「じゃあまたね」
これでいい。
ーーー108ーーー
今年の全ての日程が終わった。
芝の戦線では、次のG1があるのはシニア級なら3月。クラシック級なら4月。
つまり、この時期は短いシーズンオフとなるが。
ダートでは2月に川崎記念とフェブラリーステークスとG1が立て続けに2つも続く。
ダートウマ娘のシーズンオフはさらに短いのだ。
きっとこの2つのレースのどちらか、あるいはどちらもアールライズが出てくるのだろう。
さて、さっそく再々リベンジの計画を立てなければ、と奮闘する石原トレーナー……。
「いえ、もう結構ですー」
トレーナー室のソファにだらんと寝っ転がりながら、ジープベニザクラは今年で区切りをつけることをあっさり決断した。
「え。もうって、まだクラシックが終わったばかりだぞ?まだまだレースはあるというのに……」
そう驚く石原トレーナーではあったが。
実は心の中ではこの結末を頭の片隅には入れていた。
ジープベニザクラは超をつけてもいいほどの早熟タイプということを石原トレーナーはメイクデビューあたりから見抜いていた。
ジープベニザクラは早くから最高のコンディションと実力で頭角を現してきたが。
その分、能力の衰えが来るのも早いのも自然なことだ。
全体で見れば少数派だが、シニア級に進むことなく、クラシック級でその競技人生を終えるウマ娘もいるにはいる。
ジープベニザクラはその少数派に入るということだろう。
ただ、石原トレーナーはそれを理由に諦めることなくジープベニザクラがシニア級に進むと思っていた。
私のことを一番知っているのは私です。まだやれます。とか無理を言ってでも。
「なんだか……出せるものは全部出し切った、そんな気がするんです」
そう言ってジープベニザクラは寝返りを打ち、天井を見上げた。
砂まみれ泥まみれになって命すら軽々しく賭けて走っていた姿とは裏腹に。
今のジープベニザクラは気が抜けて脱力し切ってしまっている。
こうなってしまっては逆にジープベニザクラはてこで動かしても続けようとしないだろう。
本人的には、区切りをつけてしまったようだ。
石原トレーナーは改めて、ジープベニザクラのこれまでの戦績を見直す。
9戦7勝。内2着が2回。
G1は4勝。
上等どころか、素晴らしすぎる戦績だ。
連対率100%を達成したウマ娘なんて10年に1人と出ないだろう。
「そうか。お前がした選択だ。俺は受け入れるだけさ」
「ありがとうございます。私、頑張ったでしょう?」
「頑張りすぎて ってやりたいくらいにな。よくやってくれた。トレセン学園を去っても、お前のことは忘れない」
それを聞くと、ジープベニザクラは起き上がった。
そしてツカツカと石原トレーナーの目の前にやってきて、人差し指を立てる。
「もう、トレーナーさん?私の名前は"ワスレナグサ"ではありませんよ?別に忘れてもらったって構いません」
ここまできていきなりとんでもないことを言い出したジープベニザクラ。
だが、彼女は人々の記憶に残ってほしくてこの結果を残したわけではない。
「私がやりたいことはやれました。今更トレーナーさんになにか頼み事なんてありませんよ」
「なら、俺が勝手にお前のことを覚えておくさ。お前のためではなく、俺がそうしたいだけだ」
「ならいいでしょう」
そうして、ジープベニザクラはトレーナー室の扉に手をかける。
今日は12月31日。
この扉を開ければ、明日から石原トレーナーのトレーナー室はジープベニザクラのものではなくなる。
そんな日にしては、送別会もなければ名残惜しさもさしてなく、見送りはたった1人。
4冠ウマ娘にしては、あまりにあっさりとした別れだったが、ジープベニザクラにはこのくらいがちょうどいいのだ。
「それでは石原さん、またどこかで」
「じゃあな、ジープベニザクラ。また会ったら、ドライブにでも連れてってやる」
ジープベニザクラは扉を開け、トレーナー室を去った。
これにて、2人の契約は満了となる。