トラブル4 学校
「あれ?ララさん、なんで制服着てるの?」
朝ご飯を食べに1階へと現れたララさん。
いつもならドレスモードと呼ばれる服か、通行人を参考にした服を着ている筈なのだが、今日はそのどれとも違っていた。
「あれー?言ってなかったっけ、私昨日転校したの!」
「えっ、転校?...もしかして彩南高校に?」
「えへへ〜、簡単に入れたよ!」
ーー簡単に入れちゃダメじゃない?!
「そ、そうなんだ」
地球の学校の緩さに苦笑いを浮かべたボクに対して、ララさんは何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
「そうだ!せっかくなら、楓もどう?」
「どうって、ボクが学校に?」
「うん!絶対楽しいよ!」
ーー学校...でも...
チラリと美柑に目をやると、どうやら彼女もこちらを見ていたらしく目が合った。
ーー...でも。
「...ララさんには話してなかったよね、実はボク、宇宙人から狙われてるんだ」
ボクは変わらずデビルークの事は隠したまま、身の上話をする。
「どうして狙われてるの?」
「ちょっと色々あってね、地球に居るだけで美柑やリト...ララさんだって巻き込んじゃうかもしれない...だから、ボクが学校に行ったら、皆を守る時間もきっと減っちゃうから」
「そっかぁ...」
「ボクは今のままでも十分過ぎるくらい幸せなんだ、だからこのままでも...」
「楓」
「!!」
ボクの言葉を遮り手を握ってきたのは、美柑だった。
「私の事、心配してくれてるんでしょ?」
「...」
彼女に嘘はつけないので、ボクはただ静かに頷いた。
「そっか...なら、そんなに大事に思ってくれてる私のお願い、聞いて欲しいな?」
「...お願いって...?」
「学校に行って欲しい」
「っ!」
「楓が私達に幸せになって欲しいって思ってるみたいに、私達だって楓に幸せになって欲しいって思ってるんだよ?」
「ボクに...」
そう言って微笑みかけてきた美柑によって、ボクの心は大きく揺さぶられた。
「そうだ!それならザスティン達にお願いするよ!」
「ザスティンって...ララさんの?」
間違っていなければ、数日前ララさんが正式に居候する事になった際ご挨拶にやってきた王室親衛隊の隊長の事だ。
「うん、皆強いし、いっつも地球を監視してくれてるから大丈夫!」
「だってさ、楓」
以前リトにお弁当を届けに行ったあの時よりも遥か昔から、学校自体に興味はあった。
けれど、それは叶わないものだと割り切っていた。
美柑のお願いだけではない、自身の願い。
「...なら、頑張ってみようかな」
「本当?!やったー!!楓も転校〜!!!」
ララさんは余程ボクの転校が嬉しかったのか、リトに報告してくる!と2階に上がっていってしまった。
「...ありがとう、美柑」
「どういたしまして」
「本当は...もう一つ理由があったんだ、自己満足なんだけど」
「何?」
「...美柑が帰ってきた時、家に1人にしたくないと思って」
「...!」
「昔もリトの方が遅く帰ってきてたから、ボク達2人だけになるのは多かったよね」
「うん、覚えてる」
「...実は一回だけ、リトと美柑が帰ってくる前にちょっと出掛けたことがあって、戻ってきたら美柑が寂しそうにソファーに座ってて...だからそう思ったんだ」
「そう、だったんだ...」
「...余計なお世話だったかな?」
「ううん...嬉しいっ...じゃあその代わり!学校に入っても、私に寂しい思いをさせないって誓ってよね!!」
「という訳で、今日からこのクラスの一員になる転校生を紹介します」
ーー...は、早くない???
これから長い時間を過ごす事になるであろう教室の扉の前に立ちながら、ボクはまだ困惑していた。
ララさんに言われた通り、校長室で校長先生にこの学校に入りたいと伝えたら、ものの数秒で入学が決まってしまったのだ。
ーー学校ってこういうものなのかな?
校長先生から男の子でも可愛いからオッケー!と言われたが、その意味はあまりよく分からなかった。
ボクはとりあえずその疑問を放置しつつ、教室内の声に耳を傾ける。
どうやら転校生が男子か女子かという話題で盛り上がっている様だが、その転校生がボクなのが申し訳なくなってしまう。
「じゃあ、入ってきて良いですよ」
しかし、先生から呼ばれた以上ここで下手に渋る方が皆の迷惑になる事は確かだ。
ーー頑張ろう。
ボクは意を決して教室に入りクラスメイトの方に向き直ると、主に女子の歓声が多く聞こえてきた。
「じゃあ楓くん、自己紹介を」
先生に促され、ボクは急いで頭に思い浮かべた文字達を文章に変換する。
「は、はい...夕崎楓です、転校してきたばかりなので不安ですが、仲良くしてくれると嬉しいです、よろしくお願いします」
何とか噛まずに自己紹介を言い切り、そのまま一気に頭を下げる。
直後、教室内に歓声と話し声が混じり合った。
「楓くん、彼女とか居るのかな?」
「やべぇ、俺、男でも...」
「おい待て早まるなっ!!」
ーーか、歓迎されてるのかな...?
そうして恐る恐る顔を上げ、反応を確かめようとしたその瞬間。
「ちょっと貴方達、静かにしなさい!」
1人の女子生徒がピシッと言い放った。
その言葉はとてつもない効力を持っていたらしく、一瞬で室内は僅かなヒソヒソ声を残すばかりとなる。
「古手川さんありがとう、じゃあ楓くん、席は...丁度古手川さんの隣ね」
黒髪ロングのその少女は、古手川さんと言うらしい。
ボクはクラス中からの露骨な視線を感じながら、指定されたその席に座る。
「古手川さん、この後楓くんに校舎の案内を頼めるかしら?」
「任せてください」
彼女は自信満々にそう答えると、ボクをジッと見つめてきた。
「夕崎くん、で良いわよね?私は古手川唯、このクラスのクラス委員をやってるわ」
ーークラス委員...偉い人?
イマイチ理解出来ない単語が出てきてしまったが、後でリト達に聞けば良いかとその疑問に蓋をする。
「よろしくね、古手川さん」
「ええ」
古手川さんは静かにクラスに目を向けていて、ここから会話は生まれなさそうだ。
ボクもそれに合わせて、クラスの様子を見る事にしたけれど、すぐにそれが容易いことでは無いと気付いた。
「....」
ーーうぅ、物凄い視線を感じる...!
その何ともいえない視線を受けて困っていると、前の席に座っていた女子生徒が声をかけてきた。
「ね、ねえ夕崎くん!」
「はいっ?!」
「夕崎くんって、海外の人なの?」
ーーき、きた!
「うん、実はそうなんだ」
転校にあたって美柑から託された、ボクの架空の設定。
結城という名字をもじって夕崎、そしてこの赤い髪の色を不思議がられない為に作った設定が海外からの転校生だったのだ。
ボクの返事を聞いて、段々と周囲にクラスの人達が集まり始めた。
「へー、日本語上手だね!」
「えっ?まあ殆ど日本で暮らしてたっていうか、日本語で話す機会が沢山あったからかな」
「ねえねえ、彼女とかって居るの?」
ーー彼女?彼女って確か...そうだ、お付き合いしてる人だ!
「えっと、居ないよ」
直後、三度歓声が室内を包んだ。
「じゃ、じゃあさ!!」
「実は私も!!!」
「俺もぉ!!!」
「ていうかこの後さ!!」
「貴方達、辞めなさい!!夕崎くんはこの後校内を見て回らないといけないの」
ボクが次々と押し寄せてくる質問の波に呑まれていると、先程も助けてくれた古手川さんが今回も声を上げた。
隣に座っている彼女はそうして立ち上がり、続けて話しかけてくる。
「早く行くわよ夕崎くん、時間無いんだから」
「あ、はいっ!」
「何よもう、せっかく夕崎くんと話してたのに」
「てかあの態度流石に酷くない?転校生なのにさ」
「古手川さん、男子に厳しすぎるよね」
「これで一通り紹介出来たわね」
図書室、屋上、体育館、更衣室等、沢山の場所を教えてくれた古手川さんは、静かに息を吐いた。
「わざわざありがとう、古手川さん」
「別に先生に言われただけだから...じゃあ、戻りましょう」
ーー時間使ってもらって申し訳ないな...これからはなるべく迷惑掛けないようにしないと...
そんな決意を固めつつ、ボクは古手川さんを追って廊下を歩いていく。
「...っ!」
すると突然、古手川さんの足がピタリと止まった。
「うわあああああ!!!ララ!!お前何やってんだ!!!!」
ーーこ、この声は...
誰が居るのかほぼ分かっていながらも、ボクはその様子を確認する。
そこには、何故か裸のまま座り込んでいるリトとそれを見つめるララさんの姿があった。
「リ、リト...?」
「全くハレンチな....って、貴方、あの人と知り合いなの?」
「えっ、まあその...一応知り合いかな」
「あっ!楓ー!やっほー!」
「ララさん...何があったの?」
「か、楓?!あ、これは違うんだ!!って、うわあ!!」
「きゃっ!」
何を思ったのか、突然否定の言葉共に立ちあがろうとしたリトは自身の足を絡ませ、ララさんに向かって転んでしまう。
「いてて...って、うわあああああああ!!」
そして、リトの手はララさんの...
「...リト、暫く見ないうちにこんな人になっちゃったんだね...」
「だ、だから誤解だってええええ!!」
トラブル5 お出かけ日和?
学校が始まったとはいえ、美柑との時間を減らす事はしたくない。
そんな事を考えているボクが、休日に彼女から買い物へ行きたいという要望をぶつけられたら、断る理由は無かった。
「ふんふんふーん」
「楽しそうだね」
「えっ?そ、そうかな?」
鼻歌交じりにボクの手を取る彼女を見て、そう思わない人は居ないだろう。
ーーでも、楽しんでくれてるなら良かった。
今日の優先順位は美柑が最上位なので、ボクはあまり深く考えず良かったものは良かったとしておく。
そうして目的のショッピングモールに向かって歩いていると、ペットショップの前に立つ1人の少女の姿が目に入った。
ーーん?あれって...
その彼女はケースに入れられている猫に夢中なようで、こちらには気付く気配が無い。
ボクは少しだけ早足になり、満足に距離を詰められたタイミングで声を掛けた。
「古手川さん?」
「はえっ?!?!」
なるべく驚かせないように声のボリュームを抑えたのだが、結局驚かせてしまった。
「こんにちは、何してるの?」
「えっ、そ、それは...ちょっと猫を見てただけよ」
と、会話を続けるボクの袖を美柑が引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「...この人、知り合いなの?」
美柑はボクの耳にのみ聞こえるようにヒソヒソ声で話しかけてくる。
「うん、隣の席の人だよ」
「...そっか、そりゃあ学校行ってるんだから知り合いくらい出来るよね....いやでも...」
「美柑?おーい、美柑?」
話しかけても反応しない1人の世界に行ってしまった美柑を見ていると、今度は古手川さんが話しかけてきた。
「夕崎くん、その子は?」
「あー、この子は...」
ーー...な、なんて紹介しよう...そうだ!
「この子は結城美柑、結城リトの妹だよ」
「ゆ、結城リトの?...どうして貴方が?」
ーーうう、説明が難しい...!
今このタイミングで同居している事を伝えても、余計に混乱させてしまうだけだろう。
ボクは慎重に、なるべく嘘はつかないように言葉を選んだ。
「えーっと...実は昔から結構遊んでて、今日も一緒に出掛けようとしてたところなんだ、ね?美柑?」
「へっ?!う、うん!」
良かった、ようやく帰ってきた。
「そう...まあ別に良いけど」
古手川さんは納得した様子で、美柑とボクを交互に見た。
「とにかく、高校生らしく変な事はしないで過ごすこと、良い?」
「高校生らしく...?」
ボクがその言葉に疑問を持っていると、隣の美柑が古手川さんをジッと見つめた後に腕を引っ張ってきた。
「...よし、楓!じゃあデートの続きしよっか!」
「デ、デデデデート?!は、ハレンチだわ!!」
「別に良いじゃないですか、古手川さんには関係ないんですし、ねー?楓」
「か、関係あるわ!私はクラス委員よっ!」
「ここは学校じゃないのに、何が関係あるんですか?」
ーーあ、あれ?何か空気が...
突然険悪な空気に変わったのが分かり、ボクは急いで仲裁に走った。
「ちょっと、美柑っ」
「それで古手川さんが校舎を案内してくれたの、だから喧嘩はしないで欲しいな」
「う、うん...そうだったんだ...ごめんなさい古手川さん、私勘違いしていたみたいで...」
「私の方こそごめんなさい、結城リトさんの妹って聞いたからつい...」
「ああ...うちのリトがいつもご迷惑を...」
何とか古手川さんの事を説明すると誤解が解けたらしく、美柑はいつもの美柑に戻っていた。
ーー何だったんだろう...
突然あんな態度を取った美柑の真意は分からなかったが、元に戻ったのなら深く追求する事も無いと考え、ボクは古手川さんに向き直った。
「古手川さん、引き留めちゃってごめんなさい」
「い、いや、別に平気よ。さっきも言ったけど、目的もなくただ猫を見ていただけだから」
「猫、好きなんですか?」
「...まあ、程々には好きよ」
「...へー」
ーー美柑ちゃん、ボクにそんな目を向けないでください。
確かにボクの耳は地球に存在する猫という生物の耳にそっくりだけれど、猫っぽいだけであって断じて猫ではないのだ。
「それより私の方こそ、いつまでも2人を引き留めておくわけにはいかないわ」
「そっか...ありがとう、古手川さん」
「普通よ」
ふんと顔を逸らした古手川さんだったが、彼女の優しさはしっかりと肌で感じ取れた。
「それでは、これからも楓とリトをよろしくお願いします」
「...夕崎くんだけなら、大丈夫よ」
「あ、あはは」
とても冗談には聞こえない彼女の言葉に、ボクは苦笑いで返す他なかった。
古手川さんと別れてすぐショッピングモールに到着したボク達は、目的の洋服屋さんに向かって歩いていた。
「でもそっかー、楓も知り合いの1人や2人出来て当然だよねー」
話が途切れたタイミングで突然美柑が切り出したのは先程の事。
ーーまだ、怒らせちゃってるのかな...?
そう考えて彼女の様子を伺うが、特に怒ったり落ち込んだ りしている様子は無い。
「学校の人達、皆優しいから」
単純な問いかけと判断し、ボクは特に捻る事をせず返事をした。
「なら、良かった....ん?...」
「どうしたの?」
美柑が指差したのは、黒髪ショートの少女。
「ちょっと、良い?」
この様子から察すると、2人は顔見知りらしい。
「うん、ボクもさっき同じ事しちゃったから」
「ありがとっ、おーい、春菜さーん」
ーー春菜さん...?
「わっ!...美柑ちゃん?」
「はい、兄がいつもお世話になってます」
美柑の口振りから察するに、彼女はリトとも知り合いなのだろう。
しかしボクには一切の見当も付かず、唯一推測出来るのはボクが居なくなった後の中学校時代付近で発生した関係という事くらいだ。
「...あの、その人は?」
「ああ、幼馴染の楓です」
そう言って美柑はボクに合図を送ってきた。
「幼馴染...」
「初めまして、夕崎楓です」
「西連寺春菜です、結城くんとは中学時代からの知り合いです」
「楓は最近彩南高校に転校してきたんです、それで春菜さんを見掛けて、紹介出来たらと思って」
ーーって事は、西連寺さんは同級生なんだ...それにしても...
先程から美柑の様子が少しおかしい。
と言っても古手川さんの時とは違って、寧ろ西連寺さんにとても好意的なのだが。
ーーよし...後で聞いてみよう。
どうやら西連寺さんは既に買い物を終えていたらしく、引き留めるのも悪いのですぐに別れる事になった。
そうして彼女の背中が見えなくなった直後、美柑が顔を寄せて来きた。
「さっきの西連寺さん、実はリトの好きな人なんだよね〜」
「....え....えええええっ?!ほほほ本当に?!」
「うん、この前水族館で2人きりにしたんだけど、あれを見る限りほぼ確定だと思う」
「そ、そっか...リトも高校生だもんね」
恋愛の話題なんて、少なくとも昔は一度だってしなかった。
時の流れとリトの成長を感じつつ、ボクは話の流れで美柑に疑問をぶつけてみる。
「ちなみに、そういう美柑は居たりするの?気になってる人とか」
「へっ?!?!」
「えっ?!...居るの?」
あまりにも焦りの詰まったその反応は、自ずと答えを示している様なものだった。
「い、いや違うの!違うっていうか...い、居ないよ!だって周りの男子、皆子供なんだもん」
「そっか、美柑は大人びてるもんね」
「えへへ、そうでしょ〜?」
その笑顔は十分な子供っぽさを持っていたが、ボクは敢えてその事には触れない事にした。
「まあそういう事だからさ、学校で春菜さんとリトを見かけたら、お願いね?」
「う、うん、良く分からないけど頑張るよっ!」
トラブル6 おかしな転校生
男子は皆ハレンチだ。
下品でだらしなくて、クラスの女子にもちょっかいを出していつも風紀を乱す。
同級生の結城リトは特に酷いものだ。
だから私は、出来るだけ男子と関わらないように、そして女子を守るように生きてきた。
けれど最近、うちのクラスに転校生がやってきた。
海外からやってきたらしいその彼、夕崎楓くんはこんな私でも薄々感じられる程度には顔が良いらしく、クラスの女子は事あるごとに彼に付き纏う。
確かに中性的な顔立ちで、芸能的な活動をしていてもおかしくはない。
しかしこういう事がきっかけで風紀が乱れ、不健全な学校になってしまうのだ。
そんな夕崎くんを、私は警戒の意味も込めて見ていたのだが。
「....んん」
眉間に皺を寄せ、真剣に教科書と向き合う夕崎くん。
既に授業は終わりお昼休みに入っているのにも関わらず、彼はその姿勢を崩さなかった。
ーー....もしかして。
私は他のクラスメイトの女子が夕崎くんに話し掛ける前に、先んじて彼に声を掛けた。
「ねえ、もしかして、字が読めないの?」
「へっ?!....えっと、その...」
明らかな動揺と曖昧な誤魔化し、間違いない。
私も失念していた、彼は海外から来たのだから普通に考えてそこは苦戦して仕方ない箇所だ。
「....」
「...実は、あんまり読めなくて」
男子と積極的に関わるという事はしたくない。
けれど、だからと言って困っている人を助けないという選択肢は、それが男子であれ女子であれあり得ない。
「何処が分からないの?教えてあげるわよ」
「本当?!...あ、でも古手川さんも大変そうだし迷惑じゃないかな」
目を輝かせたと思えば、次の瞬間には申し訳なさそうに目を伏せている。
調子が狂う、こんな男子は初めてだ。
「困っている人を助けるのもクラス委員の仕事の内よ、ほら?読めないのは?」
「...ありがとうっ...!この部分なんだけど...」
それから私は、夕崎くんと会話する機会が増えていった。
その中で判断する限り、彼は最低限の礼儀作法は身に付けているらしい。
基本的にいつも下手に出るし、そうでもない事でも何度も感謝の言葉を伝えてくる。
でもやっぱり、男子は苦手だ。
先生に頼まれていたノートを運び終え教室に戻ると、そこには夕日になりかけた光に照らされた夕崎くんの姿があった。
教科書を読む事に余程集中しているのか、私が教室に入ってきた事には気付いていない。
私はそんな彼に声を掛けようとして、声が喉で止まってしまう。
それは、椅子に座り暖かい日差しを受けた夕崎くんがまるで別の何かに見えてしまったから。
現実離れ、幻想的、そんな感じ。
海外の人だからというより、もっと別の要素があるように思えてしまう。
そのうちその情景にも慣れてきて、足の疲労を自覚出来るまでになった私は、ようやく行動する決心がついた。
「...ゆ、夕崎くん?」
「?...古手川さんっ?いつの間に...」
想像通り私の存在に驚いた夕崎くんは、教科書を閉めようとしつつもまだ勉強したい気持ちが残っていたのか、空中で手をふらふらとさせた。
「分からない所でもあるの?」
「あー、その...明日の予習かな」
「予習?」
「...明日いきなり読んで、また古手川さんに迷惑掛けちゃったら嫌だから」
ーーそっか...
てっきり今日の授業の復習をしているのだとばかり思っていたが、まさか予習をしているとは思わなかった。
「けどもう皆帰ってるわ、部活もないでしょうし貴方も早く帰りなさい」
「そっか、気を付けるね」
夕崎くんはその言葉を聞き、しっかりと教科書を閉じた。
手早くバッグに荷物をしまう姿を横目に、私も席に戻って帰宅の準備をする。
課題用のファイルと教科書達、それからお母さんに渡すプリント等。
忘れ物にだけは気を付け、私はバッグを手に取った。
するとどうやら夕崎くんも私と同じタイミングで帰宅の準備を終えたらしく、そのまま自然と2人で教室を出る。
若干の気まずさ、というよりは困惑に近い何かを抱えながら、私はその事から目を逸らして階段を降りていく。
そうして昇降口の下駄箱に到着し、私と夕崎くんは隣り合って靴を取り出す。
こうなると、最早2人で帰らない訳にもいかず。
私は若干の距離を空けたまま、下校を開始した。
「...夕崎くんのお家って、こっち側なの?」
「あ...うん」
何かを誤魔化すように曖昧に頷く夕崎くんだったが、その直後に思い直したらしい。
彼は一転して立ち止まり、そのまま口を開いた。
「実は...ボク、リト達と一緒に住んでるんだ」
「...え、リトって結城リト?」
「うん、色々あって」
ーー夕崎くんと結城リトが一緒に住んでる...?でも確かにそれなら、妹さんと出掛けていた事の辻褄も合う...
私は多少の驚きこそあれ、特に引っ掛かりもなくそれを受け入れた。
しかし、疑問は残っている。
「...どうして私にその事を話したの?」
「それは...この前誤魔化しちゃったのもあって、その...嘘はつきたくなかったんだ」
「別に気にしないわよ、嘘なんて」
「それでもやっぱり、古手川さんと仲良くなりたいから」
ーー仲良く...なりたい...
そんな言葉を真っ直ぐに伝えられたのは、果たしていつ以来だろうか。
「そう...」
「じゃあ古手川さん、また明日」
「ええ、また明日」
夕崎くんと別れ、着々と近付いてきた自宅への帰路を歩く。
今日は、いつもとは違った1日だった。
けれどそれは、決して不快感や疲労感がある訳ではなく、寧ろ心地良くも感じられる。
ーー...明日、困ってたら助けてあげないと。
やはり男子は苦手だ。
でも。
読んで頂きありがとうございます、現在9話までのストックがあるので順次投稿していければと思っています。