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ゲートインを済ませる直前。
ジープベニザクラはチラチラと他のウマ娘の様子を観察していた。
やはり何人かは緊張の表情をしていたり、手足、唇などが震えている。
今日のメイクデビューは公式に記録される初めての実戦だ。
緊張するウマ娘は芝ダート問わず1レースで複数人存在し、そのせいで思うように力が出せなかったウマ娘も当たり前のようにいる。
初戦だから誰でも緊張するもの。ここでの敗北の悔しさをバネにして成長していくんだ。
メイクデビューとはそういうものだと考えているトレーナーも多い。
――だが、ジープベニザクラにとってそんな心配は無用だ。
何も緊張することなどない。
ジープベニザクラは実家の廊下を歩いているのと何ら変わりない様子でゲートインを済ませると。
ガコン、という音とともに飛び出した。
何人かが出遅れた中、ジープベニザクラは綺麗なスタートだ。
ジープベニザクラは2人ほどいる逃げウマ娘のピッタリ後ろをくっつき、3番手に位置する。
「なんで"ジープ"なんて名前なのか、気になりませんでしたか?」
レースを観戦していた石原トレーナーは急にジープベニザクラの父に呼ばれて思わず振り向く。
ジープベニザクラの両親の目線は娘を向いたままだった。
「……お恥ずかしながら」
図星。
石原トレーナーは少し恥ずかしがりつつ目線をレースに戻した。
「私たち、ドライブがこの上なく好きでしてね。今日もここまで愛車で来た次第です」
「……ああ、愛車は安物の軽自動車ですよ。ジープなんてカッコいいSUV、私にとっては雲の上の憧れの存在ですから」
つまり、車が好きだから。
そして、憧れのジープ社のSUVに憧れて。
愛しい娘にジープなんて名前を付けたというわけらしい。
確かにジープ社が販売する車は安くても500万円、高いものだと1000万円近くする大型車。
一般家庭が気軽に買って乗り回せるものかと言われれば、自信を持ってはいとは言いづらい。
「--ええ、トレーナーさんが言わんとしていることは分かります。だからって女の子の名前にジープはないだろうと」
「だから私がせめて美しい名前をってベニザクラって付けたのよ、あなた」
図星。
初めて名前を聞いたとき、何を思って両親はこんな名前にしたのかと思ったものだ。
その理由が親が車好きだったからとは。
「……あの走り、良くご覧ください」
名付けられた理由を聞いた石原トレーナーはもう一度、ジープベニザクラの両親にレースをよく見るよう促す。
いつの間にかレースは1000mを通過し、残りは700mを切っていた。
ジープベニザクラの位置は変わらず逃げウマ娘2人にぴったり後ろをくっついて3位。
つまり、逃げウマ娘2人から、蹴り上げられた砂をモロに顔に浴びながら。
ジープベニザクラ自身もまた、砂を蹴り上げて後ろのウマ娘に砂煙を浴びせている。
そんなジープベニザクラの走りは、全く衰えを見せていない。
「オフロードも力強く走るあの姿……案外、名は体を表しているんじゃないでしょうか」