魔法科高校に鐘が鳴る   作:ゆうと00

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第86話 『“嵐の前の静けさ”という表現は、実際に嵐が起こってからでなければ使えない』

 2月15日、太陽がすっかり地平線の彼方へ沈んだ夜。

 すっかり暗くなった通学路をコミューターも使わずに結構な時間を掛けて歩き、エリカは自宅へと帰ってきた。年頃の、しかも“美少女”である彼女にはあまりお勧めできない行為だが、家族はまったく心配していなかった。痴漢やひったくり程度の輩にエリカが傷つけられるはずがない、という考えからであり、そしてそれは客観的な事実だった。

 彼女の部屋は母屋には無く、道場と並んで建てられた離れに存在する。エリカは自室に入るや否や、鞄を放り投げて制服のままベッドに倒れ込んだ。普段はこんなだらしない真似はしないのだが、ここ数日による“お祭り騒ぎ”に疲れ果てたのである。

 “お祭り騒ぎ”というのは、当然ながらバレンタインのことだ。弟子達のためにわざわざ材料を買い揃え、大変な思いをしてチョコを大量生産し、チョコを配るときの馬鹿騒ぎに辟易し、そして学校では男女問わず生徒達が自分を伺い見るような視線に晒される。

 自分の容姿がそれなりに優れているのは自覚しているし、損得抜きでブサイクよりも美人の方が良いと思っている。しかし外見だけでチヤホヤされるのは嫌であり、その好意が過剰なものであれば互いにとって不幸を招くものだと思っている。

 彼女がそのような考えに至ったのも、ひとえに彼女の身近にいた“反面教師”の影響である。

 エリカの母親、アンナ=ローゼン=鹿取。

 日独のハーフである彼女は、姓が“千葉”でないことから推測される通り、千葉家現当主(つまりエリカの父親)の愛人だった。エリカが生まれたのは父親の正妻が病死する前であり、つまり2人は正妻が病床に伏せているそのときに“そういうこと”をしていたことになる。

 確かにそんな事情があれば、エリカの母親が千葉家から冷たい目で見られるのは納得だ。

 しかし責任が両親共にあるにも拘わらず、母親だけが悪者扱いされていることは断じて認められなかった。

 理由も分からずに蔑みの目を向けられ、小さな体をさらに縮めて息を潜めて過ごしていた時期もあった。自分と母親を認めさせるために、がむしゃらに剣を振っていた時期もあった。結局エリカが14歳のときに母親が死ぬまで“千葉”を名乗ることが許されず、母親の死をきっかけに剣術に対する熱意を失った時期もあった。

 しかしエリカは、今が一番楽しくて充実していた。

 素直に敵わないと思わせてくれる女友達と、どれだけ目を凝らしても底の見えないボーイフレンド。ほのぼのさせてくれるクラスメイトに、弄り甲斐のある喧嘩友達&幼馴染み。

 そして自身の親なんかよりもずっと頼りになる大人の男性に、その小さな体にどれほどの力を隠しているのか分からない少女。そんな2人に寄り添う、社交的でありながら秘密をひた隠しにする堕天使や魔族達。

 自分の力を認めてくれるそんな彼らとの日常が、彼女には何よりも大切だった。その日常を守るために力を振るうことを決め、“目的”を見つけたことで再び剣術への熱意を取り戻した。そんな今の彼女にとって、“恋愛遊戯”など単なる邪魔物でしかなかった。

 そんなことを、ぼんやりと天井を見つめながら考えていたそのとき、

 プルルルル――。

 ポケットに突っ込んだままだった携帯端末が鳴り、エリカは寝っ転がったままそれを取った。

 画面を見遣ると、そこには“司波達也”と表示されていた。

「もしもし、達也くん? こんな時間に珍しいじゃない」

『ああ。――今からこっちに来られるか?』

 彼らしい単刀直入の問い掛けに、普段のエリカなら『そんなにストレートな誘い文句を使うなんて、随分と情熱的なのねぇ』とでも返すところだが、彼女は表情を真剣なものにして素直に肯定を返した。

 彼の声色から、今から話す内容がとても緊迫したものだと悟ったからである。

『今から厚志さんの家で、吸血鬼の捕縛作戦について打合せをする』

「――――!」

 ついに来たか、とエリカは自身の体がスッと冷たくなる感覚になった。

『俺達を襲撃した1体については未だに消息は掴めていないが、このまま放っておいて被害が拡大するのは得策ではないと踏んだ。今からそこにダッチが向かうから、彼女と一緒にこっちに向かってくれ』

「もしかして“亜空間”って空間から厚志さんの家に向かうってこと? 別にそんなことしなくても、自分の足でそっちに向かうのに」

『こんな時間に外出となれば怪しまれるし、ダッチの方が断然早い。少しでも相手に悟られる危険を減らしたい』

「オッケー、分かった。ここで待ってれば良いんでしょ?」

『ああ。とはいっても、もう1分もしない内に着くだろう――』

「エリカ! アツシの家に行くぞ!」

 そうこうしている間にも、エリカの背後でダッチが床から姿を現した。突然後ろから現れた気配に、エリカは反射的に後ろを振り返り、そしてホッと息を吐いた。

 電話の向こうにもダッチの声が聞こえたのか、電話口から達也の含み笑いが聞こえてきた。

『着いたみたいだな。それじゃ、またこっちで』

「うん。それじゃ」

 最後に短く挨拶を交わし、エリカは電話を切った。

 自分の愛する日常を守るため、彼女はベッドから立ち上がった。

 

 

 *         *         *

 

 

 プルルルル――。

 “表の仕事”で横浜に出張していた黒羽貢は、ホテルの部屋に掛かってきた電話に首をかしげた。画面を覗き込むと、フロントに掛かってきた電話が転送されていることが分かる。

 彼がここに泊まっていることは、仕事相手には伝えていない。ワイヤレスでいつでも連絡を取れるのだから、わざわざホテルを教える必要が無いのである。また、同じ理由で身内から有線の連絡が掛かってくることもない。もし“裏の仕事”に関わることなら、ホテルのフロントを介して連絡してくるなんて有り得ない。

 とはいえ、居留守を使う必要性も感じられなかった。音声のみの電話であることを利用して、念の為こちらの名を名乗らずに応答することにする。

「はい、もしもし」

『貢さん、今よろしいかしら?』

「――真夜さんですか。ええ、構いませんよ」

 電話の相手が四葉家の現当主であることを知って、なお声に緊張が表れていないところは、さすが四葉家の情報網を取り仕切っている黒羽家の当主と言えるだろう。

 真夜は彼にとって従姉(いとこ)に当たる。彼の母親は先々代四葉家当主の妹であり、彼の息子は次期四葉家当主候補。厳密な意味で四葉家に“直系”という概念は無いが、一般的な感覚で言えば彼は四葉家の直系に極めて近い。そんな血の繋がりが濃い彼だからこそ、真夜の恐ろしさというものをよく理解していた。

 それと同時に、彼女がホテルの電話を使っている理由もすぐに判明した。このホテルは達也が勤めるF・L・Tと同じく、四葉家が裏で牛耳っている会社が運営しているホテルであり、貢が滞在している部屋も四葉関係者用にギミックが施されている。むしろ本家からの電話だと気づかない方がおかしかったのだが、彼の深層心理で真夜に対する恐怖心が働いた結果かもしれない。

「お急ぎのご用なのでしょう? どうぞ遠慮無くお申し付けください」

『……貢さん、その芝居がかった言い方、何とかなりませんか?』

「おお、麗しの従姉殿。芝居とは心外ですな。私は常に大真面目ですぞ」

 さらに大仰な言葉で返す貢に、電話越しから真夜の溜息が聞こえてきた。そんな馬鹿馬鹿しい会話を交わしている内に、貢の心も幾分か落ち着いてきた。おそらくそれすらも真夜の計算の内なのだろうが、自分に被害が無いのならそれでも構わなかった。

『本題に入りましょうか……。――貢さん、パラサイトの一斉捕獲決行の日時が決まりました』

「……成程、ついに来ましたか」

 貢は自分の顔が引き締まるのを自覚した。本来なら黒羽が務めるべき仕事である“パラサイトの宿主の特定”をミルココに奪われてからというもの、貢はこの場面が汚名返上の機会と定めて準備してきた。

「作戦の決行が決定されたということは、深雪ちゃん達の学校を襲撃した例のパラサイトの宿主は特定されたのでしょうか?」

『いいえ。あの“双策敵手”(ツイン・レーダー)の探査能力をもってしても、弱ったパラサイトの特定は難しいといったところでしょうか。しかし、このまま放っておくのも良くないことは事実。なので既に特定が完了している11体の捕獲を優先させることにしたのでしょう』

「確かにその通りですな。して、私は何体を担当すれば良いのでしょう?」

『貢さんが担当するのは、1体です。亜夜子さんと文弥さんのお2人にも、別の1体を担当してもらう予定です。ターゲットの詳細については後で連絡します』

 真夜の言葉に、貢の眉が僅かに潜められた。11体全てを任せてもらおうなどとは考えていないが、それでもたった1体しか命じられないというのは些か拍子抜けだ。彼らのサイキッカーとしての能力は聞き及んでいるが、それでも1対1で互角などとは思っていない。

『貢さんが不満に思うのは分かります』

 テレビ電話でもないのにこちらの感情を読み取るような真夜の言葉に、貢はスッと表情を平静なものにして軽く身だしなみを整えた。

 そしてそれが終わるのを見計らったかのようなタイミングで、真夜が再び口を開いた。

『しかし問題は、“パラサイトを捕獲すること”そのものではありません』

「……成程、“妨害”ですか」

『ええ。既に天界からの使者と思われる天使の姿も目撃されていますし、それ以外にもパラサイトを狙っている組織はあるでしょう。アレは色々と使いようがありそうですし』

「使いよう、ですか……」

 如何に真夜の言葉とはいえ、いまいちピンと来なかった貢だったが、所詮兵士でしかない自分が主人に異を唱えるなんて有り得ない、と貢は疑問を呑み込んだ。

『戦闘の規模がどの程度になるか予測が難しいため、今回は何名か“増援”を頼んでいます。その方々との直接的な対面は予定していませんが、万が一のときには救援を要請する場合もありますので、そのときはよろしくお願いします』

「必ずや、真夜様の期待に応えてみせましょう」

『まぁ、頼もしい。――それでは、またその内に』

 用事が済むや否や、真夜はさっさと電話を切ってしまった。もしかしたら、予定が詰まっていたのかもしれない。四葉家の当主がどのような仕事をしているのか、分家当主の彼ですら把握しきれないところではあるが。

「――襲撃、か」

 プー、プー、と気の抜けた電子音しか鳴らさなくなった電話を切り、貢はぽつりと呟いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 生徒会臨時役員としての仕事を終えたリーナは、日本における生活拠点として借りているマンションに戻ってきた。部屋に入ってリビングに足を踏み入れるや、手に持っていた鞄をソファーに放り投げた。

 その勢いで鞄の口が開き、中から綺麗にラッピングされたチョコレートの箱が零れ落ちた。

「…………、はぁ」

 それを見つめながら、リーナは深い溜息を吐いた。

 日本の風習に倣って義理チョコ(ここ重要)を用意したまでは良かったものの、上手い具合にチョコを渡す口実が見つからずに結局持ち帰ってしまった。世間的にも深い意味は無いと定義されている“義理チョコ”であるにも関わらず。

 ――別にタイミングを伺う必要なんて無かったのに……。所詮は“真似事”なんだから……。

 “パラサイトの討伐”というミッションが最優先ではあるものの、学校に通っているときは“学校への潜入捜査”がメインである。そのためには他の生徒と同じように学校生活を送る必要があり、今回のバレンタインもその一環だと考えて――

「……いや、違うわね」

 そこまで考えて、リーナは首を横に振った。

 3年前に正規の軍人になり、その1年半後にスターズ総隊長の地位に就いた。その前から非正規として何度か作戦に参加していたことを考えると、彼女は今まで人並みの“学校生活”だったり“青春”だったりといったものを経験したことが無いと言える。

 だからだろうか。リーナは、単純に経験してみたかったのである。

 軍人になったその瞬間に殺してしまった、人並みの学校生活を送る“アンジェリーナ・クドウ・シールズ”としての人生を。

 ――というより、私は誰にチョコを渡すつもりだったんだろう……。

 誰に渡すかも考えずにチョコを用意するなんて、と普通の人なら考えるだろう。しかしバレンタインどころか普通の恋愛すらまともに経験していないリーナの場合、こういうときにどんな人にチョコを渡すものなのか、といったことすらよく分からないのである。

 ――こういう場合、最も義理チョコを渡して不自然じゃない男子といえば……。

 そう考えたときに真っ先に頭に思い浮かんだのは、達也だった。

 確かに風紀委員の巡回でお世話になったし、その後にも厚志家で夕食をご馳走になった。なので最も義理があるといえばあるのだが、潜入捜査のターゲットに直接チョコを渡すというのは如何なものだろうか。

「……いいえ、違うわ。そう、これは作戦なのよ。チョコを渡すという名目で彼に近づき、そしてその流れで話をすることで何かしらの情報を得ようという、何かそういうアレなのよ。うん、大丈夫。これはミッションなんだから、その気になれば私だってチョコを渡すことくらい……」

 自分に言い聞かせるように独り言を呟くリーナだったが、結局軍人としての役割を果たす過程でなければ青春の真似事もできなくなっている自分に、何だか彼女は悲しい気分になってきた。

「とりあえず、明日渡すことにしよう。ちょっと遅れたけど、別に大丈夫でしょ。むしろ他の人達と被らないから、じっくり話ができそうだわ。――あっ、そうよ。むしろ周りの女子に圧されてチョコを渡せなかったという名目が――」

「シリウス少佐、そろそろ良いか?」

「――――!」

 突如背後から掛けられたその声に、リーナは目を丸くしてバッと後ろを振り返った。

 彼女の目に映ったのは、呆れた表情でこちらを見遣るバランス大佐とシルヴィアだった。その瞬間に今までの言動を見られていたことを悟ったリーナは、カッと顔を真っ赤に染めた。

「知覚系統が得意ではない、というのは控えめな表現だったようだな」

「……ご用がおありでしたら、私の方から出頭致しましたのに」

 明らかに話題逸らしであるリーナの発言に、バランスは出来の悪い可愛い子供でも見るような苦笑を浮かべた。そんな2人から逃げるように、シルヴィアはいそいそとキッチンへ向かってお茶の準備を始める。

 やがて質素なダイニングテーブルにお茶とお茶請けが用意され、バランスとリーナが向かい合わせに座り、シルヴィアはリーナの傍に立って控えた。

 バランスが目の前に出されたお茶を啜る様子を、リーナが体をガチガチに強張らせて見守っている。名門ビジネススクールを優秀な成績で卒業し、その肩書きに恥じぬ辣腕を振るう彼女の輝かしい経歴が、階級における差以上の緊張感を生んでいる。

 やがてテーブルにコップを置いたバランスが、ゆっくりと口を開いた。

「確かに貴官の経歴はかなり特殊だ。スターズの歴代総隊長の中でも、十代でその職に就いたのは貴官が初めてだ。現代魔法の技術・理論体系により開発された魔法師は、一般的に新しい世代ほどポテンシャルが高いとはいえ、若すぎるとの声も少なくなかった。私も意見を求められたならば、反対を具申していただろう」

 自分のことを良く思っていない者がいるのは、この間の査問会から見ても分かることだ。しかしバランスのその言葉は、そのような奴らとは少々ニュアンスが違うようにリーナは感じた。

「しかしそれでも、貴官はスターズ総隊長に任命された。そして今まで、それに恥じぬ戦果を挙げてきたと私は思っている。貴官には様々な想いをさせて誠に心苦しいが、大人の身勝手な頼みであることを重々承知したうえで、これからもその職務を全うしてほしいと思っている」

「――大佐、小官は元よりそのつもりです」

 力強くそう答えたリーナに、バランスはホッと安心するような笑みを浮かべた。

「分かった。そういうことならば、話もしやすい。――貴官に、吸血鬼の“捕獲”を言い渡す」

 纏う雰囲気がヒヤリとしたものに変化したバランスに、リーナは無意識に姿勢を正しながらも訝しげな表情を浮かべた。

「“捕獲”ですか? “討伐”ではなく?」

「ああ。上からのお達しでな、生きたまま捕らえた吸血鬼を調べたいそうだ。なので次のターゲットは殺害を禁じ、あくまで生きたままでの捕獲を命じる。――可能か?」

「それが命令とならば、小官はそれに全力で応えるのみです」

 リーナの返事は、バランスにとっても満足のいくものだった。

「貴官の活躍に期待している。――なお今回の任務は、複数のターゲットに対して同時多発的に行われる作戦だ。事前の面通しは行われないが、貴官以外にも作戦の参加者がいることは憶えておいてくれ」

「……それは、どういうことですか? 我々以外にも協力者がいるということで――」

「残念ながら、教えられる情報に限りがある。――協力者について唯一伝えられるとするならば、貴官が“質量・エネルギー変換魔法”の使用者としてマークしている司波深雪・司波達也両名も参加する予定だ」

「――――!」

 バランスのその発言は、リーナに大きな衝撃をもたらした。自分が潜入している学校の生徒がUSNA軍の任務に参加するという点もそうであるし、別任務ではターゲットになっている彼らの協力を得ることに成功したという点でもそうだ。

「我々は今回の作戦を通して、両名が“質量・エネルギー変換魔法”の使用者たる実力を有しているかを判断するつもりだ。しかし貴官は、あくまで吸血鬼の捕獲に専念してくれ」

「……彼らには、今回の作戦はどのように説明しているのですか?」

「申し訳ないが、それについても貴官に話すことはできない」

「…………」

 非常に納得しがたい事態だが、それでもリーナに拒否の選択は存在しない。彼女は“戦略級魔法師”という戦争を左右するほどの力を持っているが故に、自分の判断のみで動いてはいけないと考えている。

「また今回の作戦において、貴官にもう1つ伝えておくことがある」

 これだけで既に満腹なのにまだあるのか、とリーナは思わないでもなかったが、彼女はそれを(本人としては極力)表情に出さずにバランスへと向き直った。もちろん、キャリアの大半が後方支援、しかも人事関連業務が主たるものだったバランスにそれが通用するはずもなかったが。

 果たして、リーナが次に聞いた一言は、

「今回の作戦において、“ブリオネイク”の装備を許可する」

「な――!」

 がたり、とリーナが無意識に椅子を鳴らして立ち上がるほどの衝撃を伴っていた。

「……それほど、今回の吸血鬼は強力ということでしょうか?」

「いや、吸血鬼自体は今まで貴官が対峙した者達とほとんど変わらないだろう。もちろん、油断できる相手ではないがな。――重要なのは吸血鬼捕獲そのものよりも、その前後を狙って介入してくる可能性のある“第三者”の方だ」

「第三者……? それはいったい、どういった組織なのですか?」

「……天使や魔族、と言えばその重大性に気づくだろう」

「成程……!」

 リーナはプリティ☆ベル関連の資料を調べるに当たって、天使や魔族についても可能な限り調べていた。人間界の魔法では想像もできない多種多様な性質、そしてその威力の強大さに、若干十代で“戦略級魔法師”に認定されたリーナですら目を丸くしたことを憶えている。

 そんな彼らと、本格的に事を構える可能性が生まれた。

 恐怖が無いと言ったら、嘘になる。

 しかし、

「――心配いりません。USNAの威信に懸けて、どのような者共が相手でもはね除けてみせます」

 リーナにも、矜持というものがある。たとえそれが十代の少女が持つには重すぎるものであったとしても、3年前に“アンジェリーナ・クドウ・シールズを殺したとき”から、ずっと覚悟してきたことである。

「…………」

 そんな彼女を、バランスはじっと見つめていた。

 その目には複雑な感情が含まれていたが、最も大きな割合を占める感情を挙げるとするならば、おそらく“申し訳なさ”になるのかもしれない。

 

 

 *         *         *

 

 

 水面下で吸血鬼事件が大きなターニングポイントを迎えつつある、2月17日金曜日。

 バレンタインを過ぎたことで浮かれていた空気が終息し、学校内は普段の落ち着いた雰囲気を取り戻した――かに思えた。

「……何やら校内が騒がしいですね」

 校門を潜って敷地内に足を踏み入れた深雪は、周りの空気がにわかにざわついていることに気がついた。精神干渉系の魔法に精通している彼女の場合、このような“周りの空気”といったものに対して常人よりも鋭い傾向にある。

 なので達也もエリも彼女の言葉を気のせいだと一蹴することなく、注意深く周りに目を遣って事態の把握へと動き出していた。

「……どうやら騒ぎの大元は、実験棟の方らしいな」

「ねぇねぇ、行ってみようよ!」

 表面上は“提案”であるが、エリの足は既に実験棟へ向けて走り出そうとしていた。彼女は非常に理知的な人間だが、時々こうして好奇心が先走りして野次馬的な行動に走るきらいがある。もっとも、彼女の年齢からしたら至極当然なものではあるが。

 達也と深雪は一瞬顔を見合わせて小さく溜息を吐くと、昇降口へと向かっていた足を実験棟へと転換した。

 普段は関係者以外出入りすることもなく、そもそも登校時間から人が集まるはずのない実験棟に、大勢の生徒や教師が集まって人垣を形成していた。それこそ事件現場のような光景であり、もし黄色いテープでも張り巡らされていたら完璧だっただろう。

 しかしテープこそ張っていないが中への立ち入りを制限しているようであり、ほとんどの生徒達は入口付近でその足を止めていた。必死に身を乗り出して中を確認したり、中に入ることを許された者から情報を聞き出そうと躍起になっている。

「この様子では、とても中に入れそうにありませんね」

「ああ。まぁ昼にでもなれば、嫌でも何が起こったか聞くことができるだろ」

 そう言ってエリを連れて行こうとする深雪と達也だったが、エリはそれを無視して人垣の方へと歩いていった。

「はーい、風紀委員でーす。道を空けてくださーい」

 エリが人垣にそう呼び掛けると、生徒達はすぐに彼女の存在に気づいて道を譲った。あっという間に即席のアプローチが出来上がり、エリはそれを通って実験棟の中へと入っていった。どうやら風紀委員の肩書きがあれば、中に入ることは可能らしい。

「……行くか」

「はい、お兄様」

 ならば同じ風紀委員である達也や、生徒自治の中心的役割を果たす生徒会役員である深雪にも入る権利がある。というか、本当はそれに気づいたうえでこの場を離れようとしていたのだが、残念ながらエリには通用しなかったようだ。

 エリに続いて中へと足を踏み入れた2人は、人の流れに従うように現場へと歩いていった。

 そうして辿り着いたのは、ロボ研のガレージだった。

「あっ、達也くんと深雪さん。2人も来たんだね」

 どこか不安そうな表情を浮かべていた啓が、2人の入室に気づいて声を掛けた。その隣にはデフォルトで花音もいるし、生徒会長であるあずさや部活連会頭の服部もいる。

「随分な騒ぎですね。何かあったんですか?」

「ロボットが盗まれたんだって」

 達也が啓に尋ねるが、答えが返ってきたのはエリからだった。

「……盗まれた?」

 達也が怪訝な声をあげるのも無理はない。ただでさえ魔法科高校はセキュリティシステムが厳重であり、特にロボ研のガレージは、ロボット技術の研究の一環としてシステムを弄くっている。なので他の建物よりも外部からの侵入が難しく、そこら辺の空き巣にできる芸当ではない。

「それで、何か盗まれたんですか?」

「“ピクシー”って知ってる? AIの改良目的で製造会社から貸与されている3Hなんだけど」

「あれが? それはまた……」

 論文コンペの作業でも顔を合わせたメイド服姿の美少女ロボットの名が挙がり、達也はいよいよ眉間に皺を寄せてしまった。せいぜい市販モデルのマイナーチェンジ版程度でしかないあのロボットを、わざわざ危険を冒してまで産業スパイが盗もうとするとは思えない。

「犯人はなぜ、そんな物を盗もうと思ったのでしょうか……」

「さあ? メイドが好きで好きで仕方がないんじゃない?」

「もしそうなら、まさしく『変態に技術を与えた結果がこれだよ!』って感じだね」

 部屋の端でそんなことを話している深雪・花音・エリを横目に、達也はピクシーが待機状態のときに座っていた椅子を眺めていた。

「…………」

 盗まれた物が物だからか、達也の目はいまいち真剣味に欠けていた。

 

 

 

 この事件が、この後に彼らの身に巻き起こる“大事件”の序章とも知らずに。

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