勝利の女神:NIKKE ~Silent/Ratio~   作:zaq2

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Episode8:Last Confirmation

朝、目を覚ました時、最初に覚えたのは違和感だった。

 

[(静かすぎる……)]

 

昨夜の時点で、あの清掃端末が妙に黙ったままだとは思っていた。

だが、今朝になってもそれは変わっていない。

 

部屋の隅にいる小型端末は、そこにある。

灯りも落ちていない。停止しているようにも見えない。

わずかな駆動音すら完全に消えたわけではなく、内部では何かがまだ動いているようにも思える。

 

それなのに、先日のような起床を急かすように鳴るはずの音もない。

 

[……やはり、壊れたか?]

 

叩いたら直るか、と一瞬思った。

だが、そんなことをして余計に壊してもまずいだろうと、そう判断して、部屋を後にした。

 

   *   *   *   *

 

通路の照明は、朝の明るさへ切り替わっていた。

そのままレストルーム前の簡易待合所へ向かうと、そこにはすでにカウンターズの三人が集まっていた。

 

「あ、指揮官様、おは……ふあぁぁ」

「おはようございます。指揮官」

「おはようございます、師匠」

 

[ああ。おはよう。ところで、何かあったのか? 複雑な顔をしているが……]

 

「師匠、聞いてください。アニスが、あの端末にたたき起こされる前に起きてやる、とか言いだして」

[……それで?]

「真っ先に起きてやったわ」

「アニスに無理やり起こされました」

「いいじゃない、あんな起こされ方をされるよりは」

 

昨日の起こされ方はいったいどういうものだったのだろうか……。

 

「で、今日に限ってちょっと変だったのよ」

[変?]

「昨日はあれだけうるさかったのに、今日はいつまで待っても静かなのよ」

[それで?]

「ウントモスントモ言ってこないから、思い切って叩いてやったら、バチッっていって沈黙しちゃったみたいで……」

「ピクリとも動かなくなったわ」

「アニス、それは“壊れた”というより、“壊した”と言うのでは……」

[……]

「うっ……」

 

アニスが気まずそうに目を逸らした、その時だった。

 

「ん? なんだ、お前ら今日は早いな?」

 

待合所の奥から、姉妹が姿を見せた。

先に気づいたのはロージィだった。

 

「やっぱ起こされたか?」

[いや、今日は起こされなかった]

「?」

「静かなものでしたよ。……そうですよね? アニス」

「うんうん、そうね。静かだったわ!」

 

アニスは笑顔で頷いてみせたが、人差し指を口に当てて“黙ってて”とでも言いたげな仕草をする。

その仕草を尻目に、こちらは端末が動かず、起こされることがなかったとだけ伝えた。

 

[……という感じで、今朝は端末が起こしてくれなかった。こちらの部屋のものは、故障したのかもしれない]

 

「あー……とうとうきたのかな」

 

ロージィは少しだけ眉を寄せ、それから肩をすくめた。

 

「最近、ああいうのもガタきてるのがあるからなぁ」

「……老朽化が進んでいるの。端末ごとの補修の差もあるし……そろそろ、そういう不調があってもおかしくはないわ」

 

スノーウィの声は淡々としていた。

けれど、その言い方には少しだけ重さがあった。

単なる機械の不具合というより、この施設そのものの寿命を見ているような響きだった。

 

アニスが小さく息をつく。

 

「……なんか、そういうの聞くと急に現実味出てくるわね」

「現実味、ですか?」

「だって、こんなとこでも結局、ずっとそのままってわけじゃないんでしょ」

「……ええ、そうね」

 

静かな沈黙が流れたが、スノーウィが話を変えるように視線をむけた。

 

「皆さんに連絡です。食事のあとで、お母様が……いえ、M.O.T.H.E.R.が、みなさんと直接お話ししたいと」

 

その場の空気が、わずかに変わる。

 

「直接?」

「M.O.T.H.E.R.が?」

[急だな]

 

ネオンとラピの言葉に、ロージィが軽く肩をすくめた。

 

「ま、呼ばれたってことは、何かあるってことなんだろ」

「まずは朝食を。話はそのあとで」

 

そう促され、意識の底には昨日 M.O.T.H.E.R. が語ったことを思い出していた。

 

   *   *   *   *

 

朝食は、これまでと同じく簡素だった。

だが、やはりちゃんと朝食の形をしていた。

それが妙にありがたく感じられたのは、今朝の空気が少しだけ違っていたからかもしれない。

 

食事の間、無駄話は少なかった。

ロージィもまったく黙るわけではなかったが、いつもの軽さは少しだけ薄い。

スノーウィは、なおさら口数が少なかった。

 

そして食後、一行はこれまで案内されていなかった区画へ通された。

あの、昨日は禁止と呼ばれた扉の先へ。

 

いままでの通路とは異なり、人が通り過ぎる程度の幅しかない、施設内の廊下とでもいう狭い通路を進んだ先へと案内される。

 

辿り着いた先は、制御室と呼ばれる場所だった。

 

それまで見てきた生活区画とは、明らかに空気が違う。

壁面モニター、制御卓、幾筋もの表示光。

装飾らしいものはない。だが、ここだけは施設全体の鼓動が、かろうじて残っているようにも感じられた。

 

その中央に、M.O.T.H.E.R.のホログラムが現れる。

 

『おはようございます』

 

穏やかな声音だった。

だが挨拶はそれだけで、彼女はすぐに本題へ入った。

 

『早速となりますが、まずは現行アークの状況についてお聞かせください』

 

彼女が問うたのは、地上の戦況、アークの情勢、人の営み、そして地上奪還の進捗だった。公開できる範囲で、それらに答えていく。

だが、彼女の問いはそこで終わらなかった。

 

『では、タイラント級や、それ以上の脅威に対しての対応状況をお願いします』

 

"それ以上の脅威"

そう言われ、一瞬だけ迷いが走る。

 

そこから先は、秘匿情報の区分にも入るからだ。

カウンターズの面々は、表情だけでこちらに判断を委ねてきていた。

答えるかどうかは、こちらに委ねられていた──どうするべきか。

 

しばし考えた末、

──意を決して口を開く。

 

 

[……それ以上の脅威。ヘレティック級も、退けたことはある]

 

 

アニスが露骨に「そこまで言っていいの?」とでも言いたげな顔をした。

だが、ラピが続けて補う。

 

「退けただけではありません。捕獲後、封印処置まで持ち込んだ事例もあります」

 

『そうですか……封印まで』

 

その返答を受けて、M.O.T.H.E.R.はわずかに目を伏せた。

 

沈黙は短かった。

だが、そのわずかな間に、何かを計算し、何かを諦め、そして何かを決めたようにも見えた。

 

スノーウィがその変化に気づいたのか、かすかに表情を曇らせる。

 

「お母様……」

 

M.O.T.H.E.R.は、すぐには答えなかった。

やがて静かに視線を上げる。

 

『来訪者をこの施設が迎え入れたのは、おおよそ一世紀ぶりです』

『現在のアークの情報と、対ラプチャー戦力の現状を確認せずに、当施設の機密を開示することはできませんでした』

 

ロージィがわずかに目を細めた。

スノーウィは何も言わない。

 

『この施設は、老朽化が進んでいます。維持に必要な機材や資材も不足しつつあり、限界が近づいています』

 

スノーウィが一歩だけ前へ出る。

 

「それでも――」

 

『わかっています、スノーウィ』

 

M.O.T.H.E.R.は彼女の言葉を遮らず、それでも先に受け止めた。

 

『あなたが何を案じているかも、何を言いたいかも理解しています。ですが、もうその段階ではありません。本施設だけでは……もう……』

 

スノーウィは唇を引き結んだまま、何も言い返さなかった。

納得しているわけではない。

だが、理解はしている。

そんな沈黙だった。

 

そして、M.O.T.H.E.R.は改めてこちらを見る。

 

 

 

『この施設には、人の手によって生み出された忌まわしい異物が眠っています』

 

 

「お母様!」

 

スノーウィの声が、思わず上ずった。

制止というより、その言葉がついに口にされたことへの反射だった。

 

M.O.T.H.E.R.はそれを咎めず、ただ静かに受け止めた。

 

『いいのです。もう──』

「っ……」

「……」

 

『その忌まわしい異物への対応および協力を、お願いしたいのです』

 

 

[忌まわしい異物?]

『はい。人が造り出した……造り出してはいけなかった、有を無に帰すほどの兵器です』

 

[それはいったい……?]

 

短い沈黙。

 

制御室の空気が、ひどく重くなる。

カウンターズも、姉妹も、誰もすぐには言葉を挟まなかった。

 

やがてM.O.T.H.E.R.は、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……人工ヘレティック。識別名「ニュートリンデ」』

 

 

 

 

 

 




(前章 終)

作者からのこめんと:
To Be Continued...

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