ーーー30ーーー
別に長くもない地下バ道を通って、ジープベニザクラは川崎レース場に出ると。
まず目と耳に飛び込んできたのは、今までとは比べ物にならないほどの観客と歓声。
それでもまだ阪神JF、朝日杯FS、ホープフルステークスに比べれば少ない人数ではあるのだが。
メイクデビューやPre-OPのプラタナス賞に比べれば何倍、何十倍もの人数だ。
ここはダートとはいえやはりG1。それもジュニア級でたった1つしかない大一番。
最強、トップが誰かが気になったのなら、見に来ないわけにはいかない。
さて、当たり前だが、全日本ジュニア優駿に出走する全てのウマ娘はこれが初のG1になる。
これまでは自分の走りをしっかり見てくれるのはトレーナーや知人、家族くらいのもので、だからこそのびのびと気楽に走ることもできただろう。
それが今日、急に会ったこともない何千人からの視線を浴びて走ることになる。
そこから一気に押し寄せるプレッシャーが重くのしかかり、緊張でうまく走れないウマ娘も珍しくない。
……ジープベニザクラはどうだろうか。
地下バ道の出口で歓声を受け、周囲を見渡したジープベニザクラは軽く右手を握ると。
「--見たければどうぞご自由に」
自分に言い聞かせるようにしてパドックへ歩き出した。
ジープベニザクラは声も手も脚も震えてはいない。
G1であってもまるで散歩に向かうかのような歩き方だ。
プレッシャーに呑まれて実力が出せない、なんて心配はいらないだろう。
「ダートジュニアの最強を決めるここ全日本ジュニア優駿に、今年も有力ウマ娘たちが集まりました」
「1番人気は3枠5番、ジープベニザクラ」
「清楚な彼女の強みは、なんといっても粘り強いレース。私も有力ウマ娘として見ている1人です」
関係者席で実況・解説を聞く石原トレーナーはその紹介に納得するように軽く頷く。
「ほう、ベニザクラさんが粘り強いレースですか。なかなか面白いウマ娘ですね」
すると後ろから聞き覚えのある声が。
「打出か。そうだ、ベニザクラのレーススタイル、追い詰められた時はめっぽうしぶといぞ」
「品のよさそうなツラして根性があるようですね、気に入りました。大勝でも大敗でもレースってのはつまんねえモンですから」
前回会った時も見せたような、優等生が少し無理して不良を演じるような口調で打出トレーナーはジープベニザクラを高く評価する。
「お前のメティは10番……あいつか」
石原トレーナーはジープベニザクラの後ろを続くウマ娘たちを数え、メティキュラスに行きつく。
メティキュラスの勝負服はピンク色のスウェットズボンに真っ白な長袖シャツ。
アウターとしてこれまたピンクベースのポケットだらけのサファリベストを羽織っており、ワンポイントとして白い星がついている。
靴はこれまたピンク色のワークブーツ。
ピンクと白のカラーリングはガーリーで可愛らしいが、服装そのものはまるで未開の地を探索する探検家のようで実用性重視だ。
「続いては3番人気、5枠10番のメティキュラス。ここまで3戦2勝の好成績」
「後方からのレースを得意としている、1番人気ジープベニザクラの対抗ウマ娘の1人ですね」
わずかに気弱そうに背を丸めて歩いているが、視線だけはなんとか前を向き続けている。
「気丈に振舞おうとはしているが、やはりベニザクラに比べれば緊張しているか」
「ナメられるわけにゃあいきませんからね」
段々と打出トレーナーの無理して発しているような口の悪さは勢いを増してくる。
「……何になり切ってるんだお前は」
「ああ、まだ言ってませんでしたね。これでも僕、ヤンキーってものに憧れがありまして」
その答えに、石原トレーナーは少し苦笑いを返した。
温和で優しそうな打出トレーナーが不良に憧れていたとは。
いや、温和な男だからこそ、少しアウトローな道に興味があったのかもしれない。
打出トレーナーは人差し指をビシッと石原トレーナーに突きつける。
「ですから、今日は僕らからあなた方にケンカを売らせていただきましょう」
「そのムカつくエリート面ができるのもあと5分です」
そう言われて石原トレーナーはすぐには答えを返さず、ゲートインする前のウマ娘たちの様子を見る。
ちょうど、ジープベニザクラとメティキュラスはゲートイン直前で何かを話しているところだった。
今の石原トレーナーと打出トレーナーと同じように。
ジープベニザクラはメティキュラスに喧嘩腰な指を突き付けられていた。
「買おう。正面からの殴り合いなら、ベニザクラとて望むところだ」