「……どうやって貴方が現状を知れたのか、それを聞いても大丈夫?」
突然の乱入者に、とりあえず一番聞きたかったことを聞く。いくら工房以外は比較的手薄とはいえ、ここは仮にも魔術師の家の敷地内。状況が状況なので防衛設備は当然ながらフル稼働しているし、いくらサーヴァントとはいえ侵入者を探知する単純な警報を作動させずここまで来るのは難しいはずだ。
「その槍に依るものか……」
回答は彼自身ではなく、あたしの背後のアサシンさんから。分裂という圧倒的な手数のアドバンテージにより、もはやこの戦争で知らないことはないと豪語する彼ならば、彼やそのマスターの情報から侵入までの道筋くらいは予想できるか。
その言葉を受けたランサーは、特に隠すことでもないとやや感心したように、
「ご明察──異変を知ったのも同様。我が
また、その性質から我が槍は穿った相手を記憶する。そこから我らはセイバーの脱落を知り、ここを突き止めたというわけだ」
なるほど魔槍の能力。そういえばセイバーちゃんはその呪いを受けていて、だから慎重にならざるを得ないだろうと踏んだからあたしも覚悟決めて接触したのに、色々あってすっかり忘れていた。遠隔で呪いが解けたことが分かるとかその武器どうなってんのとは思ったが、宝具クラスとなるとそれくらいは標準装備か。
となると侵入も彼の持つ槍の能力だろう。あたしの記憶が正しければ、確かランサーの持つもう一方の槍は、魔術を問答無用で破壊するとかいう時臣涙目な性能だったはず。あたしは魔術とかその辺はさっぱりなのでアレだが、見る人が見れば玄関先はそれはもう無惨な有様になっているのだろう。
「……ランサーよ。流石に無謀と言わざるを得ぬぞ?」
ライダーが僅かに腰を上げての一言。確かにこの状況、かの八岐大蛇の伝承のように、此方は酒が回っているから容易く勝てるとなどと思っているなら大間違いだ。サーヴァントは即ち超人、つまりは酔いにも強く、よほど特別な酒でもない限り酒気は任意で飛ばすことが出来る。綺礼さんが趣味で集めていたというこのお酒類は紛れもなく名酒と呼ぶに相応しいものであるが、サーヴァントを前後不覚に出来るほどにぶっ飛んだシロモノではない。
しかし、知っていてこの場に踏み込んだならば、彼もまた覚悟の上のこと。彼は静かな声で「分かっている」とだけ呟き、
「……しかし、よもや貴様にここまでしてやられるとはな、アーチャー」
既にある程度情報は掴んでいるのだろう。彼はしっかりとこちらを見て、感心したように、あるいは観念したように言う。素直に受け取るのであれば、随分と見縊られていたようだが──まあ、彼の視点ではそんな評価にもなるか。見事なまでに無様な姿しか見せていなかったし。
「
「………」
キャスターも、セイバーも、バーサーカーでさえも。いくらあたしン中に妙ちきりんな経験が眠っていようと、所詮は歌人のあたしでは生粋の武人に真正面から勝てるわけがない。その上でなし崩し的にも勝利を得るためには、早くに同盟でも組んで、尚且つあたしが率先して貧乏くじを引き続ける必要があった。
コミュニティで一番大切なのは、敵を作らないこと。もしくは味方を多く用意すること。これは商売なんかでも同様だが、乱戦ではまず真っ先に
彼にとっては理不尽な話ではあるだろう。彼は最初から尋常な立ち合いを望んでいた。己が武勇で敵を全て蹴散らせば、それで自動的に景品が手に入ると信じていた。否、普通はそうあるべきだった。本来ならばそうでなければならなかった。この舞台を用意した人物が、魔術師という性格も性根も腐っている連中でさえなければ。
「……いいぜ、やってやんよ」
せめてもの礼儀として、これまでと同様にあたしが率先して前に出る。アインツベルンも間桐も脱落してしまった現状、この巫山戯た舞台に対して彼が恨み事を言えるのは、仮にも運営を担う御三家?のサーヴァントであるあたしくらいだ。話が違うのはまさに正論。あたしはそれを否定はできない。虚空に仕舞っていた武器を構え、一歩進もうとする──その直前、
「まあ待て。キラキラの」
「おっちゃん……?」
「凱旋にはちと早いが……いつまでもじっとしているのは性に合わんのでな。余の野望を果たす先駆けとして、お主には随分と世話になった。奇妙な同盟関係ではあったが、時に流されるのも悪くはない──しかし」
そこでライダーは一度言葉を区切ると、あたしの肩を掴んでぐいっとランサーから庇うような位置まで躍り出る。ランサーから突き立てられたままの槍が目に入っていないわけじゃないだろうに、それはまるで罪を問われる罪人ような構図でありながら、それでも彼はそこが玉座の中心であるかのように、
「覇王たる者、ここぞで先陣を切らねばならん。真っ先に余を選んだその慧眼、お主が余へ託した夢の果て、揺るぎなき盤石を、今ここで見せようぞ!」
「………!」
堂々と語る彼を中心にして、夜の庭に熱気が溢れ出す。
彼の演説の熱に充てられて、ではない。もっと物理的に、或いは直接的に。まるで世界が塗り変わったかのような違和感。同時に訪れる異変。
「これは──……」
瞬きの後には、カンカンに照らす太陽が天高く聳えている。それだけでなく、足元はカラカラの大地に変貌し、しかし夢ではあり得ない存在感として深く深く叩き込まれる。
「見よ、我が無双の軍勢を!
肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者! 時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友! 彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道!
そう──それがイスカンダルたる余が誇る最強宝具──『
「………!!」
ランサーの声なき声が、そのまま熱気の渦に呑まれ行く。
これが彼の切り札。彼の語る夢の具現化。固有結界──いやはや。つくづく事前にある程度の概要を聞いてしまったことが悔やまれる。
(わーお……)
始めは汚染された聖杯にどう対処するかを相談しただけだった。最終的には時臣を中心に時間を掛けて浄化でもして、その間は停戦しようとそんな感じの提案を持ち掛ける方向へどうにか漕ぎ着けるつもりだった。しかし、蓋を開けてみればこれだ。対処がどうこうと言った次元の話じゃなく、あっさりその宝具の内容を明かした度量も含めて勝てる気がしない。
「………参る」
文字通り、万の軍勢を相手に、しかしそれでも立ち塞がるランサー。既に彼に勝ち目などあろうはずもなく、勝機の観点で語るならば、ここに来た瞬間に問答無用で仕掛けるべきだった。だが、彼の慎重な性格と彼我の戦力差、何よりも騎士としての高潔な心意気が、決して“不意打ち”という選択を許さなかったのだろう。
「勝鬨を上げよ!!」
返しの言葉は此方の耳にも届かず無数の豪咆に飲まれ、一騎当千の勇者も、万を超える英傑の軍勢に挑むには事足りず──当時の習わしだろうか、まるで戦利品のようにアイリスフィール氏を掲げ、やや蛮族じみた桜ちゃんの教育によろしくない絵面のもと、この聖杯戦争という悪趣味な催しは、三人の勝者がそれぞれ願いを叶えるという異例の結果を以て、正式に終わりを迎えたのである。
☆☆☆
「思い……出した!!」
それからのことについて、軽く触れて行こうと思う。
聖杯の浄化作業は恙なく終わりを迎え、ただでさえリソースが十分に思えた願望機にダメ押しの燃料が注がれたことで、各々の願いは無事に叶えられる運びとなった。
そもそも消費魔力や契約の問題を抜きにすれば、サーヴァントの時点で半ばライダーの願いは叶っていたようなものなのだ。それでもエーテル体から肉体を構築するのは相応の材料が必要のようで、予想を上回ることこそ無かったが、順当にリソースが削られる運びとなった。
臣下に囲まれて無事受肉した彼が言うには、彼はこの先宇宙を見据えた遠征を行うつもりらしい。ゼロ距離七夕とはこれまたダイナミックな彼らしい目標であるが、後で聞いた話によるとそもそも彼の夢はこの時代に来た時点で挫かれていたらしいので(確かに地面が球体とか今思えばビビるけども)、それでも未知を追い求めるならそんな目標にもなるか。
『さぁ往くぞ坊主! まずは懐かしきマケドニアへ!!』
『お、おい、待てよライダー!』
それでも新たな夢を、次なる途方もない目標をすぐに見据えられるのは彼の豪胆さにして長所であるように思う。何だかんだとそれに付き合っているウェイバーくんと共に、いつか満足の行く遠征を果たして欲しいものだ。
次にアサシンさん。正直、あの手の願いを聖杯はどのようにして叶えるのか謎だったが──聖杯が答えとして出力したのは、まさかまさかの
『これは──』
『ヌゥ……?』
『え?』
『何と……!』
具体的には、その願いを叶えた瞬間に、アサシンさんはもさっと増えた。それも一や二人ではなく一気に100人近く。老若男女と、おそらくは彼がいつか語っていた上限の80人へと。しかも人間レベルまで肉体が脆弱化こそすれ全員が受肉してる。
『えぇ……??』
そりゃあ人格がめっちゃ増えて困ってる人に「一人になりたいんです!」って言われたらそんな回答になるのも理解出来なくはないが、いやいやそうじゃないでしょ。人の心とかないんか? 無いんだろうなぁ……だって仮にも人間の分身を新たに7人も作り出して殺し合いさせるようなシロモノだし。
根源とやらも本質的にはそうだが、おそらくこの聖杯にも人間的な倫理観などは持ち合わせていないのだろう。だから平然とこんな真似が出来るし、後の問題など考えてもいない。幸いなのは、彼らは本質的に変装や潜入の達人であり、分裂して以後もデフォルトで人里に馴染めるレベルの変装技術を持ち合わせていたことだろうか。
日焼けなんてレベルを超えた真っ黒な肌や、変装のためかのっぺり潰れた顔もなんのその。ちょいと試しに彼らの一人へ口伝てで定子様の人相を語ったら、一瞬後に定子様そっくりの絶世の美女が目の前に現れた時は彼らの本当の怖さを思い知らされた。まーじで最初から彼らが味方側で良かったと心からそう思う。
そしてあたし。ぶっちゃけアサシンさんのがあって聖杯のリソースが枯渇してないか心配だったのだが、あたしにはよく分からないがあれはあれで一騎分の受肉に相当するらしい。それ自体は好都合ではあっても叶え方が叶え方だ。当然のように倫理とかそういうの無視して危惧してた通りに記憶を持ったあたしのコピー的なのが召喚される──なんてこともなく、ピカッと光るアイリ氏に触発されて浮かび上がる数々の
「やばい、南極行かなきゃ」
「は?」
そんなトチ狂った発言はあの時臣から真剣に正気を疑われることで少しだけ抑えられ、しかし募る焦燥感とまだ見ぬ少年への恋慕に近い情が焦りを加速させる。
(ああ──なるほど。どーりでトッキーに微塵もときめかないと思ったら……)
時代が時代だから仕方のない面があったとはいえ、あたし自身は意外と生前の結婚には前向きだった。一回り歳上などと言った情報はハンデではなく、むしろ渋顔のおじさまとか割と好みの部類だったのだ。
渋顔イケメンがあたしの主人──考えてみればシチュエーションだけでも割と一筆書けそうな状況なのに、けれどあたしにはそんな気は全く無かった。単に晩年のうっすらとした記憶がその手の感情を排してるのかと思えば、まさかまさかあたしが自分でも気付かぬうちに年下趣味へと変貌していたとは。
そして、
「………??」
ぐりん、と急に見つめてきたあたしを不思議そうに見つめる言峰綺礼氏。召喚当初から彼のことが妙に気になっていた理由。否、
『おや、この体とは顔見知りかね? それは結構、こう見えて人見知りする男でね。
──君が旧知の間柄なら、気兼ねなく道を示せるというものだ』
存在しない記憶が警鐘を鳴らす。非常に残念なことに、第四次聖杯戦争がこれだけめちゃくちゃになったこの世界軸では、おそらくあたしは愛しの
(性格歪む前はこんなだったのかあのエセ神父……って、違う違うこの人は別人……)
クソ真面目だったからあんなにも捻くれたのか、あるいはその逆なのかは分からない。けれど今更見捨てるなんて出来ないし、こうなりゃとことんまで面倒見てやりますとも。
ちょんちょん。
「??」
「………」
あからさまに様子がおかしくなったあたしを見てか、桜ちゃんがあたしの上着の裾を突いてアピールする。
──心配、してるつもりなんだろうか。子どもは聡いもの。空気の違いをすぐに感じ取る。ともすればあたしが
でも。
「…………」
(………………)
はぁ、とため息。一つの幸せが逃げる。一つの可能性が消える。記憶の中で燦然と輝くまだ見ぬマスターくんとのらぶらぶ光源氏計画が名残惜しくないかと言えば嘘になるが、流石にそこまでの恥知らずとなるには、この地で交流を結び過ぎた。
「………帰ろっか、桜ちゃん」
「……!」
返事こそ無かったが、握った手のひらをこころなしか強めに握られて、あたしはゆっくりと遠坂邸へ歩み始める。
瞬間、召喚された当初から常に抱いていた
(──変に気は利くんだよな、この聖杯………人の心はないけど)
疑問も一瞬、その理由についてをすぐに悟る。サービスのつもりなのか、あるいはあたしの内なる願いに呼応したのか。それとも。
──“我ら源氏と郎等すべて、憎まれるのも致し方のなきこと”
(………………)
ふぅ、と。今度はため息にならないよう慎重に息を吐いて、抱いた僅かな未練を握り潰す。
元より、向いてなかったのだ。あたしに。それで良い、それが良い。どうでも良いこと。どうでも良かったこと。あたしのような人間に、そんな大層な目的なんて。
「あたしが新しく何かを書き残すとしたら、それはきっと……」
何故か当然のように虚空から出現した筆を弄びながら、あたしはこの先に想いを馳せる。今はまだ、そんなつもりもないけれど、次に筆を置いたその時は、きっと目の前には生涯最高の傑作が生まれることを、あたしは既に予感していた。
大変遅くなりましたが、これにて本作は完結です。
Zeroって話が通じなさそうな組を除外すれば願いのハードルが意外と低いんじゃね?という発想から生まれた作品。半分退場させればそのリソースでもう半分の願いとか普通に行けるじゃん、とか考えたらこんな感じになりました。
パリピ時臣ペア誕生の経緯は、
主人公は誰が良いだろうか→金ピカは色々とアレ過ぎて描写できる自信がない→じゃあ出禁にしよう→なら主人公はアーチャー陣営で→アーチャーでコミュ力高そうなの誰だ…?→清少納言
と言った感じです。
それでは、お目汚し失礼しました。また機会がありましたらよろしくお願いします。
枕草子・春曙抄:D++
種別:詩歌宝具
レンジ:1~20
最大捕捉:50人
エモーショナルエンジン・フルドライブ。
武芸や陰陽の術ではなく、
ただ書き綴る事だけで辿り着いたひとつの境地。
感情の泉の湧き出すに任せ、自著『枕草子』の内に構築した心象風景を現実世界へと具現化させたもの。
本作においては、“清少納言が抱いた感情を結界内の全員に共感させる宝具”であると解釈している。