短編小説どんと来い2nd 応募作品。
テーマ『ヒーロー』
真鹿礼架名義。

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主題

私は紅茶に口付けながら、ただ目前に広がる森を見つめていた。

 

これは兵庫の郊外にある森で、ここは私の住むつまんない屋敷だ。

5月も終わりだというのに、春は凍てついたまま通り過ぎ、夏の足音も無く、鉛色のどんよりとした空が世界を紡いでいく。

カーテンを波に変え、ワンピの裾を揺らし、バルコニーに吹くその風はぬるく肌を抜けていく。

退屈だ……午前って……。

 

石城可織(イシキカオリ)。

私の名前。街でこの名を知らぬ人は居ない。

深窓の御令嬢たるこの私は、狭苦しく厳しく囚われたこの生活に飽き、夜な夜なこの屋敷から街に降りては人助け!あるいは塾帰りのガキの見守り!あるいは喧嘩の仲裁!あるいはエヅく泥酔リーマンの介抱!

民衆は私に熱い眼差しを向け振り返り(願望)

ラブレターあるいは花束を投げつけ(願望)

私は人々から歓迎、祝福され、ニュースは連日特集を組む!

私はこの街のヒーローなのだッ!

きゃーっ♡

カオリちゃん楽しーっ♡♡

 

✧ 

 

これは先日の話である。

 

夜7時。屋敷を勝手に抜け出して、黒いワンピースを身に纏い、明るく眩しいネオン街に飛び込んでいく。人は流れて、車が流れて、パトカーは無灯火を捕まえ、人類として成し得ない体型のギャルは客引きをしている。

ヒーローになって2ヶ月。もはや見慣れた街の光景。

パトカーが大量に走ってるのって治安がいいのか悪いのかちょっと考えたくなる。

楽しそうなことが転がってないかウロウロしてみる。ない。今日は何もない。

春休みに入ったちゃらんぽらんの学生たちのやらかしを期待したが、その予想は外れだった。

私の出番はないらしい。……良いんだこれで。私はこの街の平和を愛する女だから……。

 

やることが無く、コンビニでスキマバイトを黙々と行う。繁華街のコンビニはドラマがあって面白い。仕事は眠くて面倒臭い。なにが面倒臭いかって、やる事無い時間が苦痛なのだ。屋敷に閉じ込められるよりはマシだが。とにかく刺激が欲しかった。

月夜を駆けるヒーローの実態はコンビニバイトである。今はまだ下積み生活……私はいつか大成する……そんな自己暗示を掛けながら、月がビルに身を潜め、ネオンはゆっくりと減っていき、空が薄く薄くなっていく。

バイトを終え、微睡む私は駅のホームで力尽きる。ベンチに背を預け、ちっちゃいリュックを膝に抱え、意識は少しずつ、甘く、溶けていく……。

 

 

地鳴りのような、雷鳴のような、とにかく私の好きでは無い大きな音に叩き起こされ(しょうがない。寝ぼけてたから駅にいるなんて覚えてなかったし)、気付いたら朝8時。石城家の優雅なモーニングタイム(笑)の時間はとうに過ぎている。私が街のヒーローだってことは全員に内緒にしているので恐らくお父様やお母様は「とうとうカオリが家出か駆け落ちか彼氏を作った」と思っているだろう。今更戻ってもピアノレッスンとかいう超絶謎の時間を強いられるだけなので、折角なので昼の街も散策していこうと思う。

 

………思ってた。

夜じゃ考えられないくらいの、それはそれは沢山の人間が目の前を流れてる。こんな街にこんなに人間住んでたの?って思うくらい。

みんなスマホみてイヤホンして、誰も私に気付かないみたいに、ただ機械的に歩いて、定刻通り電車は発車し、時折野郎同士の罵声が聞こえるだけ。夜の華やかで賑やかな活気が嘘みたい。

私はちょっと怖気づいて、足早に駅を出た。自分がこの世にもういない幽霊みたいに思えた。

都会の朝は騒々しく、車は渋滞して進まず、空気は淀んで息苦しい。

この街の、知らない顔を見ている。

今の私はこの街を愛しているとはとてもじゃないが思えなかった。

 

 

近くの喫茶店でコーヒー飲みつつ朝食を済ませたあと。

一人なのをいいことにあちこち行ってみようとした。

駄目だった。わかってだけど。意外と私は怖がりだった。

足がすくむ。陽が怖いのか?それとも人が怖いのか?わからないまま、ただ、力なく彷徨う。地下街と地上を出入りし、ウォーターサーバーの勧誘を受けたり、良く分からない味の試食を貰ったり、買う気のないコスメを眺めたりした。しかも今日に限ってやけに暑い。喧騒を遠くに、日陰に座り、もう歩く気力も体力もなくなった。段々意気地なしの自分にムカついてきた。

でもここで倒れて、はいおしまい、はヒーローとして一番ありえないダサい死に際だから何がなんでも一旦家帰って寝てやるって思った。ウォーターサーバーの勧誘受けたくらいで死ぬヒーローはいない。もっと派手に散りたいのだ。私は!そう決意するとなんだか力が湧いてきた。

立ち上がって、突然、視界が異世界に飛び、私の♡華奢♡な身体はゆらりと大きく動いたあと背中と地面がコンニチハした。つまるところ倒れたのである。

こうなると自力で動くことはできず、急に死と隣り合わせになったことによる緊張で妙に高揚した私はこの感情を味わうためにただ空を眺めていた。たまには、ヒーローにもこんな日があってもいいのかもしれない。空は青い。世界は美しい。イッツアビューティフォー……。

 

辺りは騒然としたが、倒れた私のもとに真っ先機走ってきたのは冴えない印象の多分大学生の男。見るからにだいぶやばかったらしく、買ってすぐであろう未開封のペットボトルを開けて私の唇に当ててみたり、周りに救急車を要請したり、巻き上げた塩タブレットを舌に載せてみたりと世話を焼いてくれた。

私は結局、熱中症だった。

あのまま倒れてたら結構危なかったらしいよと、乗り合わせて病院までついてきてくれたその大学生は教えてくれた。その後も色々あったけど省く。帰って親からめちゃくちゃに怒られたのは、伝えておく。

 

 

さて、支度して、私は今から彼に逢いにいく。

義理は返したい。……別に気になってなんかいない。

ただ、何となく胸が疼くのだ。

ヒーローとしての役割を先越された気がする。

生まれて28年目の、このカオリちゃんは、昼の街に怯えるとともに興味を持ってしまった。

昼に生きる人間の優しさに触れてしまった。

この街を愛する者なら、夜だって、昼だって、動いていなきゃ駄目なはず。「真のヒーローとは何か?」を彼に問うため、お気に入りの帽子を被り、怒鳴る親を無視して、私は昼から外に出た。

 

彼は約束通り待ち合わせ場所にいた。意識が戻ったあとで聞いた話だと、現在大学3年生、あの日は大学終わりだったらしい。

黒リュックに寝癖が直ってるんだか直ってないんだかの髪型に、黒フレームの眼鏡に、ヨレてる服に、なんか汚れてる靴。多分特撮系の缶バッジ。

先日となんら代わり映えのない見た目。お前!もうちょいお洒落してこい!

 

行きたかった場所、見たかった景色、食べたかった物。私の夢がちょっとだけ叶った日。

人混みに紛れても、彼は私の手を決して離そうとはしなかった。

日が沈んでも。

知らないベッドの上でも。

 

一番したかった質問をしようとするけど何となく言い出せず、就寝前、私はとうとう我慢ならずに「貴方にとって真のヒーローとは?」と聞いてみた。

そしたら「本当になりたがってるんですか?そんなものに」なんていうからちょっとびっくりしちゃったけど、その次の言葉を聞こうとしたらキスで口を塞がれた。

 

「ヒーローになりたいなら、こんなに軽く見知らぬ男の誘いに乗っちゃ駄目じゃないですか。僕が敵幹部だったらどうするんですか?姫路駅のヒーロー気取りさん?」

 

私は今、大学生くんのイビキを聞き、スマホに文を打ち込みながら、見えない明日に震えてる。

 

私の行く先を教えてくれ、明日吹く姫路の風たちよ。

 

 

 

 

 


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