特にモデルとなった時代はね。
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石原トレーナーもまた休憩室を後にし、自分のトレーナー室へと向かう。
道中で石原トレーナーはポケットから棒付きキャンディを1本取り出して口にくわえた。
当たり前のことだが、中央トレセン学園は名門女子スポーツ学校。
トレーナーも含め、関係者のタバコなどタブー中のタブーだ。
とはいえ、ちょっとカッコつけたいトレーナーやそんなちょいワルな男性がタイプなウマ娘のために。
こうやってキャンディやココアシガレットを咥えてタバコ代わりにするトレーナーが一定数いる。
ちなみに石原トレーナーは前者のカッコつけたがりだ。
仕事の合間のささやかな甘味を楽しみつつ、トレーナー室の扉の前までやってくると。
向かい側から白いスーツ姿の男がやってくるのが見えた。
「よう、歩きタバコとは行儀が悪いじゃねえか石原」
冗談交じりに白いスーツの強面男が石原トレーナーに挨拶した。
「もう俺をマヌケ野郎とは呼ばないんだな、小原?」
「クラシックでG1を2個取ったウマ娘のトレーナーはもうマヌケじゃねえよ。ちょうどお前に用だったんだ。入ってもいいか?」
スカウト時の模擬レースで出会った時とはあからさまに態度が軟化した小原トレーナー。
実力を示したことで、石原トレーナーのことを完全に仲間・同業者と認めたようだ。
あるいは……。
「今開ける」
「1本いるか?」
「もらうぜ」
ソファーで対になりながら、小原トレーナーと石原トレーナーはキャンディを咥えつつ。
机に広がっていたローテーション表を見た。
「小原、お前が来た理由は察しが付く。俺にローテーションのアドバイスだな」
「フン、読まれてたか。しかも今更基礎の基礎を教えてやる必要はなさそうだ」
そう言いつつ、小原トレーナーはローテーション表に着けられていた6つの丸を順番に叩いていった。
石原トレーナーがつけた6つの丸は、9月から12月まで行われるダートG1だ。
この時期行われるダートG1はまず盛岡1600mのマイルチャンピオンシップ南部杯、中京1800mのチャンピオンズカップ、そして大井2000mの東京大賞典で3つ。
そして、芝にはない少々特殊なシステムのG1としてJBCクラシック系レースがある。
こちらも今年は大井レース場で行われるレースで。
2000mのJBCクラシック、1800mのJBCレディスクラシック、1200mのJBCスプリントの3つのうち、どれか1つだけを選択可能なシステムだ。
つまり、クラシック後半戦のダートG1は全部で6つ。
システム上、出走可能なレースは最大で4つだ。
「ただ、この4レースは出走距離こそ似ているが、間隔が狭いな」
「そうだ。ベニザクラなら全部出られるだろうが、4つ全部出る場合は疲労管理に細心の注意を払え」
承知した、と付け加えた石原トレーナーはまずマイルチャンピオンシップ南部杯の文字を叩いた。
「まずは南部杯だ。1600mでのベニザクラのパフォーマンスは全日本ジュニア優駿で証明した。ここを行かせてもらおう」
その後、石原トレーナーは小原トレーナーにしっかりと目を合わせ、小さく頷いた。
次のレースを南部杯に決めること自体は石原トレーナーだけでもできる。
だが、わざわざ小原トレーナーが石原トレーナーに用があって会いに来た理由。
石原トレーナーはこの後の話がカギになることをしっかり分かっていた。