えているか? 仮にそれが正しいとすれば、そのようなメカニズムになっていることに何かしらの意味があるはずだ」

 ここからは俺の想像でしかないが、と達也は前置きして話を続けた。

「もしかしたら次元の壁は、透過する重力によって支えられているのかもしれない。しかし今回の実験では、本来別次元に逃げるはずだった重力が使われている。つまり一時的に次元の壁を支える力が奪われたということだ。これによって次元の壁に一時的に揺らぎが生じ、その隙に“魔法的エネルギー”がこの次元に漏れ出たのではないか、というのが俺の持論だ」

 本来ならばもっと専門的で複雑なメカニズムが働いているのだが、いくら座学の成績が優秀とはいえ深雪も雫も(専門分野に対する知識という点で)世間一般の高校生の域を出ない。なので達也はなるべく噛み砕いて説明し、その甲斐もあって2人はそれなりに理解することができたようだ。

「さすがはお兄様です。こんな少ない情報から、そこまで読み取ってしまわれるなんて」

「いや、俺だって雫から実験について聞かなければ、ここまで考えることはできなかっただろう。雫のおかげだな」

達也さん(たちゅやしゃん)の役に立てて嬉しい』

 達也の賞賛に、雫は素直な気持ちを口にした。酒のせいで上気した頬。幼児退行のせいで普段より表情に表れるようになった感情。そして舌足らずな口調。今の雫は女性としての色気と幼児性が同居する、男の感情をいたずらに掻き乱す存在となっていた。

 そんな彼女を、前世紀と比べて解像度が飛躍的に向上したテレビの大画面で目の当たりにしている達也は、それでも普段とまったく変わらない態度だった。

(てい)よく利用しているようで悪いが、もう1つ頼まれてくれるか?」

『良いよ。(にゃに)?』

「余剰次元理論に基づく実験が、ここ数年の間にこれとは別に行われていないか調べてほしい。特に()()()を重点的に」

「――――」

 “4年前”という言葉に、深雪の体がピクリと反応した。

 しかし雫は特に疑問に思うことはなく、というより気づくことなく、『うん、分かった』と二つ返事で了承した。

 時差を考えれば向こうは真夜中だ、あまり雫を引き留めておくのも良くない。なのでその後は特に世間話をすることもなく、簡単な挨拶を交わして通話を終了した。居間のテレビ画面から、雫の姿が消える。

「……お兄様」

「ん? どうした、深雪?」

 ソファーに深く腰掛けて大きく息を吐いた達也に、深雪が遠慮がちに話し掛けてきた。

「……お兄様は現在、いったいどのような“仮説”を思い浮かべていらっしゃるのですか?」

「すまない、その内話す」

「……かしこまりました。コーヒーをお淹れ致します」

 深雪は腰を折って達也にお辞儀をすると、優雅さを保ったままキッチンまで早足で向かった。

 

 

 *         *         *

 

 

 次の日。

 平日なのでこの日も普通に学校はあるのだが、リーナの姿は第一高校には無かった。

 彼女がいるのは、日本都内にあるUSNA大使館。日本でありながら日本政府の権力が届かないここでは、現在、先日の吸血鬼討伐任務に失敗した彼女の責を問う査問会が開かれていた。

 そしてリーナはそこで、大統領主催のティーパーティーに呼ばれたときに女性として屈辱的なまでのボディチェックを受けたことに匹敵するほどの不快感を味わっていた。しかしそれは、この査問会が自分の処遇を決めるものだから、ではない。今回の失敗は自分の責任であると思っているし、それによって自分が何らかの処分を受けても咎めるつもりは無い。

 だがそれは、あくまで“正当な理由によって”という注釈がついて、という意味だ。

「つまり君は、スターズのシリウスという立場であるにも拘わらず、()()()()()()にまんまと容疑者を奪われてしまったばかりか、ターゲットを前に逃亡したということか」

「……ただの一般人、という表現には語弊があります。今回私を襲撃した大田景は、かの“3代目プリティ☆ベル”です」

「しかし“元”だろう? もうとっくの昔にプリティ☆ベルを引退しているじゃないか」

「プリティ☆ベルを引退したとはいえ、その能力の一部は彼女に残っています。しかも彼女は現代魔法にも精通し、その成果を召喚獣であるHarpuiaに反映させているようです。けっして油断して良い相手ではありません」

「しかし報告書には、彼女は魔法や軍とは何の関わりも無い職業に就いていると書いてある。もしそれほどまでの実力があるのなら、なぜ彼女は小学校の教師なんてやっているのかね?」

 自分達にとって都合の良い所だけ抜き出してネチネチと嫌味を言ってくる査問委員に、リーナはもはやまともに考えるのも面倒になったのかボーッと聞き流していた。

 今ここにいる男達(軍の上層部には女性もいるはずなのに、なぜかこの場には男性しかいなかった)は、官僚ではあるものの“実戦”というものから縁遠くなって久しい、いわゆる“現場を知らないエリート”だった。そしてそんな奴らほど、実力主義とはいえ十代で少佐にまで上り詰めたリーナに嫉妬する傾向が強い。

 するとそんな男達の1人が、その顔をいやらしい笑みで歪ませながら、

「ところで、少佐のメディカルチェックは万全なのか? 吸血鬼と数度にわたって接触があったのだろう? 少なくとも体のどこかに噛まれた痕が無いかどうか、今すぐにでもチェックするべきだと思うのだが?」

 今回の被害者は外敵損傷も無く絶命しており、だからこそ世間ではオカルトと持て囃されているのだが、こいつらはその程度のことも把握していないのか、とリーナはカッと頭に血を上らせた。

 そして怒りのままに怒鳴り散らそうと口を開きかけ、

「それは少佐に対して、あまりにも失礼というものでしょう」

 突然査問会に乱入してきた女性の声に、リーナはすんでのところで堪えることができた。

 そして査問委員達はその女性を咎めようと口を開きかけ、その女性の正体に気づいたことで咄嗟に口を閉じていた。

 彼女の名前は、ヴァージニア・バランス大佐。乙女座(ヴァージニア)天秤座(バランス)なんて、いかにもスターズらしいコードネームだと思うかもしれないが、れっきとした本名である。つい先日に40歳になったばかりなのだが、とてもそう見えない颯爽とした“お姉さん”である。

 そんな彼女の役職は“USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長”。つまり制服組・私服組問わずに内部の不正行為に目を光らせる内部監査局のナンバーツーだ。しかもそれだけではなく、彼女は10年以上前に世界を滅亡の危機に晒した“イナゴ事件”が起こった際、USNA軍の立場として当時のプリティ☆ベルを陰ながらサポートする極秘チームで陣頭指揮を執っていた。

 つまり役職的にも経歴的にも、彼らにとってあまり敵に回したくない相手ということになる。

「失礼。発言を許可していただけますか?」

 一段高い場所に座る監査委員をジロリと睨みつけながらの慇懃な言葉に、彼らの誰かが思わず「あ、ああ、許可しよう」と口にしていた。

「ありがとうございます。なぜ私が最初からこの場に呼ばれなかったのかにつきましては、別の機会にお訊きすることに致しまして。――今回のシリウス少佐に与えられた任務は、彼女の職務及び能力から見ても適正なものではなく、全ての責任を彼女1人に負わせるのは適当ではないと思われます」

 バランス大佐がそう言うと、査問委員達は明らかに怯むような表情を見せた。同じ女性であるリーナを庇う発言は予想していたことだが、ここまで真正面から擁護するのは想定外だった。

 ですが、とバランス大佐は発言を続けた。

「責任の有無とは別に、スターズ総隊長の地位に身を置く者が魔法戦闘で遅れを取ったという事実は、けっして見逃せるものではありません。シリウス少佐も、雪辱の機会を望んでいるはずです。――そうだな、少佐?」

「もちろんです!」

 バランス大佐の問い掛けに、リーナは力強く答えた。

「本官はシリウス少佐に現行任務を継続させるべきだと考えています。それと同時に、現地の支援レベルを最高水準に引き上げることを合わせて提案致します」

「具体的には?」

「本官が東京に在駐し、彼女の支援に回ります。――また本部長からは、既に“ブリオネイク”の使用許可を頂いております」

「なっ、何だと!」

 前半の提案だけでもざわめきが起こったというのに、後半の言葉でそれがどよめきへと進化した。突然のことで動揺を隠せないのは査問委員だけでなく、話の中心にいるリーナも同じだった。いや、おそらく彼女の方が動揺が大きいだろう。

「これによって、今まで以上に専門的な支援を、現場の状況に即して臨機応変に行うことが可能となります。またシリウス少佐も万全の状態となったことで、先日のような遅れを取ることも無いでしょう。――如何でしょうか?」

 突然やって来てまともな思考の時間も与えずに怒濤の攻めを展開したバランス大佐によって、査問委員達はこれ以上リーナを責めることができなくなっていた。

 

 

 

 ――よし、とりあえずはこれで大丈夫そうだな。

 どうやら丸く収まったらしい査問会を見渡しながら、バランス大佐はけっして表情には出ないように注意して胸を撫で下ろした。目の前でリーナが感謝の言葉を述べるのに答えながら、彼女は心の中でリーナに謝罪する。

 今回の査問のためにわざわざ来日したバランス大佐だが、まさか自分抜きで査問会を始めるとは思っていなかった。おかげで少々肝が冷えたが、当初の予定通り、吸血鬼捜索の指揮系統を自分に移すことに成功した。

 ――後は捜索している()()()()()()()、時期が来るまで()()()の邪魔をしなければ良い。

 バランス大佐が頭の中で思い浮かべていたことは、けっして周りにばれてはいけないようなものだった。それはそうだろう。“USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長”という立場でありながら、彼女は自分達を裏切った脱走者を始末する任務を妨害しようというのだから。

 しかし彼女とて、最初から任務を妨害する気は無かった。来日したときには、一刻も早く事件を解決するために自分の手腕を発揮するつもりだった。

 だがその想いは、昨晩に泊まったホテルの電話を介して掛かってきた電話によって変えざるを得なくなった。

 その電話の相手は、あろう事か十師族が1つ・四葉家の現当主である四葉真夜だった。バランス大佐が泊まっていたホテルを経営しているのが、四葉家が裏で支配している会社だったのである。

 そしてバランス大佐は彼女から「吸血鬼捜索を一時的にストップさせてほしい」と頼まれ、何とそれを了承してしまったのである。もちろんこれはUSNAに対する明確な裏切り行為であり、下手をすれば秘密裏に処断されてもおかしくはない。

 ――しかしまぁ、“プリティ☆ベル”が関わっているとなれば話は別だ。

 10年以上前に起こった“イナゴ事件”でプリティ☆ベルをサポートしていたとき、バランス大佐は当時から秘密裏に彼女達のサポートをしていた四葉とも接触していた。もちろんこれは、軍の上層部にも報告していない。なのでプリティ☆ベルに四葉家が関わっていることを知っているのは、USNA軍の中ではバランス大佐だけである。

 そして彼女はその事件をきっかけに、四葉と個人的なコネクションを持つようになった。当然ながら普段は四葉と連絡を取ることは無いし、協力関係になることも滅多に無い。四葉と協力関係になるのは、もっぱらプリティ☆ベル絡みのときである。

 ――それにしても、“パラサイト”か……。厄介な敵が現れたものだが、彼女達と敵対してしまった以上もう長くはないだろう……。後はいかにしてシリウス少佐を押さえ込むか、だな……。

 バランス大佐は査問が終わって明らかにホッとしているリーナをちらりと見遣りながら、確実に胃が痛くなるであろうこれからの数日間を想像して、心の中で大きな溜息を吐いた。

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