日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
凄まじい形相だった。
トニー・スタークが、僕――十文字黒雄を睨みつけている。
今まで何度も怒ったスタークさんを見てきた。戦闘中に怒鳴られたことも、僕が無茶をしたせいで本気で怒られたこともある。でも、
「…………。」
今のスタークさんは、それとはまるで違う。怒っている。間違いなく怒っている。けれど、その奥にあるのは、怒りだけじゃない。
混乱、悲しみ、憎しみ、そして、おそらく――裏切られたという感情。
それが全部混ざったような顔で、スタークさんは僕を見ていた。
「…………。」
僕は何も言えなかった。言い訳なんて、できるはずがない。するつもりもない。ただ、心底申し訳ないと思いながら。それでも、一歩も動かない。
今のスタークさんの前から、僕は退くつもりはなかった。
「クロオ。」
背後から、声が聞こえる。スティーブさんの声。そのさらに後ろには、ジェームズ・ブキャナン・バーンズさんがいる。
そして少し離れた場所には、フューリーさん。フューリーさんは片目を細めながら僕たちを見ていた。
誰一人、動かないし、誰一人、軽々しく声を出せない。
そんな空気の中、スタークさんが、低い声で言った。
「退け。」
僕は動かない。スタークさんの右腕、その手首に装着された腕時計型の装置は、既に展開されている。
リパルサーの青白い光が、僕の胸へ向けられていた。それでも、
「……クロオ、退け。」
「すみません。」
僕はスタークさんから目を逸らさずに答えた。
「退きません。」
スタークさんの顔が、さらに歪んだ。
ーーーーー
――少し前。
いつもの村で、僕は、光のエルから話を聞いていた。
「バーンズさんの治療が?」
「終わった。」
いつもの穏やかな声で、光のエルは頷いた。
「少なくとも、我々が行える範囲の処置は全て終えている。」
僕は無意識に息を吐いた。
ウィンター・ソルジャー。ジェームズ・ブキャナン・バーンズ。
第二次世界大戦中、スティーブさんの親友だった人であり、列車から転落し、死亡したと思われていた。けれど実際にはヒドラに回収され、人体実験を受け、左腕を失い、その後は機械の義手を与えられた。
洗脳、記憶の消去、再洗脳、冷凍保存、任務。
それを何十年も繰り返されてきた。
僕たちが助け出した後、光のエルの村で治療を続けていた。身体の傷だけじゃない。何度も破壊され、上書きされてきた精神と記憶。それを可能な限り元の状態へ戻すために。
「………記憶は?」
「かなり戻っている。だが、完全、とは言えない。失われた時間が長過ぎるし、断片的に欠落している部分もある。だが少なくとも、自分がジェームズ・ブキャナン・バーンズであること。スティーブ・ロジャースとの関係や第二次世界大戦までの記憶。その後、自分がヒドラに捕らえられてからの出来事についても、以前より遥かに整理できている。」
「そう、ですか。」
良かった。本当にそう思う。
スティーブさんに、ようやくちゃんと会わせられる。今までは、バーンズさん自身の精神状態が安定しておらず、記憶も混濁していた。突然、ウィンター・ソルジャーとしての、ヒドラの暗殺者としての面が表に出てくる可能性もあった。だから、スティーブさんは村へ来ることはあっても、直接長時間話すことは避けていた。
「じゃあ、スティーブさんと会わせても?」
「問題ないだろう。むしろ、今の彼には必要だと思う。」
良かった。本当に、そう思う。
それと同時に、僕自身、覚悟を決めなければならないことがある。笑みを消した僕を、光のエルが不思議そうに見てくる。
「クロオ?」
忘れていたわけじゃない、忘れられるはずもない。ただ、後回しにしていた。
バーンズさんが回復していなかったから、話せる状態ではなかったから、ヒドラとの戦いがあったから。
自称ウルトロン、ゾラウルトロンが現れたから。
…………色々なことが重なって、今すぐ伝える必要はない。そう自分に言い聞かせてきた。
でも、もう。その理由はなくなった。できれば、言いたくない。これを伝えたらどうなるのか。少なくとも、僕が知っている未来では、この事実が原因で、トニー・スターク、スティーブ・ロジャース、バッキー・バーンズ、この三人は、取り返しがつかないほどぶつかった。
でも、シビル・ウォーは起きていない。ソコヴィア協定もない。状況は、全然違う。
だから、だからこそ。
「僕が……。」
声が、少し震えた。
「クロオ、どうした? 大丈夫か?」
「僕が、話さないと。」
逃げるわけにはいかない。僕は、知っている。ずっと前から、全部を。
「…………。」
覚悟を決めて、端末を取り出した。最初はフューリーに、……あ、映像出しちゃった。
『………何だ。』
「フューリー。」
『その顔は何だ。』
いきなり言われた。
「え?」
『ろくでもない話をする時の、何かを抱えている時のお前の顔だ。』
ひどい。でも、否定できない。
「……お願いがあります。」
『聞くだけ聞く。』
「スタークさんと、スティーブさんを基地に呼んでください。」
『…………。』
フューリーさんの片目が僅かに細くなる。
「それと。」
僕は一度だけ息を吸った。
「バーンズさんも連れていきます。」
『…………。』
「四人で、話したいことがあります。」
フューリーさんはしばらく何も言わなかったけど、
『…………内容は?』
相談するか迷った。でも、
「その場で話します。」
『今言え。』
「駄目です。」
『何故だ?』
「それぞれ、別々に伝えていい話じゃないからです。」
『…………。』
フューリーさんの表情が険しくなった。当然だと思う。ただでさえ僕は、未来の記憶について色々知っている。その僕が、スタークさん、スティーブさん、バーンズさん、この三人を名指しして全員揃った場所でしか話せない、と言っている。嫌な予感しかしないだろう。
『十文字。』
「はい。」
『今度は何を抱え込んでいる?』
明らかに心配してくれているのに話せない。その事実に胸が痛み、目を伏せてしまう。それだけで、フューリーには十分だったらしい。
『分かった、手配する。』
「……ありがとうございます。」
通信が切れ、僕は端末を下ろす。
「はぁ……。」
大きく息を吐いた。本音を言えば、ものすごく逃げたい。でも、駄目だ。僕が言わないといけない。僕が、最初から知っていたんだから。
ーーーーー
――アベンジャーズ基地。
それから数時間後、用意された部屋には、僕を含めて五人が集まってくれた。
フューリー、スティーブさん、そして。
「バッキー……。」
スティーブさんが、入り口に立つバーンズさんを見て表情が変わった。
「…………。」
バーンズさんは、しばらく何も言わない。以前に見た時よりも明らかに表情が穏やかになっている。髪はまだ長いし、左腕の義手もそのまま。
けれど、目が違う。ウィンター・ソルジャーとして戦った時の、焦点が合っているようで合っていない目じゃない。ちゃんと、一人の人間として、スティーブさんを見ている。
「……久しぶりだな。」
低い声だったけど、その声に込められた思いを感じたスティーブさんが固まる。
「バッキー。」
「そう何度も呼ばなくても聞こえてる。」
「…………。」
「何だよ。」
「いや。」
スティーブさんが、小さく笑った。
「本当に戻ったんだなって。」
バーンズさんも、ほんの少しだけ口元を緩める。
「全部じゃない。」
「それでもいいさ。」
スティーブさんは迷うことなく近づいた。一瞬、バーンズさんが身構えてしまう。けれど、スティーブさんは、そのまま彼の肩を強く抱いた。
「おかえり、バッキー。」
「…………。」
バーンズさんは、数秒してから右手を上げて、スティーブさんの背中を軽く叩いた。
「……ただいま、でいいのか?」
「ああ。」
スティーブさんが笑った。
「ああ、それでいい。」
「…………。」
僕は少し離れたところからその光景を見ていた。
………本当なら、このまま終わってほしい。今日はバーンズさんが戻ったことを喜んで、皆で話をして、スティーブさんと昔話でもして、それで終わってほしい。
でも、
「さて。」
扉が開き、スタークさんが入ってくる。
「急に呼び出されたから何事かと思えば。」
室内を見回し、バーンズさんを見る。一瞬だけ、その表情が僅かに固くなる。ウィンター・ソルジャーの件を知っている以上、完全に無警戒というわけにはいかないのだろう。
だけど、
「話は聞いてる。」
スタークさんはバーンズさんを見る。
「治療が終わったそうだな。」
「ああ。」
「記憶も戻ったのか?」
「大部分はな。」
バーンズさんが答える。
「なら。」
スタークさんは軽く肩をすくめた。
「ひとまず、おめでとうと言っておこう。」
バーンズさんが少し意外そうな顔をした。
「……俺にか?」
「正確には二人にだ。」
スタークさんがスティーブさんを見る。
「七十年以上待ってた親友が帰ってきたんだろ?」
「ああ。」
スティーブさんは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう、トニー。」
「どういたしまして。」
スタークさんはそう言ってから、僕を見てくる。
「で? 私が呼ばれた理由は? 感動の再会を祝え、というなら、今ので役目は果たしたと思うが。」
「スタークさん。」
「何だ。」
言え。覚悟を決めろ。ここまで来て逃げるな。
「少し。」
僕は自分の手を握る。
「座ってもらってもいいですか?」
僕の言葉を聞いて、スタークさんの眉が上がった。
「立ったままじゃ聞けない話か?」
「多分。」
何かを察してくれたのか、スタークさんは何も言わず、空いている椅子へ腰を下ろしてくれた。スティーブさんもバーンズさんも僕を見てくる。フューリーさんだけは、
「…………。」
ものすごく嫌そうな顔をしていた。
「フューリー?」
「気にするな。」
「でも。」
「話せ。」
「はい。」
僕は全員を見る。それから一度、深く息を吸った。
「最初に。」
声が思ったより乾いていた。
「今から話すことについて、先に伝えておきたいことがあります。」
誰も口を挟まない。
「僕は。」
そこで一度、言葉を切った。
「今から話すことを、前から知っていました。」
スタークさんの表情が僅かに変わった。
「前から?」
「はい。」
僕は頷く。
「僕が知っている、未来の知識。これまで皆さんにも何度か話してきた、未来の記憶の中にあった出来事です。」
僕の様子を見たスティーブさんは表情を引き締め、バーンズさんは、
「俺に関係することか。」
静かに聞いてきた。
「…………はい。」
隠さない。
「そして。」
僕はスタークさんを見る。
「スタークさんにも。」
「…………。」
スタークさんが僕を見返す。さっきまでの軽い雰囲気は、もう消えていた。
「クロオ、慎重に話せ。」
「分かってます。」
フューリーの言いたいことは、自分でも分かっているつもりだ。僕が今から言うことで、全部が壊れてしまう可能性だってある。
スタークさんの前へ。そして、スティーブさんとバーンズさん、二人とスタークさんの間に立つ。
「…………?」
スティーブさんが怪訝そうな顔をし、スタークさんも、
「何故そこに立つ?」
当然の質問にも答えられない。この後、何が起こるか、もう僕には分からない。未来と状況は違う。スタークさんも、スティーブさんも僕が知っている状況とは違う。
それでも、簡単に受け止められる話じゃない。
僕はスタークさんの目を真っ直ぐ見る。絶対に逸らさない。
「スタークさん。」
「何だ。」
喉が妙に乾く。
「スタークさんの、ご両親についてです。」
スタークさんの顔から、完全に表情が消える。
「僕の?」
「はい。………ハワード・スタークさんと、マリア・スタークさん。」
その名前を口にして、スタークさんの目が僅かに揺れた。
「二人は事故で亡くなったことになっています。」
「……なっている?」
スタークさんの低い声に、僕は頷く。
「事故ではありません。」
スティーブさんの視線が僕に刺さり、フューリーの顔が険しくなる。バーンズさんは動かなかった。
「ヒドラです。」
僕は続ける。
「スタークさんのご両親は、ヒドラによって殺害されました。」
スタークさんは何も言わない。
「そして。」
言わなければいけない。ここで止めたら、一番駄目だ。
「実行したのは、」
バーンズさんを見る。目が合った。
「ヒドラに洗脳されていた、」
それから、もう一度スタークさんを真っ直ぐ見る。
「バーンズさんです。」
部屋の空気が完全に凍った。
スティーブさんの顔から血の気が引く。
バーンズさんは目を閉じている。
フューリーさんも何も言わない。
そして、スタークさんは、何の反応もない。怖いくらいに。
「スタークさん。」
返事がない。
「…………。」
数秒。実際には、もっと短かったのかもしれない。でも、僕には、ひどく長く感じられた。
スタークさんが口を開いた。
「今。」
声が驚くほど静かだった。
「何て言った?」
聞こえていた。絶対に聞こえていたはずだ。それでも、スタークさんが聞き返すなら、僕は逃げずに答える。
「スタークさんのご両親を殺害したのは。」
僕はバーンズさんを指差さない。名前だけを口にする。
「ヒドラに洗脳されたバーンズさんです。」
スタークさんがゆっくり目を閉じた。
「…………。」
誰も声を出せない。
スタークさんは椅子に座ったまま、目を閉じている。
十秒。二十秒。それくらいだっただろうか。やがて、
「……そうか。」
スタークさんが呟く。
「そうか。」
もう一度。それから目を開いた。僕の背筋が凍った。怒っている。でも、今まで見てきたスタークさんの怒りとは、全然違う。
「トニー。」
スティーブさんが声をかけた、その瞬間、スタークさんの右手が動いた。
「っ!」
腕時計。普段身につけている端末が展開し、
――ガシャッ!!
一瞬で手の甲から手首を覆う装甲が形成され、中央の小型リパルサーが青白く発光する。その照準が真っ直ぐ、バーンズさんへ向けられた。
スティーブさんが動く……よりも先に、僕は前に出た。
――キィィィィン!!
リパルサーの光が強くなる。僕はスタークさんとバーンズさんの間へ立つ。真正面から、スタークさんから目を逸らさずに。
激情を抱えたスタークさんが僕を見る。僕も、決して目を逸らさない。
「退け。」
低い声だった。
「クロオ。」
もう一度。
「退け。」
「……すみません。」
スタークさんに、こんな形で真実を突きつけることになったこと、今まで黙っていたこと。
黙ったまま、これまで一緒にいたこと、全部に謝る。それでも、
「退きません。」
それでも僕は一歩も退けない。
スタークさんの顔が歪む。
その目が、今まで見たことがないほどの怒りを宿したまま、僕を睨みつけている。