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ジープベニザクラとメティキュラスの2人が本気の勝負を誓い合った後、各ウマ娘がゲートインする。
やはり、他のウマ娘はゲートイン前、ゲートインしてからあたりを不安そうにきょろきょろ見渡したり、呼吸がおかしくなっていたりと。
みんな大なり小なり緊張を隠せていない。
それはあんなに喧嘩腰で啖呵を切ったメティキュラスも例外ではない。
それに比べ、ジープベニザクラは一切緊張していない。
まるで自分が何位になろうがどうでもいいという態度にすら見える。
もちろん、実際どう思っているかは。
先ほどメティキュラスにタンカを切り返した態度を見れば言うまでもなかろう。
ガコン。
「各ウマ娘ゲートイン完了、スタートしました!」
想定よりスターターハンドルが早く切られた。
いや、気のせいかもしれない。緊張でそう感じただけかもしれない。
だが、何人ものウマ娘たちが予想外の出来事に「あっ!」という表情をしながらスタートした。
「数人出遅れ、序盤の展開は予想とは大きく異なりそうです」
さて、ジープベニザクラは。
もちろん、想定通りのグッドスタートが切れている。
「3着の位置に5番ジープベニザクラ、いいポジションを取った」
「--9位の位置に10番メティキュラス。チャンスをしっかりと伺っている」
スタートから5秒ほどは多少荒れた展開となったが、その後は各ウマ娘きっちりと自分の位置を決めると。
大きな順位変動が起こることなくスムーズにレースが進んでいく。
「ケンカを売らせていただきます、なんて言いましたが」
レース中盤、3位にジープベニザクラ、9位にメティキュラスの位置の様子を確認しつつ、打出トレーナーは眼鏡をクイッと直す。
「お察しの通り、メティは本来気弱で臆病なウマ娘です。つまり」
「G1で緊張のあまり実力を出せないかもしれないということだな」
石原トレーナーは打出トレーナーの言葉の続きを遮るように答えを出した。
「しかし、メイクデビューからジュニアG1で度胸を着けるような時間もない」
「……よくご存じで」
打出トレーナーは歯がゆい表情で返すしかなかった。
芝からダートの世界へとやってきてその常識がガラッと変わったことに四苦八苦してきた石原トレーナーだが。
もともとトレーナーとしての経験と知識は打出トレーナーよりも石原トレーナーのほうが何枚も上手だ。
芝のジュニアG1でもそういうプレッシャーに圧されるウマ娘を何人も見てきた。
この短い時間でどうやってそれに打ち勝つか、それは恐らく永遠に完璧な正解の出ない難しい問題だ。
「--僕が出した答えがアレでした。"ケンカを吹っ掛けること"」
つまり、メティキュラスのタンカは打出トレーナーによる心理戦の1つだった、ということだ。
強気を前面に押し出した威嚇で相手をひるませ、勢いで自分を奮い立たせる。
例え弱気な性格であっても無理してその姿勢をとれば。
もしかしたら自分はやれるかもという錯覚に陥って、プレッシャーに打ち勝てるかもしれない。
打出トレーナーはそう踏んでジープベニザクラに喧嘩を売るようにとメティキュラスに指示したのだろう。
「なるほど、面白いやり方だ。打出、お前はなかなかトレーナーとしての才があると見える」
「石原さんにそう言っていただけるたァ光栄です」
芝のレースでは思いつかない、いや思いついても実行などできないやり方だ。あまりに素行不良が過ぎる。
ダートだからこそできる芸当に、石原トレーナーは素直に感心していた。