日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです   作:ken4005

67 / 105
激情

 

凄まじい形相だった。

 

トニー・スタークが、僕――十文字黒雄を睨みつけている。

 

今まで何度も怒ったスタークさんを見てきた。戦闘中に怒鳴られたことも、僕が無茶をしたせいで本気で怒られたこともある。でも、

 

「…………。」

 

今のスタークさんは、それとはまるで違う。怒っている。間違いなく怒っている。けれど、その奥にあるのは、怒りだけじゃない。

 

混乱、悲しみ、憎しみ、そして、おそらく――裏切られたという感情。

 

それが全部混ざったような顔で、スタークさんは僕を見ていた。

 

「…………。」

 

僕は何も言えなかった。言い訳なんて、できるはずがない。するつもりもない。ただ、心底申し訳ないと思いながら。それでも、一歩も動かない。

 

今のスタークさんの前から、僕は退くつもりはなかった。

 

「クロオ。」

 

背後から、声が聞こえる。スティーブさんの声。そのさらに後ろには、ジェームズ・ブキャナン・バーンズさんがいる。

 

そして少し離れた場所には、フューリーさん。フューリーは片目を細めながら僕たちを見ていた。

 

誰一人、動かないし、誰一人、軽々しく声を出せない。

 

そんな空気の中、スタークさんが、低い声で言った。

 

「退け。」

 

僕は動かない。スタークさんの右腕、その手首に装着された腕時計型の装置は、既に展開されている。

 

リパルサーの青白い光が、僕の胸へ向けられていた。それでも、

 

「……クロオ、退け。」

 

「すみません。」

 

僕はスタークさんから目を逸らさずに答えた。

 

「退きません。」

 

スタークさんの顔が、さらに歪んだ。

 

ーーーーー

 

――少し前。

 

いつもの村で、僕は、光のエルから話を聞いていた。

 

「バーンズさんの治療が?」

 

「終わった。」

 

いつもの穏やかな声で、光のエルは頷いた。

 

「少なくとも、我々が行える範囲の処置は全て終えている。」

 

僕は無意識に息を吐いた。

 

ウィンター・ソルジャー。ジェームズ・ブキャナン・バーンズ。

 

第二次世界大戦中、スティーブさんの親友だった人であり、列車から転落し、死亡したと思われていた。けれど実際にはヒドラに回収され、人体実験を受け、左腕を失い、その後は機械の義手を与えられた。

 

洗脳、記憶の消去、再洗脳、冷凍保存、任務。

 

それを何十年も繰り返されてきた。

 

僕たちが助け出した後、光のエルの村で治療を続けていた。身体の傷だけじゃない。何度も破壊され、上書きされてきた精神と記憶。それを可能な限り元の状態へ戻すために。

 

「………記憶は?」

 

「かなり戻っている。だが、完全、とは言えない。失われた時間が長過ぎるし、断片的に欠落している部分もある。だが少なくとも、自分がジェームズ・ブキャナン・バーンズであること。スティーブ・ロジャースとの関係や第二次世界大戦までの記憶。その後、自分がヒドラに捕らえられてからの出来事についても、以前より遥かに整理できている。」

 

「そう、ですか。」

 

良かった。本当にそう思う。

 

スティーブさんに、ようやくちゃんと会わせられる。今までは、バーンズさん自身の精神状態が安定しておらず、記憶も混濁していた。突然、ウィンター・ソルジャーとしての、ヒドラの暗殺者としての面が表に出てくる可能性もあった。だから、スティーブさんは村へ来ることはあっても、直接長時間話すことは避けていた。

 

「じゃあ、スティーブさんと会わせても?」

 

「問題ないだろう。むしろ、今の彼には必要だと思う。」

 

良かった。本当に、そう思う。

 

それと同時に、僕自身、覚悟を決めなければならないことがある。笑みを消した僕を、光のエルが不思議そうに見てくる。

 

「クロオ?」

 

忘れていたわけじゃない、忘れられるはずもない。ただ、後回しにしていた。

 

バーンズさんが回復していなかったから、話せる状態ではなかったから、ヒドラとの戦いがあったから。

 

自称ウルトロン、ゾラウルトロンが現れたから。

 

…………色々なことが重なって、今すぐ伝える必要はない。そう自分に言い聞かせてきた。

 

でも、もう。その理由はなくなった。できれば、言いたくない。これを伝えたらどうなるのか。少なくとも、僕が知っている未来では、この事実が原因で、トニー・スターク、スティーブ・ロジャース、バッキー・バーンズ、この三人は、取り返しがつかないほどぶつかった。

 

でも、シビル・ウォーは起きていない。ソコヴィア協定もない。状況は、全然違う。

 

だから、だからこそ。

 

「僕が……。」

 

声が、少し震えた。

 

「クロオ、どうした? 大丈夫か?」

 

「僕が、話さないと。」

 

逃げるわけにはいかない。僕は、知っている。ずっと前から、全部を。

 

「…………。」

 

覚悟を決めて、端末を取り出した。最初はフューリーに、……あ、映像出しちゃった。

 

『………何だ。』

 

「フューリー。」

 

『その顔は何だ。』

 

いきなり言われた。

 

「え?」

 

『ろくでもない話をする時の、何かを抱えている時のお前の顔だ。』

 

ひどい。でも、否定できない。

 

「……お願いがあります。」

 

『聞くだけ聞く。』

 

「スタークさんと、スティーブさんを基地に呼んでください。」

 

『…………。』

 

フューリーの片目が僅かに細くなる。

 

「それと。」

 

僕は一度だけ息を吸った。

 

「バーンズさんも連れていきます。」

 

『…………。』

 

「四人で、話したいことがあります。」

 

フューリーさんはしばらく何も言わなかったけど、

 

『…………内容は?』

 

相談するか迷った。でも、

 

「その場で話します。」

 

『今言え。』

 

「駄目です。」

 

『何故だ?』

 

「それぞれ、別々に伝えていい話じゃないからです。」

 

『…………。』

 

フューリーの表情が険しくなった。当然だと思う。ただでさえ僕は、未来の記憶について色々知っている。その僕が、スタークさん、スティーブさん、バーンズさん、この三人を名指しして全員揃った場所でしか話せない、と言っている。嫌な予感しかしないだろう。

 

『十文字。』

 

「はい。」

 

『今度は何を抱え込んでいる?』

 

明らかに心配してくれているのに話せない。その事実に胸が痛み、目を伏せてしまう。それだけで、フューリーには十分だったらしい。

 

『分かった、手配する。』

 

「……ありがとうございます。」

 

通信が切れ、僕は端末を下ろす。

 

「はぁ……。」

 

大きく息を吐いた。本音を言えば、ものすごく逃げたい。でも、駄目だ。僕が言わないといけない。僕が、最初から知っていたんだから。

 

ーーーーー

 

――アベンジャーズ基地。

 

それから数時間後、用意された部屋には、僕を含めて五人が集まってくれた。

 

フューリー、スティーブさん、そして。

 

「バッキー……。」

 

スティーブさんが、入り口に立つバーンズさんを見て表情が変わった。

 

「…………。」

 

バーンズさんは、しばらく何も言わない。以前に見た時よりも明らかに表情が穏やかになっている。髪はまだ長いし、左腕の義手もそのまま。

 

けれど、目が違う。ウィンター・ソルジャーとして戦った時の、焦点が合っているようで合っていない目じゃない。ちゃんと、一人の人間として、スティーブさんを見ている。

 

「……久しぶりだな。」

 

低い声だったけど、その声に込められた思いを感じたスティーブさんが固まる。

 

「バッキー。」

 

「そう何度も呼ばなくても聞こえてる。」

 

「…………。」

 

「何だよ。」

 

「いや。」

 

スティーブさんが、小さく笑った。

 

「本当に戻ったんだなって。」

 

バーンズさんも、ほんの少しだけ口元を緩める。

 

「全部じゃない。」

 

「それでもいいさ。」

 

スティーブさんは迷うことなく近づいた。一瞬、バーンズさんが身構えてしまう。けれど、スティーブさんは、そのまま彼の肩を強く抱いた。

 

「おかえり、バッキー。」

 

「…………。」

 

バーンズさんは、数秒してから右手を上げて、スティーブさんの背中を軽く叩いた。

 

「……ただいま、でいいのか?」

 

「ああ。」

 

スティーブさんが笑った。

 

「ああ、それでいい。」

 

「…………。」

 

僕は少し離れたところからその光景を見ていた。

 

………本当なら、このまま終わってほしい。今日はバーンズさんが戻ったことを喜んで、皆で話をして、スティーブさんと昔話でもして、それで終わってほしい。

 

でも、

 

「さて。」

 

扉が開き、スタークさんが入ってくる。

 

「急に呼び出されたから何事かと思えば。」

 

室内を見回し、バーンズさんを見る。一瞬だけ、その表情が僅かに固くなる。ウィンター・ソルジャーの件を知っている以上、完全に無警戒というわけにはいかないのだろう。

 

だけど、

 

「話は聞いてる。」

 

スタークさんはバーンズさんを見る。

 

「治療が終わったそうだな。」

 

「ああ。」

 

「記憶も戻ったのか?」

 

「大部分はな。」

 

バーンズさんが答える。

 

「なら。」

 

スタークさんは軽く肩をすくめた。

 

「ひとまず、おめでとうと言っておこう。」

 

バーンズさんが少し意外そうな顔をした。

 

「……俺にか?」

 

「正確には二人にだ。」

 

スタークさんがスティーブさんを見る。

 

「七十年以上待ってた親友が帰ってきたんだろ?」

 

「ああ。」

 

スティーブさんは嬉しそうに頷いた。

 

「ありがとう、トニー。」

 

「どういたしまして。」

 

スタークさんはそう言ってから、僕を見てくる。

 

「で? 私が呼ばれた理由は? 感動の再会を祝え、というなら、今ので役目は果たしたと思うが。」

 

「スタークさん。」

 

「何だ。」

 

言え。覚悟を決めろ。ここまで来て逃げるな。

 

「少し。」

 

僕は自分の手を握る。

 

「座ってもらってもいいですか?」

 

僕の言葉を聞いて、スタークさんの眉が上がった。

 

「立ったままじゃ聞けない話か?」

 

「多分。」

 

何かを察してくれたのか、スタークさんは何も言わず、空いている椅子へ腰を下ろしてくれた。スティーブさんもバーンズさんも僕を見てくる。フューリーだけは、

 

「…………。」

 

ものすごく嫌そうな顔をしていた。

 

「フューリー?」

 

「気にするな。」

 

「でも。」

 

「話せ。」

 

「はい。」

 

僕は全員を見る。それから一度、深く息を吸った。

 

「最初に。」

 

声が思ったより乾いていた。

 

「今から話すことについて、先に伝えておきたいことがあります。」

 

誰も口を挟まない。

 

「僕は。」

 

そこで一度、言葉を切った。

 

「今から話すことを、前から知っていました。」

 

スタークさんの表情が僅かに変わった。

 

「前から?」

 

「はい。」

 

僕は頷く。

 

「僕が知っている、未来の知識。これまで皆さんにも何度か話してきた、未来の記憶の中にあった出来事です。」

 

僕の様子を見たスティーブさんは表情を引き締め、バーンズさんは、

 

「俺に関係することか。」

 

静かに聞いてきた。

 

「…………はい。」

 

隠さない。

 

「そして。」

 

僕はスタークさんを見る。

 

「スタークさんにも。」

 

「…………。」

 

スタークさんが僕を見返す。さっきまでの軽い雰囲気は、もう消えていた。

 

「クロオ、慎重に話せ。」

 

「分かってます。」

 

フューリーの言いたいことは、自分でも分かっているつもりだ。僕が今から言うことで、全部が壊れてしまう可能性だってある。

 

スタークさんの前へ。そして、スティーブさんとバーンズさん、二人とスタークさんの間に立つ。

 

「…………?」

 

スティーブさんが怪訝そうな顔をし、スタークさんも、

 

「何故そこに立つ?」

 

当然の質問にも答えられない。この後、何が起こるか、もう僕には分からない。未来と状況は違う。スタークさんも、スティーブさんも僕が知っている状況とは違う。

 

それでも、簡単に受け止められる話じゃない。

 

僕はスタークさんの目を真っ直ぐ見る。絶対に逸らさない。

 

「スタークさん。」

 

「何だ。」

 

喉が妙に乾く。

 

「スタークさんの、ご両親についてです。」

 

スタークさんの顔から、完全に表情が消える。

 

「僕の?」

 

「はい。………ハワード・スタークさんと、マリア・スタークさん。」

 

その名前を口にして、スタークさんの目が僅かに揺れた。

 

「二人は事故で亡くなったことになっています。」

 

「……なっている?」

 

スタークさんの低い声に、僕は頷く。

 

「事故ではありません。」

 

スティーブさんの視線が僕に刺さり、フューリーの顔が険しくなる。バーンズさんは動かなかった。

 

「ヒドラです。」

 

僕は続ける。

 

「スタークさんのご両親は、ヒドラによって殺害されました。」

 

スタークさんは何も言わない。

 

「そして。」

 

言わなければいけない。ここで止めたら、一番駄目だ。

 

「実行したのは、」

 

バーンズさんを見る。目が合った。

 

「ヒドラに洗脳されていた、」

 

それから、もう一度スタークさんを真っ直ぐ見る。

 

「バーンズさんです。」

 

部屋の空気が完全に凍った。

 

スティーブさんの顔から血の気が引く。

 

バーンズさんは目を閉じている。

 

フューリーも何も言わない。

 

そして、スタークさんは、何の反応もない。怖いくらいに。

 

「スタークさん。」

 

返事がない。

 

「…………。」

 

数秒。実際には、もっと短かったのかもしれない。でも、僕には、ひどく長く感じられた。

 

スタークさんが口を開いた。

 

「今。」

 

声が驚くほど静かだった。

 

「何て言った?」

 

聞こえていた。絶対に聞こえていたはずだ。それでも、スタークさんが聞き返すなら、僕は逃げずに答える。

 

「スタークさんのご両親を殺害したのは。」

 

僕はバーンズさんを指差さない。名前だけを口にする。

 

「ヒドラに洗脳されたバーンズさんです。」

 

スタークさんがゆっくり目を閉じた。

 

「…………。」

 

誰も声を出せない。

 

スタークさんは椅子に座ったまま、目を閉じている。

 

十秒。二十秒。それくらいだっただろうか。やがて、

 

「……そうか。」

 

スタークさんが呟く。

 

「そうか。」

 

もう一度。それから目を開いた。僕の背筋が凍った。怒っている。でも、今まで見てきたスタークさんの怒りとは、全然違う。

 

「トニー。」

 

スティーブさんが声をかけた、その瞬間、スタークさんの右手が動いた。

 

「っ!」

 

腕時計。普段身につけている端末が展開し、

 

――ガシャッ!!

 

一瞬で手の甲から手首を覆う装甲が形成され、中央の小型リパルサーが青白く発光する。その照準が真っ直ぐ、バーンズさんへ向けられた。

 

スティーブさんが動く……よりも先に、僕は前に出た。

 

――キィィィィン!!

 

リパルサーの光が強くなる。僕はスタークさんとバーンズさんの間へ立つ。真正面から、スタークさんから目を逸らさずに。

 

激情を抱えたスタークさんが僕を見る。僕も、決して目を逸らさない。

 

「退け。」

 

低い声だった。

 

「クロオ。」

 

もう一度。

 

「退け。」

 

「……すみません。」

 

スタークさんに、こんな形で真実を突きつけることになったこと、今まで黙っていたこと。

 

黙ったまま、これまで一緒にいたこと、全部に謝る。それでも、

 

「退きません。」

 

それでも僕は一歩も退けない。

 

スタークさんの顔が歪む。

 

その目が、今まで見たことがないほどの怒りを宿したまま、僕を睨みつけている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。