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今は9月だ。
ジープベニザクラの次走は10月のプラタナス賞に決まり、あまり時間はない。
石原トレーナーはジープベニザクラの限界を100だとしたら70~80の段階にはあると言ったが。
可能ならG1の全日本ジュニア優駿までに100まで漕ぎつけたい。
石原トレーナーは部室で東京レース場のコース見取り図を広げてジープベニザクラに見せる。
まずはプラタナス賞に向けて坂、コーナリング、最終直線距離などいろいろ覚えるべきポイントがある。
「まずはコースについて頭に叩き込め。プラタナス賞は東京1600m。メイクデビューの小倉1700mと違うところは……」
「結構です」
石原トレーナーが説明を始めて5秒程度でジープベニザクラは説明を遮った。
おそらく、その5秒ですらロクに聞く気がなかったであろう姿勢に石原トレーナーは呆れてため息をつく。
「おい、まだ何も説明してないぞ?いくらPre-OPだからってコースを覚えずに勝てるようなものじゃ……」
「覚えられませんし、使いこなせる気もしません」
ジープベニザクラはあからさまに長々とした説明など聞きたくないという態度をとって、部室の外を指さした。
「走ったら覚えます。さっさと始めませんか?」
今日のジープベニザクラは随分とトレーナーに反抗的だ。
そんなこと言わずにまずは話を聞いてくれ、というのは簡単だが。
よくよく考えれば、ジープベニザクラは根性だけで強引に1位をもぎ取るようなウマ娘だ。
誰にでも敬語で接するからあまりイメージは沸かないが。
ジープベニザクラにデータを叩き込むのは、筋金入りのチンピラに無理やり勉強させようとするようなものだ。
あと単純にジープベニザクラは複雑で細々とした指図をされることが嫌いらしい。
指示するときは単純かつ大雑把にだな、と石原トレーナーは自分の頭に記憶させると。
「そうか、頭じゃなくて身体に叩き込むほうが性に合ってるか。ならそうしよう」
「ええ、それが1番やりやすいです」
それを聞いて石原トレーナーはコースの見取り図をグシャっと潰した。
ダートの練習場に出て、ジープベニザクラは左回り1600mのスタートラインに立つ。
9月ともなればウマ娘たちは今後の大舞台に向けて一層練習に張り切らなければならない時期なのだが。
今日もまた、ダートの練習場は人がまばらだった。
いや、閑散からまばらにランクアップしただけでもまだ良しとするべきなのだろうか。
石原トレーナーがジープベニザクラの様子を見守っていると。
「おや、貴方は石原さん!ベニザクラさんとはうまくやれていますか?」
後ろから聞き覚えのある声をかけられた。
石原トレーナーが振り向くと、そこにいたのは緑セーターの打出トレーナーだった。
「打出か、久しぶりだな!ベニザクラ、とんだじゃじゃウマ娘だ。褒め言葉だぞ」
「それはそれは、走っている姿を見るのが楽しみです。次は全日本ジュニア優駿をお考えで?」
「間にプラタナス賞を挟んでからな。そういえば……」
石原トレーナーは模擬レースで打出トレーナーと小原トレーナーと出会った時のことを思い出す。
小原トレーナーが担当していたウマ娘の名前は確かアールライズ。
だが、打出トレーナーの担当ウマ娘の名はまだ聞いていない。
今年からダートでお世話になる、と言っていたあたり、打出トレーナーもまた、今年ジュニア級のウマ娘を担当しているはずだ。
「お前の担当の名を聞いていなかった。覚えておこう、誰だ?」
その質問に打出トレーナーはしまった、と言った顔をした。
「おっと、まだ言ってませんでしたか?」
「--メティ、です。"メティキュラス"」