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時期は飛んでプラタナス賞当日。
「1000m地点を通過、残りは600--」
前半は特に大きなイベントが起こることもなく進んでいった。
後半戦に入ってレースの展開は先頭争いをする2人に先行勢が少し離れて追走している状態。
ジープベニザクラの位置はこの先行勢、現在順位は5位だ。
「ここから、仕掛けます!」
ジープベニザクラは最終直線に入る少し前からラストスパートをはじめ、外から抜け出そうとする。
しかし、模擬レース、練習、メイクデビュー、そして今回も同じワンパターンな戦法を取ってきたジープベニザクラ。
「やっぱり来た!外からなんて抜かせるものか!」
「内ラチを攻めれば私だって……!」
さすがにPre-OPに出てくるウマ娘には対策されている。
あるウマ娘はインコースを攻めて距離を詰めようとし、あるウマ娘はジープベニザクラの想定解を塞ぐような位置取りを始める。
「--どいてください!」
しかし、そんな手で止まるようなジープベニザクラじゃなかった。
包囲される直前にジープベニザクラは突破口に脚を割り込ませると。
「なっ、こんな無理やり……!?」
そこから一気に抜け出してスピードアップしていく。
「外から上がってきたのはジープベニザクラ!前はがら空き!」
「しまった、勢いが……!」
インコースを攻めたウマ娘は確かに距離は短くなったが。
その多くがジープベニザクラを意識して"攻めすぎて"しまい、急カーブになったことで勢いを殺してしまった。
おかげさまで、スピードを緩めずに最適なコーナリングを取れるコースをジープベニザクラに明け渡したことになる。
「前、空けてくれてありがとうございます!」
ストライドの大きいジープベニザクラは脚のグリップが効かず、やや滑りながら体を斜めにしたコーナリングで先頭に食らいつく。
ウマ娘のレースではあまり使われない言葉だが、これを車のレースに例えたとしたらちょうどいい言葉がある。
"ドリフト走行"だ。
「流れに乗って先頭を抜いたジープベニザクラ、そのまま後続を引きちぎってゴールイン!」
終わってみれば鮮やかなコーナリングからの加速で、ジープベニザクラはプラタナス賞を制覇した。
ゆっくりと減速して立ち止まったジープベニザクラは軽く息を整えると。
相変わらず少ない観客に向けて、微笑みながら控えめに手を振った。
「あんな豪快な走りなのに俺たちに向けるファンサは可愛らしいな」
「優しくて強いって言葉が似合う子だ……」
その上品さと力強さを併せ持つジープベニザクラは数少ないダートの観客たちの心を掴んでいく。
「これならG1制覇も十分射程に入るな。取りに行くぞ、ベニザクラ」
小さく手を振ってくれた石原トレーナーはそれに応えるように小さくガッツポーズをした。
その日の午後9時。
不運にも日々のトレーナー業務が長引いてしまった石原トレーナーは今から自分のトレーナー室に戻ろうとしていた。
プラタナス賞を制覇した今、ジープベニザクラが狙うは全日本ジュニア優駿ただ1つ。
そのために舞台となる川崎レース場の研究やライバルウマ娘の洗い出し、研究、対策……
石原トレーナーは今からもやることがたくさんある。
今夜はおそらくトレーナー室に泊まり込みになるだろう。
ブラック企業も真っ青の激務だが、自分の担当がG1に出走するチャンスを得たのだ。
石原トレーナーにとっては24時間だって戦える。
「さあ、むしろここからが本番だぞ。ベニザクラに優勝トロフィーを渡すために頑張らなくては」
石原トレーナーは軽く自分の頬を叩いて気合を入れなおすと。
トレーナー室の扉を開けた。