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時期はクラシック級の7月。
夏合宿の時期に入る。
この時期、トレセン学園は全生徒・全スタッフを連れていくべく合宿所行きのバスを手配する。
もちろん、バス運送会社もトレセン学園の夏合宿のためにと総力を挙げて何十台というバスを用意してくれる。
そのため、トレセン学園の駐車場には様々な柄のバスが何台も鎮座。
どのバスの何番席が自分の席だったかを忘れた者は、その柄を目印にバスに乗っていく光景が毎年のように見られる。
その中で、1台しかない珍しい柄のバスがあった。
「去年まではこのバスが魔界か何かに行くような雰囲気に感じられたんだがな」
石原トレーナーもまた、ジープベニザクラと一緒にその1台しかない珍しい柄のバスに乗り込もうとしていた。
いつもは合宿所行きのバスに乗り込んでいた石原トレーナーにとって、全校生徒と行先の違う方向に向かっていくバスは、奇妙に映ったものだが。
今年は自分がそれに乗る羽目になっている。
「そう言われたらなんだか冒険心をくすぐられます」
魔界に向かうようなバス、と言われてジープベニザクラはむしろ気分を良くしている。
このバスの行先は合宿所ではなく、ましてや魔界などでもなく。
"大井レース場行き"。
ジャパンダートダービーに出走するウマ娘とトレーナーだけが乗る専用バスだった。
幸い、全校生徒とスタッフがつめかけ絶賛混雑中の合宿所行きバスと違い、こちらはジャパンダートダービーの関係者しか乗らないため、すんなりとバスに向かえそうだ。
「へえ、ダートに移ったって噂は本当だったんだな、石原さん」
すると、後ろから聞き慣れない男の声が聞こえた。
今の位置的に、この男はジャパンダートダービーの関係者。
石原トレーナーとジープベニザクラがその声に振り向くと。
そこには青いポロシャツを着た男、そしてその男と手を繋いでいるウマ娘がいた。
男の方は170cm少し、20代後半で、少し明るい茶髪を遊ばせている。
手を繋いでいるウマ娘の方は、160cm前半、ジープベニザクラよりは少し暗い黄土色くらいのショートヘアに青い目。
毛並みのカテゴリ上はジープベニザクラと同じく栗毛に位置する。
耳には青いカバーをしており、どこか寂しがり屋のような雰囲気を感じさせる。
「……本当だが、どこかで会ったか?」
ダートは狭い世界のはずだが、石原トレーナーは目の前の男にピンと来ない。
「心外だな、俺とアンタは初めましての関係じゃないぜ?まあ、アンタにとっちゃ俺はその他大勢のトレーナーだったかもしれんが」
男は石原トレーナーにウマ娘に握られていないほうの手を差し出して握手を求める。
「原崎直人(はらざき なおと)だ。今回はその他大勢で終わらせやしねえ」
「……ああ、なるほどな。会ったのは何年も前の話だろうに」
その言葉で合点がいった。
原崎直人、という名前を見てどこかで聞いたような気がすると引っかかったのは。
原崎トレーナーはかつて芝で石原トレーナーと相対したことがあるという意味だ。
とはいえ石原トレーナーがはっきりと思い出せないくらいの出来事なので。
相対したのは1年前、2年前の話ではないだろうし、もちろん当時の担当ウマ娘も違う。
何より石原トレーナーは強敵だと痛感したウマ娘・トレーナーの名前は何年たっても記憶から離さない。
どうやら目の前の男はかつて石原トレーナーと同じ芝の戦線にいたもの、その戦績は鳴かず飛ばずだったらしい。
つまり原崎トレーナーはウマ娘側ではなく、トレーナー側としての"落ちこぼれ組"というわけだ。
「石原泰介だ。覚えて欲しければ実力を示すことだな」
「そのつもりでここに来たんだ」
石原トレーナーと原崎トレーナーは短く握手を交わすと。
原崎トレーナーはすぐに握手の手を離して、いまだ手を繋いでいる青イヤーカバーのウマ娘を指した。
「で、こいつが俺の担当ウマ娘のアル……」
原崎トレーナーが紹介しようとしたところを、ウマ娘は制止するように前に出て。
自分から同じく握手の手を差し出す。
その時でも、原崎トレーナーの手は握ったままだ。
「--ボクが、"アルマダクロック"です。よろしく」