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可愛い一人娘について尋ねられたジープベニザクラの両親は待ってましたと言わんばかりに語り始める。
「トレーナーさんもご存じかもしれませんが、昔から芯の強い子でした」
「それは間違いない」
模擬レースのことを思い出し、石原トレーナーは両親に反射で答えてしまう。
砂をかけられて動じないウマ娘の芯が弱いはずはない。
「ウマ娘だからいつか学校生活の中で走るのだろうと思ってはいましたが」
「まさか府中の中央トレセンに入るなんてねえ……」
ジープベニザクラの両親は今でも信じられない、という風に話している。
中央にばかりいると感覚が麻痺してしまいがちだが、中央トレセン学園とは日本トップ、名門中の名門校だ。
入学するだけでも厳しい選抜試験を乗り越えなければならないし。
乗り越えたところで模擬レース、メイクデビュー、オープン、そして重賞と勝ち抜いていけるのはほんの一握りだ。
「私たちは最初、中央へ行くことは反対したんです。地方トレセンならまだしも、中央なんて名門校は厳しい世界だと」
「--分かりますよ。それで止まるベニザクラじゃなかったでしょう」
石原トレーナーの予想は図星だったようでジープベニザクラの両親はコクコク頷いた。
「ご存じの通り、メイクデビューに漕ぎつけるだけでも大変な世界です。そこまで来たベニザクラを誇ってください」
名門校のトレーナーからのお墨付きをもらったジープベニザクラの両親は嬉しい顔をしつつも。
どこか、心残りがあるような表情になっていた。
「……その。中央というのはお嬢様とか期待のウマ娘ばかりが集まるところでしょう?」
ジープベニザクラの母が話しづらそうに切り出す。
「まあ、その認識は間違いではありません」
石原トレーナーもまた、少し答えづらそうに返事をした。
今年最も期待されているメジロラモーヌがお嬢様かつ期待のウマ娘であるように。
中央トレセンに入ってくるウマ娘は何かしらのステイタスを持っていることは珍しくない。
「それに比べ、私はしがないサラリーマンで、妻は専業主婦。私たちはどこにでもある、田舎の平凡な家庭です」
ジープベニザクラの父は悔しさの混じったため息をついた。
どうやら、愛しい一人娘であるジープベニザクラを両親は蝶よ花よと優雅に育てたかったのだろう。
それは叶わなかったようだが。
「せめて中央に入るならとお化粧とか作法とかいろいろ学ばせたかったのだけれど……」
ジープベニザクラの母は言葉を濁しつつ苦笑いしてそれが完璧に行かなかったと表現した。
石原トレーナーはようやく遠目に地下バ道から歩いてきたジープベニザクラをもう一度注視する。
上品そうに見えるハーフアップの髪形。
もしかすると、あれはお嬢様学校たる中央トレセンでもどうにかやっていけるように、と教えられたささやかな両親の愛の形なのかもしれない。
「確かに、中央トレセンのウマ娘は家柄が良い者が多いことは間違いではないですが」
石原トレーナーは地下バ道から出てくるジープベニザクラを指さした。
「家柄が良い者しか勝てない、というのは間違いです。それを今からベニザクラが証明してくれるでしょう」
その言葉にジープベニザクラの両親は指さされた方向を注視して祈るように手を合わせる。
まもなく、ゲートインが完了しようとしていた。