日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
ブランニュー・デイ無双
アスガルドの一角で、私、闇の力はエボル・スペースフォームを前に、少々頭を悩ませていた。
「……ふむ。」
目の前で戦う青い戦士を見つめる。
エボル・スペースフォームに変身したのは、エボルトと名乗っていた男で、インフィニティ・ストーンの一つ、スペース・ストーンの力を宿す者だった。
だが、今は別の存在が、その肉体を支配している。
『まずは、この身体がどこまで使えるのか――試してみるとしよう。』
そう言って意識の表面に出てきたのは、アーニム・ゾラ。かつてヒドラに所属していた科学者だ。ウルトロン事件からマインド・ストーンに意識を移し、そのエネルギーの中に分体を潜ませていたゾラは、エボルトの肉体を乗っ取り、マインド・ストーンの力を加えた新たな怪物となって現れた。
エボル・スペースフォームの素の能力だけでも、並大抵の存在では相手にならない。それに加えて、精神干渉を始めとするマインド・ストーンのエネルギーや能力まで備わっている。
仮に、本来の歴史において、この怪物が現れていたとしたら、アベンジャーズがエンドゲームと呼ばれる戦いで集結させた戦力を投入して、ようやく勝利の可能性が見えてくる。その程度には、常識外れの存在だろう。
……それが、
『ぐおぉぉぉッ!?』
「魔法のウェブ!超能力のパンチ!超能力のキック!!」
『ガッ!?ぐおッ!?』
「ピーター、それダサいよ!」
「ジーン!ピーターがダサいのは今に始まったことじゃないんだから、集中して!」
「二人とも酷くない!?」
……何故か、その怪物が一方的にボコボコにされていた。それも、黒雄でも、ソーでも、エルロードでもない。地球からやって来た、少年少女に、だ。
「……うむ。」
私は腕を組み、目の前で繰り広げられている光景を眺める。
……どうしてこうなった?
話は、少し前に遡る。
ーーーーー
『ハハハハハハハッ!!』
突如として現れたゾラは、エボル・スペースフォームの肉体を手に入れたことが余程嬉しかったのか、盛大な笑い声を上げていた。
私は、その姿を見ながら小さく息を吐く。エボル・スペースフォームだけでも面倒だったというのに、よりにもよってマインド・ストーンまで加わるとは。まったく、次から次へと。
『まずは貴様らからだ!』
ゾラが両腕を広げ、額に埋め込まれたマインド・ストーンが、強烈な黄色の光を放つ。
「……むっ!?」
光と共に、周囲へ不可視の波動が広がっていく。
――精神干渉か。
そう判断した時には、既に波動が私たちを呑み込んでいた。私自身には大した影響はない。問題は、
『ぐっ……!?』
私の前に立っていた、トリニティだ。三柱のエルロードが、私の力によって融合した姿ではあるが、相手はマインド・ストーンの力。いかにエルロードといえども、その精神干渉を完全に無視できるわけではない。
『ぐ、くぅ……!』
トリニティが膝をつく。
『ハハハハハッ!どうした!?中から見ていたが、先ほどまでの威勢はどこへ行った!?』
ゾラが笑う。
『なるほど!複数の精神が一つの肉体に宿っているのか!面白い!だが、それならば話は早い!全てまとめて支配してくれる!』
「……それは困るな。」
私は即座にトリニティへと歩み寄り、その背中に手を当て、聖域の力を一気に流し込む。
「少々、我慢してくれ。」
『ぐおぉぉぉッ!?』
トリニティの身体が大きく跳ね、内部に入り込んでいたマインド・ストーンの干渉が、聖域の力によって押し流される。
そもそも、この場所は聖域化しているので、他者への悪意を持った干渉を弱める力はデフォルトで付いている。その恩恵があったからこそ、トリニティは完全に支配されずに済んだのだろう。
『……ぐっ、はぁ……!』
やがて、トリニティが顔を上げた。
『……おい、闇の力。もう少し、加減というものを覚えてくれ。』
「すまんな。急いでいたもので。」
どうやら、無事に復調したようだ。
「さて。」
私は改めてゾラへと視線を向ける。
『……ほう。私の支配を振り払ったか。』
「この程度であればな。」
『ククク……。では、もう一度試してみるか?』
「遠慮しておこう。」
……さて、どうしたものか。トリニティの力であれば、接近戦でも十分に渡り合える可能性はある。しかし、マインド・ストーンによる精神干渉が厄介だ。
先ほどは聖域の力で回復させることができたが、何度も同じことを繰り返されれば、いずれ対処が追いつかなくなるかもしれない。……やはり、まずは精神干渉への対策を講じるべきか。
そう考えていた、その時だった。
「……む?」
私たちの背後で、黄金色の火花が散った。火花は円を描くように広がり、やがて、その向こうに見慣れた景色が映し出される。
ポータル、魔術による空間転移だ。そして、その向こうから、
「よっと!」
赤と青のスーツを纏った少年が飛び出してきた。続いて、二人の少女が現れる。
「……ピーター?」
思わず声が出た。
「わぁ!?闇の力さん!」
少年、ピーター・パーカーが、こちらへ手を振ってくる。
「……何故、君がここにいる?」
「えっと、それはですね!」
ピーターは何やら説明しようとしたが、その途中で、私の向こう側に立つゾラエボルへと視線を向けた。
「……あれ?」
そして、首を傾げる。
「わぁ!?クロオさんや真魚さんたちみたいな格好の人がいる!味方ですか!?」
「敵だ。」
「えっ!?そうなんですか!?」
「うむ。かなり厄介な相手だ。……それより、何故君たちがここにいる?」
「あ、はい!実は地球でも色々あって、サノスの娘さんが仲間と恋人さんのお墓参りに来たので捕まえて、話を聞いたら銀河存亡の危機が二回もあったらしくて、それでアスガルドのことを伝えて、さらに話を聞いたら、容疑者がソーさんの可能性も出てきたので、皆で来たんです!」
「…………。うむ。サラ。重要なことだけ、まとめてくれ。」
「……ですよね。」
ジーンと共に、ピーターの後ろに立っていたサラが、苦笑しながら頷いた。
「地球で、サノスの親族を名乗る女性と接触しました。その女性の話によると、サノス軍は無差別に侵略を繰り返すような存在ではないらしく、今回の件も、何らかのすれ違いが起きている可能性があります。」
「……ふむ。」
「それで、その女性と彼女の仲間たちと一緒に、アスガルドまで来ました。……ただ。」
サラは、少々困ったような表情を浮かべる。
「その女性たちは皆、あちらの方へ行ってしまったようで。」
そう言って指差したのは、先ほどまで真魚たちが戦っていた方角だった。
「……ああ、なるほど。」
確かに、先ほどまであちらでは凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
真魚、光のエル、風のエル、エンシェント・ワン。
彼女たちが、リアリティ・ストーンの力を宿す者を相手に戦っていたはずだ。しかし、今は随分と静かになっている。その女性たちが向かったからか?
今回、アスガルドへの援軍を送るにあたり、地球では相当な数の戦力に声がかけられていた。私やエルロードたち、真魚。そして、たまたま村を訪れていたエンシェント・ワン。さらに、経過健診のために村へ来ていたロジャースとバーンズたち。
先ほど、スタークたちが遅れて到着したことを感じ取っていたが、……なるほど、地球でも色々とあったというわけか。
とはいえ、地球を完全に無防備にするわけにはいかない。その辺りの戦力配分は、フューリーが上手く調整しているのだろう。だが、
「……改めて聞くが。」
私はピーターたちへ視線を戻した。
「何故、君たちがここにいる?いや、援軍として来てくれたこと自体はありがたい。だが、君たちはまだ子供だ。せめて、スタークと一緒にいるべきではないか?」
「……あー。」
ピーターが気まずそうに視線を逸らした。代わりに、サラが口を開く。
「実は、スタークさんと先生からは、例の星で待機するように言われていたんです。」
「……ふむ?」
「でも、ピーターが突然、嫌な予感がするからポータルを開いてくれって言い出して。それで、言われた通りにポータルを開いたら……何故か、ここに繋がりました。」
「…………。」
私はピーターを見る。ピーターは、何とも言えない笑顔を浮かべていた。
「……えへへ。」
「……君という子は。」
まったく。黒雄もそうだが、どうしてこの少年たちは、こうも危険な場所へ自ら飛び込もうとするのだろうか。
……いや。そもそも、ピーターの嫌な予感というものは、決して無視できるものではない。彼の持つスパイダーセンスは危険を察知する能力としては最高峰であり、時として未来予知に近い精度を発揮する。それが、この場所へ来るべきだと告げたのならば。
……何か、意味があるのかもしれないな。
『……おい。』
「……む?」
背後から声が響き、振り返ると、ゾラが腕を組み、こちらを睨みつけていた。
『話は終わったか?』
「……ああ。すまんな。」
『フン。随分と余裕があるようだな。』
ゾラは鼻を鳴らす。
『まあいい。戦力が多少増えたところで、何も変わらん。今の私には、この肉体の持つ空間操作能力に加え、マインド・ストーンの絶大な力がある!貴様らが何人集まろうとも、私に勝てるとで――』
シャッ!
『びょッ!?』
……何かが、ゾラの顔面に命中した。白い糸、ウェブか。
「……えっと。」
ピーターが、片腕をゾラへ向けたまま、こちらを見ていた。
「敵なら、攻撃しても大丈夫……ですよね?」
……うむ。
『……貴様ァァァァァッ!!』
ゾラが吠え、額のマインド・ストーンが、猛烈な黄色の光を放つ。
「……まずいっ!?」
そう思った時には、既に手遅れで、黄色い波動が、ピーターの身体を真正面から呑み込んだ。
「ピーター!」
サラが叫び、ジーンも慌てて身構えた。
『ハハハハハハハッ!!愚かな小僧め!私の力を知らずに攻撃してくるとは!』
顔面に付着したウェブを引き剥がしながら、勝ち誇ったように笑っていたゾラは、
『ハッ!あっさり洗脳にかかったな、小僧!これで貴様も私の――ガッ!?』
……思いっきり、殴られた。それも、先ほどまでゾラが嘲笑っていた、ピーター本人に。
「……えっと。」
ピーターは拳を握ったまま、こちらを振り返る。
「隙だらけだったんで、殴っても大丈夫……でしたよね?」
「…………。」
私は、しばし無言でピーターを見つめていたが、あることを思い出した。
「……そういえば君は、洗脳に対しても強い耐性を持っているのだったな。」
「はい!」
ピーターは元気よく頷いた。
「ジェイソンさんに洗脳されてからは、さらに強くなったみたいです!」
「……なるほど。」
以前、ピーターは今は村に住んでいるジェイソン・ストライカーによって精神を操られたことがある。あの時は黒雄と激しい戦闘を繰り広げることになったが、その経験を経て、ピーター自身の精神的な抵抗力も大きく高まっている。
……それにしても。マインド・ストーンの精神干渉を、正面から受けて平然としているとは。
「……君も、大概だな。」
「え?」
「いや、何でもない。」
『……き、貴様ァッ!!』
ゾラが怒りに震えた声を上げる。
『私の支配を受けていないだと!?そんな馬鹿なことがあるか!!』
「えっと……。」
ピーターは、少々困ったように首を傾げた。
「何か、頭の中に入ってこようとした感じはあったんですけど……。」
『……何?』
「嫌な感じがしたので、こう、グッて!」
ピーターが手を押し出すような動作を行う。
「押し返しました!」
『…………。』
……説明が雑だ。しかし、実際に押し返してしまっているのだから、何とも言えない。
『……ふざけるなァァァァッ!!』
ゾラが怒声を上げ、ピーターへ殴りかかる。
「うわっ!?」
ピーターは咄嗟に身体を捻ることで拳を躱し、反撃の拳を振るう。
「よっと!」
『ぐっ!?』
ゾラの胸部に拳が命中する。さらに、
「もう一発!」
『ぬぅッ!?』
続けて二発、三発。蜘蛛の力によって強化されたピーターの拳が、次々とゾラの装甲を叩く。しかし、
『……調子に乗るな。』
ゾラの声が低くなった。
『効かんぞ、虫ケラァ!!』
「……あっ。」
ピーターが四発目の拳を振り抜いた瞬間。その腕を、ゾラがあっさりと掴み取った。
『フンッ!!』
「うわぁぁぁぁっ!?」
そして、そのまま勢いよく投げ飛ばす。ピーターの身体が、凄まじい速度で宙を舞った。さらに、ゾラの手には擬似ブラックホールが生み出されていた。
「……いかんっ!?」
このままでは、狙い撃ちされると思った私は、咄嗟に動こうとしたが、
「……よっと!」
ピーターは、空中で体勢を整え、ウェブシューターへ手を伸ばすと、カートリッジを射出した。
『……フン!』
ゾラは飛来するカートリッジを見て、鼻を鳴らす。そして、僅かに身体を傾け、それを躱した。だが、
「……そこ!」
一つ目を躱したゾラの移動先へ、まるで最初から分かっていたかのように、二つ目のカートリッジが飛び込んだ。
『……何ッ!?』
カートリッジがゾラの装甲に激突し、内部に詰め込まれていたウェブ液が一気に噴き出す。大量のウェブがゾラの身体へ絡みつき、両腕と胴体を拘束した。
『ぐっ!?こ、これは!?』
「よし!」
ピーターは空中で一回転すると、両足で着地する。
そして、カチャンという乾いた音が響き、両腕に装着していたウェブシューターが取り外された。
ピーターが、小さく息を吐くと、その身体から、先ほどまでとは明らかに異なる気配が立ち上る。
普段、ピーターが抑えている覚醒した蜘蛛の力は、少し力加減を間違えれば、相手に取り返しのつかない怪我を負わせてしまう。だからこそ、普段は意識的に、その力を制御している。
しかし、目の前にいるのは、二つのインフィニティ・ストーンに由来する力を併せ持つ怪物。多少の力加減を考える必要などない相手だ。
「……よし!」
ピーターが両腕を前へ突き出すと、両手首から、大量のウェブが噴き出した。人工的なウェブ液ではなく、蜘蛛の力が覚醒したことで、ピーター自身の身体に備わった生体器官から生み出されるウェブだ。
それが、凄まじい勢いでゾラへと伸びていく。
『……なッ!?』
既に大量のウェブによって拘束されていたゾラは、咄嗟に回避することができなかった。生体ウェブがゾラの身体へ絡みつく。
「……よいしょぉぉぉッ!!」
そして、ピーターが両腕を引いた。
『……ぐおッ!?』
ゾラの身体が、強引に引き寄せられる。エボル・スペースフォームの身体能力は、決して低くない。むしろ、常識外れと言っていい。しかし、今のピーターもまた、常識外れの力を持っている。そして、
「ジーン!よろしく!」
「うん!」
サラの隣に立っていたジーンが、右手を掲げた。その瞳に、微かな赤い光が宿る。
……む?
私は、思わずジーンへ視線を向けた。強力な精神感応能力と念動力を持つ少女。彼女の力も、非常に大きな可能性を秘めている。しかも、今、感じ取れる力は……以前よりも、明らかに強い。彼女の内側にある何かが、目覚めかけているような。
「……ピーター!」
ジーンが叫ぶ。同時に、赤みを帯びたサイコキネシスが放たれ、その力はゾラではなく、ピーターの右脚へと絡みついた。
「……おお?」
私は思わず声を漏らす。
ピーターは両手から伸ばしたウェブを強く引き、ゾラの身体を自分の方へと引き寄せ、それと同時に、左脚を軸にして身体を捻った。
右脚が持ち上がり、回転を始め、そこへジーンのサイコキネシスが加わった。赤い光がピーターの右脚を包み込む。
『……なッ!?』
ゾラが驚愕の声を上げるが、遅い。ウェブによって引き寄せられるゾラと加速するピーターの右脚。互いの距離が、一瞬で消滅した。
「ハァァァァァッ!!」
ピーターが、軸足を踏み締めたまま身体を回転させる。そして、引き寄せられたゾラの胴体へ、全身の力を込めた回し蹴りを叩き込んだ。
ドッッッゴォォォォォォォンッ!!!
『ぐおぉぉぉぉぉッ!?』
凄まじい衝撃音が響いた。ゾラの身体が、文字通り吹き飛んだ。大地を削り、瓦礫を粉砕し、何度も地面を跳ねながら、猛烈な勢いで後方へと飛んでいく。そして、
ズッッッガァァァァァァァンッ!!!
聖域の壁へ、激突した。巨大な衝撃波が広がり、周囲の瓦礫が一斉に吹き飛ぶ。聖域の壁が大きく震え、激突した場所を中心に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
……思わず感心してしまう。聖域の壁は、そう簡単に傷つくようなものではない。それを、あそこまで揺るがすとは。
覚醒したピーターの能力にジーンのサイコキネシスが上乗せされた蹴り。二人の力を上手く組み合わせた、実に見事な連携攻撃だった。
「……ふぅ!」
ピーターは回転の勢いを殺し、右脚をゆっくりと地面へ下ろした。その隣へ、ジーンが駆け寄る。二人は互いの顔を見合わせ、
「「……ヨシッ!!」」
声を揃えて叫んだ。そして、拳を突き合わせる。
「やったね、ジーン!」
「うん!ピーターもナイスキック!」
「ありがとう!ジーンのサポートも最高だったよ!」
「えへへ!」
……何とも楽しそうだ。
「二人とも、すごい!今の連携、完璧だったよ!」
サラもまた、満面の笑みで拍手していた。
「でしょ!?」
「うん!練習した甲斐があったね!」
「……いや、待て。」
私は思わず口を挟む。
「君たち、今の技を練習していたのか?」
ピーターが元気よく答える。
「はい!クロオさんのライジング・アルティメットにリベンジしたくて、ジーンと一緒に、色々試してたんです!」
「……そうか、アレにリベンジか。」
「サラにも手伝ってもらって!」
「私は魔術でウェブの強化を。」
「……なるほど。」
……まったく。黒雄の周囲には、どうしてこうも規格外の子供たちばかり集まるのだろうか。……隣を見ると、
アギト・トリニティフォームが、呆然と立ち尽くしていた。
『…………。』
「……どうした?」
『……いや。』
トリニティが、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。
『……何だ、今のは?』
「……見ての通りだが。」
『……見ていたから聞いているんだが!?』
……うむ。確かに、言いたいことは分かる。先ほどまで、私たちが対処に苦慮していた相手だ。エボル・スペースフォームの力に加え、マインド・ストーンまで手に入れた怪物。
それが、現れたばかりの少年少女によって、聖域の壁まで吹き飛ばされたのだから。
「……まあ。」
私は腕を組み直す。
「若いというのは、素晴らしいことだな。」
『……そういう問題か!?』
トリニティの叫びが響く。その一方で、ピーターたちは相変わらず楽しそうだった。
「ねえ、ピーター!次はあの技も試してみようよ!」
「いいね!でも、あれはサラのサポートも必要じゃない?」
「大丈夫!任せて!」
「よーし!」
……どうやら、まだ何かあるらしい。私は、聖域の壁にめり込んだゾラへ視線を向けた。額のマインド・ストーンは、未だ黄色い光を放ち、ゾラは当たり前のように立ち上がっている。
あの程度で倒せるような相手ではないが、……若干ふらついている。どうやら足に来ているようだ。
『……バカな!?』
私は、楽しそうに次の攻撃を相談している三人を見つめる。そして、再びゾラへ視線を戻した。
……この怪物は、果たして理解しているのだろうか。自分が今、どれほど厄介な相手を敵に回してしまったのかを。
「……やれやれ。」
思わず、小さく笑ってしまう。どうやら、今回の戦いは、私たちが考えていたほど、絶望的なものではないのかもしれない。
「ピーター!次は私も合わせるからね!」
「了解!じゃあ、ジーン、さっきの感じで!」
「うん!」
……この子供たちがいる限りは。
『……き、さま、らぁぁぁぁぁッ!!』
ゾラから怒りに満ちた声が響き、青い光と、黄色い光が、同時に膨れ上がっていく。どうやら、随分と怒らせてしまったようだ。
『よくも……よくも、この私をォォォォッ!!』
「……ピーター。」
「はい?」
「一つだけ、忠告しておこう。」
「何ですか?」
私は、怒り狂うゾラを指差した。
「……あまり、調子に乗らないようにな。」
「……え?」
『殺してやるぞォォォォォッ!!』
ゾラの咆哮が、聖域全体を震わせた。ピーターは、その姿を見て、
「……あー。」
少しだけ考え込むと、
「……もしかして、怒らせちゃいました?」
私は、深々と頷いた。
「……かなりな。」
「……ですよねぇ。」
……まったく。本当に、黒雄によく似ている。私は、思わず苦笑してしまった。
ーーーーー
『……いや、何なんだよ、アイツ。』
俺、火のエルは、目の前で繰り広げられている光景を見ながら、思わずそんな言葉を漏らしていた。
『ぐおぉぉぉッ!?』
「よっと!もう一発!」
『ガッ!?き、貴様ァッ!!』
青い装甲を纏った戦士、エボル・スペースフォームが、赤と青のスーツを纏った少年に殴り飛ばされる。
更に、吹き飛ばされたはずのエボル・スペースフォームが、白い蜘蛛糸によって強引に引き戻され、今度は反対方向へと蹴り飛ばされているのだから、流石に言葉を失うというものだ。
『……おいおい。』
俺は思わず頭を掻いた。相手はエボル・スペースフォーム。それも、現在はマインド・ストーンに潜んでいたアーニム・ゾラが肉体を乗っ取り、二つのインフィニティ・ストーンの力を扱えるようになった怪物だ。
本来なら、俺たちエルロードが束になってかかっても、簡単には勝てない相手のはずなのだが。
『ぐっ……!』
「そこ!」
『ぬおッ!?』
ゾラが短距離の空間転移によってピーターの背後へ回り込む。だが、ピーターは振り返ることすらなく、身体を沈めることで背後から繰り出された拳を躱し、そのまま片手を地面につけ、逆立ちするように両脚を跳ね上げた。
『ガハッ!?』
顎を蹴り上げられたゾラの身体が宙に浮く。さらに、ピーターは地面を蹴って跳び上がり、浮き上がったゾラの胸部へ追撃の蹴りを叩き込んだ。
『ぐおぉぉぉッ!?』
確かに、ピーター・パーカーが規格外の存在であることは知っている。
覚醒した蜘蛛の力によって、雷のエルの力を全開にした黒雄のアメイジングフォームすら上回る力を発揮していた。あの時は洗脳によって本来の判断力を失っていたが、今は違う。自分の意志で戦い、相手の動きを見極め、持てる力を最大限に引き出している。
その結果、今のピーターは、俺たち三柱が融合したアギト・トリニティフォームにすら匹敵する力を発揮している。そして、
『……相性か。』
ピーターの持つスパイダーセンス。あれは、危険を察知するという点において、下手な未来予知よりも厄介な能力だ。ゾラがどれだけ空間を操ろうが、転移先から攻撃しようとした瞬間には、ピーターは反応している。
そして、マインド・ストーンによる精神干渉。本来なら、あれだけで大抵の相手は戦闘不能になる。俺たちだって、トリニティの状態で精神に干渉され、危うく意識を乗っ取られかけた。
ところが、ピーターには効かない。いや、一瞬は効いていたのかもしれないが、本人が気合いで押し返してしまっている。
……意味が分からん。
つまり、今のゾラにとって、スペース・ストーンの空間操作も、マインド・ストーンの精神干渉も、ピーターを倒す決定打にはならない。マインド・ストーンに至っては、単なるエネルギー供給源に成り下がっている。
『……メタ能力ってやつか。』
今のピーターはゾラに対して、まさにそれだった。加えて、
「ピーター!良いよ!」
「了解!」
少し離れた場所から、サラが声を上げた。それに応えるように、ピーターが両腕を突き出すと、勢いよく射出されたウェブ。その色は普段の白ではなかった。
『……あ?』
白い蜘蛛糸が、オレンジ色の光を纏っている。しかも、ただ光っているだけではなく、ウェブの周囲に細かな魔術式が浮かび上がり、蜘蛛糸そのものが強化されていく。
『……何じゃありゃ?』
思わず口に出してしまうと、隣に立っていたジーンが、こちらへ顔を向けてきた。
「サラの魔術で、ピーターのウェブの強度や速度を上げてるんだよ!今のピーターは普通のウェブでもすごく強いんだけど、魔術で強化すると、もっと強くなるの!」
俺が聞きたいのは、何でそんなことができるのか、ということなのだが。
『……ぬぅッ!?』
ゾラが両腕に絡みついたウェブを引き千切ろうとしているが、
『……何だと!?』
切れない。それどころか、ゾラが力を込めれば込めるほど、ウェブに刻まれた魔術式が輝きを増し、蜘蛛糸がさらに強固になっていく。
『……おいおい。』
更に、ピーターが両腕を大きく振り回し始め、
『……なッ!?』
拘束されたゾラの身体が、ウェブに引っ張られて宙を舞う。巨大なハンマーでも振り回すかのように、ピーターがゾラを振り回していく。
『ぐっ!?や、やめろォッ!!』
「オーッリャッ!!」
そして、勢いをつけたまま、ゾラを自分の頭上へと振り上げた。同時に、ピーター自身も地面を蹴り、身体を後方へ倒すように跳ね上がり、
ドゴォォォォンッ!!
『ぐおぉぉぉぉッ!?』
ピーターの脚が、頭上から迫るゾラの身体へ叩き込まれた。
オーバーヘッドキックは、サッカーで見たことがあるような技だが、蜘蛛の力によって強化された脚力で繰り出されたそれは、もはや蹴りというより砲撃だった。ゾラの身体が、凄まじい勢いで吹き飛んでいく。……が、
「もう一丁!」
ピーターがウェブを引いた。
『……なッ!?』
吹き飛ばされたゾラが、今度は猛烈な勢いで引き戻される。
「せぇぇぇのッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
『ガハァッ!?』
戻ってきたゾラの胸部へ、ピーターの拳が突き刺さった。再び吹き飛ぶゾラ。そして、
「ジーン!強化お願い!」
「うん!」
ジーンが両手を掲げる。その瞳が赤く輝き、ピーターの右腕と右脚へ、赤みを帯びたサイコキネシスが再び絡みついた。
……おい。まさか。
ピーターが再びウェブを引く。
『……ま、待てッ!?』
「魔法のウェブ!」
『ぐおぉぉぉッ!?』
「からの、超能力のパンチ!」
『ガッ!?』
「超能力のキック!!」
『ぐおッ!?』
…………。
「ピーター、それダサいよ!」
「ジーン!ピーターがダサいのは今に始まったことじゃないんだから、集中して!」
「二人とも酷くない!?」
……いや、お前も十分に酷いわ!俺たちや黒雄だって手間取ったエボル・スペースフォームを、何サンドバッグにしてんだよ!?
『本当に、どうなってんだ?』
「あー、おそらくだが。」
そんな俺の隣で、闇の力が呑気な声を上げた。
「エボルは、エボルトがスペースフォームだけの力で戦っていた時の方が強かったのだろう。」
俺は闇の力へ顔を向ける。
『……あ?でも、パワーは上がってんじゃねぇのか?』
「単純な出力だけなら、間違いなく上がっているだろうな。」
闇の力は腕を組み、ゾラを見つめた。
「だが、エボル・スペースフォームは、黒雄がアルティメットフォームでも仕留めきれなかった相手だ。私たちが相手にしていた段階から、少々違和感があった。」
『……違和感?』
「うむ。能力の使い方が妙に単調だった。加えて、何かに焦っているようでもあった。」
『そこにきて、ゾラが乗っ取ってさらに弱体化ってわけか。』
「スペック自体は上がったのだろうがな。」
闇の力は小さく肩を竦める。
「それに、本来ならマインド・ストーンの力を波動として放てるだけで脅威なのだ。精神への干渉は、防御力の高さなど関係なく相手を無力化できる。だが、ウルトロンの時は黒雄とスターク。そして今はピーターという、洗脳に抵抗する力を持つ者や、対抗策を用意できる者が現れた。そこが奴の運の悪いところだな。」
『……なるほどねぇ。』
確かに、そう考えれば納得でき……るか?そもそも、マインド・ストーンの精神干渉を気合いで押し返すような少年がいること自体、おかしいんじゃねぇか?
『……ふざ、けるなァァァァッ!!』
そんなことを考えていると、ゾラが絶叫した。青い光が爆発的に膨れ上がる。
『この私を……この私を、愚弄するなァァァァッ!!』
ゾラの身体から放たれた空間の波動が、周囲へ広がり、オレンジ色に輝いていたウェブが、次々と切断される。スペース・ストーンの力を使って、無理矢理に拘束を断ち切ったようだ。
『……ハァッ、ハァッ……!』
ようやく自由になったゾラが、荒い呼吸を繰り返す。
『……もう、遊びは終わりだ。』
ゾラが、ゆっくりと腰のドライバーへ手を伸ばした。
『貴様ら……全員、消し飛ばしてくれる!!』
そして、レバーを握る。
『……おい、闇の力。』
「ああ。」
闇の力が、静かに頷いた。
「どうやら、決着をつけるつもりらしいな。」
ーーーーー
僕、ピーター・パーカーは、目の前に立つ青い戦士を見つめる。正直、さっきまでは結構上手く戦えていたと思う。ジーンとサラの協力もあって、何度も攻撃を当てることができたし、相手の動きもスパイダーセンスで何とか捉えられていた。でも、
『……ククククク……。』
目の前の相手は、低い笑い声を上げる。
『……よくも、この私をここまで追い詰めてくれたな。』
僕はゆっくりと構え直す。あれだけ殴って、蹴って、吹き飛ばしたのに、まだ立っている。それどころか、身体から感じる力は、さっきよりも大きくなっていた。
『……だが、ここまでだ。』
敵は腰のドライバーに手を伸ばす。
ガキンッ!
レバーが回転した。
ガキンッ!ガキンッ!
回転するたびに、ドライバーから青い光が溢れ出す。そして、黄色い光も溢れ始め、青い光と混じり合っていく。
『Ready go!』
機械的な音声が響き、青と黄色、二つの光が奴の右脚へ集まっていく。
『……この一撃で、粉砕してやろう!』
「…………そうですか。」
僕は、小さく息を吐く。不思議と、怖くはない。目の前の相手が、とんでもなく強いことは分かっているし、あの青い光も、黄色い光も、まともに受ければどうなるか分からない。それでも、
「……あなたが、ゾラだというのは何となく分かりました。」
『……何?』
「アーニム・ゾラ。ヒドラの科学者で、ウルトロン事件にも関わっていた人……ですよね?」
ゾラが、僅かに首を傾げた。
『……ほう。私を知っているのか。』
「はい。少しだけですけど。」
僕は拳を握った。
「正直、僕自身はあなたに恨みはありません。でも、……あなたはクロオさんの敵だ。」
ゾラの動きが、僅かに止まった。
「……真魚さんから聞きました。クロオさんは、ウルトロン事件の結末を、今でもすごく後悔しているって。」
クロオさんはたくさんの人を守った。誰もが、すごいことを成し遂げたと思っていた。でも、クロオさん自身は、そう思っていなかったらしい。
もっと何かできたんじゃないか。もっと早く気づけたんじゃないか。そんなことを、ずっと考えていたと聞いた。
……クロオさんらしいとは思う。でも、
「……僕は、クロオさんに助けてもらいました。」
『……。』
「命も、未来も、色々なものを。」
操られていた時、クロオさんは僕を倒すんじゃなくて、助けようとしてくれた。
「……僕の恩人を苦しめたあなたを、」
僕は、ゆっくりと腰を落とした。
「僕は、倒します!」
『……ククククク。随分と青臭いことを言う。』
「……そうかもしれません。」
『だが、貴様程度の力で、この私に勝てると思うな!』
ゾラの右脚がさらに強く輝く。青と黄色のエネルギーが渦を巻き、周囲の空間が歪み始める。
……すごい力だ。
僕は、後ろへ視線を向けると、そこにはジーンとサラがいる。二人とも、僕を見つめていた。
……うん、大丈夫。
「……ジーン!サラ!」
「うん!」
「いつでも良いよ!」
二人の返事を聞いて、僕は笑い、そして、地面を蹴った。覚醒した蜘蛛の力を、全力で脚へ込めると、足元の地面が砕け、僕の身体が、一気に上空へと跳ね上がった。
「……ハァッ!!」
両腕を地面へ向け、両手首から、大量の生体ウェブが射出される。
ウェブは地面へ突き刺さるように伸び、そこへ、
「……サラ!」
「任せて!」
サラが両手を掲げると、その指先からオレンジ色の火花が散り、ウェブを伝って魔術の光が広がっていく。蜘蛛糸が、鮮やかなオレンジ色に輝き、地面へ到達した魔術が、蜘蛛の巣のように広がっていく。魔術式が幾重にも重なり、ウェブの先端を大地へと固定した。
これで、どれだけ強く引っ張っても、簡単には剥がれない。
「……よし!」
僕は、両腕に力を込めた。ウェブが大きく伸び、全身に凄まじい張力がかかる。
……まだ。まだ、引っ張れる。
「……ジーン!」
「うん!」
ジーンが、僕へ両手を向けると、その瞳が赤く輝く。
……あれ?さっきまでとは、少し違う。
ジーンの身体から溢れ出した赤い光が、僕の右脚へ集まっていく。それは、これまで見てきたような、淡く、曖昧な赤い光ではなかった。もっと鮮やかで、もっと強い。……まるで、燃え上がる炎みたいだ。
赤いエネルギーが渦を巻き、僕の右脚を包み込む。温かくて、でも、ものすごく力強い。ジーンが笑いながら声をかけてくる。
「ピーター、大丈夫!私に任せて!」
「……うん!」
僕も笑い返す。そうだ、ジーンなら大丈夫。サラもいる。二人が支えてくれているんだから、僕はただ、……真っ直ぐ飛べば良い。
『……愚かな。』
ゾラが、こちらを見上げていた。
『貴様は、十文字黒雄ではない!インフィニティ・ストーンの力に、真正面から勝てると思うな!!』
青と黄色の光が、爆発的に膨れ上がる。
『Space finish! Ciao!』
機械的な音声が響き、ゾラが地面を蹴る。その身体が、青と黄色の光を纏いながら、凄まじい速度で上昇してくる。
右脚を突き出した、飛び蹴りが来る。
僕はウェブを握り締めて耐える。
……まだ、まだだ。
ゾラが迫る。周囲の空間が歪み、青と黄色のエネルギーが渦を巻く。そして、
『……フンッ!!』
ゾラの身体が、消えた。
『野郎!このタイミングで空間転移を!?』
火のエルさんの叫び声が響く。
ゾラは距離など関係なしに、僕の目の前に現れるつもりなんだろう。……でも、
「……今!」
僕は、両腕を一気に引いた。限界まで引き伸ばされていたウェブが、猛烈な勢いで縮み始める。身体が、弾かれるように前方へ加速した。同時に、
「ピーター!」
サラの声。目の前に、黄金色の火花が散り、ポータルが現れた。僕は、その中へ飛び込み、
『……だから、馬鹿だと言ったのだ!!』
ゾラが、僕のいた場所へ現れた。
『馬鹿正直に攻撃をぶつけ合うと、で、も……?』
……そこに、僕はいない。代わりに、オレンジ色の火花だけが残っていた。
『……なッ!?』
ゾラの動きが、一瞬止まる。ポータルの出口は、僕がさっきまでいた場所の、数メートル後方。そこから飛び出した僕は、ウェブの反動によって得た勢いを、一切失っていなかった。
ジーンのサイコキネシスが、さらに強く輝いた。右脚を包む赤い光が、炎のように燃え上がる。僕は、ただ真っ直ぐに脚を突き出した。
『……ぐッ!?』
ゾラは既に蹴りの体勢に入っていた右脚を、無理矢理こちらへ向けてきた。青と黄色の光が、再び膨れ上がる。
『……小僧ォォォォッ!!』
……すごい力だ。でも、僕は迷わなかった。
……ジーンがいる。サラがいる。二人が、僕を信じてくれている。だったら、僕も二人を信じるだけだ。
二つの蹴りが、激突した。
青と黄色の光と、赤い光がせめぎ合う。三色の光が、空中で爆発的に広がるが、青と黄色の光が、砕け散った。
『……なッ!?ば、馬鹿なァァァァァッ!?』
ゾラの右脚が、弾き飛ばされる。空間転移によってタイミングを外され、無理矢理放たれた一撃。それに対して、僕の蹴りは、ジーンとサラの力を受け、全力で加速したものだった。
……負けるわけには、いかない!
「……オリャアァァァァァァァァッ!!」
僕の右脚が、ゾラの胸部へ突き刺さった。
『……ガハァァァァァッ!?』
青い装甲が、大きく陥没する。赤い光が、ゾラの身体を包み込み、そのまま猛烈な勢いで地面へと叩き落とした。
大地が爆発し、巨大な土煙が立ち上った。
……そして。僕は、ゆっくりと地面へ着地した。右脚が、少し痺れている。でも……勝った。
ーーーーー
「……はぁ……はぁ……。」
僕は、荒い呼吸を整えながら、目の前の大きなクレーターを見つめていた。その中心には、青い装甲を纏ったゾラが倒れている。
「……。」
僕は、慎重に近づく。まだ、油断はできない。……でも、スパイダーセンスが、反応していない。さっきまでは、ゾラの方を向いているだけで、頭の奥がチリチリしていたけれど、今は静かだった。
「……大丈夫、なのかな?」
「ピーター!」
背後から、ジーンの声が響く。振り返ると、ジーンとサラがこちらへ駆け寄ってきていた。その後ろには、闇の力さんと、アギト?の姿もある。
「ピーター!大丈夫!?」
「うん!ちょっと脚が痺れてるけど!」
「無茶しすぎだよ!」
サラが、少し怒ったように言った。
「ごめん。」
「でも、すごかったよ!」
ジーンが、嬉しそうに笑う。
「最後の蹴り、完璧だった!」
「ジーンとサラのおかげだよ、ありがとう!」
僕たちは、互いの顔を見合わせて笑った。……うん。やっぱり、二人がいてくれて良かった。
闇の力さんが、クレーターの中へ視線を向ける。
「見事だったな、ピーター。」
「ありがとうございます!」
「しかし、問題はここからだ。」
「……え?」
僕が首を傾げた、その時だった。
『……ククククク……。』
倒れているゾラから、低い笑い声が響いた。
『……なるほど。見事だ。』
「……っ!?」
僕は、咄嗟に身構えるけれど、ゾラは動かない。
『……どうやら、この身体は、当分動かせんな。』
青い装甲の胸部が大きく損傷し、右脚も不自然な方向へ曲がっている。しかし、マインド・ストーンの黄色い輝きだけは怪しく鳴動している。
『……だが。これから、どうする?この肉体を本来の持ち主ごと殺すか?それとも、私ごと封印するか?』
ゾラが、愉快そうに笑う。
『どちらにせよ、貴様らに私の意識は取り除けんだろう?ククククク……ハハハハハハハッ!!』
その笑い声を聞きながら、僕は思わず拳を握った。
……この身体は、元々ゾラのものじゃないようだ。今は、その人の意識が乗っ取られている。だったら、
「……助けないと。この身体の、本当の持ち主を。」
『……ハッ!』
ゾラが嘲笑う。
『愚かな小僧め!貴様に何ができる!?』
……確かに。僕には、精神を操る力なんてない。
「……ピーター。」
隣から、ジーンの声が聞こえた。
「……ジーン?」
ジーンは、真剣な表情でゾラを見つめていた。そして、
「……多分、できると思う。」
「……え?」
「マインド・ストーンの本体が相手だと分からないけど……。」
ジーンが、ゆっくりと僕の手を握り、反対側の手で、サラの手も握る。
「分体ぐらいなら、多分いける。」
「……ジーン?」
サラが、心配そうに顔を覗き込んだ。でも、ジーンは笑った。
「……大丈夫。」
そして、闇の力さんへ顔を向ける。
「……闇の力。」
「……む?」
「昔、真魚やクロオは、精神世界で互いを楔にすることで、宇宙そのものみたいな情報の津波に耐えたんだよね?」
「……ああ。」
闇の力さんが、静かに頷く。
「互いの存在を支えにすることで、自我を保ち続けた。」
「……うん。」
ジーンは、少しだけ目を閉じた。そして、
「……お姉ちゃん、ピーター。」
僕たちの手を、ぎゅっと握る。
「力を貸して。私の力をぶつけて、ゾラって奴を、あの身体から追い出す。」
「……分かった。」
僕は、ジーンの手を握り返した。
「僕にできることなら、何でもするよ。」
サラが、小さく息を吐く。
「……もう。無理はダメだからね。」
「……うん。」
ジーンが頷いた。すると、闇の力さんが僕たちの前へ歩み出てくる。
「ジーン。君が何をしようとしているのかは分かる。だが、相手はマインド・ストーンの中に潜んでいた存在だ。単なる精神体ではない。ストーンの力と結びついた意識だ。下手に触れれば、君自身が取り込まれる可能性もある。」
ジーンは、真剣な表情で頷いた。
「……分かってる。だから、二人に手伝ってもらうの。」
「……ふむ。」
闇の力さんは、しばらくジーンを見つめていたが、
「……分かった。私も、可能な限り補助しよう。」
ゆっくりと頷いてくれた。
「……ありがとう!」
「ただし、少しでも危険だと判断した場合は、即座に中断する。良いな?」
「うん!……それじゃあ。」
ジーンが、僕たちの手を握ったまま、目を閉じた。
「……行くよ。」
ーーーーー
……私、ジーン・グレイは、真っ暗な空間で目を開いた。
上下も、左右も分からない。足元に地面があるのかさえ、よく分からなかった。でも、
「……いた。」
目の前に、黄色い光が巨大な球体のようなものを形作っていた。
『……ほう。まさか本当に、自ら精神世界へ入り込んでくるとはな。……愚かな小娘だ。』
黄色い光の中から、巨大な顔が浮かび上がった。人間の顔ではなく、機械的で、どこか無機質な顔。
「……あなたが、ゾラ?」
『いかにも。アーニム・ゾラ。貴様らのような小娘が理解できるかは知らんが、かつて世界を変えようとした科学者だ。』
私は、小さく頷いた。
「そう。じゃあ、出ていって。」
『……何?』
「この身体も精神世界も、あなたのじゃないでしょ?」
『……ククククク。面白い。貴様は、この私に命令するつもりか?』
私は、両手を握り締める。
「うん。出ていかないなら、追い出す。」
『……ハハハハハハハッ!!……愚かな!』
ゾラの笑い声が、暗闇に響き渡ったかと思えば、黄色い光が猛烈な勢いで押し寄せてきた。
「……っ!?」
私は、咄嗟に両手を突き出す。赤い光が広がり、黄色い波動を受け止める。すごく重い。まるで、山を押しつけられているみたいだ。
『貴様の精神感応能力など、マインド・ストーンの前では児戯に等しい!』
「……くっ!」
赤い光が、少しずつ押し込まれていく。想像していたよりも、ずっと強い。
『……ククククク。』
黄色い光の中から、無数の腕が伸びてきて、私の周囲を取り囲んでくる。
『……せっかくだ。貴様の精神も、この私の一部にしてやろう。』
「……ジーン!大丈夫!僕たちがいるよ!」
唐突に、赤と青の光が灯り、ピーターが現れる。
「……ジーン!無理しないで!一人で頑張らなくて良いんだから!」
「お姉ちゃん……!」
今度は、サラがオレンジ色の光と共に、私の隣に現れた。
「……うん。ありがとう。」
二人の手を、ぎゅっと握る。すると、私が纏う赤い光が、少しだけ強くなった。その光景に、ゾラが不快そうな声を上げる。
『……何だ?貴様ら、何をしている?』
「……さっきも言ったでしょ。あなたを、追い出すの!」
私の叫びに呼応し、赤い光が爆発的に広がった。
『……ぬぅッ!?』
黄色い腕が、次々と弾き飛ばされる。けれど、
『……調子に乗るな!!もはやここは私の領域だ!!』
ゾラが吠えると、黄色い光が一気に膨れ上がり、私の力が堰き止められる。更に、ゾラの精神波まで襲いかかってきた。
『……ハハハハハッ!!どうだ!?これが、マインド・ストーンの力だ!!』
「……あ、ぐっ……!」
膝が折れそうになる。このままじゃダメだ。そう思っていると、
「……ジーン、顔を上げて!」
声に従って顔を上げると、ピーターが私の手をしっかりと握りながら前に立って、ゾラの精神波から私を守ってくれている。
「……大丈夫!ジーン!私たちを見て!」
サラもいて、私を支えてくれている。
「……お姉、ちゃん……。」
サラが、笑った。
「そう!あなたのお姉ちゃん!」
「……うん。」
私は、小さく頷く。
……そうだ。私は、ジーン・グレイ。ピーターやサラが一緒にいてくれて、クロオさんや真魚さん、カマー・タージや光のエルの村で色々なことを教えてもらった。
ゆっくりと立ち上がり、赤い光が再び広がる。より大きく、より強く。
『馬鹿な!インフィニティ・ストーンの力の奔流を受けて、何故自我を保っていられる!?』
私は、二人の手を握り締めながら答える。
「……だって、一人じゃないからね。」
……ドクン。
「……え?」
胸の奥で、何かが脈打った。
……ドクン。
温かいけど、少し怖い。ずっと前から私の中にあった何かが、ゆっくりと目を覚まそうとしている。
ゾラの声が、僅かに震え始めた。
『……何だ、その力は!?』
……私にも、分からない。でも大丈夫だって、二人がいる。
「……ピーター。」
「うん!」
「……お姉ちゃん。」
「大丈夫!」
二人が笑ってくれた。私は、ゆっくりと力を込める。そして、赤い光が、爆発した。
「……翼?」
サラが呟く。
背中が、熱い。何かが、広がっていく。……え、翼?
そう思った時には、既に私の背中から、巨大な赤い翼が生えていた。炎のように揺らめく、二枚の翼。凄い、羽の一枚一枚が膨大なエネルギーの塊だ。
『……ば、馬鹿な!?何だ、その力は!?そんなもの、データには存在しない!!』
……実は私もこの力のことはよく分からない。でも、敵じゃないことは分かる。そう認識した瞬間、赤い翼はより大きく広がった。
「……あなたを追い出すのに、力を貸してくれるって。」
『……ふ、ふざけるなァァァァッ!!』
黄色い光が、一斉に押し寄せてくる。
私が両手を広げると、背中の翼が一度、大きく羽ばたいた。たったそれだけで、赤い光が暗闇を塗り潰し、黄色い光をかき消した。
『……なッ!?』
そして、
『……や、やめろォォォォッ!!』
ゾラの巨大な顔が、赤い光に呑み込まれていった。
「……さようなら。」
『……ば、馬鹿なァァァァァァァッ!!!』
赤い翼がもう一度、より大きく羽ばたき、黄色い光は粉々に砕け散る。ゾラの意識が、赤い奔流に押し流され、精神世界の奥底から弾き飛ばされていく。
『……こ、こんな……こんな、小娘にィィィィィッ!!』
追い出されるどころか、ゾラの精神は赤い力に飲み込まれ、かけらも残さず消滅した。
「……はぁ……。」
私は、小さく息を吐くと、背中の翼が消えていく。……手伝ってくれて、ありがとう。
「……ジーン!すごいよ!やったね!」
ピーターが声をかけてくる。サラも、嬉しそうに頷く。
「ゾラの気配、完全に消えたよ!流石私の妹!」
……良かった。私は、二人の手を握り締めた。
「……二人とも、ありがとう。」
「えへへ!」
「どういたしまして!」
……そんな時、暗闇の奥から微かな声が聞こえた。
『……おい。おい、お前ら。』
私は、ゆっくりと振り返ると、青い光が、浮かんでいた。先ほどまで、黄色い光に覆い尽くされていた場所。その奥から、一つの意識が浮かび上がってくる。
『……ったく。』
声が響く。
『……ようやく、あのクソ野郎が消えやがったか。』
「……もしかして。」
私は、首を傾げた。
「……この身体の、本来の持ち主さん?」
青い光が、僅かに揺れた。
『……そうだ。助けられたね、お嬢ちゃん。』
……その言葉を最後に、精神世界が、ゆっくりと白く染まっていった。
ーーーーー
「……っ!?」
いつの間にか、意識は戻ってきている。目の前には、倒れたままのエボル・スペースフォーム。そして、
「……はぁ……。」
隣で、ジーンが大きく息を吐いた。
「……ジーン!大丈夫!?」
僕は、慌てて顔を覗き込む。
「……ちょっと、疲れた。」
「……そっか。」
サラが、ジーンを抱き締めると、ジーンは照れくさそうに笑う。
「……もう、本当に無茶するんだから。」
「……えへへ。でも、できたよ。」
サラも笑い返す。
「うん、すごかったよ。頑張ったね、ジーン。」
本当にすごかった。特に、赤い翼は一体何だったんだろう?……まあ、それよりも今はクレーターの中の人だ。
『……ぐっ……。』
エボルが、ゆっくりと身体を起こそうとしていた。僕は、直ぐに身構え、ジーンとサラの前に立つ。
『……いやいや。』
聞こえてきたのは、先ほどまでとは違う声だった。
『……助けてもらった相手に、いきなり殴りかかるほど恩知らずじゃないよ。』
「……えっと、ゾラじゃない、で良いですか?」
青い戦士が、肩を竦める。
『……そうだよ。この身体の本来の持ち主、エボルトだ。』
「……やった!ジーン!サラ!成功だよ!」
僕は、思わず拳を握った。
「うん!」
「良かった……!」
三人で、顔を見合わせて笑っていると、闇の力さんが、僕たちの隣へ歩み寄ってきた。
「どうやら、無事に成功したようだな。」
「はい!」
「……それにしても。」
闇の力さんは、ジーンを見つめた。
「……君の力は、想像以上のものらしい。」
「……え?」
ジーンが、首を傾げる。
「……そうなの?」
闇の力さんは、少しだけ考え込むような仕草を見せた。
「……だが、今は良い。」
そして、穏やかに笑う。
「……よく頑張ったな。」
「……うん!」
ジーンが、嬉しそうに笑った。
「……おーい!」
遠くから、聞き慣れた声が響いた。
「……あれ?」
僕は、顔を上げると、何人もの人影が近づいてきていた。中には、
「……真魚さん!」
「ピーター君!?」
真魚さんが、こちらへ手を振っていた。その隣には、エンシェント・ワンさんや、光のエルさん、風のエルさんの姿もある。そして、
「……あ!」
さらに、その後ろには、
「……スタークさん!」
「……ピーター?」
スタークさんが、こちらを見て、目を丸くした。その隣には、ロジャースさんやバーンズさん。さらに、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの人たちもいた。ガモーラさん、ネビュラさん。そして、赤い服を纏った、見慣れない女性。
「……ちょっと待て、ピーター。」
スタークさんが、こちらへ歩み寄ってくる。
「……君、何でここにいる?待機してろって言ったよな?」
「……えっと。」
僕は、思わず視線を逸らした。
「……その。来ちゃいました。」
スタークさんが、額を押さえた。
「……君なぁ……。」
……怒られる。そう思った、その時だった。
「……ちょっと、待ちなさい。」
赤い服の女性が、クレーターの中を見つめている。
「……あれ?」
その隣で、ガモーラさんも足を止めた。
「……あんた、何してんの?」
『……ん?』
倒れていたエボルトが、顔を上げる。
『……お?おー、ヴィスティナ。やっほー。』
ヴィスティナと呼ばれた女性が、無言でエボルトを見つめ、ガモーラさんとネビュラさんも、その姿を確認した。
「……何で、そんなところで倒れてるの?」
『……いや、色々あってな。』
エボルトが、僕たちを指差した。
『……ちょっと操られてね。その子たちにボコボコにされつつ止めてもらったところさ。』
スタークさんの声が、低くなった。
「……ピーター、ちょっと詳しく説明してみろ。」
「……えっと。」
僕は、ジーンとサラを見た。
二人とも、何とも言えない表情を浮かべている。
「……長くなりますけど、良いですか?」
スタークさんが、深々と息を吐いた。
「……まだ戦いは続いている、手短にしてくれ。……説教は全部終わってからだ。」