帝都ルナティアは、怒号と炎に包まれていた。
かつて栄華を極めたティアムーン帝国の象徴、
「ひ、ひえぇぇぇ……! なんで、どうしてこんなことになってますの!?」
ミーア・ルーナ・ティアムーンは、破れたドレスの裾を掴み、なりふり構わず走っていた。
背後からは、革命軍の勝ち鬨と、肉を断つ不吉な金属音が響いてくる。
(嫌ですわ! 痛いのも、苦しいのも、死ぬのもお断りですわ! 誰か、誰かわたくしを助けてくださいまし……!)
今の彼女は、後の世に語り継がれる「帝国の叡智」でも何でもない。ただの、甘やかされて育った十七歳の少女に過ぎなかった。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、宮殿の出口へと急ぐ。
だが、帝都の巨大な城門を目前にした時、彼女の足は凍りついた。
門の前に、一人の男が立っていたからだ。
燃え広がる炎を背に、返り血を浴びてもなお、爽やかな……それゆえにいっそ恐ろしい微笑みを浮かべた男。
帝国軍三百人を一人で壊滅させたと言われる「死神」、ディオン・アライアである。
「おや……。鼠が一匹、逃げ出すところかな?」
ディオンがゆっくりと剣を抜く。その仕草一つに、圧倒的な死の気配が宿っていた。
ミーアは腰を抜かし、冷たい石畳にへたり込む。
「あ、あぁ……。お、おしまいですわ。チェックメイトですわ……」
死を覚悟し、恐怖に震えながら目を閉じたその時。
ミーアの前に、一人の影が割り込んだ。
ブロンドの髪を後ろで一本に束ねた、凛とした背中。
「……下がってください、ミーア様」
近衛騎士、シルヴィア。
ミーアにとっては、ただの「口数の少ない、便利な護衛」に過ぎなかったはずの少女が、今、絶望の前に立ち塞がっていた。
「……シルヴィア? 逃げなさいな! あんな……あの方に、勝てるわけありませんわ!」
「いいえ。私は、貴女をお守りするためにここにいます。……ただ、そのために」
シルヴィアは静かに、しかし迷いのない動作で剣を抜いた。
その切っ先がディオンに向けられた瞬間、ぴりりと空気が震えた。
「ほう……」
ディオンの目が、獲物を見つけた猛禽のように鋭く細められる。
「この絶望的な戦況で、これほど澄んだ剣気。……君、名前は?」
「……シルヴィア。家名はありません」
「シルヴィア殿か。なるほど、君が噂に聞く『剣聖』だね。孤児の身でありながら、皇女に拾われ、その才能を開花させたという……」
ディオンは楽しげに口角を上げ、一歩を踏み出した。
「いいね。退屈な掃討戦に飽きていたところだ。全力で来い、剣聖殿。君の忠義が勝つか、僕の剣が勝つか――試してみようか」
「……ミーア様、耳を塞いでいてください。すぐに、道を開けます」
シルヴィアの言葉が終わるより早く、鋼と鋼が激突する、凄まじい轟音が響き渡った。