日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
長くてすみません。エイジ・オブ・ウルトロン編、に向けた導入です。
再動
ニューヨーク、スターク・タワー。
「……もう一度言ってくれ。」
「聞こえていただろう。」
「聞こえてたさ。だから、もう一度言ってくれと言ってる。」
ソファに腰掛けたトニーが、口元を隠すように手を当てる。その向かい側にニック・フューリーが立っていた。いつもの黒いコート、いつもの眼帯、いつもの、他人に命令するのが当然と言わんばかりの顔。
しかし、
「金と場所を貸してくれ……いや、くれ。」
頭を下げていた。
「ジャーヴィス。」
『はい、トニー様。』
「録画は?」
「消せ。」
「まだ何も言ってないぞ?」
『いかがいたしましょう?』
「当然保存だ。」
「スターク。」
「冗談だよ。」
トニーは笑いながら立ち上がったけれど、その笑みは消していた。
「S.H.I.E.L.D.をまた作る気か?」
「ああ。」
迷いのない返事だが、S.H.I.E.L.D.は崩壊した。世界を守るための盾として作られた組織は、いつの間にかヒドラに内側から食い荒らされていたからだ。
世界中へ公開されたS.H.I.E.L.D.の機密情報。もう以前と同じ組織には戻れないし、戻してはいけない。
「前と同じものを作るつもりなら断るぞ。僕は秘密結社ごっこに金を出す趣味はない。」
「分かっている。」
「大量監視システムも。」
「当然だな。」
「空飛ぶ大型要塞も。」
「……あれはあっても良くないか?」
「まあ、あれは保留か。じゃあ何を作る?」
フューリーは一度だけ息を吐いた。
「必要な時に動ける組織だ。」
「曖昧だな。」
「だが、それこそが今の俺が求める組織の形だ。」
ヒドラによってS.H.I.E.L.D.は死んだ。ならば、新しい、本当の意味での『世界を救う専門家』の組織を作る。
「それで?」
トニーが尋ねる。
「いくら必要だ。」
「……かなりだ。」
「具体的に。」
「お前でも嫌な顔をする額だ。」
「それは逆に興味が出てきたな。」
トニーが肩をすくめる。
「場所は?」
「人目につきにくい。だが孤立しすぎても困る。航空機を運用できる広さが必要だ。地下設備も欲しい。」
「注文が多いな。」
「だからお前のところへ来た。」
「なるほど。」
トニーは少し考える。そして、
「いいぞ。」
あっさり言った。今度はフューリーが黙る番だった。
「……条件は?」
「当然ある。」
トニーは指を立てる。
「まず、僕の金で勝手に殺人兵器を作るな。」
二本目。
「今度こそ内部監査をまともにやれ。『実は上層部がヒドラでした』は二度と聞きたくない。」
三本目。
そこで少しだけ間を置いた。
「それから。」
トニーの表情が変わる。
「クロオのことだ。アイツに無理をさせるな。」
フューリーは何も言わない。
「お前、また何かやらせようとしているな?」
「スターク。お前にとってアイツはどういった存在だ?」
「質問に質問で返すなよ。あの坊やは僕のファンだ。ファンは大事にしないとな。」
「それだけか?」
トニーの眉間に皺が寄る。
「どういう意味だ?」
「俺にとっては、恩人だ。何十年も抱えていた問題を解決してもらった。……十文字のために、命をかけられる程度には恩と負い目がある。」
「……それはまた、大層なことで。」
「お前はどうなんだ?ニューヨークで共に宇宙の脅威を知り、エクストリミスの事件ではいち早く駆けつけ、ミス・ポッツを救ったアイツをどう思う?」
「……はぁ。クロオが困った時は何がなんでも助けるようにペッパーには言われているし、僕自身もそのつもりだ。」
「……俺が作ろうとしている組織は、ある意味で十文字を助けるための組織だ。」
今度は、トニーが少し意外そうな顔をした。
「へえ。」
「あいつ一人に抱え込ませないために、力を貸してほしい。」
フューリーはそれ以上は説明せず、再度頭を下げた。トニーは数秒だけフューリーを見たあと、
「……まあいい。」
手を差し出した。
「金と場所は出す。」
フューリーはその手を見る。
「助かる。」
握り返す。
「ちなみに。」
「何だ。」
「次に頭を下げる時は撮らせろ。」
「二度と下げん。」
「今回だけでもまだ何回かやるんだろ?」
フューリーは答えなかった。それが答えだった。
ーーーーー
その後も、フューリーは自分で回った。
まずは、スティーブ・ロジャース。
「力を貸してほしい。」
フューリーが頭を下げたことに、スティーブは、明らかに驚いた。
「……君がいきなり頭を下げるとは思わなかった。」
「俺だって必要なら下げる。」
「そうか。」
少しだけ口元を緩めたものの、すぐに真剣な表情へ戻る。
「S.H.I.E.L.D.を再建するのか?」
「ああ。」
「以前と同じものを?」
「いや。同じ失敗を繰り返すために頭を下げて回ってるわけじゃない。」
S.H.I.E.L.D.の内部にヒドラがいた。七十年前に命を懸けて戦った敵が自分たちのすぐ隣に。それを経験した彼にとって、新しいS.H.I.E.L.D.という言葉を簡単に受け入れられないのは当然だった。それでも、
「分かった。協力しよう。ただし、条件がある。」
「言え。」
「今度は、君が間違っていると思った時はすぐに止める。」
「構わん。」
「命令でも。」
「最初からそのつもりで呼んでいる。」
スティーブは、そこでようやく小さく笑った。
「なら、問題ないな。」
ーーーーー
ナターシャ・ロマノフ。
「力を貸してほしい。」
頭を下げるフューリーをナターシャは珍しいものでも見るように数秒眺めていた。
「何だ。」
「いえ。本気なんだな、と思って。」
「ああ。」
「S.H.I.E.L.D.は一度死んだ。私たちが殺したようなものです。」
「必要だった。」
「そうですね。」
ナターシャはそれ以上、弁解もしなければ謝りもしなかった。世界へS.H.I.E.L.D.の全機密を公開した。後悔はしていない。あれ以外にヒドラを表へ引きずり出す方法はなかった。
「だからこそ。」
ナターシャが言う。
「次は、前よりマシなものにしましょう。」
「当然だ。」
「なら手伝います。ただし、貸し一つです。」
「……覚えておく。」
ーーーーー
ブルース・バナー。
「僕に?先に言っておきますけど。」
ブルースは少し困ったように眼鏡を押し上げる。
「組織に所属するのはあまり得意じゃないですし、軍隊式も嫌です。」
「知っている。」
「命令されて暴れろと言われても。」
「言わん。」
「……本当に?」
「……その場合はロマノフに頼むとしよう。」
「やめてください。」
即答したブルースに、フューリーは僅かに口元を動かす。
「研究設備を用意する。必要な時に知恵を貸してくれれば、それでいい。」
ブルースは少し考え、そして、
「それなら。」
頷いた。
「できる範囲で。」
「十分だ。」
ーーーーー
ソー。
「力を――」
「無論だ!」
まだ頭を下げる前だったが、ソーは豪快に笑う。
「ミッドガルドを守るためであろう!ならば我が力、好きに使うがよい!」
「好きには使わん。」
「そうか?」
「お前に好きに暴れられたら施設が壊れる。」
「ははは! 心配するな!」
「そこが一番心配だ。」
とはいえ。ソーに関しては本当にそれで終わった。
ーーーーー
そして、クリント・バートン。
「悪い。」
返事は短かった。
「今回は降りる。」
フューリーは何も言わなかった。クリントは少し視線を外し、
「家族と過ごしたい。S.H.I.E.L.D.のことが片付いたばかりだからな。」
「そうか。」
「俺も……少し、家にいたい。」
クリントが何より守りたいものを、フューリーも理解する。
「分かった。」
「……それだけか?」
「無理に引っ張るつもりはない。」
クリントが少し意外そうな顔をする。
「必要になれば連絡はする。」
「出られる保証はないぞ。」
「それでいい。」
しばらく二人とも黙る。そしてクリントが手を差し出した。
「悪いな。」
「気にするな。」
フューリーはその手を握る。
「家族を大事にしろ。」
「言われなくても。」
ーーーーー
こうして、アベンジャーズは再び集まった。
トニー・スターク。
スティーブ・ロジャース。
ナターシャ・ロマノフ。
ブルース・バナー。
ソー。
ただし、クリント・バートンは不参加。
そして、もう一人。
「クロオは?」
新たに用意された施設。まだ最低限の設備しか整っていない会議室で、スティーブが尋ねた。
「呼んでいない。」
フューリーが答える。
「呼ばないのか?」
ソーが首を傾げる。
「ああ。」
トニーが椅子にもたれながら冗談を言うように、
「大学生になった途端、戦力外か?」
「逆だ。」
フューリーは憮然とした顔で、
「戦力として使わなければならないからこそ、今日は呼んでいない。」
「どういう意味?」
ナターシャが尋ねる。
「その話も後でする。」
フューリーはそこで一度区切った。
「次、アベンジャーズが動く時には必ず呼ぶ。それは本人にも伝えてある。」
「納得したのね、珍しい。」
ナターシャの言葉に、フューリーは僅かに目を細める。
「説得したのは俺じゃないからな。」
そう言ってフューリーは懐へ手を入れた。取り出したのは、黒銀色の小さな端末。見た目だけならスマートフォンに近い。だが、地球製ではなく、ソーの目が僅かに見開かれる。
「それは。」
フューリーは端末を操作する。
「アスガルド製だ。」
「待て待て。」
トニーが身を乗り出した。
「今さらっと何を出した?」
「連絡用端末だ。」
「それは見れば分かる。何で君がアスガルド製の端末を持ってる?」
「色々あった。」
「説明になってない。」
フューリーが端末へ指を滑らせる。
「これで連絡できる。」
「誰に?」
スティーブが尋ねるが、フューリーは答えず、端末を操作し、メッセージを送る。『来てくれ』と。数秒、何も起こらない。トニーが口を開きかけた、その時。
「――っ。」
スティーブが反射的に立ち上がった。同時に、ナターシャの手が腰へ動き、ブルースが息を呑み、トニーの腕時計型端末が起動する。そして、ソーだけが表情を硬くした。
「……この力。」
自分たち以外は誰もいなかったはずの会議室の中央に男が一人立っていた。トニーが無言で立ち上がり、スティーブも警戒を解かない。ナターシャも既に戦える体勢へ入っている。ブルースは明らかに顔が強張っている。
「……誰だ。」
スティーブが低く尋ねるが、男は答えない。代わりにフューリーを見ると、
「呼んだか?」
「頼みがある。」
フューリーは周囲を示した。
「この施設を聖域化してほしい。」
闇の力が静かに周囲を確認していくと、トニーが小声でフューリーへ尋ねる。
「おい。誰だ、あれ?」
「闇の力。クロオが世話になっている相手だ。私もだが。」
「説明になってない。」
ソーが低い声で言う。
「静かにせよ、スターク。」
トニーが振り返ると、ソーの顔にいつもの余裕がない。
「知っているのか?」
「……いや、」
ソーは闇の力から目を離さない。
「だが、この気配。我々アスガルド人のように神を自称しているのとは訳が違う。この御方は……異なる次元にいる。」
「えーと、つまりガチものの神?」
ブルースが思わず聞き返す。ソーは答えなかった。
闇の力が片手を振る。それだけで、何かが施設全体へ染み渡っていった気がした。敷地全体。いや、空間そのものに何かが定着する。
「…………。」
面々は周囲を見回すも変化は分からない。闇の力が手を下ろし、
「終わったぞ。」
「もうか?」
フューリーが尋ねる。
「どの程度守られる。」
「私の聖域の一つとしたからな。」
闇の力は淡々と告げる。
「科学、魔術、超能力といった異能、宇宙よりもたらされる力、その他、人の認識を超える手段。そのいずれであろうと、」
闇の力が施設全体へ視線を巡らせる。
「よほどのことがない限り、この場所の情報を得ることはできない程度の守りは張った。この場所の用途も考え、防衛よりも防諜に重きを置いておいた。」
トニーの眉が跳ねる。
「……ちょっと待った。今、科学もって言ったか?」
闇の力がトニーを見る。
「そうだな。内外問わず、情報を得るのはほぼ不可能のはずだ。」
「衛星やハッキングも?」
「偶発的なものを含め、覗き見る、盗み出す、などの行為が概念的に行えない場所だと思ってくれれば良い。」
あまりの内容にトニーが珍しく黙り、ブルースが小さく呟く。
「無茶苦茶だ……。」
「必要なことは済んだと思うが、他に用はあるか?」
闇の力がフューリーを見ると、
「いや、大丈夫だ。手間を取らせたな。」
「構わない。では、失礼す――」
それだけ言って闇の力が消えようとした、その直前。動きを止めて振り返る。アベンジャーズ一人ずつに視線を向ける。そして静かな声で、
「クロオのことを、よろしく頼む。」
次の瞬間、初めからそこにいなかったかのように消えた。誰もが口を開かない中、
「……説明はしてくれるんだろうな?」
トニーが静寂を破り、フューリーを見る。
「神みたいなのが突然出てきて、施設丸ごと何かして、クロオをよろしく頼む、って言って消えたんだぞ?説明がないと、気になってこの後の会議ができない。」
フューリーが会議室中央へ立つと、
「闇の力やクロオのこと。そして、これからのこと。話せることは全て話す。……すまないが、隠し事を一切しない、とは言えない。だが、秘密主義はもう辞めた。話せないことには話せない理由があることも理解してくれ。」
真剣な表情のフューリーの言葉を呑んだのか、全員が席へ戻る。照明が落ち、中央に地図が映し出された。東欧にある一つの小国が拡大される。
「ソコヴィアだ。」
山岳地帯に囲まれた国。
「ここにヒドラの残党がいる。」
「結局作戦の話じゃないか。」
トニーは愚痴るが、スティーブの表情は変わった。
「確かなんだな?規模は?」
「正確には分かっていない。調査の末、人員なども含め、かなり厄介であると予想される。」
ナターシャが眉を寄せる。
「S.H.I.E.L.D.の情報は?」
「崩壊前に掴んでいた情報は少ない。ただし、奴らがそこで何かを研究していることは確かだ。」
「ヒドラの研究とは穏やかじゃないね。何の研究かは情報はあるのかい?」
ブルースが尋ねると、
「何かしらの異能を扱う能力者、という話がある。」
「能力者?」
「ああ。人間に特殊な力を与える研究らしい。」
「エクストリミスみたいな?燃えたり、治ったり。」
「同じかどうかは分からん。しかし、厄介であることは変わらん、もしくは脅威度は上だと考えた方が良いだろう。」
「他に何か分かっていることは?」
「能力者とは別に未知の兵器の開発も行われているらしい。」
フューリーが答える。
「正確に言えば、未知の能力者や兵器を生み出すことができる何かを所有している可能性がある。」
「……何だか要領の得ない言い方するな。」
トニーが眉を寄せる。
「俺も詳細を調べ切れていない。現地に人員を送り込んで調べようにも、S.H.I.E.L.D.が崩壊した影響がヒドラにも出ているのか、新しい人員の出入りが極端に少ない。」
「なら、誰がその能力者やら未知の兵器の情報を持ってきた?」
スティーブの疑問にフューリーはしばらく黙る。目をつむり、何か覚悟を決めたような顔になり、
「クロオだ。」
全員の視線が集まる。ソーだけが僅かに目を伏せた。トニーは予想していたような、そうでないような、何とも言えない顔をした。
「本人から話す許可は取っている。」
フューリーが先に言う。
「ここで話すことも含めてな。」
「……何の話?」
ナターシャが尋ねる。
「あいつは、未来を知っている。」
沈黙。最初に反応したのはブルースだった。
「……それは。クロオは予知能力者だったとかいう話かい?」
ソー以外の面々がブルースと同様の反応をするなか、トニーだけは目を細めた。
「やっぱりか。」
その言葉にスティーブが振り返る。
「知っていたのか?」
「いや。」
トニーは首を振る。
「正確な所は分かっていなかった。ただ、妙だと思う場面は多々あった。」
ロキがニューヨークにいること。エクストリミスの事件で自分が生きていると信じて飛び回ったこと。クロオは時々、知らないはずのことを知っていた。あるいは、知らないはずなのに、妙に確信を持って動いていた。
「何かがあるとは思ってたよ。予知能力か。もしくは時間移動でもしたのか。あるいは秘密の情報源があるのか、とかね。」
一度、フューリーを見る。
「最初はさっきの神様がその情報源なのか、って思ったんだが、未来を知ってる、か。」
「ただ、あいつは未来が見られる訳ではない。変な話だが、未来を見た記憶を持っている、というのが正しい表現だ。」
「未来を見た記憶を持っている?またややこしいことになってきたな。」
ブルースが呟く。
「ある一部の人間が関わった大きな事件、その事件を記憶映像のように観た記憶があるそうだ。」
「へー。未来の事件を映画にして見たことがある、みたいなものってことか。」
ブルース、大正解。
「その認識で構わない。ついでに言えば、……未来を見る見ないに選択肢があり、好みの未来しか記憶にないらしい。」
アベンジャーズ、唖然。
「………好み?」
全員が驚く中、ソーだけは静かに聞いていた。
スティーブがゆっくり口を開く。
「つまり、俺たちのことも、ニューヨークで起きることも、S.H.I.E.L.D.にヒドラがいることも知っていた、ということか?」
「その通りだ。」
フューリーの答えを聞き、ナターシャの顔から僅かに血の気が引いた。
「……最初から全部を?」
「全てを正確に知っているわけではないらしい。」
フューリーはすぐに否定する。
「記憶自体曖昧らしいし、知らない出来事もある。そもそも、あいつが見た未来はあいつがいない未来らしくてな、とっくの昔に本来の流れとは大きく変わっている。」
画面にニューヨーク決戦の映像が映り、エクストリミス事件の詳細、ダークエルフに関する資料、そしてインサイト計画。
「だが、大きな出来事について、まだまだ重要な情報を知っている。未来に何が待っているのかも。」
そして画面がソコヴィアの資料に戻る。
「今回もそうだ。」
誰もすぐには言葉を出せなかったが、スティーブが画面を見ながら、
「だから、ソコヴィアのヒドラのことも知っていた。」
「そうだ。」
「能力者の研究や未知の兵器についても。」
「その通りだ。」
「だったら。」
スティーブがフューリーを見る。
「何故、もっと早く調べなかったんだ?」
責めているわけではないが、当然の疑問でもある。
「無理だった。」
フューリーは即答する。
「当時のS.H.I.E.L.D.にはヒドラがいた、それが理由ね。」
ナターシャはすぐに理解した。
「ソコヴィアを調査すれば、ヒドラ側にも知られる。」
「そうだ。」
調査命令を出し、人員や衛星を動かす。通信を行う。情報を分析する。どこからこちらが察知していることが漏れるか分からなかった。
「だから。」
フューリーが言う。
「俺はクロオに待てと言った。」
ーーーーー
ソコヴィアは調べられない。ヒドラがこちらの動きに気付けばむしろ事態が悪化する。だから待つしかない。
「それが。そういったことが、ずっと積み重なっていたのだろう。」
「……何が?」
ブルースが聞いてくる。答える前に一度だけ、深く息を吐いた。
「未来を知っていることによる重圧だ。俺たちは当然ながら、未来を知らない。」
だから、今日できることをやり、起きた問題に対応する。明日の危機が見えていないから、日常を過ごすこともできる。
「だが、クロオは違う。次に何が起きるのか知っている。その次に何が起きるのか、誰が傷つくのか、誰が死ぬのか、何が壊れるのか。………何も起きていない時にでも、だ。」
自分の声が低くなったのが分かる。
「あいつには、次の戦いが見えていた。」
高校へ行く、友人と話す、親しい者と食事をする。笑い、眠る。そんな時間の中でも未来にはヒドラがいる、ウルトロンがいる。その先にもまだ、何かがいる。
「そして。知っているのに、何もできないこともある。」
ソコヴィアは今まさにそうだった。危険があると分かっているのに、動けば、もっと悪くなる可能性がある。
「助けられるかもしれない人間がいる。止められるかもしれない事件がある。それを知っているのに、待てと言われる。」
周囲を見ると、誰も軽くは受け取らなかったようだ。
「しかも、事件は一度ではない。」
ニューヨークが終われば、エクストリミス。その次はダークエルフ、ヒドラ、ソコヴィア。さらに、その先にも、
「一つ終われば次の事件。それを終えても、また次がある。」
スティーブが目を伏せ、ナターシャも、ブルースも、トニーも何も言わない。
「奴が未確認生命体と戦い始め、アベンジャーズとして招集されてから、ずっとだ。」
一度、言葉を切った。
「そして俺は、アイツが未来を知っていると教えられてからも、その苦悩に気づいてやれなかった。」
一条に相談することが減った。真魚に愚痴ることが減った。報告することが減った。
徐々に、自分が知っている。なら、自分がやらなければ。自分には力がある。なら、自分が止めなければ。自分なら耐えられる。なら、自分が背負えばいい。
「そう考えるようになった。」
トニーの眉間に深い皺が寄る。
「責任感じゃないのか?」
「おそらく最初はそうだったのだろう。だが、」
責任感。使命感。焦り。恐怖。罪悪感。それらが少しずつ、混ざっていった。
止められなかったら。救えなかったら。誰かが助かったのではないか。そうやって全部を、自分の責任へ変えていく。
ブルースの表情が変わった。ハルクの行いを全て自分のせいだと考えている彼には、その危うさが分かるのだろう。
「それ、かなり危険な状態じゃないかい。」
「ああ。だから今は休ませている。」
全員を見る。
「真魚が、クロオの傍にいる少女だが、気付き、先ほど現れた闇の力が教えてくれた。」
「何を?」
ナターシャが聞いてくる。
「クロオの精神が。」
会議室が静まり返る。
「限界まで来ていたことをだ。」
ーーーーー
誰も、すぐには言葉を返すことができず、重い沈黙だけが、部屋を満たしていく。
最初に口を開いたのは、ソーだった。
「……俺は。」
その声は、いつもの豪快さとは程遠いほど静かだった。
「俺は、あやつに救われてばかりだった。」
誰も口を挟まない。
「母上を救ってくれた。アスガルドを救ってくれた。ジェーンを救い、ロキとの和解にも手を貸してくれた。」
一つ一つ、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「あの時の俺は、ただ感謝していた。」
ソーは拳を握った。
「未来を知るという奇跡のような力を持つ友がいる。その友が、笑って隣に立ち、共に戦ってくれる。それだけで十分だと思っていた。」
金色の瞳が伏せられる。
「だが違った。」
静かな悔恨が滲む。
「俺は、救われた結果しか見ていなかった。その根幹にあった恐れも、苦しみも、見ようとしなかった。」
ゆっくりと首を振る。
「ロキは己の未熟を認めていたが、違う。未熟だったのは、俺だ。」
ブルースが眼鏡を外し、額へ手を当てた。
「……子供じゃない。」
誰へ向けた言葉でもない。
「僕たちは全員、大人だった。」
誰よりも穏やかな彼の声が、ひどく痛々しい。
「なのに、十八歳にも満たない少年に『大丈夫』って言われて、それを信じてしまった。」
ハルクを抱える自分だからこそ分かる。知っていたはずだ。笑っている人間ほど、危ない時があることを。
「気付けたはずなんだ。」
ブルースは小さく呟いた。
「少なくとも、気付こうとはできた。」
ナターシャも静かに腕を組んだ。
「私たちは諜報員よ。」
皮肉にも聞こえる言葉だった。
「表情を読む。嘘を見抜く。異変に気付く。それが仕事。」
赤い髪を耳へ掛けながら、苦く笑う。
「なのに、一番近くにいた子のSOSを見落とした。」
彼女は一度だけ目を閉じた。
「『平気です』って言葉ほど信用しちゃいけないって、私は誰より知ってたはずなのに。」
「フューリー。」
沈んだ声で、スティーブが尋ねた。
「知っていれば教えてくれ。」
その視線はフューリーだけを見ている。
「クロオが見た未来で――」
一瞬だけ、言葉が詰まった。
「バッキーは、このタイミングで助けられたのか?」
会議室の空気が、さらに重くなる。フューリーは難しい顔のまま、ゆっくり首を横へ振った。
「……いや。」
短い否定だった。
「インサイト計画で、バーンズがウィンター・ソルジャーだということには気付いたそうだ。」
そこまでは同じ。
「だが、助け出すことに成功するのは、まだ先だったはずだ。」
それ以上は語らない。語る必要も、まだなかった。スティーブは静かに目を閉じる。
「そうか……。」
そう返事をするだけだった。だが、その中には様々な感情が詰まっていた。あのヘリキャリア、三隻目へ駆けつけてくれたクロオ。自分は「助かった」としか思っていなかった。
だが、あの少年は違ったはずだ。未来では救えなかった僕の親友を、救えるかもしれない。そんな希望と、失敗への恐怖を抱えながら戦っていたのだ。
「……僕は。」
スティーブは拳を握る。
「彼が何を背負ってあそこへ来たのか、考えもしなかった。」
その事実が、何より苦しかった。
トニーは黙ったままだった。
誰も気付かなかったが、その視線は机ではなく、過去の記憶を見ていた。夜の港湾。炎。崩れたコンテナ。自分を探して飛び回っていた、一人の戦士。あの時はクウガの姿だったから、表情は見えなかった。
だが、あの時。ようやく自分を見つけた瞬間。
『スタークさん。…………生きてますね。』
あの一言。あれは確認じゃない、安堵だった。どれだけの恐怖を抱えて、自分を探していたのか。さらに思い出す。インサイト事件の前、珍しく真面目な顔で相談してきた少年。
力の扱い方に困っていたからアドバイスした。あの時、あの少年はなんと言っていた?
『役に立てる場面が増やせると思うんですけど。』
表面的な少年の悩みを解決した気になって、自分は深く踏み込まなかった。宇宙を知った者同士。同じ悪夢を見る者同士。なのに、自分は気付けなかった。
トニーはゆっくり息を吐き、いつものように肩をすくめた。
「ふっ。」
無理に作った笑みだった。
「僕のファンは、どうやら真面目すぎるようだね。」
誰も笑わない。
「それで周りを心配させているんじゃ、ヒーローとしては未熟かな?」
バンッ――!
椅子が勢いよく倒れた。次の瞬間、スティーブが立ち上がり、トニーの胸ぐらを掴んでいた。
「……!」
ナターシャが息を呑み、ブルースが立ち上がりかける。
ソーも静かに二人を見る。
「なんだ?」
トニーは抵抗しなかった。ただ、真っ直ぐスティーブを見返す。その瞳を見た瞬間。スティーブの手から力が抜けた。そこにあったのは自分以上の後悔だった。
スティーブはすぐに手を離す。
「……悪い。今のは、僕が悪かった。」
トニーも襟元を整えながら、小さく息を吐いた。
「いや。」
首を振る。
「不適切だった。ジョークで誤魔化せる話じゃなかったな。」
誰も責めなかった。責められる人間もいなかった。ただ、それぞれが同じ後悔を抱えていた。会議室は、最悪とも言える静寂に包まれる。その時だった。
――キーン。
重苦しい沈黙を破るように、乾いた電子音が会議室に響いた。
全員の視線が、一斉にフューリーへ向く。
音を発したのは、先ほど闇の力を呼び出す際にも使った黒銀色のアスガルド製端末。その画面には、
『十文字黒雄』
と表示されていた。
「…………。」
フューリーは一瞬だけ息を止めた。
つい数分前まで、自分たちは何について話していたのか。未来を知ることの重圧。救えるかもしれない人間を知りながら、動くことのできない苦しみ。そして、限界まで追い詰められていた精神。
その当人からの連絡だった。
「……。」
フューリーは無言のまま端末を操作する。すると、端末上部から淡い光が伸び、会議室の中央へ一人の青年の姿を投影した。テレビ電話というよりは、ホログラム通信に近い。そこに映し出されたのは、
「…………。」
十文字黒雄だった。
いつも通りの顔。少しだけ疲れているようには見える。けれど、それだけだった。少なくとも、先ほどまでの話を知らなければ、誰も異常だとは思わなかっただろう。
「…………。」
トニー。
スティーブ。
ナターシャ。
ブルース。
ソー。
誰も、何も言えなかった。あまりにも、普通だった。だからこそ、余計に、胸へ刺さった。
『……あれ?』
クロオが首を傾げる。
『見えない?』
ホログラムへ少し顔を近付け、
『もしもーし。通じてますかー?』
「通じている。」
フューリーが答えた。ちなみに、クロオ側はフューリーたちが見えていない。アベンジャーズ側の映像投影機能を、フューリーが切っているからだ。そのため、クロオから見えているのは音声通信と変わらない。
「どうした。」
フューリーが尋ねる。
「今日の会議には参加せず、休むよう真魚や闇の力に言われたんだろう?」
『そうだったんですけど。』
クロオが頬を掻く。
『その闇の力に、皆さんに連絡しろって言われまして。』
「……闇の力に?」
『はい。』
少し困ったように笑い、
『正確には、「連絡というより顔を見せてやれ」って。』
「…………。」
全員が沈黙する。
――分かってやっている。
おそらく。いや、間違いなく。
『それで、じゃあゴウラムで直接行こうかなって言ったら。』
「「「「「…………。」」」」」
『真魚に止められました。』
――真魚、ナイス。
その場にいた全員の心が、初めて完全に一致した。今ここにクロオ本人が来ていたら。絶対に普通には話せない。間違いなく顔に出る。特にスティーブとブルース。
そして、
「…………。」
トニー。
どう考えても無理だった。
『それで通信にしたんですけど。』
クロオが少し首を傾げる。
『皆さん、もう集まってるんですか?』
「ああ。」
『じゃあ。』
少しだけ言いにくそうにしながら、
『僕の知識のこと、もう話しました?』
「話した。」
フューリーが短く答える。
「クリント以外は全員いる。」
『そっか。』
クロオは、それだけ言った。驚きもしない。焦りもしない。少し考えるように視線を横へ動かしてから、
『じゃあ、改めて言っておいた方が良いかな。』
「何をだ。」
『次のことです。』
その言葉だけで、会議室の空気が変わった。クロオは知らない。こちらが今、何を聞いたのか。何を考えているのか。だから、いつも通りの調子で話す。
『フューリーから、僕の未来知識的な事情は聞いてると思います。』
軽い言い方だった。まるで、大したことではないように。
『それで。えっと。』
少しだけ考えて、
『次は、たぶんニューヨーク並みに大変になるかもしれません。』
誰も反応できない。ニューヨーク並み。その言葉がどれほど重いのか、この場にいる全員が知っている。
『ただ。』
クロオは笑った。
『僕も頑張るんで。』
「…………。」
その笑顔は、いつもと何も変わらない。
『一緒に頑張りましょう。』
「…………。」
トニーが目を伏せた。スティーブが僅かに拳を握る。ナターシャの唇が固く結ばれる。ブルースは、クロオの顔を見続けることができず、一瞬だけ視線を逸らした。ソーは何も言わない。
クロオの顔には、苦しんでいるような様子など、どこにもなかった。
恐怖も。
焦りも。
苦悩も。
何も見えない。
ただ、仲間と共に戦おうとする、一人の少年、いや青年の顔。
けれど、今は知っている。その奥に、常人には抱えきれないものがある。いや、常人どころか、この部屋にいる超人たちでさえ、一人で抱えろと言われれば耐えられる保証などない。それほどのものを、この青年は、ずっと抱えていた。
そして、今も――
『――クロオー。』
突然、画面の外から少女の声が聞こえた。
『ん?』
クロオが横を見る。
『この子のこと、報告するー?』
「……この子?」
フューリーが眉を寄せた。
画面の端から、
「…………。」
白い何かが現れた。いや、正確には白い毛玉のような小動物を抱えた真魚が、クロオの隣へ顔を出した。
『こんにちは。』
真魚が小さく頭を下げる。その腕の中では、真っ白な毛玉が、
『きゅ?』
とでも言いたげな顔でこちらを見ている。
「…………。」
『あ。』
クロオが思い出したような顔をする。
『そうか。これ報告しないと駄目か。』
真魚が毛玉を少し持ち上げる。
『この子。』
そして、
『闇の力ー。』
クロオが画面外へ声を掛ける。
『これ、なんて報告すれば良いの?』
数秒後。少し離れた場所から、
『別の惑星から小動物を連れ帰ってしまった。』
「…………。」
フューリーの眉間に皺が寄った。
『私が、こちらから何かしなければ地球に害はない生物だと保証している、と伝えれば良い。』
クロオが頷く。
『なるほど。』
そして、
『フューリー、今の聞こえました?』
「ああ。」
『地球に害はないそうです。』
そこでクロオが首を傾げる。
『……っていうか。』
少し後ろを振り返り、
『闇の力、今ちょっと変な言い回ししたよね?』
返事はない。
『「こちらから何かしなければ」って。』
真魚も毛玉を見ながら、
『ね。』
優しく頭を撫でる。
『こんなに可愛いのに、誰かに害されたら大変だよね。』
『…………。』
画面外。闇の力は何も言わなかった。
――違う。大変なのは、相手が、だ。もっとも、わざわざ説明する必要もないか。
「…………ふっ。」
フューリーの口元が僅かに緩む。
それまで張り詰めていた会議室の空気が、ほんの少しだけ解けた。毛玉が真魚の腕の中でもぞもぞと動き、
『あ、こら。』
『落ちるよ。』
二人が慌てて支える。それを見て、トニーが小さく息を吐いた。ブルースの表情も僅かに和らぐ。スティーブも、ナターシャも、ソーも。ほんの少しだけ。
「……ああ。」
フューリーが答える。
「ちょうど会議が行き詰まっていたところだ。」
『え。』
クロオが少し申し訳なさそうな顔をする。
『やっぱり邪魔しました?』
「違う。」
フューリーは首を振った。
「その小動物のおかげで和んだ。」
『あ。』
クロオが毛玉を見る。
『なら良かったです。』
真魚も嬉しそうに笑う。
『良かったねー。』
毛玉を軽く揺らす。
『きゅー。』
本当に鳴いた。
「…………。」
トニーが思わず口元を押さえる。
「今の録音したか、ジャーヴィス。」
『すみません、トニー様。様々な手段で情報の保管を試みていますが、全て機能いたしておりません。』
「ああ。情報が取れないのだったな。」
『何やってるんですか、スタークさん。』
即座にクロオから突っ込みが入る。
「研究資料だ。」
『何の研究ですか。』
「宇宙生物の鳴き声と人間の精神に与える影響について。」
『絶対今考えましたよね?』
「科学者を舐めてはいけないぞ。」
『科学者関係ないでしょ。』
少しだけ、いつもの空気が戻った。
『えっと。』
クロオが姿勢を正す。
『それじゃあ、会議の邪魔しちゃ悪いんで。この辺で。』
「ああ。」
フューリーが答える。
『また、何か決まったら教えてください。』
クロオが通信を切ろうと手を動かす。その時。
「クロオ。」
トニーが口を開いた。
『はい?』
クロオが止まる。トニーは、何かを言おうとした。けれど、出てこない。
無理をするな。一人で抱えるな。もっと周囲を頼れ。困ったら連絡しろ。
言いたいことはいくらでもある。でも、今それを言えば、さっきまで何を話していたのか悟られる。何より、今ここで、重たい言葉を投げるべきではない気がした。
「……あー。」
トニーが珍しく言葉に詰まり、
「…………。」
数秒考え、そして、
「真魚を大事にしろよ。」
『…………え?』
クロオの動きが止まった。真魚も止まった。毛玉だけが、
『きゅ?』
と首を傾げる。
『え?』
クロオがもう一度言う。
『スタークさん。』
「何だ。」
『なんで知ってるんですか?』
「何を。」
『僕と真魚が付き合い始めたこと!』
「…………。」
トニーがフューリーを見る。クロオも、見えてないはずなのに、なぜかフューリーがいると思われる方向を見る。
『まさか。』
嫌な予感がしたように、
『フューリー!?』
「俺じゃない。」
即答だった。
『絶対フューリーでしょ!』
「違う。」
『じゃあ何で知ってるんですか!?』
「秘密だ。」
『秘密主義やめたって言ってませんでした!?』
「必要な秘密もある。」
『それ絶対必要ないやつですよね!?』
先ほどまでの重苦しい空気が、少しずつ、崩れていく。スティーブが小さく笑った。そして、
「俺からも一つ。」
『スティーブさんまで!?』
「大切な人は、大切にした方がいい。」
『いや、それはもちろんですけど!』
ナターシャも口元を緩める。
「真魚を泣かせたら、私が話を聞きに行くから。」
『え、怖い。』
「何で怖がるのよ。」
『いや、ナターシャさんがその言い方すると何か怖いですよ。』
ブルースも苦笑する。
「僕も同意見かな。」
『バナーさんまで……。』
「ただ。」
ブルースは少しだけ真面目な顔になった。
「クロオも、大事にしてもらうんだよ。」
『……?』
クロオが僅かに首を傾げる。ブルースはそれ以上、何も言わなかった。代わりに、ソーが豪快に笑う。
「ははははは!」
『ソーさん?』
「クロオよ!」
『はい?』
「愛する者を得たのならば、その者と過ごす時間を何より大切にせよ!」
『う、うん。』
「戦士にとって、帰る場所があることは何ものにも代え難い!」
『……はい。』
少しだけ。クロオの表情が柔らかくなる。その横で真魚も、静かに笑っていた。そして最後に、フューリーが口を開く。
「クロオ。」
『はい。』
「愛するパートナーは大事にしろ。」
『…………。』
クロオの顔が、一気に赤くなった。
『あ。』
隣にいた真魚まで、見る見るうちに赤くなる。
『え、ちょ。』
『フューリーさん!?』
「何だ。」
『その言い方は!』
『なんか恥ずかしいです!』
「事実だろう。」
『そうですけど!』
クロオが口を開いたり閉じたりする。真魚も毛玉を抱えたまま視線を泳がせている。そして、数秒後。二人は、ほとんど同時に口を開いた。
『大事にしてます!』
『大事にされてます!』
「…………。」
『…………。』
『…………。』
言った本人たちが、盛大に固まった。クロオと真魚が互いを見ると、さらに顔が赤くなる。そして、
『し、失礼します!』
『失礼します!』
――ブツッ。
通信が切れ、ホログラムが消える。
「…………。」
トニーが椅子へ深く座り直した。
「……青春だねえ。」
ナターシャが僅かに笑う。
「そうね。」
ブルースも眼鏡を掛け直しながら、ほんの少しだけ表情を緩める。スティーブは、通信が消えた場所を見つめていた。ソーもまた、満足そうに頷いている。そして、フューリーは手の中の端末へ一度だけ視線を落とした。
少なくとも今は、あいつは一人ではない。それだけは、確かだった。
ーーーーー
完全に途切れたホログラムの残光を見つめながら、誰もすぐには口を開かなかった。つい先ほどまで、この場を満たしていた重苦しさは少しだけ薄れている。
クロオと真魚。
そして、二人の腕の中にいた謎の白い毛玉。最後のやり取りを思い返したのか、トニーが椅子にもたれたまま小さく息を吐いた。
「……まったく。」
口元には、ほんの僅かな笑みが残っている。
「人を散々心配させておいて、本人は青春真っ盛りか。」
「その方がいい。」
スティーブが静かに答えた。
「少なくとも、戦うこと以外に大切なものがある。」
「同感。」
ナターシャも短く頷く。
「むしろ、もっと増やした方がいいくらいね。」
「そうだね。」
ブルースも眼鏡の位置を直しながら、
「戦う理由だけじゃなくて、戦わなくていい理由も必要だ。」
「うむ!」
ソーが大きく頷く。
「宴を開き、友と笑い、愛する者と時を過ごす! 戦士には、それらが必要だ!」
「お前の場合、宴の比率が高すぎるけどな。」
トニーが言う。
「何を言うスターク! 宴は重要だぞ!」
「はいはい。」
ほんの僅かだけ、いつもの空気が戻る。その様子を、フューリーは何も言わず見ていた。そして、
「……さて。」
低い声が落ちる。その一言で、全員が自然とフューリーへ視線を向けた。フューリーは手にしていた端末を懐へ戻す。そして、改めて、会議室にいる全員を見回した。
トニー・スターク。
スティーブ・ロジャース。
ナターシャ・ロマノフ。
ブルース・バナー。
ソー。
ニューヨークで一度集まり、それぞれの道へ戻った者たち。S.H.I.E.L.D.という組織の指揮下にいるわけではない。命令を下せば従う兵士でもない。それぞれにそれぞれの人生がある。
「お前たちに、一つ言っておく。」
フューリーが口を開き、
「お前たちにも、お前たちの日常がある。」
全員が黙って聞いている。
「生活がある。仕事がある。家族がいる。友人がいる。愛する者がいる。」
トニーの脳裏に、ペッパーが浮かぶ。
スティーブには、取り戻したばかりの親友。
ナターシャにも、ブルースにも、ソーにも、それぞれが、守りたいと思う何かがある。
「だから、世界の平和のために、お前たちの全てを捧げろ、などとは言わない。」
スティーブが僅かに目を見開いた。ナターシャも、トニーでさえ、少し意外そうな顔をする。かつてのニック・フューリーなら言わなかった言葉だ。
「これまでの俺は。」
フューリーは一度、言葉を切った。
「『世界』という言葉を、履き違えていた。S.H.I.E.L.D.を守ること。」
ヒドラに侵食されていた組織。自分は長い間、その組織こそが世界を守る盾だと信じていた。
「国家の利益。」
各国政府との折衝。政治、軍事、外交。
「組織同士の力関係。予算。権限。機密。様々な忖度。」
守らなければならないものだと思っていた。確かに必要なこともあった。だが、
「それらを守ることが、いつの間にか世界を守ることだと思い込んでいた。」
ヒドラは、その隙間に入り込んだ。世界を守るという大義の中へ。秩序という名目で、安全という名目で、必要な犠牲だという言葉で。
「結果。」
フューリーの声が低くなる。
「俺は、自分たちが何を守るために存在しているのかすら、見失いかけた。」
インサイト計画。数百万人を未来の危険因子というだけで殺そうとした計画。もし、あれが成功していれば、それを世界平和と呼ぶ者も、いたのかもしれない。
だが。そんなものは、
「……違う。」
誰に言うでもなく、自分自身へ言い聞かせるように。
「世界ってのは、組織じゃない。」
顔を上げる。
「国でもない。」
全員を見る。
「地球。」
一拍。
「宇宙。」
もう一拍。
「そこに住まう生命だ。」
人間。
アスガルド人。
スクラル人。
知らない星に暮らす、名も知らぬ生命。
そして、自分たちがまだ存在すら知らない者たち。
「それを守る。」
フューリーは言った。
「これから先、俺はそのために戦う。」
トニーが黙って聞いている。スティーブの目も、フューリーから逸れない。
「S.H.I.E.L.D.の名を使うかもしれん。」
少し皮肉気に、
「使わないかもしれん。」
「そこまだ決めてないのかよ。」
トニーが小さく突っ込む。
「名前など後でいい。」
「組織作りで名前は結構重要だぞ?」
「スターク。」
「はいはい。」
フューリーは一度だけ息を吐く。そして、
「だからこそ。」
声が変わった。ほんの僅かに、命令する者の声ではなくなる。
「もし可能なら、お前たちの力を貸してほしい。世界を守るための戦いに。」
そして、視線を、先ほどクロオの姿が映っていた場所へ向けた。
「あの。誰よりも真っ直ぐに戦う、」
未来を知り。苦しみ。それでも笑い。自分よりも先に、誰かを助けようとする。
「あまりにも真っ直ぐすぎる若い戦士を。」
フューリーはもう一度、全員を見る。
「支えるための戦いに。」
そしてニック・フューリーは、深く、頭を下げた。
「どうか、力を貸してほしい。」
ーーーーー
トニーは、目の前で頭を下げる男を見る。自分が知っているニック・フューリーという男は、こんなことをする人間ではなかった。
世界を守る。そのためならば、嫌われることも、恨まれることも、秘密を抱えることも、全て自分の仕事だと思っていた男。
その男が今、人に頼っている。
「……やれやれ。」
最初に声を出したのはトニーだった。
「本当にどうしたんだ?」
フューリーは頭を上げない。
「頭を下げすぎだろ。」
「必要だからだ。」
「そうか。」
トニーは椅子から立ち上がった。
「じゃあ。」
テーブルへ手を付き、
「僕から一つ訂正しておこう。」
フューリーが顔を上げる。
「僕が金を出すのは、君の新しい秘密組織のためじゃない。」
「……。」
「世界征服を企む連中だとか、宇宙人だとか、ロボット軍団だとか。」
肩をすくめる。
「そういうのに僕の生活を邪魔されたくない。」
一瞬、ペッパーの顔が浮かんだ。
「僕には帰る場所がある。」
家がある。守りたい人がいる。
「それに。僕のファンが一人で宇宙の終わりまで背負い込むのを眺める趣味もない。」
「クロオが聞いたら怒りそうね。」
ナターシャが言う。
「何で?事実だろ?」
トニーはフューリーへ視線を戻す。
「だから、やるよ。金も、頭も、スーツも全て使う。」
少しだけ真剣な顔になる。
「ただし。僕たちの人生は僕たちのものだ。」
フューリーが小さく鼻を鳴らす。
「その通りだ。」
「なら契約成立だ。」
次に、スティーブが立ち上がった。
「僕は、」
少し考え、
「世界を救うなんてことは、正直、今でもよく分からない。」
フューリーを見る。
「七十年前もそうだった。」
戦争。敵。国。自由。正義。大きな言葉はいくらでもあった。
「でも。」
スティーブは胸へ手を当てる。
「隣にいる人を守ることなら分かる。」
ペギー、バッキー、サム、かつての仲間たち。そして、クロオ。
「その積み重ねが世界だと言うなら。」
静かに頷く。
「僕は戦える。それに、クロオにも教えないとな。」
「何を?」
トニーが尋ねる。スティーブは少し笑い、
「一人で全部やろうとする奴ほど、仲間に止められるってことを。」
「君が言うのか?」
トニーのツッコミに、スティーブが黙り、ナターシャが笑った。
「説得力はゼロね。」
「……これから直す。」
「お互いにな。」
次はナターシャが椅子から立った。
「私は世界なんて大きなものに、そこまで思い入れはないわ。国にも。組織にもね。」
S.H.I.E.L.D.に救われたけれど、S.H.I.E.L.D.のために多くのこともした。
「でも。」
少しだけ目を細める。
「守りたい人はいる。」
クリントとその家族。仲間たち。
「その人たちが生きている場所が世界だって言うなら。」
フューリーを見る。
「十分な理由ね。それに、今度はちゃんと、あの子が『平気です』って言った時に疑わないといけないし。」
「それは俺たち全員の仕事だな。」
ブルースも立ち上がる。
「僕は、」
少し困ったように笑う。
「正直、戦いは好きじゃない。できれば研究室で静かに過ごしたいし。」
一拍。
「ハルクが必要とされない世界が、一番いい。」
それが、ブルース・バナーという男の本音だった。
「でも、力がある。」
それがどれほど恐ろしいものでも。そして、クロオを思い出す。
「力があるから、自分がやらなきゃいけないって思ってしまう気持ちは……僕にも分かる。」
誰よりも。
「だから。彼がそう思わなくて済むようにする。」
「バナー。」
「世界を守るためでもいい。」
少し肩をすくめる。
「クロオを休ませるためでもいい。」
「後者の方が難しそうね。」
ナターシャが言う。
「僕もそう思う。」
そして最後に、ソーが立ち上がった。
「フューリーよ。」
「何だ。」
「先ほどから随分と難しい話をしているが。」
トニーが嫌な予感のする顔をする。ソーは胸を張った。
「俺の答えは最初から変わらぬ!」
「だろうな。」
「ミッドガルドは、俺にとっても愛する世界だ!」
ジェーン、セルヴィグ、友たち。そして、
「アスガルドも!」
故郷、父、母、弟、民。
「九つの世界も!」
その全てが繋がっている。
「そしてクロオは我が友だ!」
拳を握る。
「友が一人で戦おうとしているのであれば!」
声が大きくなる。
「共に戦う!」
さらに大きく。
「ただそれだけだ!」
「施設壊すなよ。」
トニーが冷静に言う。
「壊さん!」
「その声量で既に若干心配なんだよ。」
「ははははは!」
ソーの笑い声が会議室へ響いた。
フューリーはそんな彼らを一人ずつ見た。
かつて、自分は、一つのチームを作ろうとした。世界の危機に対抗するため。敵に、脅威に攻撃された時、立ち上がるため。
「……アベンジャーズ。」
フューリーが呟き、全員の視線が向く。
「俺の最初の構想は、世界に何かが起こった時、それに対抗するためのチームだった。」
ニューヨーク、チタウリ、ロキ。目の前の危機へ、後から立ち向かった。
「このチームは、結局のところ、やり返すことしかできない組織なのかもしれん。」
襲われた、だから戦う。奪われた、だから取り戻す。傷付けられた、だから守る。
復讐者。それが、アベンジャーズという名前だ。
「だが。」
フューリーの片目がスクリーンに映るソコヴィアを見据える。そこには、まだ起きていない戦いがある。クロオが知っている未来。本来なら、自分たちは知らなかった危機。
「ここからは違う。」
トニーが僅かに眉を上げ、スティーブが静かに聞く。ナターシャ、ブルース、ソー、全員がフューリーを見る。
「あいつが見てきた未来を、ただ待つ必要はない。」
何かが起きる未来。
誰かが傷付く未来。
誰かが死ぬ未来。
それを、知っているだけの呪いにする必要はない。
「未来を知っているなら。」
先に動けばいい。
「備えればいい。」
戦えばいい。
「変えればいい。」
クロオ一人に、その責任を背負わせる必要はない。
未来を知る者が一人でも、未来を変える者は一人である必要などない。
「ここからは。」
一拍。
「未来への反撃だ。」
誰も笑わない。誰も茶化さない。
トニーがゆっくり立ち上がる。
スティーブも。
ナターシャ。
ブルース。
ソー。
五人が同じ場所に立つ。そしてニック・フューリーは、かつて世界を救った者たちへ告げた。
「やるぞ。」
目の前にはまだ来ていない戦い。その向こうには、変えられるかもしれない未来がある。
「――アベンジャーズ。」