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全員のパドック紹介が終わり、ウマ娘たちはゲートの目の前までやってくる。
ジープベニザクラはゲートに入る前、自分の後ろに意識を向けた。
……いくつかの視線を感じる。
やはり、1番人気に選ばれたウマ娘だ。
周りからは警戒心を抱かれ、プレッシャーを押し付けてくる。
「(……嬉しいことで。注目されないよりよっぽどいいです)」
だが、ジープベニザクラはプレッシャーどころかむしろその状態を誇りに感じていた。
まるで自分の懸賞金が上がっていく賞金首になったかのような感覚で。
すると、その中の1つの視線がだんだんとこちらに近づいてきた。
「あ、あの。ベニザクラさん……」
近づいてきたのはメティキュラスだ。
ジープベニザクラが振り向くと、メティキュラスは深々と頭を下げ、手を差し出した。
「今日は、よろしくお願いいたします!」
その様子にジープベニザクラはメティキュラスへ手を差し出したが。
握手する直前でその手を止める。
「頭を上げてください。これから一緒のゲートに入って、同じ場所を走るんですから」
今のジープベニザクラとメティキュラスは対等な対戦相手として勝負しようとしている。
そんなにおずおずと下手に出られては逆に困惑するというもの。
そう言われたメティキュラスはまだ少し遠慮がちに頭を上げる。
それを見て、ジープベニザクラはメティキュラスの手を握って固く握手を交わした。
「……ベニザクラさん」
その瞬間、メティキュラスの様子が変わる。
ジープベニザクラを握る手の握力が強くなった。
「私……嫉妬しているんです。あなたに」
今までの気弱そうな態度から一転、ジープベニザクラ睨み、妬んでいると告げたメティキュラス。
その様に、ジープベニザクラは怒るでもなく落ち込むでもなく。
少し面白がるような表情を見せる。
「へえ。こんな私のどんなところに、ですか?」
ジープベニザクラは自分のことを天才だとか歴史に名を乗せるウマ娘だとは思っていない。
ありとあらゆることを唯一の長所である根性に任せ、なんでもかんでも強引に押し通すような問題児ウマ娘。
自分が優等生などではないという自覚はあるのだ。
「……そういうところです!」
メティキュラスはガバっと顔を上げてジープベニザクラを睨みつけると。
右手で握手したまま左手でジープベニザクラの胸倉を乱暴にひっつかんだ。
「一流のトレーナーさんがついて、すました顔で模擬レースもメイクデビューも、Pre-OPにも簡単そうに勝って!」
「私から見ればあなたは天才なんです!」
その言葉にジープベニザクラはハッと気づく。
目の前のメティキュラスはもともと芝の模擬レースで走ったものの、誰にも見てもらえなかった。
だから渋々落ち込ぼれと言われるダートに移り、新人トレーナーである打出トレーナーに拾ってもらった。
そこからも2戦落とし、それでもどうにかここまで漕ぎつけた。
メティキュラスはここに来るまでに多くの挫折と苦労を重ねてきた。
メティキュラスから見たらジープベニザクラは、これまでのレースをまるでおやつでも食べるかのようにサクサクと全勝してきて。
今ですら飄々と済ました顔でG1に来ている。
そんなジープベニザクラが「"こんな"私のどこが羨ましいんですか?」などメティキュラスに言い放てば。
最早当てつけにしか聞こえないだろう。
メティキュラスはジープベニザクラを掴んでいた両手をどっちも投げ捨てるように離すと。
ジープベニザクラを右手でビシッと指さした。
「ですから!ベニザクラさん、今日はあなたに"ケンカを売りに来ました!"」
「天才に勝って、G1を獲って!私を拾ってくれたトレーナーさんに恩返しをするんです!」
「……そんなことも言えたんですね、あなたは」
指さされたジープベニザクラは怒るでも落ち込むでもなく、少しうれしそうにつぶやく。
G1といえどもここはダートだ。
走るごとに毎回砂埃まみれになるこの場所には、相応しい振る舞いなどありはしない。
……いや、メティキュラスは自分の心の汚い部分すら、ありのままジープベニザクラに吐き出した。
なら、ジープベニザクラとて、同じことをするだけ。
これが、ダートG1を走るウマ娘として相応しい振る舞いだ!
「--そのケンカ、買いましょう!」
「あなたがかき集めたそのなけなしの勇気、踏み砕かせていただきます!」