日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
――その頃、アスガルド。
王宮の一角では、地球とは比べものにならないほど慌ただしい時間が流れていた。
ダークエルフとの戦いで受けた被害は決して小さくない。破壊された建物の修復。負傷者への対応。失われた兵器や設備の確認。さらに、九つの世界の混乱への対処。やることはいくらでもある。そんな中、
「母上。」
「何ですか、ロキ。」
ロキはフリッガの隣を歩きながら、少し不思議そうに尋ねた。
「一つ、お聞きしても?」
「ええ。」
「なぜ、私を地球へ?」
フリッガが足を止める。ロキが周囲を見ると、兵士や侍女たちが忙しなく行き交っている。
「今のアスガルドは、決して余裕があるとは言えないでしょう。私にできることがないとは言いません。むしろ、いくらでもあるはずだ。」
少し間を置き、
「それとも、まだ私をアスガルドに置いておくのは不安ですか?」
「ロキ。」
「責めているわけではありません。」
ロキは小さく笑った。
「ニューヨークで私がしたことを考えれば当然です。それに……。」
一瞬だけ視線を伏せる。
「やはりお前を王にはしない、と言われても、今なら仕方がないと言えます。」
フリッガが目を見開いた。少し離れた場所で話を聞いていたオーディンも、僅かに眉を動かす。
「ですから、地球へ向かうこと自体に不満はありません。ただ、この状況でなぜ私なのか。それが気になっただけです。」
「……そうですか。」
フリッガは穏やかに微笑み、
「クロオが心配なのです。」
「クロオが?」
ロキの表情が変わる。
「ええ。」
フリッガは窓の外へ視線を向けた。
「私たちは、あの子が抱えていた未来への不安を共有すれば、助けになれると思っていました。」
ロキは黙って聞く。
「一人で抱えていたものを皆で共有する。そうすれば、あの子の負担も軽くなると。」
未来知識の暴露大会。確かに、それが目的の一つだった。
「ですが……結果として、別の方向から負荷をかけてしまったようです。」
「別の方向?」
「未来を知る者が一人ではなくなったことで、未来を変えるための行動が始まってしまった。」
ロキの目が細くなる。
「……なるほど。それまでは、知っていてもどうにもならない未来だった。それが、どうにかできる未来になった。」
「ええ。」
「そして、あいつは自分が知っている以上、何とかしなければならないと思い始めた。」
フリッガの声には後悔の色が滲んでいる。
「私たちは、あの子に話させました。良かれと思ってしたことです。ですが、その結果として別の苦しみを与えてしまったのなら……その償いをしなければなりません。」
「母上がそこまで背負う必要は――」
「あります。」
穏やかだが、はっきりとした言葉に、ロキは口を閉じる。
「ですから、あなたにも地球へ行ってもらっています。……迷惑をかけますね。」
「迷惑?」
ロキは一瞬だけ目を丸くし、
「友の手伝いなら、喜んで。」
その答えに、フリッガが微笑む。
「お願いしますね。」
「ええ。」
ロキは踵を返す。再び地球へ向かうために。その背中を、少し離れた場所からオーディンは黙って見つめていた。
ニューヨークを侵略し、王座を求め、兄への劣等感と憎しみに囚われていた息子。その息子が今、自らの過ちを認め、王になれなくても仕方がないと言い、友のためなら喜んで力を貸すと言った。
「……フン。」
オーディンは僅かに口元を緩める。
――王位を譲る日も、そう遠くないのかもしれんな。
少なくとも、以前よりは、ずっと現実味のある話になっていた。
ーーーーー
「まずは予定通り、黒雄を宇宙探索へ連れて行く。」
「大丈夫なの?」
真魚が不安そうに尋ねると、
「問題ない。むしろ、今の黒雄には良いだろう。」
「良い?」
闇の力は広場を見る。相変わらず黒雄はゴウラムと何かを話していた。
「気分転換だ。」
「……宇宙探索が?」
真魚が何とも言えない顔になる。
「普通の人は気分転換で宇宙に行かないと思うけど。」
「黒雄に普通の旅行をさせても、未来のことを考えるだけだろう。」
否定できない。
「ウルトロンとやらについても気になっているはずだ。だが、それはフューリーたちが対処している。自分が動く必要はない。」
フューリーが腕を組む。
「その間に別のことをさせるのか。」
「そうだ。しかも、今回の行動はスクラル人を救うためのものだ。」
「まあ……実際そうだけど。」
「黒雄にとっては重要だ。何もしていない、という感覚を与えずに済む。」
「なるほどな。」
「未来の脅威への対策ではない。まだ起きていない事件でもない。今、困っている者を助けるための行動だ。」
スクラル人の移住先を探す。そこには明確な目的がある。
「その状態で、一度未来から意識を離させる。ストレスを減らし、その上で落ち着く時間を与えてみる。」
「それで改善するのか?」
「分からん。」
「おい。」
「精神とはそう単純なものではない。」
あっさりと言われ、フューリーは黙るしかなかった。
「だから試す。」
「……分かった。」
そして、闇の力は真魚へ視線を向けた。
「それと。この話を共有した以上、真魚にも来てもらいたい。」
「……私も?」
「ああ。」
真魚が戸惑う。
「でも……。一条さんとかの方が、良いんじゃないですか?」
「なぜだ?」
「だって……。」
真魚は俯く。
「私、ずっと一緒にいたのに、気付いてあげられなかった。」
何かがおかしいとは思った。でも、それだけだった。
「一条さんは……気付いてたんですよね?」
「ああ。」
「だったら、一条さんの方が――」
「それは違う。」
闇の力が遮り、真魚が顔を上げる。
「一条本人も理解している。」
「え?」
「一条薫という人間は、黒雄にとって極めて大きな存在だ。信頼している。尊敬している。共に戦い続けたことを、黒雄は誇りに思っている。」
真魚は黙って聞いていく。
「だが、それ故に。一条は黒雄にとって、戦いの記憶を象徴する存在の一つでもある。」
「……戦いの。」
「そうだ。」
十五歳だった黒雄がグロンギと戦い始め、傷付き、苦しみ、それでも戦い続けた。その全てを、一条は傍で見ていた。
「一条といることが悪いわけではない。むしろ黒雄にとって必要な人間だ。だが、一条は、日常の象徴にはなれない。」
真魚の目が僅かに揺れる。
「黒雄にとって一条と共にある記憶には、どうしても戦いが伴う。そして、君は違う。先ほども言っただろう。君が、十文字黒雄にとっての日常の座標だ。」
闇の力の言葉に、真魚は何も言えなかった。しばらく迷い。それでも最後には、小さく頷いた。
「……分かりました。私も行きます。」
「そうか。」
闇の力はそれだけ答えると、広場へ向かって歩き始めた。
ーーーーー
「黒雄。」
「はい?」
ゴウラムの横にいた僕は、近付いてきた闇の力へ振り返る。
「出発についてだが、後日になった。」
「え? 今日じゃないんですか?」
「ああ。少し準備を増やす。」
「何か問題でも?」
「問題というほどではない。」
闇の力は後ろを見ると、そこには真魚がいた。
「真魚も連れて行く。」
僕は真魚を見る。真魚も僕を見てくる。
「……え?」
「私も行くことになったよ。」
「宇宙に?」
「うん。」
「惑星調査に?」
「うん。」
「真魚が?」
「うん。」
いやいやいやいや。
「ちょっと待って!?」
思わず声が大きくなる。
「何で!?」
「私の力が必要になるかもしれないんだって。」
「力って、サイコメトリー?」
「たぶん。」
「たぶんって。」
僕は頭を抱える。いや、僕が行くのはいい。……いや、良くはないけど。でも真魚は別だ。
「危なくないんですか?」
「私がいる。」
「そういう問題じゃなくて!」
闇の力は強い。それは分かっている、分かっているけど、
「真魚を宇宙に連れて行くなら、一条さんや美杉教授に『相談』しないと。あと、大学にも。どうしよう、一条さんと美杉家の皆で話し合いを――」
そこで真魚が俯いていることに気がついた。
「真魚? どうしたの?」
「……何でもない。」
「いや、でも。」
真魚が顔を上げると、目元が少し赤い。
「え!? 何で泣いてるの!?」
「泣いてない。」
「いや、泣きそうじゃん!」
「泣いてないって。」
「僕、何か言った!?」
真魚は慌てて目元を拭う。
「違うから。本当に、違うから。」
「でも――」
「大丈夫。」
そう言って、真魚は笑った。
「……久しぶりに聞いたなって思って。」
「何を?」
「何でもない。」
意味が分からない。でも、真魚は少し嬉しそうだった。だから、それ以上は聞かなかった。
「とにかく! 一条さんたちに相談してからだからね?」
「うん。」
「勝手に決めちゃ駄目だからね?」
「分かってる。」
「闇の力も。」
「分かった。」
僕は端末を取り出す。
「とりあえず一条さんに連絡しよう。」
真魚は、そんな僕を見て、どこか安心したように見えた。
ーーーーー
闇の力は、その様子を確認してからフューリーへ近付いた。
「フューリー。」
「何だ?」
「一つ、警告しておく。」
声の調子が変わった。フューリーもすぐに表情を引き締める。
「黒雄が知る未来から、既に大きくズレ始めている。」
「……今さらだろ。」
フューリーは眉を寄せる。
「アイツが介入した時点で、未来が変わるのは当然だ。」
「それはそうだ。」
闇の力は否定しない。
「だが、ウルトロンの事件から、それが顕著になる。」
「ウルトロン……。」
「ソコヴィアを急いで調べろ。」
フューリーの目が細くなる。
「黒雄の記憶通りに事態が進んでいる可能性がある。」
フューリーが眉を寄せた。
「待て、それなら問題ないんじゃないのか?」
未来通りなら黒雄が知っている情報を使える。何が起こるかも分かる。対策だって――
「セプターがないのにか?」
フューリーの思考が止まった。
「……何?」
「ロキが使用していたセプターは、現在私が預かり、管理している。」
「…………。」
「黒雄の知る未来では、あれは地球に残り、ヒドラの手に渡っていたのだろう?」
フューリーの顔から表情が消える。ロキがニューヨークで使っていた杖は本来ならS.H.I.E.L.D.が回収し、その後の混乱でヒドラの手へ渡る。そしてソコヴィアには、
「セプターを使った実験によって生まれた能力者や兵器があると、黒雄は話していたのではないか?」
「だが……セプターはヒドラの手にない。」
「にもかかわらず。黒雄の知る未来と同じ兆候が、ソコヴィアで現れている可能性がある。」
「…………。」
それは、未来が変わったという話ではない。必要な原因が消えたにもかかわらず、同じ結果へ向かっている。
「……クソ。」
フューリーが呟く。
「急いで調べろ。」
「ああ。」
「スクラルの件はこちらで何とかする。」
闇の力が背を向ける。
「黒雄と真魚も、ウルトロンの事件までには地球へ戻す。」
数歩進み、闇の力は振り返らずに言った。
「お前は。」
フューリーが顔を上げる。
「『世界を救う専門家』なのだろう?」
「…………。」
「なら、頼んだ。」
それだけ言い残し、闇の力は離れていった。
「……簡単に言いやがる。」
フューリーは小さく吐き捨てる。だが、その目は既に変わっていた。
「ニック?」
背後から声がし、振り返ると、ヴァーラが立っていた。
「どうしたの?」
フューリーの顔を覗き込む。
「顔色が悪いわよ。」
「……そう見えるか?」
「ええ。」
「なら、これからもっと悪くなる。」
「?」
フューリーはしばらく黙り。そして、
「ヴァーラ。S.H.I.E.L.D.を再建する。」
ヴァーラの目が僅かに見開かれた。冗談ではないのはフューリーの表情を見れば分かる。
「完全に元通りにする、という意味じゃない。今までと同じ組織を作り直しても意味がない。ヒドラに食い破られた組織を、そのまま作り直すつもりもない。」
必要なのは、これから来る脅威に備えるための組織。世界中へ散った人材を集め、情報を集め、黒雄が知る未来だけに頼らず、自分たち自身で、未来を探す。
「もう、あいつ一人に未来を背負わせない。」
ヴァーラは何も言わず、フューリーを見ている。
「俺たちの世界だ。」
フューリーの拳が握られる。
「俺たちで守る。」
そして、真剣な表情で、妻を見る。
「手伝ってくれないか?」
ヴァーラは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。それから、柔らかく笑い、
「もちろん。」
フューリーも僅かに笑う。
「助かる。」
広場へ視線を向ける。そこでは黒雄が端末を耳に当て、どうやら一条と話している。その横で真魚が笑い、ゴウラムが楽しそうに鳴いていた。
「……まずはソコヴィアだ。」
黒雄が知っている未来。既に変わっている未来。それでも、なぜか同じ場所へ向かおうとしている未来。なら、今度は、自分たちが先に動く。
ニック・フューリーは端末を取り出した。S.H.I.E.L.D.は崩壊したが、世界を守る者たちまで、消えたわけではない。
「仕事だ。」
そして再び、ニック・フューリーは行動を開始した。