日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
17話にもなってしまったエイジ・オブ・ウルトロン編完結
――あの戦いから、数日後。
光のエルたちが暮らす村で、十文字黒雄は療養していた。
療養。そう表現すると、重傷を負って寝台から起き上がることさえできない姿を想像するかもしれないが、実際にはそこまで深刻な状態ではない。
身体に残っていた傷のほとんどは既に治っている。食事も普通に取る。自分の足で歩く。風呂にも入る。
時折、村の中を散歩し、子供たちに声をかけられれば普通に返事をするし、天気が良ければ外に置かれたベンチへ腰掛け、何をするでもなく空を眺めていることもあった。ただ、
「…………。」
少し離れた場所から、フューリーはそんな黒雄の姿を見つめていた。今日も黒雄は、村の中央付近にある大きな木の下で、ぼんやりとしている。
何かを考えているようには見えない。端末を見るでもない。誰かと話しているわけでもない。ただ、木漏れ日の中で力を抜き、遠くで遊んでいる子供たちを眺めている。
「……随分と、大人しいな。」
隣に立っていた一条も、同じ方向を見ていた。
「ええ。」
それだけならば、単純に疲れているという話で終わる。だが、
「この数日ずっとです。」
一条が続けた。
「黒雄が、ここまで何もせずに過ごしているのは……正直、私もほとんど見たことがありません。」
フューリーは腕を組む。十文字黒雄という人間を長年見てきた一条ほどではないにせよ、フューリーも黒雄の性格については十分理解している。
何も起きていなくとも、何かが起きる可能性を考える。一つ事件が終われば、次の事件を警戒する。自分が知っている未来と現在を比較する。誰かに危険が迫っていないか確認する。必要と判断すれば、誰に言われるでもなく自分から動く。
そういう人間だ。
だからこそ、今の黒雄は、不自然だった。
昨日など、昼過ぎまで眠った後、食事を取り、真魚と一緒に村の中を散歩し、それから夕方までベンチに座っていた。そして夜になれば普通に眠った。
「……まるで。」
フューリーが低い声で呟く。
「洗脳でもされているようだな。」
その言葉に、少し離れた場所に立っていた闇の力が、ゆっくりとフューリーへ視線を向けた。一条も闇の力を見る。フューリーは視線を逸らさない。
「そのことについても、確認しておきたい。」
「ああ。」
フューリーは黒雄を顎で示した。
「十文字の状態は。」
「順調に回復している。」
闇の力は即答した。
「肉体的な問題はほぼない。精神的な疲労も、この数日で随分と抜けてきている。」
一条が確認する。
「つまり、今の生活を続けていれば?」
闇の力は頷く。
「問題なく元に戻る。」
その言葉を聞き、一条の表情が僅かに和らぐ。だが、フューリーはまだ納得していない。
「なら、洗脳については?」
闇の力が僅かに目を細め、フューリーは淡々と言う。
「十文字がこれほど素直に休んでいること自体が異常だ。」
「酷い言い方ですね。否定はできませんが。」
一条が苦笑する。闇の力は二人のやり取りを聞きながら、少し考えるように間を置いた。
「洗脳、かは分からん。」
「分からない?」
一条の表情が僅かに変わる。
「ああ。最後の激突が行われる前。ゾラウルトロンに身体を奪われていた自称ウルトロンの意識が一時的に戻った瞬間があっただろう。」
「ああ。そう聞いている。」
自称ウルトロンの意識が戻り、最後には自分自身を止めることを黒雄へ託した。
闇の力は黒雄へ視線を向ける。
「その際、クロオに何かを仕込んでいたのは、確かだろう。」
一条の表情が険しくなった。
「その何かが黒雄に影響を?」
闇の力は少し考える。そして、
「ここ数日、本人が直接襲撃されていた場合、あっさり殺されてしまっていただろう。」
一条の顔が固まり、フューリーも片目を細め、闇の力は何でもないことのように続けた。
「それを問題とするなら、問題はあった。」
「それは十分問題では?」
一条が思わず口を挟む。
「だから、この村にいる。」
闇の力は淡々と答えた。
「私がいる。光もいる。水、風、地もいる。アギト、ギルス、それ以外にも複数の能力者がいる。この場所でクロオ本人を直接襲撃するのなら、まず我々を全員突破する必要がある。」
一条が黙った。確かにそれならば、黒雄本人の警戒心が一時的にほぼ失われていても、大きな問題にはならない。
「それ以外については、むしろクロオのための措置だろう。」
フューリーが眉を寄せた。
「措置? 何をされた。」
闇の力は少しだけ遠くを見るように目を細めた。
「恐らく、警戒心と責任感。それらを、一時的に弱められている。」
闇の力は静かに説明する。
「クロオは、本来なら今の状態でも考える。次に何が起きるか、自分が何をすべきか、誰かに危険が迫っていないか、未来がどのように変化したか。」
フューリーの表情が少しずつ険しくなるが、
「だが、今は違う。」
闇の力の視線の先。黒雄は、
「…………。」
ぼんやりと、木々の隙間から差し込む陽射しを眺めていた。時折、目を細め、少し眠そうにしながら、その表情は穏やかだった。
「考えようとしない。」
闇の力が言う。
「いや。考える必要がある、と思えなくなっている。」
一条の眉が僅かに寄る。
「それは。」
「危険な干渉ではない。」
闇の力は即座に否定した。
「人格を書き換えられているわけでもない。誰かに命令されているわけでもない。何か特定の行動を取らされているわけでもない。」
「なら、何だ?」
「強いて表現するなら。」
闇の力は少し考え、
「強制的に肩の力を抜かされている。」
一条が、思わず黒雄を見る。
「そんなことが。」
「あの自称ウルトロンは、マインド・ストーンと同質の力を持っていた。精神へ干渉できるなら、不可能ではない。」
闇の力は再び黒雄を見る。
「そして。」
その声が僅かに静かなものになる。
「クロオを気にかけていた自称ウルトロンが、最後には自分自身の始末までクロオに託してしまった。」
敵だった。何人もの人間を巻き込み、アベンジャーズとも戦った。そして、最後の最後に頼った相手は黒雄だった。
「せめてもの詫び、だったのかもしれんな。」
遠くで、子供たちの笑い声が聞こえる。穏やかな風が吹き、木々の葉が揺れた。
一条がやがて口を開く。
「……なら、今はこのままでいいんですね?」
闇の力は頷いた。
「むしろ。」
ほんの僅かに口元を緩める。
「これほど綺麗に休める機会など、クロオには滅多にない。」
「そうですね。」
一条も苦笑した。
「本人に休めと言ったところで、休みながら次のことを考えますから。」
「十文字らしいな。」
フューリーが呟き、一条は黒雄を見ながら頷いた。そして、
「ゴウラムのおかげで移動は一瞬です。私も、顔を出せるだけ出します。」
闇の力が一条を見る。
「その方がクロオも喜ぶだろう。」
「はい。」
一条が微笑む。
「それと。」
闇の力の視線が、今度はフューリーへ向いた。
「フューリー。君も顔を出せ。」
「…………。」
フューリーが無言になる。
「通信ではないぞ?」
「俺もか?」
闇の力は当然のように頷いた。フューリーが僅かに顔をしかめる。
「俺がここへ来て、十文字と何を話す?」
「何でもいい。」
闇の力は何でもないことのように続ける。
「仕事の話をする必要もない。君がここに来られるくらいには、余裕のある状況なのだと、クロオに、そう思わせておけ。」
フューリーの表情が変わり、闇の力は続ける。
「一条が普通に警察官として働いている。」
「君も普段通り動いている。」
「光たちや、真魚もいつも通り生活している。世界は、」
静かに告げる。
「クロオが動かなくても、問題なく回っている。」
フューリーは何も言わず、遠くにいる黒雄を見る。そして、
「それが、十文字の助けになるんだな?」
「ああ。」
迷いのない返事だった。
「分かった。」
フューリーも即座に答えた。
そして、
「なら、仕事なんぞ、さっさと片付けるとしよう。」
「そうですね。」
一条も頷く。
「私も今日は一度帰りますので、ゴウラムに送ってもらいますか?」
「ああ。そうだな。」
三人は、そこでもう一度、黒雄の方へ視線を向けた。
先ほどまで木の下に座っていた黒雄は、いつの間にか移動していた。少し離れた場所にあるベンチ。真魚も座っている。そして、その肩へ身体を預けるようにして、黒雄が眠っていた。完全に脱力し、随分と穏やかな寝顔だった。
そして、黒雄の膝の上には、例の別の惑星から着いてきてしまった小動物が丸くなっている。いつの間にか名前まで決まったらしい。ホタル。そう呼ばれていると、一条は先ほど聞いたばかりだった。
真魚。
黒雄。
その膝の上で眠るホタル。三人揃って気持ち良さそうに、暖かな日差しの中で過ごしている。
「…………。」
三人はしばらく、ただその光景を見ていた。どこからどう見ても、世界を何度も救ってきた者の姿には見えない。普通の青年が、恋人の隣で眠っているだけだった。
「……一条。」
闇の力が不意に口を開いた。
「はい?」
「君は。」
闇の力は黒雄を見たまま続ける。
「思うように動け。」
一条が僅かに目を瞬く。
「思うように?」
闇の力は頷く。
「クロオのために仕事を減らす必要もない。君は警察官として働く。」
静かに。
「自分の仕事をして、自分の生活をして、空いた時間で、ここへ顔を出す。」
一条は黙って聞いていた。
「それが。」
闇の力は穏やかに言う。
「クロオにとっての日常なのだろう?」
「…………。」
一条は少しだけ目を細め、黒雄を見る。かつて、彼が少年だった頃から何度も何度も、一緒に戦ってきた。だからこそ、自分まで黒雄を中心に生活を変えてしまえば、黒雄は自分のせいだと考えるかもしれない。
「……はい。」
一条は静かに頷いた。
「そうします。」
「ああ。」
今度はフューリーに視線を移し、
「フューリー。君は力を溜めろ。」
フューリーの片目が細くなる。
「力?」
闇の力は続ける。
「ああ。これから先、クロオの知る未来では様々な戦力が増える。今のアベンジャーズだけではない。新たな能力者、新たな戦士、宇宙から来る者、魔術を扱う者。様々な者がこれから、この世界に現れる。彼らと共闘できるようにしておけ。」
「…………。」
「交渉、勧誘。そして、お願いをしてくれ。」
「お願い。」
フューリーがその言葉を拾い、しばらく闇の力を見た後、
「命令ではなく、ということだろう?」
フューリーは鼻から息を吐いた。
「本当の意味で、世界を守るための組織を作る。」
命令で従わせるのではない。利害だけで集めるのでもない。必要な時、同じ目的のために、それぞれの意思で、同じ場所へ集まる。
そんな者たちを。
「ああ。やれることをやろう。」
「魔術関係はこちらでどうにかする。」
「こちら?」
一条が聞き返す。
「ああ。」
闇の力は、何でもないことのように続けた。
「それと、……私も動こう。」
一条が固まった。フューリーも無言になる。
「「…………。」」
「どうした?」
一条とフューリーが顔を見合わせる。そして、一条が恐る恐る口を開いた。
「……あの。」
「何だ。」
「ここ数年。」
少しだけ言いづらそうにしながら、
「あなたは、自ら動いているつもりはなかったということですか?」
闇の力が瞬きをした。フューリーも続ける。
「こう言ってはなんだが。」
珍しく、少し言葉を選びながら、
「あなたも、働きすぎでは?」
一条、フューリー、二人とも真顔で、心の底から心配している顔だった。
闇の力が珍しく、きょとんとした顔をする。
「…………ああ。」
少しだけ笑い、
「私も、無理はしないよ。」
そう言い残し、闇の力は二人へ背を向けた。一条とフューリーは去っていくその背中を無言で見送る。やがて一条が小さく呟いた。
「……本当でしょうか。」
「分からん。」
二人はもう一度、黒雄の方を見る。真魚の隣で眠る黒雄、その膝で丸くなって眠るホタル。静かな村、穏やかな風、何事も起きていない。そんな何でもない時間。
「…………。」
少なくとも、今だけは誰も、十文字黒雄に世界を救えとは言わなかった。