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ある日のトレセン学園の昼休み。
ジープベニザクラが正門から構内に入ると、何やらエントランスの案内図があるあたりの階段の一角がザワついていた。
近くを通り過ぎるウマ娘はまるで階段にある何かを避けるように迂回していく。
今のジープベニザクラの位置からでは、階段に何があるのかよくわからない。
「……?なんでしょう」
避けようとする他のウマ娘とは真逆の方向に、ジープベニザクラは自分から首を突っ込みに行った。
すると、そこに目つきの鋭そうな赤い目のウマ娘が階段に座っていた。
長身のダークブラウンの跳ねたロングヘアで、右耳の半分を金色で飾っている、イケメンとも怖いとも言われそうなウマ娘。
前年度日本ダービー覇者という輝かしい肩書を持ち、海外への挑戦を高らかに掲げたのはまだ記憶に新しい。
しかし、その素行は問題だらけで、ゆえにはぐれ者たちのまとめ役にもなっている。
良い意味でも悪い意味でもトレセン学園でその名前が知られているウマ娘。
シリウスシンボリだ。
現在は活動拠点をフランスに移していたようだが、たまたま今日は帰国していたらしい。
不敵な笑みを浮かべて階段を占拠するように座っている。
ちなみに、特別な理由もなく階段に座るのは褒められた行動ではないし、単純に通行の邪魔になっているのでまもなく生徒会が注意しに来るであろう。
通るにはシリウスシンボリに通してくださいと言わなければならないが、あいにく多くのウマ娘はそう言う勇気がなく、避けて迂回していたということらしい。
「よう、ローリーガール」
シリウスシンボリはジープベニザクラに気づいてローリーガールと名前を呼んだ。
これはシリウスシンボリがジープベニザクラの名前を勘違いしているわけではない。
Lorry girl.
イギリス英語で意味は"トラック女"だ。
どうやら、シリウスシンボリはジープベニザクラのことをトラックみたいなやつだと思っているらしい。
「私はトラックじゃなくてジープです……あとベニザクラって呼んでください」
「フン。ツラ貸しなベニザクラ、アンタに話がある」
シリウスシンボリは自分が尻を乗せている段の横をコンコンと叩いて座るように促す。
「はーい」
ジープベニザクラは気の抜けた返事をすると、足を閉じてシリウスシンボリの横に、つまりは階段に直接座った。
もう1度言うが、特別な理由もなく階段に座るのは褒められた行動ではない。
「全日本ジュニア優駿だったか?うちのパピーが随分世話ンなったらしいじゃねえか」
ジープベニザクラを座らせるなり、シリウスシンボリは牙を剝きだすような威圧感でジープベニザクラに話しかけた。
どうやら、全日本ジュニア優駿に出走して負けたウマ娘の中にシリウスシンボリの後輩・妹分がいたらしい。
この態度からシリウスシンボリが言いたいことは、「よくも私の可愛い子犬を負かしてくれたな。覚悟はできてんのか?」であることは想像に難くない。
並のウマ娘ならこの時点でビビッて逃げ出していてもおかしくないが。
ジープベニザクラは気の抜けた顔のまま首を傾げた。
この態度からジープベニザクラが言いたいことは「えーと、誰のことです?」であることは想像に難くない。
「……まあいい。聞いたぜ?その品の良いツラで、頭は完全にイカレてるってな」
「まあ、そう言っていただけるのは嬉しい限りです」
「……噂は間違ってねえみたいだ」
頭がイカレてる、と言われて喜び出したジープベニザクラをシリウスシンボリは鼻で笑い飛ばした。
とはいえ、その気持ちはシリウスシンボリにとって分からなくもない。
頭がイカレてる、を良く言い換えればそれは、"常識に囚われず結果を残す"ということ。
シリウスシンボリが頑なに持ち続けてきた信念とピッタリ合致している。
だから、シリウスシンボリは普段見向きもしないダートウマ娘のジープベニザクラに声を掛けたのだ。