日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです   作:ken4005

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大人

 

スタークさんの顔が、怒りに歪んでいる。

 

青白く輝くリパルサーは、今も僕に真っ直ぐ向けられている。撃たれればどうなるか、そんなことは考えるまでもない。それでも、僕は動かなかった。

 

「クロオ。」

 

噛み締めるように僕の名前が呼ばれる。

 

「そこを退け。」

 

「できません。」

 

「退け!!」

 

怒声が部屋に響くが、僕は動かず、後ろにいるバーンズさんを庇うように立ったまま、スタークさんを見る。

 

「スタークさ――」

 

「私の父と母だぞ。」

 

声が震えていた。今まで知らなかった事実を、突然突きつけられた苦しみが、滲み出ている気がする。

 

「私の父と母を、そいつが殺した。……事故だと思っていた。ずっとだ。何十年も……!」

 

スタークさんの腕が震え、それに合わせるように、リパルサーの光が揺れた。

 

「それが違った。殺された。ヒドラに。そして、そいつに!」

 

「……はい。」

 

「なら退け。父と母の仇を取らせろ。」

 

「駄目です。」

 

考えるより先に、言葉が出てしまった。

 

「……何?」

 

「……駄目です。」

 

もう一度、はっきり言う。

 

「スタークさんに、復讐はさせません。」

 

「君に何が分かる!!」

 

怒鳴られた。身体が僅かに震えてしまうが、それでも、退かない。

 

「君みたいな子供に何が分かる! 目の前に両親を殺した男がいる! 何十年も事故だと思わされていた! それを今になって、ずっと知っていた君から聞かされた!」

 

当然、胸が痛んだ。スタークさんの怒りは当然のものだ。僕に対しても、バーンズさんに対しても、ヒドラに対しても、何もかもに怒って当然なんだ。

 

「……分かります。」

 

スタークさんの表情が止まった。

 

「……何?」

 

「分かります。復讐したいっていう気持ちも。殺した相手を許せないっていう気持ちも。そして、殺してしまった後に、どうなるのかも。」

 

「クロオ……?」

 

スティーブさんが、背後から僕の名前を呼ぶけど、僕は振り返らない。今は、スタークさんだけを見る。

 

「僕は、」

 

一度、息を吸った。

 

「自分の祖父母を殺した未確認生命体を見つけ出して、殴り殺しました。」

 

スタークさんの表情から、一瞬だけ怒りが消えた。

 

フューリーも、スティーブさんも、バーンズさんも、目を見開く。

 

「……何だって?」

 

スタークさんが、呆然としたように聞き返してきた。

 

「僕の祖父母は、未確認生命体に殺されました。」

 

当時のことは、今でも覚えている。忘れたことなんて、一度もない。

 

「僕は、その未確認生命体を探し出しました。そして……殺しました。」

 

自分の声が、妙に遠く聞こえる。

 

「戦ったとか、倒したとか。そんな綺麗な言い方じゃありません。」

 

僕は、自分の両手を見る。

 

「怒りに任せて、殴り殺しました。」

 

「…………。」

 

「それに、そいつだけじゃありません。」

 

自分の手を見つめたまま、続ける。

 

「何度、未確認生命体を怒りに任せて殴ったか、もう覚えてません。」

 

誰も何も言わない。

 

「許せなかったから。人を殺し、楽しそうにしている奴らが許せなかったから。僕の大切な人たちを奪った奴が許せなかったから、」

 

握った拳が震えた。

 

「だから、殴りました。そして、殺しました。」

 

スタークさんの腕が、僅かに下がった。リパルサーは、まだ僕へ向けられているけれど、その目から先ほどまでの激情が少しだけ薄れていた。

 

僕は自分の手を見ながら、小さく息を吐く。

 

「……僕は、やっぱりずるいです。」

 

「……何がだ?」

 

スタークさんが低く聞いてくる。

 

「今、この話をしたことです。」

 

僕は顔を上げた。

 

「これを言えば、スタークさんが復讐に走らないんじゃないかって。自分のことを話せば、スタークさんが止まってくれるんじゃないかって。……分かった上で、喋ってます。」

 

スタークさんの眉が僅かに動いた。

 

「それは、……本当にずるいな。」

 

「はい、ずるいです。それでも、復讐って最悪な気分になるものなんです。殺した瞬間に、全部すっきりするとか。これで終わったって思えるとか。そんなこと、ありません。」

 

少なくとも、僕はそうだった。

 

「今でも思います。」

 

言葉が、次々と口から出てくる。

 

「真魚と一緒にいる時も。村の子供たちと遊んでる時も。みんなが笑ってるのを見てる時も。」

 

自分の手を見る。この手で、どれだけ殴ったのか、どれだけ傷つけたのか、……どれだけの命を奪ったのか。

 

「こんな僕が、みんなと一緒にいていいのかなって。」

 

「クロオ。」

 

スティーブさんの心配するような声が聞こえる。でも、止まれなかった。

 

「だって、そうじゃないですか。」

 

自分でも、何を言っているのか分からなくなってくる。

 

「アベンジャーズって、復讐者って意味でしょう?」

 

スタークさんが黙ったまま僕を見る。

 

「だったら。」

 

少しだけ笑った。上手く笑えている自信はないけど。

 

「僕以上に、その名前が似合う人間なんていないんじゃないかって、思う時だってあります。」

 

「…………。」

 

「僕は大切な人を殺されて、怒って、相手を探して、見つけて、殺しました。」

 

声が震える。

 

「だから……だから、」

 

何を言っているんだろう。本当に、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

「……何言ってるんでしょうね、僕。」

 

思わず、そんな言葉が漏れた。

 

「だんだん、自分でも何を言ってるのか分からなくなってきました。」

 

「…………。」

 

「でも。」

 

これだけは絶対に伝えないと。

 

「これだけは言えます。」

 

スタークさんを真っ直ぐ見る。

 

「これから先、スタークさんが幸せに生きるために、」

 

一歩も退かない。

 

「僕は、ここでスタークさんに復讐をさせたくありません。」

 

言い切った。

 

「…………。」

 

気づけば、息が上がっていた。まるで戦った後みたいに、胸が上下している。自分でも驚くくらい、まくし立てていたらしい。スタークさんは、

 

「…………。」

 

何も言わなかった。僕を見て、何かを言おうとして、

 

「……。」

 

口を開く。けれど、閉じる。もう一度、口を開いて、また閉じた。

 

何度かそれを繰り返して、結局、何も言わなかった。そして、

 

――ガシャン。

 

展開されていた装甲が収納され、リパルサーの光が消える。

 

僕は、それを見て僅かに肩の力を抜いた。

 

「……出ていけ。」

 

スタークさんが呟いた。

 

「スタークさん。」

 

「出ていけ。」

 

怒鳴ってはいないけれど、さっきまでより、ずっと苦しそうな声だった。

 

「今は。」

 

スタークさんが僕を見る。

 

「今の私に、その顔を見せるな。……君も、ロジャースも、……バーンズも。」

 

バーンズさんの名前を口にした瞬間、スタークさんの顔がまた歪んだ。

 

「全員、出ていけ。」

 

「トニー。」

 

スティーブさんが一歩出ようとする。

 

「出ていけと言ってる!!」

 

スタークさんが怒鳴って、スティーブさんの足が止まる。バーンズさんは何も言わない。ただスタークさんを見ているその顔に、反発はなかった。

 

むしろ、自分がここにいること自体が、スタークさんを苦しめている。そう理解しているような顔だった。

 

「……分かった。」

 

バーンズさんが先に言った。

 

「バッキー。」

 

「行こう、スティーブ。」

 

「だが。」

 

「ロジャース。」

 

フューリーさんが静かに言った。

 

「スタークの言う通りにしろ。」

 

スティーブさんはしばらくスタークさんを見て、それから僕を見た。最後にバーンズさんを見て、

 

「……分かった。」

 

小さく頷き、バーンズさんが部屋から出て、スティーブさんも、その後を追った。……僕は、動けなかった。

 

スタークさんを一人にしていいのか。今のスタークさんを。

 

「十文字。」

 

「…………。」

 

「お前も出ろ。」

 

迷っていると、フューリーに声をかけられた。

 

「でも、フューリー。」

 

「出ろ。……今のお前がここに残っても、スタークは休めん。」

 

言い返せなかった。スタークさんは、もう僕を見ていない。

 

「……すみません。……失礼します。」

 

それだけ言って、僕は扉へ向かう。ものすごく後ろ髪を引かれる。それでも、振り返らず、部屋から出た。

 

ーーーーー

 

部屋には、二人だけが残った。

 

トニー・スタークと、ニック・フューリー。

 

「…………。」

 

スタークはその場に立ったままだったが、やがて、力が抜けたように椅子へ腰を下ろす。

 

「……お前も出ていけ。」

 

「断る。」

 

フューリーは即答した。

 

「今は一人にしてくれ。」

 

「それも断る。」

 

スタークが睨むが、フューリーは気にする様子もなく、向かいの椅子へ腰を下ろした。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

沈黙が流れる。スタークはやがて両手を上げ、

 

「……くそ。」

 

そのまま顔を覆った。フューリーは、そんなスタークをしばらく黙って見ていた。そして、

 

「はぁ……。」

 

大きなため息を吐く。

 

「相変わらずだな、あいつは。」

 

スタークは顔を覆ったまま動かず、フューリーは閉じた扉を見る。

 

「とんでもなく重いものを抱え込んでやがる。」

 

「…………。」

 

「自分が十五、六の頃にやったことを、今でも背負ってる。」

 

スタークの指が僅かに動く。

 

「何人救ったかじゃない。何度世界を守ったかでもない。自分が怒りに任せて誰かを殺したことを、ずっと忘れずにいる。」

 

「…………。」

 

「そのくせ。」

 

フューリーは再びため息を吐く。

 

「他人には幸せに生きろと抜かしやがる。」

 

長い沈黙の後、

 

「……フューリー。」

 

「何だ。」

 

「僕は、」

 

スタークが顔を覆ったまま聞いた。

 

「どうするべきなんだ?」

 

いつもの皮肉も、強引さも消えている。そんなスタークを見て、フューリーは片目を僅かに伏せながら、

 

「……何と言ってほしいんだ。」

 

スタークの手が止まる。

 

「バーンズを許せ、と言えばいいのか。」

 

「…………。」

 

「復讐しろと言ってほしいのか。」

 

「…………。」

 

「洗脳されていたんだから仕方がないとでも言えばいいのか。それとも、実行したのはあいつなんだから憎んで当然だとでも言えばいいのか。」

 

スタークは答えない。

 

「お前は俺に、何と言ってほしい。」

 

「知るか。」

 

スタークは、顔を覆ったまま吐き捨てる。

 

「そんなこと、僕自身だって分からない。……父と母を殺したのはあいつだ。」

 

声が震える。

 

「だが、洗脳されていた。」

 

「そうだな。」

 

「ヒドラに命令された。」

 

「ああ。」

 

「それでも、」

 

スタークの手が強く握られる。

 

「あいつの手で殺された。」

 

「……そうらしいな。」

 

「それを、クロオは知っていた。」

 

「…………。」

 

「ずっとだ。」

 

スタークの声が掠れる。

 

「何年も私の隣にいて、何度も一緒に戦って、家にも来た。飯も食ったし、くだらない話もした。」

 

「…………。」

 

「それでも、あいつは知っていた。」

 

フューリーは否定しなかった。

 

「……だが。」

 

スタークが続ける。

 

「だが、あいつが黙っていた理由も、分かってしまう。」

 

「…………。」

 

「こんなもの。」

 

顔を覆う手に力が入る。

 

「いつ言えっていうんだ。」

 

また、長い沈黙が落ちた。やがてフューリーが椅子の背もたれへ身体を預け、

 

「スターク。」

 

「何だ。」

 

「酒でも飲むか?」

 

「…………。」

 

スタークの手が、ゆっくり顔から離れた。目元には疲労が浮かんでいる。怒りも、悲しみも、混乱も、何一つ解決していない。それでも、

 

「……そうだな。」

 

スタークは大きく息を吐いた。

 

「それなら。」

 

椅子へ深く身体を沈める。

 

「付き合ってくれ。」

 

「ああ。」

 

フューリーが頷いた。

 

「今日は付き合ってやる。」

 

もう一度、深く、長い息を吐いた。

 

ーーーーー

 

――その日の夜。

 

僕は、一条さんと並んで、スタークさんの自宅の前に立っていた。

 

一条さんに、今日あったことを全部話した。バーンズさんの治療が終わり、スティーブさんと再会したこと。そして、スタークさんの両親について、僕が知っていたことを全て話したこと。

 

スタークさんが怒り、僕がその前に立ったこと。

 

祖父母を殺した未確認生命体を、自分が怒りに任せて殴り殺したことまで話したこと。

 

全部。

 

一条さんは途中で一度も、僕の話を遮らなかった。ただ静かに聞いてくれていた。そして、話し終わった後は、しばらく、何も言わなかった。

 

すると、フューリーから連絡が入った。

 

『二人でスタークの家へ来い。』

 

それだけだった。

 

「一条さん。」

 

「うん?」

 

「……何て言えば……いいんでしょう?」

 

僕の問いに、一条さんは数秒考えてから、

 

「分からない。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

二人で黙るしかなかった。今回の件に、まともな助言なんてある訳がない。

 

「正直俺も、スタークさんに、どういう言葉をかければいいのか分からない。」

 

「…………。」

 

「謝れば済む話でもない。バーンズさんを許してほしい、と第三者の俺が言うことでもない。」

 

「はい。」

 

「だから、」

 

一条さんが僕を見る。

 

「変に答えを決めてから入る必要はない、と思う。」

 

「……そうですね。」

 

「まずは、話を聞こう。」

 

「はい。」

 

僕は一度、大きく息を吸った。そしてその時、玄関の扉が開いた。

 

「あ。」

 

出てきたのは、ペッパーさんだった。一条さんが頭を下げる。

 

「遅い時間にすみません。」

 

「いいのよ。呼んだのはトニーなんだから。」

 

ペッパーさんは一条さんに笑いかけ、それから僕を見る。

 

「クロオ。」

 

「……はい。」

 

少し身構えてしまった。今日のことをどこまで聞いているのだろう。全部聞いているのだろうか?

 

「中でトニーとフューリーが待ってるわ。」

 

「はい。」

 

「それと、私、今日は帰ってこないから。」

 

「え?」

 

「ホテルに泊まるわ。」

 

僕と一条さんが揃って目を瞬いた。ペッパーさんは少しだけ苦笑しながら、

 

「だから、ゆっくり話し合って。」

 

「…………。」

 

「トニーも、そのつもりだから。」

 

僕は、何と答えればいいのか迷ったけれど、

 

「……ありがとうございます。」

 

結局、それだけしか言えなかった。ペッパーさんは僕の肩を軽く叩いた。

 

「大丈夫。」

 

そして、そのまま車の方へ歩いていく。僕と一条さんは、その後ろ姿を見送った。

 

「……行こうか。」

 

「はい。」

 

僕たちは家の中へ入った。

 

ーーーーー

 

リビングへ入って最初に目に入ったのは。

 

「…………。」

 

お酒だった。正確には、酒瓶。一本や二本じゃない。テーブルの上に、いくつかのボトルとグラスが並べられている。その向こうに、

 

「来たか。」

 

スタークさんがいた。隣にはフューリーもいる。二人とも既にグラスを持っている。

 

「スタークさん……。」

 

僕が声をかけると。

 

「座れ。」

 

声は落ち着いている。昼間のような激情はない。だからこそ、逆に緊張する。一条さんと一緒にソファへ座る。

 

「スタークさん。」

 

もう一度、声をかけた。すると、

 

「その呼び方はやめろ。」

 

「…………。」

 

ヒュッと息を吸ってしまい、胸が痛む。やっぱり今日のことで僕とスタークさんの関係は、

 

「……分かりました。」

 

自分でも分かるくらい、声が沈んだ。

 

「すみま――」

 

「これからはトニーと呼べ。」

 

「…………。」

 

思わず、僕は顔を上げる。

 

「え?」

 

スタークさんが面倒そうな顔をする。

 

「何だ、その顔は。」

 

「いえ。」

 

「聞こえなかったか?」

 

「聞こえました。」

 

けれど、頭の整理が追いつかない。

 

「……トニーさん?」

 

試しに呼んでみる。スタークさん――トニーさんは少し考えて、

 

「まあ。」

 

グラスを軽く揺らした。

 

「それでいいか。」

 

何だろう。まだ全然、意味が分からない。横を見ると、一条さんも僅かに目を丸くしている。フューリーは、

 

「…………。」

 

知っていたような顔をしている。

 

「それから。」

 

トニーさんがテーブルの上にあるボトルを持った。

 

「飲め。」

 

「……僕がですか?」

 

「他に誰がいる。」

 

「一条さん。」

 

「そっちにも出す。」

 

「フューリー。」

 

「もう飲んでるだろ。」

 

「ですよね。」

 

逃げ道が消えた。トニーさんが僕を見る。

 

「酒は飲んだことがあるのか?」

 

「あります。」

 

「ほう。」

 

「二十歳になった日に、一条さんと。普段はほとんど飲みません。」

 

トニーさんが一条さんを見て、一条さんが少し気まずそうな顔をする。

 

「保護者として、酒の飲み方は教えた方が良いと思いまして。」

 

「誰もそこは聞いてない。」

 

トニーさんが僕の前にグラスを置く。

 

「それなら、私の酒も飲め。」

 

琥珀色の液体が注がれる。明らかに強そうだ。僕は困って、一条さんを見る。

 

「…………。」

 

一条さんは何も言わない。

 

フューリーを見る。

 

「…………。」

 

何も言わないし、助けてくれる気もないらしい。

 

「……分かりました。」

 

グラスを受け取る。香りを嗅いだだけで強いと分かるお酒に、恐る恐る口をつける。

 

「っ……!」

 

喉が焼け、思わず顔をしかめてしまう。それでも、ちゃんと一口飲み込む。

 

「強……。」

 

「当然だ。」

 

トニーさんも同じボトルから自分のグラスへ注いだ。そして、一口。僕と同じ酒を飲んだ。

 

「よし。」

 

「?」

 

「これで。」

 

トニーさんが僕を見る。

 

「僕たちは、大人同士の友人だ。」

 

何を言われたのかよく分からなかった。

 

「大人同士の……?」

 

「友人だ。」

 

トニーさんが繰り返し、僕は手の中のグラスを見る。

 

「何だ、不満か?」

 

「違います。」

 

慌てて首を振った。

 

「全然、違います。」

 

むしろ、胸の奥が熱くなった。トニーさんはそんな僕を見ると、

 

「大人というのはな、」

 

静かに続けた。

 

「互いに隠し事をする。」

 

「…………。」

 

「全部を話すわけじゃない。常に本音で向き合えるわけでもない。」

 

僕は黙って聞く。

 

「友人だろうが、家族だろうが、それは同じだ。」

 

トニーさんがグラスの中の酒を見る。

 

「言えないこともある。言うべき時を逃すこともある。言えば相手を傷つけると分かっていて、黙ってしまうこともある。」

 

今度は胸が締めつけられる。

 

「だが、」

 

トニーさんがグラスを軽く持ち上げる。

 

「酒の席じゃ、普段隠している胸の内を明かすことも多い。」

 

そこで僕を見る。一条さんを見る。フューリーを見る。

 

「そして今は、酒の席だ。」

 

「…………。」

 

「だから、本音を言おう。」

 

僕の身体が僅かに強張った。トニーさんが一口飲む。それから、真っ直ぐ僕を見る。

 

「僕は、まだバーンズを許せない。……頭では分かっている。」

 

トニーさんが続ける。

 

「洗脳されていた。本人の意思じゃない。ヒドラに人生を奪われ、何十年も兵器として扱われていた。……全部、分かっている。」

 

グラスを握る指に力が入り、

 

「それでも。」

 

声が僅かに震えている。

 

「父と母を殺したのが、あいつの手だったという事実を、今すぐ受け入れろと言われても無理だ。」

 

トニーさんが小さく息を吐く。

 

「しばらく顔を見たくない。」

 

「……はい。」

 

「話したくもないかもしれない。」

 

「はい。」

 

「それから。」

 

視線が僕へ向く。

 

「君にも怒っている。」

 

僕は目を伏せた。

 

「……はい。」

 

「ずっと知ってて、僕に言わなかった。」

 

「……はい。」

 

「今日まで。」

 

「………………はい。」

 

言い訳はしない。

 

「すみません。」

 

「謝れば済む話じゃない。だから謝るな。」

 

僕は口を閉じ、トニーさんがもう一口、酒を飲む。

 

「ただ。」

 

声が少し変わって、

 

「僕は、自分自身にも腹が立っている。」

 

「……トニーさんが?」

 

「ああ。」

 

トニーさんが鼻で笑う。

 

「情けないと思っている。」

 

「どうしてですか?」

 

トニーさんは僕を見た。

 

「今日、君にあんな顔をさせた。」

 

「…………。」

 

「両親を殺されたことを知った僕が、怒って、我を失って。」

 

自嘲するように笑う。

 

「二十歳そこそこの君に止められた。」

 

「それは。」

 

「しかも。」

 

言葉を重ねられる。

 

「止めるために、君自身が一番触れたくないであろう傷まで晒させた。」

 

「…………。」

 

「それを聞いて、やっと僕は止まった。」

 

トニーさんの表情が歪む。

 

「情けないだろ。」

 

「違います。」

 

「違わない。」

 

即答だった。

 

「僕は君よりずっと年上だ。」

 

「でも。」

 

「黙って聞け。」

 

「……はい。」

 

トニーさんがグラスをテーブルへ置く。

 

「だから。」

 

少し姿勢を正す。

 

「この酒の席は、僕自身を納得させるためのものでもある。」

 

「納得?」

 

「ああ。」

 

トニーさんが僕のグラスを見る。

 

「君は僕と酒を飲んだ。」

 

「はい。」

 

「だから。」

 

僕を見る。

 

「君はもう大人だ。……少なくとも、僕にとってはな。」

 

「トニーさん……。」

 

「これからは必要以上に君を心配しない。」

 

「え。」

 

思わず声が出た。

 

「それはちょっと。」

 

「何だ。」

 

今度は僕が困ってしまう。

 

「急にそれは。」

 

「安心しろ。」

 

トニーさんが口元を歪める。

 

「必要以上には、だ。」

 

「…………。」

 

「必要な分は心配する。」

 

「……はい。」

 

「死にかけたら怒るし、無茶をしたら説教する。」

 

「はい。」

 

「連絡を怠ったら追跡もする。」

 

「それはどうなんですか?」

 

「大人同士の友情だ。」

 

「違う気がします。」

 

一条さんが、ほんの少し笑い、フューリーも口元を緩めている。

 

そして、トニーさんは、もう一度真剣な顔に戻った。

 

「君を一人の大人として扱う。」

 

「…………。」

 

「今日、君は僕を信じて話した。何年も言えなかったことを。」

 

「…………。」

 

「僕がどうなるか分からないのに、それでも話した。なら、」

 

トニーさんが静かに言う。

 

「僕は、君の選択を信じる。」

 

「…………。」

 

「そして、納得する。」

 

完全に、という意味じゃないことくらい分かる。今日のことを全部許すとか、バーンズさんへの気持ちが消えるとか、そういうことじゃない。それでも、トニーさんは今、自分で前に進もうとしている。

 

「君が見た未来では、この辺りで、アベンジャーズは分裂していたんだろ?」

 

僕は頷く。

 

「大方、僕とロジャースが殴り合って、バーンズとも戦ったのかな?」

 

「……はい。」

 

「救いようがないな。」

 

トニーさんが真っ直ぐ僕を見た。

 

「そんなことにはさせない。」

 

「…………。」

 

「まあ。……僕はバーンズを今すぐは許せない。」

 

「はい。」

 

「ロジャースとも、そのことで話し合う必要がある。」

 

「はい。」

 

「君にも、まだ言いたいことは山ほどある。」

 

「はい。」

 

「だが、」

 

そこで、トニーさんの目が変わった。いつもの。僕が何度も見てきた、トニー・スタークの目だった。

 

「アベンジャーズは分裂させない。それから、クロオ。」

 

「はい。」

 

「もう絶対に、」

 

トニーさんは、はっきりと言った。

 

「君を一人で戦わせたりなんかしないからな。」

 

何を言われたのか理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。理解したら、

 

「…………っ。」

 

駄目だ。

 

「黒雄、大丈夫か?」

 

一条さんの声が聞こえるけど、駄目だ。視界が滲む。自分でも驚くくらい突然、涙が出た。

 

「おい。」

 

トニーさんが困惑する。

 

「ちょっと待て。」

 

「すみ……ません。」

 

「何で泣く。」

 

「分かりません。」

 

本当に分からない。でも、涙が止まらない。一条さんが隣から軽く背中を叩いてくれる。

 

「大丈夫だ。」

 

「はい……。」

 

トニーさんが眉間を押さえる。

 

「まったく。もう大人なんだから、人前でそう簡単に泣くな。」

 

「……誰のせいですか。」

 

「僕か?」

 

「トニーさんです。」

 

「そうか。……なら仕方ない。」

 

「仕方ないんですか。」

 

「今日は特別だ。」

 

トニーさんが、ほんの少しだけ笑ってくれた。僕も泣きながら少し笑い返せた。

 

「スタークさん。」

 

一条さんが口を開いた。

 

「ん?」

 

一条さんは姿勢を正す。警察官ではなく、僕の保護者としての顔だ。

 

「今回、黒雄があなたに対して行ったことは、謝罪したから許されることではないと思っています。」

 

僕は黙って聞く。

 

「長い間、あなたにとって非常に重要な事実を知りながら、それを伝えなかった。」

 

トニーさんも何も言わない。

 

「それが正しかったのかどうかは、俺にも分かりません。そして、俺自身、あなたに何と声をかければいいのか、今でも分かりません。」

 

正直な言葉だった。

 

「バーンズさんを許してください、と言える立場ではない。」

 

「…………。」

 

「黒雄を許してください、とお願いすることも違うと思っています。」

 

「…………。」

 

「それでも。」

 

一条さんが深く頭を下げた。

 

「黒雄に対して、あなた自身が、大人として向き合ってくれたことに、俺は、深く感謝しています。」

 

「…………。」

 

「ありがとうございます。」

 

トニーさんは明らかに困っていた。というより、照れている。

 

「やめろ。」

 

「ですが。」

 

「やめてくれ。」

 

あ、顔を逸らした。

 

「そういう真正面からの礼は苦手なんだ。」

 

「そうですか。」

 

「そうだ。」

 

それから、少し間を置いて。いつものように、少しだけ、おちゃらけた表情を作って、

 

「まあ。」

 

トニーさんは胸を張る。

 

「当然だ。僕は大人だからな。」

 

僕が吹き出しそうになる。一条さんも僅かに笑う。そして、

 

「そうだな。」

 

フューリーが笑っている。珍しく、本当に楽しそうに。

 

「お前は大人だよ。」

 

「何だ、その言い方は。」

 

「褒めてる。」

 

「絶対違う。」

 

「褒めてるさ。」

 

「信用できん。」

 

「俺と何年付き合ってる。」

 

「だから信用できないと言ってる。」

 

「確かにな。」

 

「納得するな。」

 

僕は涙を拭きながら、そのやり取りを見ていた。少しだけ、本当に少しだけ、今日の朝までの空気が戻ってきた気がした。

 

ーーーーー

 

それから、四人で、本当に酒盛りが始まった。

 

と言っても、

 

「クロオ。」

 

「はい。」

 

「それ、ゆっくり飲め。」

 

「分かってます。」

 

「お前は酔ったらどうなる。」

 

「知りません。」

 

「一条。」

 

「初めて飲んだ時は普通でした。」

 

「なんだ。つまらんな。」

 

「何を期待してるんですか。」

 

そんな話をしながら。少しずつ、今日あったこととは関係のない話も増えていった。大学のこと、一条さんの仕事のこと、フューリーが各国との交渉でどれだけ嫌われているかという話。本人は否定していたけれど、たぶん本当だと思う。そして、

 

「そういえば。」

 

トニーさんがグラスを置いた。

 

「クロオ。」

 

「はい。」

 

「ピーターのことだ。」

 

僕の意識が一気にそちらへ向く。

 

「ピーターがどうかしました?」

 

「いや。」

 

トニーさんは少し考える。

 

「今日、色々あって、色々考えた。」

 

「何をですか?」

 

「僕はこれから、君ではなく、ピーターをしっかり見ていこうと思う。」

 

僕が固まる中、トニーさんは続けた。

 

「誤解するな。君を見捨てるとか、そういう話じゃない。」

 

「分かってます。」

 

「君はもう大人だ。」

 

「今日、急に大人になりましたね、僕。」

 

「僕と酒を飲んだからな。」

 

「そんな成人式みたいな。」

 

「スターク式だ。」

 

「嫌な成人式ですね。」

 

「話を戻すぞ。」

 

「はい。」

 

トニーさんは少し真剣な顔になる。

 

「ピーターには才能がある。」

 

僕は頷く。

 

「はい。」

 

「頭もいいし、身体能力も高い。性格も、」

 

トニーさんが少し嫌そうな顔をする。

 

「恐ろしく人助け向きだ。」

 

「すごく分かります。」

 

「問題は、」

 

「無茶をする所ですね。」

 

「君が言うな。」

 

「…………。」

 

「本当に君が言うな。」

 

「二回言わなくても。」

 

「重要だから二回言った。」

 

フューリーが酒を飲みながら、

 

「俺も同意する。」

 

「フューリーまで。」

 

一条さんは何も言わない。でも目が、

 

「一条さん。」

 

「何だ?」

 

「その顔は何ですか。」

 

「いや。」

 

「絶対同意してますよね。」

 

「スタークさんの話の続きを聞こう。」

 

逃げられた。トニーさんが鼻で笑ってくる。

 

「ともかく。ピーターは、きちんと導けば、いずれ、この地球を守れる人間になれる。」

 

僕の顔が自然と綻んだ。

 

「はい。」

 

知っている。ピーター・パーカーという人が、どれだけ多くの人を救える人なのかを。

 

「だから。僕がちゃんと見てやりたい。」

 

「はい。」

 

「装備だけ渡して好きにさせるつもりはない。」

 

「はい。」

 

「学校へ行かせ、寝かせる。」

 

「重要です。」

 

「危険な事件には勝手に突っ込ませない。」

 

「すごく重要です。」

 

「これは、君もだぞ。」

 

「何で僕まで。」

 

「ついでだ。」

 

「ついでで管理されるんですか?」

 

「大人同士の友情だ。」

 

「その言葉、便利に使ってません?」

 

「気のせいだ。……クロオ。」

 

「はい。」

 

「君も、歳の近い先輩としてピーターを助けてやれ。」

 

僕は迷うことなく頷いた。

 

「はい。」

 

ピーターを、スパイダーマンを、一人にしないために。

 

「任せてください。」

 

僕がそう答えるとトニーさんは満足そうに頷いた。

 

ーーーーー

 

――同時刻。

 

アベンジャーズ基地。

 

「…………。」

 

スコット・ラングは廊下に立っていた。隣にはサム・ウィルソン。

 

「なあ。」

 

「何だ。」

 

「俺、今日、アベンジャーズに紹介されるって聞いてたんだけど、」

 

サムは黙り、スコットはなおも続ける。

 

「結構緊張して来たんだぞ。挨拶も考えた。」

 

「…………。」

 

「キャプテン・アメリカもいるんだろ?」

 

「……今じゃない。」

 

「え?」

 

サムがスコットを見る。

 

「空気を読め。」

 

「…………。」

 

スコットが固まった。

 

「いや、俺を連れてきたの、あなたですよね?」

 

「そうだ。」

 

「あなたが、今日来いって。」

 

「言った。」

 

「紹介するって。」

 

「言った。」

 

「じゃあ何で俺が怒られてるんですか!?」

 

「タイミングが悪かったんだ。」

 

「俺のせいじゃないだろ!!」

 

スコットの叫びが夜のアベンジャーズ基地に響き渡った。

 

ーーーーー

 

なお、スコットはピム博士に指示され、ある装置を取りにアベンジャーズ基地まで来たのだが、闇の力によって聖域化されていたため、侵入できなかった。

 

困っている所に闇の力が現れ、確保されるスコット。闇の力が火のエルに報告すると、火のエルは、

 

『ああ、アントマンってこの時期か。』

 

という反応を返し、色々と便利だから仲間に誘っといて、とだけ伝えた。サムは、闇の力とスコットが話し合っているタイミングで基地からやってきたが、闇の力にタメ口で話しているスコットを見て、最初は本気で警戒していた。

 

そして、まさかの闇の力自らがスコットに協力。

 

最終的に、スコット、ハンク、ホープに加え、ダレンも闇の力の前で正座する運びとなり、アントマン、ワスプ、イエロージャケットが仲間に加わり、ピム粒子も安定して手に入るようになったとさ。

 

ーーーーー

 

「なんでスコットさんに、そんなに親身だったんですか?」

 

黒雄が尋ねると、

 

「彼は等身大の、非常に人間味溢れる人物で、好感が持てた。」

 

「…………普通だった、ってことですか?」

 

「そうとも言うな。」

 

……アントマン編、完!!

 

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