「ここに出てくるインシーとか森内洋一って誰?」と思った方はぜひブラス・トレーサーの方もお読みください。
第1話
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シニア級3月。
ウマ娘も数多く入院することのある大病院の個室に、1人の小さなウマ娘と男トレーナーがいた。
ウマ娘の名前は"インシルカスラム(Insilca Slam)"。
ファンや友人からは"インシー(Incy)"のニックネームで知られているのでここでもインシーと呼ばせてもらう。
インシーは身長が147cmしかない小さなウマ娘で、オレンジのロングヘアと目の色をしており、左耳には白いクロスヘアピンが特徴的だ。
今、なぜインシーが病院にいるかというと、昨年のレース中に左足を骨折し、全治3か月の重傷を負ってしまったからだ。
そんなインシーがレース中に無念の怪我で離脱し、治療に専念しながら復活していくのはまた別の物語。
そしてインシーを担当する男トレーナーの名前は"森内 洋一(もりうち よういち)"。
ここでは森内トレーナーと呼ばせてもらう。
赤いスーツジャケットをカッコよく着こなすナイスな30歳。
今年で9年目のベテラントレーナーであり、これまでインシーを含め2人もG1ウマ娘を育て上げたベテラントレーナーだ。
今は骨折したインシーの見舞いに来ている。
そんなベテラン森内トレーナーがあわやクビになりかけながらも再起していくのはまた別の物語。
「なあインシー。突然なんだが」
森内トレーナーはベッドで横になっているインシーに話しかける。
「なーに?」
「--インシーが憧れたウマ娘、っているか?」
周囲がこれを聞けば「そんなものシニア級になって今更聞くのか!?」と思われるだろうがまずは説明させてほしい。
インシーはダートレースを主戦場として走っており、芝で走ったことは1度もない。
ダートとは過酷だ。
そもそもレース自体が少ない。3冠もない。客入りは芝の半分以下。
なのに砂埃を被って苦しい思いをしないといけない。
だからダートは知名度が低いし、誰も目標としない。
"ダートウマ娘は誰の憧れにもならない。"
……はずだったが。
「--小さいころもアタシ、こんな感じにテレビでレース見てたんだ」
インシーは身体をベッドから起こして、ちょうど目の前にあった小さな旧式テレビを指さす。
「すっごいカッコイイウマ娘がいたの、今でも覚えてる」
「ほう。そいつもダートか?」
「そいつのレース見てなかったら、アタシ、慣れない芝に行って大したことないウマ娘で終わってたかも」
インシーは苦笑いしながら遠回しにYESの返答をした。
どうやら、ずいぶんとその憧れのダートウマ娘に影響されたらしい。
「"あえて言うけど変わり者"だったなー。なんでそんなレース出てんの?ってアタシも思ったもん」
そのインシーの言葉にピンときた森内トレーナー。
当時はティアラ路線のウマ娘を担当していた森内トレーナーだったが。
それでもその"変わり者ウマ娘"の噂が届いていたくらいだった。
「分かったぞ。憧れどころか、今や名前も知らん奴がほとんどだろうが……」
「アタシは3冠ウマ娘とかよりも、あんな風になりたいって思ったんだよね」
その当時はミスターシービー、シンボリルドルフ、メジロラモーヌなどが輝いていた時代。
その当時はスマートファルコン、コパノリッキー、ホッコータルマエといったダートを代表するウマ娘が現れるよりずっと前の時代。
それでもインシーは、そんなウマ娘よりも、その変わり者に憧れた。
「そのウマ娘の名は……」
森内トレーナーとインシルカスラムは同時に合わせるように名前を発した。
「「ジープベニザクラ(Jeep Benizakura)」」