日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
「おい、ティ・チャラ!!」
クロオって奴が姿を変えた瞬間、俺――エリック・スティーヴンスは、ほとんど反射的に叫んでいた。
「お前も手伝え!」
「……私も?」
ティ・チャラが、観戦区画からわずかに眉を寄せる。
「当たり前だろうが!」
俺は目の前のクウガって奴から視線を外さないまま、声を張り上げた。
「アレが、自分より強いって明言した化け物だぞ!」
「アレ?」
エレーナが怪訝そうに聞き返してくる。
「ワカンダで会った、大地の化身みたいな化け物だよ!」
正確には地のエルとかいう存在らしいが、そんな説明をしている暇はない。あいつは俺がこれまで見てきた連中とは、明らかに格が違った。人間でも、超人でもない。ヴィブラニウム製の装備を使う戦士ですらない。規格外の化け物、そう表現するしかない存在だった。
その化け物が、はっきりと言ったのだ。日本には自分よりも強い大学生がいる、と。………こいつだ。俺が叫んでいると、クウガは少し困ったように首を傾げた。
「地のエル、そんなこと言ってたんですか? まぁ一応、地のエルよりかは強いですけど。」
「一応で済ませるな!」
嫌な汗が背中を流れる。金色の装飾を纏った赤い姿。水のエルって奴が異形の姿に変わった時と同レベルの威圧感を感じるぜ。俺は観戦区画へ視線を向けた。ティ・チャラはフューリーに視線を向け、
「参加しても?」
フューリーは数秒だけ黙ってから、
「許可する。ただし、全員模擬戦だということを忘れるな。」
「承知した。」
ティ・チャラが静かに頷き、身に纏っていた衣服の表面を、黒い粒子が走った。ナノマシンが全身を包み込み、銀色の意匠が浮かび上がる。頭部まで覆われ、ブラックパンサー、ワカンダの守護者が模擬戦場へ入ってきた。
エレーナがティ・チャラを見て、それから俺を見る。
「随分と大袈裟じゃない?」
「後で同じこと言えるなら言え。」
「そんなに?」
「そんなにだ。」
そして俺は、もう一人。赤と青のスーツを着たガキを見る。さっきまで俺たち二人を相手にして無傷で勝った、ピーターとかいう坊主だ。
「おい、ピーター!」
「はい!?」
「お前、あいつのファンなんだろ?」
「はい!」
即答かよ。
「情報よこせ!」
「え?」
「クウガの能力! 知ってるだけ全部だ!」
ピーターの目が、一瞬だけ輝いた。
「いいんですか!?」
「早くしろ!」
何で嬉しそうなんだ。
「クウガには色々なフォームがあります! 基本形態は赤で、そこから青、緑、紫に姿が変わって――」
「待て待て待て。」
俺は思わず止めた。
「当然、色が変わるだけじゃないんだろ?」
「はい! 赤はバランス型で、青は跳躍力とか俊敏性が上がる代わりに打撃力が落ちて、緑は遠距離戦向きで多分感覚がすごい鋭い形態です。紫は機動力が下がる代わりに防御力とパワーが上がります!」
強いだけじゃなく、戦況に応じて能力を使い分けられるのか。………嫌な予感しかしないな。
「あと、今の姿は金の力ってネットでは言われています!」
「金の力ね。それは?」
「通常のフォームに雷みたいな力が加わった強化形態です!」
「あの野郎、初っ端から強化形態かよ。」
「はい!」
嬉しそうに返事をするな。
「他のフォームにも金の力を付与することができるんです! それから赤が黒へと変化する更に凄いフォームもあって――」
「まだあるの?」
エレーナが本気で嫌そうな顔をした。
「あります!」
「そんな嬉しそうに言わないで。」
「あと、噂だと、その更に上の最強形態が――」
「それは使わないよな?」
食い気味に俺が聞くと、クウガ――クロオが、少し考え、
「使いませんよ。」
「今、一瞬考えただろ。」
「いえ、アルティメットの情報が出回っているのはちょっと不味いよな、って思ってただけで――」
『そこまでだ。』
突然、場内へフューリーの声が響いた。
『説明を聞き続けていても始まらん。全員、配置につけ。』
「まだ説明途中なんですけど!」
ピーターが観戦区画へ抗議する。
『残りは戦いながら説明しろ。』
「無茶言いますね!?」
だが、文句を言っている間にも全員が動き始め、俺も構え直した。隣ではティ・チャラが腰を落とし、エレーナも拳銃を抜く。ピーターも慌ててこちらへ戻ってきて、手首のウェブシューターを確認した。
こっちは四人。俺、ティ・チャラ、エレーナ、ピーター。簡易アベンジャーズみたいになったな。
相手は一人。普通なら、十分に過剰戦力なんだが、
「…………。」
クウガは、少し離れた場所に立っている。自然体で立っているだけだが、殴りかかる前から分かる。こいつには、迂闊に近づいちゃいけない。
「ピーター。」
俺は小声で聞いた。
「何です?」
「お前の危険を察知する能力。今、どうなってる?」
「…………。」
返事がないので横目で見ると、ピーターはクウガを見たまま固まっていた。白いレンズが細く絞られ、
「ピーター?」
「さっきより……。」
「あ?」
「さっきエリックさんたちと戦った時より、ずっと強く反応してます。」
俺は舌打ちする。やはり別格ってことか、なんて考えていると、クウガが口を開いた。
「そういえば。」
穏やかな声だった。
「最近、村でかなりゆっくりさせてもらっているんですけど。」
「……何の話だ?」
「せっかく時間があったので、療養するついでに、光のエルに少し付き合ってもらって力を扱う訓練もしてたんですよ。」
その瞬間、ピーターが大きく身体を震わせて叫んだ。
「来ます!!」
クウガが消えた。
「――は?」
視界から完全に消えた。おい、視線は逸らしてねぇぞ!
本当に、一瞬前までいた場所から姿だけが消えた。そして、
「え?」
ピーターの声。俺たち全員がそちらを見ると、クウガがピーターの目の前にいた。目の前どころじゃない。完全に懐へ入り込んでいやがる。
ピーターは反応し、身体を捻ろうとしている。腕を下げ、防御しようとしている。あの危険察知能力が、間違いなく働いている。それでも、間に合っていない。
クウガが静かに言った。
「雷の扱い方、」
金色の雷が、右腕へ集まる。
――バヂッ!!
一瞬で手のひらまで走り、
「前より上手くなったんですよ。」
――ドンッ!!
雷を纏った掌底が、ピーターの腹へ叩き込まれた。
ーーーーー
――ドンッ!!
僕の雷を纏った掌底が、ピーター君の腹へ叩き込まれる。………その、直前。
「――っ!!」
ピーター君の身体が、わずかに後ろへ下がった。本当に、ほんの一歩。僕の掌底が腹部へ触れる寸前、危険を察知した身体が反射的に動いたのだろう。完全に回避できたわけではない。掌底はスーツの表面を掠め、その衝撃だけでピーター君の身体を大きく後ろへ押し飛ばした。けれど、
「おおっ!」
思わず声を出してしまった。
「躱された! 流石スパイダーマン!」
「喜んでる場合かテメェ!!」
左から声が飛んできて、エリックさんの拳が僕の顔面目掛けて振り抜かれる。さらに、
――シュッ!!
反対側から、銀色の爪が迫る。ティ・チャラさんだ。エリックさんが左。ティ・チャラさんが右。そして、その二人の向こう側では、
「動かないでね。」
エレーナさんが、既にこちらへ銃口を向けていた。
「おおっと。」
これは、ピンチ。
僕は振り抜かれたエリックさんの右拳へ左腕を添え、その軌道を外側へ逸らす。
「なっ――」
ほぼ同時に右手を伸ばし、ティ・チャラさんの爪が胸へ届くより早く、その手首を掴む。そのまま、
「すみません!」
「何を――」
引っ張って、ティ・チャラさんの身体を、僕の正面へ移動させる。直後、
――パンッ! パンッ!!
エレーナさんが撃った弾丸が、ティ・チャラさんの背中へ命中した。当然、模擬弾がヴィブラニウム製のスーツを貫通することはない。弾丸は表面に当たった瞬間、その運動エネルギーを吸収されて落下した。でも、ティ・チャラさんが無言で僕を見てくる。
「貴様……!」
怒られた。
「マジで化け物かテメェ!?」
エリックさんまで叫んでくる。
「失礼な。」
強さだけでみれば、確かに人間を辞めている自覚はあるけど、化け物ではない……多分。いや、最近は自信がなくなってきたけど。そんなことを考えていると、
――パンッ! パンッ! パンッ!
追加の銃声が響いた。ティ・チャラさんの肩越しに見ると、エレーナさんが表情一つ変えずに銃を連射している。
「便利な盾ね、それ。」
「私を遮蔽物扱いするな!」
ティ・チャラさんが抗議するけれど、エレーナさんは止めない。ティ・チャラさんのスーツなら自分の銃弾程度では傷つかないと判断したのだろう。むしろ僕がティ・チャラさんを盾にするなら、それを逆手に取って撃ち続ければいい。しかも、
「ふっ!」
腕を掴まれたままのティ・チャラさんが僕の脇腹を狙って蹴りを繰り出してくる。
ティ・チャラさんの蹴りとエレーナさんの射撃が同時に迫る。
「よっと!」
掴んでいた右腕を軸にして、ティ・チャラさんの身体を大きく振る。
「なっ――!?」
蹴りの軌道が強制的に逸れ、エレーナさんの放った弾丸が、再びティ・チャラさんのスーツへ次々と命中する。その勢いのまま一回転。
「よっこい――」
「待――」
エレーナさん目掛けて、
「しょ!」
投げた。
「はぁ!?」
ティ・チャラさんの身体が宙を飛ぶ。その先にはエレーナさん。これなら二人まとめて体勢を崩せる。
――シュッ!!
白い糸が視界を横切った。
「お?」
ピーター君だ。ウェブがティ・チャラさんの身体へ絡みつき、飛んでいく軌道が僅かに変わる。さらにピーター君自身が跳んだ。
「よっ――と!」
空中でティ・チャラさんの身体を受け止め、その勢いを殺しながら床へ着地する。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。助かった。」
「おお……!」
凄い。今のも防がれた。
「ピーター君、やっぱり凄いですね!」
「何で嬉しそうなんですか!?」
何でって、スパイダーマンだからね! 僕が感動している間にも、ピーター君の手首がこちらへ向く。
――シュッ!!
今度は僕をウェブで拘束するつもりらしいけど、そう簡単に捕まってはあげられない。意識を足へ集中させ、
――バヂッ!!
金色の雷光が両脚を包み込んだ状態で床を蹴る。
――バヂィッ!!
視界が一気に流れ、身体が雷に引っ張られるように加速し、飛んできたウェブが僕のいた場所を通過した。
「おお……。」
自分でやっておいて何だけど、これは便利だ。以前なら、ここまで雷を移動へ転用するにはアメイジングマイティにならないと難しかった。でも今は違う。ライジングマイティのままでも、ある程度なら雷を全身へ流して瞬間的な加速に使える。光のエルとの訓練のおかげだ。
療養中にやることではない気もするけど。
「――っ!」
でも、ピーター君がこちらを見てくる。僕の動きを、スパイダーセンスで察知している。さらに、他の三人も動いた。エリックさん、ティ・チャラさんの二人はピーター君の前に出て、エレーナさんの射撃の種類が援護射撃に変わる。
「…………。」
思わず頷く。ピーター君が、自分たちの生命線だと判断したらしい。僕の動きを事前に察知できるスパイダーセンス。ウェブによる拘束と救助。僕にとっても、四人の中でピーター君が一番厄介だ。
だから三人がピーター君を守る。
そしてピーター君が後ろから僕の動きを察知して、三人を援護する。
「…………。」
うんうん。良い。実に良い。スパイダーマンが他のヒーローと共闘してる。
「良いね……!」
「何がだ!?」
エリックさんが叫ぶ。いや、本当に良い。スパイダーマンがチームで戦ってる。
「……………僕もそっちが良かったな。」
「何言ってんだお前!?」
羨ましいんです。しょうがないじゃないですか。でもまあ、仕方ない。だったら、少しくらい、
「暴れよう。」
――バヂィィィッ!!
全身を、金色の雷光が駆け抜けた。
ーーーーー
――何なのよ、この子。
私は銃のマガジンを交換しながら、本気でそう思っていた。私はエレーナ・ベロワ。レッドルームで訓練を受け、ウィドウとして世界中で任務をこなしてきた。数々の困難な任務だって達成してきた。最近では、お姉ちゃんに連れられて、風のエルとかいう明らかに人間じゃない存在にも会った。
だから多少のことでは驚かないつもりだった。そのはずだったんだけど。
――バヂィッ!!
「右です!」
ピーターが叫ぶ。直後、雷光が走って、
「っ!」
私が横へ跳ぶ。ほぼ同時に、さっきまで立っていた場所へクウガが現れた。エリックが殴りかかり、ティ・チャラも反対側から爪を振るう。けれど、
「よっ。」
軽い声と同時に、クウガがエリックの拳を避け、ティ・チャラの爪を腕で受け流す。私は即座に銃口を向けて撃つけれど、
――パンッ! パンッ!
当たらない。
「今度は上!」
ピーターの声に従い、見るより先に銃口を上へ向け、撃つ。
――パンッ!
狙いを碌に付けずに撃ったから当然外れる。けれど牽制にはなった。着地地点にティ・チャラが飛び込む。クウガの蹴りとティ・チャラの腕がぶつかる。
――バヂッ!!
雷光が弾け、ティ・チャラが床を滑っ――いや、低空で蹴り飛ばされてる。今度はエリックが突っ込む。ピーターのウェブがクウガの足元へ飛び、私はその逃げ道へ銃弾を撃ち込む。
私だってお姉ちゃんに負けない実力はあるし、ティ・チャラとエリックはそんな私よりも強い。ピーターはその更に上。その四人で囲っているのに、
「おお。」
クウガは楽しそうだった。
「良い連携ですね!」
腹が立つ。というか、私は撃ちながら考える。軽い気持ちで模擬戦を始めただけなのに、何でこんなことになってるの? この子、お姉ちゃんが連れていた風のエルっていうのと同格。いや、エリックたちが言っていることが本当なら、その格上。
「…………。」
え? どうしよう。これ、途中でやめられないかな? 割に合わなさすぎる。
――バヂィッ!!
「っ!」
また雷光。
「左です!」
ピーターが叫ぶ。今度は間に合った。エリックとティ・チャラが同時に左へ向く。私も銃口を合わせる。ピーターがウェブを放つ。四人の攻撃が、一点へ集中した。けれど、
――バヂッ!!
雷光が、もう一度跳ねた。
「なっ――」
クウガの姿が消える。次の瞬間、
――ドンッ!!
「ぐっ!」
エリック、ティ・チャラが吹き飛ぶ。そして、
「え?」
私の目の前に、赤と金の姿があった。
「こんにちは。」
「こんにちはじゃない!」
反射的に銃を向けるけれど、その手首を軽く押され、銃口が逸らされる。
「エレーナさん、後ろ!」
ピーターの声に反応しクウガが私から視線を外す。その隙に後ろへ跳び、ピーターのウェブがクウガの腕へと絡みつく。
「捕まえた!」
「おお!」
何で捕まった側が喜ぶのよ。
「凄いですね、ピーター君!」
「だから何で嬉しそうなんですか!?」
ピーターがウェブを両手で掴み、全力で引っ張る。エリックとティ・チャラも立ち上がり、二人とも、自然にピーターを守る位置へ入る。
認めたくないけどピーターがやられたら、多分一瞬で終わる。この子だけが、クウガの攻撃を事前に察知できる。ピーターがいるから、辛うじて私たちは反応できている。だから、
エリックが叫ぶ。
「ピーター! なるべく前に出るな!」
「分かりました!」
「私たちが攻める! サポートは頼んだ!」
ティ・チャラも構え直し、私も残弾を確認する。連携が形になってきたし、少なくとも、すぐには負けない。
そう思った次の瞬間。クウガの身体を覆う雷が、一段、強くなった。
――バヂィィィィッ!!
「え?」
雷光が走り、ピーターが叫ぶより早かった。
――ドンッ!!
エリック。
――ドッ!!
ティ・チャラ。
――バヂッ!!
そして私。
三人が、ほとんど同時に弾き飛ばされた。
「…………。」
床を転がりながら、私は思う。どうしろってのよ、これ。
ーーーーー
「はしゃいでるな、クロオの奴。」
観戦区画。
僕は腕を組みながら、眼下の模擬戦場を見下ろしていた。
「随分と楽しそうね。」
隣でナターシャが言う。
「楽しそうどころじゃない。完全にテンションが上がってる。」
「でも。」
ナターシャは戦場から目を離さない。
「対人戦、かなり上手くなったわね。」
「……それは認めよう。」
人間を相手にする時、クロオの強さは足枷になることが多かった。少し力加減を間違えれば、相手を殺しかねない。だから人間相手では、必要以上に慎重になる。だが今は違う。
雷光を纏って打撃ではなく電気ショックを放ち、投げ技も使っている。あれなら、人間が相手でも気絶ぐらいで済む。
「…………。」
横を見ると、フューリーが額へ手を当てていた。
「どうした?」
「休めと言った。私は確かに、あいつに休めと言ったはずだ。」
「休んでたんだろ?」
「光のエルと訓練しながらな。」
それは。
「クロオにしては休んでる方じゃないか?」
「お前まで基準を壊すな。」
ふむ、怒られてしまった。とはいえ、私は改めて戦場を見る。現在のクロオは赤を基調とした身体に、金色の装飾が加わった強化形態。本来なら、この姿だけでも十分に厄介だ。その上、さっき本人が言っていた通り、雷の扱いが明らかに以前より洗練されている。
単純に拳や蹴りへ纏わせるだけじゃない。脚部へ集中させて瞬間的に加速したり、相手に電気ショックを放ったり、おそらく全身へ巡らせることで、反応速度そのものを引き上げていたりもしているな。
そんな相手に、
「まあ。」
私は口元を僅かに緩めた。
「むしろ大したものだ。」
「同感ね。」
ナターシャも頷く。
エリック、ティ・チャラ、エレーナ、ピーター。四人とも、まだ戦えている。既に数分。クロオが明確に格上であることを考えれば、十分すぎる。特に、
「ピーターか。」
「ええ。」
クロオの攻撃をピーターは、まだ一発もまともにもらっていない。最初の掌底もそうだ。完全に避けられたわけではないが、直撃する寸前に一歩下がり、大ダメージを逃れている。雷を使った高速移動にもギリギリで反応している。
クロオが何度もピーターを狙っているのに、ピーターは感覚頼りではあるが、紙一重で逃げ続けている。
「実力差を埋めているわけじゃない。でも、攻撃を受けないことだけに集中すれば、あの子はかなり粘れるわね。」
エリックたちの後ろで、決して前へ出ない。クロオが誰を狙っているかを察知して警告し、隙ができた瞬間だけウェブを撃つ。完全に支援役へ切り替えた。
悪くない。むしろ、この短時間でそこまで切り替えられたのなら上出来だ。そしてクロオも、楽しそうにしている。完全に教官役の気分だな、あれ。
「しかし。」
フューリーが呟いた。
「クロオは随分と余裕があるな。」
「まあな。」
今のところ、クロオは四人を相手にしながらも、余裕を残している。ピーターが対応できるギリギリ、他の三人が、辛うじて追える程度。その範囲を維持している。
三人で、クロオも大人になったな、と思っていると、
「…………あ。ギアを上げたな。」
「成長したかと思えば。」
隣でナターシャも呆れている。
クロオの動きが変わった。
――バヂィッ!!
「ピーター!」
エリックが叫びながら前へ出た。クロオの狙いがピーターだと判断したのだろう。雷を右腕へ集めて放つ掌底。だからピーターの前へ割って入り、両腕を交差させる。防御か、悪くない判断だ。………相手がクロオじゃなければ。
「え。」
ピーターが声を漏らす。クロオの右掌が、エリックの腕へ触れ、雷が爆ぜる。
「がっ――!?」
エリックの足が床から離れた。そのまま、
「うぉぉぉぉぉぉっ!?」
数メートルどころじゃない。模擬戦場を横断する勢いで吹き飛び、壁へ叩きつけられた。
観戦区画が静かになる。壁にめり込む寸前で安全装置が作動したらしく、衝撃吸収フィールドがエリックの身体を受け止めている。怪我はない。ないんだが。
「…………。」
僕は額へ手を当て、深いため息を吐いてしまう。ナターシャも、
「上げすぎじゃない?」
「多分、クロオの中では少しなんだろ。」
フューリーまで深いため息を吐く。そして戦場では、
「エリックさん!?」
クロオ自身が一番慌てていた。
ーーーーー
その直後、私は判断した。
「そこまでだ!!」
模擬戦場全体へ声を響かせる。
「模擬戦終了。全員、その場で止まれ。」
有無を言わせるつもりはなかった。
ティ・チャラが構えを解き、エレーナも銃口を下げる。ピーターも一瞬だけクロオを警戒するように構えていたが、すぐにウェブシューターを下ろした。
そしてクロオは、
「エリックさん!」
私の制止が聞こえているのかいないのか、変身を解除することも忘れ、一直線にエリックのところへ駆けていった。
「大丈夫ですか!?」
衝撃吸収フィールドに受け止められたエリックの前へしゃがみ込む。
「どこか痛いところありません!? 息できます!? 意識あります!?」
「……うるせぇ。」
「良かった、喋れる! 生きてる!」
「勝手に殺すな。」
エリックが顔をしかめながら上体を起こした。安全装置が正常に作動していたおかげか、センサー上も今のところ深刻な負傷はない。
それを確認し、私は僅かに息を吐いた。
だが、安心したのは私だけではなかったらしい。
「エリックさん!」
ピーターまで走っていく。さすがに疲労は隠せておらず、肩を上下させ、呼吸もかなり速い。それでも、自分の疲労より先にエリックの状態を確認しに行った。
「大丈夫ですか!?」
「お前まで同じこと聞くな。」
「でも、すごい勢いで飛んでいったから!」
「見りゃ分かるだろ、生きてる。」
「それはそうですけど!」
クロオとピーターが、左右からエリックを覗き込むと、エリックが露骨に嫌そうな顔をした。
「お前ら、近い。」
「あ、すみません。」
「すみません!」
二人がほぼ同時に下がる。様子を見ている限り、少なくともエリックに問題はなさそうだ。一方で、
「はぁ……。」
エレーナは、その場に座り込んでいた。拳銃を床へ置き、片膝を立てた姿勢のまま大きく息を吐いている。
「もう無理。」
その隣ではティ・チャラも片膝をついていた。ブラックパンサーのスーツは解除していないが、こちらも肩が大きく上下している。
「……確かに。」
「でしょ?」
「想像以上だった。」
「想像以上なんてものじゃないわよ。」
エレーナがクロオの方を見る。
「あの速度、途中から何と戦ってるのか分からなくなったわ。」
「すみません。」
クロオが素直に謝る。
「謝るなら最初からもう少し加減して。」
「してたんですけど……。」
「それ以上言わないで。」
エレーナが即座に遮った。私も同意見だった。ティ・チャラがゆっくりと立ち上がりながら、エリックの方を見る。
「だが、エリックの判断は正しかった。」
「何の話よ?」
「私を呼んだことだ。」
エレーナが一瞬だけ黙った。
「そこ?」
「重要だ。」
「そう。」
疲れているのだろう。エレーナはそれ以上追及しなかった。
私はその光景を見下ろしながら、額へ手を当てた。
「はぁぁぁぁぁ……。」
かなり深いため息が出た。隣でスタークがこちらを見てくる。
「随分深いな。」
「深くもなる。」
「まあ、怪我人は出ていないんだ。良かったじゃないか。」
「結果論だ。」
「安全装置も正常に作動した。」
「だから結果論だ。」
「クロオも反省してるぞ。」
私は模擬戦場を見ると、クロオはまだエリックの前にいる。
「本当に立てます?」
「立てる。」
「手、貸しましょうか?」
「いらん。」
「でも。」
「いらんって言ってんだろ!」
「あ、はい。」
反省している。というより、完全に心配が勝っているだけに見える。私はもう一度ため息を吐いてから場内のマイクを入れる。
「クロオ。」
「はい?」
クロオが顔を上げる。
「後で説教だ。」
分かりやすく固まった。
「え。」
「聞こえなかったか?」
「いや。」
聞こえてはいたらしい。
「…………お説教、ですか?」
「そうだ。」
クロオの肩から、一気に力が抜け、見るからに落ち込んでいる。
「そんな……。」
「最後は完全に加減に失敗していた。」
「でも、安全装置が……。」
「それを前提に人を吹き飛ばすな。」
「はい……。」
それ以上は何も言わないところを見ると、やり過ぎた自覚はあるらしい。クロオが、その場でさらに肩を落とす。すると、
「クロオさん。」
ピーターが声をかけた。
「大丈夫です。」
クロオがゆっくりと顔を上げる。
「ピーター君……。」
「フューリーさん、本気でクロオさんのこと考えて、心配して怒ってくれてるって感じです。悪いことじゃないと思います。」
「…………。」
クロオが黙る。
「それに、多分そんなに長くないですよ。」
私は即座にマイクを入れた。
「ピーター。」
「はい!?」
「余計なことを言うな。」
「すみません!」
今度はピーターまで肩をすくめた。クロオがそんなピーターを見る。ピーターもクロオを見る。
数秒の沈黙の後。
「一緒に怒られます?」
「何でピーター君まで?」
「何となく?」
「巻き込む気はないよ。」
「ですよね。」
二人が小さく笑う。私はその様子を見下ろしたまま、本日何度目か分からない、大きなため息を吐いた。
ーーーーー
――それから、しばらく後。
僕――十文字黒雄は、アベンジャーズ基地の休憩スペースにあるソファへ腰掛けながら、完全に項垂れていた。
説教は終わった。終わったのだが、精神的なダメージが思ったより大きい。フューリーさんの説教は、怒鳴るわけでもなければ、長々と責め続けるわけでもなかった。
むしろ、その逆。冷静に、一つずつ、何が悪かったのか、どうして危険だったのかを教えられ、最後に、
『お前が怪我をさせたくないと思っていることは分かっている。だからこそ、自分の力を過信するな。』
と、言われた。効いた。非常に効いた。一条さんに説教されるのと同じくらい効いた。
「クロオさん。」
隣から声がする。
「大丈夫ですか?」
「……うん。」
僕はゆっくりと顔を上げると、隣にはピーター君が座っている。
模擬戦が終わってから少し休憩したことで、呼吸もすっかり落ち着いていた。マスクも外していて、まだ幼さの残る顔が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「別に怒られたこと自体はいいんだ。」
「はい。」
「僕が悪かったし。」
「はい。」
「安全装置があるとはいえ、エリックさんをあそこまで吹き飛ばしたのは、完全に加減を間違えたし。」
「はい。」
僕はピーター君を見る。ピーター君も、素直な顔で僕を見返している。
「ピーター君。」
「はい?」
「そこは少しくらい否定してくれてもいいんだよ?」
「あ、すみません。」
素直だなぁ。
「でも。」
ピーター君が少しだけ笑う。
「フューリーさん、クロオさんのことかなり心配してましたよね。」
「そうなんだよね……。」
それが一番効いている。怒っているというより、心配されていた。だから余計に申し訳なくなる。
「まあ。」
僕はソファへ背中を預けた。
「今後、気をつけるよ。」
「はい!」
「特にライジングマイティで雷を使う時は。」
「はい!」
「思ったより出力上がってたから。」
「はい!」
やけに良い返事が続く。しかも、何だか嬉しそうだ。
「ピーター君。」
「何ですか?」
「何でそんなに嬉しそうなの?」
「だって!」
ピーター君の目が一気に輝いた。
「さっきの凄かったじゃないですか!」
「え。」
「雷を脚に集中させて一気に加速してましたよね!? あれ、ネットの映像とかじゃ見たことなかったです!」
「ああ……。」
そこに食いつくのか。
「最近できるようになったんだ。」
「やっぱり!」
ピーター君が身を乗り出してくる。
「どういう仕組みなんですか!? 単純に筋力を強化してるんですか!? それとも神経伝達速度そのものを上げてるとか!? あ、でも雷を外側に放出して推進力みたいに使ってる可能性も――」
「ちょ、ちょっと待って。」
速い。喋る速度が速い。
「僕もそこまで理屈で考えて使ってないから。」
「え?」
「感覚でやってるから。」
「感覚。」
「うん。」
ピーター君が固まった。
「……感覚で、あれを?」
「うん。」
何とも言えない顔をされた。
「いや、光のエルに教えてもらったことを、自分なりに応用しただけだから。」
「光のエルって人がいるんですか? やっぱり光を操るんですか?」
人……ではないけど、まあ良いか。
「でも、凄いなぁ……。」
ピーター君は本当に楽しそうだった。
「クウガって、元々フォームチェンジだけでも凄いのに、さらに新しい使い方まで増えていくんですね。」
「まあ、僕も自分でどこまでできるのか、まだ分かってないんだけど。」
「それってつまり、まだ強くなるってことですか?」
「多分。」
「凄い……!」
「いや、ピーター君も十分凄いからね?」
「僕ですか?」
「そう。」
僕は身体を起こす。
「さっきの模擬戦、正直かなり驚いたよ。」
「え?」
「最初の一発もしっかり避けられたし。」
「あれはスパイダーセンスが勝手に――」
「それでもだよ。」
僕は笑う。
「その後も、僕が少し速度を上げてもちゃんと反応してた。エリックさんたちへの指示も出してたし、ウェブでティ・チャラさんも助けてた。」
ピーター君の顔が、少し赤くなる。
「いや、その……。」
「凄かったよ。」
「……ありがとうございます。」
嬉しそうだ。こういうところは、本当に高校生だなぁ。いや、僕も少し前まで高校生だったけど。
ーーーーー
「なあ。」
エリックが低い声で呟いた。
「何だ。」
隣に立つティ・チャラが答える。
エリックは、休憩スペースで楽しそうに話しているクロオとピーターを見ながら、眉間に皺を寄せていた。
「俺たち。」
一度、言葉を切る。
「あれに負けたのか?」
ティ・チャラはすぐには答えず、その横で、エレーナが飲み物を口へ運びながら、
「正確には、あそこで楽しそうに談義してる、大学生と高校生にね。」
「言い方変えても結果は同じだろ。」
「むしろ酷くなった気がする。」
ティ・チャラが静かに呟く。三人の視線の先では、
「ピーター君、ウェブって種類変えられるの?」
「はい! 今は基本的なものしか使ってないですけど、自分で配合を変えれば色々できるようになると思います!」
「おお。」
「例えば粘着力を強くしたり、逆に一定時間で溶けるようにしたり!」
「凄いね!」
「クロオさんに言われると嬉しいです!」
完全に仲良くなっている。エリックの眉間の皺がさらに深くなった。ティ・チャラも何とも言えない顔で二人を眺めている。エレーナだけは少し呆れた顔をしていた。
「何というか。」
「何だ。」
「強い奴って、もっとこう……威厳とかないの?」
「俺に聞くな。」
「少なくとも、ワカンダの戦士にはある。」
ティ・チャラが真顔で答える。
「そう。」
エレーナは興味なさそうに返した。
ーーーーー
休憩スペースの入口から、足音が聞こえてくる。
「クロオー。」
聞き慣れた声に、僕は振り返った。
「あ、真魚。」
真魚がこちらへ歩いてくる。
「お説教終わった?」
「終わった、ってなんで真魚が基地にいるの?」
「クロオを連れて帰れー、ってフューリーさんに呼ばれたの。」
「フューリー。」
「何かやらかして、お説教されたならちゃんと反省しなよクロオ。フューリーさん、一条さんに心配されて怒られるの、一番効くから大丈夫だとは思うけど。」
「……否定できない。」
僕の反応を見て、真魚が呆れたように笑う。そこで、ピーター君が真魚を見る。真魚もピーター君へ視線を向けた。
少しの間、互いの顔を見た後、
「あ。」
真魚が僕を見る。
「この子がスパイダーマン?」
「そうだよ!」
僕は思わず少し胸を張った。
「この子がピーター・パーカー君! スパイダーマン!」
「何でクロオが偉そうに言うのよ。」
「え? あ。」
「というか、本人の前で正体を普通に言わない。」
しまった。何とも気まずい空気が流れた。
「ごめんね、ピーター君。」
「い、いえ! ここにいる人たち、もう知ってるみたいなので大丈夫です!」
良かった、と安心すると、真魚がため息を吐いた。
「本当にそういうところ、昔から変わらないよね。」
「気をつけます。」
するとピーター君が、おずおずと真魚を見る。
「あの。」
「ん?」
「どなたですか?」
「ああ、そうだよね。」
真魚は一歩前へ出る。
「風谷真魚。日本から来ました。」
「風谷さん。」
「真魚でいいよ。」
「はい!」
真魚が少し笑い、
「あと、クロオの恋人です。」
ピーター君の動きが止まった。
「え。」
あれだけ堂々と言われると流石に恥ずかしい。真魚も、言ってから少し恥ずかしくなったのか、僅かに頬が赤い。
「恋人。」
ピーター君が真魚を見て、もう一度僕を見る。どうやら頭の中で何かを処理しているらしい。そして、
「凄い……。」
何故か感動したような声を出した。
「え?」
「クウガともなると、恋人も凄く美人なんですね!」
今度は僕と真魚が揃って固まってしまう。
「いや、その……。」
僕は頬が熱くなるのを感じた。
「まあ……。」
隣を見ると、真魚も顔を赤くして、少しだけ視線を逸らしている。
「……ありがと。」
小さく答えた。
「はい!」
ピーター君は満面の笑みだった。僕と真魚は、何とも言えず顔を見合わせる。お互いの顔を見たせいで、さらに恥ずかしくなった。
ーーーーー
少し離れた場所では、エリックがその光景をじっと見ていた。
隣でティ・チャラも、真魚から目を離さない。
「なあ。」
エリックが小声で言う。
「私も同じことを考えている。」
ティ・チャラが先に答えた。
「まだ何も言ってねぇ。」
「顔を見れば分かる。」
二人は、もう一度真魚を見る。普通の若い女性に見える。少なくとも外見だけなら。だが二人とも、ワカンダで聞かされていた。日本にいる、もう一人の規格外である女子大生。
「……あの子。」
エリックが声を落とす。
「もしや。」
ティ・チャラも、その先を言わずに視線を動かした。
休憩スペースの反対側。そこにはフューリーがいる。二人の視線に気付いたフューリーと視線が合ったので、エリックは真魚を指差す。
ティ・チャラも確認するように真魚へ視線を送る。
意味は通じたらしく、フューリーは何も言わず、ただ、静かに一度だけ頷いた。
エリックの顔が引きつり、ティ・チャラの表情も固まった。二人の視線が、恐る恐る真魚へ戻る。その真魚は今、
「もう、クロオ。」
「何?」
「いつまで照れてるのよ。」
「真魚だって照れてたじゃん。」
「私は別に。」
「顔赤かったよ。」
「うるさい。」
ピーターの前で、普通に恋人同士の会話をしている。エリックが、その光景を見ながら小さく呟いた。
「マジかよ。」
「……ああ。」
ティ・チャラも珍しく低い声で返す。先ほど自分たち四人をまとめて圧倒した男。その男の隣で、何気ない顔をしている少女。
そして、その少女もまた。自分たちが警戒すべき規格外の一人。エリックとティ・チャラは顔を見合わせた。
言葉は必要なかった。
二人は揃って僅かに慄いた表情を浮かべ、楽しそうに話すクロオと真魚を見つめ続けていた。