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「少々驚かせるつもりで、全力以上のラストスパートをお見せしたつもりですが」
ジープベニザクラはもはや立つことすら疲れたのか、腕を組んで壁に寄りかかる。
「どうでした?」
それに対し、石原トレーナーは目を閉じて先ほどの最終直線を思い出す。
本来、差しウマ娘であるはずのメティキュラスすら凌駕するほどの加速、最高速。
これまで見てきたウマ娘の中と比べてもトップクラスに入るほどだった。
そしてあの走りはただがむしゃらに走るだけで発揮できるものではない。
……ふと、石原トレーナーは休憩で読んだモータースポーツの雑誌に載っていた言葉を思い出して笑った。
「……アレは頭のネジが全部飛んでいるな」
「それでは頭がどこかに飛んでいくじゃないですか。1本は残ってますよ」
ジープベニザクラはその言葉を嬉しそうに受け取った。
モータースポーツ雑誌には"F1ドライバーは頭のネジが1本飛んでいる。ラリードライバーは頭のネジが1本しかない"なんてジョークが乗っていた。
不思議とこの言葉はウマ娘の世界でも当てはまる気がする。
今まで八大競争に出走し、制覇してきたウマ娘の中には、頭のネジが1本どこかに飛んでいるのか?と言いたくなるウマ娘が何人もいた。
それくらいのことをしないと他を出し抜けないから。
だが、ジープベニザクラはむしろ後者。
1本を除いて頭のネジを全部どこかに落としてきたような走りで、G1を手にしたと言っていい。
それも、ただヤケクソという話ではなく。
ネジの重量すらも削りたい、みたいなちゃんとしているようで良く考えればやっぱり狂気に囚われているような。
極めて冷えた頭でイカレたことをする。
それが、ジープベニザクラのあの最後の加速と最高速を叩き出した秘訣なのだろう。
「レッドブロッサム(赤い花)、いや……」
ふと、石原トレーナーは先ほどの走りを見て思いついた言葉を口にしたが。
すぐにその言葉を取り消した。
木に咲く赤い花は美しいが、それだけではジープベニザクラを表現するには到底足りない気がする。
「--"ブラッド"ブロッサム("血"の花)、かな」
石原トレーナーは先ほどの走りを。
つまり、【固有スキル】としての名前を、そう呼ぶことで確定した。
まるで、その赤い花びらは、赤く咲いた花は。
自分の血を代償にして得た走り、得た勝利。
それほどの言葉が、ジープベニザクラには相応しいのではないか、と思ったのだ。
「……素敵じゃないですか」
ジープベニザクラもその例えが気に入ったらしい。
「絵具で赤に染まっているよりは、血で染まっているほうがきっと価値があると思いますよ」