この世界は一本道。
第40話
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「えっ!?JDDには出ないんですか!?」
年が明けて初めての練習。
ジープベニザクラはメティキュラスの次走予定を聞いてびっくりして口元を押さえてしまった。
思えば、ジープベニザクラが明らかな驚きの表情を上げたのは今が初めてかもしれない。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
メティキュラスはジープベニザクラにペコペコ繰り返し頭を下げて謝っている。
「あ、いえ怒っているわけではないですから……」
つい1カ月前には川崎レース場で「ケンカ売るから買いやがれ!」「買ってやろうじゃねえか覚悟しろや!」なんて言いあってた間柄とはとても思えない。
「……しかし、ジャパンダートダービーを回避するなんて思い切った決断をしたな」
石原トレーナーもまた驚きの表情でメティキュラスと打出トレーナーを交互に見つめた。
恐る恐る頭を上げるメティキュラスの後ろで、打出トレーナーは慣れないヤンキー座りをしながらため息をついた。
「僕も随分悩みましたし、メティもなかなか首を縦に振ってくれませんでした」
クラシック級のウマ娘なら外せない、絶対に出たいレースがはっきりと決まっている。
クラシック路線のウマ娘なら皐月賞・日本ダービー・菊花賞。
ティアラ路線のウマ娘なら桜花賞・オークス・秋華賞だ。
ではダート路線のウマ娘でこの3冠に該当するレースとは?
ジャパンダートダービー、通称JDD1つだけだ。
大井レース場で行われる2000mのダートレース。
他にもJBCクラシックや東京大賞典、帝王賞など大井2000mのダートG1は数多くあり、今後のためにもこのレースは外せない。
よって、ジャパンダートダービーの勝者はすなわちクラシックダート最強とイコールでつながり、シニアダートウマ娘からも一目置かれる存在になる。
もちろん、ジープベニザクラもこのジャパンダートダービーに出走するつもりでいた。
だから、このジャパンダートダービーに出ない、という選択は普通あり得ない。
それに加え、打出トレーナーは全日本ジュニア優駿で「次はきっちりタマァ取らせていただきます」とまでタンカを切ったのだ。
そこまでしておいて、やっぱり回避など勝負から逃げる行為以外の何物でもないだろうに。
「苦渋の決断でしたが、ベニザクラさんと戦って分かったんです。僕らはまだまだあなた方に遠く及ばないとね」
「で、ですから、次走の重賞は"レパードステークス(G3)"に決めました。少しずつ段階を踏んでから、改めてG1に挑戦します」
最後は、あなたに勝つために。
そう宣言する代わりにメティキュラスは自分に言い聞かせるようにグッとガッツポーズをした。
「私は別に構いませんよ。東京大賞典までには来てくれるんでしょう?」
「は、はい!約束します!」
「ええ、指切り。次のレースも頑張ってください」
ジープベニザクラは小指を出し、メティキュラスもまた同じジェスチャーで応えた。
練習後、ジープベニザクラと石原トレーナーは自身の次走についてミーティングを行っていた。
いや、次走自体はジャパンダートダービーで迷うことはない。
「メティさんが出ないとなると、私は誰を意識すればいいのでしょうか」
「全日本ジュニア優駿で出たウマ娘の中で中距離が走れるなら恐らく続けて出るだろうが……」
実際に勝負したジープベニザクラも石原トレーナーも分かっていた。
ジープベニザクラは2000mの中距離も問題なく走ることができる。
全日本ジュニア優駿のメンバーがそのままジャパンダートダービーに繰り上がってきたなら。
ジープベニザクラは今度は本当に苦労することなく勝つことができるだろうと。
「頂けるものは遠慮なく頂いていきますが、それだと少しつまらないです」
少し退屈そうにため息をついたジープベニザクラに対し。
石原トレーナーは人差し指を立てた。
「そうだな、もしいるとすればデビューが遅かったウマ娘だ」
メイクデビューを走る時期はウマ娘によってばらつきがある。
ジープベニザクラはジュニア級の8月にデビューしていたが、遅ければ10月、11月になるウマ娘もいる。
そういうウマ娘は当然、勝てたとしてもメイクデビュー1勝。
実力があっても全日本ジュニア優駿は見送ったり、実績不足ではじかれることが多い。
「そういうウマ娘がいるとしたら、距離の似ているスレイプニルステークス(OP)は要チェックか……」
石原トレーナーは一瞬、上を向いて考えるが。
「いや、いるかどうかわからんライバルの話をしても仕方ない。俺たちは俺たちでやれることをやろう」
その宣言にジープベニザクラは迷うことなく頷いた。