育成完了までお付き合いください。
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私は変わり者と言ったら褒められてしまった。
予想外の反応にジープベニザクラは目を丸くする。
「……」
そして、目を閉じて考え……
いや、よく考える必要などないかもしれない。
ジープベニザクラは閉じた目をすぐに目を開けると。
「--では、お引き受けいたしましょう」
今度ははっきりと石原トレーナーの担当ウマ娘となることを了承した。
自分のことを認めてくれた。
それだけでトレーナーを決めるには十分だ。
「ああ、よろしく頼む。ジープベニザクラ」
「こちらこそ。私のトレーナーさんになったからには、私の"ワガママ"を全部聞いていただきますから、覚悟してくださいね?」
最後にジープベニザクラは自慢げに付け加えた。
自分のトレーナーになったのだ。これくらい付け足しても良かろうという風に。
「おっと……それは楽しみにしていいのかな」
石原トレーナーは頭をかいて苦笑いした。
ウマ娘のわがままを聞くのは石原トレーナーにとっては日常茶飯事だが。
さてこのお上品"っぽい"ウマ娘はどんな無茶ぶりをお願いしてくるやら。
その時、ジープベニザクラは、ふと1つ気づくと。
急に顔を払いだして、口元を押さえた。
「あ。すみません、こんな砂まみれの顔で……。ちょっと恥ずかしいです……」
「ああ、いやそれは構わんが……」
急にしおらしくなってしまったジープベニザクラに石原トレーナーは心の中で苦笑いする。
どうやら、ダートウマ娘といえども、人並みに乙女心はあるらしい。
一方、ダートコースから少し離れた場所で。
2人のウマ娘が、石原トレーナーとジープベニザクラに視線を合わせた。
水色のロングヘアと黒いまとめたシニヨンヘアの、学生には見えないほど大人びた、セレブ感あふれる妖艶なウマ娘。
実際2人はセレブと言ってよかろう。
「姉様?」
その内の水色のロングヘアのウマ娘が黒髪のシニヨンヘアのウマ娘を姉と呼ぶ。
その黒髪のシニヨンヘアのウマ娘こそが。
今年デビューする中で最も注目される名門メジロ家のウマ娘、メジロラモーヌだった。
つまり、水色のロングヘアのウマ娘は妹のメジロアルダン。
この時代だとデビューすらもまだまだ先で、メジロアルダンはまだメジロラモーヌの側をついて回るだけの、可愛げのある妹に過ぎない。
メジロラモーヌは足を止め、石原トレーナーとジープベニザクラのほうを無言で眺めていた。
「ジープベニザクラさんが気になりますか、姉様?」
メジロラモーヌはウマ娘を厳しく評価することも多い。
そんなメジロラモーヌが足を止めて眺めたウマ娘に、メジロアルダンもまた視線を釘付けにする。
「……いいえ」
だが、やはりメジロラモーヌがジープベニザクラにした評価は厳しかった。
「指で砂場に落書きしているだけの、幼稚な子よ」
メジロラモーヌとは好きすぎるあまり"ターフを愛する"ウマ娘。
それ以外のことはどうでもいいのではないかと思われることもあるほどだ。
つまりターフですらない場所にいるウマ娘に、興味などあるわけがない。
「--けれど、アルダン。そんな絵が愛されることは、あると思うかしら?」
だが、メジロラモーヌは足を止めた理由をメジロアルダンに語り、意見を仰いだ。
メジロラモーヌの魅せるレースを美しい油絵に例えたとしたら。
ジープベニザクラのレースなど、所詮砂場に指一本で描いた落書きに過ぎない。
トリプルティアラ最有力候補のメジロラモーヌにとって。
ダートのジープベニザクラの走りなどその程度にしか思われていないのだ。
しかし。
そんな落書きも、美しいと思われることはあるのだろうか。
メジロラモーヌ自身も、ジープベニザクラのレースが美しいと感じるときが来るのだろうか。
そう隣にいた理解者に問いを投げかけたようだ。
数秒の沈黙の後。
「……ベニザクラさんが、姉様にも匹敵するほど、レースへの情熱をお持ちならば」
落書きと例えられるダートの走りも、美しくいられるのでしょう。
メジロアルダンはそう答えた。
「ありえないわね」
メジロラモーヌはメジロアルダンの答えを一言で一蹴すると、踵を返して歩き出した。
メジロアルダンは慌てて後ろについていくが、メジロアルダンも伊達にメジロラモーヌの妹をやっているわけではない。
メジロアルダンには、メジロラモーヌの一言の本心はこうなのだと悟った。
"でもね、アルダン。ありえないことが起こるからこそ、レースは面白いのよ。"