日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
エンシェント・ワンが、軽く腕を振ると、何もなかったはずの空間に、いつの間にか人数分のソファと大きなテーブルが現れる。さらに、そのテーブルの上には人数分のカップとティーポットまで用意され、湯気の立つ紅茶まで注がれていた。
「…………。」
僕は思わず目を瞬かせた。今、どこから出てきた?いや、魔術なんだから何でもありなのかもしれないけど、それにしたって自然すぎる。
「どうぞ。」
エンシェント・ワンは、まるで最初からそこに家具があったかのように手でソファを示した。
「立ったままでは、落ち着いて話もできませんから。」
「そういうの、毎回やるよな。」
火のエルは特に驚いた様子もなく、さっさと近くのソファへ腰を下ろした。どうやら慣れているらしい。
一方、僕たちはそうもいかない。
ピーターは目の前に突然出現したソファとテーブルを見比べ、真魚も少し戸惑ったように周囲を見回している。ジーンに至っては、姉のことが気になっているせいもあるのだろう。座るより先にサラの姿を探していた。
「あれ?」
さっきまで宙に浮いていたサラがいない。慌てて周囲を見回すと、部屋の少し奥にベッドが用意されており、サラはそこへ静かに寝かされていた。
いつ移動したんだ。
「大丈夫です。」
エンシェント・ワンが、ジーンへ向かって穏やかに言った。
「今は眠っているだけです。身体にも異常はありません。」
「……本当に?」
「ええ。」
ジーンはしばらくエンシェント・ワンを見つめていたが、やがて小さく頷いた。それを確認してから、僕たちもそれぞれソファへ腰を下ろす。
僕の隣に真魚。その隣にジーン。向かい側にはピーター。その少し離れた場所で、火のエルが既に勝手に紅茶を飲み始めていた。
警戒心なさすぎない?
まあ、火のエルがここまで普通にしているということは、少なくともエンシェント・ワンがいきなり襲ってくるような相手ではないのだろう。
エンシェント・ワンも最後に席へ着く。そして、僕たちを一人ずつ見回し、
「まずは自己紹介からにしましょう。私はエンシェント・ワン。カマー・タージを中心として、魔術師たちを導いています。そして、この世界を外なる脅威から守る者たちの一人でもあります。」
短い自己紹介だけれど、この人の場合、それだけで十分なのだろう。地球に存在する魔術師たちを束ねる存在。少なくとも僕が知っている未来では、スティーブン・ストレンジの師匠となる人物。
エンシェント・ワンの視線が、次に僕へ向いた。……僕からか。少し姿勢を正す。
「十文字黒雄です。」
一瞬、何をどこまで説明するべきか迷った。普通なら学生です、とか言えばいいのだろうけど、今の僕にそれだけ言っても意味がない気がする。
「日本から来ました。えっと……一応クウガとして、あとアベンジャーズとしても活動しています。」
「一応って何よ。」
隣から真魚に突っ込まれた。
「いや、自分で言うとちょっと恥ずかしくて。」
「今さらでしょ。」
それはそうなんだけど。あ、エンシェント・ワンが僅かに微笑んでいる。というより絶対、面白がってる。
「次、真魚。」
「はいはい。」
真魚が僕の横で姿勢を整える。
「風谷真魚です。日本から来ました。クロオとは……その、恋人です。」
「そこ言うんだ。」
「必要でしょ?」
「必要かな?」
「必要なの。」
強く言い切られ、ピーターが何故かうんうんと頷いている。なんで君まで納得してるの。
「私も少し特殊な力を持っています。人や物に触れることで、記憶や思念みたいなものを読み取ることがあります。それと……アギトとして戦うこともあります。」
エンシェント・ワンは静かに頷いた。次に視線がピーターへ向く。
「え、僕ですか?」
「順番ですから。」
ピーターは少し緊張しながらマスクを外し、姿勢を正した。
「ピーター・パーカーです。ニューヨークに住んでます。えっと……スパイダーマンをやってます。」
そこで一度止まり、
「まだ、正式なアベンジャーズとかじゃないですけど。」
と付け足した。
「そこ気にするんだ。」
僕が言うと、ピーターがこちらを見る。
「気にしますよ!」
「十分活躍してると思うけど。」
「それとこれとは別です!」
エンシェント・ワンは、そのやり取りにも特に口を挟まず、最後にジーンへ視線を向けた。ジーンは少しだけ身体を強張らせるが、真魚が隣から安心させるように小さく笑うと、ジーンはしばらく迷った後、静かに口を開いた。
「……ジーン・グレイ。」
小さな声だった。
「十二歳です。」
それだけ言うと、再び黙ってしまったが、今はそれで十分だろう。姉が倒れ、知らない場所へ連れてこられ、知らない大人やスパイダーマンに囲まれているのだ。むしろ、ここまで落ち着いていられる方が凄い。
全員の自己紹介が終わった。……正確には、一人を除いて。
全員の視線が、自然と一人へ集まる。紅茶を飲んでいた火のエルが、カップを口元で止めた。
「ん?……俺もか?」
「当たり前でしょ。」
真魚が即座に返すと、火のエルは面倒そうな顔をした。
「今さら自己紹介する必要あるか?」
「ジーンちゃんとピーターは知らないでしょ。」
火のエルが露骨に面倒そうな顔をした後、仕方なくカップを置いた。
「……エルロードの一人。」
そして、自分を指差す。
「火を司る、火のエルだ。」
「本名は?」
ピーターが聞いた。
「ねえよ。」
「え?」
「だから、火のエルだ。」
ピーターが困惑した顔で僕を見る。
僕に聞かれても困る。
「そういう存在なんだよ。」
「そういう存在……。あ、そういえばエリックさんたちの話に地のエルとか水のエルとか出てきたような。」
「そいつらの同僚だ。」
「なるほど。」
これで一応、全員の自己紹介が終わった。エンシェント・ワンはテーブルの上に置かれたカップへ静かに手を伸ばし、一口だけ紅茶を飲んだ。
「では、本題へ入りましょう。」
各自、自然と姿勢を正す。今日ここへ来た本来の理由は、エンシェント・ワンが僕と真魚に会いたいと言ったからだ。
エンシェント・ワンが僕と真魚を見てくる。
「まず、何故、あなた方二人を呼んだのか。それについて説明しましょう。」
お、一番聞きたいことが最初だった。
「私は、いくつかの方法で未来を見ることができます。」
エンシェント・ワンは静かに言った。
「未来を見る?」
ピーターが反応する。
「正確には、確定した未来を見るわけではありません。」
エンシェント・ワンは続ける。
「未来とは無数の可能性の積み重ねです。人の選択、偶然、外部からの干渉。それらによって枝分かれし、常に変化していく。」
テーブルの上へ指を伸ばす。すると、淡い光が現れ、一本の光の線となり、途中から二つへ分かれ、さらに四つ、八つと枝分かれしていく。
「私は、その可能性の一部を覗き見ることができます。しかし、ここ数年、その未来が非常に不安定になりました。」
エンシェント・ワンの声が僅かに低くなり、僕が聞き返すと、光の枝が激しく揺らいだ。
「不安定?」
「本来であれば、ある程度の範囲までは収束するはずの未来が、異常なほど細かく分岐し始めています。」
僕の背中に、嫌な汗が流れた。
原因、僕?
ウルトロンの事件なんて原作から原型がなくなった。ワカンダも動き始めているし、ピーターだって、本来よりかなり早くアベンジャーズと接触している。未来がブレない方がおかしい。
隣を見ると、火のエルも僅かに視線を逸らしていた。おい!そっちも原因の一つだろ!
「それだけではありません。これまで私は、自らの死を越えた先の未来を見ることができませんでした。」
「……死を越えた先?」
真魚の表情が変わる。エンシェント・ワンは、驚くほど平然と頷いた。
「はい。どの未来を見ても、ある地点から先へ進めない。それが何を意味するのか、私は理解しています。」
死が待っているから、それより先を見ることができない。この人は、スティーブン・ストレンジと出会い、その後、敵との戦いで死ぬんだ。
「ですが。」
エンシェント・ワンの目が細くなった。
「最近になって、その先を見るようになりました。」
「……え?」
僕は思わず声を漏らした。
「自分が死んだ後の未来を?」
「断片的ではあります。しかし、確かに私は、自らがいなくなった後の世界を見るようになった。さらに、大体の場合、来年に迫った死が覆る未来が増えた、というのもあります。」
テーブルの上の光が形を変え、人影が現れる。赤いマントに青い衣服。胸元に浮かぶ魔術の紋様。顔までははっきりしないけれど、僕には分かる。
「スティーブン・ストレンジ。」
僕が名前を呟くと、エンシェント・ワンが僕を見る。やべ、また知ってること言っちゃった。けれど、エンシェント・ワンは特に追及しなかった。
「そうです。」
そして、光の中の人物を見る。未来のソーサラー・スプリーム。
「スティーブン・ストレンジ。彼が私の後継者となり、この世界を守るために戦っている未来。」
ピーターが目を輝かせている。
「後継者って、魔法使いのリーダーみたいなことですか?」
「大まかには、その認識で構いません。」
「凄い……。」
完全に少年の顔だ。いや、実際少年なんだけど。エンシェント・ワンが指を動かす。すると、光景が変わった。今度は一人の女性。
長い黒髪。輝く魔術陣を展開し、何か巨大な存在を前に立っている。
………え?勢いよく横を見ると、真魚は盛大に固まっていた。光の中にいる人物はどう見ても、
「……私?」
真魚が、机の上に映る自分を指差した。エンシェント・ワンが頷く。
「あなたです。」
真魚が素っ頓狂な声を上げた。
「いや、え? 私ですか? 私が魔術師に?」
「そうです。」
何を言えばいいんだ?そんな未来、僕は知らない。いや、当然だ。だって原作に真魚はいないのだから。
「あなたが魔術を学び、そして、世界を守るために戦う未来も存在しています。」
真魚が完全に固まっている。
「私、アギトなんですけど。」
「知っています。」
「それに超能力も持っています。それに加えて魔術まで?」
「可能性の一つです。」
可能性の真魚、属性盛りすぎじゃない?僕が言えたことじゃないけど。
「さらに。」
エンシェント・ワンが指を動かすと、未来の光景が、また変わった。
今度は二人の女性。一人は赤毛、もう一人は金髪。僕の顔が引きつる。エンシェント・ワンの視線が、眠っているサラへ、そして、真魚の隣に座っているジーンへ向いた。
「そこで眠っているサラ。」
ジーンの身体が僅かに動く。
「そして、あなたも。」
「……私?」
「ええ。」
エンシェント・ワンは頷いた。
「あなた方姉妹が、魔術師として生きる未来も存在します。」
………X-MENのジーン・グレイが魔術師?それ本当に大丈夫?ただでさえ世界最高峰クラスのテレパスになる可能性があって、念動力もあって、さらに場合によってはフェニックスまで関わる人が魔術まで習得する?僕が頭を抱えそうになっている横で、ジーンが遠慮がちに手を上げた。
「……私は?」
僕が思わずジーンを見る。ジーンはエンシェント・ワンを見つめていた。
「私も……あなたの後継者になるの?」
エンシェント・ワンは少し考えるようにジーンを見る。
「あなたが魔術を学ぶ未来もあります。」
「……じゃあ、」
「ただし。」
エンシェント・ワンは穏やかに続けた。
「あなたの場合、魔術はあくまで補助として用いる傾向が強い。」
ジーンが首を傾げる。
「補助?」
「あなたには、既に非常に大きな力があるからです。」
その言葉に僕と火のエルが同時に固まった。やっぱりそうなんですね。エンシェント・ワンは、そんな僕たちの反応には触れず、
「ですから、少なくとも、私が見た未来の多くでは、あなたが私の直接的な後継者になる、という形ではありませんでした。」
ジーンは少しだけ考えるように俯いた。僕はそんなジーンを見ながら、頭の中で状況を整理していく。
スティーブン・ストレンジだけでなく、真魚、サラもエンシェント・ワンの後継候補になっている。さらに、場合によってはジーンも魔術を学ぶ。
………待って、話の規模、思ってたよりずっと大きくない?
ーーーーー
しばらく固まっていた真魚が、遠慮がちに手を上げた。
「……あの。一つ、聞いてもいいですか?」
「もちろん。」
エンシェント・ワンが頷くと、真魚は先ほどまで浮かんでいた光の人影――スティーブン・ストレンジの姿が消えた空間へ視線を向ける。
「その、ストレンジさん? が、本来あなたが見ていた未来で弟子になる人なんですよね?」
「ええ。」
「それで、クロオが知ってる未来でも、その人が後継者になるんでしょ?」
「……まあ、うん。」
急に話を振られ、僕は頷いた。
少なくとも僕が知っている未来ではそうだ。スティーブン・ストレンジは事故によって両手に大怪我を負い、その治療法を求めて魔術師が集う山に辿り着き、そこで魔術を学ぶ。やがてエンシェント・ワンの死後、地球を守る魔術師たちの中心人物になっていく。
特にインフィニティ・ウォーやエンドゲームで、ストレンジが極めて重要な人物になることだけは間違いない。
「だったら。その人が後継者のままで良いんじゃないですか?」
真魚は少し不思議そうに首を傾げた。確かに、至極真っ当な疑問だし、僕もそう思う。
というか、ストレンジがちゃんと存在していて、未来でも魔術師になることが確認できているのなら、わざわざ真魚やサラを後継者候補に加える必要があるのだろうか?
僕たちの視線が、自然とエンシェント・ワンへ集まる。
「…………。」
すると、エンシェント・ワンは初めて、明確に難しそうな表情を浮かべた。
「スティーブン・ストレンジの実力については、申し分ありません。私が見た未来においても、彼は極めて優秀な魔術師となります。知識の吸収も早く、応用力にも優れ、何より非常に強い意志を持っている。魔術師としての資質だけを見るのであれば、私の後継者として十分でしょう。」
そこまで言って、エンシェント・ワンが言葉を切った。
「しかし。………性格と考え方が。」
「「あー……。」」
思わず声を出してしまった。火のエルからも、ほぼ同時に声が漏れた。
「え?」
ピーターが僕たちを交互に見る。
「そんなにヤバい人なんですか?」
「いや、ヤバいっていうか……。」
ストレンジは別に悪人ではない。むしろ、最終的には間違いなくヒーローだ。世界を守るためなら自分の命を投げ出せるし、ドーマムゥ相手に文字通り何度死んでも諦めなかった精神力は、本物だと思う。ただ、
「方向性は違うけど……アイアンマンになったばかりの頃のスタークさんが近いかな。」
「スタークさん?」
ピーターの表情が一気に複雑になった。君、スタークさん大好きだもんね。すると、僕の答えに火のエルが面白そうに僕を見る。
「その心は?」
「いや、その聞き方やめてよ。」
何で急に大喜利みたいになってるんだ。とはいえ、僕なりに考えてみる。
「基本的に、一人で全部やろうとする。頭が良くて、能力も高いから、大抵のことは本当に一人でできちゃう。だから余計に、自分でやった方が早いって考えるようになる。」
火のエルが納得したように頷いてる。あ、エンシェント・ワンも。
「本当にどうしようもないピンチになって、ようやく他の人に手伝ってもらおうとするんだけど……普段から一人でやってるから、上手く連携できない。」
ピーターが「あっ」と小さく声を漏らした。
「それで、本人は何とかしようとしてるのに、連携が上手くいかなくて余計にピンチになったり、状況が悪化したりするタイプ。」
ピーターが何とも言えない顔になった。真魚も「ああ……」と納得したように頷いている。
「もちろん、ストレンジさん本人が悪い人って意味じゃないよ。むしろ、最後にはちゃんと世界を守ろうとする人だし、自分を犠牲にできる人でもある。ただ……」
僕は少し考えてから、言葉を選ぶ。
「人を頼るのが下手なんだと思う。」
エンシェント・ワンが静かにもう一度頷いた。
「私も、十文字さんと同様の印象です。」
「やっぱりそうなんですね。」
本人を弟子にする予定の人から見てもそうなのか。
「彼は傲慢です。そして、非常に強い自負を持っている。それは時に彼を前へ進ませる力となりますが、同時に、他者と歩調を合わせることを難しくする原因にもなる。」
エンシェント・ワンはそこで僕を見る。
「そして私は、彼のその考え方や性格が――今の世界を守る上では、枷になるのではないか、とも考えました。」
「枷、ですか?」
真魚が聞き返す。
「はい。」
エンシェント・ワンは頷き、そして、しばらく僕を見つめる。
「十文字さん。あなたは、これまで多くの戦いを経験してきましたね。」
突然そう言われ、僕は少し戸惑いながら頷いた。
「まあ……はい。」
「苦しい戦いも多かったはずです。」
九郎ヶ岳から始まった未確認生命体事件、ダグバ、ニューヨーク、アンノウンや光のエル、エクストリミスとキリアン、ダークエルフたち、インサイト計画とヒドラ。そして、自称ウルトロンとゾラウルトロン。
思い返せば、確かに色々あった。というか、まだ数年しか経ってないのに多すぎない?
「あなたは決して、全ての戦いに余裕を持って勝利してきたわけではない。迷い、傷つき、苦しみ、それでも戦い続けた。」
エンシェント・ワンの言葉に、僕は何も返せなくなる。
「そして、それでもあなたは、まっすぐであり続けた。」
やめて。何かすごく褒められ始めてる。こういうの、本当に苦手なんだけど。
「その結果。」
エンシェント・ワンが、ゆっくりと僕たち全員を見回した。
「今、この世界を守る者たちは、私がこれまで見てきたどの未来よりも強く結束しています。」
「……え?」
思わず聞き返した。
「アベンジャーズ。」
エンシェント・ワンが一つずつ挙げていく。
「世界各国の組織。ワカンダ。アスガルド。そして、この世界に存在する、人ならざる者たちも。」
エンシェント・ワンが火のエルを見る。火のエルは紅茶を飲みながら、僅かに肩を竦めた。
「本来ならば交わることのなかった者たちが出会い、互いを知り、必要であれば手を取り合うようになった。」
様々な組織や人物が、それぞれ独立して動いているけれど、本当に危険なことが起きれば情報を共有し、必要なら協力する。ゾラウルトロンとの戦いなんて、その最たるものだった。
世界中で同時に戦闘が起こったのに、最終的には国も組織も越えて戦っていた。
「十文字さんが、必死に戦い。」
エンシェント・ワンの声が、少しだけ柔らかくなる。
「苦しみながらも、他者を信じ、まっすぐに歩き続けた。その姿を見た者たちが、また別の誰かと手を取り合った。」
「いや、僕だけの力じゃ――」
「もちろん、あなた一人の功績ではありません。ですが、始まりの一つであったことも事実です。」
逃げ道を塞がれた。真魚が隣で、何故か嬉しそうに笑っている。……やめて。
「そして現在。」
エンシェント・ワンは、そこで僅かに眉を寄せた。
「世界を守る者たちの間には、私が知る未来には存在しなかった協力関係が築かれつつあります。」
「……なるほど。」
火のエルがカップを置いた。どうやら、エンシェント・ワンが何を懸念しているのか理解したらしい。僕も少し遅れて気づいた。
「あ。」
エンシェント・ワンが頷き、そして、非常に言いづらそうに、
「その状況に――」
一度、言葉を切る。
「――あのスティーブン・ストレンジを入れるべきなのか。………判断に迷っています。」
「「「「あーーー……。」」」」
僕。
真魚。
ピーター。
火のエル。
四人の声が、綺麗に重なった。
「…………?」
ただ一人、ジーンだけが意味を理解できず、不思議そうに僕たちを見回している。眠っているサラは当然ながら反応が………?
「何?」
ジーンが首を傾げたので、視線を向ける。
「その人、そんなに協力できないの?」
「いや……。」
僕は答えに困った。協力できないわけじゃない。むしろ、必要ならちゃんと協力する。……するんだけど。
「……できるよ。」
「じゃあ、いいんじゃない?」
「できるんだけどね。」
僕は頭を掻く。
「多分、最初に『僕一人で十分だ』って言って、本当にある程度まで一人で何とかしちゃうんだよ。」
「…………。」
「それで周りから『最初から相談しろ!』って怒られるタイプ。」
僕の説明を聞いたジーンがエンシェント・ワンを見る。エンシェント・ワンも否定しなかった。
「概ね、その認識で正しいでしょう。」
「そんな人をリーダーにするの?」
十二歳から放たれた、あまりにも純粋な疑問だった。
「「「「「…………。」」」」」
僕たち四人に加えて、エンシェント・ワンも黙ってしまった。
ジーンだけが、不思議そうな顔をしている。少し離れたベッドでは、サラが静かに………うん、今は良いか。
未来のソーサラー・スプリーム。十二歳の少女から、かなり厳しい評価を受けていますよ。
ーーーーー
しばらく沈黙していたエンシェント・ワンが、静かに口を開いた。
「一つ、先ほどの話に補足があります。」
「補足?」
真魚が首を傾げる。エンシェント・ワンは頷き、テーブルの上へ指を伸ばした。再び淡い光が生まれ、いくつもの枝へと分かれていく。
「先ほど私は、自らの死を越えた未来を見るようになった、と話しました。その中には、私自身が生き続けている未来もあります。」
僕は思わず聞き返した。
「死なない未来があるんですか?」
「ええ。」
エンシェント・ワンは、あまりにも平然と答えた。本来の未来では、この人はストレンジが魔術師として成長する過程で命を落とす。その死がストレンジに大きな影響を与え、彼が本当の意味で魔術師として覚悟を決めるきっかけにもなる。
それが変わっている。
「……何が違うんですか?」
僕が聞くと、エンシェント・ワンは光の枝の一つへ視線を向けた。そこには、何人かの人影が映っている。
真魚、サラ、そしてジーン。
「彼女たちが、私から魔術を学んでいる未来です。」
「私たちが?」
真魚が自分を指差すと、エンシェント・ワンが頷き、
「少なくとも、私が確認した範囲では、風谷さん、サラ、ジーン。この三人のうち、誰かが継続的に私の指導を受けている未来では、私が本来迎えるはずだった死が回避されている可能性が高いのです。」
「何で?」
ジーンが素直に聞いた。
「理由は一つではありません。私自身の選択が変わる。周囲の人間関係が変わる。魔術師たちの動き方も変わる。そして何より、私一人で背負う必要のあるものが変わる。」
その言葉に、僕は少しだけ納得した。ストレンジが来るまで、この人は長い間ずっと魔術師たちの頂点に立っていたはずだ。世界を守る責任。弟子を育てる責任。未来を見る責任。そして、おそらくは、自分が正しい道を選び続ける責任。
それを一人で抱え続けていた。烏滸がましいけど、少し共感してしまう。
「本来の私は、後継者を一人に定める必要があると考えていました。」
視線が、先ほどスティーブン・ストレンジが映し出されていた場所へ向かう。
「その最有力が、スティーブン・ストレンジでした。」
真魚が聞く。
「『でした』というと、今は違うんですか?」
エンシェント・ワンの視線が真魚へ向いた。
「ええ。……選択肢が増えすぎてしまいました。」
エンシェント・ワンは、至って真面目な顔をしているが、僕と真魚は黙り込んでしまう。
「……それ、困ることなんですか?」
ピーターが恐る恐る聞いてくれると、
「非常に。」
エンシェント・ワンの回答に、火のエルが吹き出しそうになり、慌てて紅茶を飲んで誤魔化した。
「笑うところではありません。」
「いや、笑ってねえよ。」
絶対笑ってた。エンシェント・ワンは気にせず、まず真魚を見る。
「風谷さん。未来において、あなたは魔術師としての手札という意味では、ストレンジに大きく劣ります。」
「あ、はい。」
まあ、真魚は勉強がすごく得意というわけではないし、あの天才外科医魔術師と比較してはダメだと思う。
「ですが、単純な戦闘能力だけを見るなら、話は別です。」
真魚が少し驚いた顔をしていた。
「アガモットの目を用いないという条件であれば。」
エンシェント・ワンは静かに言う。
「将来的に、あなたはスティーブン・ストレンジを上回る戦闘力を手に入れます。それも遠くない未来にです。」
「はいっ?」
思わず反応してしまった。
「ストレンジさんより強くなるんですか?」
「真正面からの戦闘なら、という制限はあります。」
エンシェント・ワンが訂正する。
「ストレンジは非常に多彩です。魔術の理解、応用、発想。その全てにおいて優秀であり、戦況に応じて使える手段も多い。しかし風谷さんには、既にアギトとしての力があります。」
真魚が少し姿勢を正す。
「身体能力、耐久力、回復力。それらが、さらに成長する可能性。そして、極めつけが風谷さんの超能力です。」
僕は思わず真魚を見る。真魚は元々、人や物に触れて残留思念や記憶を読み取る能力を持っている。それだけでも普通ではないが、
「風谷さんのサイコメトリーは一つの魔術を極めるのには最適です。」
エンシェント・ワンは淡々と結論を口にする。
「魔術そのものの種類ではストレンジに及ばなくとも、一人の戦士としての総合力は極めて高くなるでしょう。」
「…………。」
固まる真魚を見ながら僕は思う。やっぱり属性盛りすぎじゃない?
アギト、超能力、魔術。何なんだろう、この異能力全部乗せ。スタークさんあたりなら発狂しそうだ。
「もちろん。あなた自身が、それを望むのであれば、ですが。」
エンシェント・ワンの言葉に、真魚が少しだけ表情を緩める。
「そこはちゃんと選ばせてもらえるんですね。」
「当然です。」
エンシェント・ワンは、少し不思議そうな顔をした。
「本人の意思を無視して弟子にするつもりはありません。」
まあ、この人なら無理やり弟子にするようなことはしないだろう。……いや、平和のためならやりかねない、かな?
エンシェント・ワンの視線が、ベッドで眠るサラへ向く。ジーンも、すぐに姉を見る。
「サラ。」
その名前が呼ばれた瞬間、ジーンの表情が少し真剣になった。
「彼女は非常に興味深い。」
「姉さんが?」
エンシェント・ワンは頷く。
「魔術師としての純粋な才能だけでいえば、風谷さんやストレンジほど突出しているわけではありません。」
ジーンが僅かに眉を寄せた。姉を悪く言われたと思ったのかもしれない。けれど、エンシェント・ワンはすぐに続ける。
「しかし、彼女には別の強みがあります。努力を続けられる力、それも他者のために。」
その言葉に、ジーンの表情が少し変わり、エンシェント・ワンの声が、少しだけ柔らかくなる。
「彼女の未来をいくつか見ましたが、その多くで、彼女は魔術を学び始めた当初、決して突出した弟子ではありません。」
ジーンが黙って聞いている。
「覚える速度も、最初から飛び抜けて速いわけではない。失敗も多い。それでも彼女は辞めない。何度失敗しても、繰り返し、分からなければ聞く。出来なければ練習する。そして、昨日できなかったことを、次の日には少しだけできるようにする。」
ジーンの目が、少しずつ大きくなる。
「それを何年も続ける。理由は、」
エンシェント・ワンがジーンを見る。
「あなたです。」
「……私?」
ジーンが小さく声を漏らした。
「あなたと、あなたが生きる未来を守るために、彼女は強くなります。」
エンシェント・ワンは静かに言う。
「才能だけではなく、愛するもののために強くなる。」
ジーンは何も言わず、ただ、眠る姉を見つめている。
「そして。」
エンシェント・ワンは続けた。
「サラの超能力は風谷さんのものよりも、魔術を学ぶことに適しています。まあ、ジーンほどではありませんが。」
火のエルが、そこで口を挟む。
「比較対象がジーンなのがおかしいんだよ。」
「それは……まあ。」
僕も同意する。ジーン基準だと、ほとんどの能力者が弱く見える。エンシェント・ワンは火のエルを無視して続ける。
「サラの能力は魔術と、特に精神、記憶、思考といった領域において相性が良い。」
僕は少し嫌な予感がした。
「もしかして。」
エンシェント・ワンが僕を見る。
「将来的に、私の知識や経験の一部を、極めて高い精度で彼女へ継承できる可能性があります。」
火のエルが妙に冷静にツッコミを入れる。
「それ、かなりヤバくないか?」
ヤバいよ。内心で僕は即答する。
何百年生きているのか分からないエンシェント・ワンの知識と経験を引き継げる?それはもう、単なる弟子じゃない。やろうとしていることが、X-MENに出てくるアポカリプスだよ。
「もちろん。」
エンシェント・ワンは補足する。
「私の人格や記憶そのものを、そのまま彼女へ移すという話ではありません。」
あ、違うんですね。失礼しました。
「ですが、私が長い年月をかけて得た魔術的知識、戦闘経験、異次元に関する情報。それらを、通常の弟子より遥かに高い精度で伝えられる可能性があります。」
訂正。ヤバいことには変わりがなかった。サラさんがスーパーサラさんになってしまう。
「つまり。」
ピーターが少し考えながら言う。
「エンシェント・ワンさん直筆の攻略本を持ってる魔法使いみたいな?」
「かなり雑な表現ですが、概ね間違ってはいません。」
そして最後に、エンシェント・ワンの視線がジーンへ向いた。
ジーンは少しだけ身体を強張らせる。
「そして、ジーン。」
「……はい。」
「あなたについては。」
エンシェント・ワンが少し困ったような顔をした。
「私自身、評価が難しい。」
「え?」
ジーンが不安そうな顔をする。
「ああ、悪い意味ではありません。」
すぐにエンシェント・ワンが説明する。今度は僕が嫌な予感を覚えた。
「あなたの未来は、振れ幅があまりにも大きいのです。」
「振れ幅?」
「ええ。」
エンシェント・ワンは指を動かす。すると、テーブルの上にいくつもの光景が映し出され、その全てに、ジーンが映っている。穏やかに笑っているジーン、誰かを守るジーン、魔術陣を展開するジーン。
そして、とてつもなく巨大な力を纏って立つジーン。
「…………。」
僕と火のエルは無言になった。多分あれ、フェニックスだ。
「あなたには危うさがあります。」
エンシェント・ワンは、誤魔化さずにジーンに伝えていく。
「非常に大きな力を持つ者に共通する危うさです。」
ジーンは俯きかける。しかし、
「ですが、それだけではありません。」
ジーンが顔を上げた。
「あなたを愛するサラがいる。」
ジーンが姉を見る。
「ピーター・パーカーがいる。」
「僕?」
ピーターが自分を指差した。
「風谷さんがいる。」
真魚が少し驚いた反応をする。
「そして。」
エンシェント・ワンの視線が、最後に僕へ向く。
「十文字さんがいる。」
何で僕まで。
「あなたが一人で生きる未来と、彼らと共に生きる未来では、あなたの歩む道が大きく異なります。」
僕たちを順番に見ていくジーン。そんなジーンに語りかけるエンシェント・ワンの声は、とても穏やかだった。
「誰かと共に過ごし、誰かを信じ、守られるだけではなく、自分も誰かを守ろうとする。」
ジーンの表情が少しずつ変わっていく。
「そうして成長したあなたは。」
そこで、エンシェント・ワンが僕を見る。
「いずれ、十文字さんにも匹敵する存在となる可能性があります。」
「…………。」
この場にいる全員がジーンを見る。当の本人だけが、意味を理解できていないような顔をしている。
「……クロオくらい?」
急に呼ばれた。
「クロオって強いの?なんか弱そう。」
……まあ、変身してない僕を見て、僕が強いってわかる人は少ないよね。何て答えればいいのかな。
「うーん、弱くはないし、強い方ではあるかな。」
「へー。」
「いやいやいや、クロオさんクウガじゃないですか!ジーン、クロオさん超強いよ。キャプテン・アメリカやアイアンマンよりも強いよ!」
「ハルクよりも?」
「うーん、そこは非常に悩ましい部分で、ネットでも様々な考察が、」
「ハルクさん本人曰く、クロオの方が強いらしいよ。」
真魚、ステイ。
「流石クウガ!!」
ピーターと、それとジーンからも尊敬の眼差しが向けられるけど、あまり嬉しくない。
「んん。……続けても?」
咳払いしたエンシェント・ワンの反応に、僕らは慌てて姿勢を正す。
「その未来へ辿り着くためには、力だけでは足りません。」
ジーンがエンシェント・ワンを見る。
「人と共に生きること。それを学ぶ必要があります。」
ジーンは少し考えた後、小さく頷いた。
「……分かった。」
何とも素直だ。エンシェント・ワンは、そんなジーンを見て少しだけ微笑んだ。
「以上を踏まえると。」
エンシェント・ワンが、改めて全員を見る。
「私が抱えている問題を理解していただけるかと思います。」
「問題?」
ピーターが聞き返す。
「はい。」
エンシェント・ワンは指を折るように、一人ずつ挙げていく。
「極めて優秀で、魔術の理解と応用において突出した才能を持つスティーブン・ストレンジ。」
一本。
「手札の数では劣るものの、アガモットの目無しならば、戦闘力で彼を上回り、特定の魔術を極められる可能性を持つ風谷真魚さん。」
二本。
「妹と、その妹が生きる未来を守るために努力を続け、能力を活かすことで、私の知識と経験を高い精度で受け継ぐ可能性を持つサラ。」
三本。
「そして。」
エンシェント・ワンがジーンを見る。
「危うさを抱えながらも、正しく成長すれば、将来的にこの世界、いえ宇宙最強クラスにも匹敵し得るジーン・グレイ。」
四本。
全員が黙る中、エンシェント・ワンは、自分の立てた四本の指を見る。
そして、本当に困ったような顔をした。
「本人たちの意思を、完全に無視して考えるのであれば。」
僕たちは黙って続きを待つ。
「正直に言って。」
エンシェント・ワンが小さく息を吐いた。
「贅沢すぎて、選べません。」
「「「「…………。」」」」
僕。
真魚。
ピーター。
火のエル。
四人とも、何とも言えない顔になった。
ジーンだけが首を傾げている。
「贅沢なの?」
「贅沢だよ。」
世界最高峰の外科医。
アギト兼超能力。
後継者としては最適な能力を持つ超能力者。
将来、最強に至る可能性を持った少女。
何だ、この候補者一覧?
すると、真魚が少し呆れたように、
「別に一人に決めなくてもいいんじゃないですか?」
止まるエンシェント・ワンを見て、真魚が逆に戸惑う。
「あ、もしかして後継者は一人、とか決まりがあったりしますか?」
すると火のエルが、完全に面白がった顔で口を挟んだ。
「つまり、お前。優秀な弟子候補が集まりすぎて、誰を育てるかに悩みすぎて、全員を育てるって選択肢がなかったわけか。」
エンシェント・ワンは否定しなかった。
「概ね。その通りです。」
火のエルが笑い始め、僕も少しだけ笑ってしまった。
さっきまで世界の未来とか、エンシェント・ワンの死とか、かなり重い話をしていたはずなのに。後継者候補が優秀すぎて選べない、に変わり。結論、皆育てよう、でよくない?に落ち着いてしまったのだった。
ーーーーー
「あ、でもスティーブンさんって、事故に遭われるから魔術師になろうとするんですよね?流石にその事故を見過ごすのは、」
と悩んでいると、火のエルに、
「といっても、アイツがいつ事故に遭うのか具体的には知らねぇしな。」
「では、私が事故に遭う瞬間、魔術で彼を助けましょう。そこで、魔術について話し、彼が興味を持てば彼を魔術師として育てる、というのはどうでしょう?」
エンシェント・ワンからの意外な提案に驚いていると、
「四人のうち誰か一人を、と考えていたところに、一人でなくても良い、という考えは青天の霹靂でした。ストレンジが魔術に興味を持たなくても、なんとかなりそうです。……それに、傲慢でも探究心の塊であるストレンジなら、怪我をしてなくても魔術師の道に走る可能性もありますからね。」
そう言って笑うエンシェント・ワンに今度は真魚の顔が引き攣る。
「あ、これはもう断れない雰囲気かな?」
「いいえ?断っていただいても構いませんよ?」
「真魚、一緒に魔術勉強しないの?」
ジーンの上目遣いが真魚を襲い、真魚が胸を抑えてぐらついた。
「だ、大学に通いながらで良ければ。」
真魚が陥落した。
「あなたも構いませんか、サラ?」
唐突にベッドで寝ているサラへ声をかけるエンシェント・ワン。
「あ、やっぱり起きてるよね。」
僕がそう呟くと、ベッドの上で横になっていたサラの身体が、ほんの僅かに動いた。
それでもしばらくは寝たふりを続けようとしていたようだが、全員の視線が自分へ向けられていることを察したのだろう。やがて諦めたように小さく息を吐くと、ゆっくりと上半身を起こした。
「お姉ちゃん!」
「ジーン。」
真っ先に駆け寄ったのはジーンだった。ベッドへ飛びつくように近づいてきた妹を、サラは両腕でしっかりと抱きしめる。ついさっきまで眠っていたとは思えないほど、その腕には力が込められていた。
「大丈夫? 痛くない?」
「大丈夫よ。少し頭が重いくらいだから。」
そう言いながら、サラはジーンの髪を優しく撫でる。やっぱり妹の前では、随分と雰囲気が違う。僕たちに向けていた警戒心は完全には消えていないけれど、ジーンを抱きしめている間だけは、普通のお姉ちゃんに見えた。そんなことを考えていると、
「…………あの。」
サラがおそるおそる顔を上げた視線の先は……僕か。
「はい?」
何だろう。何故か、ものすごく怯えられている気がする。僕が少し首を傾げるだけで、サラの肩がびくっと揺れた。いや、そこまで怖がらなくても。
「さっきは……ごめんなさい。」
「え?」
「勝手に、あなたの記憶を見てしまって。」
その言葉で、ようやく何のことか分かった。サラに思念のようなものを飛ばされた直後に、サラ本人が悲鳴を上げて気絶してしまい、さっきまでの会話のインパクトが大きすぎて、すっかり忘れていた。
「別に気にしてないよ。」
僕がそう答えると、サラは意外そうに目を瞬かせた。
「……本当に?」
「ジーンを守ろうとしただけだからね。気にしてないよ。」
僕としては本当に気にしていなかったので、そのまま話を終わらせるつもりだった。しかし、
「お姉ちゃん、何を見たの?」
「ジーン。」
真魚が止めるより早く、ジーンが聞いてしまった。純粋な疑問だったのだろう。姉の腕の中から顔を上げ、興味津々といった様子でサラを見つめている。サラは少し迷った様子を見せた後、
「……雪山。」
「雪山?」
「ええ。」
そう答えながら、今度は僕を見る。
「雪山で……白い姿の怪人と戦ってた。」
あー、何を見ちゃったか分かった。
「二人とも血まみれになってて、それでもずっと殴り合ってた。あなたも相手も、立ってるのが不思議なくらい傷だらけなのに……。」
サラの声が少し震える。
「それから……最後に、ものすごいエネルギーみたいなものが出てきて……それに流されたような感じがして……そこから先は、よく分からない。」
僕は思わず自分の腹へ手を当てた。ダグバとの最後の戦い。そして、その後に起きたことは僕自身も、未だによく分かっていない部分がある。
「……なるほどな。」
少し離れた場所で、火のエルが小さく呟いた。
「火のエル?」
「いや、何でもねぇ。」
火のエルはそう言って、何故か僕から視線を逸らした。
――それ、エゴストーン……というか、あの引きこもりどもの影響じゃねぇの?
クロオの中にいる連中が原因の可能性が高いが、
「…………。」
火のエルは黙って紅茶を飲んだ。余計なことを言えば、確実に話がややこしくなる。何より、今は別に困っていない。なら、黙っておこう。
そんな火のエルの内心など知る由もなく、サラは僕への謝罪を終えると、今度はエンシェント・ワンへ視線を向けた。さっきまでとは違う、真剣な目だった。
「一つ、聞いてもいい?」
「もちろん。」
「あなたから魔術を学べば……。」
そこでサラは、一度腕の中のジーンを見てから、
「私たち姉妹は、一緒に暮らせるの?」
それは、サラにとって何より重要なことだったのだろう。
魔術を使えるようになることでも、強くなることでも、未来を守ることでもない。……妹と一緒にいられるのか?ただ、それだけを聞くサラ。
エンシェント・ワンは、その問いに迷うことなく頷いた。
「ええ。」
短い返事だったが、サラにとっては、それだけで十分だったらしい。ジーンを抱きしめる腕に、少しだけ力を込める。
「……だったら、やる。私も、魔術を学ぶ。」
「お姉ちゃん!」
嬉しそうな声を上げたジーンが、今度は自分からサラへ抱きついた。
「一緒だね!」
サラも小さく笑う。
「ええ、一緒よ。」
その様子を見ながら、エンシェント・ワンも満足そうに微笑んでいた。これで真魚、サラ、ジーンの三人が、エンシェント・ワンから魔術を学ぶことが決まった……のだが、真魚は何故か頭を抱えていた。
「どうしたの?」
「……叔父さ、……お父さんになんて説明しようかなって。」
確かに、いきなり魔術の修行を始めますと言われても、美杉教授も困るだろう。
「大学に通いながら魔術の修行って……両立できるのかな。」
「可能な範囲で予定は合わせますよ。」
「ありがとうございます……。」
エンシェント・ワンからすれば、時間や空間に関する魔術まで存在する以上、大学との両立くらい大した問題ではないのかもしれない。
真魚はまだ何かぶつぶつ言っている。その横では、ジーンがサラに魔術について楽しそうに話していた。サラも先ほどまでの警戒心が嘘のように、妹の話を聞いている。
エンシェント・ワンも満足そうだ。僕はそんな光景を眺めながら、ふと思った。
……あれ?
「ピーター。」
「はい?」
隣に座っていたピーターへ声をかける。
「僕たち、今日ここに来た意味あった?」
二人で考えるけれど、
「……ないですね。」
「だよね?」
僕とピーター、何もしてないよね?最初に自己紹介はしたし、話も聞いた。エンシェント・ワンが会いたがっていたのは僕と真魚だったはずなのに、気がつけば魔術を学ぶことになったのは真魚とサラとジーン。
僕は完全に付き添いである。ピーターに至っては、本当に何故ここにいるのか分からない。
「僕、スタークさんに何て報告すればいいんでしょう。」
「『お茶飲んできました』でいいんじゃない?」
「絶対怒られますよ!」
「じゃあ、『魔術師が三人増えました』とか。」
「それ僕の成果じゃないです!」
「僕の成果でもないよ。」
何だろう、急に疎外感が出てきた。そんな僕たちを見ていた火のエルが、
「何言ってんだ、お前ら。」
呆れたように口を開いた。
「え?」
僕とピーターが同時に火のエルを見る。火のエルはソファに深く座ったまま、こちらを見ていた。
「お前らへの話は、まだ終わってねぇよ。」
「そうなの?」
「むしろ――」
火のエルは残っていた紅茶を一気に飲み干すと、カップをテーブルへ置いた。
「ここからが、お前らへの本題だ。」
その言葉に、僕とピーターは顔を見合わせ、真魚たちも会話を止めた。エンシェント・ワンだけは、これから何を話すのか知っているのか、静かに微笑んでいる。火のエルが立ち上がり、
「クロオ、ピーター。」
僕たち二人を順番に見て、火のエルは、まるで遊びにでも誘うような気軽さで言った。
「俺と一緒に戦おうぜ。」
僕とピーターは、揃って目を瞬かせた。