日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
ここからバトルが続きます。
アスガルドが、揺れていた。いや、揺れているなどという生易しいものではない。かつて黄金に輝いていた王城は既に瓦礫の山と化し、その周囲に広がっていた建造物も、次々と発生する衝撃波によって崩壊していく。
その中心で、二つの影が激突を繰り返していた。一つは、紫色の光を全身に纏う戦士。二つのパワー・ストーンを宿し、マインド・ストーンに刻み込まれたアーニム・ゾラの意識によって肉体を支配された存在、ゾラエボル。
そして、もう一つは黄金の雷を纏った黒い戦士。クウガ・アルティメットフォーム。ゴルドアークルによって強化された、十文字黒雄の姿である。
ーーーーー
『フンッ!』
ゾラエボルの拳が振るわれる。紫色の光を纏った拳が迫るのに対し、僕は咄嗟に左腕を掲げた。
直撃を受け、左腕から全身へと凄まじい衝撃が駆け抜ける。
「ぐッ!?」
踏み締めた足元が砕け、地面が陥没する。しかし、吹き飛ばされることだけは堪え、そのまま右拳を振り抜いた。
「ハァァァァァッ!!」
『むッ!』
黄金の雷を纏った拳が、ゾラエボルの胸部装甲に叩き込まれる。轟音が響き、ゾラエボルの身体が僅かに後退するが、
『甘い!』
即座に振るわれた裏拳が、僕の側頭部を捉えた。
「ガッ!?」
視界が揺れる。でも、倒れるわけにはいかない。踏み止まり、再び拳を振るう。
『ハハハハハッ!!』
「ハァァァァッ!!」
紫と黄金。二つの光が激突し、周囲へ凄まじい衝撃波を撒き散らす。
……強い。認めたくはないが、目の前のコイツは間違いなく強い。何より厄介なのが、その力の供給源だ。
僕の封印エネルギーは、相手の力を封じることができる。事実、今もゾラエボルが振るう拳、その一撃一撃に込められたパワー・ストーンの力を、封印エネルギーによって削ぎ落としている。本来なら、それだけでも相手の攻撃力は大きく低下するはずだ。しかし、
『どうした!?先ほどから同じことの繰り返しではないか!』
「くッ!」
紫色の光が再び膨れ上がり、封じたはずの力が、瞬く間に補充されていく。
……これが、厄介なんだよなぁ!以前、ドルマムゥと戦った時にも、似たような問題があった。あの時のドルマムゥも、ダーク・ディメンションという事実上無尽蔵のエネルギー源を持っていた。
どれほど攻撃を加えようとも、どれほど力を削ぎ落とそうとも、ダーク・ディメンションから新たな力が供給され続ける。だからこそ、僕たちはその供給源を断つことを選んだ。
闇の力たちによる結界。そして、僕の裏必殺とも言える、モーフィングパワージャック。
ダーク・ディメンションを別物質へと変換することで、ドルマムゥがダーク・ディメンションから力を吸い上げることを妨害したのだ。
結果として、無限とも言えた力の供給を実質的に断つことに成功した。だからこそ、あの時は戦いを優位に進められたし、最終的に勝利することができた。しかし、今回は違う。
目の前のゾラエボルが使っているのは、パワー・ストーンそのものの力だ。それも、二つ。右腕と左腕、それぞれに宿した二つのパワー・ストーンが相乗効果を発揮し、常に莫大なエネルギーを生み出し続けている。
僕が封印エネルギーを叩き込んでも、次の瞬間には新たな力が供給される。一撃を封じても、次の一撃には何の影響もない。
ならば、パワー・ストーンそのものを封印すればいいのかもしれないけれど、……それが簡単にできれば、苦労はしないんだけどね!
『ハァッ!』
「ッ!」
ゾラエボルが踏み込み、拳を振るってくる。僕はその腕に封印エネルギーを流し込みながら受け止めるが、
『無駄だと言っているだろう!』
再び紫色の光が膨れ上がり、僕の身体を押し返す。
「ぐぅッ!」
……やっぱり駄目か!相乗効果を発揮しているインフィニティ・ストーンの膨大なエネルギーに邪魔されて、パワー・ストーン本体に封印エネルギーが届かない。
それに、今回の相手にはもう一つ、厄介な問題がある。アーニム・ゾラ。以前、ゾラウルトロンと戦った時、僕はマインド・ストーンへ転写されたゾラの意識だけを封印しようとしたことがある。
肉体でも、マインド・ストーンそのものでもなく、そこに宿るゾラという存在だけを封じる。それができれば、マインド・ストーンを破壊する必要もなく、ゾラだけを無力化できるはずだった。
しかし、あの時は失敗した。そして、今回も。……くそっ!
目の前のゾラエボルに対して、何度か同じことを試みている。封印エネルギーを細かく制御し、パワー・ストーンの力ではなく、ゾラの意識そのものへ干渉させる。
だが、パワー・ストーン本体と同じで、封印エネルギーが届かない。
『ククク……。』
ゾラエボルが笑う。
『先ほどから随分と奇妙な力を使っているようだが、残念だったな。私には通用しないらしい。』
「……みたいですね。」
『ならば、諦めたらどうだ?』
「嫌だね!」
即答しながら、地面を蹴る。黄金の雷が弾け、僕の身体が一瞬でゾラエボルの懐へと潜り込んだ。
「ハァッ!」
『むッ!?』
右拳を振り抜く。ゾラエボルが腕を掲げて防御するが、防御の上から黄金の雷を纏った拳を連続で叩き込む。
一発、二発、三発。
『ぬぅッ!』
四発目を振り抜こうとした瞬間、ゾラエボルの膝が跳ね上がった。
「ぐッ!?」
腹部に膝蹴りが突き刺さり、身体が浮き上がったところへ、追撃の拳が飛んでくる。
「ガァッ!?」
吹き飛ばされ、地面を転がる。
「まだッ!」
寝転がっている暇などなく、両手を地面について身体を跳ね上げ、再び黄金の雷を纏って突進する。
『ハハハハハッ!素晴らしい!』
ゾラエボルが笑う。
『それほどの力を持ちながら、実に愚直な戦い方だ!』
……言われなくても分かってるよ!単純な力比べなら、ゾラエボルの方が上だ。そして、戦闘技術においても、コイツは僕を上回っている。
元々、ゾラは科学者だったはずだ。少なくとも、肉弾戦を得意とするような人間ではなかった。以前の戦いでは、ゾラウルトロンの姿の時は能力任せの戦い方だった。
しかし、今は違う。サノスの意識を時間をかけて侵食し、乗っ取ったからなのか、コイツはサノスの持つ知識や技術を手に入れている。当然、その中には戦闘技術も含まれているのだろう。それが非常に厄介だった。
『そこだ!』
「ッ!?」
僕の拳が空を切り、次の瞬間、ゾラエボルの拳が脇腹に突き刺さった。
「ぐぁッ!?」
『遅い!』
追撃の蹴り。咄嗟に腕を交差させて受け止めるが、凄まじい威力に身体が後退する。
ただ力任せに殴ってくるわけじゃない。僕の重心、呼吸、視線、そして攻撃の予備動作。その全てを見極め、効果的なタイミングで攻撃を仕掛けてくる。
僕の攻撃の多くは、最小限の動きで躱されている。拳を振るえば、腕を絡めるようにして軌道を逸らされ、蹴りを繰り出せば、軸足を狙って体勢を崩してくる。そして、こちらが僅かでも隙を見せれば、
『フンッ!』
「ぐッ!?」
容赦なく拳が飛んでくる。……これ、普通に戦ったら負けるな!でも、僕にはアルティメットフォームの超感覚がある。視覚、聴覚、触覚、その他あらゆる感覚が極限まで研ぎ澄まされ、相手の動きを捉えることができる。
さらに、雷のエルの力。黄金の雷を全身に纏うことで、雷速とも言える速度で移動することが可能だ。
本来なら、この二つを活用して、相手の攻撃範囲外から一方的に攻撃を仕掛ければいい。あるいは、距離を取って遠距離から封印エネルギーを叩き込む。
それが、今の僕にとって最も合理的な戦い方だろう。……だろうけど。
『どうした!?逃げるだけか!?』
「……いいえ。」
ゾラエボルが挑発するように両腕を広げてくるが、僕はゆっくりと構え直す。
「逃げませんよ。」
『ほう?』
「だって……。」
拳を握ると、黄金の雷が、全身から噴き上がった。
「お前は、ぶん殴らないとなぁ!!」
地面を蹴り、一瞬で距離を消滅させる。
『ハハハハハッ!!』
ゾラエボルもまた、正面から踏み込んでくる。紫色の拳と、黄金の拳、二つが激突し、地面が大きく陥没する。
「オォォォォッ!!」
『ハァァァァッ!!』
互いの身体へ向けて、凄まじい速度で攻撃が繰り出される。
一発殴られた。ならば、二発殴り返す。
二発殴られた。ならば、五発、十発、数十発。
……ああ、そうだ!これでいい!相手の方が強い。相手の方が圧倒的な力を持っている。それでも、退くわけにはいかない。殴られたなら、殴り返す。倒されたなら、立ち上がる。
何度でも、何度でも!
『ハハハハハッ!いいぞ!実にいい!』
ゾラエボルが笑いながら振るう拳が僕の頬を掠め、
……見える!
身体を僅かに傾けると、紫色の光が鼻先を通り過ぎた。
……躱せる!
すれ違いざまに右拳を叩き込む。
『ぐッ!?』
ゾラエボルの顔面が跳ね上がる。即座に反撃の拳が飛んできたが、首を傾けて躱す。さらに一歩踏み込み、左拳を腹部へ。
『ぬぅッ!?』
ゾラエボルが後退する。
……よし!見えている。さっきまで捉えきれなかった攻撃が、少しずつ見えるようになってきた。
アルティメットの超感覚なら、ゾラエボルの動きを捉えること自体は難しくない。黄金の雷を全身に駆け巡らせることで、筋肉が動き、関節が回り、神経が反応する。思考と動作の間にあった僅かな遅れが、少しずつ消えていく。
圧倒的なスペックを持っていても、戦い方は下手くそだったドルマムゥ戦ではあまり意識していなかった超感覚と雷速移動。その二つを、この戦いではフル活用する!
『むッ!?』
ゾラエボルの拳を躱し、そのまま懐へ潜り込み、右拳を振り抜く。
『ぐぅッ!』
さらに左拳、右拳、肘打ち、膝蹴り。一瞬の間に、連続攻撃を叩き込んでいく。
『調子に乗るな!』
紫色の光が爆発。ゾラエボルの拳が、僕の胸部を捉えた。
「がッ!?」
凄まじい衝撃。肺の中の空気が、一瞬で押し出される。しかし、
「……まだだ!」
踏み止まり、拳を振るう。
『なッ!?』
ゾラエボルが驚愕したような声を上げるが、……僕は、こういう戦いには慣れている。アベンジャーズに入る前は、自分より強い相手、自分より速い相手、自分より戦闘技術に優れた相手。そんな連中と、何度も戦ってきたんだ。
殺戮を生き甲斐としていたグロンギ。あいつらは強かった。本当に、強かった。単純な身体能力だけじゃない。戦闘技術、駆け引き。そして、相手を殺すための技術。特にゴの奴らは別格だった。そんな連中を相手に、僕は何度も何度も戦い続けてきたんだ。
最初から勝てる相手ばかりじゃなかった。むしろ、最初は勝てないと思うような相手ばかりだった。それでも、戦ってきた。だから、
「……この程度で!」
『むッ!?』
「負けてたまるかぁぁぁッ!!」
気合いを入れ直すと同時に黄金の雷を弾けさせる。ゾラエボルの拳を潜り抜け、全身の力を込めた右拳を振り抜いた。
『ぐおッ!?』
攻撃がゾラエボルの身体を大きく後退させる。しかし、奴も倒れない。
『……ハハハハハハハッ!!素晴らしい!素晴らしいぞ、クウガ!いや十文字黒雄!』
紫色の光が、再び膨れ上がる。
『なるほど!単純な力でも、技術でも、私の方が上回っている!にもかかわらず、貴様は戦いながら成長しているのか!実に興味深い!』
ゾラエボルが構え直す。
『ならば、その成長がどこまで続くのか、試してみようではないか!』
「……上等!」
再び、二つの影が激突。紫色の光と黄金の雷が、互いを喰らい合うように膨れ上がっていく。
紫が黄金を呑み込もうとし、黄金が紫を引き裂こうとする。激突のたびに大地が震え、衝撃波が周囲へ広がっていく。
二人の間で繰り広げられているのは、純粋な肉弾戦。しかし、その実態は、そんな生易しいものではない。
相手を叩き潰すための攻撃が、目にも留まらぬ速度で飛び交っている。その一撃一撃が、常軌を逸しており、超人兵士クラスの存在であろうとも、掠っただけで肉体が消し飛びかねない。直撃すれば、どれほど頑丈な装甲を纏っていようと、跡形もなく粉砕されるだろう。
そんな攻撃が、一秒の間に何発も、何十発も繰り出されている。防ぐ、躱す、殴る、蹴る。また防ぐ、そして、殴り返す。
それはもはや、戦闘という言葉で表現できるものではなかった。二つの怪物が生み出す、死の嵐。その中心で、クウガとゾラエボルは、一歩も退くことなく殴り合いを続けていた。
ーーーーー
王城があった場所から、随分と離れた位置。黄金に輝く建造物が立ち並び、アスガルドの民たちが行き交っていた場所。しかし、今は人の気配などなく、遠くから響いてくる轟音と、時折大地を揺らす振動だけが、この国で起きている異常事態を物語っていた。
そんな場所で、一人の女が足を止める。
「……ふん。」
黒と緑を基調とした衣装を身に纏った女、ヘラは、右手で首を掴んでいた老人を、まるで不要になった荷物でも放り出すかのように投げ捨てた。
「ぐっ……!」
地面に叩きつけられたオーディンが、苦しげに呻く。
もっとも、その程度でどうにかなるような存在ではない。先ほどまでサノスと激戦を繰り広げ、さらにゾラエボルの攻撃を受けたことで負傷しているが、それでもアスガルドの王、オーディンは健在だ。
ヘラはそんな父親を見下ろし、腕を組む。
「…………。」
しかし、何かを言うわけでも、怒りをぶつけるわけでも、嘲笑うわけでもない。ただ、無言のまま、地面に倒れたオーディンを見つめていた。
「父上ッ!!」
雷鳴と共に、青白い雷を纏い、右手にストームブレイカー、左手にムジョルニアを握った雷神ソーが飛来する。父親を投げ捨てた女を見つけると、即座に武器を構えた。
「貴様ッ!父上に何をした!!」
「…………。」
ヘラは答えない。一度ソーへと視線を向け、その姿を上から下まで眺めると、小さく息を吐いた。そして、何を思ったのか、オーディンの側から離れていく。
「……何?」
警戒するソーを無視して、ヘラは近くに転がっていた大きめの岩へと歩み寄り、その上に腰を下ろした。
足を組み、頬杖をつく。まるで、これから始まる演劇でも見物するかのような態度だった。
「……何のつもりだ?」
ソーは眉を寄せる。先ほどまで父親の首を掴んでいた女が、突然、戦う意思を失ったかのように座り込んだのだ。罠を疑うのも当然だった。しかし、今はそれよりも、
「父上!」
ソーは武器を構えたまま、オーディンへと駆け寄った。
「ご無事ですか!?」
「ああ……。問題ない。」
「問題ないわけがないでしょう!その傷とて決して軽いモノでは!?」
「ふっ……。随分と心配性になったものだな、ソー。」
「誰のせいだと思っているのですか!」
父親の軽口に思わず声を荒らげるソーだったが、突然、ヘラの声が割り込んできた。
「ソー、というのね。」
「……何?」
「名前よ、名前。そこの老人が随分と親しげに呼んでいるから、そうなのだろうとは思ったけれど。」
ヘラは頬杖をついたまま、ソーを見つめる。
「私はヘラ。死の女神ヘラ。オーディンの第一子にして、かつてアスガルド軍を率いた者よ。アナタがオーディンの息子なら、さっき自分でも言っていたけれど、私はお前の姉ということになるわ。」
事前に聞いていたとはいえ、改めて、長い年月を生きてきた身で実は姉がいた、という事実に違和感を覚えてしまうソー。
「……私はソー。オーディンの息子にして、雷神ソーだ。」
「知っているわ、さっき聞いたもの。それにしても……。」
ヘラはソーの顔をじっと見つめると、何とも言えない表情になった。
「似てないわね。そいつにも、私にも。」
そう言って、ヘラはオーディンを指差す。
「顔立ちもそうだけれど、雰囲気も全然違う。……本当にそいつの息子なの?まあ、筋肉の付き方だけは似ているかもしれないけれど。」
「無礼なっ、……筋肉は似ているのか?」
ヘラは深々とため息を吐いた。
「ハァ。……それにしても、随分と情けない国になったものね、アスガルドは。」
ヘラは周囲を見渡す。遠くには崩壊した王城が見える。空には未だサノスの艦隊が浮かび、街から火の手が上がっている。
「かつて九つの世界を支配し、あらゆる敵を屈服させたアスガルドが、今では他所からやって来た連中に好き放題されている。……笑えない冗談だわ。」
「貴様……!」
「やはり、間違っていたのよ。」
ヘラはソーの怒りなど気にも留めず、言葉を続ける。
「もっと多くの国を支配するべきだった。もっと多くの世界を従えるべきだった。アスガルドの支配を宇宙全体にまで広げ、誰も逆らえないほど強大な国を作り上げるべきだったのよ。」
「何を馬鹿なことを!」
「そうしていれば、こんな連中が攻め込んでくることもなかった。アスガルドの名を聞いただけで、誰もが膝をつく。そんな国であり続けるべきだったのよ。」
「……否定はせん。」
「父上!?」
突然の言葉に、ソーはオーディンを振り返った。オーディンはゆっくりと身体を起こし、ヘラを見つめる。
「確かに、かつてのアスガルドが持っていた力を維持していれば、今回のような事態を防げた可能性はある。より多くの世界を支配し、強大な軍勢を維持していれば、外敵も容易には手を出せなかったであろう。」
「父上……。」
「だが、それが正しかったかどうかは、別の話だ。」
今度はヘラの表情が変わった。それまで浮かべていた余裕のある笑みを消し、冷たい眼差しがオーディンへと向けられる。
「……そう。また、それなのね。」
「ヘラ……。」
「正しかったかどうか、ですって?……ねえ、オーディン。」
その声には、先ほどまでの皮肉めいた響きがなかった。
「なぜ、私を裏切ったの?私を征服者として育てたのは、お前でしょう?戦い方を教え、敵を殺すことを教え、勝利こそが全てだと教えたのは、お前でしょう?」
ヘラの声が、少しずつ強くなっていく。
「私を死の女神へと導いたのは、お前だ。私に剣を握らせ、戦場へ送り出し、敵を殺せば褒め称え、国を滅ぼせば誇らしげに笑っていたのは、お前だ!」
「…………。」
「私は、お前の理想を体現していたはずだ!」
「お前が父上の理想だと!?」
ソーが声を荒らげた。
「何を馬鹿なことを!父上は九つの世界を守護する王だ!民を守り、平和を維持し、長きにわたって――」
「黙りなさい。お前は知らないのよ。」
「……何を!?」
ヘラが、ソーを睨みつけた。
「その男の全盛期を知らないから、そんなことを口にできる。……何が最高神。何が知恵の神。何が九つの世界の守護者よ。」
ヘラは吐き捨てるように言った。
「その男は、嵐の神よ。」
「……嵐の、神?」
「そう。雷を操り、暴風を呼び、豪雨を降らせ、あらゆる敵を薙ぎ払う。九つの世界をアスガルドの軍勢をもって支配した、最強の神。」
ヘラはオーディンを指差した。
「その男が戦場に現れれば、空は暗雲に覆われ、大地は雷に焼かれた。グングニルが振るわれれば、どれほど堅固な城壁も崩れ去り、どれほど強大な軍勢も蹴散らされた。」
「…………。」
「そして、私こそが、その男の剣だった。」
ヘラは自らの胸に手を当てる。
「どの戦場でも先鋒を務めた。誰よりも多くの敵を殺し、誰よりも多くの国を滅ぼした。その男が嵐を呼び、私が敵を切り裂く。私たちの前に立ちはだかれる者など、誰一人としていなかった。」
その声には、確かな誇りが宿っていた。
「その男の隣に立っていたのは、私よ。」
ヘラは真っ直ぐにソーを見つめる。
「私こそが、その男と共にアスガルドを、神の国を作り上げたのよ。」
「…………。」
ソーは、何も言えなかった。目の前の女が語る父親の姿は、自分の知るオーディンとはあまりにもかけ離れていた。しかし、その言葉に嘘があるようには思えなかった。
何より、ヘラの眼差しがあまりにも真剣だった。そこにあったのは、単なる征服欲でも、力への渇望でもない。かつて父親と共に戦場を駆け抜け、その背中を追い続けてきた娘の、揺るぎない誇りだった。
……そして、それを裏切られた者の怒りだった。
「……ヘラ。」
オーディンが静かに口を開く。
「私は――」
「言い訳は聞きたくないわ。」
ヘラは即座に遮った。
「お前が何を考えていたのか、今更聞いたところで何になるというの?私は何千年も封印されていたのよ。お前が私を閉じ込め、私の存在を消し去り、何事もなかったかのように新しい家族を作っている間、ずっと。」
「…………。」
「……それと。」
ヘラは、ふと視線を横へ向けた。
「そんなチャチな幻影で、私に襲い掛かろうなんてやめておきなさい。」
「……ッ!?」
ソーが反応するよりも早く、ヘラの右手から黒い剣が生み出され、視線を向けることすらなく投げられた剣は、何もない地面へと突き刺さった。しかし、
「……やれやれ。」
その一歩後ろ。何もなかった空間が揺らぎ、一人の男が姿を現した。
「ロキ!?」
ソーが目を見開く。
「お前、いつの間に!?」
「つい先ほどだよ、兄上。もっとも、そちらの会話が随分と興味深かったので、少々聞き入ってしまったがね。」
「そんなことはどうでもいい!民の避難は!?」
「……終わっている。」
ロキは即座に答えた。
「母上と共に確認した。避難は完了している。多少の負傷者は出たが、幸いにも死者はいない。」
「……そうか。」
ソーが安堵の息を吐く。しかし、ロキの表情は晴れなかった。
「だが……。」
「……ロキ?」
ロキはオーディンへと向き直ると、深々と頭を下げた。
「父上。申し訳ありません。リアリティ・ストーンを、サノスの手の者に奪われました。」
その言葉にオーディンではなくソーが反応する。
「ああ。今はフェイカーと名乗る女戦士が持っている。」
「そうか。私の力が及ばなかったばかりに……。申し訳ありません。」
ロキは悔しげに拳を握る。しかし、オーディンの声は、穏やかだった。
「……ロキ。お前は民を守り、フリッガも無事なのだな?」
「はい。」
「ならば、それで良い。石など、失えば取り戻せば良い。だが、失われた命は戻らぬ。」
オーディンは小さく笑った。
「お前も、フリッガも、民たちも無事であった。それ以上に喜ばしいことがあるものか。」
ロキは何かを言おうとしたが、結局、何も言えずに俯いた。そんな親子のやり取りを、ヘラは黙って見つめていた。
「……そいつも息子なの?」
「……何?」
「だから、そいつもお前の息子なのかって聞いているのよ。」
ヘラはロキを指差す。
「名乗りなさい。」
「……これは失礼。」
ロキは一瞬だけソーへ視線を向けると、いつもの芝居がかった仕草で一礼した。
「ロキ。アスガルドの王子にして、悪戯の神ロキ。以後、お見知りおきを。」
「……ふぅん。」
ヘラはロキをじっと見つめる。
「アスガルド人ではなさそうだけど。」
「……!」
ロキの表情が僅かに強張った。
「まあ、別にいいわ。少なくとも、そっちの筋肉よりは使えそうね。」
「誰が筋肉だ!!」
「兄上、落ち着け。褒められたのは私だ。」
「褒められてなどいないだろう!」
ヘラは、再びため息を吐いた。
「……はぁ。騒がしい兄弟ね。」
そう呟くと、岩から立ち上がる。そして、ソーにもロキにも目を向けず、ただ一人、オーディンだけを見つめた。
「……オーディン。今一度、私と共に戦いなさい。」
その言葉に、ソーとロキが動きを止める。
「かつてのように、私が剣となり、お前が嵐となる。私たちが再び手を組めば、アスガルドはかつての栄光を取り戻せる。」
ヘラは右手を差し出した。
「九つの世界などという小さな枠に収まる必要はない。宇宙の果てまで軍勢を進め、あらゆる国を従え、全ての世界をアスガルドの支配下に置く。」
その声には、確かな熱が宿っていた。
「今一度、私と共に戦い、この世の全てを征服しなさい、オーディン。そうすれば、二度と誰もアスガルドに逆らわなくなる。誰も戦争を仕掛けようとは思わなくなる。全ての世界が私たちの支配を受け入れ、抵抗する存在がいなくなったその先にこそ、真の平和がある。」
「そんなものは平和ではない!」
ソーが叫んだ。
「恐怖で他者を従わせ、逆らう者を殺し、力で全てを支配する!そんなものは、ただの暴政だ!」
「……そう。」
ヘラは静かに答えた。
「けれど、私はそれしか知らないのよ。」
「……何を言っている?」
「征服と闘争。それしか学んでいない。」
ヘラは差し出していた手を、ゆっくりと下ろした。
「私は、常に戦場にいた。剣を握り、敵を殺し、国を滅ぼす。そうすれば父は喜んだ。勝利を持ち帰れば褒められ、より多くの敵を倒せば誇らしげに笑ってくれた。」
「…………。」
「私は、それが正しいことなのだと信じていたわ。」
ヘラは自嘲するように笑った。
「だって、父がそう教えたのだから。」
オーディンの表情が歪む。
「……ヘラ。」
「ただ戦いに明け暮れ、それだけを続けてきた。戦いが終われば次の戦場へ。次の戦場が終われば、そのまた次へ。」
ヘラは、自らの両手を見つめた。
「そうして、気が付けば私は死の女神と呼ばれるようになっていた。そして、ある日突然、父は言ったのよ。もう征服は終わりだ、と。」
ヘラの声が、震えた。
「……ふざけないでよ。」
それは怒りだった。しかし、同時に、どこか悲痛な響きもあった。
「私に全てを教えたのはお前でしょう?戦うことが正しいと、敵を殺すことが偉大なのだと、勝利こそが全てなのだと教えたのはお前でしょう!?」
ヘラはオーディンを睨みつけた。
「なのに、どうして!?どうして、お前だけが変わってしまったのよ!!」
その叫びが、周囲に響き渡る。ソーも、ロキも、何も言えなかった。ヘラは肩で息をしながら、オーディンを見つめ続けていた。
「……私は、変わらなかった。」
やがて、オーディンが口を開いた。
「……何?」
「いや、正確には、変わることができなかったのだ。」
オーディンはゆっくりと立ち上がる。傷ついた身体を支えるようにグングニルを握り、娘と向き合った。
「私は長きにわたり、征服こそが平和への道だと信じていた。強大な力を持ち、全ての敵を打ち倒し、誰も逆らえぬ世界を作れば、争いはなくなるのだと。」
「……そうよ。それの何が間違っているの?」
「だが、征服を続けても、争いは終わらなかった。……一つの国を滅ぼせば、別の国が立ち上がる。一つの反乱を鎮圧すれば、また別の場所で反乱が起きる。どれほど多くの敵を殺そうとも、我らを憎む者は増え続けた。」
オーディンは、遠くの空を見上げた。
「そして、私は気が付いたのだ。」
「……何に?」
「我らが作り上げていたものは、平和などではなかったのだと。我らが恐怖によって支配していた世界では、ただ、誰も逆らうことができなかっただけなのだ。」
「……だから、征服をやめたと?」
「ああ。」
「……それで?」
ヘラは、冷たく笑った。
「それで、お前は満足したの?今まで殺してきた者たちのことを忘れて、平和を愛する立派な王様になって、全てをなかったことにしたの?」
「……忘れたことなどない。」
「嘘よ。忘れていないのなら、どうして私を封印したの?」
その問いに、オーディンは答えられなかった。
「私が間違っていたというのなら、お前も同じでしょう?」
「……その通りだ。」
「なら、どうして私だけが罰を受けたのよ!」
ヘラの叫びに、オーディンは目を閉じた。
「……私が、臆病だったからだ。私は、自らの過ちを認めることができなかった。お前をそのように育てた責任を、正面から受け止めることができなかった。」
オーディンは、ゆっくりと頭を下げた。
「……すまなかった、ヘラ。私は、お前の父親でありながら、お前を導くことができなかった。」
ヘラは、何も言わない。ただ、オーディンを見つめている。何千年もの間、憎み続けてきた父親。自分を育て、自分を戦場へ送り出し、自分を死の女神と呼び、そして、自分を封印した男。その男が、今、自分に頭を下げている。
「……今更ね。」
ヘラは小さく呟いた。
「本当に、今更よ。」
その表情には、怒りも、悲しみも、そして、何とも言えない虚しさも浮かんでいた。
「……でも。」
ヘラは、ゆっくりと右手を掲げた。黒い剣が、その手の中に生み出される。
「だからといって、私が今まで生きてきた全てを否定されるわけにはいかない。」
「ヘラ……。」
「私は死の女神。征服者ヘラ。アスガルドの栄光を築き上げた者。」
ヘラは剣を握り締めた。
「それが私よ。それ以外の生き方なんて、知らない。」
「……ならば。」
その時、ソーが前へ出る。
「これから知ればいい。」
「……なんですって?」
ヘラが、ソーへと視線を向ける。
「お前が今まで戦うことしか知らなかったというのなら、これから別の生き方を知ればいい。」
「……随分と簡単に言ってくれるわね。」
「ああ。簡単ではないだろうな。」
ソーは頷いた。
「だが、不可能でもない。……私も、かつては戦うことしか考えていなかった。」
ソーは、手にしたムジョルニアを見つめる。
「強敵を倒し、勝利を収め、父上に認められる。それこそが王に相応しい行いだと信じていた。力さえあれば、何でもできると思っていた。」
「……ふぅん。」
「だが、私は間違っていた。」
ソーは、オーディンへと視線を向けた。
「父上に力を奪われ、地球へ追放され、そこで初めて知ったのだ。力とは、他者を従わせるためにあるのではない。守るためにあるのだと。……私は、かつての自分を恥じている。だが、その過去があったからこそ、今の私がいる。」
ソーはヘラを見つめる。
「お前、……姉上も変われるはずだ。」
「……私が?」
「ああ。」
「……ふふっ。」
ヘラが笑った。
「ふふふ……あははははっ!」
やがて、声を上げて笑い始める。
「何を言い出すかと思えば!私が変われるですって!?」
「……何がおかしい?」
「何もかもよ!」
ヘラは笑いながら、剣を肩に担いだ。
「お前、私が何人殺してきたと思っているの?幾つの国を滅ぼし、幾つの世界を征服してきたと思っているの?」
「……知らん。」
「でしょう――」
「だが、それがどうした?」
ソーは、退かない。
「過去は変えられん。お前が犯した罪も、消えることはない。だが、だからといって、これからも同じことを繰り返していい理由にはならんだろう。」
ヘラの笑みが消えた。
「……随分と偉そうね。」
「ああ。私は偉いからな。何しろ、雷神ソーなのだ!」
胸を張るソーの姿に、ロキが額を押さえた。
「……兄上。今はそういう場面ではないと思うが。」
「うるさいぞ、ロキ!」
「……はぁ。」
ヘラは呆れたようにため息を吐いた。しかし、その口元には、ほんの僅かに笑みが浮かんでいた。
「……本当に、似てないわね。」
「……何?」
「そいつにも、私にも。」
ヘラは、ソーを見つめる。その眼差しが、鋭くなる。
「でも……。口だけなら、誰にでも言えるわ。力とは守るためにある?戦う以外の生き方がある?……随分と立派なことを言うじゃない。」
ヘラは剣を構えた。
「ならば、証明してみなさい。」
「……何をだ?」
「お前の言う、その力とやらを。」
ヘラの周囲から、黒い霧のようなものが立ち上る。
「私は、力こそが全てだと教えられてきた。強い者が弱い者を従え、勝者が敗者の運命を決める。それが、この世界の真理だと。……お前は、それを否定するのでしょう?」
「その通りだ。」
ヘラは、剣先をソーへと向けた。
「ならば、私を倒してみなさい。私を倒し、お前の言う正しさを証明してみなさい。」
「……よかろう。」
ソーは、ゆっくりとムジョルニアとストームブレイカーを構えた。
「だが、一つだけ言っておく。……私は、お前を殺すつもりはない。」
ヘラの目が僅かに見開かれ、ソーは真っ直ぐに、そんなヘラを見つめる。
「私は、お前を止める。そして、父上と共に、これからどうするべきかを考える。」
「……ふふっ。」
ヘラは、小さく笑った。
「随分と甘いことを言うのね。」
ヘラは、剣を握り直し、
「ならば、私も一つだけ言っておくわ。」
「……何だ?」
「手加減なんて、期待しないことね。」
それが開戦の合図となり、ヘラの足元から無数の黒い刃が噴き出した。
「ッ!?」
ソーは咄嗟に後方へ跳躍すると、先ほどまで立っていた場所を、巨大な剣が貫いた。
「……なるほど。」
ソーは着地すると、口元に笑みを浮かべた。
「なかなかの腕前のようだな。」
「……それはどうも。」
ヘラは、剣を軽く振るう。
「けれど、今のは挨拶よ。」
「……ほう?」
「本番は、これから。」
ヘラの手に、二本の黒い剣が生み出される。
「……ほう。」
ソーもストームブレイカーとムジョルニアを構え、笑った。
「なかなか楽しめそうだ!」
「……ふふっ。」
ヘラもまた、笑みを浮かべた。
「そう。なら、遠慮はいらないわね。……死になさい。」
手に持った剣が投げ放たれたかと思えば、気がつけば無数の刃がソー目掛けて襲いかかっていた。
「ハァァァァァァッ!!」
ソーが吠え、ムジョルニアとストームブレイカーが振るわれ、青白い雷が黒い剣群と激突し、周囲の大地を吹き飛ばす。
「……父上。」
その光景を見つめながら、ロキが呟いた。
「……何だ?」
「よろしいのですか?兄上を、姉上と戦わせて。」
オーディンが目の前で繰り広げられる戦いを見つめる。かつて、自分と共に戦場を駆け抜けた娘。そして、自分とは違う道を歩もうとしている息子。その二人が争う姿を見つめながら、オーディンは静かに呟いた。
「……私には、できなかったことだ。」
「……父上?」
「私は、ヘラを止めることしか考えなかった。あの子が何を思い、何を求めていたのか……理解しようとすらしなかった。だが、ソーは違う。」
オーディンは、雷を纏って戦う息子を見つめる。
「……あの子は、ヘラを救おうとしている。」
その言葉にロキは、
「……やれやれ。本当に、兄上は……。」
呆れたように呟きながらも、その口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「……どこまでも、兄上らしい。」
その視線の先で、雷神と死の女神が激突する。同じ父親の背中を追いかけながら、全く異なる道を歩んできた二人。
一人は、征服こそが平和への道だと信じた。もう一人は、守ることこそが力の意味だと信じた。二つの信念が、今、アスガルドの大地でぶつかり合う。
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「ねぇ、二人とも。スタークさんには待機していろ、って言われたんだけどさ。なんかスパイダーセンスが凄い反応して、僕に『行け!』って言ってる感じがするんだけど。」
「ピーターのピータームズムズが反応してるなら行った方が良いんじゃない?」
「……はぁ。後で怒られるかなぁ。」
若者たち、準備OK。