皇女のかけがえのない騎士   作:ラインズベルト

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一筋の血路、決死の脱出行

 鋼と鋼がぶつかり合う、耳を突き刺すような鋭い音。

 それが一度、二度と重なるたびに、火花が夜の闇を白く照らし出す。

 

「あ、あわわわ……っ!」

 

 ミーアは城門の影で、頭を抱えて震えていた。

 視界の端で踊るのは、二つの閃光。

 一つは、どこまでも冷徹で、死を運ぶディオンの剛剣。

 もう一つは、それを受け流し、主の盾となるべく振るわれるシルヴィアの白銀。

 

(な、なんですの、あの動き……! 人間業ではありませんわ!)

 

 ディオンの剣は重い。一撃ごとに石畳が砕け、空気が爆ぜる。

 だが、シルヴィアは退かなかった。彼女は孤児だった自分を拾い、あろうことか専属の近衛にまで取り立ててくれたミーアへの恩義、その一点のみで己の限界を超えていた。

 

「へえ、僕の剣を正面から受けて、まだ手が痺れていないのかい? さすがは『剣聖』だ」

 

 ディオンは楽しげに笑いながら、さらに踏み込む。

 加速する剣筋。シルヴィアの頬を血が伝う。

 

「……私は、死なせません。ミーア様だけは、絶対に」

 

 シルヴィアの声は、極限状態にあってもなお、澄んでいた。

 彼女は知っていた。正面から打ち合えば、いずれディオンの天賦の才に屈する。

 狙うべきは、勝利ではない。主を逃がすための、一瞬の隙。

 

「はあああぁっ!」

 

 シルヴィアが、あえて懐へ飛び込んだ。

 ディオンの剣が、彼女の左肩を深く切り裂く。

 

「……っ!?」

 

 ディオンの眉が動いた。

 肉を切らせて、骨を断つ。その覚悟すら超越した、捨て身の特攻。

 シルヴィアは左肩を犠牲にしながら、ディオンの視界を剣気で遮り、渾身の蹴りを城門の(かんぬき)へと叩き込んだ。

 ガガッ、と重苦しい音を立てて、巨大な門が僅かに開く。

 

「……ミーア様、今です! 走ってください!」

 

「ひえっ!? あ、は、はいっ!」

 

 我に返ったミーアが、必死の形相で門の隙間へと滑り込む。

 シルヴィアはさらに追い打ちをかけるように、足元に転がっていた火薬樽を斬りつけた。

 

 轟音。

 立ち込める爆煙が、追撃の手を遮る。

 

「……ふむ。自分の命をチップにするなんて、なかなかに強引だね」

 煙の向こう側で、ディオンが感心したように声を漏らした。

 彼は深追いをしなかった。肩を深く斬られながらも、自分の一撃を「利用」して門を開けてみせた彼女の執念に、一瞬の敬意を払ったのだ。

 

「いいよ。今日は君の勝ちだ、シルヴィア殿。……また会えるといいね」

 

 城門の外。

 追っ手の声を背後に聞きながら、二人は夜の森へと駆け込んだ。

 

「し、シルヴィア! 待ってくださいまし、足が……足がもう限界ですわ!」

 

 ミーアが情けない声を上げて膝をつく。

 ふと見れば、前を行くシルヴィアの足取りが、目に見えて危うくなっていた。

 

「……シルヴィア? その、肩……血が、すごいことになってますわよ!?」

 

「……。……大丈夫です。かすり傷、ですから……」

 

 そう言って振り向いたシルヴィアの顔は、月光の下で、幽霊のように真っ白だった。

 ミーアは初めて、恐怖以外の感情――自分を守るために削られた「誰かの命」の重さを、その目に焼き付けることになった。

 

 

 帝都は遠ざかり、空が白み始める。

 それが、一ヶ月に及ぶ地獄の逃避行の幕開けだった。

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