日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
『――なるほど。』
通信画面の向こうで、一条さんは難しい顔をしていた。
場所は、光のエルたちの村にある建物の一室。僕たちは村へ戻った後、スタークさんの提案通り、一条さんへ連絡を取っていた。
スタークさんがスパイダーマンの映像を見せ、現在分かっている情報を一通り説明したところで、一条さんの表情は明らかに真剣なものへ変わった。
『つまり、おそらく高校生くらいの少年が、ニューヨークで自主的にヒーロー活動をしている、と。』
「ああ。」
スタークさんが頷く。
「正体までは特定していない。年齢についても推測だが、十代半ばである可能性が高い。だが、問題はそこじゃない。」
『既に自分の意思で戦っていること、ですか。』
「そうだ。」
スタークさんは腕を組んだ。
「正直に言えば、私は彼を保護したいと思っている。映像を見る限り、身体能力は常人を遥かに超えているし、壁を這い、手首から何らかの糸を射出して高層ビルの間を移動する。加えて、犯罪者の制圧だけではなく、人命救助まで行っている。」
『…………。』
「だが、保護するとなれば、必然的に我々との接点が生まれる。」
スタークさんはそこで一度言葉を切り、
「そして、我々と接点を持たせるということは、実質的な勧誘にもなりかねない。」
『なるほど。』
一条さんが僅かに眉を寄せる。
「本人が既に自発的に活動している以上、放っておけば安全、というわけでもない。ならば、最低限の装備と教育、支援を与えた方が安全なのではないかとも思う。だが、それをすれば我々が彼の活動を公認することになる。」
『高校生の行動を、ですか。』
「ああ。」
スタークさんは頷いた。
「そこで、一条。君の意見を聞きたい。」
『私の?』
スタークさんが、僕を見てくる。嫌な予感、ものすごく嫌な予感がする。
「正確には……クロオの昔の話を聞きたい。」
やっぱりそうなるのかぁ。
『黒雄の?』
「ああ。クロオがクウガになったのは十五歳。それも、高校生になる前だったらしいじゃないか。」
『…………。』
一条さんが黙ってしまい、明らかに表情も変わった。
「君は、その頃のクロオを最も近くで見ていた人間の一人だ。警察官として第4号と関わり、後に十文字黒雄本人とも協力関係を築いた。だから聞きたい。」
スタークさんの声から、先ほどまで車内で見せていた軽い調子が消える。
「当時、君たちはどうしていた? 十五歳の少年が、人間を遥かに超える怪物と戦っていた。それを警察はどう扱い、君自身はどう考えていた?」
『…………。』
「そして今、同じような年齢の少年が自分の意思でヒーロー活動を始めている。私は彼をどう扱うべきなのか、その参考にさせてもらいたい。」
しばらく、一条さんは何も言わなかった。難しい顔をしたまま、何かを思い出すように視線を僅かに下げ、やがて、静かに頷いた。
『……分かりました。参考になるかは分かりませんが、私から見た当時の黒雄についてなら、お話しします。』
「助かる。」
「あの。」
その時、真魚が遠慮がちに手を上げた。
『真魚さん?』
「私も聞いていいですか?」
「え?」
思わず真魚を見る。
「いや、真魚。なんで?」
「だって。クロオ、昔のことあんまり話してくれないし。」
「いや、それは……。」
話したくないというより、話す機会がないというか、わざわざ話すような内容でもないというか。
「気になる。」
すごく真っ直ぐな目で見られたら困る。ものすごく困る。
『私は構いません。』
一条さんがあっさり許可した。
「一条さん!?」
『戦う力を持つ真魚さんにも無関係な話ではないし、今の黒雄を理解する上でも、知っておいて損はない。』
「ありがとうございます。」
僕の意思は?いや、別に秘密にしているわけじゃないからいいんだけど。
「…………。」
これ、絶対恥ずかしいやつだ。何しろ僕自身ですら、当時のことを思い返すと「十五歳の自分、よくあんな無茶したな」と思うことが多々ある。それを一条さん視点で語られる?しかもスタークさんと真魚の前で?無理無理。
「……じゃあ、僕、席外しますね。」
「何故だ?君からの補足もあるとありがたいんだが。」
「気まずいからです。自分の昔話を目の前でされるの、普通に恥ずかしくないですか?」
「別に聞いていてもいいだろうに。」
「嫌です。」
「クロオ。逃げちゃうの?」
「逃げちゃうの。」
むしろ何故逃げないと思ったのか。僕は立ち上がると、そのまま部屋の出口へ向かう。
「終わったら呼んでください。」
「仕方がない。分かった。」
「あと一条さん。変なこと言わないでくださいね。」
『変なこと?』
「いや、その……僕の黒歴史みたいなの。」
『事実を話すだけだ。』
「それが一番怖いんですよ!」
一条さん、真面目だから絶対に盛らない。盛らない代わりに、ありのまま全部話す。それが一番困る。
「じゃ!」
これ以上ここにいると何を聞かれるか、何を言われるか、分かったもんじゃない。僕は逃げるように部屋を出ると、そのまま扉を閉めた。
ーーーーー
――パタン。
「…………。」
部屋の中に、僅かな沈黙が流れる。スタークが閉じられた扉を見る。
「……逃げたな。」
「逃げちゃいましたね。」
真魚も頷いた。通信画面の向こうで、一条が僅かに苦笑する。
『昔から、妙なところで恥ずかしがる奴でしたから。』
「話を戻そう、一条。」
スタークが改めて通信画面へ向き直る。
「クロオと初めて会った時あたりから、話を聞かせてもらえるか?」
『…………。』
一条の表情から、先ほどまで浮かんでいた僅かな笑みが消えた。何かを思い返すように目を細め、静かに口を開いた。
『正確に言えば。私が初めて黒雄を見た時、私はまだ、あいつが十文字黒雄だとは知りませんでした。』
スタークが眉を上げ、真魚は首を傾げた。
『人間だとも、思っていなかった。』
部屋の空気が変わる。
『当時、我々警察は、長野県九郎ヶ岳で発生した事件を発端として出現した異形の存在を、未確認生命体と呼称していました。』
一条は淡々と話し始める。
『そして、私が初めて黒雄を目撃した時――あいつも、その未確認生命体の一体として認識されていた。』
「……クロオが?」
真魚が小さく呟く。
『ええ。』
一条が頷いた。
『未確認生命体第2号。』
「第2号……。」
『長野で、私は初めてあいつを見ました。もっとも、その時は本当に僅かな時間です。白い装甲で覆われた身体を持った、人間とは明らかに異なる姿。それが、当時の私にとっての黒雄でした。』
「…………。」
『当然、その中身が十五歳の中学生だなどとは、想像すらしていませんでした。』
スタークの表情が僅かに険しくなる。
『次に見たのは、とある教会です。』
一条の声が続く。
『そこで私は、後に未確認生命体第1号、第3号、そして第4号と呼称する存在と遭遇しました。』
「第2号から第4号になった?」
スタークが尋ねる。
『当時は、同一個体だと確定できていませんでした。姿が変化していましたから。』
一条は説明する。
『後になって、どちらも黒雄が変身した姿だったと分かりますが、その時点で警察が認識していたのは、第2号とは近いけれど、異なる外見を持つ新たな未確認生命体が現れた、ということだけでした。』
「なるほど。」
『そして、その第4号は――他の未確認生命体と戦っていた。』
「…………。」
『人間を襲う未確認生命体に対し、第4号は明確な敵対行動を取っていたんです。』
真魚が黙って話を聞いている。
『教会での戦闘だけではありません。その後、東京でも未確認生命体による事件が発生するようになり、その度に第4号が現れるようになった。』
「毎回?」
スタークが尋ねる。
『毎回ではありません。しかし、かなりの頻度でした。』
一条は当時を思い返すように続ける。
『警察が未確認生命体の出現を確認し、現場へ急行する。すると、既に第4号が戦っていることもあった。逆に、警察が先に到着して戦闘になっているところへ、第4号が突然現れることもありました。』
「……どうやって事件の場所を知っていたんだ?」
スタークの疑問は当然だった。当時は今のような連絡体制などない。そもそも警察は、第4号の正体すら知らなかったのだから。
『私も、当時は疑問に思っていました。ですが、後になって本人に確認したら、』
「何と?」
『自分の持つ緑色の力を使っていたそうです。』
「緑?超感覚を持つ姿だったか?」
『ええ。感覚を極端に強化する形態です。遠くの音や僅かな痕跡まで感知できる。それを使って、未確認生命体を探していた、と。』
スタークが僅かに目を見開く。
『ただし。』
一条の表情が何とも言えないものになった。
『当時の黒雄は、いや、つい最近まで、その力を使いこなせていませんでした。』
スタークはインサイト計画前に、自分が相談を受けた内容を思い出す。
「…………。」
『感覚を強化しすぎて、まともに動けなくなることもあったそうです。』
「そんなやり方で探してたの?」
真魚が思わず口を挟む。
『ええ。』
「無茶しすぎじゃ……。」
『その通り。』
即答だった。
『無茶をし続けていたんです。』
スタークの眉間に、深い皺が刻まれた。真魚も何とも言えない顔になっている。だが、一条はそこで話を止めなかった。その声が、少しだけ低くなる。
『その頃の私は、まだ第4号の正体を知りませんでした。我々に協力しているように見える。人間を守っているようにも見える。しかし、意思疎通はほとんどできず、その正体も目的も分からない。警察内部でも、第4号をどう扱うべきか、判断は分かれていました。』
「まあ、当然だな。」
スタークが頷く。
『私自身も、少なくとも他の未確認生命体とは違うとは感じていました。しかし、それ以上のことは分からなかった。』
一条が一度、目を閉じる。
『そんなある日のことです。私は、未確認生命体に関する捜査をしていました。』
その時の光景を思い出しているのか、一条の声が僅かにゆっくりとなった。
『捜査の途中、公園の近くを通った時です。』
「公園?」
『ええ。』
一条が頷く。
『最初は、ホームレスか何かだと思いました。』
「……ホームレス?」
真魚の眉が寄る。
『公園のベンチに、一人の少年が座っていたんです。』
一条の脳裏に、数年前の光景が蘇る。
『服は泥と埃で汚れ、あちこち破れていました。腕や顔には傷があり、髪も乱れている。まともに眠っていなかったのか、酷い顔色をしていた。』
「…………。」
『それでもベンチに座ったまま、何かを必死に見ていた。』
「何を?」
『地図です。』
スタークの眉が動いた。
『東京の地図でした。これも後で分かったことですが、未確認生命体が次に現れそうな場所を探していたらしい。』
真魚の表情が固まる。
『緑の力で無理矢理感覚を研ぎ澄まし、得た情報や、これまでの出現地点を照らし合わせながら、次の事件が起きる場所を探していたそうです。』
「十五歳で、ホームレスのような生活を送りながら……?」
『ええ。』
一条は静かに答えた。
『ですが、その時の私はそんな事情を知りません。』
公園のベンチ。ボロボロの服を着た少年。そして、その手に握られた地図。
『どう見ても普通ではない、ということしか分からなかった。』
「…………。」
『声をかけても、最初は反応がありませんでした。眠っているのかと思った。ですが、よく見ると目は開いている。ただ、焦点がほとんど合っておらず、意識も朦朧としていた。』
真魚が小さく息を呑む。
『それが、私が初めて未確認生命体第4号ではなく、十文字黒雄という少年を見つけた時でした。』
通信画面の向こうで、一条はそこで一度言葉を止めた。スタークも真魚も、何も言わない。いや、言えなかったという方が正しいのかもしれない。一条が語った十五歳の黒雄の姿は、二人が想像していたものとは、かなり違っていた。やがて、一条は当時を思い返すように、静かに続きを話し始めた。
『私は、その少年に声をかけました。』
ーーーーー
「君。」
「…………。」
返事はないので、公園のベンチに座る少年へ近づいていった。年齢は十五、六歳ほどだろうか。服は酷く汚れており、袖口は破れ、露出した腕には新しいものから古いものまで、いくつもの傷が残っている。
手には、何度も折り畳まれた東京の地図。その地図には、ペンか何かでいくつもの印が付けられていた。
「君、大丈夫か?」
「…………。」
反応がないことに僅かに眉を寄せ、少年の前へ回り込んだ。眠っているわけではない。目は開いている。しかし、その視線は地図へ向けられているようで、実際にはほとんど焦点が合っていなかった。
「聞こえるか?」
「…………。」
「君。」
少年の肩へ手を伸ばした。その瞬間、
「……っ。」
身体が僅かに跳ね、ようやく反応が返ってきた。だが、
「…………。」
少年は酷い顔色をしていた。唇は乾き、目の下には濃い隈が浮かんでいる。どう考えても、まともに休んでいる人間の顔ではない。そして、その目が、こちらの顔を捉えた時、少年の目に、かすかに安堵したようなものが浮かんだ。そして、
「……一条、さん?」
「……? 何故、私の名前を――」
疑問は最後まで言えなかった。少年の手から地図が滑り落ち、身体が傾いたからだ。
「おい!」
咄嗟に身体を支えるが、少年はそのまま完全に意識を失ってしまった。
「君! しっかりしろ!」
「…………。」
返事はないが、呼吸はあるし、脈もある。だが、異常なほど身体が熱い。
「……熱があるのか?」
額へ手を当てると、明らかな高熱だった。
「救急車を――」
そこまで言って、一条は一瞬だけ迷った。未確認生命体事件の捜査中。自分の名前を知っている、見覚えのない少年。捜査員だからこそ分かったが、未確認生命体の出現地点らしき印が付けられた地図。明らかに普通ではなかった。だが、
「…………。」
少年の顔を見る。警察官として事情を聞くべき相手ではない。保護すべき子供だ。
「……仕方ない。」
少年を抱き上げ、病院まで連れて行こうとする。驚くほど軽かった。
ーーーーー
『そして、近くの病院へ運びました。』
一条は淡々と話を続けている。
『医師からは、過労、睡眠不足、栄養不足。それに加えて、治りかけではありますが、身体のあちこちに打撲や裂傷があると言われました。』
「…………。」
真魚が無言で話を聞く。
『特に酷かったのは睡眠不足でした。最後にまともに眠ったのがいつなのか分からないほどの。』
「ちょっと待ってくれ。」
スタークが片手を上げた。
「十五歳だぞ?」
『ええ。』
「家族を探さなかったのか?」
一条の表情が僅かに曇る。
『その時点では、分かりませんでした。身分証になるものも持っていなかった。財布もない。携帯電話もない。何より、私には別の疑問がありました。』
「名前、のことですか?」
真魚が尋ね、一条が頷く。
『ええ。何故、あの少年は私の名前を知っていたのか。』
公園で偶然出会った少年が自分の名前を知っている。しかも、まるで以前から自分を知っていたかのような反応だった。
『目を覚ましたら事情を聞こうと思いました。ですが、』
僅かに苦笑した。
『そんな時間はありませんでした。』
ーーーーー
病院を出てから、すぐに、
『未確認生命体出現!』
無線から飛び込んできた報告に、驚いたのを覚えている。
「場所は!?」
『練馬区! 現在、車両で移動中! 一般車両を次々と襲撃しています!』
「奴ら、車まで運転するのか!? 分かった!」
車へ飛び乗り、エンジンを始動させ、そのままアクセルを踏み込む。頭の片隅には、先ほど病院へ預けた少年のことが残っていた。何故、自分の名前を知っていた?あの地図は何だった?身体中の傷は?疑問はいくらでもあったが、今は未確認生命体が先だ。
――キィィィィィィッ!!
タイヤを鳴らし、車が交差点を曲がる。そして数分後、
「――いた!」
前方に一台の車が、異常な速度で道路を走っている。未確認生命体は運転席ではなく、車体の屋根に張り付き、何か蔦のようなものを伸ばして運転していた。
「未確認生命体……!」
『一条! 対象確認!』
「こちらでも確認した!」
周囲を走るパトカーが、一斉に対象を包囲していく。しかし、
――ガァン!!
「うわっ!?」
未確認生命体が腕を振るうと同時に蔦が伸び、それだけで、並走していたパトカーのフロントガラスが粉砕された。車体が大きく蛇行する。
思わず無線に叫んでしまう。
「距離を取れ!」
『射撃許可!』
警察官たちが拳銃を構える。
――パンッ! パンッ! パンッ!!
銃声が響き、弾丸が未確認生命体へ命中する。だが、
「クソ! やはり効いていないか……!」
弾丸は皮膚に僅かな傷を付けるだけで、致命傷どころか動きを止めることすらできない。未確認生命体が振り返ってくる。
「――っ!」
次の瞬間、
――ドガァン!!
道路脇に停車していた車両に蔦が絡まり、投げ飛ばされてきた。
「避けろ!」
警察車両が一斉に散開する。そして、
――ドンッ!!
未確認生命体が車から飛び降り、道路へ降り立った。
『ギィィィ……!』
拳銃を構えるが、これまで何度も経験している。人間の武器が通用しない。それでも、ここで退くわけにはいかない。背後には一般市民がいる。
「全員、民間人の避難を優先しろ!」
『了解!』
未確認生命体がこちらに向かって歩き始める。その時、
――ドガァァァン!!
「!?」
横から何かが飛び込んできた。赤い影。その影が未確認生命体へ体当たりし、そのまま道路脇へ吹き飛ばす。
『ギッ!?』
「……第4号!」
赤い装甲に頭部から伸びる二本の角、これまで幾度となく現れ、未確認生命体と戦ってきた謎の存在、未確認生命体第4号。
「…………。」
第4号が、ゆっくりと立ち上がった。
だが、様子が変だった。これまで何度も第4号の戦闘を見ている。決して洗練された戦い方ではない。格闘技の達人のような技術を持っているわけでもないし、むしろ力任せに殴り合う場面も多かった。それでも、その日の第4号は、明らかにおかしい。
――ブンッ!!
未確認生命体の拳が振るわれる。普段なら避けられる攻撃だ。しかし、
――ドガッ!!
「――ッ!」
第4号の顔面へ直撃した。
「第4号!」
身体が吹き飛び、道路を転がる。それでも立ち上がる。
「…………!」
構えを取るが、その構えすら僅かに揺れている。
「どうした……?」
思わず呟いてしまうが、戦闘は続く。
第4号が踏み込み、拳を放つが遅い。未確認生命体に腕を掴まれ、道路へ叩きつけられた。
「――ッ!」
「…………。」
表情が険しくなったのが分かる。明らかに普段とは違い、動きが鈍く反応も遅い。何より、
「……ふらついている?」
立ち上がった第4号の身体が、大きく揺れた。それでも。
「…………!」
第4号は逃げなかった。再び未確認生命体へ向かう。殴られ、倒れる。立ち上がり、蹴られ、また倒れる。それでも立ち上がる。
「…………。」
拳銃を握り締めながら、何故そこまでして戦う?そう思ってしまった。逃げればいい。今日の状態なら、戦えるはずがない。それなのに、第4号は何度倒されても、未確認生命体の前から退かなかった。そして、
――ドガッ!!
『ギィッ!?』
ようやく第4号の拳が未確認生命体の腹部へ突き刺さる。続けて、
――ドガッ! ドガッ!!
拳を叩き込み、未確認生命体が後退する。チャンスと判断した第4号の右足へ、赤い力が集まり始めるのを見て、即座に叫ぶ。
「全員、離れろ!」
第4号が走り、跳ぶ。そして、
――ドゴォォォォォォォォン!!
強烈な蹴りが、未確認生命体の胸部へ突き刺さった。
『――ギィィィィィィィッ!!』
未確認生命体が吹き飛び、その身体に、奇妙な紋章が浮かび上がり、
――ドガァァァァァァァァァン!!
爆発した。
第4号が勝った。だが、
「…………。」
その場に立っていた第4号の身体が、大きく揺れた。
「第4号?」
声をかけると、第4号はこちらを見てくる。目が合った。そして、すぐに背を向けられた。
「待て!」
普段と同じだ。戦闘が終われば、第4号はその場から離脱する。警察との接触を避けるためなのか、それとも別の理由があるのかは分からない。普段と様子が異なる第4号だったが、何度も足をもつれさせ、壁へ手をつきながら、それでも必死にその場から離れようとしていた。
「待て、第4号!」
追った。今なら追いつけると思った。何より、あの状態の第4号を放置することはできない。路地へ入り、角を曲がる。
「第4号!」
姿が見えない。
「どこへ……!」
さらに奥へ進む。その時、
「――?」
建物と建物の間。そこに、一人の少年が倒れていた。
「……え?」
見覚えがある。いや、忘れるはずがない。つい先ほど、自分が病院へ運んだ少年だった。泥と埃で汚れた服、傷だらけの腕、乱れた髪。
「…………。」
何故?どうして?病院にいるはずだ。そして、第4号は?周囲を見るが、誰もいない。第4号の姿はどこにもない。いるのは、少年だけだった。そして違和感に気が付く。
「……ベルト?」
奇妙な装飾の見覚えがあるベルトが少年の腰に巻かれており、そして、
「消えた!?」
その光景を見て、頭の中で別々だったものが、一つに繋がった。自分の名前を知っていた少年。未確認生命体の出現地点が書き込まれた地図。全身に残っていた傷。第4号が現れる現場。異常なまでの疲労。そして、第4号が消えた場所に倒れている少年。
拳銃を下ろし、ゆっくりと少年へ近づく。膝をつき、肩へ手を伸ばす。揺らしてみるが、反応はない。
「おい。」
呼吸はある。脈もある。だが、先ほど病院へ運んだ時以上に身体が熱い。
少年の顔を見る。まだ幼い、高校生、下手をすれば中学生くらいの少年。
「…………。」
そして、この少年が、自分たち警察が未確認生命体第4号と呼び、人間を襲う怪物たちと戦い続けていた存在。
「……君だったのか。」
返事はない。少年――十文字黒雄は、意識を失ったままだった。
ーーーーー
『それが、私が黒雄の正体を知った瞬間です。』
「…………。」
二人は何も言わなかった。スタークは腕を組んだまま、険しい表情で通信画面を見ており、真魚に至っては、先ほどまでの「昔のクロオの話を聞きたい」という好奇心が完全に消えていた。
やがてスタークが口を開く。
「……それで? どうした?」
『病院へ戻し、当然、本人が目を覚ますまで待ちました。』
「まあ、そうなるな。……警察には?」
一条は少しだけ黙った。
『すぐには報告しませんでした。』
その返答に、スタークの眉が上がる。
「何故だ?」
『確証がなかった、というのもあります。状況証拠だけだった。第4号が消えた場所に黒雄が倒れていた。ベルトの件はありましたが、それだけで、第4号の正体があの少年だと断定することはできなかった。それに、』
一条の声が僅かに低くなる。
『もし、本当にあの少年が第4号だった場合、私は警察官として、その事実をどう扱うべきなのか判断できなかった。未確認生命体は、それほどまでに危険な存在でした。』
一条のはっきりとした返答に、スタークは黙ってしまう。
『当時の警察にとって、第4号も分類上は未確認生命体でした。他の個体とは違い、人間を守っている。それは分かっていた。しかし、正体が人間だと分かったところで、その扱いがどうなるのか。』
「拘束されたりする可能性もあった、ってことですか?」
真魚が尋ね、一条は頷いた。
『否定できません。まして、その正体が十五歳の中学生だった場合、保護という名目で身柄を確保される可能性もありました。事情聴取、身体検査、能力の調査。それがどこまで行われるのか、当時の私には分かりませんでした。』
事実、未確認生命体事件の後半、黒雄の正体がどこかで漏れたのか、公安が動いた。今思えば、あれは公安の皮を被ったヒドラだった可能性もある。
スタークが僅かに目を細める。
一条が当時考えていたこと、悩んだことは、今、自分がスパイダーマンについて考えていることと、よく似ていた。
『だから、まず本人から話を聞こうと思ったんです。』
「目を覚ましてから?」
『ええ。』
ーーーーー
目を覚ました時、最初に見えたのは、白い天井だった。
「…………?」
瞬きをしてから、ゆっくりと首を動かす。
「病院……………え?」
次の瞬間、勢いよく身体を起こす。
「痛っ……!」
全身へ痛みが走るが、それでも周囲を確認する。窓、扉、時計。そして、
「起きたか。」
「――!」
ベッドの横に、椅子に座っている男性がいた。
「…………。」
その顔を確認し、思わず固まり、口に出してしまう。
「……一条さん。」
一条さんだと思われる男性は答えず、ただ、僕を見ていた。
「…………。」
顔から血の気が引いていくのが分かった。何故、一条さんがここにいる?その前に、自分はどうして病院にいる?
確か、公園で一条さんに会って、その後、病院に連れていかれた、よな?でも、パトカーのサイレンが沢山聞こえた。未確認生命体が出たと思って、病院を抜け出した。変身して、戦って、倒して、その場を離れようとして、
「…………。」
その後が思い出せず、頭を捻っていると、
「安心しろ。今のところ、私以外は知らない。」
動きを止め、真っ直ぐこちらを見る一条さんと目を合わせる。そして、
「未確認生命体第4号。」
「…………。」
「君だな?」
逃げられない、誤魔化せない。しばらく俯いた後、
「……はい。」
小さく答えた。
ーーーーー
目を閉じる。やはり、予想は当たっていた。
「名前は?」
「……十文字黒雄です。」
「年齢。」
「十五歳。」
「家族は?」
十文字黒雄、と名乗った少年が黙ってしまう。
「保護者と連絡を取りたい。連絡先を、」
「……いません。」
「何?」
「両親はかなり前に。祖父母は先日、未確認生命体に………。」
「………すまなかった。」
「いえ。あ、だから、大丈夫です。」
「何が大丈夫なんだ。」
思わず強い声が出てしまった。少年が僅かに肩を震わせる。自分でも、何故これほど苛立っているのか分からなかった。
家族を失った十五歳の少年が、一人で怪物を探し、眠ることすらせず、人間の武器すら通用しない怪物と殴り合っている。その事実を自分の中で処理できなかったからかもしれない。
「君は、自分が何をしているのか分かっているのか?」
「分かってます。」
「分かっていない。今日、死んでいてもおかしくなかった。」
「…………。」
「身体は限界だ。医師からも、最低でも数日は安静にしろと言われている。それなのに君は病院を抜け出して戦った。」
「でも。僕が行かなかったら、誰か死んでたかもしれない。」
「…………。」
一条が黙る。
「銃、効かなかったですよね。」
「…………。」
「だったら、僕が行くしかない。」
その言葉に迷いはなかった。だからこそ、何も言えなくなってしまった。
ーーーーー
『……その時、私は初めて理解しました。』
一条は静かに通信で話を続ける。
『黒雄は、自分がヒーローになりたくて戦っていたわけではなかった。誰かに認めてほしかったわけでも、特別な存在になりたかったわけでもない。自分なら戦える。自分の力なら未確認生命体を倒せる。だから、自分がやる。』
一条は僅かに目を伏せた。
『ただ、それだけだったんです。』
「……一番止めにくいやつだな。」
スタークが呟く。
『ええ。』
一条は苦笑した。
『全力で止めようとはしました。』
「やっぱり?」
真魚が尋ねる。
『当然です。十五歳ですよ。』
一条は少しだけ声を強くした。
『警察官として以前に、大人として止めるべきだと思った。未確認生命体のことは警察に任せろ。君が戦う必要はない。そう言いました。』
「クロオは?」
スタークからの問いに、一条は数秒黙ってから、
『分かりました、と。』
「え?」
真魚が目を丸くする。スタークも意外そうな顔をした。
『色々と反論はされましたが、非常に素直に頷きました。』
「……それで?」
『翌日、別の未確認生命体が出現し、現場へ行ったら、既に戦っていました。』
「クロオ……。」
真魚が額を押さえる。一条の表情が僅かに険しくなり、
『後で問い詰めました。すると、本人はこう言うんです。』
一条は、当時の黒雄の口調を思い出すように言った。
『「すみません。でも、行かないとは言ってません」』
「…………。」
スタークが目を閉じ、真魚も目を閉じた。
「……クロオだ。」
「クロオだな。しかも、おそらく今よりも頑固だ。」
二人の意見が完全に一致した。一条も僅かに苦笑する。
『まあ。今もあまり変わっていませんがね。』
だが、その笑みはすぐに消えた。
『結局。私は、黒雄を止められませんでした。』
「…………。」
『正確には、止めることが正しいのか分からなくなった。』
スタークの目が、一条を見る。
『戦うなと言うのは簡単です。十五歳の少年なのだから当然でしょう。』
「…………。」
『しかし、戦うなと言ったところで、未確認生命体は人を殺す。警察の装備では倒せない。第4号なら倒せる。』
一条は拳を握る。
『そして何より、本人がそれを理解していた。』
「だから止まらなかった。」
『ええ。』
一条は頷く。
『ならば、私にできることは何か。……一人で戦わせないことでした。』
スタークの表情が変わる。
『警察が情報を集める。未確認生命体の能力を分析する。避難誘導を行う。可能な限り援護する。そして、黒雄が戦わなくても済む方法があるなら、警察が先に動く。』
「…………。」
『それでも戦わなければならない時は。』
一条は静かに言った。
『せめて、戦いが終わった後に帰って来られる場所を作る。』
真魚が僅かに目を伏せる。
『私には、それしかできませんでした。』
「それしか、か。」
スタークが呟いた。
『今でも、正しかったとは思っていません。』
「…………。」
『十五歳の少年に未確認生命体との戦闘を続けさせた。それは事実です。結果として黒雄は何度も重傷を負った。死にかけたことも、一度や二度ではありません。』
一条は真っ直ぐスタークを見た。
『だから、スタークさん。』
「何だ?」
『あなたが今、スパイダーマンという少年をどう扱うべきか悩んでいることに、私から正解を示すことはできません。ただ、一つだけ言えることがあります。』
スタークは黙って聞いている。
『彼が既に自分の意思で戦っているなら、大人が目を背けたところで、彼は戦うと思います。』
「…………。」
『少なくとも、黒雄はそうでした。』
真魚が閉じられた扉を見る。その向こうで、おそらく今頃、昔話から逃げた本人は、この村のどこかで呑気にしているのだろう。
『なら、戦わせるか、戦わせないか。それだけを考えるのではなく。』
「…………。」
『どうすれば、その少年が生きて帰れるのか。』
スタークの目が僅かに細くなる。
『そこから考えるべきなのではないでしょうか。』
スタークは腕を組んだまま、何も言わなかった。長い沈黙の後、
「……なるほど。」
十五歳の十文字黒雄。警察に正体すら知られず、一人で未確認生命体を探し、身体が限界を迎えても病院を抜け出して戦った少年。そして今、ニューヨークの高層ビルの間を、自作と思われるスーツで飛び回り、犯罪者と戦い、事件を解決している少年。
「保護するから戦うな、ではなく。」
スタークが呟く。
「戦うというなら、まず死なない方法を教える、か。」
『私は、そう考えました。正しいことだったとは思っていませんが、必要なことだったとは思っています。』
スタークは再び、閉じられた扉を見る。
「……それにしても。クロオの奴、よく生きてたな。」
一条も、真魚も黙る。
『それについては。』
一条が、非常に疲れた顔になった。
『私も、何度思ったか分かりません。』
「…………。」
『そして残念ながら、今でも時々思っています。』
スタークが吹き出した。
「ははっ。違いない。」
「笑い事じゃないですよ。」
真魚が呆れたように言いながら、再び扉を見る。そして、
「……後で、少し怒ろうかな。」
「急にどうした?」
「昔のクロオに。」
「今のクロオには関係ないだろう。」
「でもクロオはクロオだし。」
『その辺りにしておいてあげてください。』
一条が珍しく黒雄を庇った。
『本人も、今なら当時の自分がどれだけ無茶をしていたか理解していますから。』
「そうなんですか?」
『ええ。』
一条は頷き、
『もっとも。』
僅かに間を置いた。
『理解した上で、今も同じようなことをしますが。』
「…………。」
「…………。」
スタークと真魚が同時に黙った。
「やっぱり怒ります。」
『……ほどほどに。』
スタークはそんな二人の会話を聞きながら、もう一度、端末へ視線を落とした。そこには、赤と青のスーツを身に纏い、ニューヨークの街を飛び回る少年の姿が映っている。
十五歳、あるいは、それに近い年齢。かつての十文字黒雄と、ほとんど変わらない。
「…………。」
スタークは、しばらくその映像を見つめていた。そして、
「まずは、会ってみるか。」
静かに呟いた。