日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
アベンジャーズ基地。
「だからね、俺の扱い、ちょっと雑だと思うのさ。」
「はあ。」
「いや、ジャネットさんを助けられたから、アベンジャーズに協力する。それは良いよ? 俺だって恩はあるし、ハンク博士やホープさんとも話して決めたことだ。世界を守るっていうなら、できることはやりたいと思ってる。」
僕――十文字黒雄は、隣に座る男性の話を適度に相槌を打ちながら聞いていた。
スコット・ラング。特殊なスーツを使って身体を縮小、あるいは巨大化させるヒーロー――アントマン。
僕は先日の報告会で、彼についてフューリーたちから一通り話を聞いていた。ピム博士からスーツを託され、色々あった末にアントマンとして活動している。
先日、トニーさん、バナーさんが研究に協力し、量子世界に取り残されていたジャネット・ヴァン・ダインさんの救出にも成功している。
僕は、直接会うのは今日が初めてだった。
休憩スペースで一人になっていたところ、同じく休憩に来ていたスコットさんと偶然話すことになり、気付けばこうして愚痴を聞いている。
「なんか周りからさあ、『何だこの中年、頑張ってんな』みたいな感じで見られるんだよね。」
「……。」
「言葉には出してないよ? 出してないけど分かるんだよ。あの目は。俺、刑務所でも色んな目で見られてきたからね。そういうのには敏感なの。」
「それは何というか……。」
「辛いだろ?」
「はい。」
「だよね。」
スコットさんが大きく息を吸い、
「はあぁぁぁ……。」
盛大なため息を吐いた。随分疲れている。今日、スコットさんがアベンジャーズ基地に来ている理由は訓練だ。
今後、アントマンとして本格的に活動していく以上、スーツの能力だけに頼るのではなく、格闘戦や集団戦、救助活動、対テロを想定した動きなど、色々と覚えておく必要があると考え、今日は朝からスティーブさんが鍛えている若手隊員たちに混ざって訓練を受けていたらしい。
「確かにスーツ頼みなのは否定しないよ。俺だってそこは自覚してる。ハンク博士が作ったスーツが凄いのであって、俺自身がキャップみたいに超人なわけじゃない。」
「はい。」
「でもさ。」
スコットさんが、自分の胸を指さす。
「俺、一応アベンジャーズ候補なんだよ。」
「そうですね。」
「もうちょっとこう、敬意みたいなのがあってもよくない?」
「うーん。」
僕は少し考える。
「僕も最初は似たような扱いでしたよ。」
「本当?」
「未成年でしたから。」
「ああ……それはそれでキツいな。」
もっとも、僕の場合は周囲から舐められたというより、トニーさんやバナーさんから「何で未成年を戦わせてるんだ」とフューリーが責められた方だけど。
その後も色々あって、今ではすっかり慣れた。ちなみに僕が今日ここに来た理由も、訓練だった。
最近、純粋な戦闘技術を磨く機会が少なくなっている。それではまずい。何より、
『真魚、かなり調子が良いですよ。』
昨日、エンシェント・ワンからそんな話を聞いた。
魔術の修行を始めた真魚は、超能力を併用した学習法により、想像以上の速度で魔術を習得しているらしい。
それ自体は嬉しい。嬉しいのだけど、……ちょっとだけ焦る。いや、本当にちょっとだけだけど。アルティメットフォーム込みなら流石にまだ負けないと思う。
でもアルティメットを抜いた状態で、真魚が魔術まで使えるようになったら、普通に強さで抜かれる可能性があるんじゃないだろうか。
恋人が強くなることを喜ぶべきなのに、それとは別に男として少し複雑なものがある。
そんなわけで、僕も午後から格闘訓練に参加する予定だった。
「僕も午後の格闘訓練に参加するんで、よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。」
スコットさんがそこまで言ってから、何かに気付いたように目を瞬かせる。
「……おっと。」
「はい?」
「そういや俺、愚痴ばっかり言ってて名乗ってもなかったな。悪いね。」
スコットさんが手を差し出してくる。
「俺はスコット・ラング。アントマンだ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
僕もその手を握る。
「十文字黒雄です。僕はク――」
「クロオさん!」
後ろから聞き覚えのある声が響き、僕は振り返った。
「あ、ピーター。」
「こんにちは!」
ピーターが小走りでこちらへ近付いてくる。どうやらピーターも午後から訓練らしい。
「ピーター、ちょうど良かった。」
「何がです?」
「こちら、スコットさん。今日初めて会ったんだけど、午後の訓練に一緒に参加するみたい。」
「あ、初めまして。」
ピーターはすぐに姿勢を正すと、スコットさんへ手を差し出した。
「ピーター・パーカーです。よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく、ピーター。」
スコットさんも笑って握手する。
「君もアベンジャーズ関係?」
「はい。僕は――」
ピーターが自己紹介を続けようとした、その時だった。
「あれ? まだいたんすか、ラングさん。」
ーーーーー
その声を聞いた瞬間、俺は心の中で盛大にため息を吐いてしまう。
ああ、来た。午前中、一緒に訓練していた連中だ。六人くらいの若手が、訓練着のままこっちへ歩いてくる。全員、俺より若く、全員、俺より鍛えている。そして全員、俺が朝から何となく気になっていた目をしている。
「午後も訓練するんですか?」
先頭にいる大柄な男が、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「頑張りますねえ。」
ほら、これだ。だから嫌なんだよ。
「まあ、スーツさえ着れば俺たちより強いですもんね。」
別の奴まで笑う。
「便利っすよね。小さくなったりデカくなったり。」
俺は笑って流そうとした。別に、こんなことでいちいち喧嘩する歳でもない。俺には娘もいる。大人だ、大人。そう思っていたんだけど、
「それ、言い方が――」
ピーターが明らかにムッとした顔で前へ出ようとした。すると、さっきまで俺の愚痴をずっと聞いてくれていた黒雄が、その肩を軽く掴む。
「ピーター。」
「でもクロオさん。」
「いいから。」
ピーターは不満そうにしながらも、一歩引いた。偉いな、若いのに。俺なんか、あの歳の頃だったら絶対もっと言い返してた。
ところが、その様子を見ていた大柄な男が黒雄を見ながら鼻で笑った。
「何だよ。ビビってんのか?」
黒雄は何も言わない。いや、正確には、呆れてる感じだ。でも男にはそれが分からないらしい。
「まあ、子供じゃ仕方ないか。」
「あ?」
声が出た。俺の声だ。やめとけ、スコット。大人だろ。
「子供だから何だ?」
……無理だった。
「ああ? 別に何もないだろ。」
「この子たちは関係ないだろ。俺を馬鹿にするのは好きにすりゃいいけど、関係ない奴まで巻き込むなよ。」
男の眉が吊り上がる。
「あ?」
「それに、キャップから戦闘訓練受けてるからって偉くなったつもりならやめとけ。さっきから見てたけど、あんた、偉そうな態度だけなら一流だが、他は大したことなかったぜ?」
「てめえ!」
「ほら。すぐ怒る。」
俺は肩をすくめた。
「それでよく対テロ部隊なんてやれるな。」
「虫野郎が……!」
男が一気に距離を詰め、拳を振り上げてくる。あ、殴られる。いや、避けられるか? でも今スーツ着てないし、俺、素の喧嘩そんな強くないぞ? なんて一瞬で色々考えた次の瞬間、
「え?」
拳が止まってた。正確には、黒雄が止めていた。……片手で。
「…………え?」
大柄な男の拳を、黒雄が片手で掴んでいる。男の腕には明らかに力が入っているのにビクともしない。
「やめた方がいいですよ。」
黒雄が静かに言う。そして軽く腕を引いた。ただそれだけに見えたのに男の体勢が崩れ、そのまま手首を返され、次の瞬間には床へ伏せられていた。
「ぐっ!?」
速い。いや、速いっていうか、何だ今の?
「てめえ、何しやがる!」
二人の男が黒雄へ掴みかかろうとする。危ない! と俺が叫ぶ前に、
「やめろ!」
今度はピーターが動いた。二人の間に入り、それぞれの手首を同時に掴む。
「なっ!?」
「おい、離せ!」
二人が腕を引くが、ピーターは一歩も動かない。いやいやいや、何この子、細いよ? かなり細いよね?
「ガキが!」
二人がさらに力を込める。ピーターが困った顔になり、
「あの、本当にやめた方がいいです。」
「離せ!」
「……しょうがないな。」
ピーターが少しだけ手首を返す。
「痛っ!?」
「いだだだだ!」
二人が同時に悲鳴を上げた。
「ピーター、加減して。」
黒雄が普通に言う。
「してます!」
「ならいいけど。」
俺は二人を見る。黒雄とピーター。二人とも見た目は普通の若者だ。いや、黒雄はそれなりに鍛えてそうではある。でも、
「……え?」
何この二人? と考えている、その時だった。
「何をしている。」
低い声が響き、俺の背筋が伸びた。いや、俺だけじゃない。
突っかかってきた奴らの仲間連中も背筋を伸ばし、緊張が極限まで高まっているのか、微妙に震えている。廊下の奥から歩いてくるのは、ニック・フューリー。あの人って、怒鳴らなくても怖いんだな。
「もう一度聞く。」
片目で俺たちを見ながら歩いてくる。
「何をしている。」
静かだ。すごく静かなのに、怖い。これ、普通に怒鳴られるより怖くない? 誰も答えない。俺も何故か姿勢を正してしまっている。
「こっわ……。」
思わず小声が漏れる。すると黒雄が、床に伏せさせていた男の腕を離して立ち上がる。
「フューリー。」
「!?」
ギョッ、として俺は黒雄を見る。周りも見る。
え? 今何て?
「この人たちがスコットさんを馬鹿にしていて、その後僕たちにも絡んできて、一人がスコットさんを殴ろうとしたので止めました。残りの二人が僕に掴みかかろうとしたので、ピーターが止めました。」
「そうか。」
普通に会話が進んだ。え? いいの?
「怪我人は?」
「いません。」
「ピーター。」
「はい!」
「加減したか?」
「しました!」
「ならいい。」
いやいや。ちょっと待って。俺は黒雄へ顔を近付ける。
「今、フューリーって呼び捨てにした?」
「え? あ、はい。」
俺は少しだけ黒雄から距離を取った。この子、もしかして思ってた以上に怖い子なんじゃないか? フューリーが大きくため息を吐く。
「お前ら。」
フューリーが若手たちを見る。それだけで、全員、背筋が伸びる。
「一つ教えておいてやる。」
「……はい!」
「兵士なら――」
一度言葉を止め、
「いや、大人なら。」
少し呆れたように言い直した。
「喧嘩なんてものは、相手の素性を把握してからやれ。」
「……?」
若手たちが意味が分からないという顔をするが、俺もよく分からない。フューリーは黒雄とピーターへ目配せした。
「自己紹介してやれ。」
「あ、はい。」
ピーターが頷く。
「ピーター・パーカーです。」
少し間を置いて、
「スパイダーマンやってます。」
俺も含めて、その場の何人かが固まった。いや、俺だってスパイダーマンについて名前くらいは知っている。
でも、この子が?
「ちなみに。」
ピーターが、さっき俺を虫野郎と呼んだ男を見る。
「蜘蛛です。……虫野郎って言うなら、僕もそっち側ですね。」
いや、蜘蛛は虫とは違うんじゃないか? と思ったけど、今は黙っておこう。
「スパイダーマン……?」
誰かが呟き、フューリーが続ける。
「ついでに教えておいてやる。そいつは、あのトニー・スタークに『自分の後継者として育てる』と言わせるだけの奴だ。」
ピーターが振り返る。
「そこは言わなくても。」
「事実だ。」
「そうですけど……。」
若手たちの顔が盛大に引きつっている。多分俺も、引きつってる。トニー・スタークの後継者? この子が?
「次。」
フューリーが黒雄を見る。
「あ、はい。」
黒雄も頭を下げる。
「十文字黒雄、クウガです。」
今度こそ、時間が止まったね。というか、え?
「……クウガ?」
思わず口から出た。
「はい。」
黒雄がこっちを見る。いやいやいや、ちょっと待って。この子が? あの? アベンジャーズで最強候補とか、世界でもトップクラスとか、何か色々と噂が飛び交ってるあのクウガ?
「あ。」
黒雄が何か思い出したように口を開く。
「クワガタです。」
俺は思わず、
「そこ重要?」
と聞いてしまった。
「多分。」
多分なの? 若手たちはもう顔面蒼白だった。さっき黒雄に殴りかかった大柄な男なんて、ガチガチ震えてるよ。
「ク、クウガ……?」
「はい。」
「……あの?」
「多分、そのクウガです。」
多分じゃないと思う。フューリーが腕を組みながら、
「理解したか? お前らは、」
一拍置いて、
「地球最強に喧嘩を売ったんだよ。」
全員の顔から血の気が引いた。
「すみませんでした!!」
いきなり全員が頭を下げた。
「本当にすみません!」
「知らなかったんです!」
「いや、知らなかったからって良いわけじゃないだろ!」
「ラングさんもすみませんでした!」
「え、俺?」
突然俺まで謝られた。いや、そこまでされると逆に困る。
「まあ……いいけど。」
フューリーが俺たち三人を見る。
「クロオ、ピーター、ラング。」
「はい。」
「はい!」
「俺も?」
「お前もだ。」
「はい。」
怖い。
「もう行け。午後の訓練の準備をしろ。」
黒雄が頷く。
「分かりました。」
ピーターも続く。俺も二人と一緒に歩き出した。少し離れたところで、俺は改めて二人を見る。
「……ねえ。」
「はい?」
黒雄が振り返る。
「俺、今日とんでもない二人と一緒に訓練することになってない?」
「大丈夫ですよ。」
「何が?」
「ちゃんと加減しますから。」
「それが一番怖いよ。」
ピーターまで笑う。
「僕も加減しますよ。」
「……帰ろうかな。」
「駄目ですよ。」
黒雄とピーターが笑っていた。何だか、俺だけすごく損してる気がする。そのまま三人で角を曲がろうとしたところで、ふと後ろが気になって、少しだけ振り返ると、若手たちは綺麗に並ばされていた。その前にフューリーが立ち、
「さて。」
全員の顔が引きつっている。
「お前らの午後の訓練だが、」
嫌な予感しかしないだろうな。
「俺が担当してやろう。」
うーわ。
「全員、訓練室へ行け。」
「はい!」
「返事が小さい。」
「はいっ!!」
俺はそっと前を向いた。
「……黒雄。」
「はい?」
「俺は、まだマシかもしれない。」
後ろから響くフューリーの声を聞きながら、俺たちはそのまま訓練室へ向かった。
その日、午前中まで俺を馬鹿にしていた若手隊員たちが、午後の訓練を終えた頃には全員揃って床に転がっていたらしい。
ーーーーー
最近、カマー・タージでは一つの問題が起きている。
いや、問題というほど深刻なものではない。
誰かが禁書を盗んだわけでもなければ、闇の魔術に手を出したわけでもない。異次元から化け物が襲ってきたわけでもないし、カエシリウスたちが何か仕掛けてきたわけでもない。ただ、
「…………。」
修行僧たちの心が、少しずつ折れかけていた。原因は、新しく修行を始めた三人、風谷真魚、サラ・グレイ、そしてジーン・グレイである。
三人とも魔術師としては完全な初心者である。少なくとも、数日前までは。
ーーーーー
真魚の場合。
モルドは腕を組みながら、一人の少女を見ていた。
真魚は机に向かい、一冊の魔術書を読んでいる。かなり古い書物で、光を操る魔術について記された、カマー・タージでも基礎から中級程度に位置する魔術書。基礎と言っても、魔術そのものを初めて学ぶ者が簡単に理解できる内容ではないし、実際、初めてこの本を読む者の多くは、最初の数十ページだけで数日を費やす。
魔術式、精神集中、エネルギーの流れ、エネルギーとの接続。それらを一つ一つ理解し、身体に覚え込ませていく必要があるからだ。
真魚も最初は、
「うーん……。」
と、難しそうな顔をしながらページをめくり、
「……よく分からない。」
と呟いていた。
モルドはその様子を見て、当然だ、魔術とはそんな簡単なものではない。才能があるからといって、一日二日で何でも理解できるものではない、と思っていた。いたのだが、
「じゃあ。直接見ればいいか。」
と言った真魚は、本に手を置いた。
「……?」
モルドが眉を寄せる中、真魚が目を閉じた。
「…………。」
すると、彼女の表情が変わった。最初は戸惑い、次に納得。そして、
「あー。なるほど。」
小さく声を漏らし、ページをめくる。添えた手から何かを感じ取り、目を閉じながら本を詠み進めていく。
「ああ、ここの意味ってそういうことなんだ。」
さらにページをめくる。
「なるほど、これを書いた人、この時はまだ理論が完成してなかったんだ。」
モルドの眉間に皺が寄った。真魚の能力、物や人に触れることで、そこに残った記憶や情報を読み取るサイコメトリー。魔術書に触れることで、その本を書いた者、その人物が何を考えながら記したのか、どのように魔術を組み立てたのか、場合によっては、その本を読んだ者たちの記憶すら読み取ることができる。
真魚は読み進める、詠み進める。本そのものに残された記憶を辿り、著者、その弟子、さらに、その魔術書を学び、後に優れた魔術師となった者たち。
一人、二人、十人、数十人。歴代の魔術師たちが、この一冊から何を学び、何を失敗し、何を掴んだのか。その経験を、一つずつ辿っていく。そして数時間後、
「よし。」
本を閉じた真魚を見て、モルドは目を見開いた。
「終わったのか?」
「はい。」
「……理解できたのか?」
「多分。」
多分。その言葉に、モルドは嫌な予感がしてならなかった。
修練所に移動した真魚は、右手を前へ出す。指先が動き、淡い光が生まれた。基礎的な発光魔術だ。
続いて左手を動かすと、一つだった光が、二つ、四つ、八つ、十六と増え、周囲へ広がる。光源を複数展開する魔術。
さらに真魚が両手を合わせると、光が強くなる。増幅の魔術。
別々の術式を同時に展開していく。
「…………。」
モルドの口が、少しずつ開いていった。普通なら、まず一つの魔術を安定して発動させる。そこから二つ目、三つ目。それぞれを身につけた後、ようやく複数の術式を組み合わせる訓練へ進む。
それをこの少女は、今初めて読んだ一冊の魔術書から学んだばかりの魔術を組み合わせている。
「あ。」
真魚が何か思いついたように声を上げた。
「これ、いけるかもしれない。」
「何がだ?」
モルドの声に、僅かな不安が混じるが、そんなことは気にしない真魚が手を前へ向ける。周囲に浮かぶ十数個の光、それぞれが徐々に輝きを増していく。
「…………待て。」
モルドが顔を引きつらせながら制止する。光が、ただの光源ではなく、凄まじいエネルギーを内包していたからだ。
今真魚が展開している光は、普段使っているアギトの力。その力を魔術によって展開し、分裂と増幅を加えていく。
「あー、真魚。」
「はい?」
「何をするつもりだ?」
「ちょっと覚えたことを実践してみようと思って。」
「何を――」
「えい。」
放たれたのは十数本の光線。それらが一斉に、修練場の奥に設置された魔術障壁へと突き刺さった。
次々に着弾し、轟音と共に、障壁全体が激しく揺れ、最後には砕け散った。
「…………。」
モルドは口を開けたまま固まった。比喩ではなく、本当に、顎が外れそうなほど口が開いている。
「うーん。」
一方の真魚は、少し不満そうだった。
「これ、疲れるなぁ。光線を何本も維持するからかな?」
「…………。」
「……だったら光球にして、必要な分だけ撃つ方が効率いいかも。」
真魚は先ほどの魔術書を書庫に戻し、
「あ。」
隣の棚から別の本を抜き取った。タイトルは『光体操作と遠隔制御』。本来は闇の中、光源を展開、遠距離にもその光源を飛ばし、視界を確保するための魔術が書かれた書である。
「これ良さそう。」
椅子に座り、本に手を置く。目を閉じ、読み始め、詠み始めた。
「…………。」
モルドは何も言えなかった。近くで修行していた魔術師の一人が、震える声で呟く。
「……私、先ほど棚に戻された本を理解するのに、半年かかったんだが。」
別の修行僧が肩を叩く。
「見るな。」
「しかし。」
「自分と比べるな。心が死ぬぞ。」
その日。モルドは初めて、才能を持つ者を指導することの恐ろしさを知った。
ーーーーー
サラの場合。
「すみません。」
サラは申し訳なさそうに頭を下げた。
「覚えが良くなくて。」
エンシェント・ワンは、静かにサラを見る。二人がいるのは、通常の修練場ではない。エンシェント・ワンが作り出した精神空間。現実の時間とは少し異なる感覚で、意識の中において様々な経験を再現することができる空間だった。
サラは現在、その空間と自身の超能力を併用し、エンシェント・ワンと意識の一部を繋いで修行をしている。
魔術の基礎、身体操作、精神集中、戦闘時における判断、魔術師同士の戦い、異次元存在との戦闘。
エンシェント・ワンが長い年月をかけて積み重ねてきた経験の一部を、精神世界の中で疑似的に体験し、それを自分のものとしていく。
もちろん、全てをそのまま渡しているわけではない。
人間の精神には限界があり、サラが耐えられる範囲で、必要な知識を必要な量だけ与えている。そうしているのだが、
「今のところ、二割くらいしか覚えられていないと思います。本当にすみません。」
サラは本気で落ち込んでいるようだ。
「サラ。その言葉を、」
エンシェント・ワンが柔らかく微笑んだ。
「他の魔術師の前では、決して言ってはいけませんよ。」
「……?」
サラが首を傾げるが、分かっていない。彼女は本当に分かっていない。
確かに、サラは未熟だ。魔術式を間違える、術の発動に時間がかかる、戦闘になれば判断が遅れる、経験不足も目立つ。だが、それは比較対象が悪すぎるからだ。
サラが自分自身と比べている相手は、エンシェント・ワンである。現代最高峰の魔術師であり、何百年もの研鑽と戦闘経験を持つ存在だ。
そんな相手と比べれば、誰だって未熟であるのは当然である。
そして、サラがこの数日で習得したものは、通常の魔術師なら数十年をかけて学ぶ量だった。しかも、ただ知識として覚えているだけではない。実際に身体を動かし、失敗し、修正し、経験として定着させているのだ。
「…………。」
エンシェント・ワンは微笑みながら、内心で考える。
――本当に、ストレンジがいなくても良いのでは?
本来の未来でスティーブン・ストレンジは間違いなく歴史上でも指折りの魔術師になる男。それは今でも変わらない。変わらないのだが、
「先生。」
「はい、なんでしょう?」
「さっきの魔術なんですけど。」
サラがノートを開く。
「精神世界と現実世界で、魔力の流れに差があったように感じたんですが。」
「よく気付きましたね。」
「やっぱり違うんですか?」
「僅かにですが。」
「どうしてですか?」
「精神世界では――」
サラが非常に細かくメモを取っていく。説明を聞き、疑問があれば質問する。納得できなければ、もう一度聞く。後で忘れないように、自分の言葉へ置き換えて記録する。
「あ、それなら。」
別のページを開く。
「昨日教えてもらった多重術式についてなんですけど。」
「はい。」
「この部分。魔術式を重ねる順番を逆にしたら、威力は少し下がる代わりに、消費するエネルギーを格段に減らせませんか?」
「…………。」
エンシェント・ワンが僅かに目を見開く。
「試してみましょうか。」
「はい!」
サラが嬉しそうに頷く。
なお、サラが何気なく書き続けていたノートが、後に一冊の書物としてまとめられることを、まだ誰も知らない。
エンシェント・ワンから学んだ知識、サラ自身の疑問や失敗。それらの改善方法。初心者が躓きやすい部分や魔術理論。そして実践。精神や次元に関する様々な奥義。
それらをサラ自身の言葉で分かりやすくまとめた本。後世で、
『最も初心者に優しく、最も深く魔術の真理へ迫る書物』
などと評され、カマー・タージの秘宝の一つになる。もっとも、本人はそんな未来など知らず、今日も真面目にノートを取っていた。
そして、最後の一人。
ーーーーー
ジーンの場合。
彼女については、エンシェント・ワンから明確な方針が出されていた。
まだ十二歳。魔術師である以前に、一人の子供である故に、子供として過ごす時間を奪ってはならない。そのため、午前中、ジーンは光のエルの村で、他の子供たちと一緒に過ごしている。
遊び、学び、同年代と共に食事をする。時には喧嘩することもある。
なお、今のジーンと喧嘩ができる、超能力者やアギトに変身できる子供は、村に数人いたりする。
そんな、普通?の子供としての生活を過ごし、午後になると、毎度お馴染み、ゴウラム便に乗ってカマー・タージへやってくる。
魔術の勉強や精神を落ち着かせる訓練。そして、周囲へ迷惑をかけない専用空間で、自身の超能力を制御する練習も行っている。
今日は、ウォンが指導についている。
「ではジーン。」
「はーい!」
「精神を落ち着かせながら、机の上のリンゴを持ち上げてみよう。」
「分かりました!」
ジーンが元気よく返事をする。目の前には石造りの机。その上にはリンゴが一つ。
「呼吸を整える。」
「はい。」
「力を必要以上に込めない。」
「はい。」
「持ち上げるのはリンゴだけだ。」
「はい!」
ウォンが頷き、ジーンがリンゴを見る。
意識を集中、精神を落ち着かせ、ゆっくり、ゆっくりと、リンゴが浮かび――
「…………。」
ウォンの眉が動いた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「…………。」
机が浮いた。正確には、リンゴが乗っている数百キロはあるだろう石造りの机ごと浮いた。
「…………。」
「できた!」
ジーンが嬉しそうに振り返る。ウォンは浮いている机を見て、リンゴを見る。そして、ジーンを見る。再び、浮かんでいる机を見てから少し考え、
「結果的にリンゴは持ち上がったな。」
「はい!」
「合格!」
「わーい!」
ジーンが両手を上げる。近くで見ていた修行僧が、
「いやウォン。」
小声で言う。
「甘くないか?」
ウォンが振り返る。
「十二歳だぞ。」
「……そうだな。」
「頑張ったら褒める。それが一番だ。」
「……その通りだな。」
基本的に、皆ジーンには甘かった。
次、テレパシーの訓練。ウォンがジーンの前へ座り、
「では今度は、言葉を使わず、私の精神へメッセージを送ってみたまえ。」
「はーい。」
「まず相手を意識する。」
「はい。」
「精神を一点へ向ける。」
「はい。」
「距離を意識する必要はない。目の前にいる私だけを――」
「距離を意識しない。……分かりました!」
ジーンが目を閉じ、集中する。
「…………。」
ウォンが待つ。さらに数秒。すると、ジーンの眉が寄った。
『もしもし?』
繋がった。………ただし、ウォンではなかった。
『あれ?』
ジーンが首を傾げる。
『なんでピーター?』
ーーーーー
――同時刻。アメリカ、アベンジャーズ基地、格闘訓練場。
『なんで、と言われても。』
僕、ピーター・パーカーは、突然頭の中に響いたジーンの声に返事を返していた。少し離れた床では、スコットさんが仰向けになって倒れている。
「はぁ……はぁ……。」
どうやら、僕とクロオさんの訓練に付き合った結果、完全に疲れ切ってしまったらしい。いや、僕は特に変身とかしないで、この身体能力だし、その僕と普通に訓練ができるクロオさんが異常なだけで、スコットさんも十分凄いですよ? とりあえず、返事を返さなきゃ。
『ジーン、今魔術の練習でカマー・タージにいるんじゃなかったっけ?』
『いるよ。』
ジーンの声が頭の中へ響く。
『今、テレパシーの練習中なんだけど、失敗しちゃった。目の前のウォンさんにかけようと思ったのに。』
思わず表情が固まってしまった。
『ジーン。』
『なに?』
『僕、今アメリカにいるんだけど。』
『うん。』
『君、カマー・タージにいるんだよね?』
『そうだよ? テレパシーのコツは距離を意識しないことなんだって。』
『…………。』
『ウォンさんにテレパシー送る練習に戻るから、切るよ。』
『あ、うん。』
『またねー。』
切れた。目の前で僕の様子を窺っていたクロオさんが構えを解き、
「どうしたの、ピーター?」
「えっと。今、ジーンからテレパシーの連絡が来たんです。」
「へえ。………あれ?」
クロオさんも違和感に気付いたようで、
「ジーンって今、カマー・タージで修行してなかったっけ?」
「はい。カマー・タージからテレパシーが届きました。」
「…………。」
「…………。」
クロオさんと見つめ合い、数秒して、
「すごいね、ジーン!」
「はい、凄いですよね!」
床から、息も絶え絶えのままスコットさんが顔を上げた。
「いや。ツッコめよ。」
僕とクロオさんがスコットさんを見る。
「何をです?」
「距離だよ!」
スコットさんが叫ぶ。
「何千キロ離れてると思ってんだ!?」
「でもジーンだし。」
クロオさんが言うと、
「ジーンですからね。」
僕も同意した。
「それで納得するなよ!」
スコットさんは、そのまま再び床へ倒れた。
「もう無理……。」
「まだ訓練半分ですよ。」
「帰る。」
「駄目です。」
「家に帰りたい。俺、こんなの聞いてないよ……。」
あ、スコットさん泣いちゃった。
ーーーーー
一方。カマー・タージではジーンが目を開けていた。
「……間違えて、ピーターに繋げちゃいました。」
しゅん、と肩を落とす。
「すみません。」
ウォンは、少しだけ考えた。目の前にいる自分へ送ろうとしたテレパシーが、大陸どころか、海を越え、アメリカにいるピーター・パーカーに届いた。しかも、会話が成立していた。
普通に考えれば、失敗という言葉では片付けられない。だが、
「ヨシ!」
「え?」
「失敗を反省し、原因を考え、次に繋げる。」
ウォンが力強く頷く。
「もう一度だ!」
「はい!」
ジーンの顔が明るくなる。
「今度はちゃんとウォンさんに送ります!」
「その意気だ。」
ウォンは良い先生だった。
ーーーーー
カマー・タージ内に設置されたベンチにて、火のエルは今日覗き見た訓練を思い出す。
魔術書をサイコメトリーし、歴代の魔術師たちを通じて技術や知識を吸収している真魚。
エンシェント・ワンの精神と接続し、数十年分の修行を数日で己のものにしているサラ。
リンゴを持ち上げようとして、数百キロの石机を持ち上げ、テレパシーの練習に失敗して、カマー・タージからアメリカまで精神通信を飛ばしたジーン。
「…………。」
火のエルは無言で懐へ手を入れ、小さな容器を取り出す。錠剤を一粒出し、口へ放り込み、水で流し込んだ。
「…………。」
そして、深い深いため息を吐いた。
「ヤベェのしかいねぇ。」
数日前まで、ストレンジをどうするか、後継者をどうするか、ドルマムゥへの対策をどうするか。そんな話を真剣にしていたはずなのに。今は別の意味で、未来が心配になってきた。
火のエルは、もう一錠飲もうか少し迷い、
「……やめとくか。」
容器をしまった。飲み過ぎは身体に良くない。エルロードの身体とはいえ、健康管理は大切なのである。