魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第81話 『人間の人間たる所以は、“理屈”では説明できない箇所に存在する』

 現在日本とUSNAの両国を騒がせている吸血鬼事件について、新たな事実が判明した。吸血鬼の正体は異次元からやって来たデーモンに取り憑かれたUSNA軍の魔法師である、というものだ。

 事の発端は、昨年10月31日。朝鮮半島南端で使用された日本軍の秘密兵器を目の当たりにした合衆国政府は、これに対抗できる手段を開発するように軍に命じた。魔法師達はこれを受け、ダラス国立加速器研究所にて科学者の警告を押し切ってマイクロブラックホール生成実験を強行。その結果次元の壁に穴を空け、異次元からデーモンを呼び出した。魔法師達はデーモンを使役することで、日本の秘密兵器に対抗しようとしたのである。

 しかし彼らはデーモンの制御に失敗し、逆に体を乗っ取られる結果となった。その結果は、皆さんもご存知の通りである。

 これに対してUSNA軍の魔法師達は、3つの責任を負っている。

 1つ目は、無謀な実験を強行した魔法師を止められなかったこと。

 2つ目は、リスクが高いと分かっていて強行した実験に失敗したこと。

 3つ目は、正気を失っている可能性が高いとはいえども、軍の魔法師が市民に危害を加えていること。

 この一連の不祥事の根本的な原因は、軍が魔法師を統制しきれなかったことにある。“魔法”という、強力だがいつ暴走するか分からない超自然的な力を利用することが、はたして本当に国益に適っているのかどうか。我々はそれを、今一度考え直す必要があるのでは――

 

 

 

「厚志さん、これって……」

「ああ。この前達也くんが話してくれた内容と、そっくりそのままだね」

 朝ご飯を食べていた厚志家の居間のテレビから流れてきたニュースに、全員が箸を止めて(厚志だけは“プロテインfeat.数個の生卵”が入ったコップを止めて)見入っていた。日本の夜明けを待ってもたらされたかのようなそのニュースは大きな衝撃をもたらし、他のチャンネルでもそれ一色に染まっていた。

「随分と脚色されてるな。まるでUSNA軍が意図してパラサイトを召喚した感じになってるぜ?」

「まぁ、どうせいつもの奴らでしょ?」

「えーっと、確か“人間主義”だったっけ?」

「そうそう。魔法師じゃない人達の方が圧倒的に多いからね、メディアがどっちにつくかなんて考えるまでもなく明らかよ。――それよりも問題なのは、ニュースソースの方だね」

 ココアの言葉に、部屋にいた全員が頷いた。雫から(正確には雫の“クラスメイト”から)聞かされるまで知らなかったほどに厳重に秘匿されていた情報が、なぜ今日になって突然世間の明るみに晒されたのか。

「まぁ十中八九、誰かがリークしたんだろうね」

「そうなると、雫に情報を教えたそのクラスメイトがかなり怪しくなってくるね。昼にでも雫に電話して、それとなく注意するように言っておかなくちゃ」

「それにしても、リークした奴の狙いは何だ? 吸血鬼捜索を邪魔したいとか?」

「にしては、随分と回りくどくない? それにこんな状態になったら、USNA軍はますます吸血鬼捜索に躍起になると思うんだけど。むしろさっさと吸血鬼を退治してほしいから、こうして逃げられない状況にしてるとか?」

 犯人像のプロファイリングに話を咲かせる彼女達の横で、厚志は“プロテインfeat.数個の生卵”を一気に飲み干した。さすがに3年以上の付き合いである彼女達はすっかり慣れた光景だが、初めてそれを見た者はもれなく吐き気を催すこと請け合いだろう。

 そして厚志は、空になったコップをダンッ! と勢いよく食卓に置くと、

「まぁ、こういうときは“プロ”に聞こう」

 そう言って立ち上がると、部屋に置いてある黒電話へと歩いていった。その動きだけで、彼女達は「成程」と頷いて食事を再開した。

 前世紀の末期頃からほとんど見られなくなった“ダイヤルを回す”という行為を経て、

『おはようございます、厚志さん』

 うら若き少女にも成熟した女性にも聞こえる不思議な声が、厚志の耳をくすぐった。するりと抵抗なく耳に入りつつも強烈な印象を残すその声は、彼のように聞き慣れた人間でなければすぐに心を奪われてしまうだろう。

「おはようございます、真夜さん。朝早くから申し訳ないんですが、ちょっと訊きたいことがありまして」

『ふふふっ。これでも私、結構色んな人から恐れられてるような立場なんですけど、そんなに気軽に電話を掛けてくるのは厚志さん達くらいでしょうね』

 電話口の向こうから、実に楽しそうにクスクスと笑う真夜の声が聞こえた。

『構いませんよ。電話が掛かってくるかもしれないと思って、少し前から待っていましたので。――訊きたいことというのは、今朝の吸血鬼に関するニュースのことですか?』

「はい。厳重に秘匿されているはずの情報をリークした人物のことが気になりまして」

『私を頼りにしてくれるのは嬉しいんですが、何でもかんでも知ってるわけではないんですよ?』

「すみません。ですが情報収集に関しては、我々の苦手としているところでして」

『確かに皆さん、完全なる前線タイプですからね。――まぁ、心当たりは、無くはないです』

 やっぱり、と厚志は思ったが口には出さず、無言で続きを促した。

『そのような機密事項をリークできるような人物となると、おそらく“七賢人”でしょうね』

「七賢人?」

 厚志が漏らしたその単語にミルココ達は首をかしげ、エリは世界史で学んだギリシャ七賢人を思い出していた。

『“The Seven Sages”と名乗っている組織があるそうです。さすがに正体までは分かりませんが』

「それは、どういう奴らなんですか?」

『“セイジ”の称号を持つ幹部が7人いるらしい、ということ以外は何も。もっともその情報すら、その組織の一員と思われる人物が面白半分に暴露したことなので、話の信憑性には疑問符が付きますが』

「そんな奴らが今回の騒動を起こしたということは、彼らは“人間主義者”ですか? あるいは、そういう奴らと繋がっている可能性は?」

『100パーセントの断言はできませんが、過去に彼らが関わった事件を見る限り“七賢人”はそういうイデオロギーや狂信とは無縁の存在でしょう』

 狂信はともかくイデオロギー(思想・観念)と無縁な組織など、普通に考えたら有り得ない。組織というのは何かしらの目的を達成するために複数人が協力して結成されるものであり、その目的には何かしらのイデオロギーが付き纏うものだ。

 しかし真夜の言葉を聞いた厚志は、すぐさまそれが有り得る可能性に思い至る。

「つまり“七賢人”のメンバーは、愉快犯的なメンタリティの持ち主ということですか?」

『さすが厚志さん、よく分かりましたね。――いえ、厚志さん()()()()()でしょうか?』

「…………」

 真夜の問い掛けに、厚志は答えなかった。

『“七賢人”のメンバーは、ある時には今回のように軍を相手取って社会を混乱させ、ある時にはその軍に協力する姿勢を見せたりします。協力といっても、ひどく一方的なものなんですけどね』

「確かにそんな行動からは、特定のイデオロギーに固執するというのは似つかわしくないですね」

『まぁ、そういうわけで、結局のところ“七賢人”のメンバーが犯人だとしても、その目的までは推し量ることはできません。お役に立てなくてごめんなさい』

「いいえ、こちらこそありがとうございます。――ところで、最後にもう1つだけ質問が」

『何ですか?』

 とても気さくに厚志の質問を了承した真夜だったが、

「真夜さんはその情報を、いったいどこから仕入れたんですか?」

『…………』

 実際にその質問を耳にした途端、電話口の向こうの空気が明らかに変わった。

『……厚志さん。秘密を持つ女性というのは、魅力的だとは思いませんか?』

「時と場合によりますね。その秘密が自分を脅かすものではないか心配になってしまっては、魅力よりも前に恐怖を感じてしまいますから」

 厚志の言葉に、真夜は実に楽しそうに「ふふっ」と笑った。普段から誰と話すときも笑みを絶やさない真夜だが、厚志と話すときはやけに子供っぽく笑うように感じる。

『心配には及びませんよ。“四葉”はいつだって、あなた達“プリティ☆ベル”の味方ですから』

 初代プリティ☆ベル・桃地美雪の登場から30年以上。それからというもの、互いに代が変わり続けても協力関係を続けてきた両名は、もはや“パートナー”の一言では言い表せない関係である。

 そんな関係でありながら、どうにも胡散臭さが拭いきれないのは、おそらく真夜の日頃の言動によるところが大きいだろう。それを完全に理解してなお自分の言動を改めようとしない辺りが、さらにその胡散臭さを加速させている。

『申し訳ありません、厚志さん。本当はもっとゆっくりと話したいところですが、何分用事があるもので。それでは、皆さんによろしくお伝えください』

 厚志の返事を待たずに、真夜は電話を切った。最後の最後まで、実に楽しそうな声だった。

「……まったく、どこで育て方を間違えたのやら」

 そしてそんな真夜を子供の頃から知っているミルココは、様々な感情が含まれていそうな溜息を吐いて、首を横に振りながらそう呟いた。

 そしてそんな2人の姿に、他の面々が苦笑いで応えた。

 

 

 *         *         *

 

 

「…………」

「…………」

 “和やか”と表現できなくもない雰囲気で朝食を食べ進める厚志家に対し、ファミリー向けのマンションを根城にしているリーナとシルヴィアは、非常にピリピリした空気の中で黙々と朝食を食べ進めていた。

 しかしそれは、2人が揃ってそのような雰囲気を醸し出しているからではない。むしろシルヴィアは朝食くらいもっと和やかに食べたい性分なのだが、いかんせん上司であるリーナが朝から怒髪天を衝く勢いで機嫌を悪くしているので叶わなかった。

 そんな彼女の視線の先には、例のニュースが頻繁に流れているテレビ画面があった。

「……シルヴィ、本部から報告は?」

「……現在、鋭意捜査中とのことです」

「成程。つまり何も分かっていない、ということですね」

「…………」

 その言葉を最後に再び沈黙を貫くリーナに、シルヴィは居心地悪くて仕方がなかった。しかし彼女は後方スタッフとして、リーナと生活を共にして公私にわたって支援を行う、という重大な任務の真っ最中である。逃げ出すなんて真似が許されるはずもない。

 そうしてしばらくの間無言の朝食が進み、リーナの目の前にある料理がほとんど片づけられた頃、リーナが思い出したように口を開いた。

「例の“大爆発”を引き起こした魔法師の正体は、まだ掴んでいないのですか?」

 もっとも、シルヴィアの気を紛らわせるような話題ではなかったが。

「……残念ながら、こちらもまだ特筆すべき成果は挙がっておりません。やはり秘密兵器だけあって、なかなか一筋縄ではいかないようです」

「我々が吸血鬼捜索に掛かりっきりなので、ぜひとも()()()()()には頑張ってもらいたいところですが……」

 リーナの言う“あちらの方”とは、彼女のように大学や高校に留学生として潜入するチームよりも一足早く日本を訪れ、魔法機器メーカーに潜り込んで捜索しているグループのことである。自分達の隣の部屋に住むミカエラ・ホンゴウもこのグループの一員であり、本郷未亜の偽名でマクシミリアン・デバイスという企業にセールス・エンジニアとして潜り込んでいる。

「そういえば、ここ最近ミアの姿を見ませんね」

「ここ数日、真夜中過ぎまで走り回っているみたいですよ。どうやら、機器を卸している大学の担当者に気に入られたみたいで」

「セールス・エンジニアはあくまで偽装なんですが……」

 口では苦言を呈している風のリーナだが、その口元にはほんの少し笑みが浮かんでいた。先程までピリピリした雰囲気だったのが幾分か和らぎ、シルヴィアはホッと胸を撫で下ろした。

「それにミア、今日は第一高校に行くようですよ。CAD調整用測定器の納入に同行するようです。――せっかくですから、ランチタイムにでも会ってみたらどうですか?」

「えっ?」

 シルヴィアからの提案に、リーナの表情がピシリと固まった。スターズの総隊長でありながら高校生をやっている自分を見られたくないという、或る意味授業参観に挑む子供のような心理の彼女だが、本人は学生経験がほとんど無いためにそれに気づくことはない。

 未知なる感情に戸惑うリーナを見つめるシルヴィの表情は、まさしく愛娘を見守る母親のようだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 魔法科高校という特殊な環境下においても、昼休みの光景というのは普通の高校と大差ない。教室で昼食を摂る者、学生食堂で昼食を摂る者、そして学校のあちこちで友人とのお喋りに興じている者と、現在の校舎内は実に賑やかな様相を呈している。

「…………」

「…………」

 そんな中、幹比古が古式魔法の自主練習をするときによく使う実験室に、美月とエリカの姿があった。そして2人は、非常にピリピリした空気の中で互いに向かい合って黙り込んでいた。

 しかしそれは、2人が揃ってそのような雰囲気を醸し出しているからではない。むしろ美月は一刻も早くそのような空気から脱却したいのだが、いかんせん目の前にいるエリカが朝から怒髪天を衝く勢いで機嫌を悪くしているので叶わなかった。

「……それでエリカちゃん、なんでそんなに機嫌が悪いの?」

 そもそも2人が現在ここにいるのは、朝から不機嫌オーラを撒き散らしていたエリカを見かねた美月が、昼休みになった直後にその原因を彼女に尋ねたところ、少々迷った素振りを見せた彼女に半ばむりやり連れてこられたためだ。

 にも拘わらず、いつまで経っても原因を話そうとしない彼女に、美月はいい加減痺れを切らして尋ねたのである。

「……吸血鬼事件、起こってるじゃん」

 エリカがそう切り出したことで、美月は彼女がここに自分を連れてきた理由に思い至った。おそらくエリカの話は、人の耳がある教室では話せない類のものなのだろう。

「実はレオが吸血鬼に襲われてから、ミキと一緒に吸血鬼の捜索をしてたんだけど――」

「えぇっ! エリカちゃん、そんな危ないことしてたの! 駄目だよ!」

「……あぁ、うん、ごめん。でも大丈夫、もう捜索したくてもできなくなったから」

「どうして?」

 美月が尋ねると、エリカは苦々しい表情を浮かべて、

「……でも和兄貴(かずあにき)が昨日突然『もう吸血鬼捜索はするな』って行ってきたのよ! そもそもアタシとミキが一緒に捜索することになったのだって、裏で和兄貴が変な気を回して糸を引いてたっていうのに!」

「……あぁ、だからそんなに機嫌が悪かったんだね」

 拳をプルプル震わせて愚痴を叫ぶエリカに、美月は苦笑いを浮かべて納得した。

 エリカのこの説明は、間違いなく事実である。

 しかし、それが全てではない。

 美月には話していないが、吸血鬼捜索にはエリカと幹比古以外に大田景もいた。というより、肝心の捜索も迎撃も景が1人でやってしまい、自分にはまるで良いところが無かった。強いて挙げるなら、何か怪しい仮面の魔法師に剣を振っただけ(しかも当たっていない)である。これが、エリカの機嫌を悪くする要因の1つ目だ。

 そして景と吸血鬼が接触した途端、今回の“捜索打ち切り”が告げられた。警察が吸血鬼を諦めるなんて有り得ず、上からの圧力というのも考えづらい状況である以上、あのタイミングで何かしらの状況が変化し、警察による捜索が必要無くなったのだとエリカは勘づいた。

 そこから考えられる“状況の変化”とは、ただ1つ。

 吸血鬼の居場所は、既に特定されている。

 もしかしたらこの前の吸血鬼との戦闘は、戦闘そのものよりも残りの吸血鬼の居場所を突き止めることが目的だったのかもしれない。大田景は元・プリティ☆ベルであり、厚志達とも繋がっている。おそらくあの時点で既に何かしらの作戦を立てていて、その作戦が功を奏したのだろう。ミルココの能力“双策敵手”(ツイン・レーダー)ならば、一度感知すればどこまでも追うことができるだろう。

 つまり自分は、自分の(あずか)り知らぬところで勝手に作戦に巻き込まれ、そしてそれを伝えられぬままに吸血鬼捜索から外されたのである。それも、自分達がよく知っていて、それなりに付き合いもあると思っていた人々に。

 ――“裏切られた”っていうのは、アタシの身勝手な感情なんだろうなぁ……。

 自分の実力が厚志家に居候している面々や達也たちに比べたら不足している、ということは否めない。だからこそ彼らは、下手に自分達を巻き込まないように配慮してくれたのだろう。

 だとしたら、そもそも吸血鬼捜索に参加すらさせないでほしかった。おそらく自分1人で動くことを見越した彼らが、吸血鬼捜索に名目上参加させることで満足させようとしたのかもしれない、というのは自分の被害妄想だろうか。

 と、エリカの思考がどんどん深みに嵌っていきそうになったそのとき、

「あっ、やっぱり」

 ドアを開けて顔を出すなりそんなことを口にした幹比古に、エリカと美月が怪訝な顔を向ける。

 それに気づいた彼は2人に近づきながら、手に持っていたビニール袋を軽く掲げた。

「はい、エリカはニンジンツナサンド、柴田さんはタマゴサンドだよね」

「あ、ありがとうございます」

「あら、随分と気が利くじゃない」

 このまま昼食を食べずに過ごそうかとも思っていたエリカは、若干機嫌が回復したように笑みを浮かべてそう言った。

 しかし、

「どういたしまして、と言いたいところだけど、これは達也からの差し入れだよ」

 幹比古のその一言に、エリカの機嫌は再び下降していった。それに気づいた美月が再びおろおろし、幹比古はなぜそんな反応なのか分からず首をかしげる。

 そして2人の見ている中、

「……ふふふっ。達也くんがそういう考えなら、こっちにだって考えがあるよ。こうなったら、むりやりにでも割り込んでやるんだから!」

「……えっ? どういうこと、エリカちゃん?」

「とりあえず、みんなの迷惑にならない範囲でね」

 フッフッフッ、と不気味な笑みを浮かべて決意を顕わにするエリカに、美月は何が何だか分からずに疑問の表情を浮かべ、幹比古は諦めたように大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 一方その頃、A組のクラスメイト(深雪は不在だ)と一緒に食事をしていたリーナは、この後の予定について考えを巡らせていた。昼休み終了まではまだ30分はあり、普段ならば友人達と食後のお茶を楽しむか、生徒会の臨時役員として顔を出したりする。

 しかし今日に限っては、もう1つの選択肢が存在する。

 ――やっぱりミアに会った方が良いかしら……?

 ミカエラ・ホンゴウとは隣人であると同時に、『日本の隠された戦略級魔法師を暴き出す』という共通のミッションを持つ同僚でもある。そんな彼女が第一高校にやって来るとなれば、情報交換という意味でも良い機会と言えるだろう。

 とはいえ、彼女はマクシミリアン・デバイスのセールス・エンジニアとしてやって来る。そんな彼女に、現在は一介の高校生でしかない自分が正面切って会いに行くのは不自然かもしれない。やはりここは動かずにいた方が良いかもしれない。後で連絡などいくらでも取れるのだから――

 ――って、まるでアタシがミアに会いたくないみたいじゃないですか。

 今まで抱えたことのない感情を持て余していることを自覚したリーナは、この感情を消し去ることも兼ねて彼女に会いに行くことを決めた。ちなみにリーナがこのように考え事をしている間も、友人から話を振られれば即座に相槌を返すことができる。潜入捜査については素人である彼女だが、この程度のことなら簡単にできた。

 やがて最後の料理を食べ終えて、てきとうな理由をつけて席を立とうとした、

 その直後、

 

「――――!」

 

 リーナは反射的に立ち上がりかけ、腰を少し浮かせたところで思い留まった。同席しているクラスメイトには座り直したように見えたらしく、幸いにも不信感を抱かれた様子は無い。

 当たり障りの無い愛想笑いを浮かべながら、リーナは胸の内の焦燥感を抑えながら辺りを見渡した。周りの生徒達に変わった様子が無いのは、おそらくそれが魔法的なもの――つまりサイオンの波動ではなかったからだろう。

 しかしリーナにとって先程一瞬だけ感じ取った異質な波動は、ここ数日間ですっかりお馴染みとなった感覚だった。

 この波動は、吸血鬼のものだ。

 その発生源がかなり近くだったことは驚きだったが、そのおかげで方角も大雑把にだが見当がついた。実験棟の裏手に位置する、普段生徒が使用することのない、業者が出入りするときに使われる資材搬入口だ。

  ――そうだ、ミアが危ない!

「すみません。少し用事を思い出したので、お先に失礼させていただきますね」

 丁寧な断りに完璧な笑顔を添えて、リーナは席を立ってその場を去っていった。

 

 

 

 第一高校の主校舎の屋上はちょっとした庭園になっていて、オシャレなベンチなども置かれている人気スポットだ。もう少し暖かい時期ならばお弁当を食べる場所として賑わいを見せるのだが、今のように冷たい風が吹き荒む時期だと生徒の姿はほとんど無い。生徒会役員などの一部の例外を除いてCADの携帯を許されていない生徒達の中には、わざわざ不慣れな“CAD無しでの魔法発動”を行ってまで屋上の食事にこだわる者はいないのである。

 だからこそエリの護衛の任務に就いているミルココ・リカルド・マッドの4人は、ここ最近は屋上で誰にも気づかれないようにコソコソする必要が無かった。達也と深雪とエリの3人が屋上へやって来たそのときも、4人は堂々とその姿を晒しながら柵の向こう側を見下ろしている。

「吸血鬼の様子は?」

「今、車が着いたとこ」

 達也の問い掛けにミルクが短く答え、深雪とエリは他の3人と同じように柵の向こう側を見下ろした。そこからは実験棟と、そこから門まで続く一本道がよく見渡せる。

 そして現在その門には、側面に“Maximilien Device Japan”とプリントされたトレーラーが1台停まっていた。そこから6人の男女が下り立ち、後ろの荷台へと集まって荷物を下ろす光景もばっちり見える。

 その男女を見つめながら、ココアが口を開いた。

「うん、間違いない。あの中に吸血鬼がいる」

「誰なのか特定できるか?」

「ちょっと待っててねぇ……。凄いな、こいつ。ここまで近づいてるのに、まだ靄が掛かったように気配がハッキリしない。――見つけた、()()()だ」

 ミルクはそう言って、6人の内の1人を指差した。

 そして達也はそれを受け、さてどうするか、と考え込んだ。

 いくら吸血鬼を特定できたとはいえ、そいつを殺してハイお終い、というわけにはいかない。殺してしまっては結局パラサイトは再び逃げ出してしまうし、それ以外の5人の社員がいる状況ではおいそれと手を出せない。下手をすれば戦闘に彼らを巻き込んでしまうだけでなく、色々と秘密の多い自分達にとって不都合な光景を見られる危険性もある。いざとなったら口封じに情報操作とやりようはあるが、正直もの凄く面倒臭い。

 と、やる気があるのか無いのか分からないことを達也が考えていると、

「あら、あれはリーナじゃないですか?」

 深雪が指差した先には、マクシミリアン・デバイスの社員達に近づいていくリーナの姿があった。標的に忍び寄っているわけでもなければ、真正面から特攻を仕掛けているわけでもない、何とも中途半端な彼女の様子に、達也たちは揃って首をかしげた。

「リーナの奴、何やってんだ? 相手が吸血鬼だって気づいてないのか?」

「もしかして、あの中に知り合いがいるんじゃないの? まさかリーナさんだけが潜入捜査をしているわけじゃないだろうし」

「……あぁ、そうっぽいね。今“ミア”って呟いたわ」

 遠くから見下ろしているにも拘わらずいとも容易く読唇で読み取ったココアに、達也は舌打ちでもしそうなほどに表情を苦く歪ませた。

 名前からして、おそらくその人物は女性だろう。トレーラーから降りてきた6人の中に女性はただ1人であることから、そいつが“ミア”ということになる。

 

 

 そしてその女性こそが、先程ミルクが断定した“吸血鬼”だった。

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