日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
――その日の夜、美杉家にて。
「大事な話があります。」
夕食が終わり、食器も片付けられ、そろそろ一息つこうかという頃だった。真魚が、妙に真剣な表情でそう言った。
僕は真魚の隣に座りながら、何とも言えない気持ちでその横顔を見る。
いや、今日一日で起きたことを考えれば、美杉教授や太一くんにはちゃんと説明しておいた方がいい。何しろ真魚は、これからエンシェント・ワンの下で魔術を学ぶことになったのだから。ただ、
「大事な話?」
美杉教授が持っていた湯呑みをテーブルへ置く。
「うん。」
「……真魚姉ちゃん、なんか顔怖いけど。」
太一くんまで姿勢を正した。そして何故か、二人の視線が一瞬だけ僕へ向く。
……何だろう。ものすごく嫌な予感がする。
「真魚。その言い方、もうちょっと何とかならない?」
「だって大事な話でしょ?」
「それはそうなんだけど。」
もう少しこう、誤解を生まない言い方があると思う。しかし、真魚は特に気にした様子もなく、僕の方を見てから、もう一度美杉教授と太一くんへ向き直った。
「今日、クロオと一緒にニューヨークへ行ったでしょ?」
「ああ。確か、会わなければならない人がいるとか言っていたね。」
「うん。そのことで報告があって。」
美杉教授の表情がさらに真剣になる。太一くんも背筋を伸ばしている。何故か僕まで緊張してきた。そして真魚は、一度息を吸ってから、
「私、魔術師になるっぽい。」
美杉教授が止まった。太一くんも止まった。僕は黙って二人を見て、真魚も黙って二人を見る。数秒ほど、完全な沈黙が続いた後、美杉教授と太一くんの首が、ほとんど同時にこちらへ向いた。
「マジです。」
僕の言葉を聞いた二人は再び沈黙し、美杉教授は真魚を見て、それから僕を見る。もう一度、真魚を見て、
「……ちょっと待ってくれ。私は今、かなり混乱している。」
「でしょうね。」
美杉教授は額へ手を当てながら、何とか状況を整理しようとしているようだった。
「君たち二人が揃って、真剣な顔で『大事な話がある』と言い出したんだ。しかも、真魚から。」
「うん。」
「だから私はてっきり……。」
そこで美杉教授は一度言葉を止めた。僕と真魚を交互に見る。
「学生結婚でもするのかと思ったんだが。」
「「なんで!?」」
僕と真魚の声が綺麗に重なった。その瞬間、
「ぶはっ!」
太一くんが吹き出した。
「ちょ、太一!」
「だって! お父さん、何考えてんだよ!」
「仕方ないだろう! 二人揃って大事な話があるなんて言われたら、保護者として色々と覚悟するだろう!」
「だからって結婚!?」
太一くんは完全にツボに入ってしまったらしく、腹を抱えて笑っている。一方、僕はどう反応すればいいのか分からない。隣を見ると、真魚も顔を赤くしていた。
「お父さん!」
「いや、すまない。私も少々先走った。」
美杉教授は咳払いをしてから眼鏡の位置を直す。そして、改めて真魚を見る。
「それで、蓋を開けてみれば結婚ではなく……娘が魔法少女になるとは、これ如何に?」
「魔法少女じゃないから!」
「ぶはははははっ!」
太一くんがとうとうテーブルへ突っ伏した。
「太一! 笑いすぎ!」
「だって、魔法少女って!」
「違うって言ってるでしょ!」
真魚が怒っている。でも、僕としては笑えない。
「まあ……魔法少女かどうかはともかく、魔術を習うのは本当です。」
僕が助け船を出すと、美杉教授がこちらを見る。
「本当に?」
「はい。今日会った人がエンシェント・ワンっていう、地球の魔術師たちを束ねている人でして。」
「地球の魔術師を束ねている……。」
「はい。」
「そんな組織があったのか。」
「僕も実際にお会いしたのは今日が初めてでして。」
知識としては知っていたけど、実際に存在しているのを確認したのは今日である。
「それで、色々あって真魚に魔術師としての適性があることが分かって、本人も学ぶことにしたんです。」
「なるほど……。」
美杉教授は腕を組んだ。さすがに学者というべきなのか、魔術師という単語への衝撃から立ち直ると、今度は興味の方が勝ってきたらしい。
「その魔術というものは、超能力とは違うのかい?」
「全然違うみたい。私の力は元々持ってる力だけど、魔術は勉強して覚えるものなんだって。」
「つまり、学問として体系化されている?」
「そうみたい。」
美杉教授の目が輝いた。あ、これは研究者の顔だ。
「そのエンシェント・ワンという人物に、私も会うことは――」
「お父さん。」
真魚が釘を刺した。
「……はい。」
「見世物じゃないからね?」
「分かっているとも。」
絶対分かってない。僕と太一くんは顔を見合わせた。そして太一くんが笑いを堪えながら、
「でもさ。真魚姉ちゃんが魔法使えるようになるってことは、箒で空飛んだりするの?」
「知らない。」
「杖は?」
「多分使わない。」
「呪文は?」
「まだ習ってない。」
「変身は?」
「しない!」
「もうしてるじゃん。アギトに。」
「それは別!」
賑やかになっていく美杉家の食卓を見ながら、僕は小さく笑う。まあ、思ったより普通に受け入れてくれた。この家の場合、今さら魔術師が一人増えたくらいでは大したことではないのかもしれない。
……いや。
普通の家庭で考えたら、十分大事件なんだけど。僕たちの周りがおかしくなりすぎて、感覚が麻痺している気がする。
ーーーーー
――その後。今日の最後の仕事をすることにした。
報告である。
『それで?』
通信画面に映るトニー・スタークさん。そして、
『今日一日で何があった。』
ニック・フューリー。何故か二人とも一緒にいたので、ちょうどいい。
「はい。まず、エンシェント・ワンとの面会は無事に終わりました。」
『そこまでは聞いている。』
「それで、色々あったんですけど……。」
『その“色々”を報告しろ。』
相変わらず厳しい。僕は今日あったことを、出来るだけ簡潔に説明していく。
ニューヨークでジーン、サラという超能力者姉妹と出会ったこと。
エンシェント・ワンが未来を見ていること。
本来、次代のソーサラー・スプリームになるはずだったスティーブン・ストレンジだけではなく、真魚、サラ、ジーンにも魔術師としての可能性、そして、エンシェント・ワンの後継者になれる可能性があること。
そして、三人とも魔術を学ぶことになったこと。
一通り説明すると、
『……また戦力が増えたな。』
悩み顔をしているフューリーが呟き、
『喜ぶところじゃないのか?』
顰めっ面をしているトニーさんが聞く。
『十二歳の少女を戦力として数えて喜ぶほど落ちぶれちゃいない。』
『同感だ。』
おお。この二人があっさり意見一致した。
「まあ、ジーンは戦うためというより、自分の力を制御するためって意味合いが強いみたいです。」
『その方針でいい。……報告を続けろ。』
フューリーに促されたので、
「それで、その後に僕のアルティメットフォームについて確認をしてもらいまして。」
『確認? 何か不調でもあったのか?』
トニーさんが眉を上げる。
「いえ、不調ではなく。実は、ウルトロンの事件の後くらいから、アルティメットをさらに強化したライジングアルティメットっていう形態を使えるようになってたんですけど。」
『待て。初耳だぞ。』
「あれ? 言ってませんでした?」
『『聞いてない。』』
フューリーとトニーさんの声が重なった。
「すみません。」
『……後日、詳しいデータを取らせてくれ。』
「分かりました。」
怒られるかと思ったけど、意外と大丈夫だった。
「ただ、そのライジングアルティメットは、身体能力は大幅に上がるんですけど、アルティメット最大の武器である封印エネルギーが弱まる欠点がありまして。」
『強化したのに本来の長所を潰したのか?』
トニーさんが呆れた顔になる。
「はい。それで、今日改めて力の使い方を見直した時に、ジーンの言葉から閃いたやり方を実践したら、通常のアルティメットフォームの状態で、封印エネルギーを維持したまま雷のエルの力を併用出来るようになりました。」
『……つまり?』
「かなりアルティメットを強化できました。それと、雷のエルの力がアルティメットの力を安定させてくれているみたいなので、おそらく制御にも成功したと思います。」
何度か驚いた表情になっていた二人が、さらに驚いた顔をした。
『あの形態をか?』
フューリーが確認してくる。
「はい。」
『ブラックアイとかいう、制御不能状態になる危険性も下がったと?』
「断言は出来ませんけど、感覚的にはかなり。少なくとも以前よりずっと安定していると思います。」
二人はしばらく黙っていたけれど、フューリーが頷き、
『分かった。……報告ありがとう。』
「はい。」
続いてトニーさんも、
『こっちでも色々とデータを確認したい。早めに基地へ来い。検査するぞ。』
「分かりました。」
……よし。怒られなかった。ちゃんと報告したからだろうか。最近、フューリーにもトニーさんにも怒られることが多かったから、何事もなく報告が終わったことに少し安心する。
「じゃあ、今日はこれで――」
あ、大事なこと思い出した。
『なんだ。』
「あと一つ報告がありました。今度、魔術師側の離反者を拿捕することになったので、ピーターと一緒に協力します。」
『『…………。』』
二人とも黙ってしまった。あれ? 通信が止まったかな?
「もしもし、聞こえてます?」
『……聞こえている。』
フューリーが答えた。トニーさんも額へ手を当てているけど、何も言わない。
「カエシリウスっていう、エンシェント・ワンの元弟子らしいんですけど。ダーク・ディメンションっていう異次元の力に手を出して、ドルマムゥを地球に呼ぼうとしてるんですよ。」
『……そうか。』
「はい。」
『ピーターも参加するんだな?』
トニーさんが確認してくる。
「はい。捕縛向きの能力ですし、魔術師相手でもかなり相性が良さそうなので。」
『…………。』
また黙っちゃった。何だろう?
「スタークさん?」
『いや、いい。』
トニーさんは小さく首を振った。
『分かった。報告ご苦労。』
フューリーも頷く。
『ああ。今日はもう休め。』
「はい!」
よし、今日は怒られなかった!
「それじゃあ、おやすみなさい。」
『ああ。』
『おやすみ、クロオ。』
通信を切り、画面が暗くなる。僕は大きく息を吐いた。
良かった、本当に良かった。
最近は何か報告するたびに、怒られたり、説教されたり、呆れられたりしていたから身構えていたけれど、今日は驚くほど平和に終わった。やっぱり報告は大切だ。
何か起きてから説明するんじゃなくて、事前にちゃんと説明しておけば怒られない。一つ勉強になった。そんなことを考えながら、僕は安心してベッドへ向かった。
ーーーーー
アベンジャーズ基地。
通信が切れた後も、フューリーとトニーはしばらく無言だった。
「…………。」
「…………。」
二人とも、クロオとの通信が終了した画面を見ている。やがてフューリーがゆっくりと椅子へ背中を預けた。
「……トニー、今のクロオの通信内容をまとめてくれ。」
トニーは疲れた顔で天井を見上げる。
「私に言うな。……ジャービス。」
『はい、トニー様。』
「今の話を要約してくれ。」
『承知しました。』
少しの間を置き、ジャービスの落ち着いた声が室内に響く。
『……本日の十文字黒雄氏からの報告を要約します。』
二人が黙って聞く。
『第一に、エンシェント・ワンとの接触に成功。彼女が地球の魔術師を統括する立場にあり、未来を観測する能力を持つことを確認しました。』
「ああ。」
『第二に、風谷真魚氏、エンシェント・ワンとの接触前に保護したサラ・グレイ氏、ジーン・グレイ氏の三名が、エンシェント・ワンより魔術の指導を受けることが決定しました。』
「……ああ。」
『第三に、十文字氏がこれまで報告していなかった新形態、ライジングアルティメットフォームの存在が判明しました。』
トニーの眉が動く。
「そこは強調して記録しておけ。」
『既に記録済みです。第四に、そのライジングアルティメットフォームには、身体能力の大幅な上昇と引き換えに、十文字氏の主要能力である封印エネルギーの出力が低下する欠点が確認されました。』
「そこまではいい。」
フューリーが呟く。
『第五に、本日の検証中、十二歳のジーン・グレイ氏の発言をきっかけとして、十文字氏は新たなアルティメットフォームの運用方法を発見。封印エネルギーを維持した状態で雷のエル由来の能力を併用することに成功しました。』
トニーが目元を揉む。
『結果として、十文字氏の現時点における最大戦力が更新された可能性があります。また、雷のエル由来の能力がアルティメットフォームの暴走抑制機構として機能している可能性も確認され、同形態の安定性が向上したものと推測されます。』
「……悪い話じゃない。」
フューリーが言う。
「むしろ、そこまでは非常に良い報告だ。」
「ああ。そこまではな。」
トニーも同意した。
『第六に、近日中、エンシェント・ワンの元弟子であり、異次元ダーク・ディメンションの力を利用する魔術師、カエシリウス及びその協力者の一斉拿捕作戦が予定されています。』
「…………。」
『作戦には十文字氏及びピーター・パーカー氏も参加する予定です。』
「…………。」
今度はフューリーが眉間を押さえ、トニーは椅子へ深く座り直した。
しかし、ジャービスの報告は終わらなかった。
『なお、十文字氏の説明によれば、カエシリウスはダーク・ディメンションからドルマムゥと呼ばれる存在を地球に呼び寄せようとしているようです。』
トニーが顔を上げる。
「待て。」
『はい、トニー様。』
「ドルマムゥとは何だ?」
『『カエシリウスっていう、エンシェント・ワンの元弟子らしいんですけど。ダーク・ディメンションっていう異次元の力に手を出して、ドルマムゥを地球に呼ぼうとしてるんですよ。』と十文字氏がおっしゃっていました。……現時点でスターク・インダストリーズ及びアベンジャーズが保有するデータベースに、十分な情報はありません。ただし、十文字氏の発言から推測する限り、異次元領域を支配する極めて強大な存在である可能性があります。』
フューリーがゆっくりとトニーを見て、トニーもフューリーを見る。
「アイツ、肝心なところをサラッとしか説明してないよな?」
「ああ。」
二人の意見が一致し、ジャービスが続ける。
『本日の報告内容を総合すると――』
空中のディスプレイに情報が並ぶ。
――地球規模の魔術組織との正式な接触。
――未来視能力者の存在を確認。
――新たに三名が魔術を習得予定。
――十二歳の強力な超能力者を確認、その姉も超能力者。
――十文字黒雄の未報告強化形態が判明。
――さらにアルティメットフォームそのものの強化に成功。
――暴走リスク低下の可能性。
――異次元エネルギーを利用する魔術師集団との戦闘予定。
――ピーター・パーカーも作戦参加予定。
――敵対魔術師の背後に、異次元を支配する存在がいる可能性。
「…………。」
「…………。」
フューリーとトニーは並んだ文字列を見つめる。
しばらくして、フューリーが両手で顔を覆った。ほとんど同時に、トニーも額を押さえる。
「……どうしてこうなった。」
フューリーの低い声が漏れる。
「知らん。」
トニーが即答した。
「今日の朝までは、ただエンシェント・ワンとかいう魔術師に会いに行くだけだったはずだ。」
「ああ。」
「何で帰ってきたら、魔術師が三人増える予定になって、クロオがまた強くなって、ピーター・パーカーが魔術師との戦争に参加することになってる?」
「私に聞くな。」
「しかも、異次元の支配者? 宇宙人の次は魔術師で、その次は異次元か?」
「言うな。」
トニーが即座に遮った。
「今は言うな。頭痛が悪化する。」
再び沈黙する。そしてフューリーが、クロオとの通信履歴をもう一度見る。
「……本人は、今日は怒られなかったとでも思っている顔だったな。」
「ああ。」
トニーが深く頷く。
「ものすごく安心した顔で通信を切った。」
「…………。」
「…………。」
二人はもう一度、ジャービスがまとめた報告内容を見る。
魔術師。
未来視。
新たな弟子三人。
アルティメット強化。
異次元。
カエシリウス。
ピーター参戦。
ドルマムゥ。
「…………。」
フューリーは長く、深いため息を吐いた。
「明日、呼ぶか。」
「そうだな。」
トニーも疲れ切った声で答える。
「クロオとピーター、二人ともだ。」
回避したと思われていた説教は、単に翌日へ持ち越されただけだったらしい。
ーーーーー
カマー・タージ。
黒雄たちが去り、とある一室で、エンシェント・ワンと火のエルは向かい合っていた。
とはいえ、二人の間に緊張した空気があるわけではない。エンシェント・ワンはいつもの穏やかな表情で椅子に腰掛け、対する火のエルは背もたれへ身体を預けながら、疲れたように天井を仰ぎ見ている。
「……まさかアルティメットの強化を、今日のあの会話だけで達成しちまうとは思わなかったわ。」
火のエルが、心底呆れたようにぼやいた。
今日はあくまで現状の把握が目的だった。ライジングアルティメットという新たな形態を獲得できるのか?と尋ね、何か問題があるらしいから確認してみよう、……その程度のつもりだったのだ。
それが蓋を開けてみれば、ジーンの何気ない一言から黒雄が発想を得て、雷のエルの力を封印エネルギーと同時に運用することに成功してしまった。
しかも、ただ単純に出力が上がっただけではない。これまで最大の懸念だったアルティメットフォームの暴走の危険性まで、雷のエルの力によって安定する可能性が出てきた。今日一日で得られた成果としては、あまりにも大きいが、色々とあり過ぎた。
そんな火のエルの愚痴に、エンシェント・ワンは小さく笑った。
「対ドルマムゥの切り札を用意できたのですから、良かったではありませんか。ドルマムゥ。」
「ややこしいから火のエル呼びにしてくれ。」
火のエルが露骨に嫌そうな顔をする。
「お前にそう呼ばれると、どっちのドルマムゥについて話してんのか一瞬分かんなくなる。」
「ですが、あなたが初めて私のところへ来た時、自分からそう名乗ったのですよ?」
エンシェント・ワンは楽しそうに目を細める。
「突然現れて、『俺はドルマムゥだ。俺を倒すのに協力しろ』と。」
火のエルの顔が盛大にしかめられた。
「本来の名前なんぞ忘れちまったからな。」
そう言って、火のエルは頭を掻く。
「あなた自身から聞いた、あなたの正体……かつて、ドルマムゥによって自らの惑星をダーク・ディメンションへ吸収された、異星の生命体。」
エンシェント・ワンが静かに語る。
「あなた自身もドルマムゥの一部となりながら、タイム・ストーンの力によって自身をドルマムゥから分離することには成功した。しかし、その代償なのか、異星人として生きていた頃の記憶は、そのほとんどを失ってしまった……とのことでしたね。」
「ああ。」
火のエルは短く答えてから、何とも納得がいかないという顔になる。
「この世界の未来についての記憶とかは残ってんのにな。自分が元々何だったのかとか、どんな星で暮らしてたのかとか、そういう肝心なところがほとんど残ってねぇ。」
火のエル自身、そのことを奇妙に思ったことは何度もある。
自分がドルマムゥから分離した存在であることは覚えている。自分が何を目的に行動していたのかも覚えている。そして、この世界でこれから起こるはずだった出来事についても、断片的ながら知識として残っている。
それなのに――ドルマムゥに取り込まれる前の自分については、ほとんど何も覚えていない。
「かつての名前も憶えてねぇ。自分の星の名前も、どんな連中と暮らしてたのかもな。」
「それでも、自分がドルマムゥではないという認識だけは残った。」
「ああ。だから分離できたんだろうな。」
自分はドルマムゥではない。その意識が残っていたからこそ、タイム・ストーンの力を利用して、混ざり合った存在から自分だけを切り離すことができた。もしかしたら、闇の力が言っていた『地球への帰巣本能』が関わっているのかもしれない。
もっとも――その後が問題だった。
「ドルマムゥから分離して、ダーク・ディメンションから抜け出したと思ったら、辿り着いた先が古代の地球だ。そん時の俺には身体がなかった。だからドルマムゥの一部だった頃に身についた、他者を支配する力を使って、最初に遭遇した知的生命体へ乗り移った。」
そして、その相手が、
「それが火のエルだった、と。」
エンシェント・ワンが続きを口にする。
「ああ。」
火のエルは頷いた。
「よりにもよって、エルロードの一柱だ。運が良かったのか悪かったのか。」
「力ある肉体を得られたという意味では、非常に幸運だったのでは?」
「だろ? 俺も最初はそう思ったんだよ。」
火のエルが遠い目をする。そんな彼を見ながら、エンシェント・ワンは少し考え、
「ですが、その後、光のエルに吸収されて数千年ほど時間を無駄にしていますから……総合的には運が悪かったのではありませんか? ……自業自得でしたし。」
「それ言う?」
「事実でしょう?」
「事実だけどよ。」
火のエルは大きく身体を沈めた。
「あれは、本当に痛恨のミスだったわー……。」
しみじみとした声だった。火のエルにとって、思い出したくない過去の失敗ランキングを作るなら、間違いなく最上位に入る出来事である。
エンシェント・ワンは、そんな彼を見て小さく笑った後、軽く手を叩いた。
「とりあえず、話を切り替えましょう。」
「おう。」
「私はこれから、彼女たち三人に魔術を教えていくことになります。」
真魚、サラ、そしてジーン。今日、増えた三人の弟子候補である。
「真魚とサラについては、魔術だけではなく、現在持っている超能力も並行して使用してもらうつもりです。二人とも既に優れた能力を持っていますから、それを無視して一から魔術師として育てる必要はありません。」
「まあ、そうだろうな。」
「ジーンについては……まず制御ですね。」
「だな。」
火のエルも、それについては即答だった。
ジーン・グレイ。
十二歳の少女でありながら、その内側に眠る力は、火のエルから見ても規格外だった。魔術を教える以前に、自分自身の力に呑まれないための術を身につけさせる必要がある。
「本来なら、もっと時間をかけて基礎から教えたいところですが。」
エンシェント・ワンの表情から、僅かに笑みが消える。
「少々予定を変えて、早期訓練にしようと思っています。」
「カエシリウスか。」
エンシェント・ワンは頷いた。
「彼は私の弟子でした。私の考え方も、カマー・タージについてもよく知っています。一人なら隠しきれたと思いますが、三人ともなると、その存在に気づかれ、その可能性を危険視されることも十分に考えられる。」
真魚とサラ。二人が持つ力と魔術を組み合わせた時、将来的にどこまで成長するのか、エンシェント・ワン自身にも完全には予測できない。
ジーンに至っては、魔術師として成長する以前の問題だ。
「あの子たちが何も知らない状態で襲撃でもされたら、たまったものではありません。」
「まあ、そん時はあいつら――」
火のエルは一度言葉を切り、少しだけ想像した。サラとジーンが襲われる。当然、ピーター・パーカーが知る。そして真魚が襲われれば、十文字黒雄が知る。
「……ブチ切れたアルティメットとスパイダーマンを相手にすることになるんだろうな。」
エンシェント・ワンも少しだけ想像し、
「それはそれで、カエシリウスたち、というより世界が心配になりますね。」
「だろ?」
「できれば、そこまで拗れる前に私たちで対処したいものです。」
冗談めかしてはいるものの、エンシェント・ワンとしても三人を危険に晒すつもりはない。むしろ――、
「私としては、未来があり、他者を慈しむことのできる後継者候補というのは、願ってもないことです。特に彼女たちは、将来的な実力という意味でも素晴らしい。」
真魚。
サラ。
ジーン。
それぞれ方向性は異なるが、誰もが大きな可能性を持っている。そして何より、三人とも既に自分以外の誰かを大切に思う心を持っている。力を持つ者にとって、それは何より重要な資質だ。
「ですから、大事に育てていきたいと思っています。」
「…………お前さ。」
火のエルが、じっとエンシェント・ワンを見る。
「何でしょう?」
「若干もうストレンジ見限ってねぇか?」
「そんなことはありません。」
即答だった。
「本当か?」
「もちろんです。」
エンシェント・ワンは涼しい顔をしている。
「彼が事故に遭う前に助け、魔術について話し、その上で彼自身が学ぶ意思を見せるのであれば、当然、彼にも魔術を極めてもらいます。」
火のエルは少し考える。
「後継者、多くね?」
「真魚の言葉で学びました。多くて困ることはありません。」
「ソーサラー・スプリームは一人だろ。」
「誰も、全員をソーサラー・スプリームにするとは言っていませんよ。」
「まあ、そうだけどよ。」
火のエルは腕を組み、改めて考えてみる。本来なら、これからアベンジャーズは大きく分裂するはずだった。互いに傷つけ合い、それぞれが別々の道を歩むことになる。だが、黒雄の存在によって、その未来は大きく変わりつつある。
「……アベンジャーズの連中が離別しない。」
火のエルが呟き、エンシェント・ワンは黙って聞いている。
「ストレンジもいる。そこに新しく、真魚、サラ、ジーンの三人が魔術を覚える。」
少なくとも、三人とも才能に疑いはない。
「んで、クロオのアルティメットも今日さらに強くなった。」
戦力だけを考えれば、間違いなく本来の未来よりも遥かに充実している。地球を守る者たちが分裂せず、むしろ新たな仲間を増やし続けている。
そこまで考えて、火のエルは眉間に皺を寄せた。
「これだけやっても、まったく安心できねぇのは何でだ?」
その問いに、エンシェント・ワンは少し困ったように笑った。
「それだけ、これから訪れる脅威が強大なのでしょう。」
「…………。」
「サノス。」
エンシェント・ワンが一つ目の名を挙げる。
「セレスティアルズ。」
二つ目。
それ以外にも、宇宙には地球人が存在すら知らない脅威がいくつも存在する。そして、未来が変化したことで、それらが本来と同じ形で訪れる保証すらなくなっている。
味方が増え、戦力も増えた。救えるはずのなかった人々を救い、失われるはずだった力も残りつつある。それでもなお――未来は安全になったとは言い切れない。
むしろ、変化すればするほど未知の領域は増えていく。
「…………はぁぁぁぁぁぁ。」
火のエルは盛大なため息を吐いた。背もたれへ完全に身体を預け、そのまま天井を仰ぎ見る。しばらく何も言わずにいた後、
「……頭痛ぇ。」
心底疲れたような声が、静かなカマー・タージの一室に響いた。