魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第82話 『綿密な下準備が“臨機応変な対応”を可能とするが、同時に妨げの原因ともなる』

 実習室で昼食を摂っていたエリカ達がその“異変”に気がついたのは、美月が眼鏡を外して苦しみ出したからだった。咄嗟に幹比古が呪符で霊的波動をカットする結界を張ったが、その際に外へと意識を向けたことで、霊的な存在が学校に侵入したことに初めて気がついた。

「まさか、こんな昼間からパラサイトが!」

「上等じゃない! 行くわよ!」

 今にも外へと飛び出そうとするエリカだったが、学校の規則により今はCADを持っていない。幹比古はルールの揚げ足を取るような形で呪符を携帯しているが、やはりCADが無ければ心許ない。

 なので3人はまず、一般生徒のCADを保管している事務室へと向かった。ほとんどの生徒は異変に気づいていないので、やけに慌てた様子の3人を訝しげに眺めていたが、そんなことを気にする余裕は今の3人には無かった。

「緊急事態です! CADの返却をお願いします!」

 事務室のカウンターに駆け込むや否や、幹比古が叫ぶように呼び掛けた。職員はその迫力に一瞬気圧されそうになるが、すぐさま平静を取り戻すと、

「まだ規定の時間ではないので、返却はできません」

「緊急事態だって言ってるでしょ! 春にテロリストが襲撃したときは返却されたでしょ!」

「あれは緊急事態だと認められたからです。今は異変を確認することはできませんので、CADは返却できません」

 職員の返事にエリカは声を荒げそうになるが、ここでふと思い出した。高校の事務員というのは基本的に、広域行政区庁(昔でいう都道府県庁)の職員が務めている。それは魔法科高校でも基本的に変わらず、なので魔法的な感覚に対して鈍感な、つまり一般の人々が事務員となるケースがほとんどだ。

 なのでテロリストが襲撃するような分かりやすい異変はまだしも、今回のようなケースに対応することができないのである。仮にも国の未来を担う魔法師の子供を預かる機関として如何なものか、と思わないでもないが、今回のような異変に気づけるような“優秀な人材”ならば、学校の事務員よりもむしろ教師として採用されるだろう。二科生に教師を充てられないほどに、魔法師の数には余裕が無いのだから。

 さてどうするか、とエリカが頭を巡らせ始めたそのとき、

「おまえ達、どうしてここに――成程、受信機も無いのによく気がついたな」

 普通の人間の何倍もの濃密な存在感を纏わせてやって来た克人に、エリカは思わず彼の道を空けるようにカウンターから離れた。彼女は基本的に先輩後輩という関係にそれほど重要視していないが、そんな彼女でも克人には一目を置かざるを得なかった。

 そしてエリカが空けたスペースに滑り込むようにして、克人はカウンターに手を置いて身を乗り出した。たったそれだけの動作で、職員が息を呑んで圧倒される。

「緊急事態につき、CADを返却願います」

「し、しかし、今はまだ規定の時間では――」

「緊急事態です」

 エリカ達と同じ台詞で拒否しようとした職員を、克人はその一言で黙らせた。

「事は一刻を争います。放置すれば、重大な結果を招く恐れがあります。――CADの返却を」

「……は、はい」

 いい大人であるはずの職員が高校生に気圧されるという光景だが、よほど肝の据わった人物でなければ彼のプレッシャーをはね除けるなんて真似はできないだろう。

「この3人は、俺のアシスタントです。3人のCADも返却願います」

 とはいえ、やはり少々情けない姿ではあるが。

 

 

 

 プルルルルル――。

 すっかり顔を青くした職員からCADを返してもらった直後、エリカの携帯端末に着信が入った。

「まったく、こんなときに……」

 エリカは文句を言いながらポケットからそれを取り出し、画面に“司波達也”と表示されているのに気づいた瞬間、目の色を変えてすぐさま電話に出た。

「もしもし、達也くん! 今――」

『分かっている。俺達は今、校舎の屋上で吸血鬼を見張っているところだ。エリカは今どこにいるんだ?』

「事務室でCADを返してもらったとこ」

『よし、グッドタイミングだ。――エリカ、頼みがある』

「……頼み?」

 エリカがそう訊き返したときの声は、若干上ずっていた。

『この通話が終わった後に写真を送る。そいつが吸血鬼だ。そいつは今、実験棟裏の業者用入口からマクシミリアン・デバイスの社員として潜入したところだ。そいつが見える場所まで移動したらそこで待機して、俺が合図したら一気に突っ込んでそいつを叩き伏せてくれ。くれぐれも、殺さないように注意してくれ』

「……あたしじゃなくても、達也くんたちがやれば良いんじゃないの?」

『吸血鬼の周りには一般の社員がいるし、そうでなくても学校には監視カメラが幾つもある。そちらへの対処もするつもりだが、万が一にも見られたら困る。――だからエリカに頼みたい』

「――――!」

 その言葉に、エリカの肩がピクリと跳ねた。

『勝負は一瞬だ。一瞬でケリをつけるのが望ましい。だからこの場では、最もスピードのあるエリカが適任だ。――引き受けてくれるか?』

「……もう、仕方ないなぁ! そこまで達也くんに頼まれちゃったら、断るわけにはいかないよねぇ!」

 口では嫌々ながらといった感じだが、その表情はどう見ても嬉しそうだった。まるで待ち焦がれた恋人からの連絡が来たかのような反応に、美月はよく分からないながらも本人が嬉しそうなので良しとして、克人は本当に訳が分からずに無表情のまま首をかしげている。

 そして残る幹比古は、

「……何か達也の掌の上で踊らされてる気がするのは、僕の見方が穿ちすぎてるだけかな?」

 けっして彼女には聞こえない音量で、苦い表情を浮かべてそう呟いた。

 

 

 *         *         *

 

 

「さて、こっちはこれで良い。後は――」

 エリカとの電話を切り、吸血鬼である女性の写真を彼女に送信した達也は、隣のエリへと視線を遣った。

 彼女が耳に当てていた携帯端末が通話状態になったのは、その直後だった。

「あっ、真由美さん。やっと繋がった」

『エリちゃん! 今、実験棟の資材搬入口付近で――』

「うん、分かってる分かってる。今いるとこ。それで真由美さん、その辺りの監視装置のレコーダーをオフにしてくれる? 色々見られると都合が悪いんだよ」

『……分かったわ、ちょっと待っててね』

 特に理由を訊くこともなく、真由美はエリの申し出を了承した。生徒会の役員になったときから“十師族の令嬢”という立場を利用して好き勝手にやってきた彼女ならば、学校内のセキュリティシステムに干渉することくらい訳無いだろう。

 仮にも一端の生徒が持つ権限としては常軌を逸しているが、十師族の権力が届く魔法科高校ならではの現象であり、さすがに街中のカメラではこう簡単にはいかないだろう。

『――はい、切ったわよ』

「ありがとねー」

 何とも軽い礼を述べて、エリは電話を切った。

 それを受けて、達也は次に後ろへと視線を遣った。

 そこではリカルドが、自身の武器である50口径対物狙撃銃の準備を整えていた。

「どうですか、リカルドさん」

「良いぜ達也、いつでもオッケーだ」

 リカルドはそう言って狙撃銃の整備を終えると、業者用入口から実験棟資材搬入口の間で固まっているマクシミリアン・デバイスの社員達へと向ける。

 それを受けて、達也は再び携帯端末を取り出して電話を掛けた。その相手は、エリカである。

「エリカ、今どこにいる?」

『事務員用の入口近く。ばっちり見えてるよ』

「よし。それじゃカウントダウンを始めるから、ゼロになった瞬間に吸血鬼に特攻を仕掛けろ」

『オッケー、任せてよ』

 電話で声を聞くだけでも分かるくらいに、今のエリカは闘争心に充ち満ちていた。おそらく彼女の表情は、飢えた肉食獣が獲物を見つけたときのように獰猛な笑みを浮かべていることだろう。動物は笑顔を見せないのでこの例えは不適切かもしれないが、ニュアンスとしては適切だ。

 達也の背後で、ジャキンッ、という金属を嵌め込んだときの音が聞こえた。達也はもはや後ろへ目を遣ることもせずに、ただじっと吸血鬼の動向を見守っている。

 彼女は現在、恐る恐るといった感じでこの場にやって来たリーナと何やら会話をしていた。といっても、2人は腕を伸ばせば届くほど密着しているわけではなく、大股で数歩ほどの間隔がある。

「あ、そうだ。忘れていた」

 ふいに、達也が思い出したように口を開いた。

『どうしたの、達也くん?』

「エリカ、特攻するときに煙を吸い込むなよ」

『えっ? ちょっと待って、どういう――』

「3」

 エリカの戸惑う声を無視して達也がカウントダウンを始めた瞬間、リカルドが引き金を引いたことで銃口から筒状の金属塊が勢いよく飛び出した。

「2」

 金属塊は風によってほんの少し軌道を逸らしながら、吸血鬼とリーナのちょうど中間辺りに着弾した。コンクリートと金属の衝突する音によって、2人が同時にその金属塊に気づく。

「1」

 しかし2人がそれの正体に気づく直前に、先程着弾した金属塊から真っ白な煙が勢いよく吹き出した。それはあっという間に付近一帯を包み込み、1メートル先も満足に見渡せないほどの世界へと変貌を遂げる。

「0」

 そしてそんな状況の中、達也はカウントダウンを終えた。

 

 

 

「成程、そういうことね!」

 目の前で起こった出来事に一瞬頭が真っ白になりかけたエリカだったが、すぐさまこの混乱に乗じて吸血鬼を一気に叩き伏せること、そして煙自体に催眠などといった何かしらの効果を仕込んでいることに思い至り、彼女は既に狙いを定めていた吸血鬼の女性へと迷うことなく一直線に向かっていった。

 たとえ視界が塞がれていたとしても、魔法を行使すればその気配を辿って存在を気取られる可能性がある。なのでエリカは自己加速術式の類を一切使わなかったのだが、それでも彼女のスピードはとても常人には対処できないほどのものだった。

 そのスピードを維持したまま、エリカは煙の立ち籠める空間へと侵入した。達也の忠告に従って呼吸を止めるが、そのままでも気体は口の中に入り込む恐れがあるので、舌の根っこ部分で喉を完全に塞いでいる。

 そして頭に叩き込んでいた吸血鬼の立ち位置にまで辿り着いた瞬間、エリカはCADと一体になっている小太刀を一気に振り下ろした。ここまで近づけば、うっすらとだが相手の姿を確認することができる。

 そんな最悪の視界の中、目の前にいる吸血鬼は、エリカの小太刀をCADも使わずに素手で受け止めていた。驚きの表情を浮かべるエリカだったが、吸血鬼の異常性を考えれば有り得ないわけではないので、思考を停止させるほどのものではなかった。

『エリカ、後ろ!』

 だからこそ、耳に装着していたイヤホンから聞こえる幹比古の声と同時に、エリカは後ろを振り返る勢いで小太刀を横に薙いだ。

 ギンッ!

 金属同士がぶつかり合う音と共に、エリカの小太刀が伸縮型の警棒によって行く手を阻まれた。

 その警棒を握っていたのは、鋭い目をこちらへと向けるリーナだった。

 それと同時に、周辺を覆い隠していた煙が風に乗って一気に晴れた。大きく後ろに飛び退いてエリカと距離を取ったリーナは、ふと周りを見渡して、ミカエラと共にやって来たマクシミリアンの社員が地面に倒れ伏していることに気がついた。

 そしてリーナと吸血鬼だけが、そんな状況の中で平然と立っていた。そしてリーナはその吸血鬼を庇うようにエリカの前に立ち塞がり、警棒を構えながら鋭い目を向けている。

「……エリカ、どういうこと? いきなり民間人に襲い掛かるなんて」

 彼女の言葉に、エリカは明らかに小馬鹿にするように鼻で笑った。

「はっ! 随分と白々しいんじゃないの? そちらの吸血鬼さんのお仲間のくせにさぁ」

「吸血鬼? 何を言っているの? 私は怪しい気配がしたから、ここにいる民間人を避難させようと――」

「あらあら、言い訳がお粗末なんじゃないの? その民間人の中で唯一眠らずに立っているその女こそが、吸血鬼だっていうのに!」

「――まさか、ミアが吸血鬼だなんて!」

 リーナにとってミカエラはあくまでチームメイトであり、隣の部屋に住んで時々お茶を飲んだりお喋りをする程度の間柄でしかなかった。しかし、いや、だからこそ、自分と共にミッションに参加していたメンバーが吸血鬼となっていた事実を、リーナはすぐさま信用することができなかったのである。

 だが、咄嗟にミカエラへと視線を向けたリーナは、彼女が無実を訴えるでもなく悔恨を告げるでもなく、ただ目の前の敵を警戒する非人間的な目を自分に向けていたことで、その事実を認めざるを得なかった。

 その直後、リーナへと視線を向けた一瞬の隙を突いて、エリカがミカエラへと肉迫した。

 そして水平に走った刀を防ごうとしたミカエラの手をかいくぐり、次の瞬間には彼女の胸を()()()()()貫いていた。

「――――!」

 その結果に、ミカエラは信じられないと言いたげに、自分の胸に突き刺さった小太刀を見下ろしていた。魔法を学んでいるとはいえ根底には剣士であるエリカの技術は、彼女本人からしても手品のようにしか見えなかったことだろう。

 しかし表情を引き締めたのは、エリカの方だった。第六感とも言うべき直感で危険を察知した彼女は、ミカエラの腹を蹴りつけて刀を引き抜くと、その勢いも使って軸足でジャンプして後ろへと大きく飛び退いた。鉤爪(かぎづめ)状に曲げられたミカエラの指が、角錐状の力場を纏いながら彼女の残像を薙いだのは、その直後のことだった。

 そうしてエリカと距離を取ったミカエラは、リーナの見ている目の前で、小太刀で貫かれた胸の穴を瞬く間に塞いでいった。

「治癒魔法! あんな致命傷を、一瞬で塞ぐなんて!」

「……どうやら、正真正銘の化け物のようね」

 リーナが愕然とした表情で声をあげ、エリカがミカエラを睨みつけながら引き攣った笑みを浮かべる。

 そして、

 

 

「だったら、これはどうかしら?」

 

 

 どこからか少女の声が聞こえてきた次の瞬間、ミカエラを包み込むように白い霧が現れた。氷の粒が太陽の光を反射してキラキラと輝き、その中心にいる彼女を荒れ狂う冷気と同じ色に染め上げていく。

 物理的にも魔法的にも抵抗する時間を与えられることなく、ミカエラはその姿勢のまま凍りついていった。

「この魔法って……」

 エリカがそう呟きながら、気配のした方へと視線を向けた。

 そこには凛とした立ち振る舞いでこちらへと歩いてくる深雪と、そんな彼女に付き従うように歩く達也だった。“お姫様と騎士”というフレーズが一瞬で思い浮かび、そしてそれが何の疑問も無くストンと腑に落ちたことに、エリカは思わず笑みを漏らしていた。実際はどちらが付き従っているか、というのは別にして。

 一方リーナは2人を見て、緊張を隠しきれずに息を呑んだ。そしてこっそりとシルヴィアに、手の空いているソルジャーに増援を頼むよう指示を出した。そして達也がこちらに目を向けているのに気づき、彼女が「カット」と囁いたことでシルヴィアの魔法が切れた。

 その際に周りを改めて見渡したことで、この場に姿を現したのが司波兄妹だけでないことに気がついた。エリカが飛び出してきたと思われる方向から、吉田幹比古と柴田美月と十文字克人が歩いてくるのが見えた。特に克人は日本上陸前の調査でも要注意人物と目されてきただけに、リーナの緊張度も跳ね上がっていく。

「悪いな、リーナ。知り合いなのかもしれんが、彼女は貰ってくぞ」

 リーナの前で立ち止まった達也は、氷の彫像と化したミカエラを指差してそう言った。

「……で、彼女を連れて行ってどうするつもりなのかしら?」

「こいつを実験台にして色々調べた後に“処分”することになるだろう」

 ミカエラが吸血鬼だったとしても、見た目には人間と何ら変わりない。なので普通ならば“実験台”だの“処分”だのといった言葉に対して、理屈ではともかく心情的には多少なりとも嫌悪感を抱くのが当たり前だとリーナは思っていた。

 しかしリーナの見たところ、達也はそれらに対して嫌悪感の類を一切抱いていない。偽悪的な振る舞いを見せているとも思えない実に自然体な彼の言動に、リーナはぞくりと背筋に寒気が走った気がした。

「悪いが、余計なことはしないでもらえると助かる。()()()()()()()()()()()()に対しても、そう言っておいてくれ」

「…………」

 明らかな“忠告”に、リーナはキュッと唇を引き結んだ。何か言いたげであるが、下手に発言して自分の首を絞めることは避けるべきだ、という考えによって喉の奥で踏み留まっている。

 そんな2人の会話を、深雪を始めとした周りの面々が見守っていた。傍目には後からやって来たように見える彼であるが、今回の捕り物をセッティングしたのは彼に依るところが大きい、というのが全員の共通認識だ。おそらく屋上にいる面々を代表してやって来たであろう彼に、今は事の成り行きを任せることにした。

 と、そんなときだった。

 

 

「――みんな、危ない!」

『――達也、後ろ!』

 

 

 最初に気づいたのは、精霊を飛ばしていたことでその場を俯瞰的に見ていた幹比古、そして元来の特殊な目を使って物理的に俯瞰していたミルココだった。

 達也はイヤホンを介したミルココの声で、それ以外は幹比古の声に反応した。突如展開された放出系魔法による放電を、克人が障壁魔法を展開して阻み、達也が対抗魔法で消滅させた。

 その放出系魔法は、ミカエラから発せられたものだった。しかし彼女は深雪によって凍りついたままであり、普通に考えれば意識の無いこの状態で魔法を展開するなんて有り得ない。

 しかしそんな常識は、彼女の氷像が激しい閃光に包まれたことで覆された。

「――自爆っ!」

「伏せろっ!」

 悲鳴をあげるリーナに、咄嗟に指示を出す達也と克人。達也が深雪を庇い、幹比古が美月を庇い、克人・リーナ・エリカが体を丸めて防御姿勢を取る中、ミカエラの体から放たれた光が氷を突き破って自身の体を包み込み、その光が炎へと姿を変えた。

 全員が唖然とする中、ミカエラの体はまるで紙のように一瞬にして燃え尽きた。そして灰が舞い散る以外に何も無いはずの空間から、現代魔法独自の青白い光を纏った雷が襲い掛かってきた。

 深雪の背後に生じた閃光は、彼女が振り返るよりも早く達也が消し去った。

 エリカの頭上に生じた閃光は、深雪が作り出した氷の粒に帯電したことで消えた。

 克人の障壁が電光を阻み、リーナのプラズマが電撃を蹴散らした。

 雷といっても、本来の秒速10万キロメートルには遠く及ばない。せいぜいクロスボウから射出される矢くらいの速度であるし、その大きさもゴルフボールくらいでしかない。しかしそれでも至近距離から放たれれば避けるのは困難であり、同時に10発ほど食らえば簡単に死に至る。

 ――成程、これが“パラサイト”か!

 達也の“視界”には現在、様々な物質や自然現象に関する情報が記載される“情報の海”が広がっている。サイオンで編まれた魔法式の情報を読み取ることで、ランダムに発生しているように思える放電の兆候を察知している。

 しかしそんな達也の“眼”を持ってしても、パラサイトは霊子(プシオン)の塊にしか見えなかった。よって構造を認識することができず、得意の“分解”を行使することができない。そもそも物質次元との座標が明確に定義されていないせいで、情報次元では視認できるパラサイトが現実世界のどの座標に対応しているのかを知る手段が無い。

 だが、打つ手は残されている。

 

 

「エリカの頭上2メートル、右寄り1メートル、後ろ寄り50センチ!」

 

 

 その叫び声が聞こえてきたのは、校舎棟の屋上からだった。

 そしてその直後、声がしたのと同じ場所から達也たちのいる場へと下り立ったのは、分厚いコートを身に纏った大柄な男――マッドだった。

「みんな、伏せて!」

 驚く面々(特に驚いていたのはリーナだった)を尻目に、マッドは叫びながら短冊状の白い布を自身の体から発射した。白い布はまるでそれ自身が意思を持っているかのように伸びていき、何重にも折り重なって地上から2メートルほどの高さに即席の屋根を作っていく。

 まるで、パラサイトから全員を隔絶するように。

 そしてマッドの言葉で咄嗟に地面に座り込んだ達也たちだが、克人だけは座り込んだ姿勢で障壁魔法を展開した。それはマッドが作り出した布の屋根に纏わり付き、その屋根の防御力を上げる役目を果たした。

「うっし! マッド、しっかり守っとけよ!」

 一連の行動が完了した瞬間、校舎棟の屋上からそのような声が聞こえた。

 地上にいる全員はマッドの屋根に阻まれて見えないが、そこではリカルドが先程も使用した50口径対物狙撃銃を構えていた。狙いは達也たちを狙うパラサイトだが、人間と同じ目を持つ彼には当然そいつの姿が見えない。

 しかしリカルドは銃を構えた次の瞬間には、何の迷いも無く引き金を引いていた。銃口から銃弾が射出され、風によってほんの少し軌道を逸らしながら空を引き裂いて突き進んでいく。

 そしてその銃弾は、先程ミルココが叫んだ座標――リカルドには何も無い空間にしか見えないその箇所へと、寸分違わず到達した。

 そして次の瞬間、凄まじい爆発が起こった。

 爆発の衝撃が周辺の空気をビリビリと震わせ、周囲の窓ガラスを1枚残らず粉砕した。その衝撃がマッドの白い布+克人の障壁魔法にも襲い掛かり、その威力に2人が揃って苦悶の表情を浮かべる。これでも普段の攻撃より格段に威力を落としているのだから、我が兄ながら凄まじい攻撃力だ、とマッドは今更ながらに感心していた。

 そして爆発による煙が晴れた頃、達也たちを苦しめていた放電は無くなっていた。

 ミルココの2人が、屋上の柵に寄り掛かって周囲を見渡す。

「……どう、ミルココ?」

「とりあえず達也たちの周辺にそれっぽい奴はいないけど、ぶっちゃけ消滅したかどうかは分かんないなぁ。これだけ近づいても気配がハッキリしなかったから、今のを食らって弱ったとしたら、存在を感知できなくなるほど希薄になったとしても不思議じゃないし」

「つまり殺したか逃がしたか分かんねぇ、ってことか。全員が無事だっただけでも良しと考えるしかねぇな……」

 そう言うリカルドの声に、覇気は無かった。

 今回の遭遇戦はこちらから仕掛けており、向こうに戦闘の意思があったかどうか定かではない。必ずしも不可避ではなかった戦闘において、犠牲者を出さないというのは最低ラインである。

 第一目標は敵の捕獲、第二目標は敵の滅殺、それが無理なら敵勢力の全容を解明するための有力な手掛かりを得ること。これができて初めて、今回の作戦が“成功”だったと言える。

「――完敗だね」

 エリの冷静な一言に、誰も反論することができなかった。その意思も無かった。

 

 

 

「ねぇ、達也くん。こいつ、どうするの?」

 ミルココ達と同じ結論に達したエリカが、見るからに機嫌を悪くしながら問い掛けた。その鋭い視線はリーナへと向けられており、その言葉を皮切りに残る全員の視線が彼女へと向いた。

 7対1という圧倒的不利な状況下に、さすがのリーナも緊張を隠し切れなかった。

 しかし達也はそんな彼女を見て、フッと笑みを漏らすと、

「残念ながら、リーナと吸血鬼を仲間と結びつける明確な証拠が無い」

「――でも達也くん! こいつはあのとき――」

「確かに疑わしい。だが決定的とは言えない。今ここで無理をしてまで追及することではない」

「でも――」

 それでも食い下がろうとするエリカを、達也は右手を掲げて掌を彼女に向けて制した。

 意地の悪い笑みと共に。

「待て、エリカ。気持ちは分かるが、残念ながら時間が無い」

 達也はそう言って、周囲を見渡した。それに倣って周囲を見渡した全員が、無惨にボロボロになった窓ガラスを見て顔をしかめていた。

「いつまでもここにいたら、騒ぎを聞きつけてやって来た教師や他の生徒に注目される。それに、そろそろマクシミリアンの社員に対する催眠の効果も切れる頃だ。下手をすれば大パニック、間違いなく俺達は事情を訊かれることになるだろう」

 というわけで、と達也は前置きして、その視線を再びリーナへと向けた。

「リーナ、ここはおまえに頼もう」

「――――へっ?」

 自分の予期せぬタイミングで自分の名前が出たことで、リーナは思わず素っ頓狂な声をあげた。

「もうすぐここに、彼女の()()()()がやって来る。おそらく彼らなら、この場を上手いこと取りなしてくれるだろう」

「えっ? ちょっと、タツヤ――」

「というわけで、行くぞ」

 達也がそう言って踵を返すと、彼の決定が全ての深雪は何の迷いも無く彼の後をついていった。そしてそれから一瞬のラグを経て、エリカと克人とマッドの3人がそれぞれ別方向へと走っていった。そしてさらにそこから一瞬のラグを経て幹比古と美月がその場を去っていった。

「……えっ」

 この場へと近づいてくる大勢の人の気配を感じながら、周りの地面に転がるマクシミリアンの社員を眺めながら、たった1人残されたリーナが戸惑いの声を漏らした。

 彼女の声は、誰もいない虚空へと消えていった。

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