日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
「――それで、今に至る。」
フューリーの話が終わり、静かな店内に店主がカップを置く小さな音だけが響いた。
僕は腕を組んだまま、しばらく何も言えなかった。二十年以上前に、フューリーはキャロルさんと共にスクラル人と出会った。
クリー人との戦争。故郷を失い、宇宙を彷徨うことになったスクラル人たち。当初は敵だと思っていた彼らが、実際には住む場所を奪われた難民だったこと。そして、キャロルさんがクリーの支配から離れ、スクラル人たちが安心して暮らせる場所を探すために宇宙へ旅立ったこと。
その後もフューリーは地球に残ったスクラル人たちと協力関係を築き、一部にはS.H.I.E.L.D.の仕事まで手伝ってもらっていたらしい。そして、その中の一人が、
「……ヴァラさんだったんですね。」
「ええ。」
ヴァラさんが静かに頷く。真魚は少し複雑そうな顔をしていた。
「ご苦労されてきたんですね。」
その言葉に、ヴァラさんは一瞬目を丸くしてから、苦笑した。
「そうね。」
ちらりと隣を見る。
「難民生活も、この人の手伝いも、苦労が絶えなかったわ。」
「おい。」
「事実でしょう?」
フューリーが黙った。凄い、ニック・フューリーを一言で黙らせた。やっぱり奥さんって強いんだな。真魚も同じことを思ったのか、小さく笑っている。
「それでも。」
ヴァラさんは少しだけ表情を柔らかくした。
「ニックには感謝しているわ。私たちを助けようとしてくれたことは、本当だから。」
フューリーは何も言わない。ただ、ほんの少しだけ視線を逸らした。照れてるのか? あのフューリーが?
ただ、僕は再び腕を組み、今聞いた話を頭の中で整理する。スクラル人、故郷を失った難民、キャロルさん、フューリー。二十年以上前に交わされた約束。…………ん?
「フューリー。一つ聞いていいですか?」
「言え。」
僕は少し考えてから尋ねた。
「スクラル人が安心して住める惑星を探す、って約束したんですよね?」
フューリーの表情が僅かに変わる。さっきまでとは違う、少し重い顔だった。
「それで、キャロルさんは宇宙を飛び回ってる、と。」
「そうだ。」
僕はしばらくフューリーを見つめ、
「初めてフューリーのこと、本気で馬鹿だと思いました。」
「「「…………。」」」
空気が止まった。フューリー、ヴァラさん、真魚。三人揃って固まっている。カウンターでは闇の力が二杯目のカプチーノを飲み、店主は皿を磨いている。
「……クロオ?」
真魚が恐る恐る僕を見る。
「何?」
「今、何て言ったの?」
「フューリーのこと本気で馬鹿だと思ったって。」
「聞き間違いじゃなかった。」
フューリーの片眉が僅かに上がる。
「十文字。」
「あ、怒りました?」
「怒ってはいない。」
絶対ちょっと怒ってる。
「なら聞くが、どういう意味だ。」
声が低い。ちょっとじゃないな、結構怒ってる。
僕は腕を組んだまま、
「いや、だって。そんな探し方で見つかるなら、スクラル人がとっくに自力で見つけてますよ。」
「…………。」
「クロオ。」
「いや真魚、これ大事なところ。」
真魚が止めようとしてくるけど、僕はそのままフューリーを見る。
「宇宙ですよ?」
「ああ。」
「宇宙は広いです。それこそ、地球人には想像もできないくらい。」
僕が知っている未来。サノスが何を理由に動いたのか。
「でも、それでも宇宙全ての生命を賄いきれない、って考えてサノスが動くんですよ?」
フューリーの顔から、不機嫌そうな色が消えた。代わりに、真剣な表情になる。
「……続けろ。」
僕はヴァラさんにも視線を向ける。
「スクラル人だけが住めて、誰にも邪魔されなくて、資源も豊富で、安全で、しかも既に誰かが住んでいるわけでもない。」
指を折りながら並べていく。
「そんな都合のいい楽園みたいな惑星、そうそうあるわけないでしょ。」
ヴァラさんが目を伏せる。
「もしあったとしても。……他の宇宙人が住んでいたら?」
誰も答えない。
「そこへスクラル人が移住しようとしたら、相手からすれば侵略です。逆に、住民がいなくても、価値のある星なら他の勢力が欲しがる可能性もある。」
クリーやサノス。宇宙には、地球とは比較にならないほど強大な文明や勢力がいくつもある。
「結局、侵略か戦争待ったなしですよ。」
静かになった。僕はそこで、ようやく自分が結構きつい言い方をしたことに気付く。
「……クロオ。」
真魚が僕を見る。
「言い過ぎ。」
ヴァラさんを見て、フューリーを見る。
「……すみません。言い過ぎました。」
素直に頭を下げる。
「いや。」
フューリーは怒らなかった。むしろ、小さく息を吐いて背もたれへ身体を預ける。
「間違ってはいない。」
「フューリー。」
「二十年以上前の話だ。」
少し、自嘲するような笑いだった。
「私も若かった。……助けると言った。住める場所を見つけると言った。」
フューリーは自分の手を見る。
「だが、現実には二十年以上経っても果たせていない。」
「ニック。」
ヴァラさんが何も言わず、フューリーの背中へそっと手を添えた。フューリーは一瞬だけヴァラさんを見る。それだけなのに、さっき真魚が言っていた意味が少し分かった気がした。
長く一緒にいる人たち。夫婦。言葉がなくても通じるものがあるんだろう。
…………まあ。それはそれとして、
「――というわけで。」
僕は身体の向きを変えた。
「何とかなりませんか?」
「…………。」
フューリーが僕を見る。真魚も僕を見る。ヴァラさんも僕を見る。
そして僕は、
「……私か?」
カウンターで二杯目のカプチーノを飲んでいた闇の力が、自分を指差した。
「はい。」
「何とか、とは?」
「だから。」
僕は指を立てる。
「地球にスクラル人の楽園を作るとか。」
二本目。
「スクラル人にとって環境の良い星を作るとか。」
三本目。
「もしくは、そういう星を知ってるとか。」
「十文字。」
フューリーが額を押さえる。
「何でそんな気軽に宇宙規模の話を振れる。」
「いや、でも相手が闇の力ですよ?」
「だからといって限度がある。」
「クロオ。いくら何でも無茶振りじゃない?」
真魚まで呆れている。
「でも聞くだけならタダだし。」
「神様相手にその理屈使う?」
「別に構わん。」
「「「え?」」」
三人揃って闇の力を見ると、本人は普通にカプチーノを飲んでいる。
「可能か不可能かで言えば、検討の余地はある。」
「ほら!」
「お前は少し黙れ。」
真面目にやってるのにフューリーに怒られた。闇の力はカップを置き、
「一つ目。」
今度は闇の力が指を一本立てた。
「地球にスクラル人の居住区域を作る。それ自体は、規模次第だ。」
「規模。」
「ああ。」
二本目。
「二つ目。スクラル人に適した惑星そのものを一から作る。」
「できます?」
「不可能ではない。」
「できるんだ。」
真魚が呆然と呟く。
「ただし、時間が掛かり過ぎる。」
「どのくらい?」
「生態系まで安定させる必要がある。大気、海、大地、微生物、植物、循環系。それら全てをスクラル人に適した状態へ調整するとなれば、短期間で済ませるべきではない。」
「なるほど……。」
できるできない以前に、惑星一個作る話を普通にしてる時点で頭がおかしい。
「では、三つ目。」
闇の力が少し考え込む。
「スクラル人が居住可能な惑星を探す。これは――。」
僕たちは闇の力を見る。
「君たちの協力があれば、見つけられるかもしれんな。」
「「「…………。」」」
沈黙。そして、
「……本当か?」
最初に反応したのはフューリーだった。あのフューリーが身を乗り出し、ヴァラさんも目を見開いている。
「見つけられるの?」
真魚も驚いている。
「可能性の話だ。」
僕も驚いた。いや、本当に何か知らないかな、くらいの気持ちはあったけど。まさか本当に方法があるとは思わなかった。闇の力がヴァラさんを見て、
「その前に確認したい。」
「私に?」
ヴァラさんが姿勢を正す。
「仮に地球へスクラル人を移民させるとすれば、どの程度の規模になる?」
ヴァラさんが言葉に詰まった。
「……全員、という意味?」
「そうだ。最初の移民人数ではなく、可能性がある最大総数だ。」
「正確な数は分からないわ。各地に散らばっている同胞もいるし。連絡が取れなくなった船もある。それでも……最低でも数百万人、下手をすれば数千万人になる可能性もある。」
「そんなに……。」
真魚が小さく呟き、僕も流石に驚く。難民と言われていたから、数千人とか数万人くらいの規模を勝手に想像していた。桁が違った。闇の力も少し考え、
「それは地球では厳しいな。」
「やっぱり?」
闇の力が頷く。
「土地だけならどうにでもなる。必要であれば、人間がほぼ居住していない区域を整備することも可能だ。」
「なら。」
「問題は土地だけではない。」
闇の力がフューリーを見る。
「食糧に水。」
ヴァラさんを見る。
「エネルギー。」
そして僕たちを見る。
「数百万人から数千万人規模の人口が突然追加されれば、地球の供給体制へ与える影響は大きい。」
「確かに。」
闇の力の表情が少し真剣になる。
「地球人が彼らを受け入れるかという問題もある。その規模では隠し通せるものではないしな。」
……それが一番難しいかもしれない。僕は普通に宇宙人を知っている。真魚もそうだ。フューリーは昔からスクラル人と関わっている。でも、世界中の人間がそうじゃない。
『実は姿を自由に変えられる宇宙人が数百万人います。今日から地球に住みます。』
なんて発表したら。
「……大混乱だね。」
真魚が呟く。
「だろうね。」
絶対、碌なことにならない。闇の力は再びヴァラさんを見て、
「もう一つ。スクラル人にとって、理想的な環境は?」
「理想的?」
「ああ。重力、大気、気温、水、生態系。故郷に近い環境でも構わない。」
ヴァラさんが少し考える。
「私たちは地球人より環境への適応力は高いわ。」
「具体的には?」
「少なくとも地球と同程度の重力、大気、水があれば問題なく生活できる。気温も、地球人が生活できる範囲なら大きな問題にはならない。」
「呼吸可能な大気の組成は?」
ヴァラさんが答える。
闇の力がさらにいくつか質問する。大気圧や重力、気温、水、食料、放射線への耐性、植物や動物から栄養を摂取できる範囲。ヴァラさんも分かる限り答えていった。そして、
「最低限必要な条件は?」
「呼吸できる大気と、安全な水。極端な高重力や低重力でなく、恒常的に致死量の放射線に晒されないこと。それから、食料を生産できる環境。」
「なるほど。」
闇の力が目を閉じた。僕たちは黙って待つ。そして、闇の力が目を開いた。
「黒雄、そして真魚。」
「「はい。」」
「二人に力を貸してほしい。」
「もちろん。というか協力してもらってるのはこっちですよ? 必要なら何でも言ってください。」
「私も。」
真魚も頷く。
「ヴァラさんたちの助けになれるなら。」
ヴァラさんが少し驚いたように僕たちを見る。
「ありがとう。」
「まだ何するか聞いてませんけどね。」
「そこは先に聞け。」
フューリーが突っ込んでくる。
「まあ、闇の力なら無茶なことはさせないでしょ。」
「随分信用されているな、私は。」
「今さらじゃないですか?」
「それもそうだな。」
……何だ、このラスボスとの信頼関係。
「だが、今回は無茶を言う。」
闇の力が真っ直ぐ僕と真魚を見つめてくる。
「黒雄には真魚の力を増幅してもらう。」
「いつものヤツですか?」
「ああ。だが規模は違う。究極の闇になった状態で、光のアギトになった真魚の力を増幅してもらう。」
は? アルティメットでシャイニングフォームの力を増幅?
「同時に、私と真魚を繋ぐ中継点になってもらいたい。」
「中継点、ですか?」
「君を介して、真魚の力を私へ流す。」
僕が返事をする前に、今度は真魚を見る。
「真魚。君には、サイコメトリーの力を可能な限り高めてもらう。」
真魚の表情が少し真剣になる。
「そして、その力を私へ向ける。」
「闇の力に?」
「ああ。」
僕は首を傾げる。
「それで何をするんです?」
「私自身の記憶を探る。」
「……記憶?」
「そうだ。」
闇の力は静かに続ける。
「私は、長い時間この宇宙を見てきた。」
そうだった。人類が生まれるよりも遥か昔から存在していた存在で、この星の創造に関わっている。人類を見守り、数え切れないほどの時を生きてきた。
「当然、地球だけを見ていたわけではない。」
「宇宙も?」
闇の力が頷く。
「だが、私自身が全てを明確に記憶しているわけではない。」
「忘れてるんですか?」
「人間の言う『忘れる』とは少し違う。」
闇の力は自分の頭に指を当てる。
「長すぎる時間の中で、必要のない情報は意識の深層へ沈めている。」
「なるほど。」
「星、文明、種族、環境。私がこれまで見てきた情報の中に、スクラル人の条件を満たす惑星が存在する可能性はある。」
フューリーが目を見開く。
「それを探すのか?」
「そうだ。」
「……そんなことが可能なの?」
ヴァラさんも驚きを隠せていない。
「私一人では効率が悪い。」
闇の力が真魚を見る。
「そこで、彼女の力、サイコメトリーを使う。」
「つまり、真魚のサイコメトリーの力を使って、闇の力が自分の記憶を読み取って、整理する?」
「概ねそうだ。」
「それで、昔見た星の中からスクラル人が住めそうなところを探す。」
「ああ。」
何だろう。図書館で昔読んだ本を探す、くらいの感覚で言ってるけど。検索範囲、宇宙なんですけど。
「そんなことができるのか。」
フューリーが低い声で尋ねる。
「理論上は。」
「理論上。」
「確実とは言えん。」
闇の力はそう前置きしてから、僕を見る。
「ただし、黒雄。君にはもう一つ、重要な役割がある。」
「何です?」
「真魚を支えろ。」
「支える?」
闇の力は真魚を見る。
「彼女の意識が、君より先へ行かないように。」
「…………?」
意味が分からない。真魚も首を傾げている。
「どういう意味ですか?」
「今回行うのは、通常のサイコメトリーとは違う。物に残された記憶を読み取るのではない。」
闇の力が自分を指す。
「私という存在が持つ、膨大な記憶へ接触する。その記憶には地球だけではない。宇宙の情報も含まれている。」
僕の背筋に、少し嫌な感覚が走った。
「真魚の意識も……宇宙まで広がるってことですか?」
「その可能性がある。」
真魚の顔から、少しだけ血の気が引いた。闇の力は淡々と、しかし、はっきりと言う。
「彼女の意識が過去を振り返っている私の記憶に直接触れてしまえば、認識範囲が一気に宇宙規模まで拡張する。星、銀河、数え切れない生命、そして、膨大な時間。人間一人の精神が、それらを一度に認識することは想定されていない。」
「……もし、そうなったら?」
僕が聞くと、闇の力は僕を見て、
「自分自身を見失う。『風谷真魚』という個人の意識が、膨大な情報の中へ埋没する。」
僕は息を呑んでしまう。
「最悪の場合。」
闇の力は静かに告げる。
「二度と戻ってこない。」
「駄目だ。」
反射的に言葉が出た。
「それは駄目です。」
「危険性を説明している。」
「危険すぎるでしょ。」
僕は闇の力を見るが、闇の力も僕を見て、
「だから君が必要なのだ。」
「僕?」
闇の力が頷く。
「君と真魚の間には、非常に強い繋がりがある。彼女の意識は君が近くにいれば止まる場所を、帰る場所を認識できる。」
「帰る場所。」
「黒雄。君は真魚にとっての座標になる。」
僕は言葉を失った。
「君が真魚の意識を掴み続けろ。決して離すな。そして、彼女を守り続けろ。君ならば、多少私の記憶に接触しても自我は耐えられる。」
フューリーが口を開く。
「十文字。無理をする必要はない。」
珍しい。この人からそんな言葉が出るなんて。ヴァラさんも静かに言った。
「私たちの問題よ。あなたたちが危険を冒す必要は――」
「真魚。」
僕はヴァラさんの言葉を遮るように、真魚へ呼びかけた。
「うん。」
「どうする?」
決めるのは僕じゃない。危険なのは、真魚だ。だから、
「真魚が決めて。」
真魚は答えない。ただ、じっと僕を見る。僕も目を逸らさなかった。そして、小さく息を吐く。それから、お互い少しだけ笑った。
言葉はなかった。でも、分かった。
「闇の力。」
「何だ。」
僕は真魚から目を逸らさないまま言った。
「やるそうです。」
真魚も、はっきりと頷いた。