日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです   作:ken4005

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*この話は変身もなければ戦闘もありません。幕間のつもりで書いてたら相棒のAIが張り切って長くなりました。主人公曰くニューヨーク決戦より疲れたそうですが、作者も同意見です。




接触

 

 

それから数日後。

 

僕は、何故か真魚の買い物に付き合わされている。

 

 

「クロオ君、次あっち。」

 

「まだ行くんですか?もう三軒目ですよ?」

 

「買い物ってそういうものでしょ。」

 

「僕の知ってる買い物と違う……。」

 

 

手には紙袋。服や雑貨、よく分からない小物。それから、美杉家で使うらしい日用品。別に重くはない。クウガにならなくても、この程度ならいくらでも持てるけれど、問題はそこじゃない。

 

 

「何で僕が全部持ってるんです?」

 

「男の子だから。重い?」

 

「全然。」

 

「じゃあいいじゃない。」

 

「そういう問題じゃないと思うんですけど。」

 

 

真魚が笑う。ホテルまで押しかけてきて以来、こうして顔を合わせる機会が増えていた。最初は、僕の正体や未来の光景について質問攻めにされるだけだったんだけど。

 

 

『じゃあ今日暇?』

 

『今の所は。』

 

『なら買い物付き合って。暇なんでしょ?』

 

『そういう意味じゃ――』

 

 

押し切られた。なんだろう、最近、周りに強引な人が多い気がする。

 

 

「ねえ、これどう?」

 

 

真魚が店先に置かれていた帽子を手に取る。白い帽子だった。

 

 

「似合うと思いますよ。」

 

「本当?適当に言ってない?」

 

「言ってませんよ。」

 

 

真魚が帽子を被り、少しだけ角度を変えて、こちらを見る。

 

 

「どう?」

 

「似合ってます。」

 

「…………。」

 

「何です?」

 

「いや。普通に言うんだなって。こういう時、男子ってもうちょっと困ったりしない?」

 

「似合ってるものを似合ってるって言っただけですよ。」

 

「へぇ。」

 

 

何だその反応。

 

 

「じゃあこっちは?」

 

「それも似合いますね。でも、さっきの方が僕は好きです。」

 

「好きなんだ?」

 

「帽子の話ですよ?」

 

「分かってるって。」

 

 

何故か楽しそうだ。

 

 

「じゃあ最初のにしよ。」

 

 

そう言ってレジへ向かう真魚。僕はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。

 

 

「女子の買い物って長いなぁ……。」

 

 

ニューヨーク決戦よりは平和だけど。平和だけども。

 

 

ーーーーー

 

 

そんな二人の後方。

 

物陰から、二つの頭が覗いていた。

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 

美杉義彦。そして、美杉太一。

 

 

「太一。あの男の子、誰だと思う?」

 

「知らない。」

 

「僕も知らない。」

 

「じゃあ聞けば?」

 

「馬鹿者。」

 

 

義彦が真剣な顔で首を振る。

 

 

「直接聞いて答えてもらえるなら、世の中の研究者は苦労しない。」

 

「何の研究してるの?」

 

「今は真魚の交友関係だ。」

 

「それストーカーって言わない?」

 

「人聞きの悪いことを言うな。」

 

 

太一は呆れた顔をしたが、帰ろうとはしない。なんだかんだ気になっているのである。

 

 

「あ、荷物持ってる。」

 

「うむ。」

 

「しかも全部。真魚姉は何も持ってないのに。」

 

「うむ……。」

 

 

義彦の表情が険しくなる。

 

 

「まさか、真魚が無理やり持たせているのでは……。」

 

「ありそう。」

 

 

二人は少し距離を詰めると、前方から会話が聞こえてきた。

 

 

「クロオ君、ちょっと休もう。」

 

「賛成です。何か飲みます?」

 

「いいの?」

 

 

近くの自動販売機へ向かい、少年――黒雄が財布を取り出す。

 

 

「何飲みます?」

 

「オレンジ。」

 

「はい。」

 

 

ガコン。ペットボトルを取り出し、自然に真魚へ渡す。それから自分の分も買う。

 

 

「いくら?」

 

「いいですよ。大した金額じゃないですし。」

 

「じゃあ今度私が奢る。」

 

 

義彦と太一が顔を見合わせる。

 

 

「……普通だな。」

 

「普通だね。」

 

「いや、むしろかなり礼儀正しい。」

 

「真魚姉に敬語だし。」

 

「同年代に見えるが……。」

 

 

さらに観察を続ける。横断歩道では信号が変わりかけるタイミングで、

 

 

「あ、待って。」

 

 

走ろうとする真魚な肩を黒雄が掴んで止める。

 

 

「次でいいでしょう。」

 

「間に合うって。」

 

「危ないですよ。」

 

「大丈夫だよ。」

 

「駄目です。」

 

 

真魚は少し不満そうだったが、大人しく止まった。数秒後、目の前を車が勢いよく曲がっていった。

 

 

「ほら。今の行ってたら危なかったですよ。」

 

「はい。」

 

「何で子供みたいな反応になってるんですか。」

 

「クロオ君が保護者みたいなこと言うからでしょ。」

 

「誰のせいですか。」

 

 

義彦の眉が僅かに上がった。

 

 

「……しっかりしている。」

 

「真魚姉より。」

 

「太一。それは言ってはいけない。」

 

「お父さんも思ってるじゃん。」

 

「…………。」

 

 

義彦は答えなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

さらに一時間後。

 

「クロオ君。これもお願い。」

 

「まだ増えるんですか!?」

 

「最後だから。」

 

「さっきも聞いた!」

 

「今度こそ最後。」

 

「本当ですね?」

 

「多分。」

 

「信用できない……。」

 

 

言いつつも受け取る。文句は言うが嫌そうにはしない。

 

 

「あ。」

 

「どうしました?」

 

「靴紐ほどけた。」

 

「結べばいいでしょう。」

 

「荷物持ってる。」

 

「僕も持ってますけど!?」

 

 

黒雄は呆れながら近くのベンチへ荷物を置いた。

 

 

「ほら。」

 

「何?」

 

「足。」

 

「え?」

 

「自分でやるならいいですけど。」

 

「あ、やるやる!」

 

 

慌てて真魚が靴紐を結ぶ。

 

 

「そこまでしてくれなくていいから!」

 

「じゃあ最初から言わないでください。」

 

「いや、荷物持ってほしかっただけ。」

 

「先に言ってくださいよ。」

 

 

少し離れた場所。

 

 

「……お父さん。」

 

「何だ。」

 

「あの人、良い人じゃない?しかも、かなり。」

 

 

義彦が腕を組み、教授らしい難しい顔で頷いた。

 

 

「現時点では、極めて高評価だ。」

 

「何様なの?」

 

「保護者だ。」

 

「伯父でしょ。」

 

「実質的には同じだ。」

 

 

さらに義彦は目を細めた。

 

 

「しかし、男子だ。」

 

「うん。」

 

「真魚と同年代の。」

 

「うん。」

 

「しかも二人で買い物している。」

 

「うん。」

 

「どうしよう?」

 

「お父さん、面倒くさいね。」

 

「太一。君も数年すれば分かるようになるよ。」

 

「分かりたくないよ。」

 

 

その日の尾行は、最後まで黒雄にも気付かれることなく終わった。

 

 

ーーーーー

 

 

夕方の美杉家。

 

 

「ただいまー。」

 

「おかえり、真魚姉ちゃん。」

 

「おかえり。」

 

 

義彦は新聞を読みながら答える。太一はテレビを見ていた。

 

 

「疲れたぁ。」

 

 

真魚がソファへ倒れ込む。

 

 

「買い物?」

 

「うん。」

 

「一人で?」

 

「クロオ君と。」

 

「クロオ君。」

 

 

義彦が新聞を僅かに下げる。

 

 

「誰だい?」

 

「最近知り合った子。」

 

「男の子?」

 

「うん。」

 

「へぇ。」

 

わざとらしい。太一が横から義彦を見る。

 

 

「何だ太一。」

 

「別に。」

 

「?」

 

 

真魚は首を傾げる。

 

 

「どんな子なんだい?」

 

「普通だよ。」

 

「普通。」

 

「うん。ちょっと変だけど。」

 

「変なの?」

 

「変。」

 

「真魚姉に言われたくないと思う。」

 

「何よ太一!」

 

「痛っ!」

 

 

クッションが飛んだ。

 

 

「でも、優しいよ。」

 

 

真魚が何気なく続ける。

 

 

「今日は、帰り道が別れるまで荷物全部持ってくれたし、飲み物も買ってくれたし。」

 

「ほう。」

 

「道渡ろうとしたら、止められたりもした。」

 

「それは真魚が悪い。」

 

「分かってるって。あ、あと帽子も似合うって言ってくれた。」

 

「ほう。」

 

 

義彦の新聞がさらに下がる。

 

 

「結構素直なんだよね。」

 

「ほう。」

 

「何、その『ほう』って。」

 

「いやいや。」

 

 

義彦は笑いながら新聞を畳んだ。

 

 

「それだけ良い子なら、一度家に連れてくればいいじゃないか。」

 

「え?」

 

「私も会ってみたい。」

 

「何で?」

 

「何でって。」

 

「別にいいでしょ。」

 

「いいじゃないか。友達なんだろう?」

 

「そうだけど。」

 

「男の子の友達を連れてくるくらい。」

 

 

真魚の表情が少し変わる。義彦は気付かず、軽い調子で続けた。

 

 

「真魚にもようやく良い人ができたみたいだし。」

 

「……は?」

 

「いやあ、これまではそういう話をこっちからするのも遠慮してたけど――」

 

「ちょっと待って。」

 

「ん?」

 

「良い人って何?」

 

「いや、そのままの意味で――」

 

「クロオ君はそういうんじゃないから。」

 

「そうなのか?」

 

「そう。」

 

「でも、二人で買い物に行くくらいには仲が良いんだろ?」

 

「だから何?」

 

 

空気が変わった。太一がテレビの音量を下げる。

 

 

「いや、だから。」

 

 

義彦も少し戸惑う。

 

 

「一度くらい家に呼んで――」

 

「何で?」

 

「真魚?」

 

「何で叔父さんに会わせないといけないの?」

 

「別に、そんな深い意味はないよ。」

 

「さっきから意味ある言い方してるじゃない。」

 

「私はただ――」

 

「私が誰と仲良くしてても関係ないでしょ!」

 

 

義彦が黙り、太一も目を丸くする。真魚自身も、一瞬だけ驚いた顔をした。

 

美杉家で暮らすようになってから。義彦は真魚に対して、かなり気を遣ってきた。父親を亡くした真魚に、必要以上に踏み込まないように。

 

真魚も、それを分かっていた。だから、大きな喧嘩なんてしたことがない。けれど、

 

「関係ないってことはないだろう。」

 

 

義彦の声が、少しだけ低くなる。

 

 

「君はうちで暮らしているんだ。心配するのは当然だ。」

 

「心配って何?」

 

「相手がどんな人間なのか分からない以上――」

 

「知らないからって勝手に疑わないでよ!」

 

「疑ってなんかいない。」

 

「じゃあ何で連れてこいって言うの!?」

 

「それは――」

 

「それに!」

 

 

真魚が立ち上がる。

 

 

「今日、ずっと見てたでしょ。」

 

「…………。」

 

「え?」

 

太一が真魚を見る。

 

「気付いてたの?」

 

「途中から。」

 

「…………。」

 

 

義彦は視線を逸らした。

 

 

「叔父さん。」

 

「いや、それはだな。」

 

「最低。」

 

「待ちなさい真魚。」

 

「嫌!」

 

「真魚!」

 

「知らない!」

 

 

真魚はそのまま玄関へ向かった。

 

 

「どこへ行くんだ!」

 

「どこでもいいでしょ!」

 

「今から外へ行く必要は――」

 

「叔父さんには関係ない!」

 

「真魚!」

 

 

バタン!扉が閉まった。

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 

静寂。太一が義彦を見る。

 

 

「お父さん。」

 

「……何だ。」

 

「やっちゃったね。」

 

「…………。」

 

 

義彦は深く息を吐いた。

 

 

「……初めてだ。」

 

「何が?」

 

「真魚と、あんな喧嘩をしたのは。」

 

「うん。」

 

「…………。」

 

 

義彦は頭を抱えた。

 

 

「どうしよう。」

 

「知らない。」

 

「太一!」

 

「だってお父さんが悪いじゃん。」

 

「君も一緒に尾行しただろ!」

 

「僕は止めた。」

 

「途中から楽しんでいただろう!」

 

「僕はクロオって人、良い人だと思ったよ。」

 

「私だって思ったさ!」

 

「じゃあ何であんなこと言ったの?」

 

「…………。」

 

 

義彦は答えられなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

その頃、僕はホテルの部屋で、テレビを見ていた。

 

今日は平和だった。アンノウンも出ていない。警察から連絡もない。闇の力からも連絡はない。いや、そもそもあの人の連絡先とか知らないけど。

 

真魚の買い物に付き合わされたせいで少し疲れたけど、それくらいだ。

 

 

「平和だなぁ。」

 

 

こういう日が続けばいいのに。

 

 

ピンポーン。

 

 

嫌な予感がしかしない。いやいや。そんな毎回、インターホンから事件が来るわけじゃない。

 

 

ピンポーン。

 

 

「はーい。」

 

 

ドアスコープを覗く。

 

 

「…………。」

 

 

真魚だった。しかも。鞄を持っている。ヨシ、見なかったことにしよう。

 

 

「クロオ君、いるよね。返事もしたし。」

 

「…………。」

 

「開けて。」

 

 

ピンポーン。

 

 

「分かりました!」

 

 

扉を開けた。

 

 

「何ですか!?」

 

「こんばんは。」

 

「こんばんは……じゃなくて。」

 

 

真魚の顔を見ると、さっきまでとは明らかに違う。怒っている?というより、少し泣きそうにも見えた。

 

 

「……どうしたんです?」

 

 

僕が聞くと、真魚は少しだけ黙った。そして。

 

 

「クロオ君、泊めて。」

 

 

扉を閉めた。

 

 

「ちょっと!?」

 

「無理です!」

 

「何で!?」

 

「何でじゃないですよ!」

 

 

もう一度扉を開く。

 

 

「僕もあなたも高校生でしょうが!」

 

「だから?」

 

「だから!? 男女二人でホテルの一室に泊まるとか普通に駄目でしょう!」

 

「何もしなければいいじゃない。」

 

「そういう問題じゃない!」

 

「床で寝るから。」

 

「もっと駄目です!」

 

「じゃあクロオ君が床。」

 

「僕の部屋なんですけど!?」

 

 

何なんだこの子。

 

 

「家出ですか?誰かと喧嘩でもしたんですか?」

 

「…………した。」

 

「誰と?」

 

「叔父さん。」

 

「美杉教授?」

 

「知ってるの?」

 

「……まあ。」

 

 

原作知識です、とは言えない。

 

「理由は?」

 

「…………クロオ君。」

 

「僕?」

 

「うん。」

 

 

全く身に覚えがない。

 

 

「今日、私たちのこと尾行してた。」

 

「…………誰が?」

 

「叔父さんと太一。」

 

「…………。」

 

 

僕は今日の記憶を思い返すが、

 

 

「気付かなかった……。」

 

「途中から私は気付いた。」

 

「教えてくださいよ!」

 

「面白かったから。」

 

 

この野郎。いや、待て。

 

 

「それで何で喧嘩になるんです?」

 

「帰ったら、クロオ君を家に連れてこいって。」

 

「はい。」

 

「良い人がいるなら連れてこいって。」

 

 

嫌な予感。

 

 

「それで?」

 

「ムカついた。」

 

「何で!?」

 

「何か嫌だったの!」

 

「知らないですよ!」

 

 

理不尽だ!

 

 

「それで怒って家出してきたと。」

 

「うん。」

 

僕は額を押さえた。アンノウンより面倒な案件が来たかもしれない。

 

 

「帰りましょう。」

 

「嫌。」

 

「帰る。」

 

「嫌。」

 

「美杉教授、心配してますよ。」

 

「知らない。」

 

「真魚さん。」

 

「嫌。」

 

 

頑固だ。滅茶苦茶頑固だ。

 

 

「……じゃあ、僕が美杉家まで送ります。」

 

「帰らない。」

 

「家の前まで。」

 

「嫌。」

 

「じゃあ警察呼びます。」

 

「卑怯!」

 

「僕、警察関係者ですから。」

 

「高校生なのに。」

 

「僕もそう思います。」

 

 

真魚が僕を睨む。

 

 

「クロオ君ってもっと優しいと思ってた。」

 

「優しいから帰らせようとしてるんですよ!」

 

「一晩くらいいいじゃん。」

 

「駄目です!」

 

「ケチ。」

 

「ケチの問題じゃない!」

 

 

しばらく睨み合う。

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 

先に目を逸らしたのは真魚だった。

 

 

「……帰りたくない。」

 

「…………。」

 

 

小さな声だった。さっきまでの勢いが消えている。

 

 

「叔父さんと、あんな喧嘩したの初めてだから。帰ったら、何話せばいいか分かんない。」

 

「それで僕のところに?」

 

「他に行くところないし。」

 

「友達は?」

 

「急に泊めてって言えない。」

 

「僕には言えるんですか?」

 

「クロオ君なら何とかしてくれそうだから。」

 

「信頼が雑なんですよ。」

 

 

でも、少しだけ気持ちは分かる。大事な人と初めて本気で喧嘩すると、どう戻ればいいのか分からなくなる。僕にも、そういうことはあった。

 

 

「……分かりました。」

 

「泊めてくれる?」

 

「泊めません。」

 

「えー。」

 

「でも、少しだけ中に入っていいです。その代わり。」

 

「何?」

 

「美杉教授に連絡します。」

 

「嫌。」

 

「じゃあ入れません。」

 

「…………。」

 

「家に戻れとは言いません。僕の部屋にいるってことだけ伝えます。心配くらいはさせないようにしましょう。」

 

「…………分かった。」

 

 

渋々頷いた。

 

 

「それと。」

 

「まだあるの?」

 

「一条さんにも連絡します。」

 

「何で!?」

 

「僕一人で女子高生をホテルの部屋に入れたとか後で知られたら、僕が殺される。」

 

「一条さんって怖い人?」

 

「怖くはないですけど、怒ると怖いです。」

 

「どっち?」

 

「両方です。」

 

 

真魚が少しだけ笑った。さっきまでの表情よりはいいか。

 

 

「じゃあ、入ってください。」

 

「お邪魔します。」

 

 

真魚が部屋へ入り、僕は扉を閉めた。そして、重大なことに気付いた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

これ、美杉教授に電話して、何て言えばいいんだ?

 

 

『あなたの姪御さん、今僕のホテルの部屋にいます。』

 

 

駄目だ、絶対誤解される。ニューヨークで宇宙人の軍勢と戦った時より緊張してきた。

 

 

「クロオ君?」

 

「真魚さん。」

 

「何?」

 

「先に確認します。」

 

「うん。」

 

「美杉教授って話の分かる人ですよね?」

 

「普段は。」

 

「普段は!?」

 

 

今日に限って普段じゃない可能性が高いじゃん。僕はスマホを握り締めた。

 

この世界、問題はいくらでもあるけれど、この瞬間だけは、美杉義彦への連絡が、一番の難題だった。

 

 

「……電話したくないな。」

 

 

スマホを握ったまま、僕は盛大にため息を吐いた。

 

 

「そんなに?」

 

「そんなにです。」

 

 

真魚はベッドの端に座り、僕は少し離れた椅子に座っている。別に悪いことをしているわけじゃない。家出してきた女の子を夜の街に放置するわけにもいかないから、一時的に部屋へ入れただけだ。

 

何もしてない。何もしてないんだけど。

 

 

『あなたの姪御さんが僕のホテルの部屋にいます。』

 

 

どう考えても字面が最悪だった。

 

 

「……とりあえず、美杉教授からですね。」

 

「うん。」

 

「電話番号は?」

 

「これ。」

 

 

真魚から番号を教えてもらい、入力する。一度、深呼吸。

 

 

「…………。」

 

「クロオ君?」

 

「今、覚悟を決めてます。」

 

「電話するだけで?」

 

「誰のせいだと思ってるんですか。」

 

 

通話ボタンを押す。数回の呼び出し音。そして、

 

 

『はい、美杉です。』

 

「あ、夜分にすみません。十文字黒雄と申します。」

 

『十文字……?』

 

 

一瞬の沈黙。

 

 

『君が、クロオ君か?』

 

「はい。」

 

『…………。』

 

「…………。」

 

 

何だ、この間。

 

 

『真魚と一緒かい?』

 

「はい。」

 

『そうか……。』

 

 

怒鳴られるかと思った。けれど。

 

 

『……良かった。』

 

 

返ってきたのは、心底安心したような声だった。

 

 

「今、僕が泊まっているホテルにいます。もちろん泊めるつもりはありません。少し落ち着くまで部屋に入れているだけです。」

 

『分かった。ありがとう。』

 

「いえ。」

 

『迎えに行く。場所を教えてもらえるかな?』

 

「はい。」

 

 

ホテル名と部屋番号を伝える。

 

 

『分かった。すぐに向かうよ。』

 

「お願いします。」

 

『…………。』

 

「美杉教授?」

 

『ああ、すまない。』

 

 

何かを迷っているような声だった。

 

 

『……真魚は、まだ怒っているかな。』

 

 

僕は真魚を見る。

 

真魚は聞こえていないふりをしながら、ベッドの上のクッションを弄っている。

 

 

「どうでしょう。」

 

『そうか。』

 

「……喧嘩したって聞きました。」

 

『聞いたか。』

 

「はい。」

 

『情けない話だよ。』

 

 

小さなため息。

 

 

『真魚とあんなふうに言い争ったのは初めてでね。』

 

「初めて?」

 

『ああ。あの子がうちで暮らすようになってから、あそこまで感情をぶつけ合ったことはなかった。だから私も、どう接したものか分からなくなってしまってね。』

 

 

意外だった。美杉教授って、もっとこう。何があっても余裕を持って対処できる大人って印象だったんだけど。まあ、考えてみれば当たり前か。大人だからって、何でも分かるわけじゃない。

 

 

『真魚の父親が亡くなってから、あの子を預かっている。』

 

「…………。」

 

『だからこそ、必要以上に踏み込まないようにしてきたつもりだった。父親の代わりになれるなんて思ってはいないしね。』

 

「はい。」

 

『ただ、あの子が安心して帰ってこられる場所にはしてやりたいと思っていた。』

 

「…………。」

 

『それなのに、今日は尾行までしてしまった。』

 

「それは駄目だと思います。」

 

『即答だね。』

 

「そこは擁護できません。」

 

『太一にも同じことを言われたよ。』

 

「息子さんにも?」

 

『ああ。「お父さん、これストーカーじゃない?」と。』

 

「正論ですね。」

 

『君まで……。』

 

 

電話の向こうから苦笑が聞こえた。

 

 

『もちろん謝るつもりだ。ただ……。』

 

「何て言えばいいか分からない?」

 

『……そうなんだ。』

 

 

僕は少し黙る。

 

真魚はまだ、こちらを見ない。

 

 

「美杉教授。」

 

『何だい?』

 

「僕、親がいないんです。」

 

『……え?』

 

 

真魚も顔を上げ、こちらを見てくる。

 

 

「両親は昔、亡くなりました。その後は祖父母と暮らしてたんですけど……祖父母も亡くなってます。」

 

『…………。』

 

「だから、まあ。」

 

自分で言うのも何だけど。

 

「今は天涯孤独ってやつです。」

 

『……すまない。』

 

「謝らないでください。僕から言ったんですから。」

 

もう二年経っている。平気になった、とは言わない。多分、一生平気にはならない。でも。口に出せないほどじゃない。なぜなら、

 

 

「ただ、そんな僕にも保護者みたいな人はいます。」

 

『保護者?』

 

「一条薫っていう警察官です。」

 

『警察官……。』

 

「はい。」

 

 

僕は少し笑う。

 

 

「すごく真面目な人です。」

 

『へえ。』

 

「真面目すぎて困るくらい。」

 

「クロオ君に言われたくないと思う。」

 

「真魚さん、聞こえてますよ。」

 

「あ。」

 

「というか、僕はそこまで真面目じゃありません。」

 

「そうかなぁ。」

 

「そうです。」

 

 

電話の向こうから小さな笑い声が聞こえた。

 

 

『仲が良いんだね。』

 

「……まあ、はい。」

 

 

少し照れ臭い。

 

 

「僕が無茶すると、すぐ怒ってきます。」

 

『それは保護者として当然じゃないかな。』

 

「そうなんですけど。結構怖いんですよ。」

 

「そんなに?」

 

「真魚さんは知らないから言えるんですよ。」

 

「会ったことないもん。」

 

「会わない方がいいですよ。特に僕が怒られてる時は。」

 

『そこまでかい?』

 

「そこまでです。」

 

 

二年前から、何度怒られたことか。怪我を隠した時。勝手に動いた時。無茶をした時。一人で全部背負おうとした時。その度に、一条さんは本気で僕を怒った。でも、

 

 

「……一条さんって、僕のことを誰よりも真剣に考えてくれる人なんです。」

 

『…………。』

 

「僕が何をしてても、どこにいても。僕自身のことを心配してくれる。」

 

「…………。」

 

「だから。」

 

 

僕は少し考えてから続ける。

 

 

「僕も、一条さんのことは誰よりも信頼してます。」

 

『…………。』

 

「怒られて腹が立つ時もありますけどね。」

 

『それは余計じゃないかな。』

 

「重要です。」

 

「重要なの?」

 

「重要です。」

 

 

真魚が小さく笑う。

 

 

「だから、美杉教授。」

 

『うん?』

 

「多分、大丈夫ですよ。」

 

『何がだい?』

 

「真魚さんが、美杉教授のことを嫌いになるなんてないと思います。」

 

 

真魚の笑いが止まった。

 

 

「だって、真剣に考えてくれてるんでしょう?」

 

『もちろんだ。』

 

「だったら大丈夫です。」

 

 

僕は言う。

 

 

「僕だったら、自分のことをそこまで真剣に考えてくれる人を嫌いにはなれません。真魚さんだって、同じだと思います。」

 

「……勝手に決めないでよ。」

 

「違うんですか?」

 

「…………。」

 

 

真魚が黙る。

 

 

「嫌いなんです?」

 

「…………嫌いじゃない。」

 

「ほら。」

 

「うるさい。」

 

「痛っ。」

 

 

クッションが飛んできた。

 

 

『……真魚は何て?』

 

「嫌いじゃないそうです。」

 

「言わなくていい!」

 

『……そうか。』

 

 

電話越しでも分かるくらい、義彦の声が柔らかくなった。

 

 

『ありがとう、十文字君。』

 

「僕は何も。」

 

『いや。少し気が楽になったよ。』

 

「それなら良かったです。」

 

『それじゃあ、今から向かう。』

 

「はい。待ってます。」

 

 

通話を切る。何とかなったかな?僕はスマホをテーブルに置く。

 

 

「クロオ君。」

 

「はい?」

 

「……ありがとう。」

 

「どういたしまして。」

 

 

真魚が少し気まずそうに笑う。これなら、美杉教授が来ても大丈夫そうだ。

 

 

「さて。次です。」

 

「次?」

 

 

一条さんへの連絡を忘れてはいけない。こっちにも連絡する必要がある。

 

 

「もういいんじゃない?」

 

「駄目です。」

 

「どうして?」

 

「後から知られた方が怖いからです。」

 

「そんなに?」

 

「そんなに。」

 

 

一条さんの番号を押す。

 

 

プルルルル。

 

 

「…………。」

 

 

プルルルル。

 

 

「出ませんね。」

 

「仕事中?」

 

「かもしれません。」

 

 

プルル――。

 

 

『どうした、黒雄。』

 

「あ、一条さん。」

 

『何かあったのか?』

 

「いや、その……報告しておこうと思いまして。」

 

『報告?』

 

「はい。」

 

『何の?』

 

「えっとですね。」

 

 

どう説明しよう。

 

 

「今、僕のホテルの部屋に女の子がいまして。」

 

『…………。』

 

 

沈黙。

 

 

「違いますよ!?」

 

『俺はまだ何も言っていない。』

 

「沈黙が怖かったんです!」

 

『続けろ。』

 

「昨日知り合った子なんですけど。」

 

『昨日?』

 

「はい。」

 

『昨日知り合った女の子が、今お前のホテルの部屋にいるのか?』

 

「だから言い方!」

 

 

真魚が吹き出した。

 

 

「笑わないでください!」

 

『今笑ったのが、その子か?』

 

「そうです!」

 

『…………。』

 

「何ですか!?」

 

『いや。続けろ。』

 

「家出してきたんですよ。外に放っておくわけにもいかなかったので、一時的に部屋に入れただけです。保護者にも連絡しました。今、迎えに来てもらってます。」

 

『そうか。』

 

「はい。」

 

『分かった。』

 

「良かった。」

 

 

意外とあっさりだった。さすが一条さん、話が早い。

 

 

『黒雄。』

 

「はい?」

 

『ドアを開けろ。』

 

「…………はい?」

 

 

僕と真魚が顔を見合わせる。

 

 

「何でです?」

 

『いいから開けろ。』

 

「…………。」

 

 

嫌な予感。僕はゆっくり立ち上がり、玄関へ向かう。

 

 

チン。

 

 

ちょうどその時。廊下からエレベーターの到着音。まさか。恐る恐る扉を開く。同時に、正面のエレベーターの扉が開いた。

 

 

一条さんが立っていた。スマホを耳に当てたまま。

 

 

「…………一条さん。」

 

「黒雄。」

 

「何でいるんですか!?」

 

「近くまで来ていた。」

 

「タイミング良すぎません!?」

 

 

一条さんがスマホを切る。

 

 

「それより。」

 

「はい?」

 

 

一条さんの視線が僕の肩越しへ向く。振り返ると、真魚がひょこっと顔を出していた。

 

一条さんと真魚、お互いの視線がぶつかる。

 

 

「一条さん?」

 

「……俺を知っているのか?黒雄、説明しろ。」

 

「……色々ありまして。」

 

「色々?具体的には?」

 

「それは、その……後で説明します!」

 

「そうか。とりあえず、入るぞ。」

 

「……はい。」

 

 

終わった。

 

 

ーーーーー

 

「正座だ。」

 

「はい。」

 

ホテルの床に僕は正座する。真魚はベッドの端に座って、一条さんは椅子。何だこの構図。

 

 

「何でクロオ君だけ正座なの?」

 

「真魚さんは黙っててください。」

 

「でも。」

 

「元はと言えば誰のせいだと。」

 

「私?」

 

「そうですよ!」

 

「黒雄、話を始めるぞ。」

 

「はい……。」

 

 

一条さんが腕を組む。

 

 

「まず、夜に一人でいる家出中の少女を放置しなかった。それ自体は間違っていない。」

 

「はい。」

 

「保護者へ連絡したことも正しい。」

 

 

お、褒められてる?

 

 

「だが、何故、自分のホテルの部屋に入れた。」

 

「他に場所がなかったので。」

 

「ロビー、フロントに相談、警察に連絡してもいい。そして俺に連絡しても良かった。」

 

「…………はい。」

 

 

何一つ反論できない。

 

 

「お前は自分の立場を考えろ。まだ、十七歳の男子高校生だ。」

 

「はい。」

 

「相手は同年代の女の子で、二人きりでホテルの一室。」

 

 

駄目だ。こうして並べられると本当に駄目だ。

 

 

「お前が何もしないことは分かっている。だが、俺が分かっていることと、周囲からどう見えるかは別問題だ。」

 

「…………はい。」

 

 

正論。圧倒的正論。

 

 

「それに、お前たちは昨日知り合ったばかりなんだろう。」

 

「はい。」

 

「相手のことをどれだけ知っている。」

 

 

僕は真魚を見る。風谷真魚。美杉義彦の姪。超能力者。『仮面ライダーアギト』の主要人物。そこまで知ってる。知ってるけど。その情報源を説明できない。

 

 

「……結構?」

 

「何故疑問形なんだ。」

 

「事情が複雑で。」

 

「またそれか。」

 

「本当に複雑なんです!」

 

「クロオ君。」

 

「何です?」

 

「私のこと、結構知ってるの?」

 

「今そこに食いつかないでください!」

 

「だって気になる。」

 

「後で!」

 

「黒雄。」

 

「はい!」

 

「話を逸らすな。」

 

「僕が逸らしたんじゃないですよ!?」

 

 

何故僕ばかり。

 

 

「そもそも、君はどうして黒雄のところへ?」

 

「叔父さんと喧嘩して、家を出てきました。」

 

「それで黒雄のところへ?」

 

「はい。」

 

「何故?」

 

「クロオ君なら何とかしてくれそうだったから。」

 

 

一条さんが僕を見る。

 

 

「何ですか?」

 

「お前らしいと思っただけだ。」

 

「どういう意味です?」

 

「そのままの意味だ。」

 

 

何か納得いかない。

 

 

「それと、黒雄。何故俺への連絡が遅れた?」

 

「美杉教授への連絡を先にしたので。」

 

「それは正しい。だが、その後すぐに連絡できただろう。何をしていた?」

 

「……美杉教授と話してました。」

 

「何の話だ?」

 

「色々ですよ!」

 

「一条さんの話してたよ。」

 

「真魚さん!?」

 

「俺の?」

 

「はい。クロオ君が――」

 

「ストップ!」

 

「何?」

 

「それは言わなくていいです!」

 

「でも。」

 

「絶対言わなくていい!」

 

「黒雄。」

 

「はい。」

 

「何を話した。」

 

 

逃げられない。真魚が楽しそうに僕を見る。この人、絶対わざとだ。言いたくない。本人には絶対言いたくない。

 

 

「クロオ君、一条さんは誰よりも信頼できる人だって言ってた。」

 

 

沈黙。

 

 

「あと、誰よりも真剣に自分のことを考えてくれてる人だって。」

 

「全部言った!?」

 

 

真魚がニコニコしている。

 

 

「何で言うんですか!」

 

「いいことじゃない。」

 

「本人に言うのは恥ずかしいんですよ!」

 

「そう?」

 

「そうです!」

 

 

一条さんの方を見られない。

 

 

「黒雄。そう思っているなら、もう少し早く相談しろ。」

 

 

顔を上げると、一条さんはいつもの表情だった。

 

 

「お前が何かあった時に頼るために、俺はいるんだ。一人で判断して、後から報告するだけなら保護者とは言えないだろう。」

 

「……はい。」

 

 

やっぱり。こういう人なんだよな。

 

 

「それからーー」

 

 

前言撤回。やっぱり説教長い。

 

 

「黒雄は昔から――」

 

「一条さん。それ、長くなります?」

 

「なる。二年前から言いたかったことも含めて、言わせてもらう。」

 

「今関係ないですよね!?」

 

「根本は同じだ。一人で抱え込んでから報告する癖についてだ。」

 

「ぐっ……。」

 

 

何も言えない。

 

 

「あと、自分なら大丈夫だと思って無茶をする。他人の心配はするくせに、自分が心配されることは考えない。それから――」

 

「真魚さん。助けて。」

 

「無理。だってクロオ君、すごく大事にされてる。」

 

 

真魚が笑う。僕は一条さんを見る。

 

 

「黒雄。聞いているのか?」

 

「聞いてます!」

 

「なら続ける。」

 

「まだ続くんですか!?」

 

「当然だ。」

 

 

アンノウンとの戦闘より長いんじゃないだろうか。下手したらニューヨーク決戦より体感時間長いぞ、このお説教。

 

 

ピンポーン。

 

 

救世主が来た!

 

 

「クロオ君、嬉しそう。」

 

「そんなことありません!」

 

 

即座に立ち上がろうとする。

 

 

「待て。話はまだ終わっていない。」

 

「迎えが来たんですよ!?」

 

「それはそれだ。」

 

「一条さん!」

 

 

ピンポーン。

 

 

「ほら! 待たせる方が失礼ですから!」

 

「……仕方ない。」

 

 

正座から立ち上がると足が痺れていた。

 

 

「大丈夫?」

 

「……大丈夫です。」

 

「クウガでも足は痺れるのね。」

 

「………真魚さん。それは今、ここでは言わない方がいい。」

 

「…………あ。」

 

 

美杉教授には、僕の正体を話していない。

 

 

「ごめんなさい。」

 

「いや。」

 

「ありがとうございます、一条さん。」

 

「お前ももっと気を付けろ。」

 

「はい。」

 

 

やっぱり、この辺りは一条さんの方がずっと慎重だ。僕も気を引き締めないと。足を引きずりながら玄関へ向かう。

 

 

「クロオ君。」

 

「何です?」

 

「歩き方変。」

 

「誰のせいだと!」

 

「一条さん。」

 

「正解ですけど!」

 

 

扉を開けると、美杉教授が立っていた。そして、その隣には、

 

 

「こんばんは。」

 

 

美杉太一くん、かな?

 

 

「君が十文字君か。」

 

「あ、はい。十文字黒雄です。」

 

「真魚がお世話になったね。」

 

「いえ。僕は何も。」

 

「真魚姉いる?」

 

「いるよ。」

 

 

僕の後ろから真魚が顔を出すと、美杉教授と真魚の視線が合った。

 

 

「真魚。」

 

「……叔父さん。」

 

 

これは僕が間に入るべきか?いや、さっきあれだけ言ったんだから、ここからは二人の問題だろう。

 

 

「お父さん。」

 

 

太一が義彦の袖を引っ張る。

 

 

「何だい?」

 

「ちゃんと謝るんでしょ?」

 

「…………もちろんだ。」

 

「尾行したこと。」

 

「太一。」

 

「あと変なこと言ったこと。」

 

「分かってるよ。」

 

「本当に?」

 

「……君はどっちの味方なんだ。」

 

「真魚姉。」

 

「即答か……。」

 

 

真魚が少しだけ笑った。美杉教授も困ったように笑う。

 

 

「……真魚。」

 

「何?」

 

「今日はすまなかった。心配だったとはいえ、君の後をつけたのは完全に私が悪い。それに、君と十文字君の関係を勝手に決めつけるようなことを言ったのも。」

 

「……うん。」

 

「すまなかった。」

 

 

美杉教授が頭を下げ、真魚はしばらく黙っていた。

 

 

「……私も、言い過ぎた。叔父さんには関係ないとか……本当は、そんなこと思ってない。」

 

「真魚……。」

 

「でも、もう尾行しないでよ。」

 

「もちろんだ。」

 

「絶対?」

 

「ああ。」

 

「お父さん、今日も『研究の一環だ』って――」

 

「太一!」

 

「言ってた。」

 

 

真魚の目が細くなる。

 

 

「叔父さん?」

 

「いや、それは言葉の綾でね。」

 

「研究?」

 

「違うんだ真魚。」

 

「何が?」

 

「だから――」

 

「美杉教授。」

 

「何だい、十文字君。」

 

「頑張ってください。」

 

「君、さっき電話ではもっと優しかったよね!?」

 

 

僕にはどうにもできません。

 

 

「あの。」

 

 

そこで一条さんが部屋の奥から姿を見せ、美杉教授が固まる。

 

 

「どちら様ですか?」

 

「警視庁の一条薫です。」

 

「警察!?」

 

「黒雄の保護者のようなものです。」

 

 

一条さんが一応警察手帳を見せる。

 

 

「事情を聞いて、念のため来ました。」

 

「ああ……。」

 

 

義彦が安心したように息を吐く。

 

 

「あなたが一条さんですか。」

 

「私をご存じで?」

 

「先ほど十文字君から少し。」

 

 

一条さんが僕を見る。

 

 

「黒雄、何を話した。」

 

「だから大したことじゃないです!」

 

「お父さん。」

 

「何だい?」

 

「クロオ兄ちゃん、顔赤い。」

 

「太一君!?」

 

「本当だ。」

 

「見ないで!」

 

 

真魚が笑い出す。

 

 

「何で笑うんですか!」

 

「だって。」

 

「僕、今日ずっと酷い目に遭ってません!?」

 

「自業自得の部分もある。」

 

「一条さんまで!」

 

 

美杉教授がそんな僕たちを見て、少しだけ目を細める。

 

 

「……なるほど。」

 

 

美杉教授は柔らかく笑った。

 

 

「君が一条さんを信頼している理由が、少し分かった気がしてね。」

 

 

やめて。本人の前で言わないで。

 

 

「美杉教授。そろそろ帰りましょうね。」

 

「話を逸らしたね?」

 

「帰りましょう!」

 

「クロオ君、分かりやすいよね。」

 

「真魚さんも早く帰って!」

 

 

僕が半ば追い出すように三人を玄関へ促す。

 

 

「じゃあね、クロオ君。」

 

「はいはい。また。」

 

「明日来てもいい?」

 

「駄目です。」

 

「何で?」

 

「疲れてるからです!」

 

「じゃあ明後日。」

 

「そういう意味じゃない!」

 

 

真魚が笑いながら廊下へ出る。

 

 

「おやすみ、クロオ兄ちゃん。」

 

「今日はありがとう、十文字君。」

 

「いえ、おやすみなさい。」

 

 

義彦が一度頭を下げ、僕も頭を下げた。

 

 

「真魚、帰ろうか。」

 

「……うん。」

 

 

三人がエレベーターへ向かっていく。その背中を見送りながら、僕は小さく息を吐いた。よかった、仲直りできたみたいだ。さて、僕も寝よう。

 

 

ガチャ。

 

 

扉を閉める。一条さんがまだいる。忘れてたよ。

 

 

「一条さん、もう遅いです。明日も仕事ですよね?」

 

「ああ。」

 

「そろそろ帰った方が。」

 

「そうだな。」

 

 

よし。

 

 

「その前に。」

 

 

一条さんが椅子を指差す。

 

 

「座れ。まだ話は残っている。」

 

 

僕は天井を見上げた。今日はアギトともアンノウンとも戦っていない。世界の危機も起きていない。なのに、

 

 

「……ここ最近で一番疲れたかもしれない。」

 

 

一条さんのお説教は、それからさらに一時間続いた。

 

 

 

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