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石原トレーナーもそろそろジープベニザクラとはどういうウマ娘かが分かってきた。
芯が強いを、いや図太いの域まで両足を突っ込み。
変わり者扱いされることをむしろ誇らしく思っているジープベニザクラ。
単にかわいいから、キレイだから、だけで選んだわけではない。
「最初はあえて分かっていないような振る舞いでブーイングを喰らい、そいつらをホンモノの走りで黙らせる。……なるほどな」
それはさぞかしスカッとすることだろう、と石原トレーナーは言葉には出さなかったがそういう視線を送る。
ジープベニザクラは石原トレーナーの意図を察したようで軽く頷くと。
最後に勝負服に合わせるシューズを出してきた。
「そのシューズ……」
よく見れば、今のジープベニザクラは灰色の靴下までしか履いていなかった。
そして、手に持ったシューズを見てこれまた石原トレーナーは驚きの顔になる。
それは、あまりにも無骨なコンバットブーツだった。
まるで軍人が履くようなゴツゴツとした、可愛さ、美しさ、気品とは真逆の位置にある戦闘長靴。
色はカーキ色。ちょうどダートにこのブーツを転がしたら迷彩色で見えづらくなるような色だ。
黒赤のワンピースを着て履く靴としては少々ミリタリーの主張が強すぎて浮いているチョイスだ。
「奇をてらっている、というのも確かにあるんですけど」
そう言いながらジープベニザクラは靴を履く。
「私の名前らしく、美しさは忘れずに。でも、走りは本気で」
ジープベニザクラは靴紐を固く結んで立ち上がった。
戦場でも通用しそうな靴だけあって、過酷なダートにはぴったりな靴だろう。
「ああ。似合ってはないがお前らしい」
石原トレーナーはあえてそういった感想を下した。
しかし、ジープベニザクラにとって「よくお似合いです」と見え透いたお世辞に比べればよっぽど嬉しい感想だ。
「ありがとうございます。ではこの勝負服に着られないような走りをしてきます」
ジープベニザクラはそう言って控室のドアを開けようとする。
「ちょっと待った。最後に1つ」
石原トレーナーは今まさにレースに向かうジープベニザクラを制止すると。
数歩歩いて、ジープベニザクラの真後ろに立つ。
そして、固く握りこぶしを作ると。
「きゃ」
ドンドン、と少し強めにジープベニザクラの背中を2回叩いた。
「--行ってこい」
気合入れ、おまじないにしては少し乱暴な背中の叩き方。
その様はまるで「荷物は積み終わった、準備完了だ!車を出せ!」とトラックの荷台をドンドンと叩いて運転手に合図を送るような叩き方だった。
「……もう、私はトラックじゃないですよ?」
そう言ったジープベニザクラの顔はまんざらでもなかった。
今度こそ、ジープベニザクラはドアノブに手をかけて、川崎レース場の地下バ道に向かう。
ジープベニザクラの晴れ舞台は、ここから始まるのだ。