魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第84話 『何だかんだいって、やっぱりチョコは欲しい』

 巷では吸血鬼事件が未だに話題となっているし、事件の黒幕が厚志達にとって因縁の相手である可能性も出てきた。近い内にパラサイトの一斉捕獲作戦が遂行されることが決定され、各々がそれに向けて静かに牙を磨いている。

 しかしそんなときであっても、達也たち学生組の日常はさほど変わらない。朝早くに家を出て学校へ向かい、昼食を挟んで勉学に励み、授業が終われば部活動で汗を流したり更なる勉学で自己研鑽を図り、夕方頃に家へ戻って自分の趣味や更なる勉学に時間を費やし、そして就寝する。

 そして、季節のイベントに心躍らせる。

「それでは今から、バレンタインデー対策会議を始めます」

 昼休みの生徒会室。

 中央のテーブルの議長席に腰掛け、両肘をテーブルについて手を軽く握り顎を乗せた(ついでに目を心持ちキリッと鋭くする)エリの言葉を皮切りに、他にそのテーブルに着いているメンバーが小さく拍手をした。

 ちなみにそのメンバーは議長のエリを筆頭に、深雪・エリカ・美月・ほのかといった、つまりはいつもの1年女子グループだった。そして生徒会室の主であるはずのあずさと啓、そして臨時生徒会役員のリーナは、部屋の端にあるパソコンの置かれたテーブルへと追いやられている。

「あ、あのー、深雪さんとほのかさんは仕事をしてほしいんですけど……」

 恐る恐るといった感じに、あずさが2人に呼び掛けた。生徒会長なのだからもっと堂々と命令して構わないのだが、こればっかりは元来の性分が邪魔しているのだろう。

「あっ、あずささん! あずささんは誰にチョコを渡すの? 服部さん?」

「ふえぇっ! な、なんで服部くんの名前がそこで出てくるの! 服部くんは別にそういう関係じゃないし、私は別に誰にチョコをあげるとかそういうのは――」

 そんなだから、あっという間にエリにしてやられていた。顔を真っ赤にしてあたふたと慌てるあずさの脳内から、深雪とほのかに仕事をしてもらうという目的がすっかり抜け落ちていた。もっとも、急ぎの仕事が無いからこそ2人はこうして会議に参加しているため、それによって生徒会の仕事が滞ることは無い。

「ねぇ、エリちゃん。こういうのって、女の子だけで喋るから楽しいんだよね? 僕は席を外した方が良いのかな?」

 その代わりというわけではないが、啓が少しずれたようなことを気に掛けながらエリに尋ねた。

「あっ、啓さんはいても大丈夫だよ。どうせ啓さんにはチョコ渡さないし」

「……いや、別に良いんだけどね。あまりにも直球で“チョコあげない宣言”されると、こちらとしても少し傷つくというか――」

「それじゃ啓さん、花音さん以外の女の子からチョコ欲しいの? もし貰ったりしたら、花音さん、凄く怒ると思うんだけど」

「…………、うん、僕は結構かな……」

 容易に想像できてしまったことに啓は苦笑いをしてチョコを辞退しながら、信じ切れなかった許嫁に対して心の中で頭を下げた。

 そのような遣り取りの後に、会議はスタートした。

「んで、みんな誰にチョコあげるの?」

 エリのストレートな質問に、最初に答えたのはエリカだった。

「とりあえず達也くん・ミキ・厚志さん・リカルドさん・マッドさん……と仕方ないからレオにも渡すとして、問題は“ウチ”の男共なのよねぇ」

「ウチのっていうのは、エリカちゃんの道場の?」

「そうそう。あげないと拗ねちゃうような奴が何人もいるし、そういうのに限って腕が立つから無視もできないし……」

「欲しい人にだけあげれば?」

「そうすると『不公平だー!』って騒ぎ出すお調子者がいるのよ。普段は全然纏まらないくせに、こういうときだけ一致団結しちゃってさぁ」

「それで、結局どうしてるの?」

「一応“門下生との親睦のため”って名目で親からお金は出るから、女の子のお弟子さんと一緒に買い出しに行くんだけど……。それだけでも面倒臭くって、その度に『この世からバレンタインなんて無くなれ』って思ってるわ」

 そのときのことを思い出してきたのか、エリカは話しながらみるみる機嫌を悪くしていた。

「へぇ、大変なんだねぇ……。――幹比古くんも、女の子のお弟子さんからチョコ貰ったりするのかな……」

 しかし美月のぽつりと呟いた後半部分の台詞に、エリカの表情が瞬時に悪戯を企む笑みへと変わった。

「あらあら、美月ちゃーん。そんなにミキのことが気になるのー?」

「そ、そういうんじゃないってば!」

 そして期待通りの反応を示してくれた彼女に、エリカはすっかり機嫌を良くしていた。

 そんな遣り取りを無視して何やら考え込んでいたエリが、会話に区切りがついたタイミングで口を開いた。

「そんなに量が多いんだったら、いっそのこと作っちゃった方が安上がりじゃない?」

「えぇっ? いやいや、それこそ無理でしょ。作るのだって手間だし」

「そんなことないよ。私も前に作ったことあるけど、トリュフチョコとかだったら結構簡単に作れるし、大量生産だってできるよ。基本的に溶かして固めるだけだし」

「へぇ、そうなんだ……。それだったら、やってみようかな」

「うん、一緒に作ろうよ! ――美月さんも一緒に作る?」

「うん、せっかくだし今年は作ってみようかな」

「頑張ってね、美月。ちなみにミキの好物は抹茶味だから」

「もう、エリカちゃん!」

 再び顔を真っ赤にして声をあげる美月に、エリカは悪びれる様子も無くにんまりと笑い、ほのかもそれに釣られて笑い声をあげた。

 そんなほのかの態度に、美月は唇を尖らせながら、

「……ほのかちゃんは、誰に本命チョコをあげるの?」

「――ふえっ!」

 その瞬間、美月とほのかの立場が逆転した。そしてそんな面白い場面を、エリカが見過ごすはずもない。

「そうだよ、ほのか! せっかくのバレンタインなんだから、普段胸の奥にしまっている厚志さんへの想いを、思いっきりぶつけるのよ!」

「えっ! そんな、エリカちゃん! 厚志さんへの想いなんてそんな――」

「そうだよ、エリカさん。全然胸の奥にしまってなんかないよ。むしろ駄々漏れだよ」

「ちょっ、エリちゃん!」

「そういえばボディービルダーにとって、チョコってどうなんでしょう?」

「食べ過ぎなければ大丈夫じゃない? 糖分はトレーニングの疲労回復に効果あるだろうし」

「それじゃ達也くんたちには、あたしと同じトリュフチョコでお茶を濁して、厚志さん用の本命チョコに気合いを入れようじゃないの!」

「ほ、本命チョコ! いや、あの、その――」

 チョコ作りという話題で和気藹々と喋る4人を、リーナはぼんやりとした顔つきで眺めていた。

 それに気づいたのは、そんな4人を少し距離を置いて眺めていた深雪だった。

「どうしたの、リーナ? チョコをあげる日本の文化って、やっぱり珍しく見えるの?」

 深雪に尋ねられたリーナは、一瞬驚いたような顔を見せたものの、すぐさま気を取り直すように澄まし顔になった。

「別にそんなことないわよ。“バレンタインデーチョコレート”は有名なジャパンカルチャーだし、ステイツでも真似してる子は多いわ。クラスでもその話で持ちきりだし」

「そういえばそうね。それで、リーナは誰かにあげたりするの?」

 深雪がそう尋ねた瞬間、リーナは露骨に顔をしかめた。

「……ミユキも、それを訊くのね」

 100年前の女子も抱いていた(そして100年後も消えることはないであろう)好奇心の犠牲者となったらしいリーナの深い溜息に、深雪は苦笑いで応えるしかなかった。

「……別に、誰にもあげないわよ」

「あら、義理チョコも? それとも義理チョコの習慣は伝わらなかった?」

「知ってるわよ、それくらい」

「あげると喜ぶ人もいるんじゃない? 例えば、留学したときにお世話になった人とか」

 深雪の質問に、リーナは何か裏を感じて軽く睨みつけてしまった。しかし彼女の表情からは、ちょっとした興味以外の感情は読み取れなかった。

「……ワタシが個人的な贈り物をしたら、色々と問題が発生するのよ」

「あら、人気者は大変ね」

「……人気者っていうなら、ミユキの方が凄いじゃない。そんなミユキは誰にあげるのかしら? やっぱりタツヤ?」

 分かりきったことをわざわざ尋ねた、といったニュアンスでリーナが口にしたその質問に、

「何を言ってるの、リーナ。お兄様と私は兄妹なのよ。実の兄を相手に本命チョコなんておかしいでしょ?」

「…………」

 成程、これが“二の句を告げない”ということか、とリーナは日本語の慣用句をその身で実感することとなった。

 

 

 *         *         *

 

 

 エリ達が生徒会室で会議をしている間も、ミルココとリカルドとマッドの4人はエリの護衛として校舎の屋上に待機していた。いつ来るか分からない敵に備えて何時間も警戒しなければいけない、非常に根気の要る重要な仕事である。

 そんな彼らは現在、4人で顔を付き合わせて座り込んでいた。その表情は真剣そのもので、戦闘しているときと大差ないほどの緊張感に包まれている。呼吸する暇も惜しむかのように歯を食いしばり、全神経を眼前の“それ”に集中させている。

 そして、本人達にとっては永遠にも感じる数分間が終了し、

「っしゃあ! 私1位ぃ!」

「くっそぅ、やっぱあのキャラ復帰力低いわぁ……」

「ふぅ……、間一髪逃げ切ったか……」

「あぁもう! みんな容赦無さ過ぎ!」

 その手に握りしめていた携帯ゲーム機から目を離し、各々がその感情を爆発させた。ちなみに上からココア、ミルク、リカルド、マッドの順番である。

「んじゃあ、私はハンバーグ弁当ね!」

「私は焼肉弁当!」

「俺はスタミナ丼に巻き寿司な!」

「はいはい、分かったよ。……兄者、そんなに食べたら太るよ」

 先程の対戦型アクションゲームで最下位となったマッドは、ズボンのポケットを上から叩いて財布があることを確認しながらゆっくりと立ち上がった。

「あ、あと何かデザート。パフェ的なやつ」

「あ、それじゃ私も」

「俺も」

「みんな、ここぞとばかりに……。――じゃあ、行ってくるよ」

 身に纏っていた厚手のコートをモモンガのように広げて屋上から飛び立っていったマッドに、3人は手を振って「ダッシュで買ってきてねー」と良い笑顔で送り出した。やがてマッドが第一高校から少し離れた街中に下り立ったのを確認すると、3人は近くにあったベンチに腰掛けた。

 今はまだ屋上に3人以外の姿は無いが、あと1ヶ月もすれば暖かい日もちらほら出てくるようになり、この屋上でも昼食を摂る生徒達の姿を見掛けることになるだろう。そうなれば彼女達は数ヶ月前と同じように、こそこそと隠れながら昼食を摂る日々が始まるに違いない。

 と、時節に想いを馳せた辺りで、ふいにリカルドが口を開いた。

「そういや、そろそろバレンタインだな」

「何よ、リカルド。いくらアピールしたって、チョコはあげないわよ」

 間髪入れずにばっさりと切り捨てたミルクに、リカルドは大きな溜息を吐いた。

「何だよ、どうせ厚志さんや達也たちにチョコ配るんだろ? だったらついでに俺にもくれたって良いじゃねぇか」

「あんたは本命チョコ貰えるから良いでしょ。ほら、例の愛が()()彼女」

「つーか、あんたその日、その彼女に会う予定でしょうが。せっかくの日なんだからしっかりサービスしないと、あっという間に“nice boat”一直線だからね?」

「…………、はぁ」

 さらに大きな溜息を吐いて項垂れるリカルドは見ていて同情を誘うものだったが、ミルココはそんな彼に対して慰めるようなことはしなかった。

 ちなみに彼女達が先程から話しているのは、リカルドの“彼女”である魔族の(見た目)少女・レティシアのことである。

 彼女の武器は竹箒に似た外見をした“ちらかし砲器(ほうき)”で、散弾射撃による破壊力だけでなく、ブースターを利用した高機動も大きな特徴だ。一応その高機動に堪えられるだけの魔力強化も可能だが、魔力のほとんどは攻撃と移動に使っているために耐久力自体は普通の人間並という、いわばリカルドと同じタイプである。他にも面白い能力があるのだが、今は置いておこう。

 彼女の性格は、何十枚ものオブラートに包んでから一言で表すと“一途”である。具体的にはリカルドが女性と話しているのを見るだけでも思い詰め、『殺して死体を溶かして下水に流そう』とブツブツ呟くほどに“一途”である。

 そんな彼女は現在、リカルドと離れてエリの両親を護衛する任務に就いている。そんな性格の彼女がよくリカルドと離れて生活できるな、と思う方がいるだろうが、それはもう涙ぐましいまでに必死の説得があった。それに年に何度か、例えば恋人が過ごすようなイベントがある日には直接顔を合わせて一緒に過ごすことになっているし、メールや電話も頻繁に行われている。

「てかさ、私達がチョコなんて渡してアイツにばれたら、それこそ私達の命が危ないんだけど」

「リカルドの場合、他の女の子からチョコ貰ったときの方が厄介なんだから、そっちを注意してほしいんだよね」

「……だよなぁ」

 うんざり、と顔に書いていそうなくらいに露骨な態度で、リカルドは空を仰ぎ見た。間違っても彼女本人には見せられない光景である。そんな彼にミルクが「まぁまぁ、私達のためにも頑張りなさい」と半笑いで慰め、ココアもそれを笑いながら眺めていた。

 と、そのとき、ココアがふと何かを思い出したように真面目な表情になった。

「そういえば“nice boat”で思い出したんだけど、モカってバレンタインどうするんだろ?」

「あー……」

「そりゃ今年もチョコ作るだろ? 毎年作ってるんだから」

 ココアの問い掛けにミルクは何か納得したような声を漏らし、リカルドはよく分からずに首をかしげて訊き返した。

 するとココアは指をピンと伸ばした手を口の横に付け、ズイッとリカルドへ身を乗り出した。それはまるで内緒話でもするかのようであったが、そもそもここには3人以外誰もいないのだから意味は無い。おそらく、雰囲気作りだろう。

「今までは別に何の問題も無かったけどさ……、ほら……、今年はほのかがいるから……」

「あー……」

 そしてココアの答えを聞いた瞬間、リカルドの口からも先程のミルクと同じ声が漏れた。

「さすがにほのかに対してどうこうしない、とは思いたいけど……。夏に雫の別荘に行ったとき、正直ちょっと怪しかったからなぁ……」

「でもだからって、ほのかに『チョコ渡すの諦めろ』なんて言えないよな。どうする?」

「厚志さんが学校に行くのは……、駄目か、ジムとは違う方向だからわざとらしい」

「それにモカっていつも厚志さんのジムを手伝ってるから、ジムに行くって用事だと一緒についていく可能性があるでしょ?」

「同じ理由でほのかにジムに来てもらうのも無しだから……」

 3人で腕を組んで真剣な表情で考え込んでいると、ふとミルクが手を叩いた。

「そうだ! 確かクリスマスのとき、厚志さんが早朝のランニングで学校の近くを通ったら、偶然ほのかに出会ったことがあったよね?」

「あっ、そういえばあったね! よし、それで行こう!」

「んじゃ、さっそくほのかと厚志さんにメールしておこう!」

「ほのかには、厚志さんに伝えてることは内緒ね」

「分かってるって!」

 ニコニコと笑みを浮かべながらそれぞれに送るメールを作成するミルココの2人に、

「……何つーか、ヤクの受け渡しでもするかのような厳重さだな」

 リカルドは、バレンタインのロマンチックな雰囲気とは対極にあるものを連想していた。

 

 

 *         *         *

 

 

 伊豆を含む関東を十文字家と共に監視及び守護している七草(さえぐさ)家は、元々は魔法技能師開発第三研究所の最終実験体であり、そのときは名字も“三枝”と表記されていた。しかし第七研究所に移管された際に現在の表記となっている。

 七草家は十師族の中でも四葉家と並び称されるほどの一族であり、十師族の制度が制定されてから一度も枠外に落ちたことがない。そして非常に社交的であり、子供の誕生日に客人を大勢招いて盛大なパーティーを行うほどである。そのこともあって七草家の本宅は、一般人が思い描く大金持ちのイメージに漏れず非常に大きな屋敷であり、使用人もかなりの数を雇っている。

 そんな屋敷だけあって、キッチンもかなりの広さであり、設備も最新のもので取り揃えられている。業者が使うような大きな冷蔵庫には最高級品質の食材が詰まっており、()()()超一流のシェフが主人達のために腕に寄りを掛けている。

「……ねぇねぇ泉美(いずみ)、お姉ちゃん、何してると思う?」

「チョコレートを作ってる……のだと思いますけど……」

 そんなキッチンの入口で、七草香澄(かすみ)と七草泉美の2人がひそひそと耳打ちしながら、その表情に恐怖の色を浮かべて中を覗き込んでいた。

「それじゃ、あの含み笑いは何だろうね……」

「一応、楽しそうに見えますけど……」

「バレンタインのチョコを作るときって、もっと純粋な笑みを浮かべるものなんじゃないの?」

「さぁ、私に訊かれましても……」

 2人の視線の先には、楽しそうに板チョコを湯煎する真由美の姿があった。しかしそれはけっして恋する乙女が浮かべるものではなく、「ふっふっふっ……」という怪しい含み笑いと相まって、とんがり帽子を被った魔女が毒のスープを掻き混ぜているかのように見えた。

「香澄ちゃん。お姉様が使っていらっしゃるチョコレート、私の見間違いでなければカカオ95パーセント、糖類0パーセントって書いてありましたけど……」

「しかもお姉ちゃんが今持ってる袋って、エスプレッソパウダーだよね……」

「お姉様、何か嫌なことでもおありだったのでしょうか……?」

「というか、お姉ちゃん、何を作ろうとしてるんだろ……」

 妹2人が首をかしげる間も、真由美は「くっくっくっ……」と含み笑いをしながら、もはや真っ黒に近いドロドロのチョコレートをぐるぐる掻き回していた。

 

 

 *         *         *

 

 

 東海・岐阜・長野方面を監視及び守護している四葉家については、たとえ有力な魔法師といえども口に出すのは憚られることだ。それは“死の研究所”とまで呼ばれた魔法技能師開発第四研究所の実験体を源流としており、『秘密裏に活動している破壊工作部隊や暗殺部隊を始末する汚れ仕事は四葉家が最も適任である』とまで言われるほどの実力を有しているからだろう。

 それはけっして過大評価ではなく、四葉家は十師族の中でも七草家と並び称される一族であり、十師族の制度が制定されてから一度も枠外に落ちたことがない。そして非常に秘密主義であり、子供の誕生日に客人を大勢招いて盛大なパーティーを行うなんて有り得ない。そのこともあって四葉家の本宅は、一般人が思い描く大金持ちとしては少々手狭に感じるお屋敷であり、雇っている使用人の数も絞られている。

 そんな屋敷ではあるが、キッチンはなかなかの広さであり、設備も最新のもので取り揃えられている。業者が使うような大きな冷蔵庫には最高級品質の食材が詰まっており、()()()超一流のシェフが主人達のために腕に寄りを掛けている。

「あら」

「まあ」

 そんなキッチンの入口で、四葉真夜と四葉深夜の2人(真夜は葉山を、深夜は桜井を引き連れているので正確には4人だ)はバッタリと出くわした双子の片割れを見て、その表情に軽い驚愕の色を浮かべて口を押さえた。

「珍しいじゃないの。あなたがこんな所にいるなんて」

「それは姉さんも同じじゃない。姉さんがキッチンに立つなんて、明日は吹雪かしら」

 口元に微笑みを携えながらの会話であるが、見る者が見ればピリピリとした空気が辺りに漂っていることが分かった。そのせいか桜井はほんの少しだけ口元を歪め、そして葉山は一切表情を動かすことなく平然と佇んでいる。使用人対決では、葉山に軍配が上がったようだ。

「ところで葉山さんが持っているのって、もしかしてチョコレートかしら?」

「あら、そういう姉さんこそ、桜井さんに持たせているのはチョコレートではなくって?」

「……せっかくだから、一緒に作りましょうか?」

「良いわよ、一緒に作りましょう。――ところで、誰にあげるつもりなのかしら?」

「…………、うふふふふ」

「…………、うふふふふ」

 お互いに笑みを浮かべて見つめ合いながら、2人はキッチンへと入っていった。そしてその後を、チョコレートと他諸々の材料を抱えた桜井と葉山が続いていく。

「お互い、大変ですな」

「……えぇ、まったく」

 お付きの使用人同士、ひそひそと耳打ちしながら。

 

 

 *         *         *

 

 

 日本から遠く離れた海の深く、常人にはけっして知覚できない空間にその巨大な生物がいた。それはタコのような無頸椎生物に近い外見をしており、その背中にはガラスのように透明な膜がドーム状に膨らんでいた。

 そして驚くべきことに、そのドームの中には“街”が広がっていた。普通の街と同じように石や煉瓦で道路や建物が整備され、ちょっとした広場には噴水などのオブジェも備えつけられている。

 そして普通の街と同じように、そこには人が住んでいた。“海魔族”と名付けられたその人々は、体の所々にエラや鱗など魚に見られる部位が備わっており、その外見に違わず泳ぎがとても得意である。なので彼らの主食は魚であるが、その街には至る所に畑が耕されているし、牧場などの畜産も盛んである。

 そんな街の中央には、まるで女の子が好みそうなファンタジーの城が堂々と鎮座していた。まるで街の支配者でも住んでいそうなその城には、実際に街の支配者が住んでいた。

 そんな城だけあって、キッチンもかなりの広さであり、設備も(この街で)最新のもので取り揃えられている。業者が使うような大きな冷蔵庫には(この街で)最高級品質の食材が詰まっており、()()()料理自慢の大人が同僚達のために腕に寄りを掛けている。

「カッチェさん、綾香ちゃん、随分と楽しそうですね」

「ああ、あの子にも年相応のところがあって安心したよ」

 そんなキッチンの入口で、カッチェと呼ばれた海魔族の男性と、彼の部下である男がひそひそと耳打ちしながら、その表情に安堵の色を浮かべて中を覗き込んでいた。

 2人の視線の先には、楽しそうに板チョコを湯煎する少女の姿があった。長い黒髪に太い眉が特徴の彼女は、恋する乙女が浮かべるものとは違うものの、「ふんふんふーん」と上機嫌に鼻歌を歌う姿と相まって、とんがり帽子を被った魔女見習いが師匠の真似をしているかのように見えた。

 と、ここまでは微笑ましい光景なのだが、彼女の手元に視線を移した途端、2人は戸惑いのような苦笑のような表情を浮かべた。

「カッチェさん。綾香ちゃんが使ってるチョコレート、私の見間違いでなければカカオマスを一切使っていないホワイトチョコって書いてありましたけど……」

「しかも綾香ちゃんが今持ってる袋って、純粋な砂糖だよな……」

「綾香ちゃん、何か嫌なことでもあったのでしょうか……?」

「というか、綾香ちゃん、何を作ろうとしてるんだ……」

 大人2人が首をかしげる間も、綾香は「ふんふんふーん」と鼻歌交じりで、真っ白なドロドロのチョコレートをぐるぐる掻き回していた。

 

 

 *         *         *

 

 

 乙女達が様々な準備を重ねながら、2月14日という日を迎える。

 そしてこの日が、()()()にとって“運命の日”となる。

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